-リーザス城 中庭-
「それじゃあ、ダーリンを絶対に見つけてきてね。手ぶらで帰ったら許さないんだから」
「かなみ、他の皆様と力を合わせてランス様たちを必ず救出してくるように」
「お任せください、リア様、マリス様」
チューリップ4号の前でリアとマリスがかなみに激励を送る。救助隊の面々は、今正に出発しようとしているところだった。自由都市連合軍の面々は既に中庭に揃っており、対してリーザス陣営はかなみ一人。今は他のリーザス陣営の出発準備が終わるのを待っているところだ。
「これが……これが勝利のチョキです! ビクトリー!」
「はいはい。嬉しいのは判ったから、あんまりはしゃがないの」
トマトが右腕を高々と掲げてピースサインをする。以前リーザス解放戦の際には、じゃんけん勝負に敗れてランスと同行する事になったトマト。リベンジ成功がよっぽど嬉しかったらしい。それを呆れた様子で眺めるロゼ。彼女も救助隊の一人だ。
「マリア、志津香、俺の分も頑張ってきてくれよな。真知子も気をつけてな」
「うう……ミルも行きたかった……」
「ありがとう、ミリ」
「ま、適当に頑張ってくるわ」
「ふふ、ミルちゃん。必ずランスさんたちは見つけてくるから、安心して待っていてね」
留守番組のミリとミルも見送りに来ていた。マリアと志津香がしっかりと返事をし、真知子がミルの頭を撫でる。彼女も姉という立場、妹の面倒を見るのは慣れているのだろう。ミリが香澄にも激励を飛ばす。
「それと、香澄も気をつけるんだよ」
「ありがとうございます。でも、私は戦闘要員では……」
「あ、そうだった。はい、香澄」
2号機の調整をしていた香澄がミリに返事をすると、突然何かを思い出したかのようにマリアが声を出し、香澄にあるものを手渡してきた。ドス、という嫌な音と重量感。恐る恐る手渡された物に香澄が視線を落とすと、それはチューリップ1号。
「あ……あの、これは……?」
「いやー、何があるか判らないでしょ? 大丈夫、護身用に持っていればいいだけだから」
「ご、護身用……ですか……」
「勿論! でも、いざという時は期待しているわよ!」
「ひぇぇぇぇ……」
手渡されたチューリップ1号にあたふたとする香澄。まさか自分が武器を持って戦う日が来ようとは思ってもいなかったのだ。護身用だとマリアは言うが、何故かそれだけでは終わりそうにない予感がしていた。
「何気に、マリアさんってああいう事するわよね……」
「あの子、時々周りが見えなくなるから……助手の香澄は結構被害被っていると思うわ」
その様子を見ていた真知子と志津香がこそこそと小声で話す。常識人ポジションと勘違いしている人も多いが、マリアは割とトラブルメーカー側である。そして、その場所から少し離れた位置ではアレキサンダーが瞑想をしていた。
「…………」
「よぉ、瞑想中かい?」
「……ルイス殿」
声を掛けられたアレキサンダーが目を開けてそちらに視線を向けると、そこに立っていたのはルイスであった。彼はじゃんけん勝負に負け、今回の調査隊メンバーからは外れている。
「話し掛けない方が良かったかぃ?」
「いえ、問題ありません。ルイス殿は今日も傭兵の仕事を休まれてこちらに?」
「ま、見送りくらいわな。残念だぜ、一緒に行けないなんてよぉ」
「申し訳ありません……」
「謝んなよ。おめぇの実力は知ってるし、他の嬢ちゃんたちも十分戦力になるんだろ?」
「はい。皆、手練ればかりです」
「……ルークの旦那を頼んだぜ!」
「勿論です!」
軽く右拳を合わせるアレキサンダーとルイス。その会話が耳に入ってきていた真知子が口を抑えながら一人考え込む。心なしか頬が赤い。
「(やっぱりあの二人ルークさんの事が……いえ、そんなはずは……ああ、でも……)」
「どうかしたの、真知子さん」
「ふふっ、何でもないわ」
マリアの質問に極めて冷静に答える真知子だったが、その頭の中はとてつもない事になっていた。腐ってやがる、遅すぎたんだ。そうこうしていると、リーザス側の人員が準備を終えて中庭にやってくる。
「お待たせしました」
「かなみ、一緒に行けるなんて嬉しいよ」
