SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

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いつから呪縛者が強化されていないと錯覚していた?
本作に登場するソウルシリーズの敵は魔改造がデフォルトです。

スキル
≪逆境≫:HP残量に応じて防御力が上昇する。熟練度の上昇により、上昇防御力が増加する。

アイテム
【腐食の短剣】:強い呪いを帯びた短剣。その刀身は黒ずみ、内なる鉄は腐っている。その昔、処刑に使われた短剣であり、無数の罪人の喉を貫き、胸を抉った。その苦しみの断末魔を染み込ませたこの短剣に貫かれれば、不治の呪いに侵されると言われている。


Episode13-9 呪縛者

 ラジードが特大剣持ちと相対している内に、オレは残りHP2割を切ってイエローカラーと共に1秒間隔で点滅するHPバーを目にしながら、3発目の発射体勢を取る大砲持ちの呪縛者へと接近する。

 人間を超える図体と分厚い甲冑、浮遊する事による重量を無視した高速移動、いずれも脅威であるが、コイツらの1番の危険性は『命』を感じる存在でありながら、『命』の籠らぬ攻撃と防御を可能とする事だ。

 まずはそれを見極める事だ。大砲の死角に入り、オレは鉈で呪縛者の胴体を薙ぐ。高い打撃属性を持つ鉈は黎明の剣よりも通りが良く、呪縛者のHPを削り取る。ネームドとはいえ、呪縛者のHPバーは1本だ。それを考えれば、通常攻撃とソードスキルを上手く組み合わせれば十分に短時間撃破は可能だ。

 大砲を鈍器のように振り回してオレを引き離した呪縛者はふわりと高度を上げ、オレへと砲口を強引に向ける。即座に真下へと入って回避しようとするが、呪縛者は爆風による削りダメージでオレを倒すつもりなのか、射線からオレが逃れたにも関わらず砲撃を響かせる。

 爆風規模はおよそ3メートル範囲であり、火炎属性のダメージである事は確実だ。幸いにもグリムロック謹製コートは火炎属性が高いお陰で爆風ダメージは最大限に軽減できるが、それでも残りHPを考えれば手痛いダメージになる。

 だが、爆風が呪縛者の真下に潜り込んだオレに命中したならば、当然のように呪縛者自身にもダメージを与えるはずだ。だが、オレが見たのは爆風を浴びてもなお、ほとんどHPバーが不動の状態の呪縛者だ。

 もしや高い火炎属性を有しているのだろうか? 鉈のダメージで目に見える程にHPが削られた事を考慮すれば、呪縛者自体のHPは高い部類であるとしてもボス級ではない。爆風を浴びてHPバーがまるで変動しないのはおかしい。

 いや、それ以前に爆風を浴びた瞬間、呪縛者の周囲で何かが輝かなかっただろうか? オレは大砲の再装填の為か、レバーを引く呪縛者へと虎の子の黒い火炎壺を放り投げる。火炎壺の1.5倍の威力を誇るが、その割にはお値段高めの黒い火炎壺だ。高い純火炎属性ダメージのこの攻撃アイテムならば、呪縛者の隠されたカラクリを見抜けるかもしれない。

 放られた黒い火炎壺を回避しようともせず、呪縛者はその身に受け止める……いや、違う。黒い火炎壺は呪縛者に接触する寸前に爆発した。

 それは青白い光の粒子の繭だった。それが呪縛者を守る様に覆い、黒い火炎壺の爆発を遮ったのだ。

 脅威的なパワー、高火力武器、浮遊による高速移動、そしてバリアか。バランスブレーカーにも程がある! 舌打ちするオレへと呪縛者が再装填を完了した砲弾を撃ち出す。何とか直撃・爆風共に回避するも、爆風が近過ぎたサチとテツオの悲鳴が上がる。

 大砲自体は回避するのは容易だが、射線上にサチ・テツオ・ラジードの3人がいる関係上、オレの回避ルートは必然と限られる。何とか本棚を壁にして射線から逃れるも、呪縛者は障害物もお構いなしに砲撃を止めない。

