スキル
≪釣り≫:釣りをする際にボーナスを得るスキル。
≪騎乗≫:馬などに乗る事が可能になるスキル。熟練度が上昇する度に騎乗できる対象を1つ増やす事が出来る。
≪採掘≫:採掘する際のレアドロップ率を上昇させるスキル。
アイテム
【闇夜のコート】:スキル【気配遮断】を強化する事が出来る、闇を溶かしたようなコート。かつて黒き英雄が纏っていたものであり、その象徴的な黒色は彼の偉業と闇を全て記憶している。
【古ぼけたプレートアーマー】:金属の鎧であり、かつて存在した鍛冶集団が大量生産した物である。粗鉄で作られた大量生産品であるが、それでも防御力は馬鹿に出来ない。
【ブルーシールド】:聖なる王国の騎士にのみ与えられた美しい青の塗装が施された盾。あらゆる矢を弾き、魔法を防ぐ。だが、優れた盾を持つ者が優れた騎士であるとは言い切れないのは世の常だろう。
ダークライダーについてはとりあえず忘れる事にする。オレ達はロボット実験場での死闘を蒸し返そうとせず、淡々と北のダンジョンの攻略に励んでいた。
幸いにもロボット実験場以降はシノンのベータテスターとしての知識が役立ち、トラップに引っ掛かる事も奇襲に遭う事もなく、オレ達は各個撃破を合言葉にして慎重に最奥を目指していた。
既に北のダンジョンに潜ってから5日が経過している。臆病とも言える程にペースを落とす理由は、やはりダークライダーの1件が嫌でもオレ達の心に強い恐怖感を植え付けてしまったからだろう。
ハッキリ言って、単純な能力としての強さならば、SAOには奴以上の存在は幾らでも存在した。他のVRMMOでもそうだろう。実際に、オレ達3人は誰1人として欠ける事がなかったのは、奴にこちらを一気に仕留めきるだけの攻撃力がなかったからだ。せいぜいバイクの前フレームに搭載されたビームキャノン砲程度であり、前面に立たなければ当たる心配のない攻撃である。
だが、奴の規格外さは純粋なAIとしての戦闘能力にある。そこだけを見れば、SAOで奴を超える存在は皆無だったと言わざるを得ない。
ダークライダーのHPは決して高くなかった。レベル10程度でVIT多くポイントを振った程度のプレイヤーのHPとほぼ同等だ。つまり、奴は持ち前の銃器とバイクの操縦だけでオレ達を、間違いなくDBOでもトッププレイヤーに入る3人を殺しかけた。
完全なる知性と人間と同等の知能。あれ程のAIを搭載したモンスターがこの先現れたならば、それもボス級の能力を持って立ち塞がったならば、次こそ犠牲は免れないだろう。
「もう間もなく最奥部ね」
と、オレの意識の半分があの闇の騎手に奪われている間に、どうやら北のダンジョンの最奥に到着したらしい。
北のダンジョンの特徴として、トラップは赤外線の電子ロック以外にはほぼ存在しない。モンスターの強さそのものが難関として立ち塞がる。この特徴からも、やはり強力なボス、それもロボット系が待ち構えていると見て間違いないだろう。
明らかに今までとは異なる自動ドアを潜り、側面が青い光を帯びた電子回路になっている通路を歩む。だが、次の自動ドアを前にしてシノンの足が止まる。
「どうした? ボス部屋か?」
オレの問いにシノンは首を横に振る。彼女のこの反応から察するに、またベータテストからの変更点があったのだろうと見当が付いた。
ディアベルと視線を交わし、背後の警戒を彼に任せると、目前にある自動ドアを観察する。今までの無機質な金属板とは異なる、このダンジョンに似つかわしくない宗教的な印象を受ける、金色の紋様の塗装が施されていた。
「オレが先に飛び込んでも良いぜ?」
「馬鹿言わないで。3人同時に飛び込む。ディアベルは左、私は右、貴方は正面でお願い」
オレの回避能力を買ってくれているのか、最も奇襲の際に攻撃を受けやすい正面からの侵入をシノンに命じられ、オレは肩を竦めて了承する。
自動ドアの感知範囲に入ったオレは、そのまま前転と共に中に入り込んだ。ディアベルとシノンも姿勢を低くして内部に潜り込む。
だが、すぐにオレ達は自分達がいかに無意味な行動を行ったのか、思い知った。
まず空気が違った。これまでの北のダンジョンは、滅びた文明の遺産といった、清潔さと埃っぽさが同居していた。だが、ここはまるで機械によって徹底的に浄化された、人工的な清涼さに満ち溢れていた。