まず歩いてきたのはリックとメナド。各色の将軍が救助隊に志願したが、最終的にはリーザス最強の軍である赤の軍を向かわすとリアが決定し、救助隊には赤の軍とリアが自由に動かせる部隊である親衛隊からメンバーが選ばれる事となったのだ。隊長、副隊長自らの参戦にマリスは若干頭を抱えたが、リアが乗り気なのでは仕方がない。
「一緒にルークさんを助け出そうね、メナド!」
「うん!」
「リーザス軍最強のリックさんも一緒だなんて、心強いです!」
「いえ、自分などまだまだですよ。こちらこそ、よろしくお願いします」
マリスには申し訳無いが、マリアたちからしてみればこれ程ありがたい協力者はいない。リックとメナドの実力はリーザス解放戦の折に重々承知している。特にリックは、あの魔王ジルに一撃を与えた数少ない人物の一人なのだ。リックとマリアが握手をしていると、その後ろから親衛隊の三人が歩いてくる。先頭に立っているのはこれまた見知った顔。親衛隊隊長、レイラだ。
「レイラさんもよろしくお願いしますね」
「よろしく。精一杯頑張らせて貰うわ」
「後ろの方たちは今回のメンバーの方ですか?」
「ええ、一応は……」
「きゃはははは! ジュリアちゃんでーす!」
真知子の問いかけに、レイラの後ろに控えていた赤茶色の髪の親衛隊隊員が突然笑い出す。その反応に思わず呆けたような顔になる真知子。
「ジュリア。頑張って来てね」
「はーい!」
リアに声を掛けられたジュリアはそちらに駆けていき、そのまま仲良さそうにリアと会話を始める。そのジュリアを訝しげに見ながら、志津香がレイラに問いかける。
「あの子は使えるの……?」
「その……リア様と仲が良くて、ただそれだけの理由で今回推薦された子なの。戦力としては、あまり期待しないで……」
「はぁ……」
「あ、その代わりと言ってはあれだけど、この子は十分戦力になるから安心して」
まさかの人選に思わずため息をつく志津香。それを見たレイラは慌てて取り繕うようにしながら、もう一人の親衛隊隊員を前に出す。志津香とマリアの視線を受けながら、その親衛隊隊員はスカートの端を摘みながら丁寧に頭を下げる。
「親衛隊隊員、チルディと申します。短い間ですけれど、どうぞよろしくお願いしますわ」
「あら? 貴女はゲリラ軍の……」
「お久しぶりです、志津香様、マリア様。どこまでお役に立てるかは判りませんが、不肖このチルディ。出来る限りの尽力はさせていただきますわ」
「……あっちの娘とは偉い違いね」
「今年入隊してきた娘ではピカ一よ。実戦経験を積ませようと思って選出したの」
チルディの強さは既に親衛隊の主戦力にも迫るものがあり、正しく期待のホープであった。解放戦の際にマリアたちと顔見知りであった事も考慮し、レイラがメンバーに推薦したのだ。志津香とレイラが話しているのを聞きながら、チルディがリアとリックの方を見る。
「(ふふ……浮遊都市探索なんかに興味はないけれど、リック様の剣技を間近で見る良いチャンスですわ。それに、この救助に成功すればルーク様とリア様、両方に名前を覚えて貰えますわ……これはわたくしがレイラから隊長の座を奪う日も近そうですわね)」
くっくっく、と内心で色々な思惑を考えながらほくそ笑むチルディ。その表情を遠目に見ていたロゼがニヤリと笑う。
「(あらら、随分と野心の強そうな娘ね……)」
ポーン、と鏡でお手玉をしながらチルディの野心を一発で見破るロゼ。そんなこんなで出発が迫る。1号機には自由都市連合として、マリア、志津香、トマト、真知子、ロゼ、アレキサンダーの6人が乗り込む事になっている。2号機にはリーザス軍選抜として、香澄、かなみ、リック、メナド、レイラ、ジュリア、チルディの7人が乗り込む手筈だ。乗り込む直前、リックとアレキサンダーの目が合う。
「……リック殿、また腕を上げられましたな」
「アレキサンダー殿も随分と……共に頑張りましょう」
「ええ。それと、救助が終わったらお手合わせ願えますか?」
「望むところです」
共にジル戦ではブレス後に立ち上がる事の出来た強者同士。紛れもなく、この二人が救助隊のエースだ。静かに笑い合いながら、互いの飛行艇に乗り込む。全員がそれぞれの飛行艇に乗り込んだのを確認し、マリアが声を上げる。
