ランスIF 二人の英雄   作:散々

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第33話 レッド解放戦

 

-レッドの町近辺 荒野-

 

 レッドの町からそう離れていない荒野。この場所にヘルマン軍は集結していた。その内訳は、ヘルマン兵2000、洗脳されたリーザス兵4000、そして大型モンスターを含むモンスター部隊5000の計11000という大部隊だ。リーザス軍は赤の軍と魔法軍で組織されており、このヘルマン連合部隊の数は解放軍の実に二倍以上。正に圧倒的と言えよう。

 

「各陣営、準備はいいか!」

「問題ありません」

「へへへ、そんな躍起にならなくても負ける訳ねぇって」

 

 だが、この圧倒的なまでの数の利がヘルマン軍に油断をもたらしていた。自分たちが負けるはずがない、と。その油断はこの場所からも見て取れる。ここは司令部のある町からそう離れていない。万が一負けたとしたら、一気に町まで攻め込まれかねない位置だ。だが、勝った後の事後処理を考えたときに町から近い方が良いだろうという判断をレッドの町の司令部は下し、こうしてこの場所で一気に叩こうとしたのだ。だがそれは、あまりにも悪手であった。

 

「へへへ、あんだけやられといてまだ向かってくるなんざ、リーザスの連中はマゾか?」

「ぎゃはは、違いねえ! お、来たみたいだぜ」

 

 下品に笑いながら、ヘルマン兵が遠くから迫ってくるリーザス軍を視界に捉える。まだまだ戦闘が始まるには距離があるため、ヘルマン兵は臨戦態勢にも入っていない者が殆どだ。だが、直後に近くで爆発が起こり、さっきまで笑いあっていたヘルマン兵が吹き飛ばされる。いや、そのヘルマン兵だけではない。周りにいたヘルマン兵も含め、十数名もの人数を今の一撃だけで吹き飛ばしていた。

 

「な、なんだぁ!?」

 

 それは、想像だにしていない距離からの砲撃。軍の先頭を走る巨大な鉄の塊が、こちらに向けて砲撃してきたのだ。その砲身が、再度こちらを向く。

 

「う、うわぁぁぁぁ!!」

 

 叫びと共にまたも十数名のヘルマン兵が吹き飛んだ。マリアのチューリップ3号による砲撃は、油断していたヘルマン兵に致命的な混乱を生み出す。その隙を解放軍は見逃さない。一斉にヘルマン兵に進軍する。

 

「がはははは! 皆殺しだ!!」

 

 チューリップ3号と共にランスが先頭を駆ける。総司令官だというのに隠れるなどということは微塵も考えていない。だが、その剛剣を止められる程の者はこの戦場にはいなかった。混乱しているヘルマン兵を次から次に斬り伏せ、獅子奮迅の活躍を見せる。その姿を見ながら、前線で黒の軍を指揮するバレスが感激に打ち震える。

 

「おお……あれこそ理想の総大将の姿! ルーク殿だけではない。あのランス殿も素晴らしい御仁じゃ!」

「リーザス軍総大将、バレス。貴様が死ねばリーザスは総崩れだ! 死ねぇぇぇ!!」

 

 ランスの方を見ていたバレスにヘルマン兵が迫る。が、バレスは即座に迫っていた剣を柄で弾き、その首を一突きにする。血飛沫が舞い、ヘルマン兵が崩れ落ちる。

 

「悪いのぉ。ルーク殿やランス殿ならいざ知らず、まだまだお主ら如きにこの命をくれてやるほど老いぼれてはおらんぞ」

 

 老いてなお猛将。その威風堂々たる佇まいにヘルマン軍が怯み、解放軍は奮い立つ。

 

「バレス将軍の手を煩わせるな! 自らの手でリーザスを奪還するんだ!」

「行くのだ、我々の信念のために!」

「訓練の成果、今見せずにいつ見せる! 続けぇぇ!!」

 

 ドッヂ、サカナク、ジブルが兵を率いて突撃する。ランスたちと黒の軍の活躍により正面の敵は総崩れとなっていた。

 

 

「あせらないで。しかし油断しないようにね」

 

 左翼に広がるのは白の軍とミリ率いるカスタム第二軍。戦力でいえば一番劣っているとも思われるこの部隊だが、当初の予想を覆し、現状最も被害の少ない部隊となっていた。それをもたらしたのは、エクスの的確な指示から生まれる無駄の無い動き。情報・戦術を得意とする白の軍のトップはやはり伊達ではない。

