ランスIF 二人の英雄   作:散々

31 / 200
第30話 リーザス解放軍

 

-ラジールの町周辺 荒野-

 

「ぎゃっはっはっは! 死ね、死ね、死んじまぇい!!」

 

 ルイスが叫びながら愛用の剣を振り回す。握る箇所以外は余計な装飾が付いていない、ただ斬る事だけに特化した珍しい剣だ。敵を殺すのに最適な形を考え、ルイス自身が特注したものである。決して扱いやすくはないであろうその剣を巧みに動かし、押し寄せてくるリーザス兵たちを次々と斬り伏せていく。チンピラ風の見た目に反し、ルイスの実力は本物であった。

 

「油断するな、あと少し耐えれば戦いは終わる!」

 

 周りの傭兵に檄を飛ばしながら、セシルが華麗に舞う。先に彼らが壊滅寸前になっている理由を二つ語ったが、そんな彼らがここまで耐え切れていたのにも二つほど理由がある。一つは、洗脳されているリーザス軍は深い思考の下で戦うことが出来ず、攻め方が単調になっている事だ。セシルやルイスのような手練れであれば、易々遅れを取るような攻撃ではない。そして、迫ってきた男兵士を峰打ちで気絶させながら、ルークがもう一つの理由を呟く。

 

「赤の軍だったらここまで耐えきる事は出来なかっただろうな」

「それが不幸中の幸いというものだ」

 

 ルークたちを取り囲んでいるリーザス兵が纏っている鎧の色は白。カスタム侵攻のためにラジールに派遣されていたリーザス軍は二部隊。黒の軍と白の軍だ。その内、黒の軍全部隊と白の軍の大半がカスタムへと向かい、残りの白の軍が傭兵部隊討伐にやってきたのだ。リーザス白の軍、この軍は情報戦に長けた軍であり、単純な戦力としては他の色の軍にやや劣っている。勿論、有事の際には遊撃部隊もこなすため決して弱い訳ではないが、ルークと残っている傭兵部隊を壊滅させるには決め手に欠けていた。ルークも疲弊しきっている周りの傭兵に檄を飛ばす。

 

「冷静に戦え! 情報戦特化の軍の単純な攻撃、こんなので死んだら傭兵の名が泣くぞ!」

 

 周りを鼓舞するため、あえて白の軍を貶めるような事を言う。だが、効果は絶大。元々ルイスのように血の気の多いものが大半の傭兵たちはこの言葉に奮起した。

 

「乗せるのが上手いな」

「なに、そんな事はないさ……んっ!?」

 

 セシルの言葉に軽く答えながらも、傭兵たちの様子を見てルークは確信していた。これならばまだ耐えられる、と。だが、ルークがそう考えた瞬間、今まで迫ってきていた兵たちとは比べものにならない速さの剣戟がルークを襲った。

 

「くっ……」

「…………」

 

 すんでのところを妃円の剣で受け止め、相手を見る。それは女性であった。その目は洗脳によって濁っているが、整った容姿。シィルと同じピンク色の長い髪を風になびかせながら、再度ルークに剣を振るってくる。それを躱しルークも剣を振るうが、相手もルークの攻撃を軽く躱す。深い思考が出来ないはずの洗脳兵とは思えない動きだ。彼女がここまでの動きを出来るのは本能によるものだろう。それだけで、目の前の女性が普段からどれほど鍛錬を積んできたかが判るというもの。

 

「情報戦特化の白の軍とはいえ、流石に本物の一人や二人いるものだな。」

「援護は……」

「必要無い。こちらは気にするな」

「了解だ。死ぬなよ」

 

 女の猛攻を捌きながら、ルークはそうセシルに答える。それに素直に従うセシル。この辺りは雇い主と傭兵という立場で物を考えているようだ。

 

「…………」

「ランス、急いでくれ。これほどの猛将、ここで殺すには惜しい」

 

 ルークは知らなかったが、目の前に対峙するのは白の軍副将、ハウレーン・プロヴァンス。だが、ルークはこれほどの剣戟を受けながらも、自分が負けるのではなく相手を殺すのが惜しいと平然と言ってのける。これから続くリーザス解放戦においても、そしてその先を見据えても、この人材は殺したくはない。そんな事を考えながらハウレーンの剣を捌き続け、ルークはランスが洗脳を解いてくれるのをひたすら待っていた。

 

 

 

-ラジールの町 ラジール家 地下-

 

「ランス様、女の人です!」

「がはは、見つけたぞ、あれがナースちゃんだ!」

 

