ランスIF 二人の英雄   作:散々

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第79話 歴史を動かす者たち

 

-浮力の杖 二階-

 

「志津香、無事で良かった」

「かなみも無事だったみたいね」

「私は何の心配もしていなかったぞ。そんな簡単にやられるような器ではないからな」

「ふふ、ありがとうね、アスマ」

 

 ルークたちが志津香を連れて結界の前にいた面々と合流する。志津香の無事に喜ぶかなみとナギ。それを微笑ましげに見ているのは、一番の親友であるはずのマリア。その頬は何故か真っ赤に腫れ上がっていた。

 

「ど、どうしたんですの、その頬は?」

「あはは……ちょっとからかいすぎて……」

「はぁ?」

 

 散々志津香をからかったマリアは、頬を引っ張られたあげく捻られるという手痛いお仕置きを受けていた。チルディが引きつった顔でその頬を見ている。

 

「それで、龍の風邪薬は?」

「ああ、これがそうだ」

 

 レイラに尋ねられたルークが風邪薬を見せる。先に浮力の杖の探索をしていた志津香とキューティが龍の医務室を既に発見していたため、スムーズに風邪薬を手に入れることが出来たのだ。

 

「やりましたね。これで鍵を手に入れられます」

「ああ。そうだ、サーナキア」

「ん?」

 

 メリムが喜んでいるのに返事をしながら、ルークはサーナキアに声を掛ける。サーナキアが振り返ると、ルークが剣を手渡してくる。

 

「これは……?」

「上の階で見つけた火炎ブレードだ。軽いという程ではないが、重量の割には斬れ味はよさそうだ。無敵鉄人の剣のお礼にな」

「そうか。では遠慮無く貰っておく事にする。燃える剣か……熱い心を持った騎士であるボクにピッタリの剣だな」

 

 ルークから受け取った剣を眺めるサーナキア。この剣なら難なく振ることが出来そうだ。正直、先程まで持っていた無敵鉄人の剣より遙かに扱いやすい。

 

「本当ならもっと軽い剣の方があっていると思うが、中々斬れ味の良いのは少ないからな。それと、鎧ももっと軽装のものの方があっていると思うが……」

「そうですね……サーナキア殿も、どちらかと言えば我らのように手数で押すタイプだと思います」

 

 ルークの言葉にリックも続く。剛剣のランスに対し、柔剣のルークとリック。サーナキアはどちらかと言えば後者寄りだろう。しかし、彼女が装備している鎧は明らかに前者寄りのもの。あれでは折角のスピードが殺されてしまう。大陸でも屈指の実力者の二人からの助言だったが、サーナキアは首を横に振る。

 

「いや、この鎧だけは脱ぐことは出来ない。これは騎士団の隊長から譲り受けた由緒ある鎧だからな」

「そうか……譲れないものがあるのであれば、これ以上は言わんさ。だが、一応頭の片隅くらいには入れておいてくれ」

「ああ。わざわざの助言、感謝する」

 

 自分の為を思っての助言と理解しているため、サーナキアは素直に礼を言う。その態度からも見て取れるように、ルークとリックの助言は割と真剣に受け止めてくれたようだ。そんな中、キューティとウスピラがルークに話し掛けてくる。

 

「ルークさん、今後の守りは私にお任せ下さい」

「ああ、頼りにしている」

「それで……防空コアに薬を届けた後はどうする……?」

「そうだな……」

 

 残る候補としては二つ。魔女のいる南の塔と、鍵のある闘将コア。行方不明の仲間たちがいる可能性は、どちらが高いとも言えない。鍵はあくまで脱出のための予防策であり、その上一つは手に入れた訳だから、これさえ無事ならヘルマン軍が闘神都市を動かす事は出来ない。となれば、二つ目の鍵はそれ程重要ではない。

 

「優先度が高いのは魔女のいる南の塔だな……その魔女がアトランタであれば、倒せば多くの人々が解放されるはずだ」

「がはは、遂に魔女とご対面か。これは楽しみだ」

 

 一気にランスが上機嫌になる。魔女を妖艶な美女で想像しているのだろう。あからさまな態度にシィルとマリアがため息をついていた。

 

「それじゃあ、まずは防空コアのドラゴンに薬を渡しに行こう。その後は、南の塔の探索に向かう」

「誰かいる事を願いましょうです」

 

