ランスIF 二人の英雄   作:散々

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第66話 揃い踏み

 

-イラーピュ 草原-

 

「ひとまず、全員無事で何よりです」

「けほっ、けほっ、ジュリアちゃん埃で汚れてしまいました。お風呂に入りたーい」

「埃を払いたいというのには同感ですわね」

 

 墜落したチューリップ4号の前には救助隊メンバーが集まっている。幸いな事に大きな怪我を負った者はおらず、全員が擦り傷程度で済んでいた。その怪我もロゼがすでに治療済みだ。

 

「あはは……本当にみんな無事で……」

「んっ!?」

「……何でもないです」

 

 首から『私は悪い事をしました』というプラカードを下げ、正座しているマリア。何か発言しようとしたが、志津香に睨まれすぐに口を閉じる。

 

「ふふ、捨て犬みたいで可愛いわね」

「はぁ……自業自得です、マリアさん」

 

 ロゼがマリアを見ながらクスクスと笑い、香澄がため息をつきながら呆れた様子で見ている。マリアの事は尊敬しているが、流石に今回の一件はフォローのしようがない。そんな中、レイラが周囲を見回しながら口を開く。

 

「ここがイラーピュね。何とか上陸出来てよかったわ」

「そうですね、レイラさん」

「ここにルークさんたちが……」

「香澄殿。チューリップ4号の修理は可能ですか?」

 

 レイラの言葉にかなみとメナドがグッと拳を握る。数ヶ月行方不明だった思い人のいる場所にようやく到着したのだ。自然と力が入る。アレキサンダーがチューリップ4号の点検をしていた香澄に問いかけるが、香澄は首を横に振りながら答える。

 

「駄目ですね、完全に壊れてしまっています……ここじゃあ部品も手に入らないでしょうし……」

「直らないものにいつまで執着していても仕方がないわね」

「そうね。冒険に事故は付き物。それよりも、これからの事を考えましょう」

 

 志津香が早々にチューリップ4号の修理を見限り、レイラもそれに同意する。専門家である香澄が修理は難しいと断言したのだ。この場での足踏みは止め、前に進むのみ。

 

「ひとまず、テントでも作りましょうですー!」

「そうですわね。この場所にどのようなモンスターがいるかも判らないとなると、万全を期して戦うためには後方基地は必要不可欠ですわ」

「うん、やろう。ジュリアはみんなの邪魔にならないように応援しているね」

「私もみんなの邪魔にならないようにサボっているわ」

「言い訳くらいまともに考えなさいよ、ロゼ……」

 

 トマトが張り切って動き出し、チルディもそれに続く。ジュリアとロゼは完全にサボっていたが、なんだかんだで全員の治療という一仕事を終えたロゼにあまり強く言う者はいない。一行はチューリップ4号から無事だった物資を運び出し、テントを張り始めた。その様子を見ていたマリアも手伝おうとするが、再び志津香に睨まれる。しゅんとなるマリア。

 

「あぅ……」

「はぁ……反省しているの?」

「反省しています……」

「しょうがないわね……」

 

 志津香からようやく許しが出たため、マリアも無事な物資の確認を手伝い始める。遂にイラーピュへと到着したリーザス救助隊。だが、その様子を見ている者たちがいた。

 

 

 

-上部司令室-

 

「ビッチ様、闘神都市の探査システムに反応があります。侵入者です」

「なに? 見せてみろ」

「はい」

 

 メリムが機械を操作すると、目の前の鏡板に監視モニターから映像が映し出される。それは、物資を運び出しているリーザス救助隊の姿だった。

 

「これは……」

「ちっ、リーザスのクソどもが。奴らもこの闘神都市の凄さを嗅ぎつけてやってきたみたいだな」

 

 親衛隊の特徴的な鎧を見たビッチはすぐにリーザスの連中だと気が付き、文句を言いながら映像をまじまじと見る。映し出されているのは女性ばかり。

 

「ふむ……見たところ女ばかりで、男は騎士が一人と武闘家が一人か。まったく、馬鹿な奴らだ。こんな戦力でここまでやってくるんだからな」

「(こちらもまともな戦力は俺とデンズ、それと女のイオだけだろうが。よっぽどあちらの方がマシだと思うがね……)」

 

 ヒューバートが内心悪態をつく。イオが冒険者と合流するためにこの場を離れる際、あまりビッチを刺激しすぎるなと念を押していったのだ。一応それに従い、多少自重気味のヒューバート。映し出されるリーザス軍を見ながら、メリムが心配そうな声を出す。

 