 

「行くぞ、遅れを取るな!」

 

 ハウレーンが周りを鼓舞し、自らも華麗に敵を打ち倒していく。その横ではミリが同様に敵を斬る。最前線に立つのは美しき二人の女戦士。この状況に負けていられるかと男兵士も奮起する。左翼のボルテージはマックス。だが、一人脂汗を流す者がいる。最前線で戦っているミリだ。もしこの場にルークがいれば、烈火鉱山の時以上に精細を欠いている動きに気が付いただろう。だが、周りはミリの戦いを見たことがないリーザス兵が大半を占めている。故に、異変に気が付かない。

 

「ふぅ……生きて帰れたらいいねぇ……」

 

 ミリのその呟きは、喧騒の中に飲み込まれていった。

 

 

「雷撃! みんな、深追いは禁物よ!」

「とりゃー! 悪のヘルマン軍、覚悟ですかー?」

 

 右翼に展開するのはルーク率いる傭兵部隊とラン率いるカスタム第一軍。ランが魔法で周りを援護しながら声を上げ、第一軍に所属するトマトがランの援護を受けながらヘルマン兵と渡り合う。本来であれば、流石にトマトが正規の軍人を相手取るのは無理がある。だが、チューリップ3号によって混乱しきっている今のヘルマン兵は普段通りの動きを取ることが出来ず、トマトの剣によって何人も打ち倒されていく。

 

「町の娘に負けていたら傭兵の名が泣くぞ! 続け!」

「ルイス、リーザス軍は極力殺すな。洗脳が解ければ貴重な戦力だ」

「へいよ、努力はするぜ、ルークの旦那。おらぁ、右ががら空きだぞ! フォローに周りやがれぇ!」

 

 その近くではセシルとルークが傭兵部隊を指揮している。セシルはトマトの活躍に感心しながらもそれを引き合いに出して傭兵を鼓舞し、ルイスは前線でヘルマン兵やモンスターを殺す事に専念している。だが、良く見るとちょくちょく周りにいる荒くれに的確な指示を出している。顔に似合わず気も回るらしい。流石はベテランの傭兵だ。

 

「了解だ、援護に回る。一式、ハヤブサ!!」

 

 ルイスの指示にいち早く反応したのは、赤い髪の男戦士。素早く援護に回ったその男が剣を一振りすると、突如鎌鼬が起こり敵数人を一度に斬り刻んだ。

 

「ヒュー、やるじゃねぇか若造! そっちは任せたぜ」

「ああ、任された!」

「ほぅ……」

 

 その光景を見たルイスは口笛を吹き、セシルが興味深げに男の顔を見る。統制が不安視されていた傭兵部隊だが、セシルとルイス、そしてルークの活躍によって問題なく稼働していた。こちらでもヘルマン兵の数はみるみる減っていく。

 

 

「馬鹿野郎、押し負けるな! 数ではこちらが勝っているんだぞ!」

 

 リーザス解放軍の猛攻に焦り、中央部で部隊の指揮をしていた小隊長が声を荒げる。だが、その周りにいる部下たちは自信無さげな声を出す。

 

「ですが、あの不気味な動く砲台が……」

「なら一気に片付ければいいだろ! リーザスの魔法軍を出せ!」

「ですが、魔法部隊は洗脳されていると大した魔法を使えないみたいで」

「問題ねぇ。どうせあっちに魔法を使える奴なんざ……」

 

 瞬間、目の前に業火が迫っているのが見える。目を見開く小隊長たちだったが、彼らが逃げ出すよりも早くその体が炎に包まれた。

 

「業火炎破! さあ、まだまだいくわよ!」

 

 風に髪をなびかせながら、再度魔力を溜め始める志津香。彼女は後衛からカスタム魔法軍を率い、全軍をサポートしていた。

 

 

「馬鹿な……」

 

 圧倒するリーザス解放軍。勢いそのままに、荒野での戦いは二時間もしない内に決着がついた。解放軍の圧勝だ。ヘルマン軍の敗残部隊はレッドの町へと逃げ込み、町の外と中で最後の抵抗を続ける。解放軍は町の周りを包囲し、着実に残党を殲滅していっている。そんな中、ルークも傭兵部隊を率いて殲滅戦に当たっていた。

 

「ふんっ! ……んっ?」

「ぎゃぁぁぁ!!」

 

 抵抗していた敵を斬り伏せようとするが、ルークが斬るよりも先にその額にくないが刺さり、ヘルマン兵が倒れる。くないが飛んできた方向を見ると、かなみがこちらに駆けてきていた。

