ソードアート・オンライン ~絶剣と暗黒騎士~   作:神話語り

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 性懲りもなくSAOの二次を増やしてしまった。


第一話 仮想世界の始まり

「あの……大馬鹿者が!!」

 

 ガッ、と鈍い音を立てて、握り拳が思い切り頬に食い込む。自らの父親からのその一撃を受けて、少年……最上(もがみ)芽亜(めあ)は地面に倒れ伏した。恐ろしいまでの激痛が顔面に走り、思わず頬に手を当ててしまう。

 恐る恐る顔を上げると、顔を真っ赤にして怒り狂った父親が、芽亜の頭に向かって足を振り上げてきていた。とっさに手で顔を隠すが、間一髪で間に合わず、きっちりと足の裏が当たってしまった。

 

「がっ……」

「くそっ、くそっ……何故だ! なぜ私が落とされなければいけないのだ!!」

 

 今度は何度も何度も踏みつけられる。一撃、二撃、三撃。段々と痛覚で意識がもうろうとなって来るが、父親の怒号だけは耳に入ってきた。

 どうやら、また再就職の内定に受からなかったらしい。これで七件目だろうか。癇癪持ちの芽亜の父親は、長く会社勤めができずに、何度も解雇されては別の会社に再就職、と行ったことを繰り返していた。そのせいか、もう最近になっては新しい会社に再就職することすらままならなくなってきていた。当然だろう、最初の会社を三カ月で辞めさせられているのだから、会社受けがいいはずがない。

 ならばその怒りのはけ口はどこに来るのかといえば……

 

「この私ほど優秀な者はいないと言っているのに!!」

「ぐふっ……」

 

 つま先が腹にめり込む。芽亜の肺から大量の空気が抜け出る。そこでようやく父の暴力は終わり、彼は肩をいからせながら自らの書斎へと戻っていった。

 

 父親は癇癪を起すと、すぐに周りの人間に暴力を振るう。芽亜の母親はそれで彼と縁を切り逃げ出した。父親は何度も会社をリストラされている、半分社会不適号者だ。それも相まって、彼女は耐え切れなくなってしまったのだろう。

 

 ――その時に、自分も連れて行ってくれればよかったのに……。

 

 芽亜はそう、もう何年もあっていない母親を非難する。が、それは不可能なことだったと、自分でももう納得してしまっていた。

 

 鏡に映る、青あざだらけの顔は、まるで少女のように線が細い。真っ白い肌は、雪のような、と言った綺麗な形容詞ではなく、不健康で病的、と言った方が適しているだろう。

 何よりも不気味なのは、色素が足りずに真っ白な髪の毛と、真っ赤な瞳……俗に『アルビノ』と呼ばれる特徴が出ている己の姿。

 一般大衆から受け入れられるような外見ではないことは、もうとっくの昔に悟っている。恐らくこの外見を気味悪がられて、母親から敬遠されていたのだろう。そのせいで、自分の息子が虐待の犠牲になるなどと考えもせずに。時には死にかけたこともあるのだから、ちょっとは彼女を恨まなくもない。

 

 まぁ、いつまでも母を非難していてももはや意味はない。

 

 ――それより。

 

 芽亜は心を切り替える。時計を見れば、いつの間にやら一時半はもうあと五分後だ。

 

「わっ、ヤバイ!」

 

 大急ぎで自室に戻る。決して綺麗とは言えないその部屋で、唯一やけに新しいものは、濃紺色の大型ヘッドギア。

 名前は《ナーヴギア》。現在世界トップスリーに入る超大手ゲームメーカー、《アーガス》が発売した、世界初の家庭用《フルダイブ》対応ゲームハードである。

 

 フルダイブ、というのは、体が受けとり、脳に発信する間で全ての五感をシャットアウトし、代わりに仮想の五感を与え、脳から出された指令を、現実の肉体ではなく仮想の肉体に伝えることで、まるで別の世界で動いているように見せる――――つまり、完全なる”仮想世界”を実現するシステムの事である。確か本当は《ニードルス》とか言ったような気がするが、あまり詳しいことは分からない。

 

 2018年の終わりころ、茅場晶彦という人物が提唱し、このシステムを搭載した大型ゲーム機がアミューズメントパークなどに設置された。それは瞬く間に大ヒットを記録し、家庭用ゲームとしても普及されることが熱望されたのだ。

 それを受けて、2021年の年末に発売されたのが《ナーヴギア》。大幅に小型化され、従来の据え置き型ゲームハードとはまた違った存在として、飛ぶように売れてしまった。今でも大手ショッピングモールや通販サイトでは品薄状態だという。

 