「戦いが起きるのですか……?」

「当然だ。リーザスのクソ共は生きている価値などない。メリム、奴らの場所はどこかね?」

「食料コアの端のようです」

「では、そこに向かうぞ。リーザスのクソ共にわたくしの力を思い知らせてやるのだ。ケヒャケヒャ!」

 

 張り切るビッチだが、ハッキリ言ってこの男の戦闘力は当てにならない。ヒューバートが腕組みをしながらボソリと呟く。

 

「……足手まといなんだからあんまり前に出るなよ」

「ん? 何か言ったか、ヒューバート」

「別に、何も……」

「さあ、行くぞ! 案内しろ、メリム!」

「は、はい」

 

 メリムに先導させ、意気揚々と食料コアへ向かうビッチ。その後を追おうとしたヒューバートだったが、ふと鏡板に映し出されていた騎士が視界に入る。特徴的な赤い鎧を身に纏った騎士。リーザス赤の軍の者だろう。

 

「ん……あいつは……」

「ヒューバート、早くしたまえ。出撃だぞ」

「ヒューあにい、な、なにかあっただか?」

 

 立ち止まったヒューバートにビッチとデンズが声を掛けてくる。デンズの方はヒューバートの表情から何かあったと察していた。その呼びかけを耳にしながら、ヒューバートは映し出されている騎士に注目する。

 

「あのリーザスの騎士、もしかしたら……」

「す、すげぇ奴だか?」

「いや……気のせいだろう。奴は将軍だから、こんな場所に調査に来るはずがない……」

「ヒューバート、私語が多いぞ。慎みたまえ」

「うるせぇ、馬鹿」

「なっ……ヒューバート!!」

 

 考え事を邪魔された事に腹が立ち、イオから念を押されていたのについついビッチに悪態をついてしまうヒューバート。ビッチは顔を怒りで真っ赤にし、ヒューバートを怒鳴りつける。慌てて間に入るメリム。

 

「さ、さあビッチ様。こちらです」

「くっ……この若造め。評議委員のわたくしに逆らうとどうなるか、国に帰ったらたっぷりと思い知らせてくれるわ!」

 

 怒りながらメリムの後を歩いて行くビッチを一瞥もせず、ヒューバートは鏡板を見上げていた。

 

「(有り得ない、か……)」

「あにぃ……い、行こうだ」

「ああ、そうだな……」

 

 デンズに促されたヒューバートは頭を掻き、最後にもう一度だけ鏡板を振り返ってからビッチの後についていく。

 

「(そうだ、いる訳がない。赤い死神が、こんな所にいる訳が……)」

 

 こうして、ヘルマン調査隊は食料コアへと向かう。そして彼らがこの部屋を後にした僅か一分後、闘神都市の探査システムは更にもう一組の侵入者を捕捉する。その存在を知らぬままヘルマンは食料コアへと出発してしまったのだった。

 

 

 

-イラーピュ 草原-

 

「ふぅ、一応完成したわね」

 

 ジュリアとロゼを除く全員の協力の下、無事だった物資の運び出しは完了し、テントもチューリップ4号に立てかけるような形で完成した。マリアが涙目でチューリップ4号を見つめる。

 

「うるうる……私のチューリップ4号、こんな姿になっちゃって……」

「マリア、あんたのせいでしょうが!」

「反省してます」

「テント、テント。キャンプファイヤーはいつするの?」

「ジュリア! 遊びじゃないんだから、親衛隊の一員としてちゃんとしなさい!」

「はーい、レイラ隊長!」

「(嘆かわしいですわ……何故このような女が親衛隊に……)」

 

 こんな事態だというのに暢気にはしゃぐジュリアを叱りつけるレイラ。チルディも冷ややかな視線を送っている中、アレキサンダーが顎に手を当てながら口を開く。

 

「さて、これからどうしましょうか」

「勿論、ルークさんたちを捜すです!」

「いや、それは大前提だから」

 

 トマトが腰に手を当てて宣言するが、具体的な方針にはなっていないためロゼが突っ込みを入れる。そのトマトを微笑ましい目で見ながら、真知子はみんなを見回しながら口を開く。

 

「とりあえず、リーダーを決めて行動しましょう。その方が方針も立てやすいわ」

「それならリックさんで決まりね」

「いえ、マリア殿。それは出来ません」

「え? どうしてですか? リックさんなら文句なしなのに……」

 

 この中で最強の人物であり、リーザスの将軍。更には冷静な判断も出来るため文句なしだと言わんばかりにリックをリーダーへと推すマリア。だが、リックはその推薦を即座に断る。かなみもリックがリーダーに相応しいと思っていたため、不思議そうに問いかける。

