SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

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ジャングルサバイバーも本格化。
生き残りとユニークスキルをかけた殺し合いと策謀も加速します。


Episode15-5 12のソウル

『山を恐れよ。森を恐れよ。夜を恐れよ。全ての始まりがそこにある』

 

 幼き日にじーちゃんはオレを連れて山に入った。

 

『そして、恐れを知れば畏れを解し、恐怖は友となって力となる。敵ではないのだ。彼らは我らと共にある「命」じゃ。彼らの血肉が我らの糧となり、彼らの実りが我らを満たし、彼らの力が我らに知恵を授ける』

 

 ヤツメ様の社は朽ちて苔生していた。本殿は今や山の麓に移され、自然に侵食された石階段の先にある、秘境とも言うべき山奥にひっそりと建つ社は、まさしく今の姿こそが完成されていると思えた。

 

『知る者が強いのではない。知らぬ者が弱いのではない。知ろうとする者が強く、知ろうとしない者が弱い。だから篝、常に耳を澄ませ。恐怖が友となれば、お前に多くを語りかけてくれる。我らはそこから学び取っていけば良いのじゃよ』

 

 懐かしく、取り戻すことができない、じーちゃんがオレを『孫』として見てくれていた時の記憶。今のじーちゃんにとって、きっとオレは『ヤツメ様』なのだろう。

 目覚める。朝陽はまだ昇らず、仮想世界のジャングルは夜の闇に浸されたままだ。だが、オレの体内時計は正確だ。時刻はピッタリ午前5時半。睡眠時間は189分ってところか。

 よく勘違いされるが、夢を見たからって熟睡できていない訳ではない。夢の疲労感など単なる精神の問題だ。重要なのは目覚めてから数分後、あるいは数十分後のコンディションだ。

 アバターのお陰で助かるのは、無理な体勢で眠っても筋肉に疲労が蓄積しない事だ。だが、脳の錯覚なのか、目覚めたばかりの頃は濁りのようなものを感じる事も多々あるが、それも一時的なものだ。

 オレは自分を木の幹に縛り付けたロープを外し、枝の上にしっかり立ってから体を伸ばす。コイツはこの辺りでも1番枝分かれが多く、多量の葉を茂らせる樹木だ。しかもコイツには虫が集りにくい。どうやら葉に虫よけ効果に近いものがあるらしい。お陰で厄介な虫系モンスターに襲撃されないで済むし、特に数で攻めてくる銀色の毛をした糞猿共は嗅覚感知なので発見され辛くなる。

 特に気に入っているのはコイツの葉が素材として有効な点だ。破損していないものを100枚も収集しないといけないという難点があるが、【赤肉茸】と調合すれば【ラジュの香液】ができる。これを飲めば12時間は消臭作用が機能する。問題は水中などに入ると効果時間が急速に減少する事だが、空き瓶に3本分作成済みだ。最大の問題と言えば味が人殺し級である事だろうか。ミントを1000倍くらい濃くした味である。ちなみに、ラジュとはきっとこの木の名前だろう。

 

「はぁ、ユウキの悪魔ブレンドが可愛く思えてきた」

 

 粘土のような保存食を貪り、水で押し流す。保存食の残りはあと5日分だが、これ以降の消費は避けたい。保存水は今日中には尽きるが、瓶詰の水は貯蔵も十分だ。食糧調達にも問題なく、睡眠不足のストレスも無し。今のところは後遺症も落ち着いている。

 サバイバル生活5日目。このジャングルについての情報も幾つか分かって来た。

 まずはダンジョン的な難易度であるが、中心部に進めば進む程に上昇する。今オレがいるのは中心部にそれなりに迫ったエリアなのだろうが、モンスターの強さは外縁部付近に比べて体感で倍近いものを感じる。戦っても十分に勝てるが、武器の損耗が激しくなり、確実に消耗が強いられる。デバフもレベル2が標準であり、毒・麻痺・睡眠のオンパレードだ。特に厄介なのは全身を分厚い外皮で覆われた、まるで鎧を着こんだかのような蜘蛛だ。1度だけ戦闘したが、物理属性がほとんど通らず、雪雨の水属性、スタンロッドの雷属性に対してもほぼダメージが通らなかった。弱点だろうと無理をして潜り込んだ腹の下まで頑丈である。しかもレベル3の毒攻撃、魔法の糸による捕縛+魔法ダメージ、モンスター専用スキル≪ハウリング≫による蜘蛛系モンスターの呼び寄せ、といった具合の鬼畜モンスターだ。都合上、オレはヨロイグモと呼んでいるが、下手なボスよりも断然強い。しかもあれがネームドじゃなくて何体もいる雑魚その1なのだから恐ろしい。

