-アイスの町 キースギルド-
「おっ、ランスじゃねえか」
「よう、キース。相変わらず犯罪者みたいな顔をしているな」
聖剣と聖鎧を買い戻すための金を稼ぐため、キースギルドにやってきたランスたち。武器屋の親父には手付け金として500GOLD置いてきた。ルークが。部屋に入ってきたランスと悪態を付き合うキースだったが、ランスの後ろにシィル以外の人物がいる事に気が付く。
「久しぶりだな、元気にやっているか? 後ろにいるのは……ルークか!?」
「よっ」
ルークの姿を見て少し驚いた素振りを見せるキース。彼にとって、ランスとルークが一緒に行動している事はそれだけの衝撃だったのだ。以前ランスから一緒に仕事をした事は聞いていたが、こうして目の当たりにするとやはり驚かされる。
「少し金が入り用でな。楽で、役得で、簡単で、すぐ終わって、報酬ががっぽりの仕事を紹介しろ」
「そんなもんねーよ!」
「あ、ハイニさん、お久しぶりです」
「シィルちゃん、ご丁寧にどうも」
ランスがキースに無茶な注文をし、シィルはキースの側に控えている美人秘書ハイニと挨拶をしていた。顔見知りばかりの空間に一人ぽつんと取り残されたかなみ。そのかなみに、軽くキースとハイニの事をルークが説明している。
「ええい、なら何か稼ぎのいい仕事を紹介しろ!」
「一足違いだったな、ランス。美少女救出という、お前にとっては美味しい仕事があったんだが、その依頼はさっき別の奴が請け負っちまった」
ニヤニヤと笑いながらそうランスに告げるキース。どうやら一歩遅かったらしい。
「なんだと? 何処の馬の骨だか知らんが、三流冒険者が受けた仕事なぞたかが知れている。俺様がそいつらよりも早く解決して美少女と、ついでに報酬をゲットしてやろう」
「って、なんで報酬よりも美少女の方が優先度が高いんですか!」
「まあ、それがランスだ」
憤慨しているかなみの肩にルークがポンと手を乗せる。付き合いが長くなればなるほど、ランスの思考にも慣れようと言うもの。
「ウチのギルドの方針は早い者勝ちだから今から受けても良いが、無駄足になると思うぞ」
「なに、どういう事だ?」
「依頼を受けたのはラーク&ノアだ」
「げっ!」
「あー、それは無駄足になるかもな」
キースがその名前を出した瞬間、ランスがイヤそうな顔をする。シィルも困ったような表情を浮かべ、ルークも苦笑しながら頭を掻く。そんな三人の反応が気になったのか、ラーク&ノアを知らないかなみがルークに問いかける。
「その人たちは強いんですか?」
「キースギルドのエースだな。数多くの依頼をこなしてきた一流の剣士ラークと、神魔法も使う攻防一体の女戦士ノア。その上美男美女。最近じゃ、魔獣カースAっていう化け物を倒した事で更に有名になった。自由都市の各地で敬意と信頼を得ている」
「凄い人たちなんですね。もしかしてその人たち、ルークさんよりも強いん……」
「なーに、他人事みたいに言ってやがる。カースAを倒したときは、お前もラーク&ノアと一緒だったんだろうが」
かなみの問いかけに被せるようにキースが喋る。そう、魔獣カースAを退治した際、ルークはラーク&ノアと協力してその依頼を受けていたのだ。
「ラークが言っていたぜ。ルークがいなければ勝てる相手じゃなかったのに、自分たちだけ有名になって申し訳ないってな」
「そうだったか?」
惚けた様子で返すルークにキースがため息をつく。その様子を見てホッとため息をつくかなみ。と、ランスが机をバンと叩きながらキースに詰め寄る。
「キース、その仕事の内容を教えろ。超一流の俺様から見れば、ラークなんぞ二流冒険者に過ぎん。真の英雄である俺様がパパッと解決してやる!」
「やれやれ、無駄だとは思うがな。ハイニ、ランスにインダスの説明をしてやれ」
「はい、キースさん」
キースが秘書のハイニに指示を出すと、既に会話の最中に準備をしていたのか、依頼の資料を持って一歩前に出てくる。優秀な秘書である。
「今回の依頼は、インダス書房の会長であるジンゲル・剛・インダスの娘、ローラ・インダスを救出することです。報酬は2300GOLD。ローラさんの写真はこちらです」
そう言われてローラの写真を手渡される。写真には、茶色い髪の少女がまだあどけない様子で笑っているのが写されていた。
「ふむ、75点といったところだな」
「失礼な奴だな。十分可愛いじゃないか」
「あの……ルークさんはこういった方が好みで……?」
「ん?」
「あ、いえ、なんでもないです!」
「ほーう」
「キースさん、駄目ですよ。そういう風にからかっては」
かなみの様子を見て何かに気が付いたようにニヤニヤと笑うキース。そのキースの様子を諫めるようにハイニが苦言を呈し、話を続ける。
「ローラ・インダスはこの町の北東にあるリスの洞窟に捕らわれています。捕らえたのはその洞窟の主、リスです。また、洞窟にはリス以外にも様々な魔物が生息しているようです」
「リス? そんなに強い魔物じゃないな。これは、ラークたちが苦戦するとは思えんな」