「さぁ、出発するわ! 待ってなさいよ、ランス、シィルちゃん、ルークさん!」
「2号機、いつでもいけます!」
「よーし、発進!!」
マリアの掛け声と共に飛行艇がイラーピュに向けて飛び上がる。見送り人の声を背中に聞きながら、リーザス救助隊はこうしてイラーピュに向けて出発したのだった。
-ゼス 王者の城-
王者の塔の外周にある庭。そこにはアトラスハニーから発見された飛行艇が置かれていた。それを眺めているのは、二人の将軍。
「これが、本当に動くの……?」
「ま、テスト飛行もしてみたみたいだし、動くのは確実みたいだぜ」
一人は今回の発案者であり、調査隊リーダーでもあるサイアス。その彼と話しているのは、氷の将軍、ウスピラ・真冬だ。
「それよりも、無理言ってついてきて貰う事になって悪かったな」
「別にいい……」
「これを機にあんたとの仲も発展してくれるとありがたいんだがな」
「それはない……」
「相変わらずなこって……」
「ふっ……お主も相変わらずじゃがな……」
そんな事を話しているサイアスの前に、緑色のローブを着た老人と金髪の美女がやってくる。雷の将軍、カバッハーン・ザ・ライトニングと、四天王のナギ・ス・ラガールだ。カバッハーンとは学生時代から交流があり、サイアスにとっては未だに頭の上がらない人物だ。深々とカバッハーンに頭を下げる。
「雷帝も協力して貰って申し訳ありません」
「構わんよ。むしろ、誘わなかったらお主に雷を落としているところじゃ」
「これは手厳しい……しかもそれ、比喩表現じゃない辺りが恐ろしいですね……」
「当然じゃ」
間違いなく本物の雷が落ちていただろうなと冷や汗を掻くサイアスに、ニヤリと笑いかけるカバッハーン。人選を間違えなくて本当に良かったと安堵していると、カバッハーンが言葉を続ける。
「それに聞いたぞ。本当の目的は人捜しなんじゃろ? それも、10年近く前に一緒に戦ったあのルークの小僧なんじゃって? もう少し早く行ってくれれば、ビルナスの奴にも声を掛けたというのに……」
「雷帝、その事は……」
ルークの事も知っているカバッハーンが嬉しそうに口にするが、サイアスは眉をひそめる。名目上はイラーピュの調査となっており、ルークの救出は極秘事項なのだ。
「なーに、余計な連中には喋っとりゃせんよ。このメンバーくらいには言っておいても大丈夫じゃろ」
「ルーク……? 知り合い?」
「あ、ああ。行方不明になっていた俺の旧友だ。イラーピュにいる事が判ってな……」
少しだけばつの悪そうに返事をするサイアス。本当の理由を隠して連れ出したのだ。言ってしまえば、騙した形になる。だが、ウスピラはいつもと変わらぬ口調で言葉を発する。
「それなら……早く救出してあげないと……」
「……スマン、恩に着る」
「さて、あの小僧がどれ程強くなっておるか楽しみじゃわい」
ニヤリと笑うカバッハーン。かつて共にモンスターを討伐した事のあるルークの成長が楽しみなのだろう。結果として騙していたにも関わらずルーク救出にすぐに納得してくれたウスピラに感謝しつつ、カバッハーンの後ろに立っているナギに頭を下げるサイアス。
「アスマ様もよろしくお願いします」
「ああ」
「ふむ、しかし凄い魔法じゃの。本当にアスマ様の事をアスマ様としか呼べんわい。おっと、これじゃ訳が判らんの。はっはっは」
「ユニークな魔法……」
「お父様の開発した偉大な魔法だからな」
そんなやりとりをしているのを横目で見ながら、サイアスが顎に手を当てる。カバッハーンの言うように、ナギの事をアスマとしか呼ぶ事が出来ない。いや、この魔法の真に恐ろしいのはそれだけではない。筆談などの手段を使っても、全てアスマとなってしまうのだ。暗号で伝える事も実験してみたが、結果は同じ。ナギと伝えようとしたはずが、全てアスマとなってしまう。
「(それ程までして何故名前を隠す……調査を急がなければ……)」
「大変お待たせしました! キューティ・バンド、雇った傭兵を連れて来ました」