 とはいえ、ヨロイグモの情報収集は終わっている。連中は一見すればランダム行動しているように見えるが、1体1体が縄張りを持っている。つまり、ヨロイグモを2体同時に相手取ることはまずあり得ない。そして、縄張りの巡回のようなものはせず、蜘蛛の巣のトラップに引っ掛かる事によって巣穴から這い出て襲い掛かって来る。

 他にも厄介なモンスターは何体かいるが、それぞれの特徴や特性は頭に調査済みだ。いずれも一筋縄ではいかないが、戦う必要性は無いのだから、対処法さえ頭の中に入れておけば良い。

 マッピングデータは48時間で消滅するので、地図は頭の中に叩き込む。下手に地形を『図』で記憶するのではなく、それ以外の情報で把握する。視覚・聴覚・嗅覚で大よその自分の現在地を知れば良い。後は太陽の位置で大よその進むべき方向を割り出せば良い。

 

「しかし、それでも広大だな。面積どんだけなんだよ」

 

 最初の1日を消費し、その後もじっくりと探索しながら奥地を目指したとはいえ、5日目に到達しても迷宮は発見できていない。漠然と大型の建物だと思っていたが、地上に露出している部分は小屋程度の地下型の迷宮なのだろうか? だとするならば、迷宮の正確な位置を割り出さなければならない。

 ジャングルの各所には人工物の名残もある。破損と自然侵蝕も激しいが、それでも高度な文明を保っていた事は間違いないだろう。それらの場所も大よそ把握してあるが、いずれも廃墟ですらない瓦礫だったので役立ちそうにはないが。

 

「日の出はきっちり午前6時11分、日の入りは午後7時19分。正確ってのは助かるな」

 

 肩を竦めて、間もなく白み始めるだろう世界でオレは歩み出す。

 まだ森は夜の闇に包まれている。だが、≪暗視≫に頼らずとも徒歩で進むのは難しくない。そもそも≪暗視≫とは、暗闇での有効視界距離の減少を軽減し、視覚明度を引き上げるもの、というのがプレイヤーの分析だ。逆に言えば、本当に光の無い真っ暗闇ならば≪暗視≫は効果を発揮できない。

 というわけで、オレの場合は元より隻眼のせいでただでさえ縮んでる有効視界距離が更に短くなっている。せいぜい視認は8メートルが限界ってところか。相手の顔も確認するならば3メートル以下だ。まぁ、暗順応機能があるから視覚明度は≪暗視≫が無いプレイヤーと同等までは確保できるがな。

 だから、オレが夜間に索敵に使うのは耳と鼻だ。VR適性が劣等のオレは他のプレイヤーに比べて獲得できる情報量の『キレ』が鈍い。それでも、DBO……というか、アミュスフィアⅢは無駄に性能が高いお陰か、SAOに比べたらどちらもクリアに聞こえる。まぁ、この辺りもクリスマス以降に色々と訓練ついでに少しずつ以前の記憶と擦り合わせていったフィーリングに過ぎないので、オレの勘違いかも知れないが、やはりハードの性能が大幅に引き上げられた恩寵はあるだろう。逆に言えば、それだけ運動アルゴリズムを通した情報処理量も増加しているという事であるのだが、それはあえて無視する。

 音は雄弁だ。木の葉が風で擦れ、虫の歩みが草を揺らし、吐息と足音は敵意を教えてくれる。≪消音≫があろうとも、そのニオイは存外隠せないものだ。汗もそうであるが、消臭アイテムというのは無臭にするのではなく、より強いニオイで上書きしているものが多い。不自然な強いニオイは逆に居場所を教えているようなものだ。

