ランスIF 二人の英雄   作:散々

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第2章 反逆の少女たち
第6話 地下に沈んだ町


 

GI1009

-自由都市カスタム-

 

 リーザス誘拐事件から話は数年ほど昔に遡る。自由都市地帯のほぼ中央に位置する町、カスタム。その町の一角に館が建っている。どこか趣のあるその館の入り口に、看板を立てかけている一人の中年男。

 

「ふぅ……」

「ラギシスさん。以前話していた塾、本当にやるつもりなんですか?」

「ええ、私の力が少しでも町の役に立つのであればと思いましてね」

 

 通りがかりの住人にそう振り返りながら答える中年の男。男の名はラギシス・クライハウゼン。このカスタムに暮らす魔法使いであり、その人当たりの良さから住人からの信頼も厚い男である。ラギシスはこの年、カスタムで魔法塾を開塾する。自身の魔法を前途ある若者に受け継いで貰い、この町の守護者として育って欲しいというのが彼の弁であった。

 

「では、決定という事でよろしいですな?」

「若い娘を生け贄に捧げるみたいでどうも……」

「ラギシスさんなら大丈夫ですよ」

 

 開塾を受け、カスタムの町では一つの事項を決定する。それは、ラギシスの言う町の守護者となる者を育成するため、三人の才能ある娘をラギシスに弟子入りさせるというものであった。当然、幼い娘たちにそのような重荷を背負わせる事に初めは疑問の声も挙がったが、三人の娘は彼によく懐き、魔法の修行も自ら進んで行った。三年後のGI1012年にはもう一人幼い娘が弟子に加わるが、こちらもすぐにラギシスに懐いた。

 

「今日の授業は草原で行う。さあ、移動しよう」

「はーい!」

 

 ラギシスが幼い娘を引き連れて町の中を歩く。四人の娘と一人の中年魔法使い。その姿を見た住人の一人がボソリと呟いた。

 

「師匠と弟子、というよりは、まるで親子のようだな」

「何を今更。ほら、見てみろよ」

 

 その呟きを聞いていた別の住人がラギシスたちを指さす。聞こえてくるのは、仲睦まじい声。

 

「ラギシス。今日の授業は攻撃魔法を教えてくれるのよね」

「えー……今日は可愛い魔法がいいなー。ねっ、ラギシス!」

「そうだな。今日は……」

 

 少女たちは、他人であるラギシスを呼び捨てで呼んでいた。だが、それは侮蔑や軽蔑と言った感情からきているものではない。真に彼の事を信頼している証であった。

 

「ラギシスさんは、とっくに彼女たちの育ての親だよ」

 

 

「うわぁぁぁ、きれーい」

 

 カスタムの外れにある草原にラギシスと娘たちは立っていた。ラギシスが軽く腕を振るうと、その腕から色とりどりの花びらが宙に舞う。ラギシスの周りを囲むように立っていた娘たちはその魔法に驚くが、一際大きな反応を見せているのは紫色の髪をした娘だ。まだ入塾して間もないこの娘は、目にする魔法全てが新鮮であった。宙を舞う花びらを、目をキラキラと輝かせて見ている。

 

「本当、綺麗ね」

「そんなのより攻撃魔法を教えて欲しいわ」

「もう……」

 

 うっとりとした目で花びらを見ていた赤い髪の娘がそう口にすると、隣に立っていた緑路の髪の娘がツンとした態度でそう答える。何かにつけて攻撃魔法を習おうとする娘に青い髪の娘がため息をつくが、ラギシスはそれを微笑ましい顔で見ている。本当に不満に思っている訳ではない事をラギシスは知っているからだ。

 

「それでは、こういうのはどうかな?」

 

 ラギシスが人差し指をピンと突き出し、くるくると回す。すると、宙を舞っていた花びらが娘たちを包み込むように回り始める。幻想的な花びらの舞踏会。娘たちの目の輝きは更に増し、気が付けば先程まで文句を言っていた緑髪の娘も優しく微笑んでいた。

 

「ふぅん……目眩ましくらいには使えそうね。今日の授業はやっぱりこれでいいわ」

「もう、素直じゃないんだから……」

「あはは!」

「ふん! ……ぷっ、あはは!」

 