「おぉ、警備隊長のお嬢ちゃんも一緒か。聞いておるぞ、最近頑張っておるようじゃの」
「あ、ありがとうございます! まさかカバッハーン様に顔を覚えていただけているとは……」
やってきたキューティが深々と頭を下げる。厳選された傭兵部隊との顔合わせはこれが初めて。カバッハーンが嬉しそうな声で言葉を続ける。
「ふむ、多くの志願者の中から厳選された傭兵か。どのような強者がやってくるのかのぅ……」
「おう、そうだ。キューティ、一体どんな人材を選んだんだ?」
「楽しみ……」
「強い相手ならば手合わせして貰うのもいいか。強くなればお父様が喜ぶしな」
サイアスたちの言葉を聞き、ピシッとキューティが石化する。四天王と四将軍がこれ程までに期待しているのだ、あの面子を。ダラダラと汗を掻き、ギギギ、と首をゆっくりと動かして言いにくそうに口を開く。
「あ……あのですね……その件なのですが……」
「ん?」
「「はっはっは!」」
キューティが言い訳をしようとした瞬間、突如中庭に笑い声が響き渡った。再び石化してしまったキューティをよそに、四人はその声が聞こえてきた方に視線を向ける。その目に飛び込んできたのは、掛け声と共に跳び上がる二つの影。華麗に四人の前に着地したかと思うと、高らかに宣言をしてきた。
「愛の戦士、シャイラ・レス!」
「勇気の戦士、ネイ・ウーロン!」
「「我ら二人に前衛はお任せを!」」
「……雷撃」
「「ぎゃぁぁぁぁ!」」
カバッハーンがノーモーションで雷撃を二人に放つ。悲鳴を上げながらギリギリその攻撃を躱すシャイラとネイ。
「おお、避けるのはそれなりに得意みたいじゃの」
「な、な、な、何すんだこのジジイ!」
「殺す気ですか!?」
「んっ!?」
「「すいませんでしたぁぁぁ!!」」
必死に抗議をする二人だったが、カバッハーンの一睨みですぐさま土下座の体勢になる。あまりにも酷いその様相に、サイアスが呆れたような顔をしながらキューティに問いかける。
「……あれが厳選した人材か?」
「チェンジ……」
「見るからに弱そうだぞ」
「あの……アニス様がメンバーになるという噂が流れてしまったらしく、碌に人が集まらなかったんです。それでやむなく……」
キューティの言葉を聞いたサイアスは頭を抱える。まさかメンバーに入らなくてもこのように迷惑をかけられるとは。歩く災厄とはよく言ったものである。
「おかしいな……あれって、掴みとしては文句なしの挨拶なんだろ?」
「ええ、以前バードという冒険者仲間に教わった由緒ある自己紹介のはずなんだけど……」
ぶつぶつと話し込むシャイラとネイ。戦力としては到底期待出来なそうだ。そこへ、一人のシスターが歩いてくる。彼女が三人目の傭兵だろうか。いや、違う、彼女たちだ。神官の肩にはもう一人女性が寄り添っていた。
「セル・カーチゴルフと申します。この度はヒーラーとして調査隊に参加させていただく事になりました。未熟者ではありますが、よろしくお願いします」
ペコリと頭を下げてくる神官。彼女が学生の代わりにヒーラーとして調査隊に参加する女性のようだ。丁寧に挨拶をしてきたセルを見ながら、カバッハーンが口を開く。
「ふむ、こちらは問題なさそうじゃの。カバッハーンじゃ、よろしく頼む」
「サイアスだ。今度一緒にお茶でもどうかな?」
「ウスピラ……回復役は貴女だけだから、期待しています……」
「アスマだ」
一斉に自己紹介をされるセルだったが、飛び出てきた名前を聞いて目を見開く。それは、あまりにも有名な名前。
「わ、私の間違いでなければ、お三方は四将軍の方では……?」
「うむ、一応雷の将軍をしておる」
「炎の将軍だ。これ、俺の連絡先だ」
「氷の将軍……それ、捨てて良いから……」
「だ、大規模な調査なんですね……」
サイアスから連絡先の書かれた紙を受け取りながら、呆然と立ち尽くすセル。まさか三人も将軍クラスが出動するとは、一体どれ程の規模の調査なのか。浮ついた気持ちで志願した自分を心の中できつく戒めた後、唯一聞き覚えの無かったナギに視線を向ける。
「アスマさんもひょっとして凄い役職なんですか?」
「いや、私はただの一魔法兵だ」
「そうなんですか。よろしくお願いしますね」
