-川中島 カイズ-
リーザスとゼスの間に流れる大河、テンマ川。その中央に浮かぶ巨大な島を川中島と呼ぶ。この川中島は聖地とされ、いかなる国からも不可侵とされていた。なぜなら、この島には大陸最大の宗教団体であるAL教の本部があるからだ。各国公認の宗教であるAL教の信者は世界各地に多数存在し、冠婚葬祭などは全てAL教の方針の下で成されるのが通例である。今、本部の側に併設された建物の中のとある部屋で司教が信者の悩みを聞いていた。
「これで貴方たちお二人の今後は神によって祝福される事になりました。お二人の結婚式は冬という事でしたな。その際は、再び神の祝福を受けに来るのがよろしいでしょう」
「ありがとうございます。よかったね、リス。ようやく結婚できるわ。ちょっと先になっちゃったけど、その分恋人の期間を楽しみましょう」
「嬉しいよ、ローラ。ルークさんやランスさんにも紹介状を出さないとね」
「えー……」
「駄目だよ、二人とも恩人なんだから」
「では次の方、お入りなさい」
AL教信者でもあったローラが、恋人のリスと共に祝福を受けに来ていた。両親にもようやく二人の仲を認めて貰え、幸せ一杯の表情で部屋を後にする。その二人の次に部屋に入ってきたのは、AL教の神官でもある女性だった。
「ロゼか……」
「外で聞いていたわよ。相変わらず中身の無い神のお言葉だ事で。あれでいくら寄付金貰っているのかしらね、パルオット司祭様。ま、私も似たような事しているから人の事言えないんだけどねー」
「神の崇高なる教えに民が私財を投じるのは、至極当然の事だ」
「そりゃ随分と傲慢な神もいたもんね。ご託はいいから、頼んでいたものの報告をくれない?」
「……ふん」
パルオットが机の上に鏡を置く。それは、ロゼがルークから調査のために預かっていた鏡。ロゼはこの鏡の調査をパルオットに頼んでいたのだ。
「この鏡は魔女の手によって作られたものだな。中に描かれている女性は本物だ。彼女を解放するためには、もう一つ対になる鏡を手に入れる必要がある」
「やっぱりそういう事か……予想はしていたけど、まあ面倒くさい代物ね」
「予想はついていたのか、流石だな。……真面目に信仰する気はないのか? 貴様なら、司教になる事も夢ではないというのに……」
少しだけ残念そうな声を出すパルオット。AL教内で爪弾きにあっているロゼに対し、数少ない対等に接してくれる人物である。だが、ロゼはその言葉を鼻で笑う。
「あのスケベ親父の後釜なんかお断りよ。周りの司教も腐ったのばっかじゃない」
「き、貴様! ムーララルー様や司教様に何という事を!!」
「クルックーとかいう娘が割と評判良いみたいじゃない? あんたとロードリングとクルックー。司教候補はたんまりで、私の出る幕はないわ。とりあえず、鏡は持って帰るわね。これ、寄付金。じゃあね」
机の上に1GOLDだけ置いて、ロゼはさっさと部屋から出て行ってしまう。帰り際、廊下で女性の肩を抱いている中年男性とすれ違う。彼こそがAL教の最大権力者、法王ムーララルーだ。
「あら、これからお楽しみ? 相変わらずぶっ壊れているわね、法王様」
「……ロゼ」
「じゃ、私は帰るから。あんまり張り切りすぎて、腹上死しないように気を付けてください、法王様」
ヒラヒラと手を振ってその場を後にするロゼ。ムーララルーに肩を抱かれていた女性、AL教信者のエリザベートが不思議そうにムーララルーに尋ねる。
「ムーララルー様にあのような態度をされるなんて……あの方は?」
「ロゼという神官だ。特別才能があるわけでは無いが、着眼点が他の者とは少し違っていた鬼才だ。だが、信仰心が足りない悪い見本でもある。あのようにはなるな」
「はい、ムーララルー様」