 地下に潜ったランスたちの目の前に現れたのは、巨大な鍾乳洞。屋敷の地下にこんなものを作れるということは、相手にも相当の魔法使いがいる。それが今リーザス軍を洗脳しているナースなのか、はたまた別の魔法使いなのかは判らないが。すぐさま鍾乳洞を進んだランスたちだったが、中は迷宮のようになっており、ナースを見つけるのに相当の時間が掛かってしまっていた。どうにか鍾乳洞の最奥の部屋まで辿り着いたランスたちは、部屋の中央で座禅を組んでいる赤い髪の女魔法使いを発見する。あれがリーザス軍を洗脳している魔法使い、ナースに間違いないだろう。よほど集中しているのか、ランスたちが部屋に入ってきたことにすら気が付いていない。

 

「ランス様、この方の集中を止めればリーザス軍の洗脳が解けると思われます」

「よし、シィル、マリア! ちょっとそこで見張りをしていろ」

「へ?」

「まさか……」

「紳士の俺様が暴力で集中を乱すのは似合わないな。となれば、あの手段しかあるまい……ぐふふ……」

 

 イヤらしい顔をしてナースに近づいていくランス。その顔だけでこれから何が行われるかは判ろうというもの。シィルが少しだけ悲しげな表情を浮かべながら後ろを向き、マリアはその様子を見てため息をつく。カスタムの事件のときには一緒にいた期間が短いため完全には気が付けなかったが、こうして一緒にいる時間が長くなればなるほどシィルの気持ちに否が応でも気が付くというものだ。ランスに心の中でバカと悪態をつきながら、マリアもシィル同様後ろを向こうとする。そのとき、ナースの左右に置いてあった二つの水晶が目に飛び込んできた。

 

「(……あれ? あの女よりも、あっちの水晶の方が強い魔力を……)」

「お、なんだ、マリア? そんなにジロジロと見て。混ざりたいのか?」

「ば、馬鹿! そんな訳ないでしょ!」

 

 ランスの言葉に動揺し、ふん、と後ろを向くマリア。それからすぐに部屋にナースの悲鳴が響き渡った。そして、それと同時に異変は起こっていた。後ろを向いていたマリアは気が付かなかったが、悲鳴が響くと同時に左右の水晶にヒビが入り、音もなく砕け散っていたのだ。

 

 

 

-ラジールの町周辺 荒野-

 

「……はっ! 私は……」

「んっ!?」

 

 ルークに迫っていたハウレーンの剣が止まる。いや、攻撃を止めたのはハウレーンだけではない。周りのリーザス軍が一斉に傭兵への攻撃を止め、ざわつき始めたのだ。突然の事態に困惑し、ルイスがルークに問いかけてくる。

 

「旦那ぁ? こいつはどういうことだ?」

「……ランスだ! どうやら俺の仲間がリーザス軍の洗脳を解いたらしい」

「ふぅ、やれやれ。これで一息つけるか」

 

 流石に疲れたのか、セシルが剣を下ろしながら深いため息をつく。周囲を見回し、戦いの終わりを肌で感じた後、セシルがルークに向けて手を差し出す。

 

「重ね重ねになるが、感謝するルーク殿。貴方がいなければ持ち堪えられなかっただろう」

「こちらこそ。それに、戦いはこれで終わりじゃない」

「そうだったな。これから続くリーザス解放戦でもよろしく頼むよ」

「頼りにしているぞ」

「へへ、俺も頑張らせて貰うぜ、ルークの旦那」

 

 固い握手を結び合う二人と、それを見ながら笑っているルイス。周りでは傭兵たちが歓喜の声を上げており、洗脳から解けたリーザス軍が傭兵たちに謝罪をしている。どうやら洗脳されている間の記憶も、朧気ながら残っているようだ。厳しい戦いはこれからが本番だが、ひとまずこの戦況を乗り越えた事を全員で喜び合うのだった。

 

「ところでルイス。その旦那って呼び方は何とかならないか? お前の方が年上だろ?」

「けっけっけ。一応雇い主になる訳だからな。ルークの旦那って呼ばせて貰うぜ」

 

 

 

-カスタムの町防衛線付近 荒野-

 

「来たわ! ヘルマン軍よ!」

「ルーク、間に合わなかったの……?」

 

 忍者のかなみがいち早くこちらに向けて進軍してきたヘルマン軍をその目に捉える。連れているリーザス軍の洗脳が解けている様子はない。作戦は失敗したのかと、報告を受けた面々に緊張が走る。押し寄せる大軍にこの人数でどれだけ持ち堪えられるか。そして、どれだけ生き残れるか。実戦慣れしていない者たちの胸を早鐘が打つ。

 

 

「ふふふ、ヘンダーソン殿下の仰られた通り、今のカスタムなぞ赤子の手を捻るも同然よ」

 