天井から降り注ぐ優しい青の光。並べれた複数の長椅子とその間に敷かれた赤い絨毯。そして、その先にあるのは更に巨大な扉だ。
「教会みたいだね。何だか落ち着くよ」
警戒を解いたディアベルはレッドローズを鞘に仕舞う。一見すれば油断だが、その判断は正しい。何故ならば、この空間は安全圏になっているからだ。ディアベルはいち早くそれに気づいただけの事だ。
安全圏ならば敵も味方も攻撃しても無意味だ。オレは試しに長椅子を破壊するつもりで蹴るが、破壊不能オブジェクトである事を示す紫色の光が生じる。
「シノン。この空間に憶えは?」
「あるわけないじゃない」
「だよな。まあ、じっくり探索しようぜ。少なくとも安全圏がいきなり消失してモンスターが流れ込むなんて、さすがに……」
オレの軽口を2人は睨んで黙らせる。やはりダークライダーの1件以来ナーバスになってやがるな、こりゃ。
だが、さすがに茅場の後継者もダンジョンに設けた安全圏を単純にトラップとして利用してくるとは考え辛い。これは奴なりの何かしらの意図を持ってデザインした結果だとオレは考えていた。
何はともあれ、この教会のような部屋には巨大な扉があるのだから、そこから調べれば良いだろう。
ウォーピックの柄で肩を叩いてリズムを取りながら、オレは巨大な扉の前に立つ。まるで教会の扉のような木製に見えるが、それは巧妙に行われた塗装であり、実際には金属板によるものだと分かる。
そして、巨大な扉の前には、まるで祈るような聖女、あるいは聖母の大理石の石像があった。
「聖母マリアとは違うみたいだね。多分、このゲームに存在する宗教の偶像じゃないかな?」
石像を観察し、ディアベルは顎を撫でながらそう推論を出す。確かに本物の宗教とか入れてたら面倒な事になるもんな。
シノンは側面の壁に飾られた大きな2枚の絵に関心が行っているようだった。オレは石像の調査をディアベルに任せると、何処か魅入られるような目をして絵を眺めるシノンの横に立つ。
右側の壁の絵は骨の虫のような巨大な怪物が群がる戦士を次々と惨殺する光景。左側の壁の絵は無数の戦士が赤く巨大な獣人に挑む光景。それぞれ、まるで何かを暗示しているのではないかと思う程に不気味な存在感を放っていた。
「何かの暗示っぽいな」
「ボスの情報かもしれない。でも、2枚の絵に関連性が見えないし、単なる装飾品とも考えられるわね」
楽観的な意見を述べるシノンの表情は優れない。彼女自身、これはボスに関わる情報だと考えているのだろう。だが、この2枚の絵からは何も推察する事ができない事から悩んでいるのではないだろうか?
だが、オレにはこの2枚の絵の光景に何処となく見覚えがあるような気がした。正確に言えば、自身の目ではなく、別の誰かからの伝聞で教えられた、あるいは写真で見せられた事があるかのような、そんな記憶の疼きだ。
『侵入者よ、立ち去りなさい』
だが、オレの思考が答えを探り出すよりも先に新たな展開が幕を開ける。
突如として響いた、電子音声として加工された、ノイズが混じった女性の声が響く。声のした方向に振り向くと、ディアベルが剣を抜いて石像から跳び退いている所だった。
「ディアベル! 無事か!?」
「俺は大丈夫だよ。でも、石像が……」
シノンは距離を取って弓矢を構え、オレはディアベルの1歩後ろに立つ。盾を構えたディアベル越しで見たのは、石像の目から光が放たれ、何もない空間に表示された半透明の人間だった。
いわゆる立体映像というものなのだろう。表示されたのは、白衣を着た栗色の髪をウェーブにした女だった。
『ここは貴方達のような戦いを求めるものが来るべき場所ではありません。この先には最後の楔の1つが封じられています。何者も手出しをしてはなりません』
「楔? どういう事だい? この先には何があるんだ?」
NPCの類と判断したのだろう。ディアベルは剣を納め、オレを逸るなと言うかのように腕で制する。まあ、確かにオレじゃ面倒になったら問答無用で壊しにかからないとは言えないしな。
『貴方達にそれを知る権限はありません。私を信じてください。この地を去り、細やかな幸せを享受しなさい』
要領を得ないNPCだ。オレは意見を求めるようにシノンに視線を投げた。彼女は石像の脇を抜け、オレ達に戦闘の準備をするように目で訴えると恐る恐るといった調子で巨大な扉に触れる。