「ああ」
セルに言った通り、ナギは一魔法兵としてこの調査隊に参加している。名前同様、彼女を四天王だと口に出す事は出来ない。それもサイアスは調査済みだ。あまりにも徹底している。
「それで、もう一人はその寝ている娘かの?」
「あ、はい! セスナさん、起きてください!」
「セスナさん……」
「……おおっ!」
出発直前の顔合わせだというのに、セルの肩に寄り添って寝ている少女をキューティとセルで起こす。鼻提灯が割れ、目を覚ました少女が寝ぼけ眼でサイアスたちを見てくる。
「……セスナ・ベンビール」
「それが君の名前かな?」
コクリと頷くセスナ。
「……働かなければ、食べていけない」
「なるほど……出稼ぎという訳かな?」
この問いかけにもコクリと頷くセスナ。サイアスがジッと彼女を見つめる。決して強くは無さそうだが、あちらの二人よりはマシだろうか。正直、強さの程がよく判らない。
「それで、君の実力なんだが……」
「……ぐぅ」
寝ていた。困ったように頭を掻くサイアス。これは中々に手強そうな相手だ。
「立ったまま寝ている……器用な娘……」
「サ、サイアス様たちの前で何て事を!」
「……失礼な娘だな」
「はぅっ!」
ナギの言葉がキューティにクリティカルヒットする。このセスナをメンバーに選んだのは自分。つまり、監督責任も全てキューティにある。ガラガラと出世の道が閉ざされた音を聞きながら、崩れ落ちるキューティ。
「サイアス様。もういつでも出発できますが……?」
「さて……これで一応メンバーが揃った訳だが……」
飛行艇を整備していた魔法使いからいつでも出発出来ますと声を掛けられるサイアス。それを受け、周囲のメンバーを見回す。
「セスナさん……もうすぐ出発みたいですよ……」
「ぐぅ……ぐぅ……」
「出世がぁぁぁ……私の出世がぁぁぁ……」
暢気な二人と頭を抱えて転げ回るキューティ。
「ほぉれ、出発前にワシが鍛えてやろう。避けきってみせよ」
「ぎゃぁぁぁ! このクソジジイ!」
「ちょっ、まっ、死ぬ! 感電死する!」
カバッハーンが楽しそうにシャイラとネイに向かって電撃を放っていた。必死に逃げ回るシャイラとネイ。
「なんと……ジャンケンには基本形の三つ以外にも手があるのか……」
「そうです、アスマ様……これが十三奥義の一つ『ジャッカル』……チョキの五倍の威力を誇ります……」
「これはお父様にも教えてさしあげなければ……」
いつの間にか仲良くなっているウスピラとナギがジャンケンについて語り合っている。
「まさか……俺が突っ込み役か……?」
少しだけ千鶴子の気持ちが判った気がしたサイアス。この少し後、リーザス組とほぼ時を同じくしてゼス組もイラーピュへと出発するのだった。
-リーザス城 チューリップ4号1号機-
「こちらマリア。香澄、聞こえていますか? どうぞ」
「こちら香澄。聞こえています、マリアさん。どうぞ」
「こちらリア。いいなぁ、やっぱりリアも行きたかったなぁ……」
リーザス上空に浮かぶ二機の飛行艇。リーザス城から出発したマリアたちだ。互いに連絡を取り合いながらイラーピュを目指し、リーザス城とも通信で連絡を取っている。初めの内はマリスが通信に出ていたが、いつの間にかリアが占領していた。
「絶対にダーリンを連れか……プッ……ピー……ガッ」
「リア様?」
「マリア、どうかしたの?」
通信機から機械音しかしなくなる。不穏当な高音に志津香が眉をひそめ、心配そうに問いかけてくる。
「魔法通信が途絶えたわ。この辺りは魔法結界が張られているみたい」
「ありゃー、困りましたですねー」
「ま、それだけイラーピュが近いって事でしょう」
「それにしても不思議なものね……これが本当に動くんですもの。凄い発明ね」
トマトがまるで困っているようには思えない口調で困っていると口にし、ロゼは暢気に空の旅を楽しんでいた。自由人の多い面々に不安を覚える志津香だったが、自分も割と自由人な事は棚に上げている。そんな中、真知子が不思議そうにしながらチューリップ4号の床を見る。一体どういう理論で飛んでいるというのか。
