ランスIF 二人の英雄   作:散々

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第93話 最速の魔人

 

-上部動力エリア 動力室-

 

「覚悟だと? ククク、それは貴様らを殺す覚悟の事か?」

 

 ハンティの言葉を受けてもなお、不気味に笑うディオ。悠然と立ちながら、自分を吹き飛ばした相手の顔をじっくりと見る。

 

「カラーか……少しは楽しめそうだな。まあ、私のコレクションが増えるだけで、状況は何も変わらないがな」

「コレクション……?」

「頭蓋骨だ。カラーの頭蓋骨というのは稀少でね。なにせ、クリスタルを抜いてしまえば消滅してしまう存在だからな。だが、クリスタルを抜かずに先に頭蓋骨を引き抜けば、消滅せずにちゃんと残るのだよ。これが中々にコツがあってな……ククク……」

 

 ハンティの顔を見ながらそう笑うディオ。そのコツを掴むためにどれ程の同胞を殺して来たのかと、ハンティが表情を歪める。その時、壁にもたれかかっていたミスリーが声を出す。

 

「ハンティ……様……」

「久しぶりだね、ミスリー。そんなになるまで闘神都市を護ってくれていたんだね……後は任せな!」

「気をつけるのじゃ、ハンティ! そやつに魔法は効かぬ!」

 

 ハンティが旧友でもあるミスリーに優しく声を掛けるが、フリークが声を荒げる。ハンティの強さは知っているが、彼女は自分同様魔法を主体とした戦闘スタイルだ。ディオとの相性は良いとは言えない。それを受け、ハンティは目の前に立つ闘将に向き直る。

 

「判ってるよ。闘将ディオ……随分と懐かしい顔だね……」

「なんだ? 私は貴様など知らぬぞ?」

「……そうか。闘将になってから会うのは初めてだしね。あたしはフリークと闘神都市を封印する際に、意識のないアンタの体は見ているんだけどね」

 

 そう言いながら、頭を掻くハンティ。そして、付け加えるように小さな声で呟く。

 

「まぁ……アンタが闘将になる前に、一度会っているんだけどね……」

「なにぃ?」

「ディオが……人間のときに……?」

 

 ハンティの言葉にディオが反応を示し、ヒューバートも思わず声が漏れる。

 

「道を違えた求道者……それがアンタだよ……」

「何を訳の判らん事を……行くぞ、カラーの娘! せいぜい抵抗してくれよ!」

 

 ディオがそう言って、手刀に闘気を纏わせながら構える。ハンティは手で合図をし、ヒューバートたちを後ろに下がらせる。体を引きずりながら下がるヒューバート、デンズ、フリークの三人。だが、ヒューバートだけが呼び止められる。

 

「ヒュー! あんたの不知火、借してくれるかい?」

「不知火を……? あぁ、使ってくれ……」

 

 ヒューバートが手に持っていた不知火を手渡す。ハンティがディオと話している間に、足から引き抜いたのだ。べっとりと血のついた不知火を手に持ち、ハンティが思わず言葉を漏らす。

 

「随分とまぁ……血で汚れたもんだねぇ……」

「ああ……私がそいつらの血でコーティングしておいたぞ……ククク……」

 

 ディオがそう笑いながら、ゆっくりと歩みを進める。対するハンティも不知火を一度素振りし、構える。

 

「一人で戦うつもりか……? 俺らも……」

「そんだけ怪我しておいて何言ってるんだい!?」

「だ……だども……いくらハンティ評議委員さでも……」

「ハンティ様……」

「ハンティ、無茶じゃ!」

 

 ヒューバートに呆れたように答えるハンティだったが、デンズ、ミスリー、フリークの三人も口々に声を出す。ボロボロの体でありながら、他人の心配ばかりする四人。お人好しばかりだなと一度ため息をつき、ハンティが真剣な表情でヒューバートの顔を見る。

 

「しっかり見てなよ、ヒュー……滅多に見れるもんじゃないからね……」

「何を……?」

 

 ヒューバートが尋ねるが、それに答えずに背中を向けるハンティ。そして、目の前のディオを見据えながら、全身から闘気を噴出して咆哮する。

 

「んぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「ぐっ……」

「これは……」

 

 その凄まじいまでの闘気の量にデンズが驚愕し、フリークも声を漏らす。すると、ハンティの全身を赤い闘気が覆い、その目が厳しく吊り上がっていく。気が付けば、手足や腹部、背中といった場所に鱗のようなものが浮かび上がっていた。手に持っていた不知火も、強烈な闘気を受けて激しく妖気を振りまく。

