ランスIF 二人の英雄   作:散々

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第85話 魂に刻み込まれたもの

 

-下部司令エリア 司令室-

 

「破壊シマス」

「ソレガパイアール様ノゴ命令ナラバ」

 

 mk-2たちが一斉に銃を乱射するが、その程度の攻撃ではユプシロンの肉体に傷を付けられない。ユプシロンは構わず前進していき、一番近くにいたmk-2に強烈なパンチを繰り出す。たった一撃。それだけで、そのmk-2は破壊された。

 

「近寄るな! 離れて攻撃をするんだ!」

「ハイ、PG-7様」

 

 PG-7の指示に従い、一定の距離を保ちながら射撃するPGシリーズ。だが、その攻撃ではユプシロンにダメージを与えられない。

 

「貴様ら如きの攻撃、我が肉体には……ぐっ」

「何か言いましたか?」

 

 無駄な攻撃だと言いかけていたユプシロンが苦痛の声を漏らし、それを見下すようにしながら挑発的な言葉を言ってのけるパイアール。彼の周りに浮かんでいるビットの内の1機から、ユプシロン目がけてレーザーが射出されたのだ。その威力は絶大であり、PGシリーズの射撃とは違ってユプシロンに確実にダメージを与えていた。

 

「全方位から一斉射撃。君たちも手を休めないように。ダメージを与えられなくても、行動制限くらいにはなるんですから」

「はい、パイアール様!」

 

 パイアールの言葉に反応するようにビットがユプシロンの周囲を取り囲み、一斉にレーザーを射出する。PGシリーズもそれに続くように射撃を再開する。凄まじいまでの弾幕。

 

「それと、これもオマケです」

 

 パイアールが自身の服の腕辺りに付いているオレンジ色の宝石を一つちぎり取り、それをユプシロンに向かって投げつける。直後、強烈な爆発が起こった。

 

「きゃっ!」

 

 巨大なユプシロンの後ろにいたため銃撃からは逃れていたイオだったが、今の強烈な爆風でその体が部屋の端まで吹き飛ばされる。

 

「やったか?」

 

 PG-7がそう呟き、煙が晴れてくる。そこには、膝立ちのユプシロンがいた。全身に傷を負っている。レーザーと爆発の影響で、相当のダメージのようだ。流石はパイアール様、闘神如きに後れを取るはずがない。そう考えていたPG-7だったが、すぐに目を見開くことになる。

 

「ば、馬鹿な……」

 

 ユプシロンの肉体に付いた傷が、みるみる内に修復されていくのだ。絶句しているPG-7の横で、パイアールは興味深げにそれを見る。

 

「自動修復……そういえば、闘神にはそんな機能もありましたね」

「貴様ら如きで、我を倒すのは不可能」

 

 以前ルークたちが発見した水晶球。その一つ、アリシアが取り込まれている水晶球より魔力がユプシロンに送られており、その魔力を使って自動修復を行っているのだ。アリシアの魔力は低いため、その回復量は決して多くはない。だが、魔人の中でも攻撃力が高い訳ではないパイアールたちの攻撃では、その回復量とトントンといったところ。ユプシロンの言うように、これでは倒すのが難しい。

 

「メッサーシュミット」

 

 ユプシロンが暗黒の魔法を放ち、部屋の上空からパイアールたちに襲いかかる。mk-2が次々と大破していく中、なんとか魔法を回避し続けていたPG-7がユプシロンを睨み付ける。

 

「くっ……この人形風情が……」

「魔人パイアール、抹殺する」

 

 そう叫び、ユプシロンが一気にパイアール目がけて前進する。それを特に焦った様子も見せずに眺めながら、パイアールは再び服についた装飾品の宝石をちぎり取り、ユプシロンに投げつけた。

 

「爆発など効かぬ」

 

 ユプシロンはその宝石を気にする様子も無く、前進を続ける。先程の一斉照射に続けて食らった際には膝をついたが、単発ならば十分に耐えきれる攻撃だと判断したのだ。投げられた宝石がユプシロンの体に命中する。その瞬間、破裂した宝石の中から出てきたのは、強力な粘着性の糸。