 バリアは近接攻撃には効果を発揮しないようだが、あの光の繭のせいで自爆を恐れずに砲撃できるのは手痛い。

 一方のラジードは風霊の双剣からツヴァイヘンダーに代わる新しい特大剣【エンシェント・ボーン】に切り替えている。骨を削いで作られた特大剣はツヴァイヘンダー以下の重量でありながら、極めて高い攻撃力を有する。その代償として特大剣というジャンルとは思えない程に耐久力が低く、短期決戦に向く仕様だ。

 特大剣持ちの呪縛者は大盾でラジードの攻撃を防ぐも、それを意に介さない重心バランスの移動を巧みにして連撃へと繋げるラジードによって反撃できないでいた。特大剣の扱いにしては前傾姿勢が過ぎるな。あの動き方は槍による突撃に似ている……ミスティアから何か指導を受けたみたいだな。

 スタミナ消耗が激しいだろうが、アレならば最低でも30秒はラジードが引き付けてくれるだろう。一方のオレは未だ大砲持ちの攻略法がつかめていない。活字の巨人戦ではソードスキルを2発も……特に中級ソードスキルである≪両手剣≫のステイン・クロスを使用してしまった。スタミナはまだ危険域ではないが、安易なソードスキルの連発は避けねばならないだろう。

 

「グダグダ引き延ばすは性に合わねーんだよ!」

 

 割れる事が無いガラス窓を足場にして跳躍し、続いて壁を蹴って執拗にオレへと砲口を向け続ける呪縛者の背後を取る。途端に『命』の無い動きで旋回しながら大砲を振るう呪縛者に背筋が冷たくなる。

 振り回される大砲は『命』の無い動きで高速攻撃となる。大振りでありながら、1つの『型』を感じるこの動き……何かに既視感を覚える。

 そうだ。ソードスキルだ。特有の光輝くライトエフェクトと派手なサウンドエフェクトは無いが、この『命』の無い動きはソードスキルと極めて近しい……いや、同質のものだ。せいぜい違いがあるとするならば、火力ブーストがかけられていない事だろう。

 

「なるほどな。カラクリは読めた」

 

 唇を舐めて、オレは目前の敵の脅威度を下げる。通りで『気持ち悪さ』を感じるわけだ。コイツらは『命』がありながらも人形なのだ。

 呪縛者。コイツらは言うなれば、あらゆる攻撃・防御・回避の『型』が組み込まれ、瞬間瞬間に『命』あるAIが適切な『型』を選択し、対処法を実行しているに過ぎない。

 いや、これでは語弊がある言い方になるか。超反応でこちらの攻撃を確実に潰す防御を取り、最も回避・防御が困難な攻撃を繰り出し、ダメージ量を最大限に下げる回避を実現する。そして、それに依存して他の『命』ないAIのように行動のパターン化による攻略をされないように、根っこの部分は感情を極限まで削ぎ落とされた無機質な『命』が思考を支配している。

 とんでもない怪物だ。言うなれば、言語も感情も思い出もなく、ただひたすらにオペレーションを有効活用する為だけの『命』だ。

 だが、ネタさえ割れれば対処はできる。要は高速反応には『型』があるのだ。ならば、それに合わせてカウンターを打ち込み続ければ良い。ならば最速攻撃の為に鉈は不要だ。鞘に戻し、超近接戦を挑むオレに対し、浮遊と浮上を駆使してオレを引き離そうとする呪縛者だが、単純な速度はオレが勝り、壁と天井がある室内ならば3次元戦闘も十分に可能だ。

 右・左・叩き付け・振り上げ・回転、これが1つの『型』だ。叩き付けの最中に腹に1発、振り上げを紙一重で回避しながら回し蹴りを1発、そして回転攻撃を屈んでやり過ごしてからの肘打。純打撃属性の格闘攻撃が呪縛者のHPを確実に奪っていく。

 と、そこで呪縛者はオレではなく床を狙って砲弾を撃ち込み、自身への直撃も厭わない爆風による範囲攻撃を仕掛けてくる。刹那のタイミングでスプリット・ターンを発動させ、あえて旋回半径を広めに取って爆風を回避しながら呪縛者の背後を取り、そこから≪格闘≫のソードスキルである流星打を放つ。