 これらもシステムで有効距離が明確に制限されているのだが、興味深い事に、スキル無しならば嗅覚>聴覚>視覚の順で有効距離が長いのだ。

 

『STRとDEXの出力を高める、か。なるほどね、ステータス上設定されている能力をプレイヤーが引き出し切れていない。盲点だったよ』

 

 クリスマス後、オレはグリムロックにリミッター外しについて明かした。もちろん、精神負荷の受容は秘密だし、後遺症を患っている事も隠している。だが、リミッター外しは存外多くのプレイヤーが何となく気づいているだろう点だろうし、この先増々の研究が進めばいずれ周知になると踏んでいた。事実、最悪ではあるが、YARCA旅団の1件でタルカスから情報が流出し、今ではプレイヤー間の常識になりつつある。何やらイメージトレーニングとかインチキ臭い修行などでリミッター外しに日々挑戦しているプレイヤーが続出しているらしいが、成果はまるで挙がっていないそうだ。

 話を戻すが、グリムロックがオレからリミッター外しの要件を聞いた時に1つの仮説を打ち立てた。

 

『つまり、リミッター外しとはアバターの制御に携わるステータス、振られたポイントの上限まで能力を発揮するという事だよね? だったら、他のステータスはどうなんだい?』

 

 オレ自身もあまり意識的にSTRとDEXだけをリミッター外ししているわけではないので何とも言えないが、確かにグリムロックの仮説は尤もだ。そこで、オレは彼の監視の下で幾つかの実験を執り行った。

 

『ふむ、やはり外せるのはSTRとDEXだけみたいだね。まぁ、キミのその力はシステム外のオカルトではないのだから当然と言えば当然か。直接アバターのコントロールに関わるのはその2つのステータスだけだからね』

 

 残念そうなグリムロックに研究者気質を見て嫌な予感を倍増で募らせたオレだが、彼の実験はアバターの能力限界について研究成果をまとめた。その内の1つが五感に関するものだ。

 

『でも、興味深い事も分かったよ。どうやら、キミは私よりも耳や鼻が利くみたいだ。でも、精度は私よりも少し悪い。より遠くまで耳は聞こえるし、ニオイも嗅ぐことができる。小さな物音も拾い取れるし、弱いニオイにも気づく。でも、音程の違いに気付き難く、ニオイの種類も細かく判別できない』

 

 アバターには鼓膜もなく、味蕾も無い。ただ『形』だけを模した仮想世界の肉体であり、データを脳に送り届けているだけだ。だが、それを拾い上げるのは脳であり、そのデータの大きさを決定しているのはシステムだ。

 TECが五感に関わる。それは何となくだが、ぼんやりと理解できる気がした。精度という意味ではVR適性が劣等のオレはプレイヤーでも最下級だ。要は『味が分からない男』ってヤツなのだろう。あと音痴なのは素であり、音程が理解できないのも元からだよ、糞が!

 システム的にも耳を澄ませばより高い精度で音を拾うことができる事は周知だ。つまり、脳が集中したい五感はシステムがアシストして最大値を高めてより脳がデータを拾い取り易くしてくれているのだろう。

 ならば、そのデータの最小単位まで拾い取れば良い。たとえ会話の内容は聞こえずとも、足音程度ならば、水を蹴る音ならば、木々を揺らす音ならば、判別することができるのだから。

 

「……って、さすがに無茶があるか」

 

 良いトレーニングだと思ったんだが、なかなか上手くいかねーな。空がすっかり朝焼けを迎え、オレは溜め息を吐く。さすがに何十メートルも先の足音を拾えるような超人じゃねーし、犬じゃねーんだからニオイで居場所なんか分かるか。

 

『そもそも耳や鼻の鋭さには、その部位の性能だけじゃなくて脳自体も深く影響しているんだ。トレーニングしてみる価値はあると思うよ』

 

 グリムロックは研究者魂丸見えの笑顔でそんな事を言っていたが、さすがに無茶が過ぎるだろう。アイツはオレを何だと思っているんだ? 最近になって気づいたが、オレはアイツの新兵器のモルモット扱いされていないだろうか? いや、確実にされている。絶対にされているよな!?