 

「ぬっ……」

「本当に頭の悪い。同じ形の武器だからといって、何の疑いもなく同じ効果だと思っているのだから……」

 

 ユプシロンの全身に絡まった糸は即座に部屋の天井や地面に自動で伸びていき、その体が拘束される。

 

「光栄に思ってくださいよ。メガラス対策の武器を貴方如きに使ってあげたのだから」

「ぐっ……」

 

 ユプシロンがもがくが、拘束から抜け出せない。これが素早いメガラス対策の武器。メガラス相手にユプシロンのように命中させられるかは微妙だが、相手に命中させずともこの糸を大量に部屋に張り巡らせておけばメガラスは自由に動けなくなり、その戦闘力は一気に落ちる。

 

「貴方を倒すのは不可能と言いましたね。まあ別に不可能では無いのですが、それは置いておきましょう。倒す、倒さないだけが勝敗の付け方だと思っている時点で頭が悪いんですよ」

「ぐっ……」

「別に貴方を破壊しなくても、勝つ方法などいくらでもあるのですよ。こうして拘束し、少しいじってボクの命令に忠実な人形に改造する。これで闘神都市はボクの思うがままという訳です」

「き、貴様……」

 

 パイアールがゆっくりとユプシロンに近づいていき、身動きの取れないその顔を撫でる。あまりにも馬鹿にした態度である。ユプシロンがパイアールをジロリと睨み付けるが、パイアールの目は相変わらず相手を見下したものだ。

 

「脳みそまで筋肉で出来ている人形では理解出来ないかもしれませんけどね。ケイブリスとよく似ていますよ」

「魔人……抹殺する……」

「貴方如きでは不可能だ。所詮、人間の英知と言ってもこの程度か。聖魔教団というのも、クズの集まりですね。貴方のお仲間の闘神も、次々と破壊されていったのですから」

「っ……!?」

 

 その言葉にユプシロンが反応する。思い出されるのは、かつての友との会話。それは本来有り得ぬ事。闘神に改造させられた時点でセルジオという人間は死んでおり、その肉体はミイラ化。闘神とは、そのミイラと魂のみの存在であり、ルーンの命令を忠実に聞くだけの人形でしかない。人間のときの事を自らの意思で思い出すなど、あるはずがないのだ。

 

 

 

GI0419

-魔都デトナルーカ-

 

「次の闘神は俺に決まったよ、フリーク」

 

 夕方。吹き抜けの渡り廊下を通っていたフリークに、白いフードを纏った男がそう告げる。振り返って口を開くフリーク。

 

「随分と嬉しそうじゃな」

「当然だ。これで実際に魔人と戦争が始まれば、自らの手で魔人を倒せるんだからな」

「かっかっか。相変わらず血の気が多い奴じゃの」

 

 フリークが目の前の親友を笑い飛ばす。男の名は、セルジオ。聖魔教団でも最も地位の高い5人衆と呼ばれた存在の一人だ。5人衆にはルーンとフリークも在籍しており、残りの二人はセルジオよりも先に闘神となったため、今は空の上にいる。

 

「あいつら……シータとラムダは元気でやっているかねぇ。空の上に行っちまったから、もう何年も会っていないからな」

「ま、あやつらなら心配はいらんじゃろ。殺しても死ぬようなタマじゃない」

 

 二人は知らない。闘神の真実を。友人であった二人はもう、魂とミイラ化した肉体しか残っていない事を。

 

「それよりも……どうして二人の名前を呼んでやらないのじゃ?」

 

 ここ数年、セルジオは親友である二人の本来の名を呼んでいなかった。その事をずっと疑問に思っていたフリークは、セルジオにその答えを問う。

 

「俺の変な拘りさ。闘神になるという時点で、それまでの自分とは決別する訳だからな。だから俺は、あいつらの事をこれからはシータとラムダと呼ぶ。俺自身も、闘神になったら今のセルジオという名前を名乗るつもりはない」