 

「自分の地位では、リーザス親衛隊隊長レイラ殿を先んじて上に立つ訳には参りません。レイラ殿にして頂いた方がよろしいかと」

「あら、それなら私も無理よ。親衛隊隊長と正規軍司令官は同じ身分だもの。リックの上に立つ事は出来ないわ」

「残念です……」

「それじゃあ、同じ理由でメナド、チルディ、ジュリアも駄目って訳ね?」

「はい。リック将軍やレイラさんを差し置いてリーダーなんて出来ません」

「ジュリアちゃんはリーダーやっても良いよ?」

「(立場関係無しに貴女には任せませんわよ……)」

 

 立場上、互いの上に立つ事は出来ないリックとレイラ。どちらもリーダーとして文句なしの人物であったため、香澄が残念だと肩を落とす。ロゼがメナドに確認を取ると、コクリと頷くメナド。ジュリアだけは乗り気であったが、チルディが心の中で思った事は恐らく全員が思っていた事だろう。しかし、そうなると由々しき事態だ。自由都市の面々は、てっきりリーザスの誰かがリーダーをやってくれるとばかり思っていたのだ。残ったリーザスの人員は、後一人。

 

「それじゃあ、誰か別の人に……」

 

 そう口を開くかなみに全員の視線が集中する。最後のリーザス人員であるかなみに自然と視線が集まってしまったのだ。慌てたように手を振るかなみ。

 

「り、リックさんとレイラさんの上に立つなんてとんでもないです! それに、影の職業である忍者が目立つ訳にはいきません!」

「アレキサンダーさんはどうですかー?」

 

 トマトがそう問いかける。リーザスの面々が駄目なのであれば、リックに次ぐ実力者であるアレキサンダーではどうかと思ったのだ。真知子も小さく頷く。彼であれば、無茶な行動は慎むだろう。だが、アレキサンダーは眉をひそめる。

 

「私はこれまで一人で旅をしてきた孤独の身。上に立って指示というのは……」

「しょうがない、私がやってあげるとしますかね……」

「ロゼさん!?」

 

 スクッと立ち上がるロゼ。その行動に全員が驚愕する。こんな面倒な事を率先してやるタイプではないはずだ。立ち上がったロゼは全員を見回してニヤリと悪そうな顔をしたかと思うと、右手を高々と上げて宣言する。

 

「リーダーをやる条件だけど、ルーク発見時にルークに惚れている娘は全員あいつに告白する事が絶対条件ね」

「マリアさん! マリアさんがリーダーでどうですか!?」

「ぼくもそれがいいと思うな!」

「素晴らしい判断ね、かなみさん」

「えっ!? わ、私!?」

 

 ロゼの無茶苦茶な条件を聞いた瞬間、かなみが大声でマリアを推薦する。それに乗っかるメナドと真知子。突然の指名に驚くマリアだったが、それを聞いたリックは顎に手を当てながらその推薦に乗る。

 

「……そうですね、先の戦争でもランス殿が総司令官になる前はリーダーでしたし、適任ではないかと」

「マリア殿がリーダーでしたら文句も出ますまい」

「私も異議無しよ」

 

 リックの言葉に続くように、アレキサンダーとレイラも賛同する。立場上リーダーは辞退したが、リックとレイラの発言力はやはり大きい。ポン、と志津香がマリアの肩を叩く。

 

「だってさ、大役ねマリア」

「マリアさん、凄いです!」

「そんな……」

「マリア隊長、よろしくね! キャンプファイヤーもお願い」

「あらら、折角やる気出したっていうのに」

 

 ロゼはそんな事を呟きながら、マリアが首から下げていたプレートに書かれている文字にバツ印をつけ、その下に『リーダー』と書く。それを見た一同は静かに笑い出す。

 

「ふふ、お似合いよ、マリア」

「もう……どうなっても知らないわよ」

 

 最終的には全員が賛成し、救助隊リーダーにマリアが選ばれた。マリアも覚悟を決め、プラカードを首からぶら下げたまま立ち上がって今後の方針を決める。

 

「それじゃあ、ランスたちを捜すためまずは周囲を探索しましょう」

「マリアさん。テントに誰かしら残っていなくてもいいんですか?」

 

 まずは周囲の探索。自分たちがどのような場所におり、何かしらの手掛かりがないか。そういった情報を得るための最初の第一歩であるとマリアは考え、そう方針を決めた。だが、香澄がもっともな質問を投げる。それにリックが答える。

 