 右拳が呪縛者の背中にめり込む。純打撃のソードスキルの直撃を受けて吹き飛ばされないのはさすがだが、これまでの連撃でスタン値が蓄積したのだろう。呪縛者の体が完全に硬直する。

 呪縛者の残りHPは4割だ。ここで一気に押し込もうとしたオレだが、本能が悲鳴を上げて強引にバックステップを選択させる。一瞬遅れでオレが先程までいた場所を青い光の斬撃が通り過ぎた。

 何事かと光が放たれた方向を見れば、ラジードが相手をする呪縛者の特大剣に青い光が漂っている。斬撃を飛ばしてきたか。何処までも多彩な野郎だ。しかも仲間の援護も忘れない『チームワーク』という概念もある。仲間ごと巻き込んだ自爆攻撃をした活字の巨人とは大違いだ。

 だが、仲間への援護の代償としてラジードの特大剣を袈裟斬りで浴び、呪縛者がノックバックする。だったら、オレも傭兵流の『ちぃむわぁく』ってヤツを見せてやる。蛇蝎の刃を射出し、振るわれるラジードの特大剣に纏わりつけるとワイヤーを回収する。ラジードはオレの意図を察したのか、特大剣を豪快に横振りする。

 ラジードのSTRとワイヤーの回収推力を使って一気に特大剣持ちへと突っ込み、その兜に守られた顔面へと膝蹴りをお見舞いする。そこから鉈を抜いて呪縛者の背後に着地しながらその背中を斬り裂く。

 

『キミは……本当に色々な武器を使うな!』

 

「そっちこそ随分と腕を上げたみたいじゃねーか!」

 

 反転しながら特大剣を振るう呪縛者の斬撃を躱しながら、いよいよ底が見えた茨の投擲短剣を放る。それは特大剣持ちの呪縛者の脇を通り抜け、ラジードのこめかみを掠め、そしてスタンから復帰して砲撃せんとしていた大砲持ちの呪縛者、その砲口の内部へと潜り込む。

 大砲内部で発射された砲弾と茨の投擲短剣が接触し、盛大な誘爆が引き起こされる。それを大砲持ちは青い光の繭でダメージを激減させるも、度重なる爆発にバリアが霧散して消滅する。

 特大剣持ちを再びラジードに任せ、オレは大砲持ちへとラビットダッシュで瞬時に接近し、腹へと1発拳を打ち込む。即座に高速反応による回し蹴りがオレを襲うも、いかなる『型』が来るか分かれば、こちらとて回避は先んじれる。要はソードスキルと同じ対応……いかなる軌道で攻撃が来るのかさえ見切っておけば良いのだ。

 選択肢が不十分。それがコイツの弱点だ。『型』が足りなさ過ぎて、いかに『命』あるAIが最適オペレーションを実行しようとも、手札が少なければ次にいかなるカードを切るのかは状況を正しく把握すれば見抜ける。

 次は大砲による振り回し。オレはそう判断して左回りで背後を取ろうとした。だが、呪縛者はあろうことか、自らの得物である大砲を捨て、徒手格闘でオレを迎え撃つ。STRが極大な呪縛者の拳がオレの頬を撫で、死の足音が脳髄に響く。

 ああ、そうだったな。オマエには『命』がある。ならば、『型』の数が不十分であるならば、オレに対応する為に格闘戦に持ち込むという最適解を出すのも当然か。

 1発でも受ければ待つのは死。なのに、オレの心臓は恐怖ではなく歓喜で速度を速めていく。

 

「もっとだ」

 

 大振りの右ストレートの隙に脇腹へとカウンターを打ち込む。

 

「もっとだ」

 

 連続の左右への揺さぶりの拳が髪を撫でる。回避ルートへと容赦ない膝蹴りが迫り、鉈を鞘から半ばまで抜いて盾代わりにして直撃を防ぐ。

 

「もっとだ!」

 

 そのまま逆手で鉈を抜き、反りを体に密着させるようにして最小半径の回転斬りで呪縛者の横腹を抉る。その勢いのまま鉈を投擲し、ラジードと激戦を繰り広げる特大剣持ちの左膝に突き刺す。その隙を見逃さず、オレを真似るように特大剣に固執することなくエンシェント・ボーンを手放し、ラジードが風霊の双剣を抜き、右手の剣で≪片手剣≫の単発ソードスキルであるレイジングスパイクを放った。