 一方で余裕の表情なのは、カスタムの町へ向けて進軍をしているヘルマン・リーザス合同軍の指揮を執る男、ヘンダーソンの側近であるスプルアンスだ。よもやヘンダーソンが既に殺されているなどとは思ってもいない。そんなスプルアンスに側にいた部下が問いかける。

 

「スプルアンス様。カスタムの町を滅ぼしたら、その後はお楽しみって事でいいんですよね?」

「何度か見ましたが、あの町の女は結構上玉揃いでしたぜ」

「ああ。男は殺し、女は犯し尽くせ。これほどの抵抗を行った見せしめにもなる」

「流石、スプルアンス様は話が分かるぜ!」

 

 下卑た笑い声を上げるヘルマン兵。その部下たちを眺めながら、スプルアンスは側にいた老兵の頭をぽんぽんと撫でる。洗脳されているリーザス兵だ。

 

「くくく、リーザスの猛将バレスもこうなってはただの耄碌ジジイだな」

「…………」

「はっはっは、ナース様の洗脳は完璧ってもんですぜ。あの猛将がただの耄碌ジジイになっちまうんだからな!」

「確かに、儂も耄碌したものじゃな……」

 

 頭に手を乗せていた目の前の老兵、リーザス軍総大将バレスが静かに呟く。瞬間、スプルアンスは異変に気が付く。洗脳されているはずのリーザス兵が何故喋れるのか。だが、スプルアンスがその答えに至ることはなかった。それよりも早く、バレスによって首を飛ばされたからだ。

 

「目の前の敵をみすみす見逃していたのだからの! 皆の者、目を覚ませ! ヘルマン軍を打ち倒すのじゃ!!」

 

 響き渡る怒声。洗脳から解けたリーザス軍が、ヘルマン軍に襲いかかったのだ。虚を突かれた形になったヘルマン軍は次々に打ち倒されていく。

 

 

「っ!? リーザス軍がヘルマン軍と戦っている!」

「どうやら間に合ったみたいだぜ!」

「ならば、こちらも援護しましょう。突撃!」

「おー! 張り切っていきますですかねー!!」

 

 リーザス軍の洗脳が解けたのを確認したカスタム防衛軍も動く。カスタムに侵攻してきていた兵の内訳は、ヘルマン軍2000に対しリーザス軍4000。これにカスタム防衛軍も加わったとなれば、ヘルマン軍に勝ち目などなかった。2000人のヘルマン軍は瞬く間に壊滅する。

 

「これで終わりにするな! このままの勢いでラジールを即座に解放するのじゃ!!」

「「「うおぉぉぉぉ!」」」

 

 バレスの檄に兵が咆哮する。確かに今のラジールはもぬけの空に近い。ならば、援軍が来るよりも先に解放するのが得策だ。リーザス軍は即座にラジールの町に引き返し、町に残っていた僅かなヘルマン軍を一人残らず打ち倒す。こうしてカスタムの危機は去り、ラジールの町は解放されたのだった。

 

 

 

-ラジールの町 司令部-

 

「ルークさん、お疲れ様です!」

「かなみたちも、無事で何よりだ」

 

 ラジール解放に成功した一行は、ラジールに簡易の司令部を作った。カスタムではリーザス解放に向けての司令部としては少し位置関係が悪いからだ。その点、ラジールは位置関係が良く、割と大きな都市であるため色々な面で利点が多い。

 

「リーザス解放軍か……」

 

 ルークは司令部の前で話し掛けてきたかなみに返事をしながら、入り口横に立てかけられた札を見てそう呟く。洗脳から解けたリーザス軍とカスタム防衛軍が合流し、新たにリーザス解放軍を名乗っていたのだ。そのままかなみと共に司令部の中へと入っていくルーク。今この部屋では、今後に向けての作戦会議が行われていた。

 

「遅れてしまったかな?」

「いえ、大丈夫ですよ」

 

 ルークの問いに答えたのは真知子。その返答にルークが部屋の中を見回す。部屋の中にいるのは解放軍の代表者たちだ。リーザスからは黒の軍将軍バレス、副将ドッヂ、サカナク、ジブル、白の軍副将ハウレーンが出席していた。ハウレーンの隣に空席がある。どうやら白の軍将軍がまだ来ていないようだった。カスタム防衛軍側からは司令官マリアと、部隊を率いるミリ、ランの二名、及び作戦参謀の真知子。これにルークとかなみが加わり、部屋の中には計十一名。と、部屋の中を見回して終えたルークは、この場にいないのが不思議な二人の人物について問いかける。

 

