SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

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今回のエピソードは申し上げました通り、オールコメディとなります。
クリスマスエピソードがベリーハードモードだったので、たまにはイージーモードでいきましょう。
いつもの血生臭いストーリー展開ではありません。


Episode14
Episode14-1 4人の英雄と1人の夢追い人


 デスゲーム化するならば、せめてまともなプレイヤーネームにするんだった。

 それが本名【井手 直孝】、プレイヤーネーム【オスマントッコー】が最近になって溜め息が尽きない悩みの1つだ。

 プレイヤーネームの由来はもちろんオスマントルコだ。たまたまテレビの歴史番組でオスマントルコの特集が行われていた為、それをもじって命名したのである。

 やはりと言うべきか、24時間どころか実生活をおくるとなると、奇を狙ったプレイヤーネームよりも無難なネーミングの方が落ち着くのである。世に俗称キラキラネームと呼ばれる人たちの気持ちがオスマントッコーにはよく理解できた。

 そんな彼であるが、現在はラスト・サンクチュアリの農地にて、現場作業員として日々の生活を送っている。

 最大の人員を抱えるラスト・サンクチュアリは、その規模に見合わない低い生産能力と資源不足が目下の悩みであったが、【聖域の英雄】UNKNOWNの登場により大きな変化がもたらされた。

 まずは傭兵業によって破格の高収入を獲得するUNKNOWNによって初期資金を集めた事により、農地整備が進んだ事だ。現在、オスマントッコーが従事しているこの農地は、聖剣騎士団から払い下げられた土地であり、土地が持つ環境ステータスは決して高い部類ではないが、ラスト・サンクチュアリからすれば喉から手が出る程に欲しかった土地である。

 次に抑止力だ。UNKNOWNが【聖域の英雄】と言われる最大の理由は、ラスト・サンクチュアリが攻撃を受けた場合、無条件で防衛する契約を結んでいるからである。また、彼が報復活動に出れば、どれ程の大ギルドであるとしても大ダメージは免れない。故に、以前に比べればラスト・サンクチュアリへの、仇敵たるクラウドアースからの攻撃は激減した。

 そして、何よりも希望である。自分たちの未来が無いと思っていたラスト・サンクチュアリに暮らしていたプレイヤー達は、自分達に属するUNKNOWNが大ギルドも霞むほどの戦果を挙げ、畏怖されているという事実に希望を見出せるのだ。

 とはいえ、最後の点だけは必ずしも良いように作用しているわけではない、とオスマントッコーは危機感も持っている。

 確かに、オスマントッコー自身、無気力にラスト・サンクチュアリの1員となってから特に貢献らしい貢献もすることなく、僅かな食料配給だけを得る生活を送っていた。だが、UNKNOWNの登場によって自身も立ち上がらねばならない、ラスト・サンクチュアリに少しでも、せめて得た衣食住の分だけでも働かねばならないと性根を改めた。

 必死なレベリングでレベル10に至り、望郷の懐中時計を入手し、得た≪耕作≫スキルを活かして≪黄金王ミロスの記憶≫にある、この農地に配属されたのだ。

 終わりつつある街に比べれば、このステージは天国だ。季候は安定し、たまに雨が降る程度だ。春の陽気に満ちている。モンスターも出現するが、農地周辺を警護するギルドNPCでも十分対応可能な危険度である。なによりも休日に街に行けば、終わりつつある街よりも遥かに治安が良い市街を楽しめる。

 加えて、最近になって聖剣騎士団から購入した旧式のゴーレム、グレイ・スパイダーが1機配備されている。大ギルドは丁度ゴーレムの切り替えラッシュが始まったお陰で格安で入手できたのだ。

 武装は連装キャノン砲をオミットし、自動追尾のASミサイル、低威力ではあるが全方位対応を可能とした速射重視の牽制用ガトリングガン8門、多連装近接信管ミサイル、そして取って置きのハイレーザーキャノン1門を装備している。レベル30程度のギルドNPCならば20人を正面から相手取っても勝利できる怪物だ。

 だが、その分だけ運用は高コストであり、弾薬費はもちろん、維持コストを支払わねば性能も下方修正を受ける。逆に言えば、ゴーレムを配備するだけ、この農地の重要性は増しているのである。

 労働とは素晴らしい。アバターであるが故に気持ち良く汗を掻けないのは残念だが、鍬を手にミニゲーム感覚で土を耕し、肥料を撒き、種を植えて成長を見守り、収穫を楽しみに待つというのは悪くない気分である。≪耕作≫スキルも順調に成長し、より性能の良い農具の使用も可能になり、インターバル時間も短くなって効率的に耕せるようになったお陰で自由時間も増えた。

 今育てているのは【虹色トマト】という食料系アイテムであり、種1つに使用する面積が広く、生産効率が悪く、成功率も低かったものだ。だが、オスマントッコーの≪耕作≫スキルならば可能だろうという上層部の判断により、味は悪いが生産効率と成功率が良い【黒石ジャガイモ】から農地の1部を使って実験的に開始したものだ。現在、大ギルドさえも虹色トマトの安定生産には成功していない。生産レシピを日夜悩ませながら、私費もかけて研究していたオスマントッコーの成果がようやく実を結び始めたのである。