 とはいえ、こうして繰り返していくと、自分の耳と鼻が確実に鋭くなっている事は分かる。つまり、それだけ多くの情報が集めやすくなっているという意味では、悔しいがグリムロックの言う通りなのかもしれない。

 

「それよりも地面の方がお喋りだよなぁ」

 

 オレはぬかるみの近くで膝を折り、泥を踏み抜いた足跡を見つける。まだ消えていないという事は新しいな。このジャングルでの足跡の消滅時間は10分と確認済みだ。

 足跡からして男だな。足を取られた時にかなり慌てたみたいだな。サバイバル慣れしていない。冷静さを失って1回こけたな。尻餅ついた痕跡もある。だが、こっちの痕跡は……なるほど、そういう事か。

 どうする? 仕掛けるか? いや、まだ早計か。始末するにしてもなるべく有用な情報を引き出したい。『道具』は幾らでも揃えられるから『吐かせる』のは簡単だ。現に太陽の狩猟団と聖剣騎士団のメンバーとは『お喋り』をして、彼らが雇った傭兵・戦略・収集した情報について全て引き出した。どうせ殺すのだ。骨の髄までしっかりと糧にしてあげなくては不誠実というものだ。まぁ、『道具』を見せただけでペラペラと喋ってくれたお陰で手間は幾分か省けたが。

 狩りの心得その1、獲物は痕跡を残す。ただし、頭が良い獲物はそれを罠に利用する。だから、痕跡の中にある真実を拾い上げる。この足跡は嘘を吐いていない。オレはねーちゃんみたいに嘘や演技を嗅ぎ分けることはできないが、この程度ならば本能を頼らずとも見抜ける。

 とりあえず追うか。オレが足跡の主が進んだだろう方向へと向かうと、やや開けた場所に出る。そこはジャングルに侵蝕されていながら、今までになく建造物がしっかりと残っている。まさしく自然に侵食された古代の神殿といったところか。

 雰囲気としてはインカ帝国とかそんなのを想像していたのだが、どちらかと言えば由緒正しいファンタジー的ヨーロッパの街並みって感じだな。少し残念だ。インディージョーンズ的な迷宮かと思っていたんだが。

 どうやらここが迷宮らしく、巨大な崖……いや、人工的な名残を感じるから堀に囲まれている。あの神殿に向かうにはこの堀を跳び越えなければならないようだな。

 

「吊り橋が落とされてやがる」

 

 さて、これは演出的なものか。それともプレイヤーによる人為的なものか。オレはSTR任せに吊り橋を少しずつ引き上げ、何とか断面を確認するとポリゴンの欠片が散っているのを目視する。どうやら後者のようだ。

 だとするならば、足跡の主が吊り橋を落としたのだろうか? ならば、この吊り橋も時間さえ経てば自動的に復元されるのか? まぁ、時間が分からん以上は無用に張り込みしたくないがな。どうせ神殿への侵入ルートは1つではないだろうし、この堀を回っていけば他の道が見つかるだろう。

 だが、視認できる範囲であれば、神殿は差ほどの大きさではない。むしろ囲う堀が大き過ぎるという印象だな。これは地下系迷宮説が高まって来たか。

 

「…………ナ!」

 

 と、オレの絶賛トレーニング中の耳が、思案する中で誰かの声を拾い上げる。その声の方角と言えば、まさしくオレがどうしようかと悩む吊り橋の向こう岸だ。

 

「旦那ぁああああああああああああ!【渡り鳥】の旦那ぁああああああああ!」

 

 そして、よりにもよって大声でオレの名前を叫ぶのは、なんか5メートル級の金属製巨人に追いかけられているパッチだ。あのツルツルの禿げ頭は間違いない。

 良し、見なかった事にしよう。オレは無視して堀を時計回りに進もうとするも、落下死間違い無しの崖際で手を振るパッチが否応なく目につく。

 

「【渡り鳥】の旦那ぁ! た、助けてくれ! 殺されちまう! 殺されちまうよ!」

 

「死んじまえ」

 

「そんなご無体な!?」

 