 笑い声が草原に響く。笑われた娘は一度拗ねた風な態度を取ったが、耐えきれなかったのかすぐに吹き出してしまう。平和な光景が、そこには広がっていた。

 

 

 

 そして……月日は流れる……

 

 

 

LP0001 10月

-自由都市カスタム-

 

「ラギシス!」

 

 ラギシスの前には美しく成長した娘たちが立っていた。しかし、様子がおかしい。ある娘は剣の切っ先をラギシスに向け、ある娘は魔法を放つ構えを取る。娘たちから放たれているのは、明確な殺意。

 

「どうしてもやるのか……」

 

 悲しげな瞳を娘たちに向けながら最後の確認を取るラギシス。だが、その問いかけに返ってきたのは、言葉ではなく魔法であった。紫髪の娘が、小型の幻獣をラギシスに放ったのだ。即座に幻獣と自分との間に石の壁を魔法で作り、身を守るラギシス。一度だけ天を仰ぎ、目の前に立つ娘たちの決断を噛みしめる。

 

「そうか、これが答えか……」

「行くわよ、みんな!」

 

 それが始まりの合図であった。五人の魔法がラギシスの館の中に飛び交い、そこら中の物が砕け散る。ラギシスは魔法使いとしては十分に優秀な人物であったが、既に全盛期は過ぎている。そのうえ娘たちのリーダー格であった緑髪の娘は天賦の才であり、既に師であるラギシスを凌駕した力を持ち合わせていた。更に、四対一。必死に抗戦するが、徐々に追い詰められていくラギシス。

 

「やあっ!」

「くっ……」

 

 青い髪の娘が、揃えた両手から濃縮された水の塊を放つ。上級の水魔法であるそれは、直撃すれば骨の一本や二本平気で叩き折る。すぐさま石の壁を作ってそれを防いだラギシスであったが、砕け散る石の壁の向こうから赤い髪の娘が迫ってきていた。振り上げるその手には、人の身体など簡単に両断してしまいそうな鋭い剣。

 

「ラギシス! 貴方を殺します!」

「ぐおっ!」

 

 ギリギリで剣を躱し、娘たちから距離を置くラギシス。だが、すぐに気がつく。自分の立っている場所は左右に逃げ場がない袋小路であるということを。

 

「まんまと誘導させられたか……」

 

 悔しそうに呟くラギシスに冷たい視線を送りながら、三人の娘が左右に分かれて道を開く。ラギシスと一直線上に対峙するのは、リーダー格である緑髪の娘。その両手には大量の魔力が収縮されている。既に呪文詠唱を終え、放つ直前なのだ。ラギシスに逃げ場はない。即座に結界を張ろうとするが、間に合う訳がない。

 

「死ねぇぇぇぇぇ!!!」

「っ!!」

 

 ラギシスを光が包み、その身体を吹き飛ばす。背中が後ろの壁に当たった感触がしたが、その壁もすぐに崩れ落ちてしまう。同時に、それまで館を支えていた柱が魔法の影響で崩れ、瓦礫がラギシスの身体に落ちていく。今すぐ逃げなければ瓦礫の中に埋まってしまう。だが、ラギシスの身体はピクリとも動かない。殆ど感触すら失っている身体が微かに感じるのは、何か生暖かい液体が大量に流れている事。それは、自身の血に他ならない。明確な死の訪れを感じながら、薄れゆく意識の中でラギシスは思う。

 

「(指……輪……)」

 

 ゴシャ、という鈍い音が響く。ラギシスの頭に巨大な瓦礫が落ちてきて、その頭を潰したのだ。動かなくなったラギシスの身体が瓦礫に埋もれていく。それとほぼ同時に、町全体を包み込むような巨大な魔法陣が空中に現れる。娘たちの誰かが使ったのであろうか。住人が突如現れた魔法陣に驚いていると、町全体から地鳴りが響く。初めこそ何が起こっているのか理解出来なかったが、すぐに気が付く。町が地下に陥没しているのだ。空中に現れた魔法陣は、その恐ろしい魔力で一つの町を丸々地下へと陥没させてしまったのだ。

 

「あの娘たちは……悪魔だ……」

「自分たちの師匠を……いや、育ての親を殺すなんて……」

 