 

「あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 更に咆哮し、闘気を膨れ上がらせたハンティに最後の変化が現れる。その額についたカラーの証でもあるクリスタルの中心に、第三の目が浮かび上がったのだ。

 

「カラーの……実体か!?」

 

 これがカラーの真の姿。一部の限られた者にしか出来ない変身だが、戦闘力が跳ね上がるという話をヒューバートは以前ハンティから聞いた事がある。

 

「クカカカカ! 面白い、最高だ! 実に醜いパワーアップだ!! それでこそ殺し甲斐が……殺し……なんだ……違う、私は貴様を殺し……殺され……?」

 

 カラーの変身を見たディオが愉快そうに笑っていたが、突如ぶつぶつと何かを喋り始める。まるで何かを思い出しかけているかのような様相だ。すると、部屋の中に聞き覚えのない声が響き渡る。

 

「ウグググ……グゴォォォン」

「なんじゃ、この声は!?」

「あ、新手か……」

 

 フリークとデンズが周囲を見回すが、ミスリーが不知火を指差しながら口を開く。

 

「け……剣が……喋っています……」

「な!? 不知火……俺の不知火が咆哮を……魔刀がハンティの力に満足しているというのか……?」

 

 ヒューバートが呆気にとられながら不知火を見る。今や不知火の放っている妖気は尋常ではなく、かつてのトーマやロレックス、更には先程のディオのそれを上回っている。あの三人の闘気を、今のハンティが上回っているのだ。

 

「ディオ……死の恐怖をもう一度味わうがいい……」

「っ!? 思い出した……思い出したぞ! 貴様はハンティ・カラー!!」

 

 突如大声を上げるディオ。何事かとハンティ以外の全員がディオに注目し、ハンティは冷ややかな目でディオを見る。

 

「そうか……思い出したのか……」

「黒髪のカラー、ハンティ。私を殺した憎き相手だ! まさかもう一度出会えるとはな!!」

「殺した!? ディオを!?」

 

 ヒューバートが驚愕する。ディオの強さはこれまで嫌と言うほど見せつけられてきた。その怪物を、ハンティは殺したというのか。

 

「ああ……人間の時のこいつ、ディオ・カルミスを殺したのはあたしだ」

「何という僥倖! これは運命か!? 憎き相手であるフリークと貴様を殺す機会が同時に巡ってくるとは!!」

 

 ディオが両腕を広げ、天を仰ぐ。憎き相手が数百年の時を越え、目の前に現れたのだ。だが、そのディオにハンティが冷たく言い放つ。

 

「死ぬのは……アンタだよ!!」

「違うな……私が貴様を殺すのだ!!」

 

 ハンティが不知火を振りかぶり、ディオは手刀に闘気を纏わせながら駆け出し、二人の攻撃が交差する。時を越え、生物としての種さえも変えたディオが因縁の相手と再び相見える。

 

 

 

-下部司令エリア 司令室-

 

「覚悟? このボクに何の覚悟をしろと……?」

「当然……滅びる覚悟だ……」

 

 不愉快そうにしながらパイアールが問いかけるが、それに腕を組みながら答えるメガラス。纏う殺気や闘気が尋常ではなく、リックが思わず剣を握りしめる。先程ビットを全機撃墜したスピードは、不覚にも見えなかった。話には聞いていたが、魔人メガラスというのはこれ程なのかと息を呑む。

 

「必要ありませんね、ボクの勝ちは揺るがないのですから!!」

 

 パイアールがそう言い放つと、まるでそれに反応するかのようにヒトラーが一斉に魔法を放とうとする。当然魔人であるメガラスには効かないため、攻撃魔法ではなく目眩まし用の全体魔法を使う気だ。恐らく、それに乗じて何かをする気なのだろう。

 

「くっ……ファイヤー……」

「タワーオブ……」

「「必要ない」」

 

 その魂胆にいち早く気が付いた志津香とハウゼルが魔法を放とうとするが、それを同時に制すルークとメガラス。次の瞬間、全てのヒトラーが崩れ落ちた。

 

「なっ!?」

「既に……終わっている……」

 

 パイアールが絶句する。メガラスが部屋にやってきた際に攻撃したのは、十二機のビットだけではなかったのだ。部屋にいたヒトラー五体も、ビット同様超高速の攻撃で屠っていたのだ。

 

「ルークさんには……見えていたの……!?」

 