 トマトがグッと拳を握りしめ、他の者もそれに頷く。次の目的地は決まった。そうとなれば、早く薬と鍵を交換するに限る。防空コアに進路を向けたルークたち。そんな中、ロゼが口を開く。

 

「それじゃあ、防空コアに到着するまで面白い話でもしてあげるわ、志津香」

「面白い話? 遠慮しておくわ。ロゼの話って碌な話じゃないから」

「あらあら、そんな事言って良いのかしら? 志津香の興味ありそうな話なんだけど」

「まさか……」

「待て、ロゼ!」

 

 何となく話の予想がついたシィルが青ざめる。それを話すつもりなのかと。ルークも慌てて止めに入るが、間に合わない。

 

「ルーク14歳、性豪伝説 ~そのとき君は若かった~」

「詳しく聞かせて貰える?」

「鬼がいますわ……」

 

 食いつく志津香。何て事を言うんだとチルディが呆気にとられる中、ロゼがペラペラと話を続けていく。みるみる内に志津香が不機嫌になっていく。

 

「きゅー、きゅー!」

「あっ、ゴメン、ライトくん!」

 

 キューティもロゼの話を聞きながら、気が付けばライトくんの頭頂部を無意識に強く握っていた。ライトくんの悲鳴に慌てて手を離し、謝るキューティ。

 

「ここにも……動揺しているのが一人……」

 

 そんなキューティを見ながらセスナがぼそりと呟く。キャンテルの下へ辿り着くまでの間、志津香からの射殺すような視線をルークは受け続けるのだった。

 

 

 

-防空コア 地下六階-

 

 通路に冷気が流れる。普通であれば数分と持たず凍り付いてしまうほどの寒さだ。ルークたちはナギの炎魔法でそれを軽減していたが、今通路を歩いている者は何の小細工も無しにこの寒さの中を平然と歩いている。そして、最奥の部屋の前まで辿りついたその者は扉を開けた。部屋の中にいたキャンテルがゆっくりと目を開け、やってきた者を見る。先程の冒険者たちではない。

 

「何者だ……? このような場所に一体何の用で……」

「おほほほほ、まろの顔を忘れたでおじゃか? 数百年ぶりでおじゃね、キャンテル」

 

 現れたのは猫の顔をした猫人間。その顔、その声、忘れようもない。キャンテルは目を見開き、震えながら声を出す。

 

「マ、マギーホア様……」

「ノンノン、この姿のときはK・Dだと昔から言っているでおじゃよ」

 

 陽気に言葉を続けるK・D。だが、キャンテルは決意をしたような声で問いかける。それは、己が殺されるという決意。

 

「私を……殺しにきたのですか? 貴方様の言葉に反し、人間へと荷担して戦争に参加したこの私を……」

「…………」

 

 それは数百年前、魔人戦争が勃発する直前の話。M・M・ルーンより依頼を受け、また、彼の人柄を気に入ったキャンテルは、魔人との戦争が起きた際には必ず聖魔教団に荷担すると約束を取り交わしていた。だが、いざ戦争が始まった際、ドラゴンたちにK・Dからある命令が下される。それは、この戦争には荷担してはいけないという命令であった。しかしキャンテルはその命令を破り、戦争へと荷担したのだった。いわば、裏切り者である。部屋に緊張感が増すが、K・Dは即座に笑い飛ばす。

 

「おほほほほ、飛躍しすぎでおじゃよ。ここに来た理由は、文通友達のハニーキング殿がここでオフ会なるものをやると言っていたでおじゃよ。それに参加しに来ただけでおじゃ。ただ、ハニーキング殿が何故か人間の女の修行に躍起になっていたから、抜け出して来たでおじゃけどね」

「私に罰を与えに来た訳では……」

「全然違うでおじゃ。懐かしい力を感じてここまで来てみれば、お主がいただけでおじゃよ。というか、魔人戦争で死んだと思っていたでおじゃ」

「そうだったのですか……K・D様、申し訳ありませんでした。かつて貴方に反目し、戦争へと荷担してしまい……」

「昔の話だから、水に流すでおじゃよ。ところで、何で未だに闘神都市にいるでおじゃか?」

 

 首を傾けて問いかけてくるK・D。キャンテルは首を動かして周囲の壁を示し、それに答える。

 