 スゲェな。オレの呟きを軽く20メートルはある向こう岸で聞き取ったぞ。これはグリムロックの説も満更嘘じゃねーかもな。脳が死の危機を感じ取って鋭敏になってるのかもしれねーな。

 さて、どうしたものか。贔屓にしている情報屋ではあるが、今は敵対する傭兵だ。だが、実利を取る事で有名なパッチだ。ここで助けておけば、その対価で情報が得られるかもしれない。

 仕方なくオレはロープを取り出すと近くにある石に括りつけ、全力投球して反対の岸まで投げる。それをつかんだパッチは背後の金属製巨人の手斧で叩き潰される1秒前に堀へとバンジージャンプした。

 腕に大人1人分の重量がかかるも、オレのSTRは余裕を持ってパッチを引き上げる。

 

「た、助かったぁああああ。恩に着るぜ、旦那」

 

「黙れ、糞野郎。あの胸像をクラウドアースに売り払いやがったな?」

 

 息荒いパッチの胸倉をつかみ、オレはカタナの刃を彼の首に触れさせる。このまま斬り落としてやろうか。

 

「ヒィイイイ!? な、なんでそれを!?」

 

「クラウドアースから聞いたからな」

 

「し、仕方なかったんだよ、旦那ぁ! 負けが嵩み過ぎちまったんだ!」

 

 どうせそんな事だろうと思った。怒るのも馬鹿らしく、オレは彼を乱暴に崖から引き離すようにジャングル側に投げ捨てる。何にしても、ここがジャングルの中心部というわけだ。

 

「パッチ、チャンスをやる。オレと『お喋り』して四肢を全部斬り捨てられてモンスターの群れに投げ込まれるか、それとも全部情報をゲロして右腕以外を斬り捨てられて水と食料がある安全な場所でガタガタ震えながらこの争奪戦が終わってオレの助けが来るのを待つか、どっちが良い? ちなみにお勧めは情報を吐いた上でひと思いに首を斬り落とされる、だな」

 

「へ、へへへ! だったら、こういうのはどうです? 俺はここで依頼を下りて旦那の味方に付く、ってのは?」

 

 右手の人差し指を立ててゲスい顔で提案するパッチに、コイツを雇った阿呆は誰だろうか、と本気で悩みたくなる。ここまで信用と信頼が無い傭兵はコイツくらいではないだろうか? いや、聖剣騎士団ってのは『お喋り』で聞き出したから知ってるんだけどな。

 だが、パッチは実利を取る男だ。ここで裏切るような真似はしないだろう。オレは了承し、とりあえずは目立つ堀の傍から離れる。

 

「オマエ、泥に足を取られたか?」

 

「へへへ。このパッチ様はそれなりに森には慣れ親しんでますからね。ぬかるみを踏み抜くような馬鹿はしませんよ。そういう馬鹿の為に、いろんな所にたっぷりとトラップをばら撒いてやりましたがね」

 

「……地雷とか?」

 

「そうそう! 地雷とか!」

 

 とりあえず、後で腕の1本くらいは落としておくか。序盤のトラップ満載は誰の仕業かと思ったが、まさかコイツだったとはな。

 パッチの案内でたどり着いたのは、1時間ほど歩いた場所にある遺跡群だ。石造りの建物が立派で、元は神殿を守る兵の詰所の1つのだったのではないだろうか? 要塞に近い名残を感じる。

 

「ここは俺の隠れ家です。まぁ、昨日見つけたばかりですがね」

 

 蔦が絡まった壁にもたれたパッチは自慢げに言うが、屋根もない野ざらしだ。雨もしのげそうになく、こんな見つけてくれと言わんばかりに目立つ場所を根城にするとか、夜襲をかけてくれと言っているようなものだと思うんだが。

 

「まずは情報を全部吐け」

 

「へいへい。【渡り鳥】の旦那は相変わらずですねぇ。まぁ、昔に比べれば丸くなった気もしますがね」

 

「オレが?」

 

「ええ。昔の旦那なら、オレを助ける事なんてしなかったはずですよ。旦那は依頼では冷徹ですからねぇ。ほら、俺と出会った時も……」

 