エリザベートにそう言いながら、ムーララルーは苦虫を噛みつぶした表情になる。AL教団の幹部内ではロゼの地位を取り上げるべきだという声も少なくない。しかし、ムーララルーがそれを認めず、ロゼは現在もAL教の神官として活動をしている。だが、ムーララルー自身は内心ロゼを罷免したがっている。では何故彼女の罷免を認めないのか。それは、彼よりも上の存在、AL教の信仰の対象にしてこの世の人々を導く救い手、女神ALICEがロゼを気に入っているからだ。法王は唯一女神ALICEと直接会って神託を授かる権利を持っており、その為絶対的な権力を持つのだ。
「(ALICE様は何故あのような信仰心のない小娘を……くそっ!)」
不快な気分になりながら、エリザベートの肩を抱いて廊下を歩いて行くムーララルー。初めてロゼの事をALICEに報告した日の出来事が思い出される。悪魔を召喚している事に苦言を呈されたロゼが平然と言ってのけたのだ。神が真に望んでいるのは結局混沌だ、そうであれば神も悪魔も根本では変わらない、起源は同じなのではないか、と。それはあまりにも神を侮辱した言葉。憤慨した幹部たちがムーララルーに報告し、それをALICEに報告したムーララルーだったが、その話を聞いたALICEは愉快そうに笑ったのだ。
「へぇ……神は混沌を望み、悪魔との起源が同じか……うふふ……あはははは! その娘、面白いわ!」
「ですが、ALICE様。あの者の思想はあまりにも……」
「……はぁ? 誰に意見してるの?」
瞬間、ムーララルーの首が飛び、その体が崩れ落ちる。ゴロゴロと床を転がる首であったが、彼はまだ生きている。首だけの状態になったまま、倒れている自分の胴体を視界に捉えているのだ。
「あ……あぁ……」
「はい、久しぶりの罰ゲーム。最近従順だったのに馬鹿ねー」
「ぐっ……申し訳ありません、ALICE様……がぁぁぁぁ!!」
「あ、死んじゃった。つまんない奴。まだ胴体ぐしゃぐしゃになってないのに」
胴体に圧力をかけていたALICE。骨が肉を突き破り、血が吹き出る。その激痛はムーララルーの脳髄に走り、あまりの痛みにショック死してしまう。それを見てつまらなそうにため息をつくALICE。彼女が指を少しだけ動かすと、まるで時間が巻き戻るかのように胴体が再生していき、首がゆっくりと接着する。完全に元の状態に戻った瞬間、ムーララルーが目を見開き、息を大きく吐く。額には大量の汗。
「はい、お礼は?」
「い、生き返らせていただき……ありがとう……ございました……」
「よろしい。その娘、絶対にAL教から追い出すんじゃないわよ。望めばいつでも司祭の座を与えなさい」
「し、司祭ですか!?」
「まだ何かあるの?」
「い、いえ……」
「司教でも良いんだけど、少し様子見にね。機会があれば司教にしてみるのも悪くないわね」
こうして女神ALICEはロゼを気に入り、AL教に在籍させ続けるよう指示したのだった。それどころか、ロゼが望めば司祭の立場を与えろとまで言ってきた。渋々ながらもそれに応じたムーララルー。こうして、ロゼは多くの者から疎まれながらも未だにAL教に在籍していたのだった。教団施設から出てきたロゼが空を見上げる。
「さてと、厄介なもん預かっちゃったわね。さっさと返したいけど、ルークは行方不明だし……救助隊が組織されたら、私も参加しようかしらね……」
鏡でお手玉をしながら、行方不明のルークを思い浮かべる。あいつと関わってから随分と厄介事に巻き込まれているなと思いながら、それも悪くはないとロゼが静かに笑みを浮かべた。
-ポルトガル-
「おーおー、よくやったで、ルイスはん、セシルはん。リーザスから報酬がっぽりでおま。全滅しかけたと聞いたときは焦ったでおまが、こりゃ笑いが止まらないどす」