 

「ルークさん。ランスがルークさんに話があるみたいです」

「ランスが?」

 

 かなみがそう伝達した直後、最前線にいたはずのチューリップ3号がこちらに近づいてくる。運転席からマリアが顔を出し、手を振ってくる。

 

「ルークさーん!」

「マリア、持ち場はどうした?」

「それがね……」

「よう、ルーク! 俺様のために精一杯働いているか?」

 

 マリアの後ろからヌッとランスが顔を出す。最前線で戦っているかと思っていたら、いつの間にかチューリップ3号に乗り込んでいたらしい。

 

「これからレッドの町の中に侵入して敵の司令官を叩く。お前も来い!」

「落ちるのは時間の問題だと思うが?」

「馬鹿者、それでは俺様の活躍が目立たんだろうが! 他の雑魚共が雑兵を片付けている間に、敵司令官を颯爽と倒している英雄の俺様。やはりこうでなくてはいかん!」

 

 実にランスらしい理由である。だが、ランスが自分を誘いに来た事がルークには意外だった。

 

「なるほどな。それで、わざわざ俺も誘いに来てくれたのか?」

「がはは! 光栄に思え、たっぷりこき使ってやる。それと、狭いからお前は戦車の外に座ってついてこい」

「ま、ついていくとするかね。かなみも来るんだろ?」

「勿論です! 一緒に戦車の外で待機しています!」

 

 すぐさまチューリップ3号の上に座る形で乗り込むルークとかなみ。開いている乗り込み口から覗き込んでみると、中にはランスとシィル、マリアと志津香が乗り込んでいた。

 

「志津香、来て良かったのか?」

「大丈夫よ、もう大した敵の量じゃないし。ヘルマン軍やモンスターがかなり減ったから、これ以上は洗脳されているリーザス軍を大量に巻き込みかねないからね」

「なるほどな」

 

 志津香が言うように、魔法部隊が主に魔法を撃ち込んでいたのは、洗脳されたリーザス兵が比較的少ない部隊であった。優先してヘルマン兵とモンスター部隊を片付けていたため、残存部隊は洗脳されているリーザス兵が殆どなのだ。ルークはその言葉に頷いた後、傭兵部隊に向かって指示を出す。

 

「セシル、ルイス、それと……そこの赤い髪の。傭兵部隊の指揮を頼んだ!」

「了解だ」

「任しておいてくれ、ルークの旦那!」

 

 セシルとルイスがすぐさま返事をするが、赤い髪の戦士が不思議そうな表情でこちらに問いかけてくる。

 

「俺もか?」

「ああ、お前だ。この場の傭兵の中でも文句なしに強い。後は頼んだぞ!」

「ええい、いつまで喋っている。マリア、出発だ!」

「了解! チューリップ3号、全速前進!!」

 

 マリアがキラリとメガネを光らせながらチューリップ3号を発進させ、レッドの町内部に向けて進軍していった。それを見送っていた赤い髪の戦士にセシルが話し掛ける。

 

「私もルークと同意見だ。お前になら背中を任せられる」

「そう言って貰えると嬉しいな」

「名前はなんという?」

 

 セシルがそう問いかけた瞬間、戦場に風が吹いた。それ程長くはない男の髪が風になびく中、男はゆっくりと自分の名を告げる。

 

「アリオス・テオマンだ。一応勇者をやらせて貰っている」

「ほう、勇者ねぇ……よく判らんが、いい目をしているな。気に入ったぞ!」

 

 残された傭兵部隊は残存部隊を次々と殲滅していく。他の部隊も同様で、ルークの言うように最早レッドの町が落ちるのは時間の問題となっていた。そしてこれが、ルークとアリオス、後に大きくその運命を交わらせる二人の出会いであった。

 

 

 

-レッドの町 広場-

 

「行け、殲滅だぁぁぁ!!」

「ランス様、狭いのであまり暴れないでください……」

 

 チューリップ3号を駆り、ルークたちは町の内部へと侵攻する。ヘルマン兵が弓を射ってくるが、チューリップ3号の装甲には傷一つ付かない。上に乗っているルークとかなみが自分たちに射られた矢を真空斬と手裏剣で確実に叩き落としている中、チューリップ3号はヘルマン兵を殲滅していく。町の中を見回し、かなみが言葉を漏らす。

 

「酷いですね……」

「そうだな……」

 