 そういえば、パッチと出会った時も最悪だったな。あの時は巨人墓地でコイツと出会い、崖から突き落され、そして土下座と命乞いとグリムロックの嘆願もあって助命したんだったな。

 あの頃は、ただひたすらに傭兵として成果を上げる事に必死だった気がする。それ以外に何も求めず……いや、その中にある戦いだけを追い求めていた気すらもする。

 

「俺は今の旦那の方が好きですけどね」

 

「そう……か。悪い気はしないな」

 

 腕1本ではなく手首から先だけで勘弁してやろう、とオレは処断をやや甘めにする。

 

「まず聞きたい事が、あの神殿に何人くらい到達しているか分かるか?」

 

「そうですね。俺は聖剣騎士団に雇われていたんですが、まず俺が1番乗りでしょうね」

 

 自信満々にパッチは宣言するが、さすがに信じられない。ブービー確実のオレが早朝に到着したのだ。ならば、他の傭兵は最低でも昨日にはあの神殿に到達できているはずである。

 

「どうやら、このジャングルに相当苦戦しているみたいで、他の連中は亀さんみたいなもんですよ」

 

 ああ、そうか。オレ自身はのんびりと歩いたつもりであるが、他の傭兵達はスタートダッシュしても、ジャングルという不慣れな環境に悪戦苦闘しながら進行しているのだ。当然ながら、隠密行動していたつもりのオレよりも進みが遅いわけだな。探索しながら中心部を目指したオレと1晩差ってかなり酷いぞ。

 

「まぁ、それでも昨晩の内には何組か到着したみたいですぜ。大物で言えばユージーン、グローリー、777、ヘカトンケイルってところですかね」

 

 1桁ランカーはさすがに全員到着済み、か。これは予定通りだな。

 

「あの神殿への侵入方法は吊り橋だけか?」

 

「全部で4つありますぜ。東西南北に1つずつ。東西が吊り橋、南北が石橋さ。石橋の方が広くて落ちる心配も無いが、強力な巨人兵が何体も門番を務めてやがる。吊り橋の方がリスキーに見えて確実ですぜ」

 

 だが、簡単に落とされる危険性もある、か。まぁ、侵入方法は大よそ考え付いているし、やり方次第では安全に入れるだろう。

 

「と言う事は、上位ランカーは迷宮の中か?」

 

「へへへ。ところがどっこい、あの神殿に入る為には『強いソウルを3つ』手に入れないといけないんですよ。敷地内までは入れるんですがね、扉が開かなくて追い返されちまう。無理に侵入しようとすれば、あの巨人のお出ましってわけさ」

 

「強いソウル? 詳しく話せ」

 

「ここから先は情報料を……って、冗談ですよ、旦那! だから無言でカタナを抜かないでください!」

 

 耳くらいは削ぎ落としても問題ないだろう。カタナを振り上げるオレに土下座するパッチを見て、やはりオレは甘くなったのだろうか、と鞘に収める。

 

「この森には全部で12の強いソウルが封じられているそうですぜ。へへへ、だがこのパッチ様は抜け目なく、あの神殿を探り続けた。そしたら、1つ有益な情報がありましたぜ。どうやら北にある屋敷の1つに強いソウルが封じられているらしいんですよ。どうです、旦那?」

 

 ニヤニヤと焦りながら自分の有用性を売り込むパッチに、オレは無言で生かしてやるからさっさと立ち去れと告げる。彼はカサカサと手足を動かして土下座スタイルのままジャングルの中にゴキブリみたいに消えた。

 強いソウルが3つ必要か。12個しかないという事は、最大でも4人しか神殿に入れないという事だろうか? それともソウルとは試練的な意味で、クリアした者には等しく分配されるタイプだろうか? 何にしても、早めに行動に移す必要があるな。とにかく1つでも強いソウルを得る。それが優先事項だろう。

 

「それで、オマエら、いい加減に出てきたらどうだ?」

 

 オレはチェーンブレードを抜き、いつでもチェーンモードが起動できる状態で背後へと無造作に話しかける。

 

 

 

「アラアラ。バレちゃった♪」

 

 

 