 メガラスに注目が集まる中、かなみはルークの背中を見る。忍者である自分でも目に追えぬ程のスピードが、ルークには見えていたのだ。

 

「ルーク……だな……?」

「ああ……こうしてちゃんと話すのは初めてだな、魔人メガラス……あんたとは一度話したいと思っていたんだ……」

 

 メガラスが振り返る事無くルークに話し掛けてくる。その背中を見ながら、ルークもそれに応じる。ホーネット派の魔人にして、魔人の中でも最古参の一人である魔人メガラス。ルークは彼ともちゃんと話したいと思っていたのだ。

 

「奇遇だな……俺もだ……」

「なっ!?」

 

 思わぬ返答にルークが言葉を失う。目まぐるしい事態の連続で、サイアスもハウゼルもメガラスがルークに興味を持っている事を話しそびれていたのだ。

 

「ハウゼルに続いて、また魔人がルークを……」

「どんどん規格外になっていくな……あいつ……」

「流石だな」

 

 レイラが驚き、フェリスは呆れたようにため息をつく。魔人に名前を知られ、あまつさえ興味を持たれる人間が目の前にいるのだ。ナギは意味ありげにルークを見据える。

 

「色々と聞きたい事もあったのだが……奴を倒すのが先決だな……」

「同感だ……」

 

 メガラスとルークがパイアールを睨み付ける。リーザス解放戦のときにはアイゼルとサテラ、そして今はメガラスとハウゼル。これでルークたちは四人の魔人と共闘したことになる。この現実味のない光景を見ながら、志津香、かなみ、フェリスの三人はルークの言葉を思い出していた。人類と魔人との共存を目指しているという、あの言葉を。

 

「(本当に……ルークなら……)」

「(実現するかもしれない……)」

「(人類と……魔人の共存……)」

 

 三人がそう心の中で思っていると、パイアールの苛立った声が部屋に響く。

 

「メガラス、貴方も人間に荷担するのですか!? 魔人としてのプライドはないのですか!?」

「パイアール……お前とも……もう長い付き合いになるな……」

「……いきなり何を? そうですね、もう2000年以上ですからね。周りの魔人もかなり変わりました……」

 

 その風貌からは意外に思えるかもしれないが、パイアールは現存する魔人の中では比較的古い魔人である。最古参はククルククル期に誕生したケイブリス、次いでアベル期に誕生したカミーラとメガラス、その次のスラル期にケッセルリンクとガルティアが生まれる。そしてその次の魔王、ナイチサの時代に生まれた魔人が、レッドアイ、ザビエル、パイアールの三人だ。必然的にメガラスとの付き合いも長くなるし、今は存在しないかつての魔人たちの事もよく知っている事になる。そういえばレキシントンも同時期の生まれだったなと、パイアールがかつていた魔人たちの事を思い出す。勿論、内心では死んでいった彼らの事を見下しながらだ。

 

「それで……何が言いたいんですか?」

「その付き合いも……今日で終わるという事だ!」

「ちっ!? ユプシロン!!」

 

 メガラスが言い放ち、一気にパイアールに迫る。だが、パイアールの声に反応したユプシロンがその道を塞ぐ。

 

「(何を……いいからルークを殺しなさい!)」

「やってください!」

 

 イオが水晶の中から指示を出すが、パイアールの命令の方が何よりも勝るらしく、ユプシロンはメガラスに向かって拳を放つ。その拳を余裕で避けようとするメガラスだったが、その前に横から跳びかかってきた男がユプシロンの拳に剣を振り下ろす。

 

「ふんっ!!」

「ほぅ……」

 

 それはランス。ユプシロンの拳に振り下ろされた剣のダメージは見るからに強烈なもの。メガラスも感心したように声を漏らす。

 

「くっ、邪魔を……ユプシロン、一気に殺しなさい!」

「ラ」

 

 パイアールの声に反応し、ユプシロンがまたもヒトラーを召喚する。それと同時に、自身の体から再び銃身を出す。また部屋中への一斉照射をするつもりなのか。

 

「ハウゼル、あちらは任せた……人間たちよ……自分の身は自分で守れ……」

「言われずとも」

「当然だ」

「ふん、俺様に指図するな!」

 

 メガラスの言葉にリックとナギが反応し、ランスがメガラスに怒鳴りつける。が、次の瞬間にはメガラスはその場におらず、瞬く間にユプシロンの顔面付近まで移動していた。

 