 仮に虹色トマトの安定生産に成功すれば、味覚に飢えたラスト・サンクチュアリの者達を満足させるだけではなく、初の食料販売にも着手できるかもしれない。そうなれば、オスマントッコーは単なる農業従事者ではなく、幹部の席を得られる可能性まである。

 収穫可能まであと3時間。システムウインドウで収穫第1号に虹色の皮をしたトマトが生ると時を今か今かと待ち続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 だが、背後から吹いた爆炎がオスマントッコーの希望を焼き尽くした。

 

 

 

 

 

 

 爆風に煽られて倒れたオスマントッコーは、煙が立ち込める中、パニックを引き起こす同僚たちの悲鳴を耳にしながら体を起こす。HPにダメージはなく、純粋に爆風によって転倒させられただけだと安堵した。

 だが、振り返れば、黒石ジャガイモや【小雀麦】といった、ラスト・サンクチュアリの主要生産食料が次々と炎に呑まれ、ポリゴンの欠片となって砕けていた。

 余剰食糧が決して多くないラスト・サンクチュアリにとって、1度の供給停止は大ダメージだ。オスマントッコーは慌てて井戸の水を汲んで炎を消そうとするが、桶の水を持ってくるよりも先に火が回っていく。せめて黒石ジャガイモだけでもと足掻くが、炎の勢いが強過ぎてとてもではないが、単なる水では消火できない。

 一体何が? 消火活動もせずに次々と逃げ出す同僚たちを視界に入れながら、オスマントッコーは農地の守護神、グレイ・スパイダーが農作物へのダメージを考慮せずに多連装近接信管ミサイルを発射したのを見届ける。

 グレイ・スパイダーはその高火力故に、あくまで最終防衛ラインとして配置されている。どちらかと言えば威嚇の為の置物だ。当然ながら、ゴーレム特有の大火力は守るべき農地にダメージを与えてしまう。

 そのグレイ・スパイダーが戦闘行為を開始した事、それが何を意味するのか、ようやくオスマントッコーは農地を焼く炎と関連付けることができた。

 

 

 

 揺れる炎の中、オスマントッコーが見たのは『悪魔』だった。

 

 

 

 全身に装着するのは灰色の甲冑。だが、それはファンタジー的なものではなく、どちらかと言えば終末の時代で入手可能な機甲外殻という部類の防具に近い。鋭利なイメージを与える外観をしており、鈍重な全身防具であるはずなのに高機動のイメージを与える。だが、何よりも特徴的なのは兜であり、覗き穴はなく、代わりに赤い光を点したカメラアイのようなものが並んでいた。

 兜の口元だけは例外的に装甲が排除され、凶暴な笑みが爆炎で揺れる中で描かれている。それは炎の熱を忘れるほどに冷たく、何よりも美しいとオスマントッコーは恐怖に焼かれながら魅せられた。

 その右手に持つのは、禍々しいチェーンブレード。カテゴリーは≪両手剣≫の中では火力は決して高い方ではないが、チェーンソーのように刃表面の鋭い突起が高速振動するチェーンモードへの切り替えが可能であり、この状態では暴力的という表現以外を拒む破壊力を実現する。だが、このチェーンモードは使用には厳格なチャージ規定があり、オフの状態では低火力である事もあり、お世辞でも使い勝手の良い武器ではない。

 その左手に持つのは、近未来的な外観に不釣り合いな、金属製の多連装クロスボウ。有名な多連装クロスボウのアヴェリンと同系列であると思われるが、アヴェリンの倍以上の大きさがある。

 ギルドNPCは何をやっているんだ!? オスマントッコーは謎の襲撃者に怯えて腰を抜かしながら、そんな事分かりきっているだろう、と頭の隅で諦観する。誰1人として異変を感知する時間も無いまま、ギルドNPC達が危険を通達する時間も無いまま、この襲撃者によって撃破されたのだ。

 グレイ・スパイダーは次々と多連装近接信管ミサイルを発射し、また自動追尾のASミサイルをばら撒く。だが、イメージ同様の全身防具に不釣り合いなスピード……本当に同じプレイヤーなのか信じたくない程の運動能力で次々とミサイルの爆発を回避する。それどころか、左手の多連装クロスボウを発射し、命中した矢がグレイ・スパイダーの装甲を爆発で剥がしていく。

 駆動エフェクトだろう、実際には何の効果もないだろう全身防具から漏れる光が、実はブースターの類なのではないかとオスマントッコーが錯覚する程に、襲撃者の機動力は圧倒的だった。

 あれは【火竜のボルト】だ。炎属性が付与された炎のボルトよりも高値であり、1発400コルもする高級消費アイテムである。それを湯水のように使い、グレイ・スパイダーの装甲を溶かしていく。農地を焼いたのも、おそらくあのボルトと燃焼系アイテムの組み合わせだろう。

 明らかに対策された武器に、グレイ・スパイダーはガトリングガンをばら撒いて襲撃者を近づけまいとする。だが、8門もあるガトリングガンが1発として襲撃者に掠ることはない。まるでオペレーションが襲撃者の動きについていけておらず、予想射撃がその後塵ばかりを狙っている。