傭兵部隊を派遣した商人、プルーペットがリーザスから受け取った大量の報酬に大笑いする。元々分の悪い戦争だと判っていたプルーペットは、前払い分のみでも十分利益の出るようぼったくっていたのだが、結果として戦争には勝利し、多大な活躍を見せた傭兵部隊にリーザスから報酬が支払われていたのだ。プルーペットからしてみれば嬉しい誤算だ。
「ま、全部ルークの旦那のお陰ですぜ、プルーペット様。あの人がいなきゃ、俺もセシルも間違いなく死んでいた」
「ああ、解放戦の中心人物だったというお方でっしゃろ? ルークはんか、こりゃ感謝しなきゃならんどすな。名前覚えておいた方がよさそうでごわすね」
「ルークの旦那……またどこかで出会いたいもんだぜ」
ルイスの報告を受け、プルーペットの中でルークの評価がうなぎ登りに上がる。こりゃいい財布になるかもしれない。ぐふふ、と笑うプルーペットを見ながら、ルイスと共に報告に来ていたセシルは別の人物の事を考えていた。
「(勇者アリオス……いつかまた出会いたいものだ……)」
解放戦が終わるや否や、次の人助けがあると言い残して姿を消した勇者アリオス。いつの間にかセシルは彼に惹かれていた。
-ヘルマン 帝都ラング・バウ-
皇帝の間にはヘルマンの幹部たちが集まっていた。左右に広がって整列している幹部の前には、玉座に深く座る皇帝。長い事病床に臥していたが、内容が内容だけに重い体を引きずって久しぶりに公の場に現れたのだ。その横には皇妃パメラと皇女シーラが控えていた。そして、部屋の中央には膝をつきながら今回の戦争の報告をする兵の姿がある。第3軍数少ない生き残りの一人、ミネバ・マーガレットだ。ミネバの報告を聞いたヘルマン皇帝が口を開く。
「そうか……パットンとトーマが死んだか……」
「パットン皇子の死体は確認できませんでしたが、状況からして間違いないかと……」
ミネバの報告を聞いて集まっていた幹部たちがざわつく。ヘルマンの最強の戦士と皇子、その両方を同時に失ったのだ。
「(トーマよ……儂より先に逝くとはな……あの世であったら酒でも酌み交わそう……)」
「(トーマ将軍……騎士としての貴方の生き様は、私の中に生き続けます。どうか安らかにお休みください……)」
トーマと盟友でもあった第1軍将軍レリューコフがその死を悲しみ、第4軍将軍ネロがその生き様を賞賛する。その横で、第2軍将軍アリストレスが悔しそうに拳を握っていた。
「(パットン……だからあれ程陰謀の臭いがすると止めたというのに……本当に、本当に死んでしまったのか……?)」
そのとき、一瞬だが皇妃のパメラの口元に笑みが浮かぶのを、第5軍将軍ロレックスは見逃さなかった。
「(女狐が。これでヘルマンはシーラ様の……いや、パメラとステッセルのものか。ちっ……)」
不機嫌そうなロレックス。各将軍が抱く思いは様々であったが、一つ確かな事がある。ヘルマンの実権は、これで完全にシーラ派のものになったという事だ。
「報告ご苦労であった、ミネバ。今後はお前が第3軍の将軍になり、兵を率いてくれ」
「はっ! 我が身に余る光栄、感謝します」
「先代のトーマは強いだけの無骨漢で、私に背いてばかりの男でした。あのような蛮人ではなく、知性を持った将としての働きを期待しますよ」
パメラのその言葉に、レリューコフとアリストレスの目が見開かれる。
「(ヘルマンにその身を捧げてきたトーマを……その誇りを……)」
「(亡くなって間もないというのに……このように侮辱するというのか、パメラ!)」
「(あー、駄目だ。こりゃ我慢ならねぇ……)」
頭を掻きながら、ロレックスがスッと一歩前に出ようとする。だがその瞬間、皇帝の間の扉が勢いよく開く。全員がそちらに視線を向けると、そこには慌てた様子の伝令兵の姿。パメラが不愉快そうに口を開く。
「何ですか、騒々しい……」
「申し訳ありません。ロレックス将軍、今すぐ来て下さい! 奥方様が……」