 だが、寸前で呪縛者は特大剣を盾にしてレイジングスパイクを受け止める。激しいライトエフェクトの光が爆発し、何とか呪縛者はラジードのソードスキルを防ぎきる。

 

『まだだぁあああああああああああああ!』

 

 まだ……終わらない! オレはラジードの咆哮と気迫に圧倒される。

 ソードスキルが続く。あろうことか、ラジードがレイジングスパイクから左手の剣で≪片手剣≫の2連撃ソードスキルの傑作と名高いバーチカル・アークへと繋げたのだ。確かに理論上は可能だ。少なくとも、オレは『アイツ』がアインクラッド終盤で獲得したシステム外スキル『チェイン・ソードスキル』を見ている。

 チェイン・ソードスキルとは、同時に矛盾しない2つのソードスキルの発動モーションを引き起こし、1つ目のソードスキルの発動後の硬直を別のソードスキルで上書きして無効化するという超高難度システム外スキルだ。

 SAOの仕様上≪片手剣≫のチェイン・ソードスキルは≪二刀流≫持ちの『アイツ』の専売特許だったが、DBOはSAOと違い、左右に武器装備が可能だ。だからこそ、チェイン・ソードスキルの幅も広い。だが、それでも獲得の為には単純なセンスだけではなく、それこそ多くのプレイヤーが挫折を味わったOSS作成並みの反復練習が必要となるだろう。

 

「……ったく、惚れた強みってか?」

 

 明らかに病み村の時よりも格段にプレイヤーとしての能力が増してるラジードに、やはり惚れた女がいると男は強くなるものなのだろうかとオレは呆れる。何処までも単純だが、それ故に強さの源泉と言えるかもしれない。

 オレには無縁の強さだな。ラジードに一瞬気を取られはしたが、相対する呪縛者を蔑ろにはしない。呪縛者のタックルに対し、オレは宙を跳んで身を回転させ、呪縛者の体を乗り越える。呪縛者は即座に対応してオレへと反転しながら腕を振るう。その重量とSTRならば、単なる腕の振り回しだけでも十分に脅威だ。

 腕が接触する瞬間に胸を引いてわざと掠めさせ、宙でオレはかつて黒紫の少女がしたように腕へと膝をかけて体重の限りに引き倒す。それでも浮遊する呪縛者のバランスを崩させるには至らないが、僅かにだが呪縛者に次の1手を打つまでのラグが生まれる。

 その間に着地し、オレは一息と共に呪縛者の腰と接触状態で蛇蝎の刃を左袖から放つ。高速で射出された刃は鎧の隙間、腰の運動を阻害しない為の僅かな防御に覆われていない場所を貫き、全身甲冑で守られた呪縛者の内部を貫いた。

 それが致命傷となり、呪縛者が両腕をだらりと下げて赤黒い光となって爆散する。

 残りHPは1割を切り、既にレッドゾーンとなって激しく点滅している。最後に胸を掠られただけで数パーセント持って行かれたか。本当に馬鹿げたSTRをしやがって。

 だが、呪縛者1体は相当な武器熟練度の上昇を及ぼしたのだろう。ディアベルがレッドローズの隠し性能を腐敗コボルド王戦の最中に解放させたように、オレの血風の外装もまた隠し性能が解放されたというメッセージが表示される。だが、今はそれの内容を確認している暇はない。回復するのも惜しんでオレはラジードの応援へと向かう。

 と、そこでオレは濃厚な死の気配を感じ、接近せずに蛇蝎の刃を射出し、ラジードの首に巻き付け、そのまま力の限り引っ張る。

 瞬間、呪縛者の周囲であの青い粒子の繭が浮かび上がったかと思えば、それは一気に凝縮し、周囲数メートルを吹き飛ばした。その青い光の爆発に巻き込まれたオブジェクトは全てポリゴンの塵となるまで破砕される。

 