「という事は……もう少ししたらワシもお主のことはユプシロンと呼んだ方がいいのかのぅ?」

「強制はしないが、そうして貰えるとありがたいな。人間セルジオは、もうすぐ死ぬ。闘神ユプシロンとなって生まれ変わるんだ」

 

 比喩表現のつもりで言ったこの言葉は、皮肉にも現実になる。セルジオという人間は、闘神になると同時に死亡する。

 

「フリーク……俺たちが闘神になって、魔人を駆逐したら……人類は平和になると思うか?」

「そう単純なものではないが……魔人を倒さねば未来が無いのは確かじゃ……」

「なら、やるしかねぇ……生まれてくるガキの未来の為にもな……」

 

 セルジオが拳を握りしめながら決意する。ふと横を見れば、綺麗な夕焼けであった。

 

「フリーク……俺は人間の行動、意思っていうのは脳みそから来てる訳じゃないと思うんだ」

「ふむ……なら、どこから?」

「ここだ!」

 

 セルジオが自分の胸をドンと親指で指差す。

 

「胸……心臓か?」

「魂だ!」

 

 

 

LP0002

-下部司令エリア 司令室-

 

「うぉぉぉぉぉ!!」

「なにっ!?」

 

 ユプシロンが咆哮し、己の体を拘束していた糸を引きちぎる。思い出せるはずがない。闘神とはミイラと魂の残された人形なのだから。

 

「聖魔教団は……最強だ!!」

 

 だが、ユプシロンの魂にはしっかりと刻み込まれていた。魔人への恨みが、過去の記憶が、そして、仲間たちとの絆が。

 

「魔人パイアール……抹殺する!」

「パイアール様!」

 

 部屋にPG-7の絶叫が響く中、ユプシロンは目の前の小柄な魔人に向けて右拳を振り下ろした。

 

 

 

-下部司令エリア 通路-

 

「おらっ!」

 

 シャイラが懐からナイフを二本取り出し、それをディオに向かって投げる。だが、ディオはそれを己の顔の目前でキャッチする。人差し指と中指で刃を挟むような形でだ。

 

「なっ……」

「くだらん。返すぞ」

 

 そう口にしたと思うと、ディオはナイフを宙に投げその柄を掴む。そして次の瞬間には、シャイラの両肩に深々とナイフが突き刺さっていた。ディオが放ったのだ。それも、シャイラの投げるスピードとは段違いの速度で。

 

「ぐっ……」

「シャイラ!」

「虫けらが……自殺志願という事でいいのだな?」

 

 ディオがそう言ってゆっくりと近づいてくる。負傷したシャイラを横目で見ながら、ネイは剣を握る。自分でも震えているのが判る。だが、ネイは勇気を振り絞ってディオに特攻していく。

 

「うわぁぁぁぁぁぁ!!」

「その声は良い。恐怖に彩られている」

 

 嬉しそうにしているディオの頭目がけて剣を振り下ろすネイ。だが、その剣はディオの手刀によって叩き折られた。宙を舞う刀身。

 

「なっ……」

「その表情だ……ククク……」

 

 絶句するネイの表情を見て嬉しそうに笑うディオ。そのままネイの右肩を手刀で貫く。

 

「あぁぁぁっ!!」

「今度はこっちと……」

 

 右肩から手刀を抜き、続けて左肩へと手刀を突き刺すディオ。ネイの絶叫が再び通路に響き渡り、そのままディオに蹴り飛ばされる。吹き飛んだ先には、夥しい程の出血をしているデンズと、こちらも両肩から出血をしているシャイラがいた。

 

「ネイ……大丈夫か、ネイ!」

「うっ……ううっ……」

 

 シャイラよりも酷い傷を負ったネイだが、その出血はさほど気になっていなかった。それ以上に、目の前のディオが恐ろしい。痛みすらも超越するほどの恐怖がそこにある。

 

「ククク……クカカカカ!!」

「に……逃げるだ……今なら……まだ……」

「置いていけねぇよ……二度も命を救って貰ったんだからな……」

「その通りよ……それに、どうせ間に合わないわ……」

 

 デンズに振り返りながら、二人が無理に笑みを作る。それが強がりだというのは一目瞭然な、そんな笑顔。その三人にゆっくりとディオが近づいていく。先程までとは違い、その手刀には闘気を纏っている。