「リルが!?」
「突如倒れられ……既に危険な状態です……」
その報告に皇帝も許可を出し、ロレックスは慌てて兵と共に部屋から出て行ってしまった。その背中を振り返りもせず、皇帝の座る椅子を見ながらミネバが静かに笑う。
「(くくく、遂にここまできたよ! あたしが第3軍の将軍だ! もう少しだ……その汚い尻を乗せているその椅子、必ずいただくよ……)」
ここに新たなヘルマン第3軍将軍が誕生した。将軍ミネバ・マーガレット。だが彼女の野心は、更にその先を見据えていた。
「(お兄様……私は権力争いなどしたくなかった……また昔みたいに……貴方と笑い合いたかった……)」
シーラが亡き兄を思う。彼女自身は兄との跡継ぎ争いなど望んではいなかったのだ。だがシーラの思いとは裏腹に、これより二週間後にヘルマン皇帝が逝去し、シーラは女帝へと即位する事になる。皇帝は毒殺されたという噂も流れるが、真偽の程は定かではない。
-自由都市 とある森中-
森の中にひっそりと佇む小屋。その小屋の中でベッドに横たわっている男がいた。ヘルマン皇子、パットンだ。包帯を巻いた姿で、唇を噛みしめる。
「くそっ……親父もノスも絶対に許さん!」
「何、一人で気張っているんだよ。とりあえず食料を調達してくるから、安静にしているんだぞ」
そう言って扉から出て行くのはハンティ。二人はノスから逃げ延びた後、何とか生き残りこうして小屋に隠れ住んでいた。ハンティが集めてきた情報によれば、既にヘルマンでは自分は死んだ事にされており、皇位継承権も消滅したという。それどころか、これ以降パットンを名乗る者が現れたら、それは皇子の名を語る反逆者だというお触れまで出ていた。間違いなくパメラの手回しである。このお触れにより、パットンはヘルマンに戻る事が出来なくなっていたのだ。
「トーマ……すまん、俺が巻き込んだ……」
パットンが今は亡きトーマの事を思う。恩師にして、もう一人の父。今思い返せば、何と危険な作戦であった事か。アリストレスが引き留めた理由が今になって判る。それなのに、トーマは何も言わずついてきてくれた。だが、自分のせいで死んでしまった。自分の愚かさにパットンは自然と拳を握りしめる。
「このままでは終わらないぞ……これではトーマに会わす顔がない……くそっ!」
パットンが壁に右拳を叩きつける。すると、殴った箇所がガラリと崩れ落ちてしまった。
「うおっ! や、やべぇ……ハンティにどやされる……」
崩れた壁を見て焦るパットンだったが、彼は知らなかった。この小屋は敵の襲撃に備え、ハンティの魔法で強化されている小屋だという事を。その壁を素手で壊す事が、どれほど異常な事かを、パットンはまだ気が付けずにいた。
-ゼス サバサバ-
リーザス解放の話は当然ゼス国内にも伝わっていた。この日、キューティは有給を使って町に遊びに来ていた。ウィンドショッピングを楽しみ、今はオープンカフェで飲み物を飲んでいた。今時の若者といった振る舞い。
「ま、一人なんだけどね……」
「キュー、キュー!」
キューティが自嘲気味に呟いたのを聞いて、横に控えていたウォール・ガイが慰める。キューティ・バンド、その真面目な性格から相変わらず友達はいなかった。もう一体のウォール・ガイがキューティのために新聞を持ってくる。
「ありがと、ライトくん。ふむふむ、新聞はここ数日リーザスの事ばっかりね。へー、アトラスハニーから魔力で空を飛べる小型の飛行艇が発掘されたんだ。あの建物、本当になんなのかしら。さて、占いのページはっと……」
新聞を受け取ったキューティは一面にざっと目を通し、占いのページを見ようとページを捲ろうとする。だが、一面の端の方に掲載されていた写真を見てその手が止まる。それはリーザス解放戦の戦時写真であったが、そこに小さく写っている後ろ姿にキューティは見覚えがあった。