「いえ、不要でしょう。チューリップ4号は大破していますし、物資も大した物はない。貴重な人員を割いてまでここに残るメリットはありません。ここは全員で探索し、ルーク殿たちの発見と脱出方法を一刻も早く見つけるのが得策かと」

「それに、留守番したい人なんて……あ、香澄がいたか」

「頑張ってついてきてね、香澄!」

「うう……やっぱり戦闘する羽目になりそうですね……」

 

 香澄ががっくりと肩を落とす。ポンポンと肩を叩いて励ますのは、香澄同様本来であれば前線に立つ事はない真知子。

 

「それじゃあ、張り切って探索しましょう!」

「おー!!」

「で、このプラカード外しても良い?」

 

 マリアの宣言の下、全員で周囲の探索を始める一同。首から下げていたプラカードは外し、ロゼが『チューリップ4号よ、安らかに』と書き直した上でチューリップ4号に立てかけられた。数グループに分かれてあまり離れすぎないように探索をしていたところ、何かを発見したチルディが声を上げる。

 

「あちらに建物のような物がありますわ!」

「えっ、本当!?」

 

 その声に集まり、一同はそちらの方向に向かう。近づいて見れば、確かに建物であった。入り口の上には像が奉られており、明らかに人の手によって造られたものだ。真知子が入り口を見ながら口を開く。

 

「地下への入り口みたいね……」

「凄い……こんなものがあるだなんて……」

「きっとイラーピュには文明があったのね。なんだか興奮しちゃうわ」

「ダ・ゲイル呼び出した方がいい?」

「そういう興奮じゃありません!」

 

 空中都市の文明を発見したことに興奮してくるマリアだったが、ロゼのぶっ飛んだ提案に激しく突っ込みを入れる。そんな中、アレキサンダーとリックが真剣な表情で建物の入り口を見ていた。

 

「……いるな」

「ええ、モンスターの気配がします」

「ごくり」

「ロゼさん、口で言っても緊張感が無いですよ」

 

 身を引き締める一同。やはり、一度の戦闘もなく平和に地上に降りられるという事はなさそうだ。そのまま一同は建物への入り口に入っていく。それは食料コアへの入り口。ヘルマン軍が迫っているともしらずに、マリアたちは食料コアの奥へと進んでいくのだった。

 

 

 

-イラーピュ 建築物側-

 

「到着。これがイラーピュか……」

「あまり乗り心地はよくなかったのぅ。腰が痛いわい」

「カバッハーン様……腰をお擦りましょうか……?」

「おお、すまんのうウスピラ」

 

 リーザス救助隊とほぼ時を同じくして、ゼス調査隊もイラーピュへ到着していた。シャイラとネイが目を輝かせている。

 

「これが空中都市かー!」

「いい思い出になりそうね、シャイラ」

「観光気分じゃの、お主ら。性根を叩き直してやろうかのぅ?」

「「ぎゃぁぁぁ、来るな雷ジジイ!」」

「ぐぅ……ぐぅ……」

 

 カバッハーンがシャイラとネイをいじって楽しんでいる。どうにも二人の反応の良さがお気に入りのようだ。高齢だというのに、元気なものである。その様子をサイアスが眺めていると、キューティとセルが茂みの方から駆けてくる。

 

「飛行艇を茂みに隠し終えました。もし見つかってとしても、魔力を注がなければ動きませんし、安全かと」

「ゼスにあんな凄い装置があったとは……驚きです」

「一応機密事項なんで、心の内に仕舞っておいてください。それに、あれはゼスで開発されたものではありませんよ」

「砂漠の塔から発掘された古代の遺産です」

 

 飛行艇に万が一の事があっては脱出出来ないため、キューティとセルが茂みに隠してきていたのだ。セルの疑問にサイアスとキューティが答える。飛行艇の見つかった場所、砂漠のガーディアン調査に参加した二人だ。それを聞いたセルは更に驚く。

 

「古代にあのようなものが……」

「ええ……一体誰が作ったのやら。さて、出発しますかね」

「あそこに入り口があるぞ」

 

 ナギが指差す方向には、確かに建造物のようなものがあった。近づいて見ると、それはどうも地下へと繋がっているようだ。側にあった看板は汚れていて読めなかったが、サイアスが手で拭うと何とか読めるようになる。

 

「食料コア……」

「食べ物……」

「セスナさん、いつの間に起きたんですか!?」

 

 それまで寝ていたセスナが急に起き上がり、キューティが驚く。それを見ながらサイアスは苦笑する。

 

「ふっ……何百年前の建造物だ。まともな食料があればいいがな」

「じゃが、当時の暮らしを知るにはもってこいの場所じゃな」

「食文化というのは……貴重な資料……」

「では、ここから調査開始と行くか」

 