 住人は言う。娘たちが狂った、と。草原の中で無邪気に笑っていた娘たちはもういない。冷酷な瞳のまま、住人を避けるように自らが作り出した迷宮へと姿を消す娘たち。その四人の娘たちの指には、それぞれ違った色の指輪が妖しく光り輝いていた。

 

「誰か……この町を救ってくれ……」

 

 

 

-アイスの町 キースギルド-

 

 机の上に大量に広げられた依頼書を眺めている男冒険者。目の前にいるギルドマスターが、その中でも特にオススメの依頼を説明しているところであったが、ふと依頼書の一つに書いてあった町の名前が目に飛び込んでくる。

 

「(……カスタム?)」

 

 懐かしい名前に反応した男は、その依頼書に手を伸ばす。依頼内容の概要に目を通すと、そこにはこのように書かれていた。

 

-反逆の少女たち、親代わりでもあった師匠を殺し、町を封印する。彼女たちは今こう呼ばれている、カスタムの四魔女、と。-

 

「なんだ、その仕事受けるのか? こっちとしちゃーありがてぇが、報酬はそんなに高くないし、魔法使い四人となれば簡単な仕事じゃない。割にあった仕事じゃねーぞ?」

「割に合わない仕事はいつものことだ。それよりも、少し気になる事があってな……」

「気になる事……? ひょっとして、四魔女の事か? なんだ、遂にお前にも春が来たのか?」

「そんなんじゃないさ」

 

 下品な笑みを浮かべるギルドマスターのキースに対し、男は小さく笑いながら返す。だが、すぐに視線を依頼書へと戻し、黙々とその内容を読み進める。こうなったからには、この男の答えは既に決まっているのと同じ事。キースは苦笑しながら一応の確認をする。

 

「まあ、そこまでお前が興味持ったって事は、受けるんだろ?」

「ああ。この依頼、受けさせて貰う」

「あいよっ! 頼んだぜ、ルーク!」

 

 依頼書を手に持つのは、ルーク。数ヶ月前にリーザス誘拐事件を見事に解決した、キースギルド稼ぎ頭の一人だ。軽く手続きをしてそのまま部屋を出て行こうとすると、丁度扉から入って来た二人組とぶつかりそうになる。

 

「おっと、すまない……なんだ、ルークか」

「なんだとは失礼な話だな、ラーク」

「ルークさん、お元気そうで」

「ああ、ノアも元気そうで何よりだ」

 

 扉から入って来たのは、キースギルドに所属するエースコンビ、ラーク&ノア。互いに知った顔であり、何度か依頼も一緒にこなしたため、それなりに親交がある二人組だ。ラークがルークの手に持つ依頼書に視線を落とし、残念そうに口を開く。

 

「なんだ、依頼を受けてしまったのか。暇だったら、こちらの依頼を手伝って貰おうと思ったのに」

「平和な学園に突如現れたダークヒーロー、ヤミーマン。その退治に今から行くところなんです」

「悪いな、またの機会と言う事にしてくれ。なに、お前らとは今後いくらでも組む機会はあるだろ」

「まあ、そうだな。気をつけろよ」

「ああ、そちらもな」

 

 扉から出て行くルークを見送るラークとノア。完全にその姿が見えなくなった後、自分たちの依頼の話をすべくキースと向き直る二人だったが、ノアがふと机の上に置いてあった依頼書を手に取る。ルークが持っていったのとは別に、ギルドに依頼を受領した証拠として置いておく控えだ。

 

「カスタムの町を封印した四人の魔女……ルークさん、また大変そうな依頼を……」

「町を封印か……まあ、ルークなら大丈夫だろう」

「ん? カスタム?」

 

 ノアの言葉に大きな反応を示したのは、ラークではなくキースの方であった。思わぬ反応に目を丸くするラークとノア。

 

「キース、どうかしたのか?」

「ん……いや、ルークとカスタムの町……なーんか、あいつに言い忘れている事があるような……」

「……?」

 

 キースが忘れていた事柄を思い出すのは、これより三日後。とうにルークは出発してしまった後の事であった。

 

 

 

三日後

-自由都市地区 荒野-

 

 砂埃が舞う荒野をルークは歩いていた。件の四魔女の依頼を正式に請け負ったルークは、こうしてカスタムの町を目指し黙々と歩いている最中であった。だが、その顔は険しい。アイスの町からそう遠くない場所に位置するはずなのだが、ルークは険しい顔で地図を睨んでいる。