「ルークさん……?」
それは、共に砂漠のガーディアン事件を解決したルークにそっくりであった。そして、そこの欄外に書かれていた説明文を読んでキューティは目を見開く。そこにはこう書かれていた。
-解放戦での中心人物であったと思われる冒険者 生死不明-
「う、うそ……」
-ゼス アダムの砦-
「サイアス様! サイアス様はいらっしゃいますか!?」
「どうしたんですか、キューティ様。いきなりやってきて?」
「話があるんです! サイアス様に会わせて下さい!」
突如やってきたキューティに困惑する砦の警備員。キューティの手には何故か新聞が握られていた。警備員はすぐに砦の責任者であるサイアスに報告をしに行く。
「あ、サイアス様! キューティ様が……」
「……奥の部屋に通せ。そして、誰も入れるな」
「え? は、はい……」
キューティの名前を告げた瞬間、サイアスは指示を出す。まるで来る事が判っていたかのような反応だ。約束でもしていたのかなと警備員は納得し、キューティを奥の部屋に案内する。キューティが部屋に入ると、そこにはサイアスが座っていた。机の上には既に新聞が広げられている。キューティの持っていた新聞と同じものが。
「ルークの事だな?」
「ご存じでしたか!? やっぱりこれはルークさんなんですか!?」
「すぐに情報を集めて確認を取った。戦死者も多いから厳しいかとも思ったのだが、意外にすんなりと判ったよ。リーザス解放戦の最後で、三人の冒険者が行方不明になったらしい。ランス、シィル、そして……ルーク」
「そ、そんな……」
キューティが手に持っていた新聞を落とす。その悲しげな表情を見ながら、サイアスは真剣な表情で言葉を続ける。
「だが、生きている可能性は高いみたいだ。今その三人をリーザスは躍起になって捜索しているらしい」
「そ、そうなんですか!? よかった……」
「キューティ。俺も独自でルークの捜索を開始するつもりだ。だがこれは他言無用で頼む。今回の戦争に関係のないゼスがそのような事をすれば、厄介事になりかねんからな……」
ヘルマンとの戦争後という事もあり、今のリーザスは他国の動きに敏感だ。そんな状況でゼスが動いているとすれば、それこそ不要な戦争に発展しかねない。サイアスの言葉を受け、キューティが真剣な表情で言葉を返す。
「サイアス様……微力かもしれませんが、私にもお手伝いさせていただけませんか?」
「……多少の危険は含んでいるぞ? 立場が危うくなるかもしれん」
「それでも、放ってはおけません!」
「……判った、頼りにしている」
リーザスと自由都市の連合とは別に、ゼスでもサイアスとキューティの二人が極秘にルークの捜索を開始する。新聞に視線を落としながら、サイアスが呟く。
「以前のように10年近くも消息不明など絶対にさせん。必ず見つけ出す。待っていろ、ルーク!」
-魔人界 シルキィの城-
「以上が今回起こった出来事の全てです」
「そうですか……ノスがそのような事を……」
「サ、サテラたちはノスに騙されていただけで……その……」
シルキィの城にはホーネット派に所属する魔人が集結していた。この城の付近にあるカスケード・バウに、もうすぐケイブリス派が大規模な進軍をしてくるからである。若干こちらに不利な戦いだ。そんな中、城ではアイゼルとサテラが頭を下げ、ホーネットに報告をしていた。聞かされたのは、ノスの裏切りと死、そしてジルの復活。シルキィが複雑な表情を浮かべる。
「裏切ったとはいえ……ノスの死はあまりにも痛いですね……」
「ですが、獅子身中の虫を抱えていたままよりは良かったのでしょう。二人とも、お疲れ様です」
ホーネットから労いの言葉を受けた二人だが、サテラはまだ恐る恐るといった表情を浮かべている。それを見たシルキィがため息を吐きながら二人に告げる。
