ランスIF 二人の英雄   作:散々

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第7話 四人の魔女

 

-カスタムの町 酒場-

 

「冒険者をしていればまたどこかで会う事もあるとは思っていたが、まさかこんなに早く再会する事になるとはな……」

「ふん。どうせ再会するなら、ヒカリちゃんやパルプテンクスちゃんの方が良かったがな」

「ご無沙汰しています。その節はお世話になりました」

「ああ、ご丁寧にどうも」

 

 ルーク、ランス、シィルの三人は同じテーブルを囲んでいる。ランスもルーク同様、キースギルドでこの依頼を受けてやってきたのだ。リーザス誘拐事件からまだ三ヶ月も経っていないというのに早々に再会を果たした三人は、こうして酒場へとやってきていた。テーブルの上には注文した料理がぎっしりと並んでいるが、これは当然ルークの奢りである。

 

「すいません。また奢っていただいて……」

「気にしなくて良いぞ。こいつは奢るのが好きな下僕体質なんだ」

「勝手に人を変な体質にするな。まあ、食事くらい構わんさ。シィルちゃんもしっかり食べてくれ」

「はい。ありがとうございます」

「シィル、俺様も許可してやる。人の金のときにたっぷりと食いためておけ」

 

 頭を下げながらシィルが饅頭に手を伸ばす。普段であればランスが文句の一つでも言うところであるが、ルークの奢りであるため、むしろ沢山食えと煽り立てている。ルークは苦笑しながらうろろーんを一口つまみ、ビールを流し込みながらランスに問いかける。

 

「前回の依頼でたんまりと稼いだから、しばらく働かないんじゃなかったのか?」

「ん、金か? あんなもんはとっくに使い切ったぞ、がはは!」

「……は?」

 

 平然と言い放つランスにルークは呆気に取られる。慎ましやかな生活をしていれば一年、多少贅沢な暮らしをしていても半年は優に持つ程の大金を得たはずである。それだけの大金を、まだ三ヶ月も経っていないのにもう使い切ったというのか。チラリとルークがシィルに視線を送ると、シィルは食べていたチョコレートパフェをテーブルに置き、申し訳なさそうに頷いた。どうやら本当に使い切ってしまったらしい。

 

「どんだけ豪遊したんだ、お前は?」

「ふん、金を一気にパーッと使うのも男の甲斐性というものだ」

「それで、あの値段交渉か?」

「うむ。50000GOLDまで釣り上げてやったからな。これでこの仕事を成功させたら、またしばらく仕事をしなくて済む」

 

 ニヤリと笑いながら、運ばれてきたへんでろぱを食べるランス。結局、あの後ガイゼルが折れる形で値上げ交渉が成功し、報酬は50000GOLDへと跳ね上がっていた。娘を守るための苦渋の決断だったのだろう。ガイゼルの背中には、どこか哀愁が漂っていた。

 

「さて、そろそろ本題に移ろうか」

「ん? なんか話があったのか?」

「まあ、話というよりは提案だな。どうだ、またこの間みたいに手を組まないか?」

「むっ……」

 

 ルークの提案に眉をひそめるランス。誘拐事件の時と違い、成功させるために急がなければいけない依頼でもない。一応成功報酬は早い者勝ちとなっているが、これだけの難事件を解決出来る冒険者などそうはやって来ないだろう。ラーク&ノアも今は別の案件を受けているという話は、ルークから先程聞いていた。となれば、この提案を受ける理由も特にない。だが、ランスの口から出てきたのは意外な言葉。

 

「まあ、分け前次第だな」

「(えっ……!?)」

「ほう……分け前次第では組んでも良いと?」

 

 シィルが内心かなり驚く。個人的にはルークと組めるのは有り難いが、まさかランスが提案に応じる構えを見せるとは思っていなかったのだ。ランスがこのような対応を見せた理由は三つ。ルークの実力がそれなりに役に立つのを知っているというのが一つ目。自分が女を襲う際、あまり邪魔をしてこないというのが二つ目。そして三つ目の理由は、実にランスらしい斜め上の理由。

 

「さっさと事件を解決させて、四魔女ちゃんとヤらなければならんからな。魔女というのは美人と相場が決まっているのだ。がはは!」

「なるほど。実にランスらしい理由だ」

 

 ルークが苦笑し、シィルはランスが別の女性に手を出す話をしているのを聞いて複雑そうな表情を浮かべる。これが三つ目の理由。四魔女が美人であれば、今すぐにでもヤりたいという思いがランスの中にあったのだ。誰に急かされている訳でもないのに、勝手に急ぐ理由を作ってしまうランス。だが、それはランスと組んで早々に依頼を解決させたいルークにとっては実に好都合であった。

 

「で、報酬は?」

「そうだな……俺は10000GOLD貰えれば十分だ。比率にして8:2。どうだ?」

「ほぅ、中々下僕根性が染みついて来たようだな。まあ良いだろう。俺様の為にしっかりと働けよ、がはははは!」

 

 ルークに10000GOLD支払ったとしても、当初提示された報酬よりも多い金額が手に入る。それに、ルークと一緒にいれば今夜の食事のように、所々で奢らせることが出来るかもしれない。これ幸いと手を組むことにするランス。だが、実を言うとこの比率はルークにとってもそれ程悪い分け方ではない。元々ルークは30000GOLDでこの仕事を請け負うつもりだったのだ。ランス、シィル、ルークの三人で10000GOLDずつ分け合ったと考えれば、実に妥当な取り分であった。

 

「はい、ご注文のうはあんお待たせ!」

「こんな高級料理、いつの間に頼んでいたんだ?」

「がはは! 一体誰が頼んだんだろうな? 妖精さんでもいるのか?」

「いや、誰が頼んだかは判っているんだが……」

 

 赤い髪の美人ウェイトレスが追加注文の料理を運んでくる。自称店の看板娘、エレナだ。高級料理の注文にしらばっくれているランスであったが、注文する人物などランスしかいない。

 

「お兄さんたち、冒険者の方だね? もしかして、この町を救いに?」

「一応な。ただ、まだあまり広めないでおいてくれると助かる」

「多分、心配しなくても大丈夫だと思うよ。お兄さんたちが初めてじゃないから」

 

 騒ぎになるのはあまり望ましくないと思ったルークはエレナにそう告げるが、それにエレナは苦笑しながら答える。

 