 

「さて、一人殺したら他の二人はどのような顔をするのかな……ククク……」

 

 先程までとはまた違う、明確な殺意。震えて足が動かない。死が目前まで迫っているのに、ネイとシャイラの足は動かないのだ。

 

「ククク……んっ!?」

 

 歩みを進めていたディオの足下が突如吹き飛び、グラリと体勢を崩す。同時に、何かで視界が塞がれる。ディオは顔を大きく動かし、手で目の前で視界を塞いでいる何かを振り払う。見えたのは、小さな少女の精霊。

 

「精霊……?」

「双葉じゃ。可愛いじゃろう?」

 

 気が付けば、目の前にいたはずの三人の姿がない。それに続き、突如後ろから声を掛けられる。ディオが振り返り、自らが開けた大穴の先を見る。そこには先程までの三人に加え、一人の老魔法使いが立っていた。

 

「雷神雷光!!」

 

 そう叫んだ老魔法使いの体から夥しい程の電撃が放たれ、シャイラたち三人を避けるように縦横無尽に通路を駆け回る。それらは全方向からディオに向かっていき、強烈な電撃がディオの体を包んだ。

 

「ヘルマンの者だけじゃったら、出てくる気もなかったんじゃがの……お主らがいたんじゃ助けない訳にもいくまい」

 

 大技を放った老魔法使いが後ろにいる三人に振り返り、そう呟く。

 

「頑張ったようじゃな、二人とも」

「ジジイ超かっけぇぇぇぇ!!」

「やばい! 今なら抱かれても良いとさえ思っちゃったわ!」

 

 現れたのは、雷帝カバッハーン。デンズが呆然とする中、シャイラとネイの歓喜の声が通路に響き渡る。だが、歓喜にはまだ早すぎる。夥しい程の電撃から発せられた煙の中に、平然と立っているディオの姿が見える。雷神雷光によるダメージはまるで無い様子だ。

 

「ジジイ……死にたいようだな」

「ふむ……雷撃」

 

 ほぼノーモーションでカバッハーンが雷撃を放つ。それは確かにディオに命中するが、こちらもまたダメージを与えていない。

 

「なるほど……魔法は効かぬようじゃな」

「って、何冷静に分析してるんだ!」

「返して! 私のときめきを返して!」

 

 シャイラとネイが後ろから文句を言ってくる。だが、カバッハーンの登場にいつもの調子は取り戻せたようだ。デンズが朦朧としながら口を開く。

 

「雷帝……あんだでも……あいつには……」

「そうじゃな……これだけの相性悪ではちと厳しいかの……」

 

 流石に魔法が効かないとあっては勝ち目が無い。自身の髭を触りながら、平然とそう言い放つカバッハーン。シャイラとネイがあんぐりと口を開けている中、ディオが愉快そうに笑う。

 

「ククク……ならばどうする?」

「勿論、適材適所」

 

 そうカバッハーンが言ったと同時に、雷神雷光の影響で通路に立ち込めていた煙が晴れていく。そして、気が付く。その存在に。

 

「この一撃が分水嶺……」

 

 ディオの目の前には、いつの間にか赤い髪の格闘家が腰を落としていた。よくよく考えれば、あの老人一人で瞬時に三人をあの場所まで運べるはずがないのだ。そう考えると、先程の雷神雷光にも疑問が出てくる。あれは本来全体魔法。何故敵は一人しかいないのに、単体強力魔法ではなく全体魔法を放ってきたのか。これだ。煙でこの仲間の姿を隠すためだ。あの時点で、老兵はそこまで考えて動いていたのだ。

 

「装甲破壊パンチ!!」

「ぐっ……」

 

 その強烈な一撃を腹部に受け、ディオの体が後方へと吹き飛ぶ。だが、倒れるなどという無様な真似はしない。空中で体勢を立て直し、しっかりと両の足で床に立ちながらディオは格闘家を睨み付ける。

 

「何者だ……?」

「私はアレキサンダー。世界最強の格闘家を目指している者だ」

 