 

「おかしいな。地図によれば、もうそろそろのはずなんだが……」

 

 町が見つけられずに頭を掻くルーク。というのも、ルークはカスタムの町を殆ど訪れたことがない。その理由としては二つ。リーザスやポルトガルといった、仕事で訪れることの多い大都市に向かう際の通り道からは少し外れてしまっているというのが一つ。もう一つは、カスタムは比較的治安の良い田舎町であり、今までギルドに依頼されるような事件は起こらない平和な町であったため、仕事で訪れる機会がなかったのだ。そのような平和な町での異変。一体何が起きているのだろうか。

 

「約20年ぶりか、懐かしいな……」

 

 前述の通り、ルークはこの町を訪れたことがないわけではない。かつて、たった一度だけこの町を訪れたことがある。今から18年前、ルークが7つの時だっただろうか。荒野の中、ルークはかつての光景を思い出す。流石に町の風景など細部の記憶は曖昧であったが、絶対に忘れる事の出来ない思い出がある。

 

 

 

GI0998 冬

-カスタムの町-

 

 身なりはボロボロ、全身に擦り傷を付けた二人の子供が町の前に立っていた。だが、声を掛けようとする者はいない。その目だ。後ろに連れられている少女は俯いているためよく判らないが、もう一人の少年の目が普通ではない。濁っている。まるで、この世全てを恨んでいるかのように。

 

「どうしたんだ? 何かあったのか?」

 

 そんな中、一人の男が少年たちに声を掛ける。この町に最近移り住んできた魔法使いだ。それが、ルークとこの男の出会いであった。

 

 

 

LP0001 10月

―荒野―

 

「ふ……」

 

 自嘲気味に笑うルーク。懐かしい思い出でもあり、胸の痛くなる思い出でもある。そう、あの時はまだルークの隣に彼女がいたのだ。不安そうに震え、それでもギュッとルークの手を握っていた少女。あの感触は、今でも覚えている。そんな事を考えながら歩いていると、目の前に洞窟の入り口が見えてくる。だが、おかしい。あのような洞窟は地図に載っていない。ルークが訝しげに目を凝らすと、どうやら入り口の横に一人の少女が立っている。すると、あちらもルークに気がついたようで、微笑みながらこちらに近づいてくる。

 

「ルーク様でいらっしゃいますか?」

「そうだが、君は?」

 

 ウェーブのかかった水色の髪に赤いカチューシャが良く似合っている少女が丁寧な口調でルークに問いかけてくる。ルークのその返答を聞くと、少女は顔をパッと輝かせ、深々とお辞儀をした。

 

「ようこそおいでくださいました! 私はカスタムの町の町長の娘、チサと言います」

「そうか、しばらくの間よろしく頼む」

「はい!」

 

 ルークが右手を差し出すと、チサはギュッと両手でその手を包み込む。冒険者が来てくれるのを本当に心待ちにしていたようだ。だが、何故チサは洞窟の前に立っていたのだろうか。近くに町があるのかとルークが周囲を見回すが、洞窟以外には何も見当たらない。

 

「それで、町はどこにあるんだ?」

「あぁ、すいません。依頼書に詳しく書いていませんでしたね。道中説明させていただきます。さぁ、どうぞこちらへ。父が首を長くして待っています」

 

 娘はそう言うと洞窟の中へ入っていき、中からルークを手招きする。導き出される答えは一つ。

 

「まさか、洞窟の中か!?」

 

 

 

-カスタムの町-

 

 洞窟の中は思ったよりも明るく、足場もそれ程悪くなかった。チサの案内の下、洞窟を進んでいくルーク。道はなだらかに下っており、地上から見れば今は地下二階くらいの位置であろうか。すると、自然の光とは違う人工の灯りが目に飛び込んでくる。目の前に広がる地下空洞の中に、町があったのだ。

 

「地下に町が丸々入っているのか!? 以前来たときは普通の町だったはずだが……封印というのはこういう事だったのか……」

 

 ルークが目を見開く。冒険者として様々な依頼を受けていたが、こんなケースは初めてだ。町一つを地下に封印してしまうなど、一体どれ程の魔力が必要になるのか見当もつかない。

 