 しかし、《仮想世界》という壮大かつ自由度の高い場所を舞台とするが故か、対応ゲーム自体はなんとなくパッとしないモノが続いた。シューティングゲームや格闘ゲームならまだしも、パズルゲームや囲碁・将棋などには、失礼だがわざわざ仮想世界でやる理由が見当たらない。

 だから日本中のゲーマーたちが熱望した。一つの世界に、大人数のプレイヤーが接続して遊ぶゲームタイプ……《マッシブリー・マルチプレイヤー・オンライン・ロール・プレイング・ゲーム》……通称《MMORPG》のリリースを。

 

 その期待に応えたかのように、ナーヴギアの発売元であり、かの茅場晶彦を開発部門リーダーとして擁するアーガスが、遂に世界初の《VRMMORPG》を発表した。

 

 名を、《ソードアート・オンライン》。通称をSAO。開発ディレクター・総合デザインはあの茅場晶彦。舞台は大規模なフィールドを何と縦に百層も積んだ巨大浮遊城、《アインクラッド》。内部には森林や川、湖、迷宮などのダンジョンだけでなく、なんと都市や海まであるという。

 

 いわゆる《職業》の縛りは存在しない。武器スキル系や生産スキル系、補助スキル系というふうに大まかに分類される、総勢五百を優位に超える、凄まじい数のスキルたちを、限られたスキルスロットに入れていくことで、プレイヤーは自分だけのビルドを創り上げる。

 オーソドックスなファンタジーRPGの形を取っていながら、大胆にも《魔法》スキルは排除。代わりに、規定の《型》を取ることで、システムアシストと共に凄まじい威力を放つ、いわば必殺技……《ソードスキル》が設定されている。

 階層はそれぞれ、強力なモンスター達が蠢く《迷宮区》によって繋がれている。その頂上には凶悪なフロアボスモンスターが待ち構えており、プレイヤーは力を合わせてそれを撃破することで、次の階層へと道を切り開く。

 

 段階的に情報が解放されていくにつれ、ゲーマーたちの熱狂はいやおうなしに高まっていった。三か月間という短い期間で実施されたβテストには、募集枠が千人だったにもかかわらず、なんと十万人余りという凄まじい人数が応募したらしい。βテスターには一万本しか生産されない初回生産盤が優先的に与えられるという事も手伝っての事だろう。

 

 

 そんな中に在って、芽亜がナーヴギア、並びにSAOソフトを手に入れられたのは、なんというか偶然のたまものだった。

 

 父親に無理やり買い物に行かされて、気味の悪い外見にひそひそと陰口をたたかれつつ指定された物品を買い終え、福引をもらったからとりあえず引いておこうと思ったら、なんと一等が当たり、ナーヴギアとSAOソフトがもらえた、というワケである。今から三日前の事であった。

 

 最初は興味がなかったSAOであるが、これを機に公開されている情報をしらみつぶしに調べまくった結果、芽亜はどんどんSAOの魅力に取りつかれていった。公開されているスクリーンショットはどれも美麗で、芽亜の心をとらえて離さない。

 何より、SAOの公式ホームページ上に掲載されていた茅場晶彦のインタビュー、そこに記されていた彼の言葉に心を惹かれた。

 

『これはゲームであっても遊びではない』

『この世界は、私の一生を掛けた夢であり、プレイヤーにとってもう一つの現実となるだろう』

 

 もう一つの現実。

 

 それは、しいたげられた芽亜が求めた救済と、どこか似通っていた。

 

 だから、既に設定が終わっている自分のアバター、そのプレイヤーネームに、芽亜は《メサイア》という名前を付けていた。自分の名前のアナグラム…『芽』『最(上)』『亜』でもあるが、それ以前に名の通り自分にとって《救世主》となってくれることを祈って。

 

 ああ、遂に時計の針が一時三十分を指した。ソードアート・オンライン、正式サービス開始だ。

 ナーヴギアを頭にかぶり、その電源を入れる。きゅぃぃぃぃん、という飛行機のジェットエンジンめいた重低音を響かせて、セットアップが完了したソレのマイク部分に向けて、芽亜は仮想世界へと旅立つための魔法の言葉を紡ぐ。

 

 

「リンク・スタート!」

 

 

 

 ***

 

 

 

 アインクラッド第一層の主街区は、名前を《はじまりの街》という。中央に設置された、今だ起動していない、他階層の主街区とこの街をつなぐ《転移門》を中心として広がる、中世ヨーロッパ風の街並み。街の中でひときわ目立つのは、公式サイトにも乗っていた、HPがゼロになって、ゲームオーバーになったら蘇生するためのエリア……《蘇生の間》がある、第一層のシンボル、《黒鉄宮》。