 鋭い切り返しのターンと共に襲撃者は、自分にじっくりと狙いを定めていた虎の子のハイレーザーキャノンが放たれる寸前に、明らかにその砲口を狙って複数の黒い火炎壺をロープで結んだ束を放り投げ、正確に火竜のボルトで撃ち抜く。重ねられた爆炎が砲身内部に伝播し、ハイレーザーキャノンの射撃と重なって、グレイ・スパイダーの背部は大爆発を引き起こし、ミサイル装備にもダメージが加わり、その装甲を弾け飛ばした。

 炎を纏ったポリゴンの欠片が雨のように降り注ぐ。それでもHPを残したグレイスパイダーは残されたガトリングガンで襲撃者を攻撃する。だが、襲撃者はまともに取り合う必要も無いと言わんばかりに軽く左右に揺れて回避しながら迫っていく。

 ボルトが尽きたのだろう。多連装クロスボウを背負い、襲撃者は腰に差すカタナを抜く。その刀身は水属性を帯びているのだろう、その表面は霜が立っているようであり、また一振りの度に涙のように剣筋を濡らす。氷の結晶の六花を彷彿させる鍔とそれに合わせた拵えは、悪魔を思わす襲撃者の外観には不釣り合いな程に清浄であるにも関わらず、これ以上ない程に相応しい美として収まっていた。

 チェーンブレードが起動し、まるで獣の咆哮のような駆動音を轟かせる。その暴力的な火力がガトリングガンの弾丸を弾きながらその砲身を荒々しく切断する。流麗なカタナの剣技が脆くなった装甲を切断していく。

 あっさりと農地の守護神だったグレイ・ゴーレムは、それこそ100秒と持たずしてデータの海に還るべく破裂する。

 これが現実世界ならば失禁しているだろう。いや、もしかしたら現実に残した肉体は本当に漏らしているかもしれない。ガタガタと歯を鳴らし、1人残されたオスマントッコーは叫び声も出ない喉を震わせる。

 爆炎の明るい光とアンマッチした青い空の下、複眼の兜からは漏れた襲撃者の白い髪が熱風の中で揺れていた。

 

「逃げないのか?」

 

 怠い。面倒だ。さっさと終わらせたい。そんな感情が籠った声が、逆にこれだけの惨状を引き起こしていながら、圧倒的な性能を持つと上層部に太鼓判を押されたゴーレムを喰らっていながら出せる事に、オスマントッコーは増々の恐怖心を募らせる。

 だが、オスマントッコーは鍬を手に立ち上がる。ここで逃げれば、大事に育てた虹色トマトは1つとして残さず焼かれてしまう。

 

「逃げるならば追わない。戦うならば死を覚悟しろ」

 

 複眼のカメラアイがまるで目を細めるように点す赤の光を減らす。

 どうかしている。逃げれば良いのにも関わらず、オスマントッコーは顔を引き攣らせ、鍬をバットのように振るう。それを容易く襲撃者は回避した。

 一閃。それが煌めき、鍬の先端がカタナで切断される。そして、そのままカタナが太陽を突き刺すように振り上げられる。

 助けてくれ、UNKNOWN。ここにはいない英雄を求めるも、都合よくヒーローは現れたりしない。

 そして、オスマントッコーは死をもたらす刃を、淡々と見つめていた。

 

 

 

▽    ▽    ▽

 

 

 終末の時代の1つ、≪神に至る都トリニティタウンの記録≫。

 このステージの特徴は極めて高低差が高い都市構造であり、またステージが都市1つで完結している点だ。故に2次元……面積として捉えれば他のステージに比べれば狭い部類であるが、3次元……体積として見た場合、規格外の巨大さを誇る。

 ステージその物が街であり、フィールドであり、ダンジョンでもある。NPCが存在する居住区も上流階級が暮らす上層、一般的な生活水準の中層、大多数を占める貧民が暮らす下層に分けられ、エレベーターやエスカレーターはもちろん、転送装置などの多種多様なギミックや廃棄区画などのモンスターが出現するエリアなどを通り抜け、無数のイベントやボスを撃破し、ステージボスを探し出さねばならない。

 このトリニティタウンの記憶が解放されたのは10月でありながら余りの高難易度に攻略が事実上断念されて久しく、新年1月を迎えてもステージの踏破率は30パーセントに至っていないというのが大ギルドの見方であり、たまに傭兵を派遣してマッピングをさせる程度である。その理由の1つとして、このステージの攻略に時間と資源をかけるならば、他の解放された上位ステージの攻略に乗り出した方が旨みも多いからである。

 グリムロックはアイテムストレージに入りきらなかったアイテムを紙袋に入れて抱え、頭上のスチームが噴き出すパイプに不安感を覚えながら、今にも抜け落ちそうな金網の橋を渡る。仮に落ちれば、数十メートルは軽く落下し、グリムロックではどう足掻いても死ぬだろう。かといって、縋るべき手すりは錆びつき、体重をかければポッキリと折れてしまいそうだった。