「あら、以前に町を訪れたことがあるのですか? すいません、町長の娘ともあろうものが覚えていなくて……」

「いや、謝る必要は無い。多分、君が生まれる前の話だ。20年くらい前だからな」

「そうだったんですか……(意外とおじさん……?)」

 

 20年前と聞いてチサは目を丸くするが、失礼にあたるので思ったことは口には出さないでおく。

 

「……ルーク様から見て、今の町はどのように見えますか?」

 

 チサの言葉を受け、ルークが町を見下ろす。微かな記憶を思い出しながら比較するが、以前はもっと住人の元気な声が飛び交う町だったはずだ。だが、今は誰も住んでいないのではと勘違いしてしまう程に、町は静寂に包まれている。そのうえ、町の所々に破壊された家があるのが目に飛び込んでくる。

 

「正直、以前の姿を知っている者からすれば信じられない光景だな……」

「それも全て、彼女たちが……」

 

 悲しそうな、それでいて悔しそうな表情を浮かべるチサ。ギュッとスカートの端を握りしめている。この様子だけで、彼女がどれ程町を愛しているのかが伝わってくるというものだ。

 

「あっ、すいません。それでは家へ案内しますね」

「ああ、よろしく頼む」

 

 岩で囲まれた坂道を下っていき、ルークは町へと案内される。だが、住人の姿は見えない。皆家に閉じこもってしまっているのだろう。陰鬱とした空気を肌で感じながら歩いていると、程なくして町長の家へと到着する。

 

「それでは、中へどうぞ。父が待っていますので」

 

 チサに促されて家の中へと入るルーク。町長の部屋へと案内されたルークの目に飛び込んできたのは、ベッドに寝ている顔色の悪い中年の男性であった。ルークとチサの姿を確認し、ゆっくりと身体を起こす。

 

「これは、これは、よくぞ来てくださいました。身体が少し弱いので、床に入ったままで失礼します。私は町長のガイゼル・ゴードといいます」

「キースギルドから派遣された冒険者のルーク・グラントです」

 

 挨拶を交わしながら町長を見るルーク。朧気に覚えている町長の顔とは違う。どうやらルークの知らない間に町長が変わっていたようだ。チサから聞いた話によると、ガイゼルは生まれも育ちもカスタムの町との事。だが、ルークの事は覚えていない様子であった。だが、それも無理もない事。ルークがカスタムを訪れたのは18年も前の事であり、そのうえ町に滞在していたのは僅か数日でしかなかったのだから。

 

「ルークさん。貴方はキースギルドに所属する冒険者の中でも、特に優秀な戦士だと聞いています。どうか、この町をお救いください!」

 

 ベッドの上からギュッとルークの手を握ってくるガイゼル。先のチサと同じ行動であるのは、流石親子といったところか。

 

「キースめ……」

 

 キースの顔を思い浮かべながら苦笑するルーク。キースギルドに所属する冒険者で優秀な戦士、というのであれば、ルークよりもラーク&ノアコンビの方がよっぽど当てはまる。というのも、ルークの仕事の請負方には癖があるからだ。事件の規模や報酬ではなく、強そうな人物に出会えるか、その依頼者との繋がりが大きな意味を持ちそうかという事を最も重要視している。そのため、時には初級冒険者が請け負うような簡単な依頼にも手を出す。適材適所という観点から見れば、あまりにも勿体ない話である。以前その事でラークに苦言を呈されたが、先の大戦を見据えているルークにとってこの方針を変えるつもりはなかった。

 

「まあ、任せておいてください。受けた依頼はきっちりこなしますので」

「それは頼もしい! それでは町の状況を説明させて頂きます。チサ、頼んだ」

「はい、お父様」

 

 キースの言葉は大げさであったが、それを伝えて依頼人を不安にさせる訳にもいかない。ルークはあえて自信のある様子を見せながら返事をすると、ガイゼルの顔がパッと明るくなる。やはり、町の住人は現状にかなりの不安を抱いているようだ。だからこそ、僅かな希望にも縋りたくなる。ガイゼルに促され、チサが一歩前に出てくる。

 

「それでは説明させていただきます。ルーク様もご存じの通り、この町は元々地上にありました。ですが、今から少し前に魔法使い同士の争いが起こったのです」

「魔法使い同士……」

「はい。片方は依頼書にも書いてありました四人の魔女。それに対抗したのは、この町で魔法塾を開いていたラギシスという魔法使いです」

「ラギシス殿は人間的にも良く出来た人物で、魔法塾も町を守れる人物の育成のため開塾したのです」

「そして、四人の魔女はラギシスの教え子でもあったんです」

 