「マリア、ランスと志津香はどうした?」

「ランスは面倒くさいからパスだって。志津香は疲れたから寝るって言っていました」

「まあ、今までカスタム防衛で一番頑張っていたのは志津香だ。目を瞑ってやってくれ」

「魔法は集中しなきゃならない分、精神的負担も大きいしな。ま、いいさ」

 

 ランスと志津香が欠席している理由を聞き、納得したように席に着くルーク。が、すぐに思い出したように言葉を続ける。

 

「そうだ。申し訳ないが、誰かランスの部屋に行ってくれる人を捜してくれないか? 作戦前に、成功したらたっぷりサービスするようにとか言っていたからな。こういう事を反故にするとヘソを曲げかねん」

「ガキかよ……」

「ま、大きい悪ガキって感じだな。だが、頼りにはなる。ヘソを曲げられて部隊を抜けられるのは困るからな」

「同感ですね。ランスさんの力は解放軍に無くてはならないものです」

 

 ルークの言葉に真知子が頷き、続いてランとマリアもそれに賛同するよう頷く。こんな事でヘソを曲げかねないのがランスであり、同時に戦力として頼りになるのがランスなのだ。

 

「最悪、町で娼婦を買ってきてカスタムの娘だと名乗らせても構わない。誰もお礼に行かせないのだけはちょっとマズイ」

「しゃあない、俺が行くか」

「スマンな、ミリ」

「なぁに、解放してくれた事には感謝してるしな」

 

 気にするな、と手で合図をするミリ。これでランスがヘソを曲げる事もないだろう。そうこうしていると、程なくして会議が始まる。机の前に立つのは両司令官のバレスとマリア。まずはバレスが謝罪の言葉を口にする。

 

「リーザス総大将、バレスじゃ。操られていたとはいえ、リーザスの為に戦ってくれていた人たちに刃を向けた事、真に申し訳ない。この非礼、儂の首を持って許していただきたい……」

 

 いきなり剣を抜くバレス。全員が驚愕する中、隣に立っていたマリアと、バレスの行動を若干予想していたハウレーンの二人が慌てて止めに入る。

 

「やめて下さい! 償いたいって言うのなら、一緒にリーザス解放のために戦って下さい!」

「父上……いえ、バレス将軍! そんな事をしても、リーザスの為になりません!」

「だが……」

「バレス将軍。リア王女を見捨てる気か? 捨てた命であるなら、もう一度リア王女の為に捧げてくれ。貴方の力が必要だ」

 

 いつの間にかルークもバレスの前に立っていた。剣を持つ手を取り、バレスの目をジッと見る。一度噛みしめるように目を閉じ、剣を仕舞ってから深々と頭を下げるバレス。

 

「……ルーク殿と言ったか? 恥の上塗り、かたじけない」

「バレス将軍……」

「迷惑を掛けたが、もう迷いはない。これからは共に戦わせていただく」

「ああ、これから宜しく頼む」

 

 席に引き返そうとするルークに、白の軍副将ハウレーンが一礼をする。先程父上と言っていた事から察するに、彼女はバレス将軍の娘なのだろう。手で軽く返し、礼を言ってきた黒の軍副将の三人とも一言ずつ交わした後、会議が再開する。

 

「騒がせてしまい申し訳ない。これから我々はヘルマン軍からリーザスを解放するため、戦争を仕掛けることとなる」

「これは正義の戦いよ。悪のヘルマン軍を絶対に許す訳にはいかないわ!」

 

 グッと拳を握りしめて熱弁するマリア。その言葉にミリが奮起し、口を開く。

 

「おもしれーじゃねえか。ここでヘルマン軍を叩いておかないと、いずれまたカスタムの町に攻めて来やがるからな。徹底的にやってやろうぜ!」

「そうですわね。それに、最早この戦争はリーザスやカスタムだけの問題では無い。魔人が絡んでいる以上、世界の命運をも握っていると言っても過言ではありません」

「捕まっているリア王女様も助け出す必要がありますし、負けられませんね……」

 

 真知子とランも決意を新たにする。そんな中、ランの発したリア王女という名前にバレスが何かを思い出したかのような反応を見せ、すぐにかなみに向き直って頭を下げる。

 

「かなみ、良くやってくれた。お主がいなかったら、今のこの状況はない」

「いえ、私なんか……リア王女をみすみす敵に……」

「いや、あの場ではそれが最善の策であったのだろう。リア王女とマリス殿がそう決断したのだからな」

「あの二人なら判断を間違えるという事もないだろう。気にするな、かなみ。必ず助け出す」

「……はい!」

 

 バレスとルークの言葉にかなみが勇気付けられる。彼女は一人で逃げた事をずっと悔やんでいたが、バレスの言うように彼女がいなければ今の状況はない。現時点での最大の功労者を上げるのならば、それは間違いなくかなみである。