 このステージはとにかく厄介なロボット系モンスターと生体兵器染みたバイオ系モンスターが出現する。また、ここは比較的安全な中層居住区であるが、どちらかと言えば下層居住区寄りである為、スリや強盗を仕掛けてくるNPCも多い。

 当然ながら、攻略以外で居つくプレイヤーは小数であるが、ファンタジー調のステージが多いDBOにおいて、GGOを彷彿させるような、まるでSFのような世界観を味わえる終末の時代は一定数のプレイヤーに人気があるが、それでも終わりつつある街とは違った意味で荒廃した空気に満ちたこのステージに住みたいとグリムロックは思わない。

 そんなグリムロックがわざわざ足を運ぶ理由は、ここに彼の随一のお得意様のマイホームがあるからである。

 金網の橋を渡り、金属素材アイテムを販売するNPCの市場から更に下へと続く細い階段、腐った膿のような腫瘍を持つ猫たちが不気味に喉を鳴らしながら人間の死骸を齧るゴミ捨て場を抜けた先にある、古びた灰色の倉庫のような場所、そこにあるドアに首からかけた鍵を押し込み、更に8桁の暗証番号を打ち込み、オマケに25の点を結んで特定のシンボルを作るラインロックを解除する。

 開錠された3重のドアを潜り、しっかりと扉が閉まったのを見届けてグリムロックは長く息を吐く。そして、高い隠密ボーナスがつく【歪んだ霧の指輪】、≪追跡≫スキルの探知から逃れやすくなる【盗掘者の指輪】を外す。装備の代償としてVIT・CON・STR・DEXを大幅に低下するが、それに見合うだけの価値があるレア度の高い指輪であり、この家の主がグリムロックの為に提供したものだ。

 外観通りの殺風景な室内は広さと強度を優先し、調度品は最低限しかない。窓は無いが、代わりに巨大な通風口があり、目の細かい金網が張られた奥でプロペラが回り、外部の光が差し込む。壁は剥き出しのコンクリートであり、床は安っぽいリノリウムである。外観通り元は倉庫であり、金属製の棚が無作為に置かれ、缶詰や乾パンなどの保存食が詰められている。

 半透明の円型テーブルの上に紙袋を置き、グリムロックは下へと続く螺旋階段に足をかける。味気のない薄い金属板の階段は工房を営む者としてリフォームしたくなるが、グッと堪えた。

 聞こえてきたのは、およそ尋常とは思えない、金属と金属がぶつかり合う破砕音だ。それは爆弾が炸裂しているのではないかと思う程に空気を揺らし、また衝撃がグリムロックを突き抜けているかのようだった。

 上の居住空間とは異なる、ただ広さと頑丈さだけを追求した空間。この建物の主は上の居住スペースではなく、この広い空間だ。僅かな照明が天井で揺れる中、グリムロックが目撃したのは、粉々になった金属オブジェクトの数々だ。サンドバッグ代わりに天井から鎖で吊るされた金属塊やロボット型のオブジェクトなどの無残な姿である。

 その中心部で、最後の金属塊が揺れていた。拳打が、蹴りが、ひたすらに金属塊の表面を爆ぜさせ、ポリゴンの欠片に変えるべく破壊力を撒き散らす。その姿は白の暴風とさえもグリムロックは思った。

 最後の金属塊が完全に破砕されると、この家の主はシステムウインドウを操作する。すると、全ての金属塊が再び、何ごとも無かったかのように天井から吊るされ、錆びたロボットも安置される。これらはギルドなどが導入しているトレーニングプログラムであり、比較的個人でも使い易い安価な部類の、グリムロックが手配したものである。

 

「調子は良いみたいだね、クゥリ君」

 

 グリムロックがそう声をかけると、体を動かした分だけアバターに熱が籠ったように火照っているのか、濡らしたタオルを首をかけた白髪の傭兵、クゥリが螺旋階段の途中で立ち止まっていたグリムロックをじろりと見上げた。

 背筋が冷たくなる、というのはこういう事を言うのだろう。まるで幾多の戦場で使い古されたナイフのように、血と脂を拭い、何度も研ぎ直されて荒んだ刃のような眼差しに、一瞬だがグリムロックは呼吸が止まりそうになる。

 

「普通だ」

 

 タオルを放り捨てたクゥリは薄く笑う。以前の彼には無かった、何処か酷薄な笑みだった。

 

「何か飲むか? 準備する」

 

 グリムロックと共にトレーニングルームから居住スペースに戻ったクゥリは、冷蔵庫から炭酸の泡を含んだ黄色い液体入りの瓶を取り出し、安っぽい金属コップにグリムロックの分を注ぐ。喉が渇いているわけでもないグリムロックだったが、差し出された物を断る気もなく、軽く一口だけ飲んだ。味付けはレモンに似ているが、ややミントっぽさと強めの炭酸が癖になる。グリムロックも飲んだことが無いオリジナルブレンドだった。

 瓶のままを飲むクゥリの口元から黄色の炭酸液が零れ、上半身裸体の彼の皮膚を伝う。レベルの数値に対するSTRとCONの値によってアバターの筋肉表現は変わるが、今のクゥリの上半身はムキムキのマッチョには程遠いが、それなりに締まった肉体が表現されている。