「この防空コアの壁は闘神都市の中でも特に頑丈な壁で……私如きの力では破壊して抜け出すことが不可能なのです。当時は魔法使いの転移魔法でここから行き来していたのですが、戦争末期に魔法使いが死んでしまい、ここから出られなくなってしまいました……ですが、闘神都市の空を守れなかった愚かな私には丁度良い末路かもしれませんね……」

「ふむふむ……それは難儀な話でおじゃねー」

 

 確かにこの部屋の壁は相当頑丈に出来ている。聖魔教団の技術の極地といったところか。納得がいったという風にK・Dは首を縦に振い、そのまま入ってきた扉に踵を返す。

 

「それじゃあ、まろはそろそろ行くでおじゃよ。と、その前に……」

 

 部屋から出て行こうとしていたK・Dだったが、伝え忘れた事があったのを思い出して立ち止まる。そして、その雰囲気が変わる。彼から突如発せられたのは、ルークたちも感じた強大なプレッシャー。あの魔人ノスをも上回る威圧感は、やはりこのK・Dから発せられたものであったのだ。息を呑むキャンテル。

 

「マ、マギーホ……」

「K・Dでおじゃよ。近い内、お主にはここから出て貰う事になるでおじゃね……」

「それは一体……」

 

 振り返ったK・Dは静かにそう宣った。今し方ここからは出られないと言ったばかりなのに、それはどういう事なのか。真意が分からず、問いかけ直すキャンテル。それを受け、K・Dはゆっくりと言葉を続けた。

 

「十年以内に、大きな戦争が起こるでおじゃ。それの動向次第では、我らドラゴン族も動かざるを得ないでおじゃ」

「なっ!?」

 

 キャンテルが目を見開く。闘神都市の防空ドラゴンを率いていたキャンテルは、当然ドラゴンの中ではそれなりの地位であった。だからこそ、今のK・Dの言葉に驚きが隠せない。

 

「動くというのですか……K・D様が……歴史に介入することを固く禁じていた貴方様が……」

「まだ判らないでおじゃよ。あくまで可能性の一つでおじゃ。ただ、もしそうなった際にはお主の力が必要でおじゃ」

 

 K・Dは遙か太古に起こったある事件以降、歴史に深く関わるのを止め、世捨て人のようになっていた。今の猫人間のような変身姿もその頃に生まれたものである。そして、その世捨て人行為は数千年にも及んだ。そのK・Dが動くというのか。

 

「その戦争とは……一体……?」

「詳しくは判らないでおじゃよ。ただの予言でおじゃからね」

「予言……それは一体誰の……?」

「おほほほほ、時が来たら話すでおじゃよ」

 

 そう言い残し、K・Dは笑いながら部屋を出て行ってしまう。部屋に残されたキャンテルは、ただただ呆然とするしかなかった。

 

「キャンテルが生きていたとは驚いたでおじゃね」

 

 通路を歩きながら、K・Dは独り呟く。思い出されるのは、かつて自分の前に現れた予言者との謁見。

 

 

 

GI0912

-翔竜山-

 

「今の話を信じろと……? 到底無理な相談でおじゃよ」

「勿論、全てを信じる必要はありません。記憶の片隅にでも置いて貰えればと……」

「そこまで未来が見えるのであれば、その回避方法も判るのではないでおじゃか?」

「私の予言も完璧では無い故……」

 

 K・Dが目の前で頭を垂れている白髪の予言者を見る。その口から飛び出てきたのは、恐ろしい予言。

 

「もし真実だとしても、まろたちドラゴン族は歴史に関わる気はないでおじゃよ。例えその結果、人間と魔人が滅ぶことになろうとも……」

「それは、今後の人間と魔人を見て決めていただけたらと……少しでも興味が沸き、力を貸してやっても良いとお思いになっていただけたら、そのときは……」

「そんな事は有り得ないでおじゃよ」

 

 冷たく言い放つK・D。彼はこの世界の真実を知る数少ない存在の一つである。普段はおちゃらけている彼だが、その心の奥深くにある感情は誰にも理解が出来ないのかもしれない。その後、白髪の予言者は後に起こるという戦争に大きく関わる人物たちの名前を、現状で判っている範囲で告げる。

 