 廃墟群の物陰の1つに潜んでいたのは、ウサギっぽい耳つきの黒フードローブを着た少女と日焼けした肌をした精悍な顔つきをした長身の男だ。

 フードの少女は絶賛危険人物認定進行中の闇術使いのナナコ、そしてもう1人はランク30【ウルガン】だ。戦槌使いなのだが、棒状の昆を好んで使うプレイヤーであり、協働専門と自ら宣言している独立傭兵だ。パワーとテクニックを両立させた対人戦向きの強さの持ち主であるが、極めて無口であり、コミュニケーションに難がある。

 前衛の近接型と後衛の魔法使い型か。理想的ではあるが、崩せない事は無い。オレはチェーンブレードの剣先を下げ、間合いを詰めるタイミングを待つ。

 

「待って待って、【渡り鳥】さん。ここで殺し合っても無駄だと思わない?」

 

 だが、ナナコは敵意が無いと言わんばかりに両手を挙げる。そこには闇術に使えそうな触媒はなく、完全に無手だ。ウルガンは腰にサブウェポンだろう戦斧だけを残し、メインの昆を装備している様子は無い。あえてほぼ無防備でオレの前に姿を晒した。

 

「この争奪戦はバトルロワイヤル。殺すか殺されるか。それは重々承知してるわ。でも、あのハイエナの話であなたも確信したはず。邪魔者は消さないといけないけど、同じくらいに協力者も必要だってね。だって12個『も』あるソウルから3つを得るだけで良いんだよ? 1人1人探し回って殺していたら、それよりも先に誰かが3つのソウルを手に入れてしまうわ」

 

 可愛らしくウインクするナナコに、オレは話だけは聞いてやる、とチェーンブレードを背負う。

 

「ナナコはあの筋肉馬鹿のヘカトンケイルや騎士崩れのグローリーみたいにあなたを過小評価していない。戦えば殺される。この状況では、ナナコとウルぴょんの2人がかりでも一方的に殺される。ナナコはね、殺すのは大好きだけど、殺されるのは嫌なんだ♪ だ・か・ら、ここは一時休戦しない?」

 

 唇に人差し指を当てて可愛らしく首を傾げるナナコは、完璧に計算されたあざとさを演出する。うわぁ、不覚にも可愛いって思っちまったオレはチョロ過ぎる。

 

「オレはセイレーン音楽隊に、オマエらは太陽の狩猟団に雇われた身だ。協力できるとでも?」

 

「うん♪ あなたはバケモノ。でも、知性のない狂犬じゃない。クレバーなハンター。この場面で必要不可欠なのは自分では補いきれない手足の数と情報量。ここで私たちの申し出を断るような真似はしない。何故ならば、あなたは傭兵だから。傭兵が優先すべきは依頼の達成。あなたは仮想世界で最古参の傭兵だもの。依頼の失敗率を高める判断はしない。だったら、今は休戦してでも手を結ぶはず」

 

「そうだな。だが、肝心要のオマエらに信用は無い。つまり、殺してライバルの数を減らした方が合理的だな」

 

 だから答えはノー、そう言おうとするより先に、指が半ばまで隠れている右腕のローブの袖をナナコは捲る。露わになった白い肌を差し込む陽光の中で晒して横に突き出す。

 

「分かってるよ♪ だから、これは信用してもらう為の『証』」

 

 そう言うや否や、ウルガンは腰の戦斧を抜く。取り回しの良い小型の手斧を高く振り上げた。

 

「えへへ。ナナコはね、右利きなんだ」

 

 斬。その漢字がそのまま音になったかのように、勢いよく振り下ろされた戦斧の分厚い刃がナナコの右肘から先を切断する。四肢切断の不快感は痛みにも匹敵するものだ。悲鳴を上げるプレイヤーも少なくない。ましてや、彼女は被ダメージを最大限に抑えねばならない魔法使いプレイヤーだ。欠損など滅多にないだろう。

 歯を食いしばり、唸るような声の中で、フードに隠れた妖しい銀色のカラーリングをした目、その瞳孔が大きく開き、彼女は脳をミキサーされるような不快感でラリっているのか、興奮するように顔を赤らめながら笑う。