だが、安全圏が消える事も、巨大な扉が開く事もなかった。代わりに表示されたのは巨大な1つの数字だ。
赤色で『6』。それが何を意味するのか、オレ達の誰にも分からない。だが、シノンがもう1度強く扉を押すと、音を立てて自動ドアはスライドしてその先を見せる。
「下がれ、シノン。SAOじゃボス部屋に入ったら戻れないトラップがあったからな。ここから探れ」
「了解。でも、暗くてよく見えないわね」
オレの忠告を受け、シノンは扉の向こうには進まず、薄暗いボス部屋を観察する。オレも目を凝らしてみると、暗順応するかのように、ゆっくりとだがボス部屋の中の風景が見えてくる。仮想世界なのに、いろいろと細かいシステム作りやがって。
まずオレ達が得た情報は嘔吐を催させるような腐臭だった。さすがのシノンもむせて口を覆う。だが、それも一瞬の事であり、すぐに腐臭は消え去った。
次に薄暗いボス部屋の中には無数の4メートルはある燭台が設置されている。オレ達プレイヤーはともかく、巨体である傾向が強いボスが相手ならば障害物として上手く利用して立ち回ることができるだろう。
他には、今は休眠状態にあるらしい、1メートル程度の大きさをしたボール型のロボットが目に見えるだけでも8体存在している。このダンジョンで見た、小型の警備ロボットの発展型といった姿だ。恐らく浮遊するタイプで、攻撃手段は体当たりとレーザーといったところか。
最後にボス部屋の最奥、そこには無数のロボットを叩き潰して作られた玉座があった。そこでは、胸に巨大な鉄骨が突き刺さり、舌を突き出して死骸となっている3~4メートル程度の獣人が存在している。だが、その指は微かに動き、まるで今か今かと復活の時を待っているかのようだった。
オレは思わず息を呑む。何故ならば、その獣人には見覚えがあったからだ。シノンもまた、恐らくはオレとは別の意味で獣人の正体を悟る。
その獣人は教会のような安全圏に飾られた絵の1枚、無数の戦士が挑んだ獣人そのものだった。だからこそ、シノンはボスがあの絵に描かれた獣人であると見当が付いたのだろう。
だが、オレの場合は全く別のルートで獣人の正体を、より深く暴いていた。
かつて、1万人近いプレイヤーを恐怖の底に落とし、そして最初の難関として2ヶ月にも及んでプレイヤーの壁として立ち塞がった第1層のボス。
数多の獣人を従える王にして、【黒の剣士】に破れた、その伝説の始まりとして物語に刻まれ続ける敗北の王。
イルファング・ザ・コボルドロード。赤き獣人王の亡骸が、オレ達を薄暗いボス部屋の奥で待っていた。
Δ Δ Δ
ボスの発見から3日後、無事に北のダンジョンのボス部屋までの安全なルートを発見し、3人は終わりつつある街への帰還を果たした。
既にZOOの面々の勧誘活動と回復アイテム収集は終了しており、ボスの情報を伝えると、明日の早朝に北のダンジョンのボス攻略会議を開くことをダイヤウルフは確約した。3人は客としてZOOのホームハウスの1室を借りる事となり、今はそれぞれが寛いでダンジョン攻略の疲れを癒していた。
たとえば、クゥリはベッドに入って芋虫のように丸まって眠っている。ディアベルとシノンによってまたも髪型を変更させられ、今は純白のロングヘアーであり、散々暴れ回った彼は疲れて眠ってしまったのである。
シノンは1階の食堂で、この世界では滅多に入手できない瑞々しい林檎を大事に齧っている。1個500コルもする、回復アイテムである燐光草以上の価値がある林檎の甘さを1人で堪能していた。
そして、ディアベルはいつものように珈琲の配合実験……ではなく、与えられた部屋の隅で愛剣のレッドローズを抱え、静かに物思いに耽っていた。
ディアベルは元々ソロで攻略するタイプのプレイヤーではない。クゥリやシノンはどちらかと言えばソロ型のプレイヤーだが、彼らが反発する事無く、上手く連携をする事が出来ているのはディアベルという緩衝材を通して彼が戦況を調整しているからだ。逆に言えば、ディアベル本人にはソロのような個人の突破力は備わっていない。
もちろん、それは卑下すべき事ではない。一匹狼を気取っても命の危険がない通常のゲームならばまだしも、現在はデスゲームだ。ましてや、高難易度を誇るDBOの攻略においては個人の突破力ではいずれ限界が来る。