「ふっ!!」

「メガラスだけに頼るな! 俺たちもいくぞ!」

「ビットが無くなったお陰で大分楽になったわ……これなら……」

「詠唱時間の長い魔法も使えそうだな」

 

 メガラスが高速でユプシロンの顔面を斬りつける。それを見たルークが全員を鼓舞し、志津香とナギが冷静に現状を確認する。今まではビットのせいで詠唱を邪魔されていたが、それが無くなったのは大きい。ようやく二色の破壊光線が解禁されるのだ。

 

「…………!」

「真滅斬!!」

「ランスアタァァァック!!」

「バイ・ラ・ウェイ!!」

「はぁ!」

「ぜぇ……ぜぇ……たぁっ!!」

 

 メガラス、ルーク、ランス、リックが一斉にユプシロンに攻撃を加える。レイラはダメージを、サーナキアはかなりの体力を失っているため、ハウゼルと共にヒトラーの討伐をする。そんな中、サーナキアは悔しそうに歯噛みする。

 

「(レイラはPG-7を倒した……セスナはルークを危機から救った……ボクだけ何も出来ていない……このままじゃ駄目だ……このままじゃ……)」

 

 既に息も絶え絶えな状態だが、自然と剣を握る力が強くなる。空中都市から出られないカサドの悲劇を生んでしまった者の一人として、このまま何もせずに終わる訳にはいかないのだろう。

 

「…………」

 

 メガラスが無言でユプシロンの顔面に高速で斬りつける。ルークたちも手足や胴体にダメージを与えていたが、そのダメージは次々に修復されていく。自分が斬りつけた傷が即座に回復するのを見て、かなみが声を漏らす。

 

「くっ……自己修復能力がここまで戻っているだなんて……」

「ダメージになっていない訳ではないですが、この回復力では時間が掛かりそうですね……」

「ちっ……シィルのバカが捕まったりするから……」

 

 リックも傷が修復するのを見ながらそう言葉を漏らし、ランスが右肩の水晶球に捕らえられたシィルを見上げながら吐き捨てる。

 

「…………」

 

 メガラスも空中で静止する。自らが与えたダメージが、次から次へと回復していくのだ。メガラスは魔人でも最速を誇るが、その反面、決して力の強い魔人ではない。回復力を上回る程のスピードでダメージを与えてはいるが、元々の攻撃力のせいか、結局大したダメージを与えられていないのだ。

 

「ならば……先に奴を討つ……」

「くっ!? ユプシロン!!」

 

 メガラスがパイアールに視線を向ける。即座に思惑を読み取ったパイアールはユプシロンに向かってメガラスの妨害をするよう声を上げる。

 

「うぉぉぉぉぉ!!」

「…………」

 

 メガラスの進路を妨害するために、ユプシロンが拳を振るう。だが、素早くないユプシロンの妨害などメガラスには意味をなさない。攻撃を巧みに躱し、その巨体をすり抜け、一気にパイアールへと迫っていく。

 

「来るな! はぁっ!!」

 

 パイアールが若干焦りながら、服の下からミサイルや爆弾などをメガラスに向かって放っていく。だが、それらを全て空中で躱しながらメガラスはパイアールの目前まで迫り、そのままの勢いで剣を突き刺そうとする。

 

「終わりだ!」

「掛かりましたね!!」

 

 そう叫び、パイアールが目の前の地面にオレンジ色の球を投げつける。すると、それはパイアールとメガラスの間を遮る壁のような形になる。それもただの壁ではない。粘着質を含む透明な壁は、以前にユプシロンを捕獲するときに使ったものと同じ素材。パイアールがメガラス対策として持ってきていた秘密兵器だ。

 

「危ない!」

 

 ハウゼルがメガラスに向かって叫ぶ。どのような効果があるか判らない壁だが、触れればただでは済まないのは確実だろう。猛スピードで迫っていたメガラスがそれを避ける術はない。ニヤリと笑うパイアールだったが、その表情はすぐに崩れる。メガラスが壁の目前で剣を止めたのだ。

 

「馬鹿な!? 出来るはずがっ……」

「長い付き合いだからな……貴様のやり口など……お見通しだ!」

 

 メガラスは予想していたのだ。パイアールが何かしらの隠し球を持ち、最後の最後でそれを放ってくることを。そのまま空中で空気を蹴るようにし、宙返りをしながら壁を飛び越える。そのままパイアールの後方に飛び降りながら、振り返ったパイアールの顔面に回し蹴りを放つ。

 

「ぐぁぁぁぁぁっ!!」

 