「多すぎて覚えられないでおじゃよ。最初の方に出てきた名前だけでいいでおじゃか?」

「はい。その者たちが特に重要な者たちですので……それに、歴史は思わぬ所で変わる可能性もあります。必ずしも全員が戦争まで生き残れる保証がある訳では無い事をご理解下さい」

 

 自身の言いたい事を話し終えた予言者は、K・Dに一礼をして翔竜山を下りていこうとする。その背中に向かってK・Dが問いかける。

 

「それで、お主はどう動くつもりでおじゃか?」

「時が来れば必ず……ですが、そのときまでは殆ど動けないでしょうね」

「お主の立場的にでおじゃか?」

「いえ、私はもうすぐ殺されますから。死人では動けませんからね……」

 

 予言者の大胆な発言にK・Dは一度きょとんとし、すぐにおかしくなって笑い飛ばす。

 

「おほほほほ、死人になるつもりの男が、時が来たら動くと言うでおじゃか!」

「そのつもりです」

「面白い男でおじゃね。この予言とお主の名前、頭の片隅には残しておいてやるでおじゃよ」

 

 去っていく予言者の背中をニヤリと笑いながら見送るK・D。そして、その予言者の名前を呟く。

 

「覚えておくでおじゃよ、魔人バークスハム」

 

 

 

LP0002

-防空コア 地下六階-

 

「バークスハム……今は死んでいるでおじゃかね。それとも……」

 

 かつて出会った予言者の名前を呟きながら、K・Dが通路の角を曲がる。すると、目の前にとある集団が立っていた。あちらもK・Dに驚いている様子で、互いの視線が交差する。

 

「おや?」

「おほほほほ、白髪の少年と機械女ちゃんの集団でおじゃね。まろとクイズ勝負でもしないでおじゃか?」

 

 目の前に立っていたのは、魔人パイアール。その周囲をPG-7と数体のPG-xmk2が囲んでいた。陽気に話し掛けたK・Dだったが、次の瞬間、彼の体を無数のレーザーが貫いた。K・Dが地に崩れ落ちる。

 

「不愉快ですね。化け物風情が話し掛けないで貰えますか?」

 

 いつの間にかパイアールの周囲には8機のビットが浮いていた。それはルークたちとの戦いで破壊されたものとはまた別のビット。高威力のレーザーを一瞬で照射する、パイアールの自信作だ。最終的にはこれを更に巨大な規模のものにし、この闘神都市よりも更に高高度から一気にホーネット派を殲滅するのが目標だ。

 

「一体何の生物なのでしょうか?」

「さぁ……死体くらい回収して戻るとしましょうかね……んっ?」

 

 K・Dの体を見下ろしていたパイアールとPG-7。こんな生物は見たことが無い。聖魔教団の異物である可能性も考えたパイアールがその死体を持ち帰ろうかと考えていると、床に倒れていたK・Dが突然何事も無かったかのように立ち上がった。

 

「あー、死ぬかと思ったでおじゃよ」

「なっ!? そんな馬鹿な!」

「一斉照射!」

「パイアール様ノゴ命令ナラバ」

 

 PG-7が思わず声を上げるが、パイアールは即座に周囲の者たちに命令を下す。自身も再びビットからレーザーを出し、指示を受けたPG-7とmk2も一斉射撃を加える。一斉射撃によって立ち込めた煙がK・Dの体を隠す。

 

「やったか?」

 

 今度こそ生き残れないはず。いや、下手したら肉片すら残っていないのではないだろうか。PG-7がそう考えていると、激しい煙の中からぴょーんという擬音と共にK・Dが飛び出してくる。

 

「なにぃ!?」

 

 PG-7が驚愕している横をひとっ飛びし、パイアールたちの後方へと回るK・D。無傷ではない。全身傷だらけのはずなのに、気にする様子も無く動いている。

 

「何て生命力だ……こいつだ、こいつの体を調べれば……」

「おほほほほ、研究材料になるのはイヤでおじゃね」

 

 パイアールが目を見開いてK・Dを見る。この化け物の体を研究すれば、自分の望みが叶うかもしれない。K・Dは笑いながら、頭の中で状況を確認する。この者たちはこの先にいるキャンテルの部屋を目指していた。碌に身動きの取れないキャンテルでは、パイアールたちに殺されてしまうだろう。そして、もう一つ。ここに先程出会ったルークたちが近づいて来ているのを感じる。ここで彼らがこの魔人と鉢合わせるのは危険だろう。