「ノスに騙されて人間界に侵攻したのは許せる事ではないが……魔王ジルを封印してきたんだ。今回だけはお咎め無しにしておくぞ」
「ほ、本当か!」
「「「うえーん、アイゼル様よかったです!」」」
シルキィのその言葉にサテラは安堵し、アイゼルの使徒である宝石三姉妹が主に抱きつく。どっこい生きていた宝石三姉妹。その様子を見ながら、シルキィが小さく呟く。
「まあ、『魔王復活させちゃった、てへ♪』とか言ってきたら、簀巻きにしてメディウサに引き渡しているところだったけどね……」
「そそそそそ、そんな事サテラが言う訳ないだろ……あははははは!」
「(言う気だったな……)」
「(言う気だったわね……)」
大量の汗を掻いて作り笑いを浮かべるサテラを見て、魔人メガラスと魔人ハウゼルが冷ややかな視線を送る。シルキィがはぁ、とため息をつき、アイゼルに視線を向ける。
「しかし、よくジルを封印できたな……」
「一時的にだが、人間と共闘した結果だ」
「人間と!?」
「……何故ですか?」
その言葉にアイゼルとサテラ以外の全員が目を見開いて驚く。ホーネットがアイゼルに尋ねると、サテラが横から会話に入ってくる。
「ふん、あんな奴らいなくても、サテラたちだけで十分倒せたけどな」
「人間の中にはカオスの使い手がいました。カオスの力により人間でも魔王にダメージを与えられたので、協力すべきだと判断しました」
「そうですか……人間と……」
ホーネットが意味ありげに呟いたのを聞いて、アイゼルが言葉を続ける。
「それと……カオスの使い手とは別ですが、興味深い人間と出会いました」
「興味深い人間?」
「ええ、その男は人類と魔人の共存を目指していると言っていました。その名を、ルーク」
「「な!?」」
「……」
「ルーク……」
人類と魔人の共存という有り得ぬ夢物語に、シルキィとハウゼルが先程よりも更に目を見開き、メガラスが興味深げに顎に手を当てる。だが、この場で最も驚愕しているのは、アイゼルの目の前に立つホーネットであった。
「それと……ホーネット様、貴女に言伝が……」
「私に……?」
「はい」
アイゼルが静かに頷き、ゆっくりと口を開く。それは、西の塔で戦っていたとき、ホーネットのところへ戻るのであれば伝えて欲しいとルークに頼まれていた言葉。
「『あの時の約束を果たすため動いている。もう少しだけ待っていてくれ』、だそうです」
「ルーク……そうか、あの時の人間か!」
アイゼルの言葉と先程の共存の話から、シルキィはかつて魔人界で見た人間を思い出す。それと同時に、ホーネットが静かに俯く。その胸中には、かつて交わした約束の言葉。
『また会いに来る! 人類をまとめた後、共にケイブリス派を倒すため、必ず君の援軍に駆けつける! だから、それまで待っていてくれ!』
「そうですか……ルークが……そんな事を……」
「ホーネット……!?」
サテラが不安そうにホーネットの顔を覗き込む。そこには、とても穏やかな笑みを浮かべるホーネットの顔があった。こんな笑顔、この戦争が始まってから一度だって見た事はない。いや、戦争以前だってこんな無防備な笑顔を浮かべた事があっただろうか。
「なっ!?」
「うそ……」
「ほぅ……」
シルキィも、ハウゼルも、メガラスも、三者三様の驚き方をしている。だが、アイゼルだけはルークの言葉を思い出していた。
『ホーネットは穏やかな顔で静かに笑う。それは、こちらの気持ちも穏やかにしてくれる素晴らしい笑顔だ』
「(そうか……これが……なるほど、確かに素晴らしい笑顔だ……)」
その笑顔を見て、アイゼルはルークが行方不明になった事を報告するのを止める。この笑顔を崩したくなかったからだ。それと同時に、自分もルークの所在を掴むために調査をする事を決意する。穏やかな表情を真剣なものに戻し、ホーネットが高らかに宣言する。