 こうしたアバターの筋肉表現はシステムである程度変更できる他、専用のプロテインアイテムで増加が可能である。とは言っても、あくまで表現である為、実際のSTRは変化しないが。また、女性は過剰な筋肉表現を嫌う傾向がある為、システムで表現自体をオフにしている場合も多い。

 ある種の筋肉信者の部分があるクゥリであるが、プロテインアイテムは邪道と言い、表現レベルも標準設定である。それでも彼のSTRとCONならば、細身の部類ではあるが不足なく筋肉が付き、逆にそれが持ち前の線の細さを際立たせ、中性的な凛とした印象を醸し出している。

 クリスマス以降に心境の変化があったのか、これまで愛用していた子供っぽい癖毛の髪型プラグインを変更し、今は肩まである髪を後頭部で結ったスタイルを取っている。結うのに使用しているのは、金糸で編まれた太めの紐【不死鳥の紐】である。高い火炎属性防御力とアイテムドロップ率の上昇、そして微弱なオートヒーリングが宿ったユニークアイテムだ。何処で入手したのかは秘密という事だが、クリスマスから装備しているに、クリスマスイベントで入手したものだろう。

 髪を結っているせいか、露わになったうなじ、裸体の上半身を伝う黄色い液体、そして擦れているが故に凍えるような艶やかさを持っているかのような表情に、グリムロックは釘付けになる。

 元々『可愛らしい』タイプだったクゥリであるが、最近になって急に大人び、凛とした……『綺麗』という単語が似合うようになってきた。女性でも男性でもない、本当の意味での中性という表現が相応しい。

 

「何見てるんだよ。炭酸はお気に召さないか?」

 

 グリムロックの視線に気づいたのか、悪戯っぽくクゥリは笑む。それだけで、同性という事も忘れてグリムロックは胸が高鳴りそうになって慌てた。

 

「いや、十分美味しいよ。≪料理≫スキル無いのに、よくこんなに美味しいブレンドが作れるね」

 

 私にはユウコがいる。ユウコユウコユウコ! 愛する妻の笑顔を思い浮かべて邪念を払い除け、グリムロックは平静を取り戻す為にグラスを傾ける。しゅわしゅわとした炭酸が舌で踊り、ミントのような冷たい爽やかさが喉を駆け抜けた。

 いや、冷静になればクゥリ君は男ではないか。そんな当たり前の事実に、グリムロックは断じて自分にそんな特殊な嗜好があるはずがないと我が身に言い聞かせる。

 

「オレが作るわけねーだろ」

 

「じゃあ誰だい?」

 

「ユウ…………人、だ。最近ブレンドにはまってるみたいでさ。作り過ぎたからって押し付けやがった。冷蔵庫に糞みたいに山ほど残ってるから持って行って良いぞ」

 

 友人、ラジード当たりだろうか? クゥリの交友関係全てを把握している訳ではないが、病み村でフレンドになったと以前教えてくれた事を思い出す。

 

「そ、それよりも服を着てくれるかい?」

 

「別に良いだろ。男同士なんだし。それに下はちゃんと着てるだろうが」

 

「服を着てください、お願いします」

 

 頭を下げるグリムロックに、渋々と言った様子でクゥリは口元を腕で拭い、部屋着を装備する。簡素な白シャツと黒ズボンであり、彼らしく飾りっ気が無い。

 グリムロックが持ってきた紙袋からボンレスハムを取り出し、クゥリは荒々しく食い千切る。

 

「それで、用事ならオレの方から出向くのに、なんでまた?」

 

「キミのマイホームだからね。専属ブラックスミスとして遊びに来ちゃ駄目かい?」

 

「……まぁ、別に良いけどな」

 

 あ、照れてる。顔を背けるクゥリの頬がやや赤くなっているのを見て、最近は少しだけ感情表現がストレートになってきたな、とグリムロックは細やかな変化を見逃さずに捉える。

 クリスマス以降、多量のレアアイテムを入手した事をグリムロックに明かしたクゥリは、彼に不要なアイテムの売却を求めた。いずれも市場に出回れば相応の価格になるレアアイテムばかりであり、そのラインナップに当時のグリムロックは腰を抜かしたものである。

 本来ならば、こうしたアイテム代理売却は信頼できる情報屋や仲介人に頼むのであるが、クゥリの情報屋といえば情報精度以外は何1つ信頼に置けない事で有名なパッチである。かと言って、クゥリ自身がレアアイテムを売り払えば、どんな噂が立つか分からない。それは傭兵業を営む彼にとって致命的だ。

 そこでグリムロックが仕方なく代理人となり、鍛冶屋連合や地下街の市場、更には犯罪ギルドが経営するオークションなどに出品したのであるが、その総額は300万コルを軽く超した。

 コルを抱えて死ぬのも馬鹿らしいという事で、クゥリはグリムロックに新しい武器の調達費用と消費アイテムを一通り揃えると、残額を全てマイホームの購入に使ったのである。

 ちなみにクゥリのマイホームの場所を知っているのはグリムロックだけだ。パッチはもちろん、他の誰にも明かしておらず、またここに至るまでの道のりからも分かるように、徹底した情報屋対策でピックアップされた物件である。

 