 

「となれば……鬼さんこちら、手の鳴る方へでおじゃよー!」

「くっ……追いますよ!」

「はい、パイアール様!」

 

 K・Dがパイアールを挑発してこの場から去っていく。それを追いかけるパイアールたち。K・Dの機転により、ルークたちはパイアールとの鉢合わせを避ける事となった。パイアールから逃げ回りながら、K・Dはかつてバークスハムから聞いた戦争に大きく関わる人物たちの名前を思い出す。その中でも特に重要人物とされていた男たちの中に、ルークとランスの名前があったのだ。だからこそ、K・Dはガイアロードから話を聞いた際、ルークという人間に興味を持ったのだ。

 

「おほほほほ!」

「もっと出力を上げてください! 絶対に逃がしてはいけませんよ!」

「も、申し訳ありません、パイアール様!」

 

 自分を抱えて飛行しているPG-7に文句を言うパイアール。その声を聞きながら、K・Dはバークスハムに聞かされた名前を思い出す。敵味方入り乱れた百人近い人物たちの中から、更に厳選された者たち。男女併せて二十名ほどだっただろうか。ルーク、ランス、健太郎、アリオス、バード、サイアス、パットン、ケイブリス、そして……

 

「魔人パイアール、お主もその中に入っていたでおじゃよ。おほほほほ!」

 

 当然、バークスハムの予言通り歴史が進む訳では無い。実際のところ、戦争が始まるよりも前に、今上げられた人物の中の一人はこの世界から姿を消す事となる。

 

 

 

-防空コア 地下五階-

 

「まあ別に、ルークが昔何をしていようが私には関係ないけどね」

「ならその殺気を抑えてくれ……」

 

 志津香から射殺すような視線を受け続けながら、ルークは階段を下りる。今はナギと志津香の二人で炎魔法を使っているため、先程来たときよりも寒さは凌げている。キャンテルのいる地下六階に辿り着き、通路を歩き始めたルークたち。すると、まず一番にリックが異変に気が付く。

 

「これは……」

「リック、どうかしたの?」

「このような焼け跡、先程は……」

 

 リックが気にしているのは壁に付いた、ほんの少しの焼け跡。先程来たときは無かったように記憶していたため、妙に気になったのだ。それは、パイアールのビット攻撃によりついた跡であった。

 

「気のせいではないですかねー?」

「そうかもしれませんが……」

「気のせいじゃないな。微かに殺気が残っている」

 

 そう答えたのはフェリス。悪魔であり、人間の魂を回収するのが任務である彼女は、殺気などにも人間以上に敏感だ。となれば、この短時間の間に誰かがこの焼け跡を付けたのだ。眉をひそめるレイラ。

 

「戦いがあったの……? この短時間の間に……?」

「……急ごう。キャンテルが無事かどうかも心配だ」

 

 通路を駆け出すルークたち。しばしして、最奥の部屋に辿り着く。緊張しながら扉を開けると、部屋の中には先程までと特に変わった様子のないキャンテルの姿があった。こちらの心配を余所に、平然と話し掛けてくるキャンテル。

 

「ほう、またお前たちか……で、何用だ?」

「脳みそも凍り付いたか、この腐れドラゴン。お前の頼みで薬を持ってきてやったんだろうが!」

 

 ランスがキャンテルに文句を言いながら、手に入れた風邪薬をキャンテルに見せつける。それを見たキャンテルは、まるでその事を今思い出したかのような口調で言葉を発する。

 

「おお、そうだった……色々あって記憶が飛んでいたわい……」

「色々……?」

「いや、気にせんでくれ」

 

 セスナが問いかけるが、キャンテルは気にするなとはぐらかす。ロゼが訝しげに見ている中、キャンテルは窮屈そうに右手を動かしてランスから風邪薬を受け取ろうとする。

 

「では、風邪薬を……」

「待て! Sキーが先だ。さっさと寄越さないか!」

「……仕方あるまい。これがSキーだ」

 

 キャンテルが渋々ランスに鍵を手渡す。それは、以前ランスたちがイオに奪われたものとほぼ同じ形状であった。メリムが深く頷く。どうやら間違いないようだ。

 