「それでは、カスケード・バウに向かいましょう」
当初は不利と思われていたこの日の戦いは、蓋を開けてみればホーネット派の完勝に終わった。そこには、最前線でケイブリス派を圧倒するホーネットの姿があった。普段よりも遙かに調子のいいホーネットの姿にホーネット派は奮起し、ケイブリス派はすぐに敗走を始めた。そのホーネットの様子と先程の笑顔を思い出しながら、サテラがぐぬぬ、とシーザーに愚痴をこぼす。
「ランスだけじゃなく、ルークの奴も殺すリストに追加しないと駄目そうだな……」
「サテラ様、嫉妬ハ見苦シイデス」
「うるさい! くそっ……イシスの修復を急がないと……」
ケイブリス派が敗走していくのを見ながら、ホーネットは空を見上げた。
「(ルーク……あの日の約束通り、私もこうして待っています。ずっと、いつまででも……貴方を待っています……)」
その想いは時空を越え、遙か空の彼方まで届けられる事になる。
-どこかの森中-
「ランス様、起きてください、ランス様」
「んっ……ああ、シィルか。どうだった、何か判ったか?」
光の神によりどこかへと飛ばされてしまったランスとシィル。見覚えのない森の中であったため、周りの調査をシィルに頼んでランスは一眠りしていたのだった。
「すいません、どこかまでは判りませんでした……でも、少し進んだところにカサドという町があるみたいです」
「カサド……聞いた事のない町だな。とりあえず、ここがどこだか判らなければ話にならん。行くぞ、シィル!」
「はい、ランス様!」
「がはは、ついでに可愛い町娘とお楽しみだ!」
「……はい、ランス様」
のしのしと町を目指して歩いて行くランスとその後についていくシィル。二人は気が付いていなかった。神の天罰により、自分たちのレベルが1になってしまっている事を。
-どこかの街道-
「ふむ……場所を指定しておくべきだったな……」
ルークが見た事もない風景に途方に暮れる。時空の狭間から脱出したのはいいが、自分がどこにいるのか見当がつかなかったのだ。願いを叶えると言っておきながら、気の利かない神だと思いながら頭を掻くルーク。そのとき、声が聞こえてきた気がした。その声は、ホーネットの声。いや、それだけではない。かなみと志津香の声。トマトと真知子の声。ロゼの声もあった。多くの人たちの声がルークに届いた気がした。
「……気のせいか? だが……そうだな、さっさと帰らなきゃまずいな……」
必ず会いに行くと約束した。必ず帰ると約束した。ならば、こんなところでいつまでも突っ立っている訳にはいかない。ふと周囲を見回せば、近くに立て看板が突き刺さっていた。
「北にカサドの町か。聞いた事のない町だが、とにかくそこに向かうか」
看板を見たルークは町に向けて歩き出す。ホーネットとの約束を果たすため、かなみと志津香との約束を果たすため、その歩みを止める事はない。彼女たちの想いは、こうして空へと届いたのだった。
[人物]
ムーララルー
LV 1/5
技能 説得LV2
AL教団の法王。ムーララルーという名前は法王に受け継がれる名前であり、本名はテュランという。実力は低いが人々の心を掴むのが上手く、若い頃から神童と呼ばれていた。AL教に所属してからもめきめきと実力を伸ばし、遂には法王にまで至った。だが、何故かこの頃から彼は荒れだし、女性信者に猥褻な行為を繰り返すようになった。ロゼ曰く、心が壊れているとのこと。
スプリンガー・パルオット (3)
LV 24/55
技能 槌戦闘LV1 神魔法LV1 説得LV1
AL教団の司祭。ロゼの才能を認め、影ながら彼女がAL教から追い出されぬよう手を回してくれている人物。鏡の調査も無償で請け負った。