「えっと……それはあまり期待されていないという事でしょうか?」

「なにぃ!? そうなのか!?」

「あっと、ごめんなさい。気を悪くしないで。何もお兄さんたちの実力を見くびっている訳じゃないの。でも、これまで青年団や何組かの冒険者が洞窟に潜っていったんだけど、みんな戻って来なかったんだ。最初は期待していた町の人も、段々期待する事に疲れてきちゃってね……」

 

 あはは、と乾いた笑いを浮かべながらエレナがそう語る。確かに、酒場の他の客たちもどこか暗い雰囲気であった。地下に沈んでいるせいで町には太陽の光も射し込まず、昼でもどこかほの暗い。そういった生活が、自然と町の人たちの雰囲気を暗くしているのかもしれない。

 

「三日前も四人組の冒険者が迷宮に挑戦したんだけど、戻って来ないしなぁ……バード冒険団って知ってます?」

「知らん」

「初耳だな」

「ありゃ、そうなんだ。割と有名な冒険団だって話だったのに……こりゃ大口だったのかな」

 

 エレナが頭を掻きながら、昨日迷宮に潜ったという冒険団の事を思い返している。正直、三日も音沙汰が無いとなると生存は厳しいだろう。ルークが酒を口に含みながら、その冒険団の冥福を祈る。

 

「そんなに沢山の人を傷つけるなんて……その魔女は恐ろしい人たちなんですね」

「うむ、これは俺様がお仕置きしてやらんとな」

「そうだ! 全部あいつらのせいだ!」

「ラギシスさん、可哀想に……」

 

 ランスとシィルの声が耳に入ったのか、別のテーブルで飲んでいた酔っぱらいが魔女の悪口を言い始める。それは他のテーブルにも伝染していき、気が付けば酒場の中は四魔女の悪口で溢れかえっていた。自分たちが原因なので申し訳無く思っていたルークだったが、ふと見上げたエレナの顔に違和感を覚える。どこか悲しげな表情をしていたのだ。

 

「……四魔女に何か思うところでも?」

「ごめんなさい、ここだけの話にしておいてくれる?」

「なんだ、エロい話か?」

 

 四魔女の悪口で盛り上がっている他の客には聞こえないよう、小声でルークたちに話しかけてくるエレナ。

 

「私には、彼女たちがこんな事をするなんてどうしても信じられなくてね……」

「何をいきなり。現に町はそいつらに沈められたのだろう?」

「うん……でも、良い娘たちなんだよ、本当に……」

「ふむ……」

 

 ランスの言葉に反論する事が出来ず、俯くエレナ。どうやら四魔女とはそれなりに親交があったようだ。ルークは顎に手を当て、少し考える。確かに一つの情報を鵜呑みにするのはあまりいただけない。

 

「迷宮に潜る前に、一度戦いのあった屋敷を調べた方が良いかもしれないな」

「うむ。シィル、金目の物があったらしっかり確保しておけ」

「はい、ランス様」

「ははっ、楽しい人たちだね。そりゃ泥棒だよ。ごめんね、変な空気にしちゃったから、わざとそんな事を言って空気を変えてくれたんだよね?」

「(いや、ランスは本気だ……)」

「(ランス様は本気なんです……)」

 

 気の落ちていた自分を励ますため、ランスがわざと滅茶苦茶な発言をしたと捉えるエレナ。だが、ランスがどういう人物か知っているルークとシィルは心の中でその解釈にツッコミを入れていた。

 

「町の人も今は酔っ払っているからあんな風に言っているけど、彼女たちを信じている人も中にはいるんだよ。それだけは覚えておいて」

「ああ。だが、もし彼女たちが噂通りの悪人であったら……」

「そのときは、私の口出しする話じゃないね。よーし、空気を変えちゃったお詫びに何か飲み物とつまみを奢るよ。持ってくるから、ちょっと待ってて!」

 

 エレナが明るい顔をしながら軽く伸びをする。自身の中に秘めていた思いを打ち明け、多少気が晴れたようだ。

 

「すいません、ごちそうさまです」

「良いって、良いって……って、ふぁぁっっ!?」

 

 ペコリと頭を下げるシィルのもこもこヘアーに手を置き、わしゃわしゃとその頭を撫でるエレナ。瞬間、彼女に電撃が走る。

 

「な、なに、この頭……あったかくて……優しくて……心が引きずり込まれていく……正にゴッドオブヘアー……」

「あ、あの……あんまり中で動かさないでください……」

「こら、人の奴隷に勝手に何をしている! ええぃ、さっさと離れろ!」

 

 ランスに無理矢理引き離されるエレナ。その顔には恍惚の表情が浮かんでいる。特徴的なもこもこヘアーの中は、それ程までに気持ちの良いものなのだろうか。このような態度を見せられれば、気になるのが人の性というものである。そう、気にならないはずがないのだ。

 

「……おい、ルーク。その伸ばした手はどうするつもりだ?」

「……」

 

 ギロリ、とランスがルークを睨み付ける。その言葉を聞いたルークはシィルの目の前まで伸ばしていた手を静かに降ろし、明後日の方向を見つめながらいつもと変わらぬ口調で答える。

 

「別に何も」

「目を反らすな! えぇい、貴様らも寄ってくるな!」

 

 シィルを取り囲むように寄ってきた酔っぱらいたちを蹴り飛ばし、大暴れを始めるランス。シィルは周りに平謝りしつつも、明らかに狙われている頭を必死に守る。

 

「営業妨害だよぅ……」

「半分は自業自得だと思うがな」

 

 ほろりと涙を浮かべるエレナにそうツッコミを入れるルーク。彼女の不用意な発言が無ければ、こんな事態にはならなかったのだ。

 

「……それで、そんなに気持ち良いのか?」

「神様の存在を信じるかって聞かれたら、今日酒場で見たよって答えるくらいにやばかったです」

「……」

 

 再びそわそわとし出すルーク。その視線の先には、シィルのもこもこヘアーがあった。飛び交う酒瓶、砕け散るグラス。これでは、明日は臨時休業になりそうである。そんな酒場の様子を、店の外から眺めている女性が一人。中の様子は詳しくは判らないが、酷い喧騒はしっかりと聞こえてくる。

 

「あー……飲みに来たけど、今日は教会で飲むことにしよう」

 

 頭を掻きながら、元来た道を戻っていく一人のシスター。見事なまでのニアミスである。こうして夜は更けていった。

 

 

 

翌日

-カスタムの町 アイテム屋-

 

「小さい店だな。これでは品揃えは期待できそうにないな」

「田舎町のアイテム屋なんて、こんなもんだろ」

 