「がはは、これでこの辛気臭い闘神都市からの脱出に一歩前進という訳だ」

「やりましたね、ランス様!」

 

 ランスとシィルが喜んでいる中、セスナがとてとてとキャンテルに近づいていく。

 

「じー……」

「ん、どうした? 人の子よ」

「貴方に乗って……脱出することは不可能……?」

「あっ! その手があったわ!」

 

 セスナの提案を聞いたマリアが声を上げ、それに賛同の意を示す。その方法ならば、ヘルマンとも魔人とも戦わずに済む。だが、キャンテルがゆっくりと首を横に振る。

 

「残念じゃが、私はここから出る事が出来ぬ。防空コアの壁は、ドラゴン族や魔人の攻撃でも吹き飛ばされぬよう特に頑丈に魔法がかけられていてな……」

「ほう、面白い」

 

 その言葉を聞いた瞬間、ナギがニヤリと笑みを浮かべる。次いで、周囲の者たちを冷気から防ぐために使っていた炎魔法をぱたりと止めてしまう。ナギの側にいた者たちが突如襲ってきた冷気に悲鳴を上げる。

 

「って、寒い、寒い、寒い!」

「くしゅん! さむ……いや、問題ない……くしゅん!」

「そこまでして何故我慢するんですの!?」

 

 ぶるぶると震え出し、すぐさま同じように炎魔法を使っている志津香の方へ駆けていく。氷の四将軍のプライドからか、ウスピラだけはそのままナギの側に立っていた。口では強がりを言っているが、小刻みに震えているのが見て取れる。

 

「志津香、少しの間任せる」

「別にいいけど……どうするつもり?」

「太古の魔法使い共と、私のどちらが上かを試してみる」

 

 そう言い放ち、壁を睨み付けるナギ。何を試すのか察しのついた志津香は苦笑しながらナギの様子を見ていたが、直後その目が見開かれる。ナギの両腕に暗黒の魔力が集まっていくのを見たからだ。

 

「その魔法は!?」

「使えるのか……?」

 

 志津香が驚きの声を上げ、ルークが目を細める。それは、数多くある魔法の中でも最強と称されるもの。そして、かつてカスタムの事件の際にルークたちを大いに苦しめた魔法。ゆっくりと魔力を纏わせた両腕を前に出し、ナギが叫ぶ。

 

「黒色破壊光線!!」

 

 ナギの両腕から暗黒の光線が放たれ、壁に激突する。けたたましい轟音と煙が立ち上がり、余波で生まれた風が全員の体にぶつかる。

 

「なっ……なんて威力……」

「これが……黒色破壊光線……」

「っ……」

 

 レイラやリックといった黒色破壊光線を見たことのない面々が驚き声を漏らす。そんな中、炎魔法で周囲を暖めていた志津香が一人歯噛みする。鮮明に思い出してしまったのだ。父の死の場面と、この魔法を使っていた父の仇の一人であるラギシスの事を。そして、もう一人の仇であるラガールの事を。その志津香の肩に、突然そっと手が置かれる。振り返れば、それはルーク。

 

「大丈夫だ、必ず見つけ出す。だから気負いすぎるな」

「別に……気負ってなんか……」

 

 気負っているつもりはなかったが、ルークの言葉で落ち着きを取り戻したのは事実。少しだけ肩に置かれた手の暖かみを感じながら、壁の方に視線を戻す志津香。ようやく煙が晴れていき、その奥にあった壁が見えてくる。そこにあったのは、傷一つ付いていない壁。

 

「なっ……」

「ちっ……なるほど。破壊は難しそうだな」

「アスマ様、次は私の魔法付与を使ってから……」

「結果は変わらない……私たちでは破壊できない……くしゅん!」

 

 少しだけ悔しそうにナギが吐き捨てるのを聞いたキューティがフォローに入るが、ウスピラに止められる。傷一つ付けられていない状況では、魔法付与をしたところで焼け石に水であろう。

 

「ご覧の通りだ。この壁を破壊できる者など、世界に数えるほどしかいないだろう……」

「つまり、ここからの脱出は不可能か……」

「帰り木で……一緒に町に連れて行くというのは……?」

「転移関係の術は教団の者の魔法しか効かぬようにされているのだ。教団の者の魔力を上回る魔法であれば別だが、アイテムではどうにもならぬ。すまぬな……」

 