 町の建物が所々崩れており、町の住民が避難しながらこちらを羨望の眼差しで見てくる。レッドは降伏が早く、ヘルマンとは殆ど争っていないはず。本来ならばこれほど酷い状況になっているはずがないのだ。この町の様子からヘルマンがどれほど非道い占領をしていたかが見て取れる。

 

「おっ、教会だな……むっ、あれは!?」

「来るな、来るんじゃねぇ!」

 

 町の中を進軍していくと教会が見えてくる。だが、見えてきた光景にランスが眉をひそめる。教会の前ではヘルマン兵が一体のデカントを引き連れ、シスターを人質にしていたのだ。デカントの腕にシスターが握られており、こちらに向かってヘルマン兵が叫んでくる。

 

「来るんじゃないぞ! この女が握り潰されたくなかったらな!」

「ええい、貴重な美女になんて酷いことを!」

「……外道ね」

「ランス様、どうしますか?」

「かなみ、俺が合図をしたらヘルマン兵の注意を引きつけてくれ」

「了解です」

 

 チューリップ3号からランスたちも飛び出してくるが、シスターが人質に取られているため動けずにいる。その後ろ、ヘルマン兵に見えないようにランスたちの陰に隠れ、腰を落としたルークが静かに闘気を剣に溜める。そんな中、シスターが悲痛な声を上げる。

 

「わ、私に構わないで下さい……」

「馬鹿者! 俺様がヤる前に軽々しく死ぬなんて言うんじゃない!」

「こんな時に何言っているのよ、ランス!」

「へへへ、それじゃあまず武器を置いてだな……」

 

 優勢と見たヘルマン兵がニヤリと笑い、ゆっくりとこちらに近づきながら要求を出してくる。瞬間、デカントからその視線を外す。

 

「かなみ、今だ!」

「はい! はっ!」

「真空斬!!」

 

 かなみがルークの合図と同時に煙玉を投げる。周囲を煙が覆い、ヘルマン兵が喚き立てる。

 

「舐めやがって! デカント、女を握り潰……」

「うごぉぉぉぉぉっ!!」

「!?」

 

 ヘルマン兵が指示を出す前に、デカントの絶叫が周囲に響き渡る。シスターを持っていた右腕が真空斬によって両断され、そのまま右腕と共にシスターが落ちてくる。

 

「きゃぁぁぁぁぁぁぁ!」

「ふっ!」

 

 真空斬を放つと同時に駆けだしていたルークが落ちてきたシスターを抱きかかえる。

 

「怪我はないか?」

「は、はい。大丈夫です」

「ああ、馬鹿者! それは俺様の役目だろうが!」

「う……うごぉぉぉぉぉ!!」

 

 ランスが騒ぎ立てるが、その声をかき消すようにデカントが怒りの咆哮を上げ、ルークに向けて左腕を振り下ろしてくる。志津香が炎の矢を放とうとし、ルークもシスターを抱きかかえたまま冷静に腕の軌道を見据えて避ける体勢に入るが、どちらも成される事はなかった。

 

「この一撃が分水嶺……」

 

 突如、ルークとデカントの間に男が駆けてきて跳び上がる。そのままデカントの懐に飛び込んだ男は、左腕が振り下ろされるよりも先に渾身の一撃を腹部に放つ。

 

「装甲破壊パンチ!!」

「ぐがぁぁぁぁぁ!!」

「うわぁぁ、馬鹿。こっちに倒れて来るな……ぎゃぁぁぁぁぁ!!」

 

 強烈な一撃を食らったデカントは後ろに倒れ込む。逃げ遅れたヘルマン兵はそのまま巨体に押し潰され、絶命する。颯爽と飛び降りてきた男に全員の視線が集まる。ボロボロの服を身に纏い、赤い髪の短髪。見たところ、旅の武闘家であろうか。デカントを一撃で倒したところからも、その強さが窺い知れる。

 

「凄い……」

「何者?」

「ランス様、ご存じですか?」

「知らん!」

「いや、ランスは会ったことがあるはずなんだがな……」

「男の顔なぞ、いちいち覚えてられるか」

「という事は、ルークさんはご存じなんですか?」

「まあな」

 

 かなみの問いに軽く答え、ルークが一歩前に出る。あちらもルークには気が付いていたらしく、真っ直ぐとこちらを見ながら口を開く。

 

「お久しぶりです、ルーク殿。息災で何より」

 

 忘れようはずもない。自分がわざわざ強くなるようにけしかけた相手だ。だが、ルークは驚いていた。男の纏う空気にだ。強くなるとは思っていたが、これ程とは。

 