 その言葉を聞いて、ルークは口元に手を当てて眉をひそめる。

 

「……反逆したというのか?」

「はい。塾生であった彼女たちは突如ラギシスに反逆し、勝負を挑んだのです。町を守るためにラギシスは必死で戦いましたが、四対一では分が悪く、魔女たちに殺されてしまったのです。そして、魔女たちはラギシスの持っていた指輪を奪い、魔法でこの町を地下へと沈め、封印してしまったのです」

「町一つを地下へ沈めたというのか……その娘たちが……」

 

 俄には信じがたい事である。魔法大国のゼスであっても、たった四人で町を丸々地下で沈める事が出来る魔法使いなど、数える程しかいないだろう。自由都市の、それも田舎町であるカスタムにそれだけの魔法使いがいるとは驚くべき事なのだ。話が本当であるのならば、四魔女は想像以上の強敵である事になる。

 

「きっと、指輪の力で彼女たちの魔力が増幅しているんです」

「指輪か……」

 

 魔力増幅の装備品は確かに存在する。だが、町を沈められるだけの魔力増幅装備など、それこそ一国の秘宝になっていてもおかしくはない代物だ。本当にそんな指輪が存在するのだろうか。だが、今は魔力の増幅手段については後回しだ。最優先事項は、町を封印から解くこと。

 

「町を封印した彼女たちは地下に迷宮を築くと、私たちの生活を脅かすようになりました。数々のモンスターが町へ進入してきたり、若い女性が誘拐されたり……」

「害を及ぼすようになった訳か。彼女たちを倒そうとはしなかったのか?」

「いいえ、青年団が四人の魔女を倒そうと迷宮に潜っていきましたが……まだ誰も帰ってきません……」

 

 そう肩を落とすチサ。聞けば青年団が迷宮に潜って既に数日が経過しているとの事。

 

「酷な話だが、もう生きてはいないだろうな」

「んっ……やはりそうですか……」

 

 ルークの非情な宣告に悲しげな表情を浮かべるチサ。その目尻には涙が浮かんでいる。

 

「彼女たちの目的は判りませんが、お願いです。私たちをお救いください!」

「私からもお願いします。彼女たちを倒して、この町を以前のような平和な町にしてください」

 

 ゴード親子がルークに対し懇願する。恐らく、この思いは町の人全員の思いであろう。ルークは右拳を力強く握りしめながら、前に突き出して口を開く。

 

「了解した。すぐにこの町を元の平和な町に戻してみせるさ」

「ありがとうございます! ルーク様!」

 

 ルークの手をチサの両手が包み込む。その光景を見たガイゼルは表情を険しくする。先程自分も同じような事をしたというのに、娘がそれをするのは耐えられないのだろう。ごほん、とガイゼルが咳払いをすると、恥ずかしそうにチサが手をすぐに引っ込めた。

 

「……娘はやらんぞ」

「安心してください。どこかの冒険者とは違って、節操無しではないんで」

「うむ、それなら良い。それで、報酬の事だが……」

 

 ルークの頭に浮かぶのは、三ヶ月ほど前に一緒に仕事をした男の顔。傍若無人、唯我独尊を地でいく男であったが、その実力は本物であった。あの男だったら、報酬はチサちゃんが良いとか言い出すのだろうなと考え、ルークは静かな笑みを浮かべる。

 

「成功報酬としては、一応20000GOLD用意しています。ただ、依頼した冒険者は一人ではないため、成功した者だけが受け取れる早い者勝ち方式になってしまいますが……」

「20000GOLDですか……」

 

 それを聞いたルークは思案する。事件の規模を考えると、決して割の良い仕事とは言えない。なにせ町を沈める程の魔力を持った魔法使いと、命を掛けて戦わねばならないのだ。前回の誘拐事件の割が良すぎたのもあるが、(リーザス王家が絡んでいたため、結果としてはあれも割の良い仕事では無かったが)、それにしても安すぎる。報酬の額を気にするルークではないが、この案件は個人の依頼ではなく町名義での依頼。これだけ安い報酬を提示したという事が広まれば、カスタムの町の評判は落ちてしまう。同時に、この依頼をそんな安値で受けたという事が広まるのは、キースギルドにとってもマイナスになる。