 目の前のアレキサンダーを見ながらディオは今のダメージを確認する。ただのパンチでしかないはずの一撃が、芯まで通るようなダメージを残している。この鋼の肉体に、目の前の男は拳一つでそれ程のダメージを与えたのだ。

 

「ククク……クカカカカ! 面白い、貴様も面白いぞ!」

「貴様も……?」

「カカカカカ!」

 

 アレキサンダーが不穏な発言に顔を歪めていると、瞬時にディオが飛び掛かってくる。一目見ただけで判ってはいたが、一瞬で間合いを詰めたその素早さは、やはりただ者では無い。

 

「ふっ!」

「カカカ!」

 

 ディオの繰り出した手刀を左腕で弾き、アレキサンダーも右拳を繰り出す。それを難なく躱すディオ。互いにクリーンヒットを避けながら、高速で攻撃を繰り出していく。まるで舞踏を踊っているかのような、肉弾戦の境地の一つ。

 

「合流しておけてよかったわい」

「確かに、魔法しか使えないジジイと違ってあいつは頼りになるぜ」

「それと、もう二人」

 

 カバッハーンがそう言うと同時に、シャイラ、ネイ、デンズの三人に局地的な雨が降る。三人の傷が少しずつだが回復していく。

 

「回復の雨。大丈夫ですか、シャイラさん、ネイさん!」

「セル! それと……名前何でしたっけ?」

「香澄です!」

 

 セルと香澄も駆けてくる。香澄の名前をネイが忘れており、それを責められているのを横目にセルはデンズを見る。

 

「ヘルマンの……」

「っ……」

 

 回復の雨程度では大した治療になっておらず、今なお夥しい程の出血をしているデンズ。何故ここにヘルマン軍がいるのか。困惑しているセルに、シャイラが言葉を掛けてくる。

 

「セル、頼む。治療してやってくれ。あたしらの命の恩人なんだ!」

「お願いします! 私たちの傷は後回しで大丈夫だから!」

「……判りました。回復の雨を中断して、ヒーリングに移ります」

 

 シャイラとネイの傷は浅くないが、それでも命に関わるような傷ではない。セルがコクリと頷き、デンズに近寄ってヒーリングを掛け始める。

 

「な……何でだ……おでは……敵だど……」

「神の前ではみな等しく平等です。傷に障りますから、喋らないでください」

「すまねぇ……」

 

 デンズが頭を下げ、セルが治療に専念する。そんな中、ディオとアレキサンダーの肉弾戦は続く。互いに決め手に欠ける中、アレキサンダーが右拳に炎を纏わせる。

 

「属性パンチ・炎!」

「それは悪手だな!」

 

 そう言って、ディオはアレキサンダーが放った右拳を掴む。本来であれば大火傷は免れないが、絶対魔法無効化能力を持つディオの肉体は炎では傷付かない。属性パンチの力は神から授かっているものであり、本質的には魔法ではない。だが、ディオが魔法だと思い込んでいるためか、はたまた別の理由かは定かではないが、ディオの肉体にこの炎では傷を付けられないのだ。

 

「なにっ!?」

「クカカカカ!」

 

 まさか炎を纏った拳を掴まれるとは思わず、アレキサンダーが目を見開く。その心臓目がけ、ディオの手刀が真っ直ぐ突き出された。右拳を掴まれているため、後方に跳んで躱すことが出来ない。

 

「アレキサンダーさん!!」

「……はぁっ!」

 

 香澄の声に反応するかのように、アレキサンダーは右拳を掴まれたまま跳び上がる。拘束されているため高くは跳べないが、少しだけでも跳べれば十分。そのままディオの顔面に回し蹴りを食らわせる。

 

「ぬぐっ……」

 

 その一撃でディオの手が緩んだため、即座にアレキサンダーは後方へと跳ぶ。カバッハーンのすぐ横へと着地し、再び構えを取る。

 

「どうじゃ?」

「……意地を張っても仕方のない場面ですね。正直に言いましょう。このままでは勝ち目はありません」

「マジかよ! 勘弁してくれ!」

「だって……ここまで互角に……」

 