「久しぶりだな。ここまで腕を上げているとは流石に驚いたぞ、アレキサンダー」

 

 その男は、アレキサンダー。かつてリーザスのコロシアムでルークに敗れ、一から鍛え直すべく修行の旅に出ていた武闘家だ。

 

「いえ、まだまだ修行の身です」

「助太刀、感謝する。それで、ここへはたまたま寄ったのか?」

「いえ、リーザス解放軍の中にルーク殿の姿を見た故」

 

 そう言うと、両の拳を胸の前で合わせ、一礼をしながらルークに宣言をする。

 

「及ばずながら、この私もリーザス解放のための手伝いをさせていただきたい」

「ありがたい! 期待しているぞ、アレキサンダー!」

「なんだ、男はいらんぞ」

「ルークさん、この方は?」

「詳しくは後で説明する。武闘家のアレキサンダー、頼りになる男だ」

 

 こうして、解放軍に新たにアレキサンダーが加わった。ルークがアレキサンダーの成長振りを喜んでいると、腕の中にいたシスターが恥ずかしそうにしながら口を開く。

 

「あ、あの……そろそろ降ろしていただけるとありがたいのですが……」

「いつまで抱きかかえているつもりよ!」

 

 志津香がルークの足を全力で踏み抜いた。

 

 

 

-レッドの町 教会-

 

「どうも危ないところを助けていただき、ありがとうございます」

「がはは、俺様の手に掛かれば軽い、軽い!」

「ランスは何もやってないでしょ」

 

 ランスが胸を張ってふんぞり返るが、それを見たマリアが呆れた様子で苦言を呈す。

 

「私はこの町で神官をしています、セル・カーチゴルフと言います。貴方がたは?」

「うむ。悪のヘルマン軍からこの町を解放しに来た英雄ランス様と、その女&下僕たちだ!」

「誰があんたの女よ!」

「まあ……それではこの町を救いに……」

「がはは。お礼に一発ヤらせてくれてもいいんだぞ!」

 

 グッと人差し指と中指の間に親指を差し込み、セルの前に突き出すランス。それを見たセルは真剣な表情でランスを見据える。

 

「神の教えに反しますからそれは出来ません。そもそも、そのような事を言っては……」

「セルさん。ランスへの説教は後で好きなだけやっていいが、今は時間がない。ヘルマン軍の司令部へはどう行けばいい?」

「こら、ルーク! 俺様は説教など聞く気はないぞ!」

 

 そう、ヘルマン軍の司令部への入り方がルークたちには判らなかったのだ。かなみが先行して偵察してきたところ、司令部の前は町の中にも関わらず崖のようになっており、進入することが不可能であった。志津香曰く、魔法で無理矢理作られた崖との事。ここにいるメンバーの中では唯一かなみだけがギリギリ跳べるかもしれないという距離ではあったが、単身突入させる訳にもいかない。また、崖の向こうにはヘルマン兵もいるため、ロープなどを掛けて渡る訳にもいかなかった。

 

「それならば、この教会の地下道から司令部へ入れます。こちらです」

 

 そう言ってセルが教会の奥へ案内する。それについていくと、確かに教会の中には地下道があった。避難道として町の都市長が大昔に作ったものらしい。ヘルマン兵はこれを使って崖向こうの司令部からこちら側へ渡ってきているとの事だった。

 

「それでは行くぞ!」

「うう……地下道じゃチューリップ3号は入れないから、私は留守番か……」

「任せて、マリア。必ず司令官を倒してくるわ」

「皆さん、お気をつけて……」

 

 マリアとセルが教会に残り、六人になった面々は地下道を通って司令部を目指し進んでいった。

 

 

 

-レッドの町 ヘルマン軍司令部-

 

「ぶー! まだリーザスの奴らを殲滅出来ないのかぶー!」

「フレッチャー様、あまり気にされてはお体に響きますよ」

 

 司令部では勝利の報告がいつになっても届かない事に腹を立てたフレッチャーが喚き、弟子であるボウがそれを宥めていた。部屋の中にはフレッチャー、ボウ、リョク、リーザス軍を洗脳している魔法使いのルナン、ルナンに洗脳されているリックとメナドの六人。そのとき、どこからともなくフレッチャーの後ろから気配が現れる。ボウとリョクがすぐに振り返り、続いてフレッチャーも重い体を動かして振り返ると、そこに二人の人物が立っていた。

 