 サイアスがそう言って建造物に入っていこうとするが、すぐにその歩みを止めて真剣な表情になる。次いでカバッハーン、ウスピラ、ナギも真剣な表情になり、キューティが不思議そうに問いかける。

 

「どうかされましたか……?」

「……感じるな」

「いる……」

「モンスターの気配……」

「セスナだったか? お前も判るのか?」

 

 サイアス、ウスピラに続き、セスナも発言した事にナギが興味深そうな表情を向ける。てっきり気が付いていたのは自分たち四人だけだと思っていたのだ。その問いにセスナは変わらぬ口調で答える。

 

「なんか……ぞわぞわっとする……」

「ふむ、あちらの二人より到底使えそうじゃな。キューティは警備隊の仕事ばかりでモンスターとの実戦経験は少ないようじゃの。この感覚、覚えておくといいぞい」

「は、はい! カバッハーン様」

 

 カバッハーンが丁寧にキューティにモンスターの気配を教え込む。そんな中、セスナに対しての評価を聞いてシャイラとネイが声を荒げる。

 

「何だと、このジジイ! あたしたちが弱いとでもいうのか!」

「聞き捨てならないわ!」

「では、お主らは気配を感じ取れたかの?」

「ももも、もちろん! リスときゃんきゃんが秋の木陰でどんじゃらほい!」

「よくもまぁピンポイントで弱小モンスターの気配を……」

「それを感じ取れたら逆に凄いぞ」

「出任せ言うならもう少し信憑性のあるものにするんだな」

「不正解……」

 

 必死に取り繕うシャイラとネイだったが、四天王と四将軍の四人から即座に突っ込みを受ける。そんなに弱いモンスターの気配など、サイアスたちでも感じ取るのは難しいというのに。

 

「さて鬼が出るか蛇が出るか……」

 

 前衛陣、主にシャイラとネイが頼りないため、キューティとサイアスを先頭にしてゼス調査隊も食料コアを潜っていく。イラーピュ調査のため、そして、仲間の捜索のため。各々の理由から、三大国が食料コアへと集まっていた。

 

 

 

-食料コア 地下一階-

 

「人工的な地下迷宮ね」

「となると、やはりイラーピュには文明が?」

 

 迷宮を進みながらそんな話をする一行。中には水路が流れており、所々に通路を行き来する為の橋が掛けられていた。水路を挟んだ向こうではかかしが畑を耕している。間違いなく、この場所には文明が栄えていた。畑を耕しているかかしを見ながら志津香が小さく呟く。

 

「あれ、魔農民だわ……」

「魔農民?」

「魔法で動くかかしの事。半永久的に食料を作り続けるわ。結構高度な魔法のはずだけど……」

「それじゃあ、魔農民を作り出すほどの魔法使いがこの地に?」

 

 レイラがそう問いかける。もし強力な魔法使いが存在し、その人物が敵であるのならば非常に厄介だからだ。その問いに、志津香は難しい顔をしながら答える。

 

「単純な術式で数百年は動くものだから、一概にそうとは言えないけどね……」

「そのようね。あの畑は一日、二日で出来るものじゃないわ」

「一体誰が……何の為に畑を……?」

 

 ロゼの言うように、この立派な畑は昨日、今日出来たものではない。魔農民を作り出した魔法使いはとっくに死んでいる可能性だってあるのだ。真知子がこれだけ巨大な畑を何に使っていたのか疑問を抱く。空中都市には立派すぎる畑なのだ。かつて聖魔教団の拠点であったイラーピュ。そんな事を知らない一行は、調査すればするほどこの地の謎が深まるばかりであった。

 

 

 

-食料コア 地下二階-

 

「うむ、確かにあの人数をまともに相手にするのは得策ではないな。わたくしもそう考えていたところだ。ケヒャケヒャ」

「で、どうするつもりだ?」

 

 内心嘘をつけと悪態をつきながら、ヒューバートがビッチに問いかける。食料コアへとやってきたヘルマン調査隊は、リーザスの面々を待ち伏せしていたのだ。ヒューバートの問いかけに、ビッチは自信満々に水路を指差しながら答える。

 

「奴らの主力と思われる前衛の騎士と格闘家共を水路に叩き落としてやれば、こちらが勝ったも同然」

「よくもまあ、そんな汚い手が思い浮かぶもので……」

「これが戦略だ。ケヒャケヒャ! さあ、身を隠すぞ。この水路に奴らが近づいてきたら叩き落とすのだ!」

 

 

 

-食料コア 地下一階-

 