 アレキサンダーの言葉を聞いたシャイラとネイが悲鳴を上げる。確かに傍目から見ればここまでは互角。だが、香澄がアレキサンダーの異変に気が付く。

 

「あ……アレキサンダーさん……その拳……」

 

 アレキサンダーの両拳からは血が滴り落ちていた。それを見たセルは目を見開く。

 

「ノスのときと……」

「ええ、同じです。奴の硬い装甲にダメージは与えられていますが、先に私の拳が壊れるでしょう……」

 

 構えたまま悔しそうに呟くアレキサンダー。手甲すら装備せず、生の拳のまま殴っていたのだ。必然、拳は壊れる。ノスのときはリックなど他に戦える仲間がいたから特攻も出来たが、今は違う。自分が倒れれば、間違いなくパーティーは全滅する。捨て身の攻撃は、いまは絶対にしてはいけないのだ。

 

「ならば、取る手段は一つじゃの……」

 

 カバッハーンが一歩前に出て、呪文を唱え始める。それを見ながら、ディオはニヤリと笑う。

 

「ククク……貴様から死にたいのか?」

「老い先短い年寄りじゃ。何もしなくとも一番先に死ぬわい。まあ……お主よりは後になる気じゃがな」

 

 そう言い放ち、カバッハーンが雷撃を放つ。それはディオにではない。ディオの真上、天井に向かって。その魔法が命中し、ディオの体に天井が崩れ落ちてくる。

 

「なにぃ!?」

 

 ディオが驚愕の声を出す。防空コアのような頑丈な作りではないが、雷撃程度で崩れるような柔な作りではない。瞬間、気が付く。先の雷神雷光だ。あれの目的は攻撃、目眩ましの二つだけではない。いざという時の撤退用に、通路中の壁に衝撃を与えて崩れやすくしていたのだ。

 

「ジジイ!」

「戦いとは半歩先を読むものじゃよ」

 

 カバッハーンを睨み付けながら、そのまま瓦礫の中へと消えていくディオ。

 

「さぁ、逃げるぞぃ!」

 

 カバッハーンがそう言い放ち、皆が反応する。そのまま駆け出そうとした一同だったが、高く積み上がった瓦礫の中から声が聞こえる。

 

「逃がさんよ……」

「むっ……」

 

 直後、瓦礫を吹き飛ばしてディオが飛び出してくる。それを見て目を見開いているカバッハーンの頭目がけ、ディオは闘気を纏った手刀を繰り出す。その一撃はカバッハーンの頭を確実に貫通した。だが、ディオが驚愕する。

 

「なにっ!?」

 

 その言葉と同時に、カバッハーンの体が四散した。周りにいる他の者たちの体もだ。

 

「幻影……小癪な真似を……」

 

 それは、以前リーザス、ヘルマン、ゼスの三つ巴の戦いの中でも使用した魔法。光の屈折を利用した幻影。直接ディオに命中させている訳ではないため、ディオもこの幻影を無効化する事は出来ない。周囲を見回すが、既にカバッハーンたちの気配は無い。

 

「逃がしたか……あのジジイ、戦い慣れているな。ククク、面白い……」

 

 単純な実力では先に会った金髪の魔法使い、ナギの方が上だろう。だが、それだけでは量れない実戦経験の豊富さ、そして、老獪さが奴にはある。ルーク、サイアス、アレキサンダー、そしてカバッハーン。それだけではない。リックという男も、フェリスという悪魔も十分楽しめそうな器だ。それと、ランスとかいう男。最初に会ったときはゴミ同然だったが、先程は十分強くなっていた。恐るべき成長スピードだ。

 

「全員この私が殺す……だが、まず優先すべきはフリークだな……」

 

 ガラン、と天井に残っていた破片が床に落ちる中、ディオが通路を奥に進み、その姿が消えていく。標的に見据えたのは、怨敵フリーク。

 

 

 

-上部動力エリア 通路-

 

「カッカッカ。こういう時は逃げるが勝ちじゃ! 適当な所まで走るぞい!」

「アレキサンダーさん、大丈夫ですか……?」

「問題ありません」

 