だから、今のディアベルを苛ませるのは、そうしたプレイヤーとしての苦悩ではない。むしろ彼自身が潜在的に持ち、また無視し続けたある難題に関するものだった。
思えば『それ』はいつからだろうか? 思い返せば、『それ』はデスゲームの開始以来始まったような気がした。『それ』は時間の経過と共に大きくなり、また1つの単語を聞く度に主張するかのように膨張と縮小を繰り返した。
胸の奥に突き刺さった釘が、心臓の鼓動と共に揺れ、その傷口を押し広げる。それでも心臓が釘を放そうとしないのは、釘が抜けた瞬間に大穴が開いて、自分自身を壊してしまう『何か』に気づかされてしまうからだ。
恐ろしい。ディアベルは震える手に力を込めて抑えようとするが、内なる恐怖は容易くそれを食い破り、仮想世界は彼の恐怖心を忠実に再現しようとする。
「ソードアート・オンライン。デスゲーム。茅場晶彦。何だ……何を俺は忘れてしまったんだ」
恐怖の正体は分かっている。ディアベルの記憶の欠如だ。
ディアベルがDBOにログインする以前の記憶。DBOを入手できなかった友人からの恨み言を電話で聞かされ、笑いながら優越感に浸ってアミュスフィアⅢを被った事までの記憶。
その記憶の中に『ソードアート・オンライン』というゲームの記憶も、SAO事件と呼ばれたデスゲームも存在しない。
クゥリやシノンの口振りから察するに、恐らく大々的に報道された事件なのだろう。むしろ知らない事の方が異常のように。だが、ディアベルには現に欠片も思い浮かべる事が出来る事柄が存在しない。
そして、もう1つ不気味なのはソードスキルの使い方だ。
クゥリは元よりSAOの生還者であり、流用されているソードスキルも多いと以前に本人がぼそりと零していたような気がする。何よりもソードスキルの使い方を3年以上体感して学んだならば新規ソードスキルの使い方も当然ながら学習も早い。
そして、シノンはベータテスターだ。2ヶ月に及んでDBOを実際にプレイし、多くのソードスキルに触れた経験者でもある。使いこなせない道理はない。
だが、ディアベルはログインしたばかりだ。今までソードスキルなど使用した事もないはずだ。だが、まるで体がソードスキルの起動モーションを記憶しているかのように、滑らかにソードスキルを使用する事が出来る。
また、ディアベル自身が異常に感じる程にデスゲームに対して自分自身が適応できている。まるで以前体験したかのように、日が経つ事に馴染み始めている。
「イルファング・ザ・コボルドロード。SAOの第1層のボス。俺は奴と戦った……戦ったのか?」
そして先日、北のダンジョンの最奥で待ち構えていた腐敗したコボルド王は、ディアベルの意識をかき乱した。
見せたビジョンは1つ。自分が先導し、より生に溢れた姿をしたコボルド王に挑み、激戦を繰り広げた事。そして、その最後にコボルド王が取り出した武器がタルワールではなく野太刀であり、未知なるソードスキルによって自分が刻まれ、殺された事。
あり得ない。ディアベルは頭を振るい、ビジョンを消し去ろうとする。仮にSAOに自分がいたならば記憶に焼き付けられているはずであるし、ビジョン通りの事が起きたならばディアベルは死んだ事になる。
仮に死んだならば、DBOにいるはずがない。ディアベルは引き攣った笑みで愚かな思考を切り捨てる。
「俺は生きている。生きているんだ。死んでない。死んだはずがない。俺はここにいる。ここで生きているんだ」
恐怖を自己暗示で圧縮し、ディアベルは思考を明日開かれる北のダンジョンのボス攻略会議に向ける。熱いシャワーでも浴びればリラックスして意識を切り替えられるのだが、ZOOのホームハウスにはシャワーはおろか、風呂場もない。彼らもイベントで入手したらしいこのホームハウスは終わりつつある街の生活水準をそのまま表している。
明日の会議の場所は終わりつつある街にある公園だ。集合するプレイヤーの数はダイヤウルフ曰く30人程度だ。それだけの数を纏めるとなると、ダイヤウルフの手腕が大きく問われる事になる。
そして、その場では必ずベータテスターに対する不満と憎悪が爆発するはずだ。これはSAO生還者であるクゥリの意見でもあり、実際にSAOでの第1層ボス攻略会議でも同じような事があったという。実際にクゥリが現場に居合わせた訳ではないらしいが、その際にはベータテスターがいかにルーキーに貢献していたかを説いてその場を収める事ができたという。