「うふふ、私の自信作だもの。さ、飛ばすわよ。ヒララエンジン最大出力!」
真知子の言葉に気をよくしたマリアが速度を上げる。それに呼応するように、ガタガタと音がして機体が揺れ始める。
「ちょっとマリア……す、少しゆっくり……」
「飛べ……飛べ……私のチューリップ! エンジン良好!」
「駄目です! 目が据わっていますですー!」
「マリア殿。少し冷静に……」
「面舵いっぱーい! 取り舵いっぱーい! あっ、見えてきたわ!」
マリアがそう声を上げるが、他のメンバーは揺れる機体に必死にしがみついていてそれどころではない。唯一ロゼだけが指示された方向を見て声を出す。
「あれがイラーピュ……」
雲を割った先に一つの島が宙に浮かんでいた。溢れる緑の大地と、何やら塔のようなものも見える。目の据わったマリアもその塔を視界に捉え、ニヤリと笑みを浮かべる。
「うふふ、どうやら人口の建物もあるのね。ワクワクしちゃう」
「マリア……いい加減速度を落として着陸を……」
「もう駄目です……トマトはリバースカードオープン目前です……うぷっ……」
「あと少しだから耐えて、トマトさん!」
気持ち悪そうにしているトマトを必死に励ます真知子。正直なところもう少し周りを旋回して調査をしたかったマリアだったが、流石にリバース寸前のトマトが可哀想なので着陸する事にする。
「そうね、それじゃあ一番高い塔の近くに着陸するわね……って、あれ?」
「なんか凄くイヤな言葉を聞いた気がするんだけど……」
マリアの呟いた一言をハッキリと耳にしたロゼが眉をひそめる。「あれ?」、ほど怖い一言もそうそう無い。後方に視線を向けると、黙々と機体から煙が上がっていた。
「煙が出てるわね」
「ちょっと、マリア!」
「だ、大丈夫! ちょっと調子が悪いみたいだけど、着陸くらいなら出来るから。面舵いっぱーい!」
額に汗を掻きながら必死に取り繕うマリア。勢いよくハンドルを回した瞬間、バキッという音が機内に響き渡る。
「あっ……ハンドルも壊れた……」
「マリアぁぁぁぁ!!」
「ああ、こりゃ死んだわ」
「達観しないでください、ロゼ殿!」
「ルークさん……もう貴方には会えないのかしら……」
「おぉぉぉぉ……トマトはもう限界ですぅぅ……」
1号機は火を吹きながら横へと逸れていく。
-リーザス城 チューリップ4号2号機-
「最初は不安だったけど、全然問題なかったわね」
「安全第一ですから」
レイラが爽やかな風を受けながらそう口を開くと、香澄がそれに答える。2号機はマリアのように無茶な速度は出さず、安全第一で運転していた。1号機の姿は雲に隠れて見えないが、こちらもイラーピュが見えてくる。
「あそこにルーク殿たちが……」
「待っていてください、ルークさん」
見えてきた空中都市にリックが決意を改め、かなみが自身の胸に手を当てて息を吐く。あの都市は未知なる場所。無事に済めばいいが、もしかしたらとんでもない大冒険が待ち受けているかも知れない。もしそうなった場合、自分はどれ程役に立てるのか。ルークたちが行方不明になってから更に鍛錬を積んできた。もしイラーピュが危険な場所であるのならば、その修行の成果を全て出す時だ。
「きゃはははは、1号機面白そう!」
「1号機?」
そのとき、ジュリアが急に笑い出した。メナドが首を傾げていると、チルディが震えた声で横の方向を指差す。
「あの……1号機が煙を出してこちらに近づいて来るんですけれど……」
「えっ!?」
「香澄さん、回避を!」
「駄目です、間に合いません!」
直後、1号機と2号機が激しく接触し、2号機からも煙が出始める。パニックになる2号機の乗組員。
「ひぃっ……」
「いやっ……まだルークさんに気持ちを伝えて……」
「あわわわわわわわ……」
「きゃははははは」
「この状況で笑えるなんて、どんな神経していますの!?」
「皆さん、落ち着いてください。自分に掴まって離れないように!」
「緊急着陸します!」
こうして両機は仲良くイラーピュへと落ちていく。両機はほぼ同じ位置に着陸し、奇跡的に全員無事だった。だが、マリアの頬は千切れるのではないかという勢いで志津香に引っ張られる事になるのだった。