「雷帝殿、そちらは何かありましたかな?」

「特に変わったものはないのぅ」

 

 ゼス調査隊は食料コアにあった一室を調べていた。かかしが置かれていたり、肥料が置かれている他の部屋と違い、この部屋だけはまるで研究室のようである。その為念入りに調査していたのだが、特に何も見つからない。

 

「ん? これは……」

 

 そのとき、壁に貼られていた一枚の写真がサイアスの目に飛び込んでくる。手に取ってみると、あどけない顔の少女がこちらにピースサインを取っている写真だ。服装から見て、少女は高貴な家柄のようだ。写真には少女の名前がペンで書かれていた。

 

「ミスリー・ソウ・カレン。将来が楽しみな美少女だな……」

 

 くるりと写真を裏返すサイアス。そこには『GI551』と書かれていた。

 

「500年以上も前か……残念だな、出会いたかったものだが」

「サイアス様。特に何も無いので、下の階の調査に行こうとカバッハーン様が……」

「ああ、すまない。今行くよ」

 

 部屋を覗き込みながらそう告げるキューティ。気が付けば、部屋の中には誰もいなくなっていた。写真を壁に戻し、部屋から出て行こうとするサイアス。その時、地面に落ちていたものが微かに魔力を放っている事に気が付き、それを手に取る。

 

「鏡……?」

「サイアス様、どうかされましたか?」

「いや……」

 

 その鏡の破片を懐にしまいながら、サイアスは他のメンバーと合流する。何故かシャイラとネイは焼き芋を食べていた。

 

「……それは?」

「あそこの畑で栽培されていた」

「いやー、やっぱり焼き芋は美味しいわね。キューティさんとウスピラさんとアスマさんもどう?」

「今は職務中で……」

「貰う……」

「そうですね! 焼き芋は美味しいですからね! 私も貰います!」

 

 暢気な二人にキューティは苦言を呈そうとしたが、ウスピラが焼き芋を受け取ったのを見て即座に意見を翻す。まだまだ出世への道は諦めていない。

 

「はい、セルさん」

「ありがとうございます」

「ほっほっほ。娘っ子は焼き芋が好きじゃのぅ」

「もぐ……もぐ……」

 

 セルとセスナも焼き芋を受け取り、それを見ながらカバッハーンが笑う。次いでナギに焼き芋を手渡そうとするネイ。

 

「はい、アスマさん」

「……人の気配だ」

「えっ?」

 

 焼き芋に見向きもせず、ナギは下の階に繋がる階段の方を見ている。全員がそちらに視線を向ける中、いち早く気配を感じ取っていたナギは言葉を続ける。

 

「誰か……いや、集団だな。いるぞ」

 

 

 

-食料コア 地下二階-

 

「魔農民が言うには、この辺に地下三階へ行くための鍵が隠されているんですって?」

「ええ、水路にかかる橋の側の赤レンガの中ですって」

 

 マリアたちは地下二階の探索を続けており、今は水路の前に集結していた。地下三階へ行くためには鍵が必要であり、それがこの近くに隠されているというのだ。橋の側、水路に落ちそうな位置に赤レンガが見える。

 

「ねぇ、あれじゃない?」

「なるほど、確かに赤いですかねー」

「水路に落ちそうな位置ね……」

「危険ですね。自分が取らせて頂きます」

「気をつけてね、リック」

 

 女性陣に任せる訳にはいかないため、リックは水路に落ちそうなギリギリの位置にしゃがみ込み、赤レンガへと手を伸ばす。それをハラハラした様子で見ている一行。その為周囲への警戒がおろそかになり、後方から全力で駆けてくるヘルマン調査隊に気が付けずにいた。

 

「うおぉぉぉぉぉ!」

「悪いな!」

「うぉっ!」

「きゃぁぁぁ!」

「うわっ!」

「ぬっ!」

 

 後方から突進してきたヒューバートとデンズに押され、リック、レイラ、メナド、アレキサンダーの四名が水路に落とされてしまう。驚いて振り返るマリアたち。

 

「だ、誰!?」

「ケヒャケヒャ! リーザスのクソ共、わたくしはヘルマン評議委員ビッチ・ゴルチ」

「ヘルマン!?」

「なんでこんな所に……」

 

 突如現れたヘルマン軍に驚愕の表情を浮かべるマリアたち。目の前に立っているのは四人だが、リックたちを水路へ叩き落とした二人は明らかに強い。それに対しこちらは九人いるものの、真知子、香澄、ジュリアは戦力外。戦えるのはかなみ、チルディ、トマトの前衛三人と、志津香、マリア、ロゼの後衛三人。エース級の四人がピンポイントで水路に落とされてしまったのだ。果たして、こんな状態で勝てるのか。卑怯な手段にかなみが声を荒げる。