 その一撃が顔面に直撃し、叫び声を上げながら壁へと吹き飛んでいくパイアール。

 

「やった……遂にあいつに一撃を……」

「強い……」

 

 フェリスが思わず声を出す。ここまでパイアールの搦め手に苦戦し、一撃たりとも与えられていなかった彼女にとって、この一撃の重みは相当だろう。負傷により戦いを見守ることしか出来なくなったセスナも、メガラスの圧倒的な素早さに感嘆する。

 

「でも、相手は魔人。このままで済むはずが……」

 

 ヒトラーを斬り倒しながら、そうレイラが口にする。思い出されるのは、魔人ノスとの死闘。だが、聞こえてきたのは予想外の声。

 

「うぁぁぁぁぁ!! いたい……いたい、いたい、いたぁぁいぃぃぃ!! 血が……血が出ている……うぁぁぁぁぁ!!」

「えぇぇっっ!?」

「何だ!?」

 

 鼻と口から血を出しながら、パイアールが大声で叫んだのだ。あまりにも情けない声にかなみが驚きの声を上げ、ユプシロンと戦っていたリックも思わず視線を向けてしまう。

 

「ボ、ボクが蹴られるだなんて……メガラス貴様ぁぁぁぁ!! いたい、いたい、いたいぃぃぃ……」

「パイアール様!」

「あいつ……もしかして……」

「滅茶苦茶弱いぞ」

 

 顔を押さえながら狼狽するパイアール。キッとメガラスを睨み付けるが、涙目であるのが情けなさを倍増させる。PG-7が主を心配するのを傍目に、志津香がある結論に至る。それは、すぐさまナギが口にした通りの事。魔人ノスという頑丈な魔人との記憶が脳裏に残っていたため、勘違いをしていた。目の前の魔人パイアールは、兵器さえ何とかしてしまえば本人は圧倒的に弱いのだ。

 

「弱い……ボクが弱いだって……? 図に乗るなよ、人間風情が!!」

 

 ナギの言葉に腹が立ったパイアールは両手に魔力を溜め、雷撃を志津香とナギに向かって放つ。それはただの雷撃ではない。パイアールが腕に巻いている魔力増幅バンドによって上級魔法クラスまで威力の上がった雷撃だ。しかし、横から放たれたファイヤーレーザーによって相殺される。

 

「弱いでしょ? 上級魔法が使えないから、発明で底上げをしているんだから。それも才能の一つでもあるのは認めるけどね……」

「ハウゼル、貴様ぁぁぁぁ!!」

 

 パイアールが激昂する。パイアールの保有技能は、魔法LV1。魔法LV2が多くいる魔人の中では、決して優秀な技能レベルではない。内心自身の魔力の低さを気にしていたパイアールは、ハウゼルの言葉に怒りを覚えたのだ。

 

「弱いと判ればこっちのもんだ! これで終わりにする!」

「悪魔!」

 

 怒りで周りが見えなくなったパイアールは、フェリスの接近を許してしまう。そのままフェリスはパイアールの首筋目がけて鎌を振るうが、パイアールは即座に服からリモコン状の装置を出し、ボタンを押す。すると、フェリスの鎌を遮るように硬い膜がパイアールを覆い、鎌がその膜によって止められる。

 

「何っ!?」

「むっ……」

 

 フェリスが驚愕する横で、メガラスも声を漏らす。追撃のためにいつの間にかメガラスはここまでやってきて、再びパイアールに蹴りを放っていたのだ。だが、その蹴りもフェリス同様、発生した膜に遮られる。

 

「あれは私の炎を防いだ装置……!?」

「あれとはまた別ですよ! 相手の攻撃に対し、自動でそれを遮る膜が発生します。高速での自動防御によって、最早ボクにダメージは……」

「高速か……」

 

 ハウゼルの言葉を受け、パイアールが自信満々に口にする。これで自分への物理ダメージも通らないはずだ。だが、パイアールの口にした言葉をメガラスが反芻し、そのまま無言でパイアールに右腕で突きを放つ。

 

「無駄です!」

「…………」

 

 その突きは膜で防がれる。だが、直後に左腕で再び突きを放つ。それも膜で防がれるが、右、左、右と連続でメガラスが突きを放っていく。

 

「ま……待て……止めろ!!」

「…………」

 

 パイアールが異変に気が付き、狼狽する。自動展開するはずの膜が、徐々に遅れ始めているのだ。メガラスの攻撃のスピードについて行けていない。そして、遂にメガラスの拳速が膜の発生速度を越え、パイアールが右手に持っていた装置を破壊する。手の中で爆発した装置を見て、パイアールが絶句する。