『もう少し穏便な助け方は無いのかい? 前も僕を足蹴りしたと思うんだけど?』

 

「目下矯正中だ」

 

 咳き込むラジードの首からワイヤーを外し、青い粒子の残滓を周囲に漂わせ、大盾を捨てて特大剣1本に切り替えた呪縛者を睨む。それまで浮遊していた呪縛者だが、今は着地してその足でしっかりと床を踏み締めている。

 何をするつもりだ? 異常な殺気を迸らせる呪縛者が特大剣を構える。それはまるで八相の構えのようであり、2人がかりであろうとも間合いに踏み込めば斬られるだろう凄まじい威圧感があった。

 だが、呪縛者に異変が起きる。呪縛者の兜の覗き穴から漏れる光が目を見開くように大きくなったかと思えば、数回の痙攣の後に青色となったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『メリィイイイイイイイイイクリスマァアアアアアアアアアアアアアアアアアス!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは茅場の後継者とは違った意味で、人を馬鹿にする事に特化したような声だった。

 

『まさか【黒の剣士】の代わりにキミが来るとはねぇ、【渡り鳥】くぅん! それに、そっちのキミもチェイン・ソードスキルとは面白いじゃないの! おじさん、吃驚してキャロりんにワインを吹きかけちゃったよ☆ ギャハハハハハハ!』

 

 何だ、コイツは? オレとラジードは致命的な隙を晒す呪縛者に踏み込めないでいた。

 相変わらず『命』を感じるが、それは先程までとはまるで異なる別の何かに変質している。

 今まで相対した呪縛者が限りなく人間性と呼べる物を削り取った人形に近しい『命』だったのに対し、今の呪縛者からは確固たる……いや、強烈過ぎる自我を感じる。

 

『さてと、じゃあ、おじさんからクリスマスプレゼントを良い子の2人にあげちゃおう! しっかり味わいな!』

 

 途端に呪縛者の特大剣に青い光が収束していく。

 それは光の暴風。青い輝きの柱。特大剣を持つ呪縛者の右腕と一体化し、肥大化し、その内包する『死』を際限なく増幅させていく!

 何なんだ、これは? ラジードは愕然とし、オレは立ちすくむ。サチとテツオは身を小さく丸めて図書室の隅へと虫のように這って逃げる。

 

〈ERROR 警告します。ただちに不正アクセスを中止してください〉

 

〈ERROR 警告します。ただちに不正アクセスを中止してください〉

 

〈オブジェクトのリソースが不足していマ……りょ、ウ、カイシマシタ……レベルⅤノ管理者権限ニヨリ、オブジェクトステータス、ノ、ヘヘヘ、変更ヲ、承認シマス〉

 

 繰り返されるシステムエラーのメッセージとアナウンス。オレ達の周囲をERRORという文字が記載されたメッセージウインドウが埋めていく。

 

『さぁ、乗り越えてみな。そして見せてみろ。お前たちのどちらが「特別」か、それとも……「例外」なのかなぁあああああああああ!』

 

 呪縛者が……いや、呪縛者の中にいる『何か』が咆える。

 ここで動かねば死ぬ。踏み込めねば、圧倒的な暴力によって叩き潰される。

 恐怖は無かった。あったのは、この世界のルールを捻じ曲げてオレ達に挑戦を挑む『何か』への怒りだけだ。

 いい加減にブチギレそうなのだ。安息のクリスマスに意味不明のダンジョンへと引き摺り込まれ、連戦に続く連戦、パッチにはボイコットされ、呪縛者2体を相手にするという死闘にようやく終わりが見えたかと思えば、今度はコレだ。

 踏み込む。オレとラジードのどちらが先だったかは分からない。だが、破壊できないはずの天井を破壊し、破壊不能オブジェクトの紫色の光が雨か雪のように降り注ぐ中、オレ達は呪縛者へと駆ける!