 

「マリア、現状は?」

「私たちの軍は、カスタムの軍200とリーザス軍4000、傭兵部隊80。因みにリーザスの内訳は、黒の軍1000、白の軍500、及び市民兵が2500よ。これなら十分戦えるわ!」

「いやぁ、増えたもんだねぇ」

 

 マリアの現状報告にミリが感嘆する。人の数が一気に数十倍に膨れあがったのだからそう言いたくもなる。リーザス軍に襲われていた傭兵部隊はかなり損耗し、戦える人数は100を切っていた。だが、残った人材はあの状況でも生き残っていた手練れ揃い。少人数ながらも頼りになる面々なのだ。そんな中、ルークが眉をひそめる。カスタムの人数に引っかかりを覚えたのだ。

 

「カスタムの戦える人数は100を切っていたんじゃなかったのか?」

 

 そう、ラジールに攻め込む前にマリアは確かにそう口にしていた。そのルークの問いにマリアが嬉しそうな表情で答える。

 

「ロゼさんが町に戻ってきてくれて、治療をしてくれているの」

「ロゼが?」

 

 悪魔の通路で別れたロゼはあのままカンラの町へと引き返したと思っていたのだが、どうやらカスタムにやってきて怪我人の治療をしてくれたらしい。回復魔法が使えるヒーラーがいるといないのでは、やはり治療のペースに格段の違いが出る。正直ロゼが来てくれたのはありがたいが、どういった心変わりがあったのだろうか。

 

「会議を続けようぜ。対するヘルマン軍っていうのはどの程度いるんだ?」

「うむ、儂が答えさせて貰おう。リーザスを占領しているのはヘルマン第3軍。その数1万。それに加え、洗脳したリーザス兵が儂らの他にあと1万。魔物によって構成されたモンスター部隊2万。計4万の大部隊じゃ」

「なんて数……これでは……」

 

 こちらの戦力が一気に増えた事を喜んではいたが、それでも敵の数はまだ圧倒的。ランの顔が青ざめるが、バレスがそれを勇気付けるよう拳をグッと握って言葉を続ける。

 

「心配召されるな、ラン殿。恥ずかしながら我が軍のように洗脳されたリーザス兵は、その洗脳を解けばそのまま味方になります。また、城に居らず洗脳を逃れた兵やヘルマン軍に反発している猛者たちが、各地で抵抗を続けているのじゃ」

「ええ、その人たちを加えて軍を強化していけば、必ず勝てるわ!」

 

 ヘルマンへの反発は思ったよりも大きく、各地でゲリラが多く発生していた。それらの戦力は馬鹿に出来ない。彼らを吸収していけば十分に勝機はあるとバレスとマリアが宣う。

 

「それに、私たちには秘密兵器チューリップ3号がある!」

「それは置いといて……」

「置かないでよ、ミリ! 本当に凄いんだから!!」

 

 マリアの反応を受け、会議室に軽く笑いが生まれる。固くなりすぎていた会議には良いクッションになった事だろう。狙ってやったのかは判らないが、ミリのファインプレーだ。

 

「…………」

「ルークさん、どうかしましたか?」

 

 少し前から黙り込んでいるルークを心配し、顔を覗き込みながらかなみが問いかけてくる。ルークが気になっていたのは、各地にいるというリーザス軍を洗脳している魔法使いの事。この戦争の鍵は、いかにその魔法使いを素早く倒すかにある。何かに思い至ったのか、ルークが一度だけ小さく頷き、ゆっくりと口を開く。

 

「……捕らえたナースにヘルマン兵を洗脳させることは可能か?」

「ルーク殿!? それは騎士道に……」

「ハウレーン、申し訳ないがそれを問答している段階は過ぎている。リーザス奪還のために手段を選んでいる場合ではない」

「その意見には僕も賛成ですが、どうやら無理みたいですね」

 

 ルークとハウレーンの会話に一人の男が割り込んでくる。全員が振り返り見ると、司令室の入り口に一人の男が立っていた。白い甲冑を身に纏い、軍人には珍しくメガネをかけている。

 

「遅くなりました。白の軍将軍、エクス・バンケットです」

「ルーク・グラントだ。他の者の自己紹介は後にしよう。無理というのは?」

「ええ、僕が遅れていたのはそのナースの尋問に立ち会っていたからなのですが、どうやらリーザス兵を操っていたのは彼女の魔法では無いようです」

「えっ? 彼女を倒したら洗脳が解けたんですよね?」

 

 ランが思わず問いかける。マリアからそう報告を受けていたからだ。その問いにエクスは頷き、そのまま言葉を続ける。

 