 

「卑怯者!」

「ケヒャケヒャ! 戦いは勝つ事が一番大事なのだ。あの四人がいなければ、貴様らなど烏合の衆」

「舐めないでいただきたいですわね……ふっ!」

 

 チルディが先手必勝とばかりにケタケタと笑うビッチに攻撃を仕掛ける。よーいどん、で始まる実戦など有り得ない。あちらが臨戦態勢に入る前に、少なくとも一人仕留めるつもりでいたのだ。だが、その攻撃はヒューバートの剣に阻まれる。

 

「良い動きだ。即座に殺しに掛かるその判断も嫌いじゃねぇ」

「(速い……でも!)」

 

 ヒューバートがいつ剣を抜いていたのか判らなかったチルディだが、そこで怖じ気づく彼女ではない。すぐさまヒューバートに狙いを変え、再度攻撃を仕掛けようとする。だが、チルディが剣を動かそうとした時には、自身の首筋に剣が向けられていた。

 

「止めときな……死ぬぜ?」

「そんな……」

「強いわ、あの男……」

「火爆……」

「うぉぉぉぉぉ!」

「っ!?」

 

 志津香が魔法を唱えようとした瞬間、デンズが全速力で突進してくる。かなみが即座にくないを投げ、それは確かにデンズに命中する。だが、そんな攻撃お構いなしとばかりにデンズは突進を止めず、志津香が直撃を食らって吹き飛ばされる。

 

「志津香!」

「くっ……大丈夫……」

「無理するんじゃないわ、ヒーリング」

「ケヒャケヒャ! さあ、リーザスのクソ共を八つ裂きにしなさい!」

 

 何とか水路に落ちずに済んだ志津香だったが、強烈な突進を受け口元から血を流す。どうやら唇が切れたようだ。ついでに体のあちこちも痛む。ロゼがすぐにヒーリングを掛けてくれるが、状況は明らかに悪い。対して圧倒的に有利な状況にビッチがケタケタと笑い、志津香たちを仕留めるよう指示を出す。それを聞いたヒューバートは一度ため息をつき、剣を向けていたチルディに向かって静かに、そして冷酷に言い放つ。

 

「悪いな嬢ちゃん……」

「くっ……」

「まずい!」

「チルディちゃ……はぅぅ……」

「じゃ、邪魔はさせない」

 

 助けに入ろうとしたかなみとトマトだったが、二人の前にはデンズが立ちふさがっており、その上巨大な斧を二人目がけて振り下ろそうとしていた。かなみが息を呑む。自分だけなら避けられるかもしれないが、反応の遅れたトマトは危ない。奥ではチルディに向かってヒューバートが剣を振ろうとしている。万事休す。振り下ろされる斧にトマトが目を閉じる。

 

「っ!?」

「ファイヤーレーザー!!」

「なにっ!?」

「う、うおっ!」

 

 瞬間、ヒューバートとチルディの間を通り、デンズとトマトの間に割って入る形で強烈な炎光線が通り過ぎる。突然の攻撃にたじろぎ、後方に身を退くヒューバートとデンズ。想定外の援護に志津香たちも驚き、すぐに魔法が放たれた方向を見る。そこには、五人の魔法使いが立っていた。

 

「とりあえず、美女のピンチだったから救ってみたが……判断は正しかったかな?」

「アスマ様の仰る通りだ。何故こんなところに人間が……?」

 

 サイアスが飄々と口を開き、キューティが驚いた表情でヘルマン調査隊とリーザス救助隊を交互に見る。まさか空中都市にこれだけの数の人間がおり、その上人間同士で争っているとは思っていなかった。後ろに立っていたカバッハーンがビッチを見ながら口を開く。

 

「あれはヘルマン評議委員のビッチじゃの。覚えがある」

「ら、雷帝カバッハーン!?」

「とんだ大物じゃないか……小物のこいつと違ってな……」

 

 カバッハーンを見たビッチが声を上げる。知らぬはずがない。ゼスにその人ありと言われている高名な魔法使いなのだ。その知名度は、リーザス総大将バレス、赤い死神リック、人類最強トーマ、ヘルマンの大黒柱レリューコフといった面々に並び立つ存在だ。まさかの大物登場にヒューバートが剣を構え直す。

 

「こちらはリーザス親衛隊……金色の鎧なんて他にない……」

「写真で見た事がありますわ……この二人、氷の将軍ウスピラと炎の将軍サイアスですわ……」

 