「何をモタモタしている」

「ぶー! 魔人アイゼルぶー! まあ見ていろぶー!」

 

 部屋にやってきたのは魔人アイゼル。金に染まった長髪を梳きながら、フレッチャーに汚らわしいものを見るかのような視線を送る。その側に控えているのは女剣士。瞳はリックやメナド同様、輝きを失っている。そのとき、司令部の扉が強く開け放たれた。

 

「だ、誰ぶー!」

「がはは、英雄ランス様登場! ヘルマンの司令官め、覚悟しろ!」

「ランス様、豚が椅子に座って話をしています。不思議です」

「本当。なんでこんな所に豚がいるのかしら」

 

 シィルは天然で、志津香はわざとフレッチャーを挑発する。どうやら気にしていた事らしく、フレッチャーと横にいる弟子二人が怒りに顔を赤くする。

 

「ぶー! 許さんぶー!」

「フレッチャー様になんと無礼な!」

「生きては帰さんぞ!」

「フレッチャー……? まさか、あの世界最強の格闘家か!?」

「なにっ!?」

 

 アレキサンダーが声を上げ、ルークもそれを聞いて驚く。まさか世界にその名を轟かす格闘家が、目の前にいるこの豚のように太った親父だとでもいうのか。

 

「おいおい、名を語るならもうちょっと騙せそうなものにした方がいいぞ」

「馬鹿を言うな! この方がフレッチャー様本人だ!」

「……間違いないのか?」

「当然ぶー!」

 

 ふんぞり返った拍子に後ろに倒れそうになるフレッチャーと、素早くそれを支える弟子二人。あまりにも酷い光景にルークが眉をひそめ、アレキサンダーに問う。

 

「どう見る?」

「あの者が本人かは判りかねますが、横の二人はそれなりに手練れですね。となると、可能性はあるかと」

「……えっ!?」

 

 そのとき、部屋の隅にいた人物を見てかなみが声を上げる。

 

「そんな……メナド! リックさん!! それに、レイラさんも……」

「リック……まさか、赤い死神!? 嘘でしょ!?」

 

 リックという名前に志津香も声を上げる。リーザス最強の戦士、リック・アディスン。その名前は大陸中に知れ渡っており、当然志津香も知っていた。

 

「他の二人も知り合いか?」

「はい。赤の軍副将で私の親友のメナドと、親衛隊隊長のレイラさんです」

「す、凄い人たちばかりじゃないですか……」

 

 相手の面子にシィルが怯える。その様子をニタニタと笑いながら眺め、フレッチャーが周りの者たちに指示を出す。

 

「この最強の布陣にお前らなんかが勝てる訳ないぶー! ボウ、リョク、リック、メナド、レイラ! 奴らを殺すぶー!」

 

 その言葉にスッと前に出てくるレイラ以外の四人。フレッチャーが不思議そうにアイゼルの方を見る。

 

「おい、何をしてるぶー?」

「……この女は貴様の部下ではない。私の部下だ。何故私が貴様に手を貸さねばならない?」

「き、貴様! ふん、そこで見ているぶー! 四人だけで十分ぶー!」

「なんだ、仲間割れか? 醜い豚が喚いているぞ、がはは!」

 

 ランスが更に挑発を加えている横で、ルークがかなみにそっと指示を出す。

 

「かなみ、奥にいる魔法使いの娘が判るか」

「はい、こちらに気が付かない程集中している魔法使いですよね」

「恐らくあれがリーザス兵を操っている魔法使いだ。俺たちが目の前の四人を倒すから、隙をみてあの魔法使いを気絶させてくれ。だが、奥の男には気をつけろ。イヤな気配がする」

「はい! ……あっ!?」

 

 ルークに言われ奥の男に目をやると、かなみが見覚えのある顔である事に気が付く。

 

「ルークさん! あいつ、魔人です!」

「なんだとっ!? ……んっ!?」

 

 再度奥の魔人を見ようとしたルークだが、突如迫ってきた剣をすんでのところで受け止める。が、すぐに二撃、三撃と振るわれる。恐るべき早業。それを全て捌きながら、一瞬の隙を突いて横薙ぎにする。しかし、相手もすぐに剣先を下に向けてそれを受け止める。

 

「なるほど、これがリーザスの赤い死神か……魔人に気を向けている場合ではないか……」

「ルークさん!」

「やれぶー! 殺すんだぶー!!」

 