 カバッハーンが笑いながら先頭を走り、その後を他の者たちが続いていく。走ることすらままならないデンズはアレキサンダーが担いでいる。デンズの治療を続けながら、巨体のデンズが重くはないか心配するセルだったが、鍛えているから問題はないと笑うアレキサンダー。

 

「ジジイ。その……一応感謝しておくよ……」

「なぁに、わざわざいらんよ」

 

 シャイラが礼を言うが、それを笑い飛ばすカバッハーン。ネイもアレキサンダーの横へと近づいていく。

 

「貴方もありがとうね。格好良かったわよ」

「むっ……」

 

 アレキサンダーの少し後ろを駆けていた香澄が、アレキサンダーとネイの間に割り込むように入ってくる。突然の行動に訳が判らず、目を丸くするネイ。そんな中、アレキサンダーが口を開く。

 

「いえ。悔しいですが、逃げるしか出来ませんでした……」

 

 アレキサンダーが唇を噛みしめる。あのまま戦えば、自分の勝機は薄かっただろう。ノス戦やジル戦の悔しさが、再び蘇る。それに反応するように、デンズを抱えている両の拳から、また一滴血が滴り落ちた。

 

「どうして生の拳で戦うんですか……?」

「そうね。ナックルとかつけた方が攻撃力も上がるし、何より拳が傷付きにくいわ。何かポリシーでも?」

 

 香澄とネイが尋ねてくるのを聞き、アレキサンダーは答える。

 

「ポリシーが特にある訳ではないのですが……残念ながら、市販のものでは中々耐えられるものがないんです」

「耐えられるもの?」

「属性パンチの炎や雷ですぐに駄目になってしまいまして……」

「あー、なるほど」

 

 その答えにネイが頷く。先程の燃えさかる拳、確かにあれでは生半可なものでは燃え尽きてしまうだろう。例え燃えにくい素材のものを選んでも、アレキサンダーの扱う属性パンチの全てに対応出来るものというのは早々ない。何かしらの属性パンチと相性が悪くなってしまうのだ。

 

「それじゃあ、もし耐えられるような武器があれば、それをつけて戦うんですね?」

「そうですね……そのような武器が見つかれば、私はまだまだ上を目指せるでしょう」

 

 アレキサンダーがそう香澄に答える。そのままカバッハーンの後に続いて通路を駆けていく一同。そんな中、香澄は一人呟く。

 

「そっか……」

 

 その胸には、一つの決意。

 

 

 

-下部司令エリア 司令室-

 

 既にその部屋は静寂に包まれていた。魔人対闘神。人類よりも一つ上のレベルの戦いは、一方的な決着を迎えていた。

 

「あっ……ああっ……」

 

 イオが呆然とした様子でその結末を見る。部屋の中には、mk-2の残骸が散らばっている。司令部の装置もいくつか壊れてしまい、部屋に砂埃が舞っている。その部屋の中心で、倒れ伏した者を見下し、勝者が口を開く。

 

「本気で魔人に勝てるつもりだったのですか……?」

「…………」

 

 パイアールがユプシロンに問いを投げかけるが、返事はない。先程よりも更に強力な糸で拘束され、その全身にはレーザーの跡。傷自体は自己修復を続けているが、ユプシロンは動かない。

 

「さて、もう少しいじればボクの言うことを聞きそうですね」

 

 既にユプシロンの改造は始まっていた。この段階で聖魔教団の呪縛からは外れ、ただの人形へと成り下がっている。そしてこれより、パイアールの命令に忠実な人形へと生まれ変わる。その時、部屋の扉が開く。

 

「パイアール様、持って参りました」

「ご苦労。戦闘では役に立たなかったのですから、その程度はして貰わないとね」

「も、申し訳ありません」

 

 部屋に入ってきたPG-7が抱えているのは、二つの水晶球。一つにはアリシアが取り込まれており、もう一つは無人のものだ。

 

「闘神に魔力を供給する水晶球を離れた場所に放置するなど馬鹿馬鹿しいですからね。この際、一時的に取り付けてしまいましょうかね……魔人界に帰ったら、もっと安全な場所に移すとしましょう」