「ええ。ですが、彼女の自身の魔力ではなく、アイゼルという魔人に貰った水晶の力で操っていたという事のようです」

「……っ!?」

 

 魔人の名前を聞いたルークは一瞬顔をしかめるが、すぐに表情を戻して会話を続ける。

 

「やはりか。ゼスならともかく、これほどの魔法を使える者がヘルマンにそう何人も居るはずはないと思っていたが……」

「ええ。魔人の力によるものです」

「その水晶はどうなっている?」

「それも既に調べてあります。利用出来れば大きな戦力になったのですが、水晶は既に割れてしまい使い物にはなりませんでした」

 

 ルークの知りたかった事を先回りして調べ、次々と答えてくれるエクス。情報戦特化部隊の将軍というのは伊達ではないらしい。

 

「それと、都市長が挨拶をしたいとお見えです。会議中ですが、すぐに終わるとのことなので通しましたよ」

 

 エクスがそう言い、部屋の外で待っていた二人の人物を招き入れる。現れたのはラジール都市長のアムロと、秘書のレィリィ。ラジール家の人々は心身共に参っているため、都市長と秘書の二人だけがやってきたのだ。深々と頭を下げる二人。

 

「ラジール都市長のアムロでございます。このたびはこの町を救っていただき、ありがとうございました」

「町の者、皆が感謝しております。ラジールの町はリーザス解放軍を全面的に支援します。この町には武力はありませんが、必要な資金は可能な限り捻出します」

「おお、かたじけない」

「ありがとうございます!」

 

 アムロとレィリィが代表であるバレスとマリアに全面支援を宣言する。今は少しでも人手が欲しいとき。資金援助の申し出は相当にありがたい。そのまま部屋の中にいる人たちにも一人ずつ丁寧に一礼していたレィリィだったが、ふとルークの存在に気が付く。

 

「ルークさん!? 貴方も解放軍に?」

「おお、ルーク様。そうですか、貴方がラジールの危機をまた救っていただいたのですな」

「知り合いですか? それに、またとは?」

 

 レィリィの声にアムロも振り返り、ルークの姿に気が付いて感激する。そのアムロの言葉にエクスが興味を持ち、何があったのかと尋ねてくる。

 

「細かい仕事は何度か受けているが、大きい依頼で言えば一年ほど前に冒険者の仕事で町のモンスターを倒しただけさ。お久しぶりです、アムロ都市長、レィリィさん」

「お久しぶりです。謙遜なさらないでください、ルークさん。今でも町の者は貴方に感謝しているのですから」

「依頼をこなしただけさ」

 

 アムロとレィリィの二人と握手を交わすルーク。アイスの町に近いカンラやラジールでは十分に顔の知れた冒険者な事を再確認するかなみ。

 

「資金援助をしていただけるのは非常にありがたい。そこで、取り急ぎやって欲しい事がある。資金で傭兵部隊を……」

「ああ、失礼。それなら僕が既に頼んでおきました。二、三日中に傭兵部隊が千人ほど合流する予定です」

「手回しが早いな。流石は白の軍将軍と言ったところか」

「それが僕に求められている仕事ですからね」

 

 またも先に手を回されていた事にルークが感嘆するが、エクスはメガネをクイと持ち上げながら当然の事だと口にする。その後、会議は円滑に進んでいった。マリアの秘密兵器というチューリップ3号の完成と傭兵部隊の到着が済み次第、リーザスに向けて進軍を開始。ひとまずの目的として、ラジールとリーザスの間に位置するレッドの町の解放が最優先事項となった。

 

「すぐに進軍すべきでは……?」

「いえ、それは危険です」

 

 勿論、円滑と言っても議論が何もなされなかった訳では無い。ハウレーンやジブルからはすぐにでも進軍するべきとの声が上がったが、ルーク、エクス、真知子の三人がこれに反対。レッドの町にはリーザス最強を誇る赤の軍がいるという情報を真知子が得ていたのだ。急がば回れ。この戦争では万が一にも負けは許されないのだ。確実な勝利のため、あえて数日待つ事を決断した一同。

 

「おっと、大事な事を決め忘れておった」

 

 会議も終わりに近づいた頃、不意にバレスがそんな事を口にした。全員の注目が一斉に集まる。

 

「解放軍のリーダーだが、ルーク殿かマリア殿のどちらかにお願いしたいのですが……」

「えっ! 私!?」

「バレス将軍、貴方が一番適任なのでは?」

 

 ルークが尤もな言葉で返すが、バレスは首を横に振ってキッパリと答える。

 

「いえ、愚かにも敵に操られていた儂がおめおめと総大将に収まる訳にはいきませぬ。ここはカスタムの司令官であるマリア殿か、ラジール解放の立役者でもあり傭兵部隊をまとめ上げたルーク殿が適任かと」