 宿のスペースも併設している酒場で一夜を明かしたルークたちは、今日から本格的に迷宮に挑むことになる。その前の下準備として、アイテム屋に足を運んだのだ。これは、冒険者の常識である。ランスが先頭に立ち、アイテム屋の暖簾を潜った。中から女性の元気な声が響いてくる。

 

「いらっしゃいませですかー? ここはアイテム屋さんですかねー?」

「……それを店主の君が聞いてどうするんだ?」

 

 エプロンを掛けた少女がそう尋ねてくる。透き通るような緑の髪をした美少女だ。見たところここの店主らしいが、自分でそんな質問をする辺り頭の弱い娘さんなのかもしれない。とりあえず当たり障りの無い返事をしながら、ルークは店の中を見回す。

 

「グギュ、ウギ!」

「ぴぎゃー!」

 

 天井からぶら下げられた鳥かごの様なものに、何故かモンスターのミミックが入れられている。レジの前に置かれている盆栽には、言葉を発する謎の植物が植えられていた。

 

「これは、ペットのミミちゃんですかねー? それで、こっちの盆栽は……」

「いや、説明しなくていい」

「ここは本当にアイテム屋さんなのでしょうか……?」

 

 シィルが不安に思うのも無理は無い。まるで人外魔境にでも迷い込んでしまったかのような場所である。

 

「まあ、店の雰囲気は別として、君は中々にグッドな容姿だ。名前は?」

「トマトですかねー?」

 

 首を横に傾けながらそう問いかけるトマトと名乗る女店主。ランスは呆れた様子で話を続ける。

 

「……自分の名前だろうが。まあいい、オススメの剣と鎧はどれだ?」

「それを私が知っているんですか!?」

 

 目を見開きながら驚くトマト。いつまで経っても要領を得ないトマトにランスが痺れを切らす。

 

「ええい、お前はここの店主だろう!?」

「……果たしてそうなんでしょうか?」

「うがーーー! なんなんだ、この店は!!」

 

 影を帯びながら含みを持たせるトマトの発言にランスの我慢が限界に達し、暴れ出そうとするが、そのランスをシィルが必死に押さえる。因みにルークは既に色々と諦め、二人の漫才を横目に店内を物色していた。

 

「ら、ランス様、落ち着いてください。彼女はきっと、語尾に『?』が付くというキャラ付けをしているんですよ!」

「なんだ、その訳の判らんキャラ付けは! 適当な事を言うな! そんな馬鹿な事をする奴がいる訳ないだろう」

「ががーん!!」

 

 ランスの言葉にショックを受けてレジにへたり込むトマト。どうやらシィルの予想は当たっていたらしい。彼女は頭が弱いわけでは無く、キャラ付けのためにわざとあのような受け答えをしているようだ。何故このようなキャラ付けをしているのかは、本人のみぞ知るところである。

 

「だー、面倒な! ……ん、良いことを思いついたぞ。おい、この剣はいくらだ?」

 

 ランスが丁寧に飾ってあった高そうな剣を手に取る。それなりに斬れ味も良さそうだ。

 

「それは我が家の家宝の剣ですね? それなら、5000GOLDですかね?」

「いいや違う、1GOLDだ。金は置いていくぞ。がはははは、とーくした!」

「上手いな……」

 

 レジに1GOLDを置いて店を後にしようとするランス。中々に頭が回るなとルークが感心していると、そのランスの腕をトマトがグワシッ、と掴む。

 

「ふるふるふるふるふるふるふるふるふるふるふるふる!!」

 

 涙目ウルウル首ブンブン状態でランスの腕を必死に掴むトマト。愛らしい状態だが、完全に自業自得である。

 

「反省したのだな?」

「すいません。ちゃんと反省しました」

「……」

「かな?」

 

 トマトの頭にランスのチョップが炸裂した。

 

「しくしく……何をお求めになられますか?」

「自業自得だな、流石に」

「んー……棚がすかすかですね」

「町がこんな状況なので、物資があまり届かないんですよー。特に剣が品薄なんですよね?」

「こっちに振るんじゃない。いい加減にしないと本当にこの剣を持っていくぞ」

「ぶるぶる……反省しましたです」

 

 シィルの問いかけに真面目に答えていたかと思うと、急にランスに話を振るトマト。あまり反省しているようには見えない。ランスが苦言を呈しながらも、何やら高そうな剣と鎧を見繕う。

 

「とりあえずこの剣と鎧を貰うぞ。ルーク、払っておけよ」

「いつから俺はお前のサイフになったんだ? というか、この間俺の金で勝手に買った装備はどうした?」

 

 ランスが手に取った剣と鎧よりも、以前にリーザスで買っていた剣と鎧の方が良質のものである。というか、そもそも今ランスが装備している剣と鎧はあのときのものではない。一体どうしたというのか。

 

「あれか。盾は装備してても戦いにくいんであの後すぐに売った。剣と鎧はもうちょい後に生活費の足しにするために売った」

「人の金で買ったものを……」

「すいません、すいません……」

 

 シィルが平謝りする中、ルークは先程店内を物色していた際に見繕っていた鎧を手に取る。剣の方は先の通り品揃えが悪く、名剣である妃円の剣を上回るものが無かったのでスルー。鎧はそろそろボロボロになっていたため、それなりに良質な鎧である真紅の鎧を買う事にする。ついでに世色癌もいくつか手に取り、冒険の準備を万全にする。と、シィルがまるで装備品を選んでいないのが目に入る。

 

「ん? シィルちゃんも遠慮しないで買って良いんだぞ? 金なら俺が持つ」

「いえ、申し訳ないですし……」

「その謙虚さをご主人様が少しでも持っていればいんだがな……店主、そこのローブもついでに買わせて貰うぞ」

「はーい、お優しいんですねー?」

 

 女性用の防御ローブを指さすルーク。トマトがそれをマネキンから脱がし、シィルに羽織らせる。

 

「すいません、ありがとうございます」

「あ、こら! 勝手に俺様の奴隷に服を着せるんじゃない。露出度が減るだろうが」

「ダンジョン潜るときくらいは羽織っていても良いだろう? 流石にまともな防具も無い状態じゃ危ないぞ……」

 

 言いかけたルークが言葉を詰まらせる。ランスの目の前、レジの上に置いてある大量の世色癌。

 

「何を勝手にそんな大量に買い込んでいるんだ!?」

「全部で4000GOLDになりますかねー?」

「えっ!? そ、そんなに……?」

「ランス。お前、何を買った!?」

「がはははは! 高そうな鎧とは思ったが、中々の値段になったな」

 