 ウスピラがチルディの鎧でリーザス軍だと判断し、対するチルディも自身の記憶からウスピラとサイアスの名前を引っ張り出す。真知子が小型コンピュータで即座に調べたところ、目の前の三人と同じ顔をした写真の画像が出てくる。その横には、四将軍の文字。

 

「三人とも間違いなく本物よ。今コンピュータで確認したわ……」

「どうなっているのよ……」

 

 目まぐるしく動く事態をすぐに飲み込めず、マリアが困惑しながら声を漏らす。そんな中、ナギが一歩前に出ながら口を開く。

 

「つまりはだ……」

 

 両手に魔力を込め、その手をゆっくりと広げながら嬉々とした表情で口を開く。

 

「どちらも敵という事だな!」

「やるしかないわね……」

「下がっていろ、ビッチ、メリム! 邪魔だ!」

 

 一斉に臨戦態勢に入る強者たち。三大国の精鋭がここに集結し、決戦の火蓋が切って落とされた。

 

「行かなくていいのでしょうか……?」

「私たちは置いていかれた……」

「とてもじゃないが参加出来るレベルではない……」

「傭兵としてそれはどうなのかと……」

「もぐ……もぐ……食べ終わったら本気を出す……」

 

 少し離れた位置では、セルたちがここで待っているように指示されていた。リーザス救助隊との繋がりのあるセルが置いていかれ、本来必要のない戦闘が始まってしまう。そのような事態になっているとは知らないセルは、ただただサイアスたちの無事を祈るのみであった。

 

 




[人物]
サイアス・クラウン (4)
LV 37/41
技能 魔法LV2
 ゼス調査隊メンバー。炎の四将軍であり、ルークの旧友。行方不明になったルークを助け出すため今回の調査を発案する。

ウスピラ・真冬
LV 29/32
技能 魔法LV2
 ゼス調査隊メンバー。四将軍の一人にして氷の魔法団団長。冷静沈着で無口な性格。一見冷たい性格と誤解されがちだが、他の四将軍との仲は良好。大陸でも屈指の氷系魔法使いである。

カバッハーン・ザ・ライトニング (4)
LV 40/46
技能 魔法LV2
 ゼス調査隊メンバー。四将軍の一人にして雷の魔法団団長。ゼスでもトップクラスに知名度のある人物であり、その知名度に恥じぬ実力者。貴重な空中都市調査にかなり張り切っている。

ナギ・ス・ラガール
LV 63/70
技能 魔法LV2
 ゼス調査隊メンバー。ゼス四天王。公の場に殆ど姿を現さないが、その実力はゼスでもトップクラス。父の方針で名前と役職を隠すよう命じられており、今回の調査では『アスマ』という名を名乗っている。

キューティ・バンド (4)
LV 25/28
技能 魔法LV1
 ゼス調査隊メンバー。ゼス治安部隊隊長にして、サイアスと共に調査隊発足に尽力をした人物。ルーク救出のため、相棒のライトくんとレフトくんを伴いメンバー入り。他の前衛がいまいち信用ならないため、自分が頑張らねばと意気込んでいる。

セル・カーチゴルフ (4)
LV 22/44
技能 神魔法LV1
 ゼス調査隊メンバー。仕事でリーザス救助隊のメンバー決めじゃんけんに参加出来なかったが、棚からぼた餅でゼスのメンバー入りを決める。ゼス勢唯一のヒーラー。

シャイラ・レス (4)
LV 5/25
技能 剣戦闘LV1 シーフLV1
 ゼス調査隊メンバー。ルークとランスへの恨みも持ちつつ、最近ではネイと飲み歩きの日々。旅費が無くなったため、メンバー入り。以前よりレベルが下がっている辺り、やる気を感じられない。

ネイ・ウーロン (4)
LV 7/27
技能 シーフLV1
 ゼス調査隊メンバー。シャイラと共にスチャラカ飲み歩きの日々。一応恨みはまだ持っているが、徐々に薄れてはきている。

セスナ・ベンビール
LV 10/18
技能 槌戦闘LV1
 ゼス調査隊メンバー。フリーの傭兵であり、出稼ぎの為にメンバー入り。元は一級市民の家の娘であったが、幼い頃にいとこのスリープの呪文が失敗し、いつでもどこでも寝てしまう体質に。そのため両親に見捨てられ、今は一人で生活している。


[その他]
チューリップ4号
 マリアが作り出した飛行艇。リーザスから支援を受けたため2機も完成させる事が出来たが、自身の暴走運転により大破する。

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