[人物]
見当かなみ (4)
LV 33/40
技能 忍者LV1
リーザス救助隊メンバー。ルーク捜索に闘志を燃やしている。メナドと鍛錬を積み重ね、その実力はリーザスでも上位に位置するほどにまでなった。
マリア・カスタード (4)
LV 20/35
技能 新兵器匠LV2 魔法LV1
リーザス救助隊メンバー。チューリップ4号の開発に大忙しだったため、ジル討伐時よりもレベルは下がっている。墜落の原因を作った張本人。今は反省している。
魔想志津香 (4)
LV 31/56
技能 魔法LV2
リーザス救助隊メンバー。一人鍛錬に励んでいたため、かなみ同様しっかりとレベルは上がっている。マリアにお仕置きは済んだため、多少気は晴れた模様。
香澄 (4)
LV 4/24
技能 新兵器匠LV1
リーザス救助隊メンバー。マリアとはそれなりに打ち解けたため、先生ではなく、最近ではさんづけで呼んでいる。今回の被害者筆頭。
トマト・ピューレ (4)
LV 22/37
技能 剣戦闘LV0 幸運LV1
リーザス救助隊メンバー。アイテム屋を営む傍ら、しっかりと鍛錬にも励んでいた。十分前線に立てるレベルの戦士へと成長。リバースは何とか持ち堪えた。
芳川真知子 (4)
LV 1/5
技能 戦術LV1
リーザス救助隊メンバー。じゃんけんに勝利し、見事メンバー入り。戦闘は不得手だが情報収集能力は頼りになる人物。
ロゼ・カド (4)
LV 13/20
技能 神魔法LV1
リーザス救助隊メンバー。ルークに鏡の調査報告をするために志願しただけだと本人は言う。その着眼点の奇抜さから、AL教上層部からは危険視されている異端の神官。
アレキサンダー (4)
LV 43/77
技能 格闘LV2
リーザス救助隊メンバー。なぐりまくりたわぁで修行を積み、大陸でも屈指の格闘家へと登り詰めているが、本人はまだまだ満足していない。救助隊のエースの一人。
リック・アディスン (4)
LV 46/70
技能 剣戦闘LV2
リーザス救助隊メンバー。自ら志願し、救助隊に参加したリーザス最強の戦士。救助隊メンバーでも最強の人物で、アレキサンダーと共に最も頼りにされている存在。
メナド・シセイ (4)
LV 35/46
技能 剣戦闘LV1
リーザス救助隊メンバー。かなみと共に鍛錬を積み、今回の救助に意気込んでいる。憧れのルークとの再会を待ち望んでいる。
レイラ・グレクニー (4)
LV 38/52
技能 剣戦闘LV1 盾防御LV1
リーザス救助隊メンバー。リック、アレキサンダーに次ぐ救助隊の三番手。ジュリアのお守りを押しつけられた苦労人。
ジュリア・リンダム
LV 13/38
技能 剣戦闘LV0
リーザス救助隊メンバー。リアと親友の為、行きたいと頼んだら無理矢理ねじ込んで貰えた。戦闘においては殆ど役に立たない。
チルディ・シャープ (4)
LV 24/44
技能 短剣戦闘LV2 菓子作りLV2 学習LV1 統率LV1
リーザス救助隊メンバー。親衛隊の新人では屈指の実力を持つホープ。親衛隊の将来を見据え、実戦経験を積ませるためメンバーに選ばれた。
リア・パラパラ・リーザス (4)
LV 2/20
技能 政治LV2
リーザス国女王。自分も救助隊についていくと喚いたが、なんとかかなみとマリスが宥める。チューリップ4号製作資金をほぼ全額援助している。
マリス・アマリリス (4)
LV 32/67
技能 神魔法LV2 剣戦闘LV1
リーザス国筆頭侍女。救助隊に参加してはという意見も出るが、リアの側を離れる気は毛頭ないらしく、丁重に断った。
ミリ・ヨークス (4)
LV 24/28
技能 剣戦闘LV1
居残り組。密かに鍛錬を積んでいたため、内心かなり残念に思っている。
ミル・ヨークス (4)
LV 18/34
技能 幻獣召喚LV1
居残り組。また地味な印象しか残せないと枕を濡らす。
ルイス・キートワック (4)
LV 27/39
技能 剣戦闘LV1
居残り組。わざわざ仕事をキャンセルして参加しようとする辺り、本当に義理堅い男である。因みにホモではない。