 ランスの身につけている鎧が立派なものに変わっている。どうやらこの店で一番高い鎧のようだ。それを他人の奢りで躊躇無く買えるあたりは、流石ランスといったところか。

 

「いつもニコニコ現金払いでお願いしますですかねー?」

「……仕方ない。ランス、分け前は少し上げて貰うぞ」

「嫌だ」

「清々しい程の即答ですかねー?」

 

 渋々払う事になったルーク。流石に分け前を上げて貰おうとするが、ランスはそれを速攻で拒否する。相変わらずの傍若無人ぶりだ。こんなに大口の買い物は初めてなのか、トマトはほくほく顔でお金を受け取りながら、先程ランスから返して貰った家宝の剣を大事そうに抱えている。

 

「そんなに大事な剣だったのか?」

「はいです。家宝というのもありますが……私、いつか自分で冒険をしたいと考えているんです! そのときは、この剣でスペクタクルな大冒険をするつもりです……よね?」

「アイテム屋さんなのにですか? 凄いですね!」

「しかし、全く鍛えているようには見えんがな。俺様が手取り足取り腰取り剣の扱い方を教えてやろうか?」

 

 シィルがトマトの夢に感嘆し、ランスは下心を隠そうともせず手をわきわきと動かしている。

 

「まだ鍛えてはいないですけど、何とかなりますよ。……その、気合いで?」

「それは、ある程度ちゃんと鍛えた人間が最後に頼るものだよ。ふむ……」

 

 ルークがトマトの体つきを見る。鍛えていない割には、それなりに動けそうではある。

 

「素質は悪くなさそうだな。鍛えれば、一端の冒険者にはなれるかもしれないな」

「え、本当ですか? わーい! そうなったら、いつか一緒に冒険してくださいね?」

「がはは! 最強の俺様はいつかじゃなく、今すぐでもいいんだがな」

「いつかそんな日が来るのを待っているよ」

 

 トマトにそう言い残し、店を後にするルークたち。後ろで見送っていたトマトの姿が見えなくなった頃、シィルが不思議そうにルークに問いかけてきた。

 

「ルークさん、トマトさんには本当に才能が?」

「……無くはない。まあ、多少のリップサービスは含んでいるがな」

 

 苦笑しながらシィルにそう返すルーク。万が一彼女が自分たちと肩を並べて戦う事があるとするならば、それは彼女が相当の鍛錬を積んだ証である。口ではああ言ったものの、そんな日が来るのは難しいだろうなとルークは考えつつ、事件のあった屋敷を目指して歩みを進める。

 

「……まあ、お世辞なのは判っているんですけどねー」

 

 ルークたちの姿が見えなくなった後、トマトが小さくそう呟いた。無邪気に喜んで見たものの、冷静に考えれば鍛錬の一つも詰んでいない自分に見込みがあるはずがない。だが、何故だか今の言葉がトマトの胸にしっかりと残る。

 

「……剣の訓練をしてみようですかねー? ねぇ、ミミちゃん?」

「グギャッ、ウゴー!」

 

 家宝の剣を胸に抱えながら、ペットのミミちゃんにそう言葉を掛けるトマト。漠然としたものでしかなかった冒険への憧れが、ハッキリとした夢へと彼女の中で明確に変わった出来事であった。

 

 

 

-カスタムの町 ラギシス邸跡-

 

「これは酷いな……」

 

 ルークが眉をひそめながらそう口にする。ラギシスの館には、激しい戦闘の爪痕がまざまざと残っていた。所々柱が崩れ落ちており、なんとか家の外観は保っていたが、それもいつ崩れ落ちるか判らないような状況である。

 

「探索をしていて生き埋めになったんじゃ洒落にもならん。適当に調べて、早々に切り上げよう」

「うむ。こんな埃っぽいところは、英雄である俺様に相応しくない」

 

 こうしてラギシス邸の探索を始めるルークたち。だが、家の中にあった物は燃えていたり割れていたりで軒並み駄目になっている。これは無駄足だったかもしれないとルークは考えながら、奥の部屋へと足を踏み入れる。その部屋は薄暗く、床には巨大な魔法陣が刻まれている。これまでの部屋とは違う、どこか異質な空気が流れる部屋。シィルが不安そうな声を出す。

 

「ランス様……ここ、なんだか怖いです。なにか……気配みたいなもの感じませんか?」

「ラギシスの亡霊でもいるのか? 馬鹿馬鹿しい、びびりすぎだ」

「で、でも……もしかしたら……」

 

 ブルブルと震えるシィル。雰囲気に飲まれているのか、あるいは魔法使いであるため何かを感じ取ったのか、尋常でない怯え方をしていた。するとそのとき、ペシーンという乾いた音が部屋に響いた。直後、シィルが悲鳴を上げる。

 

「ひゃぁぁぁぁぁ!」

「がはは、尻を叩かれたくらいでびびりおって。情けないぞ!」

「子供か、お前は……」

 

 音の正体は、ランスがシィルの尻を叩いたというものであった。ルークはその行動にため息をつく。好きな子ほど虐めたいという、子供特有のそれによく似ていた。

 

「ひどいですよぉ……ランス様……」

「むっ……」

 

 シィルは目に涙を浮かべながら、その場にへたり込んでランスを見上げる。どうやら腰を抜かしてしまったようだ。その姿に、ランスがゴクリと唾を飲む。ランスの中の何かが反応したようだ。

 

「よし、ヤるぞシィル。ルーク、ちょっと外で待っていろ」

「はいはい、早めに済ませろよ。生き埋めになっても助けんからな」

「え、えっと……その……ここは怖いんで、せめて場所を変えましょうよぉ……」

 

 言うや否やシィルの胸を揉み始めるランス。一度ため息をつき、ルークはそのまま部屋を後にしようとするが、突如部屋の中心部にあった魔法陣が光り輝き、青白い人の形を成したものが出来上がっていく。

 

「こら、神聖なる屋敷で不埒な行いをするんじゃない。そこの男も出て行かないでちゃんと止めろ!」

「うわっ、なんだこの親父は! おばけか?」

「ランス、シィルちゃん! 今すぐ離れろ!」

 

 ランスたちの目の前に現れた青白いそれは、中年の男の姿をしていた。即座に振り返ったルークが腰の剣に手を伸ばし、臨戦体勢に入る。だが、その青白い物体はルークを制するように手を前に出し、言葉を続ける。

 