 

「少し安すぎますね。復興のための資金を貯めなければならないのは判りますが、30000GOLDが最低限のラインです。そうでないと、ウチのギルドだけでなくカスタムの町の評判も落ちます」

「むっ……」

 

 ガイゼルが声を漏らす。不快に思われてしまったかもしれないが、これは伝えておかなければならない事であるため、ルークは言葉を続ける。

 

「それに、その値段では請け負ってくれる冒険者が極端に減ります。正義感溢れる者であれば請け負ってくれるかもしれませんが、多くの冒険者は割の良い他の仕事に流れてしまうでしょうね。ここはもう少し報酬を上げてでも早く解決させた方が、結果として出費を安く抑えられると思いますよ」

「なるほど……いや、申し訳ありません」

 

 ガイゼルがペコリと頭を下げてくる。どうやら不快に思っていた訳では無いらしい。

 

「今までギルドに依頼などした事が無かったものですから、依頼料の相場というものを理解していませんでした。それでは、成功報酬は30000GOLDとさせていただきます」

「了解しました。それでは、正式に依頼を受けさせていただきます」

「あ、ギルドの方への訂正連絡はこちらからしておいた方が良いでしょうか? この値段であれば、他の冒険者も続々やってきてくれるかもしれませんし」

 

 部屋を出て行こうとするルークを引き留るガイゼル。ルークは一度振り返り、口を開く。

 

「連絡はお願いします。ですが、冒険者が続々やってくるという事にはならないでしょうね」

「えっ!? ま、まだ安いでしょうか……?」

「いえ。その前に、私が事件を解決させますから。では失礼」

 

 平然とそう言い放ち、扉から出て行くルーク。だが、口だけの冒険者には見えなかった。チサの目には部屋から去っていくその背中が、とても大きく見えていた。

 

「……なんて頼もしく勇ましいお方。あの方ならきっと大丈夫ですね、お父様」

「うむ、彼になら任せても良さそうだな。だが、娘はやらんぞ」

 

 ガイゼル・ゴード。真面目そうに見えるが、その実、娘大好きの親バカであった。

 

「……あっ、お父様。もうすぐ次の冒険者様が到着する時間なので、町の入り口まで迎えに行ってきますね」

「うむ、頼んだぞ」

 

 どうやらルーク以外にも同時期にこの依頼を受けた者がいるらしい。チサが失礼の無いよう、これから会う相手の書類に目を通す。名前を確認し、所属ギルドに視線を移す。

 

「あら? 次の方もキースギルド所属なんですね……」

 

 

 

-カスタムの町 廃墟前-

 

「流石に記憶が曖昧で覚えていないな……」

 

 ルークが頭を掻きながらそう呟く。まずは町の中を見て回る事にしたルークは、小一時間掛けて町をぐるりと一周したのだが、建物の場所を覚えるのに苦労していた。というのも、元々カスタムが入り組んだ町であるのと同時に、モンスターに荒らされてしまった事から似たような廃墟が多く、目印となる建物があまりないのだ。ルークには寄りたい場所があったのだが、どうにもその家も見つけられず仕舞いであった。

 

「まあ、依頼が終わった後にでもゆっくり寄らせて貰えばいいか……」

 

 かつてカスタムで出会った魔法使いの事を思い出しながらそう呟くと、ふと視線の先にチサが歩いているのが見える。すぐさまルークはそちらに駆け寄り、チサへと声を掛ける。

 

「ああ、チサちゃん。ちょっといいかな」

「あら? どうされましたか、ルーク様」

 

 ルークに気が付き、そちらに向き直るチサ。手には買い物かごを持っている。

 

「町の地図を貰えないかな? 町を回っていたんだが、中々覚えられなくてね」

「ああ、そうでしたか。こんな風景では中々覚えられませんよね。地図でしたら、家にいくつか予備がありますのでお渡しします。ついて来てください」

「すまない。ああ、持つよ」

「ありがとうございます」

 

 チサの持っていた買い物かごを代わりに持ち、町長の家へと引き返すルーク。手に持つ買い物かごには割と多くの物が入っており、中々の重量があった。ルークは世間話感覚でチサへと話しかける。