 入り組んだ無数の路地の先にはこれまた数えきれないほどの露店が並び、武器や食料などのアイテムを売っている。

 

「うわぁぁぁっ……」

 

 それらの風景が目に飛び込んできた瞬間、芽亜改めメサイアは、感動に打ち震える心を押さえることができずに、思わず歓声を上げていた。

 

 ――すごい。

 ――本当に現実世界みたいだ。

 

 見下ろす自分の体も、さすがに青筋や産毛までは再現されておらずとも凄まじい作り込みだ。鏡が無いので確認のしようがないが、三十分を掛けて作り上げたメサイアのアバターは、現実世界のメサイアの外見に似通った中世的な顔立ちをしている物の、その髪の毛と目だけは漆黒だった。

 至って平凡な顔立ち。だがそれこそ、メサイアが求めていること――――『平常』である。

 

「まずは……動作に慣れなくっちゃな」

 

 新規にログインし、周囲に出現してくる無数のプレイヤー達をうまく避けながら、近くのベンチまで近づいていく。そこに腰を下ろすと、説明書に書いてあった通りに右手の人差し指と中指をそろえて振る。

 すると、ちりりん、という軽快な音と共に、メニューウィンドウが開いた。無数の情報が記されているそれを操作して、ゲーム内用マニュアルを取り出す。

 

「へぇ……あ、ここはこうなってるのか……」

 

 読み込んでいくうちに、なんとなくメニューウィンドウの使い方や、ソードスキルなどのシステム面における常識などは分かってきた。

 

 次は実際にアクションを起こしてみることにする。習うより慣れろ、だ。

 

 装備欄を確認してみると、現在装備しているのは《片手用直剣》カテゴリの剣、《スモールソード》。スキルスロットにはデフォルトで《片手剣》がセットされている。これはどのプレイヤーにも共通だそうだ。

 

 片手剣はこの世界においてもっともポピュラーかつバランスのいいスキルだと言われているらしい。確かに過去の様々なゲーム類でも片手剣はオーソドックスな武器だ。歴史的にも、騎馬戦や盾持ち戦闘を想定した装備が多い騎士たちには、片手剣が好まれた。

 だがしかし。メサイアは、あえて片手剣ではなく、その類似武器《両手剣》を使用したいと思っていた。両手剣は片手剣よりも攻撃力の面で優れる。本体のサイズもそこそこあるので、片手剣があいている手に盾を持っているのと同じように、刀身自体を盾として使うことが可能だ。実際の中世などではそんな使い方はされなかったのかもしれないが、ここはゲームの世界だ。実際の合戦ならば即死だったようなダメージも、クリティカルダメージで済む世界だ。だったらあえて《異端》を選ぶのもまた一興である。

 

 そう――――《異端》。真っ白い髪と真紅の瞳をもつ、現実世界の最上芽亜と同じ、『本来あるべき姿からは外れたモノ』。もしかしたらメサイアは、そこに惹かれたのかもしれない。

 

 どちらにせよ、両手用直剣の装備を可能とする《両手剣》スキルは《片手剣》スキルの派生で、幸い少しの修行で手に入るらしい。とにかく一度、フィールドに出てみる必要があるだろう。

 

「よぅし……」

 

 メサイアは片手を握りしめると、《はじまりの街》北端にあるというゲートに向けて走り出した。

 

 ――――この時メサイアは気が付いていなかった。

 

 彼はこの世界に、『平凡な姿形』……すなわちは『平常』・『正統』を求めてやってきていたはずだった。

 だがしかし、今、彼は『正統』である《片手剣》ではなく、『異端』である《両手剣》を選ぼうとしている。彼は無意識下で、『異端』を求めてしまっていた。

 

 だがしかし、そんな事実は当の本人にとっては思考の片隅にすらない出来事なのであって。

 

 メサイアはただ、仮想世界での生活に心を躍らせるのみだった。




 明日更新分の第二話までは、元々一話分として書いていたのでストックがありますが、そこから先はまっさらです。一応プロットは在りますが、自分の他の作品を見て下さっている方なら分かる通り、非常に形にするのに時間がかかります。つまり不定期&亀更新です。比較的評価が高い作品から書き始める悪癖があるので、場合によっては半年以上停止状態、と言ったこともあり得ます(エタらせることだけはしないようにしていますが)。

 感想・評価・ご指摘等お待ちしています。また、(できれば優しい言葉での)矛盾追求や批判などもお待ちしています。ストーリーの根源にかかわらない程度なら修正します。

 それでは本作、『絶剣と暗黒騎士』をこれからもよろしくお願いします。

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