「おばけにあらず……怯える必要はない。私こそ、この町の守護者であるラギシスだ……」

「な……」

「なんだと……?」

「やっぱりおばけですぅ……」

 

 シィルがランスの背中に隠れながらそう口にする。ラギシスは死んだはずだ。それに、青白く微かに薄れているその姿は、リーザス誘拐事件の際に出会ったラベンダーとよく似ている。となれば、この男は幽霊なのだろう。こんな姿になってまでこの世に留まっているのは、自分の弟子を止められなかった後悔からか、あるいは別の未練があるとでもいうのだろうか。

 

「四人の魔女に殺されたラギシスに間違いないんだな?」

「いかにも。お主たちはこの町の住人ではないな?」

 

 腰の剣に手を添えたまま、ルークはラギシスへと問いを投げる。幽霊と平然と話すルークにシィルが驚くが、それには訳がある。未練を残した人間が霊体となってこの世に留まるのは、珍しくはあるが決してあり得ない事ではない。ラベンダーがそうだったように、長く冒険者をやっていれば何度かは出くわす事もあるケースだ。ルークもこれまで何度か幽霊と出会ったことがあるため、こうして平然と対応出来ているのだ。ラギシスは長髪に髭を生やした、ナイスミドルという言葉がよく似合いそうな、初老の中年。平穏無事ならば、まだまだ余生を過ごせたであろう。

 

「となれば、雇われた冒険者であるか?」

「ふふん、その通り。俺様こそ史上最強の戦士、ランス様だ! こっちは奴隷のシィルで、こいつは下僕のルーク」

「よ、よろしくお願いします……」

「俺はいつになったらお前の下僕を卒業できるんだ?」

 

 ランスが格好良くポーズを取りながら自己紹介をし、その後ろから控えめにシィルが顔を出してお辞儀する。相変わらずの下僕扱いにルークは呆れつつも、ラギシスに向き直る。

 

「そうか……頼む、どうかこの町を救って欲しい。私にはもう、それを行う力はない……」

 

 申し訳なさそうに、されど悔しそうにそう口にするラギシス。町を守れなかったこと、弟子たちに反乱を起こされたこと、現世に相当な未練があるのだろう。だが、それをいくら悔やんでも、霊体であるラギシスには最早どうする事も出来ない。

 

「まあ、それについては任せておいて欲しい。それで、出来る事ならば本人の口から事のあらましを聞きたいのだが……」

 

 ルークが昨日のエレナとの会話を思い出しながらそう問いかける。彼女曰く、良い娘たちであった四人の魔女は、何故ラギシスに反逆したのか。

 

「ふむ……そう言われても、どこから話して良いものか……」

 

 困ったように首を捻るラギシスだったが、考えが纏まったのか己の思いを語り始める。

 

「そうだな、私は守護者として長い間この町を守ってきた。だが、老いには勝てん。年々力が衰えていくのを感じた私は、魔力の素質がある四人の少女たちを集め、後継者として育て始めた。ゆくゆくは、この町の守護者として跡を継いで貰おう……そう考え、自身の全てを彼女たちに叩き込んだ。幼い彼女たちに魔法を教えている時間は、安息に満ちた時間であった。日に日に魔力が増し、美しく成長していく彼女たちを見るのは……」

「まてまて、要点だけ話せクソジジイ。お前の思い出話が聞きたいんじゃない。話したいならその辺の石にでも話してろ」

「…………」

 

 バッサリと切って捨てるランスだが、内心ではルークも今の物言いに拍手をしていた。正直、この先関係ない話が続きそうな気配にルークも困っていたのだ。どこか腑に落ちない顔をしていたラギシスだったが、コホンと一回咳払いをし、口を再度開く。

 

「……要点だけ話そう。ある日、奴らは私の大事なフィールの指輪を奪っていったのだ」

「今度は簡潔すぎる! 意味が判らん!」

「フィールの指輪……? 聞いた事のない代物だな……」

 

 指輪と聞いてルークが反応を示す。これがチサの言っていた指輪なのだろう。となれば、彼女の談では魔力を上げる効果があるはず。

 

「以前にゼスのとある魔法使いから譲り受けたものでな。指輪を身につけた者の魔力を、平常時の数倍にも増幅させるマジックアイテムだ」

「数倍だと!?」

 

 話を聞いてルークは絶句する。魔力を増幅させる装飾品が無いわけではない。有名どころで言えば、カラー族のクリスタル等がその一つだ。カラーの額に埋め込まれたクリスタルは、とある事をカラーに行うとその魔力が増幅され、強力なマジックアイテムの材料となるのだ。これを加工したクリスタルリング等は、魔力を増幅させる装飾品と呼べるだろう。だが、それでも増幅する魔力はせいぜい二倍。クリスタルの質次第ではもっと下がるだろう。相場20万GOLDのクリスタルを加工して作られたクリスタルリングは、市場にあまり出回る事は無い。そんな稀少品でさえ、その程度の効果なのだ。なればこそ、数倍にもなるようなマジックアイテムがあれば国宝になっていてもおかしくはない。それを簡単に手放すゼスの魔法使い。それは一体どういう人物なのか、本当にそんな人間がいるのか。ルークの頭に多くの疑問が渦巻く。

 

「奴等が私に反逆をしたのも、その指輪を自分たちのものにしたかったためであろうな……」

 

 その言葉に一応ルークは納得する。確かにそれだけの指輪が実在するとすれば、心優しい人間の中に悪の心が芽生えてもおかしくはない。

 

「指輪を奪った奴等は、こともあろうに師である私に戦いを挑んできたのだ。平常時であれば、未熟者である奴等がいくら束になろうと負けはせん」

「負けて殺されているではないか。この大口叩きのクソジジイが」

「……フィールの指輪を装備した奴等は絶大な魔力を手にしていたのだ。特にリーダー格であった娘は、私をも凌駕する実力に魔力が膨れあがっていた。死闘の末に私は敗れ、このような姿になってしまったのだ……」

 

 ランスの茶々を無視して話を続けるラギシス。フィールの指輪を装備した奴等という話を聞き、ルークは目を見開く。

 

「待て! 今の話し方からすると、フィールの指輪は一つではないのか?」

「うむ、全部で四つある。魔女たちはそれぞれ一つずつ、フィールの指輪を装備しているのだ」

 

 ルークは再度絶句する。一つでも国宝足りうる指輪が、四つも存在するというのだ。そんなルークを余所に、ラギシスは薄れている右腕をグッと握りしめて熱弁する。

 