「で、本当の理由は? 飯の差し入れまでするなんてさ」

 

「使用した【レイレナード】、その感想を一刻も早く直接キミの口から聞きたくてね」

 

 丸眼鏡を光らせ、グリムロックは早く試作品の評価が聞きたいとウズウズしていた心を開放する。

 クリスマス翌日、血風の外装を除く全ての武装を破損したとクゥリは報告してきた。断骨の鉈は完全消滅、黎明の剣は修復不可、蛇蝎の刃は修復素材が必要なレベルの破損で修復は絶望的、謹製コートも消滅し、バーサークインナーもボロボロ。およそ傭兵業を再開するのは厳しいものだった。

 そこで、クリスマス以後は傭兵業を休み、グリムロックと共に武器と防具の開発・収集に勤しんだ。そんな中、クゥリと全身防具……甲冑装備の話になったのである。そして、彼との意見交換の中でグリムロックが閃いたのは、正しく発想の転換だった。

 本来全層防具の甲冑装備は、鈍重化と引き換えに高い防御力とスタン耐性を得るというものだ。ならば、あえてこの利点を捨てた全身防具を開発できない物だろうか。

 そうして、ベースとして選んだのは、終末の時代で入手可能なタクティカルアーマーや機甲外殻であり、それらを基にして設計し、素材を集め、試行錯誤の末にできたのがレイレナードである。

 そのコンセプトは『攻撃的機動力』。全身防具の利点である高防御力とスタン耐性を捨て、機動力確保に注いだ異端の防具だ。グリムロックはハッキリ断言できるが、茅場の後継者も自由度の高いシステムを準備したとはいえ、ここまで狂ったピーキーな防具をプレイヤーが開発するとは夢にも思っていなかったはずである。

 素材という素材を軽量補正型素材や慣性増幅型素材で固め、全身甲冑装備でありながら物理防御力は低く、魔法防御力を始めとした属性防御力がやや高い程度。スタン耐性は甲冑装備としてあり得ない低さ。その癖して運動によるスタミナ消費量は重量甲冑装備並みという、およそ常人には使えない全身防具である。しかも、隻眼の彼の為に魔力消費型の義眼をカメラアイとして兜に仕込むという徹底である。

 傭兵業復帰第1号としてクラウドアースの依頼を受け、新装備と共に出向いたのが先日だ。工房までレイレナードと一緒に足を運ぶと言っていたクゥリであるが、グリムロックは居ても立ってもいられずに、こうして朝早くに赴いたのである。

 

「使ってみたが体幹コントロールがかなり狂う。実戦で使うにはじゃじゃ馬過ぎだし、防具としては薄過ぎる。全身甲冑の旨みを捨てて得た機動力も釣り合わねーよ」

 

「うーん、やっぱりかぁ」

 

 クゥリの率直な感想に、グリムロックは落胆を示すことなく頷く。そもそも試作1号なのだ。素材も厳選したとはいえ追求したスペックには届いておらず、扱い辛さばかりが目立ったのもしょうがないだろう。

 

「特に防御力が致命的だ。機動力を全部攻撃に回すにしても、せめて飽和射撃に耐えれるようにしたい。短期決戦型なら尚更な」

 

「とは言ってもね、その防御力を捨てるのがレイレナードのコンセプトなんだ。そうなると……バリアでも装備させるかい?」

 

「夢見過ぎだ」

 

 それもそうか、とグリムロックは腕を組む。さすがにバリアはモンスター側の特権だ。そんな効果を付与できる素材アイテムなど、それこそ大ギルドが血眼で探し求めているだろう。個人に過ぎないクゥリとグリムロックでは、仮に発見されていたとしても入手は困難だ。

 いっそ、ソルディオス・オービットの設計データを餌に大ギルドに交渉でもかけてみようか、とグリムロックは探究心を暴走させそうになる。

 完成は程遠い。レイレナードをクゥリから受け取ったグリムロックは、今後は完成を目論んで素材アイテム収集を行うと心に誓う。当面は実験的導入以外はまず不可能だろうが、いずれはクゥリに完成したレイレナードを届けるつもりだ。

 

「それはそれとして、キミの新しい防具が完成したよ。安心してくれ、普通の防具だ」

 

「……本当かよ」

 

 信用を無くした覚えは無いのだが。訝しむような眼差しに我が身を振り返り、やはり見当が付かないなとグリムロックは悩みながら、クゥリに新しい防具を譲渡する。

 まずは防御力不足が致命的になり始めたバーサークインナーに代わるインナー装備、【91式タクティカルアーマー】の改良版だ。機動力重視である点は全身防具のレイレナードと同一であるが、全身装備ではない分マイルドに仕立ててある、密着性が高い黒を帯びた灰色の防具である。

 次に【瑠璃のコート】だ。修復不可になった黎明の剣を何とか利用できないものだろうかという工房魂の下で、黎明の剣を着色素材に加工して染色したものだ。背中には以前のコートと同じようにエンブレムがあり、袖や裾には【退魔の銀糸】を縫い込んで、彼の要望通り闇属性防御力を引き上げてある。先代と同じように裏地にはナイフを仕込めるように改良してある。全体的に魔法防御力と闇防御力の2点の引き上げを目的とした、前回のコートよりも専門性を持った仕上げになっている。