 

 

 

 

「足りないなら、左腕もあなたにあげるよ♪」

 

 

 

 

 魔法を使うにしても触媒が必要だ。ましてや、両腕を失えばアイテムストレージも音声モードでしか開けない。こうしている間にも欠損ダメージで彼女のHPはジリジリと削られ続けており、戦斧のダメージもあってか、既にHPは6割を切っている。

 オレの無言を左腕も斬れというメッセージだとナナコは歯で左袖を咥えると引っ張り上げて、左腕も突き出す。それに対し、ウルガンはやや躊躇するそぶりを見せるも、ゆっくりと戦斧を掲げる。

 

「……クレイジーな女だ。OK、まず1つのソウルを得るまでは休戦だ。それ以降はそこまでの互いの評価で休戦の継続の有無を決める。その間は裏切りは許さない。仮にそんな事があったら、月並みだが、死んだ方がマシだって思わせてやるよ」

 

「傭兵として依頼主を裏切らないように、契約もまた裏切らない。ナナコもそれくらいは心得てるよ♪ それに、すぐに分からせてあげる。ナナコはとっても便利だから♪」

 

 オレはカタナを意識しながらナナコに近寄り、アイテムストレージから止血包帯を取り出すと彼女の右肘に使用する。撒かれた包帯が彼女の欠損ダメージを停止させた。

 

「ねぇ、なんでナナコたちが隠れてるって分かったの?」

 

 まだ息が荒いナナコを瓦礫の上に腰かけさせる。止血包帯は欠損状態の不快感を和らげさせるものではない。それを緩和するアイテムもあるのだが、当然ながら持ち込んでいない。とはいえ、オレの≪薬品調合≫ならばジャングルで収集できるアイテムですぐに作成できる。

 

「足跡だ。1人は男だが、一緒の場所に尻餅が付いた跡もあった。大方、オマエはウルガンの背中にしがみついて移動してたんだろ? その方が機動力があるからな。それで、ウルガンが泥に足を取られてバランスを崩してオマエが落下。見事にその痕跡も残ったってわけだ」

 

 その証拠に尻餅の跡の方は足跡の体格に見合わない小さいものだった。ここから男と女の2人組と予想したわけだが、まさかナナコとウルガンとまで見抜いていたわけではない。

 

「一応確認でパッチにも尋ねたがヤツは違った。足跡が残された時間、堀までの距離、そこから響いたパッチの叫び声。ここまで揃えば、足跡の連中がオレ達を発見して追跡するのは馬鹿でも分かる」

 

「……やっぱり、ナナコの目に狂いは無かったね♪ あなたは生粋のハンター。このジャングルで生き抜くには、あなたと手を結ぶのが最善策♪」

 

 そう言って、ナナコは腕を失った方の不快感で汗ばんだだろう顔をあげる。彼女の目は、どんよりとした、オレが良く知るSAOで何人も出会ったレッドプレイヤー特有の、澱んだ酒のような冷たい熱が渦巻いていた。

 

「で、ウルガン。オマエは置いてきぼりだが、異存はねーのか?」

 

 沈黙を保つウルガンにオレは尋ねると、彼は小さく頷いた。本当に無口な奴だな。

 だが、非友好的ではないのか、彼は黙って右手を差し出す。

 

「ワタシ、オマエ、ナカーマ! ナナコ、イッタ! オマエ、ツヨーイ! ワタシ、シヌノイヤーネ!」

 

「…………」

 

 なんだ、この絵に描いたような片言の日本語は。

 

「あ、ウルぴょんは日系ブラジル人4世で、ヒアリング以外はほぼ壊滅的だからね♪」

 

「ニホンゴ、ムツカーシーイ! サムラーイ! ブシードー! スーキヤーキ!」

 

 ……色物過ぎんだろ、コイツら。いや、オレも含めてか。狂ってやがるな。




純情系ジェノサイド主人公、クレイジーサイコパスキラー傭兵ガール、日系ブラジル人格闘家チーム結成。

ちなみに、バトルロワイヤル系で一時休戦で同盟は鉄板ネタだと筆者は思います。


それでは、149話でまた会いましょう。

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