エリザベート・デス
LV 3/6
技能 なし
AL教団の信者。AL教の教えを盲信しており、ムーララルーの蛮行も神に通じる行いだと信じてしまっている。
女神ALICE
AL教の信仰の対象。その目的は不明。
プルーペット
LV 10/15
技能 商人LV1
ポルトガル出身の大商人。自称永遠の22歳。金の臭いのするところならどこにでも現れ、かなりあくどい商売もしている。
シーラ・ヘルマン
LV 1/39
技能 なし
ヘルマン国皇女。実はヘルマン皇帝の娘ではなく、皇妃パメラと宰相ステッセルの間に出来た不義の子。これより数ヶ月後、女帝へと即位するが、シーラはパメラとステッセルの傀儡であるため、ヘルマンの実権はこの二人が握った事になる。
パメラ・ヘルマン
LV 1/7
技能 なし
ヘルマン国皇妃。ステッセルと共謀して前皇帝を毒殺した張本人。全ては愛するステッセルのため暗躍しているが、そのステッセルはパメラに愛情など持っていない事を彼女は知らない。
レリューコフ・バーコフ
LV 35/41
技能 剣戦闘LV1 盾防御LV1
ヘルマン第1軍将軍。ヘルマン国の大黒柱にして、トーマとは盟友の間柄である老兵。何度となく戦で相対したバレスとは自他共に認めるライバル関係。ヘルマンの現状を嘆いているが、パメラとステッセルの工作により自由に動けないでいる。
ネロ・チャペット7世
LV 31/33
技能 剣戦闘LV1 斧戦闘LV1 弓戦闘LV1
ヘルマン第4軍将軍。軍事学校を首席で卒業したエリートで、正々堂々真っ正面から戦う騎士道を重んじている。だが、その思想は若干行きすぎているため、一部の部下からは不満を持たれている。
ロレックス・ガドラス
LV 56/71
技能 剣戦闘LV2
ヘルマン第5軍将軍。二刀流の使い手で、ヘルマンではトーマに次ぐ実力者。寡黙な性格だが胸の内には熱い義を持っており、跡継ぎ争いではパットンを支持していた。決して人望がある訳ではないが、その強さに憧れて彼についていく部下は多い。だがこの後、最愛の妻が亡くなり、人生を投げ酒に溺れる日々になる。その間にレベルはみるみる下がり、ヘルマン最強の座はミネバに移る。
リル・ガドラス
ロレックスの妻。突如病に倒れ、亡くなってしまう。
サイアス・クラウン (3)
LV 35/41
技能 魔法LV2
ゼス四将軍の一人にして炎の魔法団団長。旧友であるルークの失踪を知り、人知れず調査を開始する。
キューティ・バンド (3)
LV 20/28
技能 魔法LV1
ゼス治安部隊隊長。サイアスと共にルーク捜索に動き出す。未だに友人は0。
メガラス
LV 97/146
技能 剣戦闘LV1
ホーネット派に属するホルスの魔人。アベルによって魔人化した古い魔人で、ホーネット派の最古参。無口な性格で殆ど口を開かないが、実力は高く頼りになる存在。そのスピードは魔人最速。
ラ・ハウゼル
LV 88/120
技能 魔法LV2
ホーネット派に属するエンジェルナイトの魔人。ジルによって魔人化する。常識を重んじ、仲間の事を思いやる心優しい魔人。戦闘時は炎を操る。ケイブリス派にいる姉の事を心配している。
[技能]
説得
人々を説得する技能。レベルが高ければ洗脳の域にまで至る。
商人
商いを営む才能。ポルトガル出身の者が多く保有するという不思議な傾向がある。
[都市]
カイズ
宗教都市。AL教の本部があり、毎日のように信者が押し寄せる大都市。本部は要塞のようになっており、普通の人では入る事が出来ないが、側に併設されたAL教施設で司祭が神の教えを説いている。時には法王ムーララルーも降臨し、信者はその幸運にむせび泣く事になる。
ポルトガル
自由都市。独特の訛りがある商人の国。JAPANと繋がっている天満橋を管理している。