 

「少し重いな」

 

 91式タクティカルアーマーを装備して襟までファスナーを上げたクゥリは、更にその上から瑠璃のコートを羽織る。

 

「コートの物理防御力が以前に比べて低いから、その分インナー装備は中量型にしたからね。でも安心したまえ! レイレナードの設計思想を使っているから、重量ほどに動きは鈍らないはずだ!」

 

「やっぱりか」

 

 だから、何でそんな顔をするかなぁ、とグリムロックは不思議に思いながら、武器を装着していくクゥリを見守る。

 新装備の1つが≪両手剣≫の【対警備組織単式振動突撃剣】である。終末の時代で入手可能な両手剣分類のチェーンブレードであり、使い勝手の悪さとここぞという時の破壊力が癖になる武器だ。6つの規格外のチェーンブレードを備えた謎のネームドを『撃退』するイベント報酬で得られる【熱を帯びた破片】という素材を、特定の鍛冶屋NPCに持ち込む事で入手できるレア装備である。

 装備要求STRは高くないが、チェーン起動時にはかなりのSTRが無ければコントロールできない。本来ならば、クゥリのSTRではとても使い越せないと思っていたが、彼曰く『7割くらいまで出力上げれば余裕だ』と、グリムロックには良く分からない理屈でこの暴れ馬を使いこなしている。

 その暴力的までの破壊力は、既に旧式の烙印が押されているとはいえ、グレイ・スパイダーを膾切りにする事はできたとクゥリは報告する。30秒しか起動できず、再チャージには多大なスタミナを消費する点、チェーンモード以外では火力が中量級両手剣のくせに軽量級両手剣程度しか出ない点を除けば、切り札として十分に使用できる武器である。いわゆるスタミナ消費版のレーザーブレードといったところか、とグリムロックは詳細をクゥリから聞き出してデータを纏める。

 次にクリスマスイベントの1つ【聖夜に微睡むサムライ】で入手可能だった、準ユニークウェポン【雪雨】だ。僅か5本しか存在せず、入手するのにかなりの対価を支払ったが、それに見合うカタナ特有の高火力を保有した、この先しばらくは最前線でも戦えるだろう武器である。物理属性と水属性をハイレベルで両立している。

 あとは唯一クリスマスダンジョンで破損を免れた血風の外装、それに新しい暗器だ。

 この新しい暗器というのがなかなかに面白い。その名も【ライアーナイフ】というのだが、切れ味が鈍い厚い黒の短剣であり、ガード性能を重視した暗器なのである。その最大の特徴は『伸びる』だ。分厚い刀身が白く変色して薄く伸び、刺剣のように対象を貫く。この伸長状態は逆にかなり脆いが、最長10メートルにも達する。まさに暗器本来の『奇策』と『奇襲』に特化しているのである。しかも外観はナイフである為、暗器と秘匿し続ければ他のプレイヤーからは防御重視の≪短剣≫を装備していると錯覚させることができ、仮に暗器とバレても伸長効果さえ明かしていなければ問題ない。ガード性能も高い為という点も偽装効果以上に実用性がある。

 いずれも満足できる装備ではあるが、残念な事と言えば、今回の装備はグリムロックのオリジナルメイドではない事だろう。強化には細心の注意を払ったが、やはりレイレナードに集中し過ぎたせいか、オリジナルメイドを構想する時間が無かった。

 

「自動装填速度だけを重視した多連装クロスボウも、物理攻撃力ではなく爆発ダメージに主軸を置いた火竜のボルトなら、使い捨てと割り切れば奇襲の際には有用みたいだね。今後の開発の参考にさせてもらうよ」

 

「期待しておく。程々にな」

 

 武装を解除し、普段着に戻したクゥリは朝食を取っていくかと尋ね、グリムロックは甘えさせてもらうと頷く。とはいえ、≪料理≫スキルが無いクゥリにまともな調理ができるはずがない。ステーキ程度ならば肉焼き装置などで≪料理≫スキル無しでもできるが、それ以上は無理だ。だが、それでも分厚いベーコンとサラダ、それにパン程度ならばクゥリでも準備できる。

 やはり雰囲気が変わった。グリムロックは厨房でベーコンを焼くクゥリの姿を見守りながら、クリスマスを境に彼の何かが変わってしまったと改めて感じ取る。それが何なのかは断言できないが、以前よりも暗く擦れた眼差しをしていながら、態度や口振りも穏やかになり、精神も安定しているようにも見える。

 

 

「おっと、メールか」

 

 ベーコンに皿を盛っている最中にフレンドメールが届いたのか、クゥリはシステムウインドウを開く。

 サラダを盛りながらメールの文面を見ていたクゥリであるが、やがてその手を止め、額の中心に皴を集める。

 

「新しい依頼かい?」

 

「ああ、ちょっとな。急用みたいだ。まぁ、メシを先に済ますさ」

 

 何事も無かったようにシステムウインドウを閉ざしたクゥリであるが、その顔にはやや険しさが宿っている。

 どうやら、また厄介な依頼が舞い込んだようだな、とグリムロックは片面が焦げたベーコンに苦笑しながらパンを齧った。

 