 

「馬鹿な……そんな!?」

「速さが足りんな……真の高速を味わうがいい!」

 

 平然と言い放つメガラス。その拳の軌道は、側にいたフェリスにも最早見えていない。装置が破壊された事によりもう膜は発生しないため、そのままメガラスはパイアールの顔面に高速の正拳突きを放つ。グシャリという鼻の骨が砕ける音と共にパイアールが勢いよく吹き飛んでいく。

 

「ぐぎゃぁぁぁぁ!!」

 

 地面をバウンドし、ユプシロンの側まで吹き飛んだパイアール。その瞳からは痛みで涙を流し、鼻と口からボタボタと血を流す。

 

「うぁぁぁぁぁ!! いたい、いたい、いたい、いたいぃぃぃぃ!! ボクが何でこんな……うぁぁぁぁぁ!!」

「がはははは、おいそこの岩野郎。中々やるではないか!」

「…………」

「確かにスカッとするわね」

「気分爽快だ」

 

 ランスが上機嫌にそうメガラスに言葉を掛ける。今まで散々パイアールに挑発され、更にはシィルを水晶球の中に捕らえられたのだ。相当に腹が立っていた相手が、目の前で無様にのたうち回っている。これでランスが上機嫌にならない訳がない。志津香とナギも素直にそう口にする。他の者も、もしかしたら同様の感情を抱いているかもしれない。

 

「パイアール様! ご無事ですか!?」

「無事な訳がないでしょう! うぅっ……メガラス! 殺す、殺してやる!!」

「やってみろ……」

 

 PG-7がパイアールに駆け寄るが、その手を振り払いながらメガラスを睨み付けるパイアール。しかし、メガラスは先程の場所にはいない。既にこちらに高速で迫っていた。一気に片をつけるつもりのようだ。

 

「パイアール様をやらせは……」

「…………」

「きゃぁぁぁぁぁ!!」

 

 PG-7が迫るメガラスに向かっていくが、高速の鉄拳でなぎ払われて壁に吹き飛ぶ。流石に魔人とでは実力差がありすぎる。

 

「本当に使えない……だが、一瞬とはいえ時間を稼いだのは誉めてあげますよ。ふっ!」

 

 パイアールが目の前の床にオレンジ色の球を叩きつける。破裂したその球の中から出てきたのは、シィルを襲ったゴム状の物体。その物体がパイアールに絡みつく。

 

「何を……!?」

「ホーネット派との戦いまで隠しておくつもりでしたが……仕方ありませんね!」

「そうかっ! メガラス、パイアールを止めろ!!」

「…………」

 

 パイアールの行動の意図が読めないレイラが言葉を漏らすが、直後のパイアールの言葉とユプシロンへと伸びていくゴム状の物体を見て何かを察し、ルークが声を荒げる。言われるまでもないとばかりにメガラスがパイアールに迫り、高速で剣を振り下ろすが、それと同時にゴム状の端がユプシロンの左肩の水晶球へとくっつく。すると、パイアールの体が一気にそちらに引っ張られていき、メガラスの攻撃は空を切る。

 

「あはははは!」

「まさか……奴がやろうとしているのは!?」

「マズイっ!」

 

 笑いながら水晶球へと引っ張られていくパイアールを見て、リックとハウゼルもパイアールの魂胆が理解出来たようだが、時既に遅し。水晶球へと接触したパイアールは、中にいたイオを睨み付ける。

 

「邪魔です! ここはボクの指定席なんですよ!」

「(なっ……!?)」

 

 その言葉と同時に、水晶球から眩い光が放たれる。それは、先程シィルが取り込まれた時と同じ光。

 

「遅かったか……」

 

 ルークが唇を噛みしめていると、部屋の入り口から二人の人物が入ってくる。

 

「ルーク! 何だ、この光は!?」

「光は判りませんが、禍々しい気を感じます……」

「サイアス、エムサ!」

 

 入ってきたのは、魔気柱を破壊して援軍へと駆けつけたサイアスとエムサ。二人はすぐさまルークたちの下へと駆け寄る。

 

「魔気柱の破壊が終わったので、こちらに合流しに参りました」

「それで、どういう状況だ?」

「あの光を放っているのが、魔人パイアールと闘神ユプシロンだ……おそらく、あれが奴の奥の手……」

「なるほど。どうやら最終決戦には間に合ったようだな」

 