「このまま奴等を野放しにする訳にはいかない!」

「ふん、自分の弟子に負けるなど情けない奴め。とりあえず、魔女たちについて詳しく教えて貰おう。名前、得意技、スリーサイズを答えろ!」

「スリーサイズは知らんが……答えられる範囲で答えよう」

 

 魔力の増幅などに興味のないランスは、指輪の異常さに気がつかず話を進める。ラギシスもそれに深く頷き、魔女たちの説明を始めるが、ルークは未だフィールの指輪の事が頭に引っかかっていたため、説明をどこか上の空で聞いていた。

 

「まずは、マリア・カスタード。氷雪系の中でも、取り分け水魔法を得意とする少女だ。魔法以外にも研究や発明の才能もあったな。ひょっとしたら、育てればそちらの方が伸びたかもしれん」

「可愛いのか?」

「……」

 

 ランスのその質問に、ラギシスが少しだけ複雑そうな表情を浮かべる。言おうか言うまいか迷っている素振りを何度か見せた後、静かに口を開いた。

 

「たとえ殺されようと……どの子も、私にとっては可愛い娘だ……」

「ラギシスさん……」

 

 ラギシスの言葉に感動したのか、シィルがウルウルと涙目になっている。リーザス誘拐事件の折にシィルから聞いたのだが、奴隷商人に売られているところをランスが買ったという事であった。奴隷として売られていたという事は、両親は既に他界している可能性が高い。たとえ生きていたとしても、長い事会えていないのだろう。そんな事を考えながら、ルークはシィルを見つめていた。

 

「……話を戻そう。次にミル・ヨークス。他の三人よりも弟子入りしたのが遅く、年齢も一番若い。魔法使いとしては珍しい部類に入る、幻獣魔法の使い手だ。指輪の魔力を持っている今では、ほぼ無尽蔵にモンスターを生み出すだろう」

「ふむ、厄介だな。まあ、対策は追々考えるとしよう。次」

「三人目はエレノア・ラン。彼女は剣の腕にも秀でた魔法剣士であり、魔法は初級レベルのものを手広く学んでいる。中でも、幻惑系の魔法を最も得意としているな」

「つまり、器用貧乏タイプだろ。一番中途半端なタイプだな」

 

 三人目までの説明を聞き、未だ指輪の事が引っかかっていたが、漠然と戦い方を考えるルーク。ランスも言ったように、ここまでで一番厄介なのはミルという娘だ。前衛に守らせ、後ろで詠唱をするという魔法使いの基本戦術。基本であるが故に、ただ単純に強い。その前衛を、ほぼ無尽蔵に生み出すというのだ。

 

「(一人でも十分に脅威だが、他の魔女と組まれるとまずいな……)」

 

 更に、ミルの真価は他の魔女と組んだときに発揮される。一人であればミルは前衛を生み出すのに魔力を集中させるため、それ程攻撃魔法は飛んで来ないだろう。だが、ここにもう一人魔法使いが追加されると、無限の前衛に魔法使いという非常に厄介な構図が出来上がる。出来れば、単騎で戦いたい相手だ。

 

「(マリアは流石に情報が少なすぎるな……エレノアはランスの言うように、まだやりやすいか……?)」

 

 水魔法の使い手をあまり見たことが無いため、マリアの評価は一時保留する。対してエレノアは、ランスの言うように一番やりやすい相手と言えるだろう。万能型といえば聞こえは良いが、得てしてそういう戦士は器用貧乏になりやすい。油断する訳ではないが、幻惑魔法にさえ気をつけてれば、ルーク、ランス、シィルの三人であれば十分勝ち目はあるだろう。

 

「そして最後が……ランス、ルークよ。彼女には特に気をつけるんだ。将来的には、間違いなく人類最強クラスの魔法使いになるであろう素質を持っている」

 

 そう、一番の問題はこの四人目、魔女たちのリーダーだ。指輪を付けていたとはいえ、師であるラギシスを上回る魔力を持ち合わせた人物。強敵である事は間違いない。

 

「……そんなに凄いんですか?」

「魔法大国ゼスでも、これ程の才の持ち主は限られるだろう。彼女が望めば、四天王も四将軍も夢ではないと私は考えている」

 

 シィルがゴクリと喉を鳴らす。だが、ルークは今の言葉を聞いて一人の青年を思い出していた。以前に何度か仕事を共にした、ゼスの魔法使い。魔法使いにあらずば人にあらずという思想が蔓延するゼスにおいて、そういった思想に捕らわれない珍しい男。初めてその男と出会ったとき、あちらはまだ学生であった。歳は一緒だがルークはその頃既に冒険者として働いており、ギルド仕事でゼスの学園を訪れた際にその男と出会ったのだ。

 

『援護する! ファイヤーレーザー!!』

『真空斬! 感謝する、だがあまり前に出すぎるな』

『それはお主もじゃ、坊主。雷撃!』

 

「……ふっ」

 

 昔を思い出して苦笑するルーク。ギルド仕事の最中に学園をモンスターに襲われた際、ルークはその男と共闘したのだ。得意の炎魔法で次々と敵を消し炭に変えていくその姿は、別のギルドから派遣されていた魔法使いや、その場に居合わせた殆どの教師よりもよっぽど戦力になった。それから二人の交流は始まり、友と呼べる仲になっていた。その後ルークは長い間消息を絶ち、つい先日、約10年ぶりに再会を果たしたのだ。その男はゼスの軍人になっており、時の流れに驚かされたものである。だが、あちらも10年も顔を見せなかった事からルークを死んだとばかり思っており、再会した際には大層驚いていた。

 

「……という訳だ。勝機があるとすれば、奴の集中力を欠かせる事だな。短気だから、悪口でも言えば案外どうにかなるかもしれん」

 

 と、ルークが昔を懐かしんでいる内に、どうやら最後の娘の説明が終わってしまったようである。名前すら聞き忘れる失態に、ルークは申し訳無さそうにしながら聞き返す。

 

「あ、すまない。考え事をしていて聞き逃した。最後の娘の名前は?」

「ぼーっとしてるんじゃない、馬鹿者。志津香だ、志津香!」

「返す言葉もないな。ゼスと聞いて、友人の事を思い出していた」

「気をつけろよ。ラン同様、彼女も数多くの属性の魔法を……」

 

 話を続けるラギシスであったが、その言葉を遮ってランスが興味津々にルークに問いかける。

 