 振り下ろされる青い光の柱。それは世界を揺らし、爆砕し、濁流となる。だが、全てが一瞬で消え去るわけではない。破壊不能オブジェクトが消滅しながらも足場や光から守る盾となって残っていた。

 

「『おぉおおおおおおおおおおおおおおおお!』」

 

 オレ達の雄叫びが重なる。オレは左側から、ラジードは右側から、それぞれ消えていく破壊不能オブジェクトを踏み台にしながら青い濁流を突破し、呪縛者の左右へと跳び出した。

 オレの黎明の剣とラジードの双剣が呪縛者の肉体に吸い込まれるように突き刺さる。それがトドメとなり、呪縛者のHPがゼロになる。だが、それでも呪縛者が消滅する気配はない。

 

『……どうだ、セラフ? やはり、イレギュラー……の定義ハ……1ツ、デハナイ』

 

 ボロボロになった特大剣を落とし、右手でオレの頭を、左手でラジードの頭を、まるで褒めるように呪縛者は撫でる。

 思い出したのはオヤジの手のひらだった。オレがテストで満点を取ったら、駆けっこで1位に成ったら、嬉しそうに頭を撫でてくれるオヤジの顔だった。

 

 

 

『タタ、カイ、コソ……人ゲン、ノ…カ■◇セ●ダ……』

 

 

 

 

 それを最後の言葉に、呪縛者は赤黒い……いや、青い光となって消滅する。だが、それは呪縛者の中にいた『何か』の死を感じさせない。恐らく、単純にモンスターアバターが破壊されただけなのだろう。

 しばらくエラーメッセージが周囲を埋めていたが、緩やかに世界が修復されていくに連れて少なくなり、完全に図書室が復元されると同時にリザルト画面が表示される。

 呪縛者2体分だろう多めの経験値とコルが分割されてオレとラジードに入る。更に、オレの方にはドロップアイテムとして【呪縛者の欠片】が7つ入っている。

 一方のラジードにはレアドロップが入ったらしい。彼はシステムウインドウを操作し、その手元に呪縛者が使っていた特大剣が出現する。間違いなくユニーク級の武器に違いないのだが、ラジードの顔には疲労ばかりで喜びの様子が見えない。

 

『……もう何が何だか』

 

「オレに言うな」

 

 無様にその場にへたり込んだオレとラジードは互いに見合って笑い合う。この危機的な状況を突破できたのはラジードのお陰だ。

 できればお礼の言葉を並べ立てたいが、もう時間が無いらしく、ラジードの体が透けていく。

 

「クリスマスを邪魔しちまって悪かったな。後で必ず埋め合わせする。何でも好きな物をくれてやるさ」

 

『要らないさ。要求ステが高いけど、良い武器も得られたしね』

 

「断わるなよ。オレの気持ちだ。ああ、それと、この件は糞おん……じゃなくて、ミュウには黙っててくれ。面倒事が増える」

 

 ラジードは太陽の狩猟団の1員だ。本人の任意による召喚とはいえ、ミュウならば容赦なく『派遣料』を請求してくるだろう。特に、垂涎のクリスマスダンジョンにオレがいるとなれば、必ずこのダンジョンで得られたアイテムの分け前を要求するはずだ。

 と、オレの釘刺しに対し、ラジードが何故か目を逸らす。

 

『クゥリ、非常に言い辛いんだけど、その……僕はね、パーティの準備中にキミに呼ばれたんだ。……副団長の目の前で』

 

「…………」

 

『だ、だから……ミュウ副団長から伝言があるんだ。「またあなたとお食事できるとは嬉しいですね、【渡り鳥】さん」だって……』

 

「…………」

 

 最悪の台詞を残してラジードが消滅する。取り残されたオレは、アイテムストレージを開いて、たんまりと抱えた現代の味覚や嗜好品の数々に目を向ける。

 ……これ、半分くらい持って行かれるので済むかなぁ。いや、この貴重な現代品を分けるくらいならばゴミュウからの無茶振り依頼を受けた方がマシな気もする。

 溜め息1つに天を仰いだオレは、よくぞあの青の光の濁流で生き残ってくれたと、図書室の墨で呆然自失するサチ達に歩み寄る。あるいは、あの『何か』はわざとこの2人に命中しないように光を放出したのだろうか?