 ルークとサイアスがユプシロンを見上げていると徐々に光が晴れていき、その姿が露わになる。左肩の水晶球の前には、外に放り出されたイオの姿。そして、水晶球の中にはパイアールが入り込んでいた。

 

「あいつ、水晶球の中に……」

「あはははは! これがボクの奥の手です!」

「ちょっと、何で外に出されているのよ! これがないとルークを殺せないじゃない! もう一度中に……」

「うるさいですね……ふっ!」

 

 サーナキアがユプシロンを見上げながら絶句していると、外に放り出されたイオが水晶球をガンガンと叩く。そのイオにパイアールは冷たい視線を送ると、すぐさまユプシロンがイオを右腕で払う。

 

「きゃぁぁぁぁ!!」

「危ない!」

 

 吹き飛んだイオをかなみが抱きかかえ、ルークの側に着地する。

 

「あいつ……今まで以上にユプシロンを自由自在に……」

「その通りです! そこの娘は自分の力でユプシロンを動かしていると思っていたようですが、元々こちらの水晶球には手を加えていたんですよ! ボク自身が乗り込み、ユプシロンを自由自在に操る操縦席としてね!!」

 

 パイアールが笑いながら全員を見下ろす。その時、かなみに抱きかかえられていたイオがその腕から無理矢理抜け出し、ルークに駆けていく。

 

「ルーク! おじ様の仇!!」

「っ!?」

 

 イオが腰に差していた短剣を手に持ち、ルークに向かって突き出す。ルークはその一撃を躱し、隣に立っていたサイアスがイオの腕を掴み上げる。

 

「落ち着け!」

「離せ! ルーク……殺す、殺してやる!!」

「何だコイツは? ルークを殺すだと? わざわざ死なないように助け出そうとしてやったというのに……殺していいのか?」

 

 サイアスがイオに向かって言葉を掛けるが、イオの目にはルークしか映っていない。そのイオの勝手な振る舞いにナギが苛立つ。

 

「おじ様を殺したあんたを絶対に許さない! 卑怯な手で罠に嵌めたに決まっているわ! おじ様の誇りを汚した罪……ここで私が裁いてやる!!」

「イオ……」

「ルークさんは卑怯な手なんて使っていません!」

 

 サイアスに手を掴まれながらジタバタともがくイオにルークが悲しげな視線を送る。彼女をここまでの復讐に駆り立てたのは、紛れもなく自分なのだ。その二人の間にかなみが割って入る。

 

「正々堂々、正面からトーマ将軍を……」

「嘘よ!!」

「嘘ではありません。リーザス赤の軍将軍として、自分が保証します」

 

 かなみの言葉を遮るようにイオが叫ぶが、リックがそれに続く。だが、イオは信じない。いや、信じたくないのだろう。

 

「嘘よ……嘘よ、嘘よ、嘘よぉぉぉぉ!!」

「貴様、さっきルークがトーマの誇りを汚したと言ったな?」

「汚したわ! 卑怯な手を使って、おじ様を殺したんだから!!」

「私は見ていないが、二人の決闘は正々堂々とした誇りある決闘であったと志津香から聞いている」

 

 ナギの問いにイオが答えるが、その返事を聞いたナギは淡々と言葉を続け、そのままイオを指差す。

 

「その決闘を嘘と言うのならば……トーマの誇りを汚しているのは貴様だろう?」

「あっ……」

「アスマ、言い過ぎだ!!」

 

 ナギの言葉にイオが目を見開く。ルークが慌ててナギを制すが、イオは呆然としてしまっている。

 

「私が……おじ様の誇りを……」

「こちらを無視して何を内輪揉めしているのですか? メッサーシュミット!!」

 

 サイアスが掴んでいたイオの手から力が抜けていくのを感じ取っていると、直後パイアールの声が部屋に響き渡り、全体魔法を放ってくる。それはユプシロンの技。パイアールの言うように、完璧にユプシロンを操縦しているようだ。

 

「ぐっ……」

「きゃぁぁぁっ!!」

「ぬおっ!!」

 

 部屋の上空から暗黒の衝撃が降りかかり、ルークたちにダメージを与えてくる。そんな中、呆けてしまっていたイオが直撃を受け、その場に倒れ込む。すぐさまサイアスが様子を見るが、反応が無い。

 

「気絶……しているようだな……」

「むしろ、今は好都合ね。壁の方に寝かせておきましょう」

 