 

▽    ▽    ▽

 

 

 終わりつつある街、サインズ本部2階右奥、そこには禁断の領域が存在する。

 その部屋に入れるのは選ばれた人間のみ。特殊なスキルを持ち合わせた精鋭たちの巣窟である。

 部屋の内部には無数のファイルが押し込まれた棚、特注のホワイトボード、そして合計5つのデスクが配置されている。

 その中でも最も凝った装飾と大きさを誇る、窓際の1等席に陣取るデスクにて、険しい顔で手を組むのは40代半ばか50代にも至るだろう、茶色の髪をした男である。

 男の名は【ストラテス】。この禁断の領域の長である。

 

「それでは会議を始める」

 

 ストラテスは他4つのデスクにいる4人の男女へと、厳かにそう宣言する。

 

「まずは諸君、最近腑抜けているのではないかね? この体たらくは何だね?」

 

 そう言ってストラテスはデスクに1冊の、薄いとも厚いとも言い難い、中途半端な本を叩き付ける。その乾いた音が部屋を震わせ、4人の男女が生唾を飲む音色をより大きく響かせるような錯覚を与える。

 

「諸君、私は悲しい。諸君らには溢れんばかりの才能があるのに、この程度の代物しか作れないという努力不足が悲しい」

 

「お、畏れながら、我々は努力を怠っていません。寝る間も惜しんで――」

 

 手を挙げ、ストラテスの言葉を否定するのは、ムキムキマッチョマンという表現が相応しい、窓の外は未だ雪景色にも関わらず、真夏のようなタンクトップに袖なしジャケットを着た糸目の大男、【ダンベルラバー】である。

 

「黙りたまえ!」

 

 だが、その抵抗をストラテスは一喝で黙らせる。それに怯えて、ふわふわのウェーブの髪をした、ピンク色の口紅が特徴的な眼鏡女子【キャサリン】は怯えて身を縮こまらせる。

 

「良いか!? 売上だ。それこそが我々の存在する価値なのだ。DBOのプレイヤー達は娯楽に飢えている。現実世界のように……情報の海に溺れる感覚を追い求めている! 人は好奇心を満たさずにはいられない! 故に我々は存在する! プレイヤーの好奇心を満たすという、その大義の為に!」

 

 席を立ち、拳を握って力説するストラテスは目玉が飛び出さんばかりに目を見開く。

 

「それこそが我々の存在意義なのだ! 確かに……確かに、前回のクリスマス特集は素晴らしかった。素晴らし過ぎた。女性プレイヤーのミニスカサンタ写真コーナーは大反響を生み、写真集発売の要求が殺到する程だ。あれはまさしく伝説だった。だが、伝説とは常に超える為にある! 故に、我々は過去の栄光を忘れ、新たな戦場を追い求めねばならないのだ!」

 

「まさしくおっしゃる通り!」

 

 ストラテスに感化されたように、椅子を倒しながら豪快に立ったのは、燃えるような赤の髪に似合うポニーテールが目立った女だった。

 

「今回は完全に私の責任です! 余りにもクリスマス特集が快調過ぎました。慢心……そう、私は慢心していたのです! ですが、ご安心ください! 次号の特集候補は既に目星がついています!」

 

「ほう、さすがは我らのジョーカー、エネエナだ。期待しているぞ。ブギーマン、お前はいつもと同じようにエネエナのサポートに回れ。良いな?」

 

「え? ちょ、待ってください、編集長! 先輩が自信満々の時は10割の確率でブラフで……ぐぎっ!?」

 

 急に話を振られた、赤毛のポニーテル女、エネエナの隣のデスクにいた、ギラギラとした金髪に赤と青のメッシュをかけた、ビジュアル系男子のブギーマンは声を荒げるも、その全てを言い切る前にエネエナの鉄拳で鼻を潰されて黙る。

 

「諸君、我々の使命を忘れるな。全ては売上だ。その為にネタを追え。飢えた野犬になり、特ダネを逃すな。良いな!」

 

「「「はい、編集長!」」」

 

 ストラテスの号令に、ダンベルラバーは何処に感動する要素があったのか大泣きして拳を握り、キャサリンは何故か巨乳を強調させるセクシーポーズを取り、エネエナはハードボイルドを気取る様に腕を組んで壁にもたれながら強気に笑む。

 そんな中、1人だけやや冷めた立ち位置で、ブギーマンは嘆息する。ただ自分は、可愛い女の子を……できればそのスカートの中身を写真に収めたいだけなのに、と邪以外の評価無用の願望を、まるで未来の甲子園を目指す草野球チームの小学生のような無垢な表情で宿して。

 

 

 

 これは全プレイヤーの好奇心を満たすという大義の下、好き勝手に暴れ回る4人の英雄の物語。

 

 

 

 これは女の子とその神秘の絶対空間を追い求めた、1人の若き夢追い人の物語。

 

 

 

 隔週サインズ編集部、その激闘の1週間……犠牲と情熱に満ちた、栄光ある戦いの記録である。

 




今回は隔週サインズをメインにしたエピソードとなります。

それでは、132話でまた会いましょう。

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