 

「何とか生きてるな?」

 

「……不思議なくらいに」

 

 完全に腰が抜けたらしいサチの弱々しい返事も生きているからこそだな。オレは動揺に脱力した様子のテツオにも微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 そして、左手でオレの脇腹を突き刺そうとした茨の投擲短剣を受け止める。

 

 

 

 

 

「……へぇ、さすがは【渡り鳥】」

 

 呆然とする目を見開くサチを間に、オレは歯を食いしばりながら、力の限り押し込まれそうになっている茨の投擲短剣の刀身を左手で握りしめ、手のひらに禍々しい返しを突き刺しながら切っ先が腹を貫くのを押し止める。

 意識はしていなかった。単純にオレの本能がテツオの、ほとんど殺意を感じさせない必殺を敏感に嗅ぎ取って防いだだけだ。

 オレのHPは呪縛者戦から回復しておらず、HPは数パーセントだ。仮に茨の投擲短剣が深く突き刺さっていたならば、HPは全てゼロになっていただろう。

 STRはオレの方が上なのか、茨の投擲短剣をもぎ取り、そのまま頭蓋骨を粉砕する勢いでテツオの頭を蹴りつける。彼はサッカーボールのように跳ねて壁に激突し、赤黒い光……いや、本物の肉体のように血をどろりと流す。

 

「それに容赦ない……噂通りか……ここで始末したかったんだけどなぁ……なんで呪縛者2体を相手にして生き残ってるんだか。まぁ、良いや。どうせ……アンタは、死……ぬんだ、か――」

 

 目を半開きのまま、テツオの動きと呼吸が止まる。オレは白亜草を食べてHPを回復させてから、震えるサチを脇目にテツオの頬に触れる。

 間違いなく死んでいる。だが、アバターは白の亡人同様に消滅せず、まるで本当に死んだばかりの遺体のように体熱を残したまま、彼は息を引き取っていた。よくよく見れば、頭部に大きな陥没がある。オレの渾身の蹴りに耐えきれず、アバターの頭部が破損してしまったのだろう。

 

「……テツオ?」

 

 本物の肉体のように脳漿を額に垂らすテツオの遺体に、サチが恐る恐る触れようと手を伸ばす。だが、オレはその手を止めるように手首をつかんだ。

 

「止めておけ」

 

「でも!」

 

「『でも』も糞もねーよ。オマエだって分かってたはずだ。テツオは死人だ。ここにいるのは、茅場の後継者に再現されたテツオだ。何処かがぶっ壊れていても驚かねーよ」

 

 だから、頭のネジが吹っ飛んでいたとしてもおかしくない。

 全ては計画通り、か。恐らくテツオは最初から図書室に誘導し、オレを呪縛者2体の挟み撃ちで殺す算段だったのだろう。思えば、呪縛者たちは執拗にオレとラジードへの攻撃に終始し、サチやテツオは狙わなかった。本来ならば守り手の弱点である護衛対象を狙うのは攻め手の基本であるはずなのに。

 だとするならば、サチだけを生かしてテツオは何をするつもりだったんだ? それにオレがまるで邪魔者のような言い方だった。単なるダンジョンのギミックとして存在するのではなく、何かしらテツオにも計画があり、干渉してきたというわけだろうか。

 

「……私だって、死人だよ。テツオと同じで、生き返った存在。だったら……私もテツオと同じで……」

 

 オレの制止を振り切り、サチはテツオの瞼を閉じさせる。

 たとえ、壊れていようともサチは再び仲間の死を目撃した事には変わりない、か。だとするならば、今のサチにとってオレは……

 司書室の扉は半開きになり、まるでオレ達を招くように冷たい空気を放っている。あの先には宿直室同様の大穴が待ち、アインクラッドへと続く道がある。

 

「同じじゃねーよ。サチはオレを殺そうとしない。だったら……オレは、サチが壊れていようと壊れていまいと、剣を向ける気はねーよ。このダンジョンを脱出するまで、護衛くらいしてやるさ」

 

 あの先にサチの望んだ『答え』があれば良いのだが。だが、もしも醜悪な裏切りしかないならば……サチは夢の中で微睡んでいた方が幸せだったのかもしれない。 




今回はノンストップ回でした。
バトルとそうでない時の緩急が激しいのが今回のエピソードの特徴かもしれません。

それでは、113話でまた会いましょう。

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