 その声に反応するように、更にルークに攻撃を加えるリック。驚異なのは、尋常ではないその手数。かなみが援護しようにも、早すぎて目が追いきれない。忍者であるかなみがこの状態なのだ。シィルと志津香ではとても目で追い切れず、下手に援護が出来ない状況にあった。その高速の太刀筋を、ルークは全て受けきる。あまつさえ隙を見ては反撃の太刀を繰り出しているのだ。だが、リックもその反撃を全て受けきる。

 

「す、凄い……」

 

 遙か高みの攻防にかなみが息を呑む。超スピードでの攻防にも関わらず、未だどちらも相手の一撃も受けていない。この剣速を完全に受けきるルークの強さを改めて目の当たりにする女性陣三人だが、その様子を面倒くさそうに見ていたランスがルークの左側から文句を言う。

 

「馬鹿者! 今の上段に反撃を取れただろうが!」

「何を適当な事を……」

「無茶言うな! 今の一撃を無理に取りに行ったら、次の攻撃で俺の胴体が両断されている!」

「えっ!?」

「それは貴様が遅いからだ!」

 

 文句を言いかけたかなみと志津香が目を見開く。まさか、ランスにはこの攻防が見えているのか。二人がその事に驚いていると、ルークの右側からアレキサンダーの声も飛ぶ。

 

「ルーク殿! 先程からの相手の攻撃にはいくつかのパターンがあります!」

「ああ、把握している。数が多いんでまだ全てではないがな!」

 

 再び絶句する二人。アレキサンダーにもこの攻防が見えているというのか。だとすれば、先程出会ったばかりのこの男も、立っている場所は遙か高み。そのとき、ランスの前にメナドが、アレキサンダーの前にボウとリョクが歩み寄ってくる。

 

「いつまでよそ見をしている気だ?」

「さあ、我々ともやりあって貰うぞ。勝負になればいいがな……」

 

 このままでは二対一だ。すぐさま志津香がアレキサンダーの援護に入ろうとするが、それを手で制する。

 

「志津香殿。この密集した部屋では貴女の実力は発揮できないでしょう。ここは任せて貰おう」

「貴方、一人で戦うつもり!?」

「ルーク殿やランス殿の相手に比べれば、二対一が妥当な相手。問題ありません」

 

 そう平然と言ってのけるアレキサンダー。対するボウとリョクは額に青筋を浮かべながらも、必死に冷静を装ってアレキサンダーに問いかける。

 

「ふっ……まさか貴様、フレッチャー様の弟子でもある我らと、無謀にも一人でやるつもりか?」

「ふんっ!!」

 

 ボウの言葉と同時に、リョクが右手を開いた状態で前に思い切り押し出す。張り手のような所作に志津香が訝しんでいると、突如アレキサンダーの顔の横を突風が通り過ぎていった。その頬に一筋線が入り、血が流れる。

 

「これぞ、我ら二人がフレッチャー様より教えを受けた奥義、真空波」

「格闘家の最大の弱点である遠距離を克服した我らは、フレッチャー様に次ぐ実力を得た」

「これでも一人で十分などと言うつもりか? 驕るな!」

「我らの実力、侮るな!」

 

 ボウとリョクの言葉を受け、アレキサンダーがゆっくりと腰を落としながら静かに口を開く。

 

「驕った訳でも、侮っている訳でもない。貴殿らの実力は本物だ。だが、それを冷静に考慮した上で……」

 

 アレキサンダーが拳を握り、二人を見据えて構えながらハッキリと口にする。

 

「……一人で十分だと判断したに過ぎん!」

「「き、貴様ぁぁぁぁ!!!」」

 

 

 部屋の左隅ではランスがメナドと対峙していた。メナドが間合いを推し量りながらランスににじり寄ってきている。そのメナドの顔をジロジロと見るランス。

 

「おお、中々に可愛いじゃないか! ぐふふ、むさい男共はあっちの二人に任せて、お楽しみといくか」

「ランス! メナドは私の親友なんだから、変な事をしたら許さないわよ!」

 

 イヤらしい顔をしているランスにかなみが文句を言うが、ランスは手をわきわきと動かして聞く耳持たず。手裏剣でも投げてやろうかとかなみが考えていると、横にいたシィルがランスに声を掛ける。

 

「ランス様、援護を……」

「いらん。こんな密集した部屋じゃ邪魔だ。それに、メナドちゃんは傷つけずに手に入れなければならんからな。がはは!」

 