 志津香がそう言いながらイオの顔を不機嫌そうに覗き込む。ナギほど感情を露わにはしていなかったが、志津香もルークを罵倒され、割と腹が立っていたようだ。だが、復讐に駆られる気持ちも判るため、彼女を責める気も起きない。

 

「それよりも……先程の魔法、今までよりも威力が……」

「当然でしょう! ボクが乗り込んだのですから! 今まで供給していた魔力とは段違いなんですよ!!」

 

 リックの呟きにパイアールが上機嫌に答える。魔力増幅装置によって、パイアールの魔力量はかなりのものだ。その上、現在レベルも非常に高い。イオが供給していた魔力とは、比べものにならないのだ。

 

「右の水晶球からは自己修復の魔力を重点的に、こちらの水晶球からは攻撃用の魔力を重点的に送り込んでいます! 今までの攻撃と同じと思っていたら……死にますよ!!」

 

 そう言い放ち、ユプシロンの全身から銃口が出して一斉に乱射する。

 

「フェリス! イオとセスナを護れ!!」

「あいよっ!!」

 

 ルークの言葉を受け、フェリスが鎌で銃弾を打ち落として二人を庇う。乱射された銃弾は完全に躱しきれるものではなく、パーティーを確実に傷つけていく。そしてそれは、魔人であるハウゼルとメガラスも同様であった。

 

「きゃっ……」

「っ……」

 

 二人の足を銃弾が掠め、血が流れる。それは、有り得ない光景。

 

「何で魔人である二人にダメージが……?」

「あはははは! ボクが乗り込んだ事によって、最早ユプシロンはボクの装備品扱い! 魔人にダメージを通すことも可能になったんですよ! レッドアイからヒントを貰って改造させて貰いました」

 

 銃口を引っ込めながら、パイアールが上機嫌に笑い飛ばす。そしてそれは、あまりにも恐ろしい言葉であった。元々闘神は長きに渡って魔人と互角に渡り合った人類の英知。それが無敵結界を破れるようになったとするならば、下手すれば魔人の上をいく存在へと昇華した事になるのだ。

 

「流石にボクの無敵結界をユプシロンの全身に行き渡らせる改造をするのには時間が足りませんでしたが……いずれはその改造も行う予定です。そうなれば、ホーネット派など一網打尽ですよ!」

「そんな改造、実現はしないな」

「んっ?」

 

 突如自分の考えを否定され、パイアールが声の主を見下ろす。それは、ルーク。

 

「貴様もユプシロンも、ここで共に滅びるからな」

「その前に、俺様の奴隷は返して貰うぞ!」

 

 ルークとランスが同時に剣を前に突き出し、パイアールにそう宣言する。この絶望的な状況にあっても尚、この人間たちは自分たちの勝利を疑っていないのか。その事がパイアールを腹立たせる。

 

「人間風情が……このボクを滅ぼすだと……?」

「ふっ……くくっ……魔人パイアール。良い事を教えてやろう」

 

 ギリと歯ぎしりをしたパイアールに対し、サイアスが笑いながら口を開く。

 

「奥の手として巨大化したり、巨大な兵器に乗り込む輩は……負ける事が決定しているものなんだよ」

「舐めるなぁぁぁぁ!!」

 

 パイアールが絶叫し、その声が部屋中に響き渡る。

 

「皆殺しです! 人間も魔人も悪魔も、皆殺しにしてあげますよ!!」

「行くぞっ!」

「ふんっ、叩っ斬ってやる」

 

 ユプシロンが拳を振りかぶり、ルークたちに放つ。それを見ながら、ルークとランスが同時に地面を蹴った。

 

 




[装備品]
メタルビット (オリ武器)
 パイアールの発明品。高速で周囲を飛び回り、鋭利な歯で敵を斬り伏せる近接攻撃用ビット。

レーザービット (オリ武器)
 パイアールの発明品。高速で周囲を飛び回り、威力の高いレーザーを射出する遠距離攻撃用ビット。

シュレーディンガーボール (オリ武器)
 パイアールの発明品。オレンジ色の手の平サイズの球。全てが全く同じ形状をしているが、中身は鉄球、爆発物、ゴム状の物体、敵捕獲用の粘着物質など様々。

フリーズウォール (オリ防具)
 パイアールの発明品。炎属性の攻撃に反応する自動防御装置。サイゼル協力の下に完成させた、強力な防具。

グランドウォール (オリ防具)
 パイアールの発明品。直接攻撃に反応する自動防御装置。発動時間はコンマの世界だが、メガラスにそれを突破され破壊された。

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