 キャンテルの謝罪を聞きながらルークは壁を見る。セスナの案は二つとも良いものであったが、結局ここからの脱出は無理そうだ。ともあれSキーは手に入った。

 

「ふん、無理なものにいつまでも固執していても仕方あるまい。とりあえず町に戻るぞ」

「賛成。鍵は手に入れて前進はしたんだし」

「そうね。シィルちゃん、お帰り盆栽を」

「はい!」

 

 ランスが耳を穿りながらそう口にし、ロゼもため息をつきながらそれに賛同する。周囲の者たちも特に異論はないようだ。マリアも頷き、一度町に戻って次なる目的地の南の塔を目指すことにする。シィルがお帰り盆栽を使おうとするのを見ながら、ルークが何かを思い出したかのようにキャンテルに向き直る。

 

「そうだ……通路にほんの少し殺気が残っていたんだが、俺たちが二度目に訪れる間に誰か来なかったか?」

「……いや、来ていない」

「……そうか」

「お帰り盆栽、発動します!」

 

 シィルのその声と共に、ルークたちの姿が消えていく。それを見送りながら、キャンテルは最後についてしまった嘘を心の中で謝罪する。しかし、K・Dの存在をあまり多く広める訳にはいかない。まさかルークたちともう出会っていると知らないキャンテルは、いらぬ気を回してしまったのだった。

 

 

 

-ヘルマン 帝都・ラングバウ フリークの家-

 

 ラングバウにあるフリークの家。そこに、突如一人の女性が瞬間移動してくる。

 

「フリーク! 大事な話が……っと、留守か……」

 

 やってきたのは、彼の友人でもある黒髪のカラー。主の不在にタイミングが悪かったかと頭を掻くが、ふと机の上に置き手紙がされているのを見つける。これ見よがしに置いてある手紙に目を落とすと、それは自分宛であった。

 

「なんだ……?」

 

 置き手紙があるところから鑑みるに、フリークも彼女が来るのを予感していたのかもしれない。手紙を手に取り、読み始めるカラー。その顔がみるみる険しくなっていく。

 

「フリーク……一人で行ったのか!?」

 

 激昂したように手紙を握りつぶすカラー。その問いに答える者は誰もいなかった。

 

 

 

-イラーピュ 草原-

 

 ヘルマンの上陸艇がある場所から少し離れた草原に、一つの小型船が降り立つ。一人か二人しか乗れないであろうその船から現れた人影は一つ。周りを見回し、少しだけ昔を思い出す。一度だけ息を吐き、その視線の先にある塔を見据えながら、老兵はハッキリと口にした。

 

「ルーンよ……約束を果たしに来たぞ……」

 

 それは、聖魔教団の幹部であり、闘将の一人。そして、M・M・ルーンと親友であった人物、フリーク・パラフィン。裏切りの魔法使いと呼ばれた彼は、友との約束を果たすため今再び闘神都市へと降り立ったのだった。

 

 




[人物]
フリーク・パラフィン
LV 48/55
技能 聖魔法LV2 魔鉄匠LV2
 かつてM・M・ルーンと共に闘神都市を作り出した闘将。聖魔教団を裏切り、親友であるM・Mルーンを殺したため、裏切りの魔法使いとも呼ばれている。現在はヘルマン国の評議委員であり、ヘルマンの知恵袋と呼ばれている。今回の闘神都市調査には最後まで反対しており、その事から厳しく監視をされていたが、ヘルマンから追い出されるのを覚悟で単身闘神都市へと向かう。全ては、友との約束を果たすために。

レーモン・C・バークスハム
LV 160/180 (生前)
技能 剣戦闘LV2 魔法LV1 占いLV3
 ガイ期に生まれた人間の魔人。元魔王親衛隊隊長。ガイに信頼されており、未来を見通す能力を持っていたと噂されていた。時々ガイと密談を交わした後、ふらりと魔人界から姿を消すことがあったが、何をしていたかは不明。LP0001年にノスの暗躍によって死亡したとされている。


[装備品]
火炎ブレード
 闘神都市でルークが発見した剣。無敵鉄人の剣の礼にサーナキアに渡す。鞘から抜くと刀身が炎を纏う魔法剣。斬れ味も良く、優秀な剣である。

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