「エクス将軍は?」

「リーザスの総大将であるバレス将軍を僕が率いる訳にはいきませんので」

 

 この場にランスが居ればバレスはランスにも話を振っただろうが、流石にこの場にいない者をリーダーにする訳にはいかない。そのため、ルークとマリアの二人だけに話を持ちかけたのだ。

 

「それじゃあ、ルークさ……」

「マリアが適任だな」

「へぁ!?」

「私もルークさんが良いと思うのですが……」

 

 まさかの指名にマリアが驚きの声を上げ、かなみがマリアに同意する。そのかなみにルークは静かに微笑み掛ける。

 

「俺に上に立つ程の器はないし、指揮官としての経験も無いからな。総司令官は後衛で全体を見通した方が良い。カスタムを少人数で守りきった経験もあり、後衛であるマリアが文句無しに適任さ」

「ふむ。まあ、一理ありますね」

「では、マリア殿! これから解放軍のリーダーとしてお願いします!」

「あはは……えっと、至らないところはあると思いますが、よろしくお願いします!」

 

 こうしてリーダーにはマリアが就任し、数時間にも及んだ会議はようやく終了した。司令室を出ると、辺りはすっかり暗くなっていた。流石に戦い疲れたルークは肩を鳴らし、ランスに習って早めに休むかと考える。当初の予定でもあるローラは酒場で飲んだくれているという情報を得ている。この町から出て行かないよう見張っていて欲しいと都市長に頼んでいたため、今すぐ会いに行く必要も無い。そもそもランスがいないのであれば話は進まないだろうし、彼女と会うのは明日以降にする。

 

「となれば、やはり早めに休むとするか」

「ルーク殿」

 

 宿に向かおうとするルークだったが、突如後ろから呼び止められる。振り返ると、そこに立っていたのはエクスだった。

 

「エクス将軍か。何か用で?」

「いえ、協力の感謝と、傭兵部隊を引き繋いでくれた事への改めての礼を。洗脳が解けた後に僕らが説明をしても、今の今まで襲ってきていた相手の話を聞いてくれるかは微妙でしたからね。お陰で仲介役との繋がりも切れず、傭兵の補充も簡単に取り付ける事が出来ました」

「ま、勝手に解放後の報酬上乗せを約束してしまったがな」

「構いませんよ。今、すぐに、戦力が欲しいのですから」

 

 金の心配など戦争後にいくらでも出来る。そう考えるエクスにとっては、傭兵部隊を繋ぎ止めてくれたルークの行動は本当に感謝すべきものであった。

 

「それと、傭兵部隊はしばらく貴方が指揮していただけますか?」

「人の上に立つのは苦手と言ったはずだが?」

「なに、とりあえず名目上だけでいいのですよ。実際にはセシル殿が指揮を執っていただけるでしょうし。ただ、傭兵が一番上に立つ部隊があるというのはあまりよろしくない」

「その代わりが冒険者というのはどうなんだ?」

「普段は冒険者でしょうが、今の貴方は解放軍でも上位に位置する存在です。その貴方が指揮官であるなら、後々文句が出にくくてね」

「了解だ。だが、色々と難しいな。やはり俺は人の上には立てそうもない」

「そうですかね……?」

 

 不敵に笑いながらメガネをクイと上げ、エクスが話を続ける。

 

「……僕は、貴方がリーダーになってくれる事を望んでいたのですがね」

「……マリアの就任には賛成だったんではないのか?」

「反対ではないですよ。ですが、一理あると言っただけでベストだとは思っていません」

「俺がベストだと? 買い被りすぎだ」

「僕はそうは思いませんがね。どうです? リーザス解放の暁には、白の軍に入隊する気はありませんか? 歓迎させていただきますよ」

「悪いな、まだどこかに所属する気はないんだ。これで失礼させて貰う」

 

 そう言って立ち去っていくルークの背中を見送りながら、エクスは陰に隠れ控えていたハウレーンに声を掛ける。

 

「ハウレーン、どう見ますか? 先を見据えて傭兵部隊を繋ぎ止めた手腕、洗脳を有効活用しようとする広い視野、カスタムやラジールの人々からの信頼も厚そうでしたし、僕は適任だと思うのですがね」

「申し訳ありません、エクス将軍。そういった事は私には判りませんが、一つだけ確かな事があります」

「確かな事?」

「ルーク殿は私よりも遙かに強いということです」

「……ほう?」

 

 その言葉にエクスが声を漏らす。今し方口にしたように、会議での出来事や傭兵への対応からエクスはルークを高く評価していたのだ。それこそ、本気で白の軍に来て欲しいと思う程には。だが、武力に関してはまだこの目で見ていなかった。この解放戦内で見定めようと考えていたが、まさかハウレーンから情報が出てくるとは思っていなかった。