 

 水晶球を見ながらパイアールがぶつぶつと口にする。自己修復を担っているこの水晶球は、闘神の強さの要でもあるのだ。となれば、あのような場所に置いておくのは不用心にも程がある。

 

「この中の魔法使いから魔力を供給しているのですね」

「ええ。折角ですし、こちらの水晶球にも魔法使いを入れておきたいですね」

「でしたら、丁度そこに魔法使いがいますが?」

 

 PG-7のその言葉を受け、イオの体が固まる。パイアールとPG-7、その冷酷な視線が部屋の隅にいたイオに突き刺さる。

 

「本当ならもっと強い魔法使いがいいのですが、別に後で取り替えは出来ますしね。一時的に彼女で我慢しましょう」

 

 アリシアも後々取り替える予定だったパイアールが、もう一つの水晶球の生け贄としてイオで妥協する。その言葉に目を見開き、イオが構えを取るが、間に合わない。

 

「がっ……」

「光栄に思いなさい、人間」

 

 瞬時にイオに迫ってきたPG-7から強烈な一撃が腹部に見舞われ、意識が遠のいていく。

 

「おじ……様……」

 

 トーマの幻影を見ながら、イオの意識は失われる。そのイオを担ぎ、PG-7は水晶球の中へと取り込んでいく。

 

「フリーク……ルーン……」

「んっ?」

 

 水晶球を見ていたパイアールが、倒れているユプシロンに視線を戻す。その稼働は完全に止まっている。当然だ、自分がそうしたのだから。ならば、今の言葉は。パイアールには理解出来ない。それは、魂に刻み込まれた名前。

 

「気のせいか……さて、続けましょう」

「どの程度掛かりそうですか?」

「そうですね……完全稼働までは二日。闘神都市を動かす程度でしたら、明日中には出来そうですね。二日したら、ユプシロンでこの都市中の人間を抹殺し、魔人界へと戻ります」

「ならば、その間の護衛はお任せを」

「期待していませんけどね。ですが、闘神都市を手に入れたとなれば、ホーネット派との戦闘はすぐに決着がつきそうですね」

 

 パイアールがそう言いながら、ユプシロンの改造を続けていく。その様子を、その会話を、扉の外で聞いている者がいた。

 

「パパに報告でしゅ」

 

 そう呟き、小柄な雷の精霊はその場から消える。彼女はカバッハーンが使役する雷の精霊、萌。ディオの視界を塞いだ双葉と対になる、もう一つの存在。ディオの前に現れる前に、カバッハーンから命を受け通路の先を探っていたのだ。

 

「二日、二日でしゅ!」

 

 萌が手に入れた情報を呟きながら、雷の精霊らしく高速で通路を飛んでいく。タイムリミットは二日。闘神都市での決戦は、これより最終局面へと移る。

 

 




[人物]
セルジオ・ハイル・ダ・コンポ
LV 35/50 (生前)
技能 格闘LV1 魔法LV2 魔鉄匠LV1
 聖魔教団5人衆の一人。フリークの親友であり、闘神ユプシロンとなった男。魔法使いにしては珍しく、肉弾戦も得意とした武闘派。闘神になる際に死亡し、現在ではミイラ化した肉体と魂しか残っていない。余談ではあるが、彼の息子は魔人戦争を生き残り、その後その子孫がJAPANに渡ったとされている。


[技]
メッサーシュミット
 上空より暗黒の衝撃が降りかかる聖魔法。元々セルジオに聖魔法の技術はないが、闘神になった者は全て聖魔法を使用することが出来る。

雷神雷光
使用者 カバッハーン・ザ・ライトニング
 己の肉体から大量の電撃を周囲に放つ最上級魔法。その攻撃範囲から雷の雨とも恐れられるカバッハーンの奥義。威力はゼットンや白色破壊光線には劣るが、恐るべきはその詠唱スピード。ファイヤーレーザー等の上級魔法とほぼ同じスピードでこれを放つのだから、雷帝という名は伊達ではない。今はこの魔法を受け継いでくれる者を捜している。

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