 無防備に笑うランスを隙だらけと見たのか、メナドが一気に間合いを詰めてランスに斬りかかる。直後、剣が後方に飛ぶ。それはランスの剣ではない、メナドの剣だ。冷静にメナドの太刀筋を見切ったランスが、下から上に剣を振り上げてメナドの剣を弾き飛ばしたのだ。それと同時に、両手でメナドの胸を鷲づかみにする。

 

「がははー! ターッチ!!」

「ぎゃぁぁぁぁ! メナドに何するのよ!!」

 

 かなみが悲鳴を上げると同時に、メナドが胸を押さえながら後方に跳ぶ。すぐさま飛ばされた剣を拾い上げ、ランスをキッと睨み付ける。洗脳されていて大して意識は残っていないはずだが、それでも羞恥心はあるらしい。

 

「ちっ、鎧の上からでは全然感触が伝わらん」

「ランス! 次にそんな事したら、本気で手裏剣投げるからね!!」

 

 ランスの後方で手裏剣を構えるかなみ。その目は本気の目であった。シィルがその光景に冷や汗を流す。

 

「ふん、まあ鎧の上から触ってもつまらん事が判ったし……」

 

 そう言って剣を構えるランス。顔はにやけたままだが、対峙していたメナドはランスの纏う空気の変化に体を固まらせる。そのメナドに向き合いながら、ランスが平然と宣言する。

 

「とっとと終わらせるとするか」

 

 

 そして部屋の中央部、ルークとリックは未だ高速の剣舞を行っていた。不謹慎にも、ルークの口に笑みがこぼれる。洗脳されて実力を出し切れていないはずなのに、これほどのものなのか、と。そのまま再度リックに斬りかかるルークだが、その剣はまたもリックの剣に受け止められる。が、すぐさま体を捻ってリックの腹に蹴りを繰り出す。先程まで剣の攻撃しかしていなかったため、不意を突かれた形のリックはそれをモロに食らう。一歩後ろに下がりながら、すぐに体勢を整えるリック。洗脳されているリックも、いつの間にか笑みを浮かべていた。

 

「滾るぞ、赤い死神!」

 

 この状況を見てもなお、フレッチャーは勝利を疑っていなかった。愛弟子に赤い死神、負ける要素が見当たらないからだ。だが、フレッチャーは知らなかった。洗脳によりリックの実力が出し切れていない事を。そして、目の前に対峙する三人の男がいずれもリックと肩を並べうる人類最強クラスの男である事を。

 

 




[人物]
アレキサンダー (3)
LV 36/77
技能 格闘LV2
 世界を旅する格闘家。リーザスコロシアムでルークに敗れた後、一から鍛え直すべく大陸を放浪していた。リーザスが陥落したという噂を聞き、一度は長きに渡って滞在した場所の現状を知るべくリーザスを訪れ、その際にルークと再会を果たす。

アリオス・テオマン
LV 14/99
技能 剣戦闘LV2
 現在の勇者にして、ランス本編における三人の主人公の一人。正義感が強く、困った人を放っておけない性格であり、リーザス解放軍にも自ら志願した。レベルの低さは勇者の特性によるもので、その実力は本物である。

セル・カーチゴルフ
LV 18/44
技能 神魔法LV1
 レッドの町の神官。真面目な性格で、町の人からの信頼も厚い。神官としての腕もかなりのもので、回復魔法の腕はシィルよりも上。いきなりとんでもない事を言い出したランスを改心させようと誓いつつ、抱きかかえられるなど初めての経験であったため少しドキドキしていた。


[モンスター]
デカント
 巨人のモンスター。手に持った棍棒で敵を粉砕する。知性も多少あり、時には傭兵として雇われることもある。


[技]
一式ハヤブサ (半オリ)
使用者 アリオス・テオマン
 アリオスの必殺技。一太刀振るえば周りに鎌鼬を起こし、敵を一度に斬り刻む技。発生した鎌鼬を飛ばすことも可能なため、近、遠距離両方で活躍する

真空波
 フレッチャーが編み出した遠距離用格闘技。空気を押し出すように手の平を前に出し、鋭い風を相手に放つ。


[その他]
勇者
 魔王を倒す力を持った存在。いつの世にも必ず一人存在する。13歳になると能力を発揮し、20歳になると引退となる。一度受けた攻撃はすぐに見切れるようになる、どんなピンチでも絶対に死なない、レベルが上がりにくいがレベルダウンをしないなど、強力な能力が付加される。また、人類の数が減れば減るほど威力を増す勇者の剣、エスクードソードを使うことが出来るのも勇者のみである。

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