しかし、それでもベータテスターに対する負の感情は消えず、最終的にボス攻略後に1人のプレイヤーが全てを背負い込んだらしい。その後、そのプレイヤーは茨の道を歩んだらしいが、クゥリもそれ以上の説明はしなかった。
ここからディアベルとダイヤウルフが取った作戦はマッチポンプだ。
そもそも明日の会議にどれだけのベータテスターが集まるかは分からないが、1人や2人ではないはずだ。シノンはもちろん、ZOOにも当然ベータテスターは混じっているだろう。ならば、半数がベータテスターという過剰見積もりで挑んでも問題ない。
そんな場にあえて火種を投げ込む。会議開始からすぐにベータテスターを責める発言をする人物を仕込ませ、それを上手く鎮火する事で、とりあえずベータテスターへの責任追及の流れを断ち切る。
問題なのはベータテスターを擁護できる要素があまりない事だ。SAOではベータテスターが無償で情報を配布し、多くのルーキーを救わんと活動していたらしいが、DBOではそのような動きは聞いていない。むしろ、救おうにも救う手段があまりにも見当たらないと言っても過言ではない。
情報を配布しようにも印刷手段がなく、また噂を広げようにもPK推奨のDBOでは常に情報の正確性が求められる。何処かでルーキーに直接情報を与えようものならば、下手すれば情報の独占を望むベータテスターにPKされるかもしれない。
八方塞がり。そこでディアベルが取った作戦は、ベータテスターの死傷者数を挙げ、彼らが情報独占で暴走した結果として多くの自業自得の死を遂げた、というものだ。元よりDBOで僅か1ヶ月半程度でボス攻略するだけの自信を持つプレイヤーならば、大なり小なり妥協と利己的な計算ができるはずである。自業自得の自己責任論を展開し、上手く押し切る他にない。
ではマッチポンプ役を誰が行うか? これは意外にもクゥリが立候補した。
『下手な奴に頼んでバレても困るし、ディアベルは公共の場でアホみたいなベータテスター責任論を口にするキャラじゃねーだろ。シノンはそもそもベータテスターだから論外。主催のZOOの面々がやるわけにもいかねーし、だったらオレしかいねーじゃん』
明日、あえてクゥリはディアベルやシノンと共に行動せず、遅れて会議場に足を運ぶ。当然ながらパーティは解散し、あくまでディアベルとシノンの2人組を装う。会議開始と同時にクゥリは意見を求め、ダイヤウルフに許可されて壇上に上がり、ベータテスター責任論を展開する。そこをダイヤウルフとディアベルの2人がかりでクゥリを沈黙させる。
この作戦にディアベルは反対した。確かに何処の誰とも知れないプレイヤーが方向性の見えないベータテスター責任論を言い出すよりも、あらかじめ台本通りに進めれば鎮火もまた容易い。だが、それはクゥリ本人が望まないベータテスターとの対立を生む事になる。
口も態度も悪いが、クゥリは優しくて面倒見が良い、少なくともディアベルにとっては大事な友人だ。そんな彼に泥を被せるのは気が進まなかった。
『別に構わねーよ。「アイツ」に比べれば背負う物なんて軽いだろうし、後で改心しましたーって言えば済む話だろ。別に誰かを殺せってわけじゃねーんだよ』
クゥリは退かなかった。ダイヤウルフもこの作戦の有用性を認めるところであった為、ディアベルも渋々承諾する事となった。
だが、ディアベルには嫌な予感しかしない。これが自分達3人の終わりのような気がしてならないのだ。
生温い白湯のようなパーティ。居心地が良く、自分自身でいられる場所。ディアベルにとってシノンもクゥリも失いたくない仲間だ。そして、彼らは互いの領域に踏み込もうとしない臆病者同士だ。だからこそ、ディアベルの悩みを放置してくれた。攻め込んでこなかったからこそ、ここまでディアベルは無我夢中で自分を見失うことなく生き残る事が出来た。
夜明けが来なければ良い。ディアベルは瞼を閉ざし、恨めしそうに舌打ちした。
主人公は自己犠牲型ではありません。単に楽観視してるだけの愚か者です。自分がコミュ障である事すらも忘れて大役を担っています。
それでは、16話でお会いしましょう。