 

「洗脳されていた際にルーク殿と戦いました。朧気な記憶ですが、私の剣を難なく捌き続けたあの手腕、恐らくリック将軍とも同等かと……」

「なるほど、リックとですか。ますます欲しい逸材ですね」

「多分無理ですよ、エクス将軍」

 

 二人が振り返ると、そこにはかなみが立っていた。どうやら途中から話を聞いていたらしい。それも隠密の仕事であるため特に咎めはせず、エクスは不思議そうにかなみに問いかける。

 

「何故そう思うのですか?」

「ルークさん、リア王女とマリス様が直々に一度軍に誘っています。それも、副将の地位を約束してです。それでも断られましたから」

「な!? 副将の地位を!?」

「ほぅ……」

 

 ハウレーンが驚愕している横で、エクスは更にルークへの興味が増す。ここまでの逸材であれば最早白の軍には拘らない。どの軍でも良いから、リーザスの為になんとか味方に引き込みたい。そのような思いを強めていた。

 

 

 エクスと別れたルークは一人宿に向けて歩く。だが、ふとその足が止まる。空を見上げれば、綺麗な月夜だ。それを見上げながら、先程の会議で出た名前を思い出し、一人静かに呟く。

 

「サテラに続き、アイゼルもか……ホーネット派に何が起こっているんだ……」

 

 その呟きは誰の耳にも届く事なく、夜の闇の中に消えていった。

 

 




[人物]
バレス・プロヴァンス
LV 30/37
技能 剣戦闘LV1
 リーザス黒の軍将軍にしてリーザス軍総大将。リアの祖父の代からリーザスに仕える隻眼の名将で、その名は世界中に知れ渡っている。8人の子供がおり、ハウレーンはその内の一人。妻亡き後は男手一つで育ててきたが、少し男勝りな性格に育ってしまった事に頭を痛めている。

ドッヂ・エバンズ
LV 21/25
技能 剣戦闘LV1
 リーザス黒の軍副将の一人。常に黒い兜で顔を隠しているが、これはリック将軍に憧れて真似をしているだけで、特に深い理由はないらしい。

サカナク・テンカ
LV 22/24
技能 剣戦闘LV1
 リーザス黒の軍副将の一人。三人の副将の中では一番年配で、他の二人をまとめる存在。リーザスを思うあまり時に過激な発言が飛び出すこともあるが、全ては愛国心によるもの。

ジブル・マクトミ
LV 20/26
技能 剣戦闘LV1
 リーザス黒の軍副将の一人。真っ赤な髪と太い眉毛ともみあげが特徴。黒の軍の副将たちは、一人一人の実力は他の軍の副将に劣るが、総大将として多忙なバレスを文武共に補佐している欠かせない人材である。

エクス・バンケット
LV 17/29
技能 剣戦闘LV1
 リーザス白の軍将軍。リーザス一の知将と呼ばれており、直接剣を交えるのは苦手と本人は言っているが、そこそこに腕も立つ。四色の将軍の中では最も年が若く、同じく年の若いリックとは親友の関係でもある。ルークに興味を持ち、何とかしてリーザスに来て貰えないものかと画策している。

ハウレーン・プロヴァンス
LV 28/36
技能 剣戦闘LV1 盾防御LV1
 リーザス白の軍副将。名将バレスの娘として幼い頃から父の背中を見て育った為、父に似て非常に生真面目な性格となる。騎士として生きる事を望んでおり、結婚なども今は考えていないため、普通の女性として暮らして欲しいバレスは頭を悩ませている。

ナース
LV 11/13
技能 魔法LV1
 ヘルマン第3軍魔法兵。元々は大した実力ではないが、魔人アイゼルから貰った水晶の力によりリーザス軍を操っていた。ナース以外にも他に数人、同様の魔法使いがいるらしい。

アムロ
 ラジールの町都市長。弱気な性格で、ヘルマン軍が侵攻してきた際にはすぐに降伏をしてしまった。町を救ってくれた解放軍に感謝し、支援する事を決める。ルークには以前町に侵入したモンスターを倒して貰った事から恩義を感じている。

レィリィ・芹香
LV 2/17
技能 秘書LV1
 ラジールの町の敏腕秘書。美人秘書だが、寄ってくる男の誘いは全て断っている。密かに都市長のアムロに片思いしているが、アムロには妻がいるため思いを打ち明けられずにいる。


[都市]
ラジールの町
 自由都市。自由都市でも中央部に位置し、各都市との交通が便利なため中継点として経済は発展している。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。