「ん、友人とは美少女か? だったら俺様に紹介しろ。それが下僕の務めだ」

「いや、男だよ」

「なんだ、男か……ん、なるほど。以前女に興味ないとか言っていたが、そういう事か。貴様、ホモだな!」

 

 ババン、とルークの事を指さしてくるランス。その顔は自信に満ちあふれている。実に根拠のない自信だ。女に興味ない云々の話は、以前にランスがユランを抱いた直後に話した内容の事だろう。

 

「一応訂正しておくが、女に興味がないんじゃなくて、お前が誰を抱いたかって話に興味なかっただけだからな」

「ル、ルークさんにそんな趣味が……」

「待て、違うからな。あり得ないからな。だから信じないでくれ、シィルちゃん!」

「がはは! ここにホモがいるぞ!」

 

 二、三歩後ろに下がり、笑いながらルークを指さしてくるランス。すっかりホモ疑惑を信じてしまい、ショックを隠しきれない様子でルークを見てくるシィル。流石にシィルに誤解されるのは嫌だったのか、必死に弁解するルーク。すっかり大騒ぎを始めてしまったルークたちであったが、その背中を寂しそうに見つめる影が一つ。

 

「あの……まだ話の途中なんだが……」

 

 既に存在を忘れ去られてしまっているラギシスであった。

 

 

 

-カスタムの町 地獄の口-

 

「これが魔女たちの作り出した迷宮か……」

「地獄の口……なんだか恐ろしそうな場所ですね……」

 

 ラギシスから少女たちの情報を聞いた三人は、彼女たちが魔法で作り出したという迷宮の前まで来ていた。迷宮を一つ作るなど、相当の魔力を要するはず。やはり、指輪の力で彼女たちの魔力が上がっているのは確かなのだろう。まるで魔物が大口を開けているかのような形状をしたこの場所は、住人の間では地獄の口と呼ばれて恐れられている。

 

「さあ、入るぞ! がはは、とっとと魔女たちをお仕置きして報酬ゲットだ!」

 

 ランスが先頭に立ち、その後ろをルークとシィルがついて行く。迷宮の中に一歩足を踏み入れると、中は非常に暗く、少し先も見通せない程であった。だが、無理もない。元々カスタムの町の中ですら地下に沈んでいるため太陽の光が射し込まないのだ。そこから更に迷宮の中に入れば、光などあろうはずもない。

 

「とりあえず、明るくしますね」

 

 シィルがそう告げてから軽く呪文を唱えると、2メートルくらいの位置にミニ太陽が現れ、ダンジョン内を明るく照らし出す。これは見える見えるという初級魔法で、ダンジョン内を探索するのに非常に役に立つ魔法である。ルークは道具袋から取り出そうとしていたランプを仕舞い、ミニ太陽を眺めながら感心したように口を開く。

 

「ありがとう、シィルちゃん。やっぱり魔法使いがパートナーだと仕事がやりやすいな。もうちょっと大事に扱ってやれよ、ランス」

「ふん! こいつは俺様の奴隷だから、俺様がどう扱おうが全く問題ない。余計なこと言ってないで、さっさと奥に進むぞ!」

 

 そう言ってズンズンと先に歩いていってしまうランス。苦笑しながらシィルに視線を移すと、シィルはすまなそうにペコリと頭を下げてくる。どうやら大事に扱ってやれという忠告自体には感謝している様子だった。ランスと離れるのもマズイので、二人は先を歩くランスの後を駆け足でついていった。

 

「お子様の人気者参上! ……ぐぎゃっ!」

「ハニホー! ……ジュルジュル」

「あそんで、あそんで! ……あーん、いじめるー!」

 

 迷宮内はあまり入り組んでおらず、出現するモンスターも雑魚モンスターばかり。丁度今も目の前にモンスターが現れたのだが、シィルが炎の矢でミートボールを黒焦げにし、ルークが真空斬でハニースライムを両断し、ランスがきゃんきゃんの胸を揉んで泣かしていた。よもやこの程度のモンスターに苦戦する三人ではない。

 

「がはは、雑魚ばかりだ。こんな迷宮では、魔女たちの力もたかが知れるというもんだ」

「あまり油断するなよ。迷宮の初めは雑魚ばかりと、相場が決まっているんだ」

 

 迷宮内がどれ程の規模なのかは見当がつかないが、どうも小さな迷宮という訳ではなさそうである。となれば、奥の方には強いモンスターもいるかもしれない。気を引き締めるよう言うルークだったが、ランスはバカにしたような笑みを浮かべながら後ろを振り返る。

 

「モンスター如きに俺様が負ける訳がないだろう、がはは……うおっ!?」

 

 瞬間、ランスが大きな声を出す。落ちるような感覚の中足下を確認すると、そこは急な坂になっていた。気が付かずに足を踏み外し、今正に坂から転げ落ちそうになるランスは、咄嗟に目の前にいたルークとシィルの足を掴む。

 

「うおっ!? 人の足を掴んで巻き込むな!!」

「きゃあぁぁぁぁぁ!!」

「耐えんか、馬鹿者共! あんぎゃぁぁぁぁ……」

 

 巻き込まれたルークとシィルは、理不尽な文句を言っているランスと共に坂を転げ落ちていく。結果、三人は仲良く下にあった地下水湖に落ちてずぶ濡れになるのだった。

 

 

 

-迷宮内 研究室-

 

 迷宮内の一角に、何故か迷宮には不釣り合いな研究室が存在している。これは、魔女の中の一人がリーダーに我が儘を言って無理矢理作って貰った部屋だ。机の上あるビーカーには色とりどりの怪しげな薬品が入っており、部屋の至る所に難しそうな書物が拡げたままで散乱している。そんな奇妙な部屋に、その少女はいた。

 

「ここは……うーん、やっぱりヒララ鉱石以外の材料は無しね」

 

 白衣を身につけ、まだあどけなさの残る顔に印象的なまん丸メガネ。ブツブツと何かを口にしながら、筒状の物体を弄くり回していた。彼女がここで研究しているのは、新しい兵器。魔法の才能を持たない戦士でも、魔法使いと同等の威力を持った長距離攻撃を可能とする脅威の新兵器を開発していた。

 

「もしもこれが完成すれば……戦闘の歴史がひっくり変わるわよ……ふふふ」

 

 怪しげな笑みを浮かべ、メガネがキラリと光る。その姿はどこからどう見てもマッドサイエンティストのそれであった。するとそのとき、研究室の外からけたたましい音が響く。まるで何か重い物が動いているような音だ。

 

「なによ、五月蠅いわね。折角良いところだったのに……」

 