 

「夕飯の買い物かな?」

「それもありますが、お茶菓子を切らしてしまったので急いで買いに出かけたんです。でもついつい夕飯の買い物もしてしまって……」

 

 苦笑しながらそう言葉にするチサ。お茶菓子を急いで買いに出かけたという事は、ルークの後に来客があったという事だろうか。もしそうならば、確かに夕飯の買い物をするのは苦笑すべき事柄だろう。町長の家の前までやってきたルークは、疑問をチサへと投げる。

 

「俺の後にも来客が?」

「はい。ルーク様の後にもう一組冒険者様がお見えになったんです。ルーク様と同じギルドに所属されている方ですよ」

「キースギルドに……?」

「がはははは!!」

 

 チサが家の扉を開け、中へと入ろうとしたそのとき、町長の部屋の方から大笑いする男の声が聞こえてきた。これがもう一組の冒険者の声なのだろう。聞き覚えのある、どこか特徴的な笑い声。

 

「30000GOLDだと? 安すぎる! そんな相場を教えたのはどこのバカだ!? 報酬は50000GOLDか、チサちゃんの処女だ!! そうでないと俺様は降りるぞ!!」

「しょ、しょ、処女だとぉ!? 駄目だ、駄目だ、駄目だぁぁぁ!! チサには指一本触れさせんぞぉぉぉ!!!」

「しょ、処女って……」

 

 冒険者と父親のやりとりを聞いて頬を赤らめるチサ。それを横目に、ルークはその口に笑みを浮かべながら、どこか嬉しそうに呟く。

 

「間違いない、あいつだ」

 

 今ここに、カスタム四魔女事件が幕を開ける。それは、後まで続く多くの絆を生む出来事。

 

 




[人物]
ランス (2)
LV 10/∞
技能 剣戦闘LV2 盾防御LV1 冒険LV1
 早々にルークと再会する事になった鬼畜戦士。誘拐事件解決時にはLV15程になっていたが、その後は一切冒険をしていなかったため、気が付けばレベルダウンしていた。

シィル・プライン (2)
LV 10/40
技能 魔法LV1 神魔法LV1
 ランスのパートナー。誘拐事件の際に多少レベルは上がっていたが、冒険をしていなかったため、ランス共々仲良くレベルダウン。

キース・ゴールド (2)
 アイスの町にあるキースギルドの主。ルークに割と重要な事を伝え忘れるが、まあ良いだろうとは本人の談。

ラーク (2)
LV 20/35
技能 剣戦闘LV1 冒険LV1
 キースギルド所属の一流冒険者。ルークと組んで仕事をしようと思っていたが、当てが外れる。ヤミーマンは地味に強敵だった。

ノア・セーリング (2)
LV 16/33
技能 神魔法LV1 教育LV1
 キースギルド所属の一流冒険者。ヤミーマン討伐後、少しだけ学園で授業を教える。意外と評判が良く、教師に向いているのではとラークに茶化される。実は本当に向いているのだが。

ガイゼル・ゴード
 カスタムの町の町長。病に倒れながらも、町再建のために奔走する立派な人物。だが、親バカである。

チサ・ゴード
 カスタム町長ガイゼルの娘。父親思いの優しい少女である。あまり深く物事を考えないタイプとも言える。

ヤミーマン (ゲスト)
 ピンチになるとコンマ2秒で変身する謎のダークヒーロー。とある学園を牛耳っていたが、ラーク&ノアに成敗される。その後、とある少女と出会って改心するのだが、それはまた別の話。名前はアリスソフト作品の「大番長」より。


[都市]
リーザス王国
 大陸東北部に位置する、人口約5000万人の豊かな国。ヘルマン帝国に反乱を起こしたグロス・リーザスがGI0534年に建国。以後、長きに渡りヘルマンとの争いが続くこととなる。土地が豊かで食料に恵まれ、商工業も盛んで暮らしは豊か。魔人界とも隣接していないため、基本的には平和な国である。

アイスの町
 自由都市。ランスとルークが生活している町であり、キースギルドもこの町にある。また、ルークたちの暮らしている町とは少し離れているが、世界有数の製薬会社『ハピネス製薬』もアイス地域に建っている。

ジオの町
 自由都市。「ジーク・ジオ」を合い言葉としており、経済力は高い町である。

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