 少女が部屋の入り口に視線を向ける。この音の正体は、モンスター侵入撃退用のトラップが発動した音だ。左右の壁が迫ってきてモンスターを押し潰すという、彼女の自信作だ。研究の邪魔をされたくないために作ったトラップだったが、何やら人の声が聞こえてくる。

 

「うがぁぁぁぁ!! なんじゃこりゃぁぁぁ!!」

「きゃー、ランス様ぁぁぁぁ!!」

「まずい、駆け抜けるぞ! ギリギリ間に合うかもしれん!」

「……いけない! モンスターじゃなくて人間が引っかかっちゃってる!」

 

 慌てて少女が部屋の隅へと駆けていく。はずみで机の上のビーカーを倒してしまい、下に置いてあった本がびしょ濡れになってしまうが、今は気にしている余裕は無い。備え付けてあるトラップ解除のレバーを下げると、外から聞こえていた壁の音が止む。どうやら間に合ったようだ。

 

「ん、止まったぞ? がはは、へっぽこトラップめ、故障したな!」

「むか……折角止めてあげたのに……」

 

 少女が外から聞こえてきた声に腹を立てる。自分の作ったトラップがそんな簡単に故障するはずがないと絶対の自信を持っていたからだ。そのままこちらに歩いてくる足音が聞こえ、程なくして部屋の扉が開かれた。そこに立っていたのは、三人の冒険者。

 

「すいません、大丈夫でしたか? 怪我はないですか?」

「うむ、怪我なら平気だ」

 

 一応自分が危険な目に会わせてしまったため、頭を下げて謝罪をする少女。一番前に立っていた口の大きな冒険者がそう言葉を返すが、その声は明らかに先程トラップをバカにしていた人物と同じ声。内心ではぶすったれながらも、それを態度には表さずに顔を上げる。と、良く見れば三人とも微妙に濡れた痕跡がある。

 

「……もしかして、地下水湖に落ちました?」

「ぐっ……この馬鹿二人が使えんからだ」

「お前が足下を見ていなかったからだろうが」

「一応魔法で服は乾かしたんですけど、判りますか? へくちっ!」

「まだ微妙に濡れているからね。と、待ってて。温かい飲み物でも入れてあげるから」

 

 シィルのくしゃみを聞いた少女は、机の上に置いてあるポットに手を伸ばし、飲み物の準備を始める。良く出来た少女だ。だが、何故こんな場所に研究室があり、何故少女が生活しているのか。一つの結論に思い至ったルークは、少女の姿を観察しながら問いを投げる。

 

「ところで、君は何者だ……?」

 

 飲み物の準備をしていた少女はクルリと振り返り、微笑みながら平然と口を開く。

 

「あぁ、申し遅れました。私の名前はマリア・カスタード。よろしくお願いします」

 

 町を地下へと沈めた悪しき四人の魔女。その一人目と、早くも邂逅することになるのだった。

 

 




[人物]
トマト・ピューレ
LV 1/37
技能 剣戦闘LV0 幸運LV1
 カスタムの町アイテム屋店主。趣味は盆栽と俳句で、ミミックをペットにしている変わった娘。子供の頃から大冒険に憧れている。宝箱に好かれるという不思議な体質の持ち主で、ミミックがペットになっているのもこれが原因。原作2とリメイク版である02で性格が大分違い、本作では02仕様。因みにRance1のパッケージは彼女だったりするのだが、1に彼女は登場しないという謎仕様。

ラギシス・クライハウゼン
LV 23/30 (生前)
技能 魔法LV2
 カスタムで魔法塾を開いていた魔法使い。故人。弟子でもあり、娘のような存在であった四人の少女たちに反逆され、死亡する。だが、この世に未練が残っているようで、死後は地縛霊となってカスタムに留まっている。

エレナ・エルアール
 カスタムの町酒場の看板娘。覆面社交パーティーで抱かれた初恋の男を捜すため、500GOLDで体を売っている。四人の魔女を未だ信じている数少ない住人の一人。


[モンスター]
ミミック
 宝箱に潜むモンスター。強力なレーザー攻撃を放つため、油断は禁物。何故かトマトがペットにしている。

きゃんきゃん
 一つ星女の子モンスター。無邪気な性格で戦闘意欲はなく、人間魔物問わず遊んでと持ちかける。

ミートボール
 槍と盾で武装した、知能を持った肉団子。食べてもおいしくない。

ハニースライム
 体が溶けているハニー。ハニー誕生の儀式に失敗すると、体が固まりきらずにこの形状となる。


[技]
見える見える
 ミニ太陽を生み出す初級魔法。ダンジョン内を探索するのに非常に役立つ。


[装備品]
イナズマの剣
 ランスが購入。斬れ味は並だが、雷属性が付与されている魔法剣。通が好む。

界陣の鎧
 ランスが購入。一流冒険者向けの本格的な鎧で、値段も1800GOLDと中々の値段。

真紅の鎧
 ルークが購入。若者に大流行の軽鎧。付属のマントはランスにあげた。

防御のローブ
 シィルが購入。女性用の防具であり、軽いがそこそこの防御力を持つ。

クリスタルリング
 カラーのクリスタルを加工して作るアクセサリー。魔力を二倍にする効力があるが、非常に高価であると同時に、市場に中々出回らない。


[アイテム]
世色癌
 回復薬。ハピネス製薬が発売しており、冒険者のお供として有名。若干苦いが、食べていると慣れる。これを1000粒くらい一気飲みする事が出来る冒険者がどこかにいるらしい。名前はナクト、きっと世色癌食LV3の技能保有者なのだろう。

クリスタル
 カラーの額に埋め込まれている宝石。処女を失うと色が赤から青に変化し、膨大な魔力を持つようになるが、クリスタルを抜かれたカラーは消滅してしまう。相場は20万GOLD。カラー族は見目麗しく、クリスタルは犯されれば犯されるほど魔力を増すため、一攫千金を狙う者たちによるカラー狩りが後を絶たない。


[その他]
カラー
 女性しか存在しない不老不死の種族。水色の髪に尖った耳が特徴的であり、判りやすく言うならばエルフのような存在である。額の宝石が高値で取引されるため、常に他種族の脅威に晒されており、基本的には隠れ里で生活をしている。

うろろーん
 ねちょーりして、ガリンゴリンしていて、それでいて半生の料理。つまり不味い。

うはあん
 桃りんごを用いて作る高級料理。果物である『うはぁん』と名前が似ているが、別物である。

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