リスと言えば、駆け出し冒険者でも簡単に倒せる雑魚モンスターの部類だ。そんなモンスターが主である洞窟など、ラーク&ノアが苦戦するとは思えない。ため息をつくルークとは対照的に、ランスは未だ自信満々の様子で胸を張る。
「ふん、俺様の実力なら先に出発したラーク如きすぐに追い抜いてやる。華麗に解決すれば、あいつには不釣り合いな美女であるノアさんも俺様の魅力に気が付き、ラークの馬鹿を捨てて俺様に体を許すだろう。がはは、ローラちゃんとノアさんを纏めてゲットだ!」
「やれやれ、調子の良い奴だ」
「ハイニさんもそんなハゲ親父じゃなく、俺様の秘書にならないか?」
「……困ります」
「おいおい、勝手に人の秘書を口説かないでくれるか。というか、ランスもルークもそろそろ結婚しないのか? 俺はてっきり、ランスはシィルとすぐに結婚すると思っていたんだがな」
突然の話題変更に、何故か当人たちではなくシィルとかなみに緊張が走る。その様子を楽しんでいるのか、キースはニヤニヤとしながらランスとルークを見る。この親父、確信犯である。
「アホ、シィルは奴隷だ。それに、俺様は結婚なんて面倒な事をする気はない!」
「そう……ですよね……」
「元気出してください、シィルさん」
ランスの断言を聞いたシィルは、部屋の隅の方であからさまに落胆している。そのシィルを励ますかなみ。
「残念だな。俺はお前の結婚式でクソ危ないスピーチをするのが楽しみなのに」
「叩けばいくらでも埃が出てくるからな、ランスは」
「それ以前の問題として、結婚式をしたところでお前は絶対に呼ばん」
「こんだけ世話してやっているって言うのにつれない奴だ。で、ルークはどうなんだ?」
シィルの肩に手を乗せていたかなみの耳が少しだけ大きくなる。
「いや、特にそういう相手はいないな。ランスやラークと違ってモテないしな」
今度はかなみが落ち込み、そのかなみをシィルが励ましていた。なんだかこの二人、すぐにでも仲良くなってしまいそうな雰囲気である。なんというか、身に纏った不幸属性仲間として。
「何がモテないだ。何人にも告白されているのに、ちっとも受けやしねぇ。お陰で、ランスと違って危ないスピーチが出来ないじゃねぇか」
「そんなスピーチ、されないに越したことはないだろ」
「何だ、こいつ童貞か?」
「いや、そう言う訳じゃないみたいなんだが、一晩限りとか思い出にとかってのが多いみたいだ。俺も前に極秘で調査したんだが、こいつの元彼女みたいなのは見つからなかった」
「何、勝手に訳の判らない調査をしているんだ。ランス、そろそろ行くぞ」
ため息をつきながらルークがランスに向かって声を掛ける。確かにこんな事を話している間にも、ラークたちは洞窟の攻略を進めているだろう。
「そうだな。ちっ、キースのせいで下らん時間を取った。もし先を越されていたら、その分の賠償をして貰わんといかんな」
「お前も話に乗ってたじゃねーか……」
「それじゃあ、リスの洞窟に向かいましょう」
シィルの言葉が合図となり、部屋を出て行こうとする一行。ハイニがギルドの入り口まで見送るためについていこうとするが、キースが後ろから声を掛けてくる。
「あ、ハイニ。俺はまだちょっとルークと話がある。先にランスたちだけ見送ってくれ」
「へ? はい、判りました」
「……それじゃあ、先に出ていてくれ」
そう言ってルークだけを引き留めるキース。どうやら二人きりで話したいことがあるらしい。ルークもその話の内容になんとなく思い当たるものがあったため、素直にそれに応じる。ランスたちがハイニに連れて行かれ、部屋の中にはキースとルークの二人だけになる。先程までの軽い雰囲気とは違う、どこか緊迫した空気が部屋に立ち込める。ルークは近くにあったソファーに腰掛け、キースは火を付けた葉巻を一度だけ吸ってから口を開く。
「あー……聞いときたい事があってだな……」
「言い倦ねるのは柄じゃないぞ、キース」
「ランスのこと何だがな、あいつは……」
「……知っている。ランスが、そうなんだろ?」
「っ!? 気が付いていたのか!?」
目を見開いて驚くキース。そのキースに向かって、ルークが表情を変えずに答える。
「リーザスの誘拐事件の時に薄々と、この間のカスタムの時に確信、って感じだな」
「そこまで判っていながら、お前はランスと一緒に仕事をしているのか?」
「まあな」
「大丈夫、なのか?」
真剣な表情でそう聞いてくるキースに対し、フッと自嘲気味にルークが笑う。
「あいつが死んだのはランスのせいじゃないだろ。自分の我が儘で……ただあの場所での生活が楽しかったからというだけで……十年も帰らなかった馬鹿な兄貴の……俺の責任だ」
「……あまり気にするな。お前も若かったんだ。それにしても、どうして気が付いたんだ?」
「よく似ているよ。迷宮を探索するときのちょっとした癖から、戦い方までな」
何か懐かしむような瞳をしながらそう口にし、ゆっくりとソファーから立ち上がるルーク。話は終わったとばかりにそのまま部屋を出て行こうとする。そのルークの背中に、キースが尚も真剣な表情のまま問いかける。
「あいつに似ているから……一緒にいるのか……?」
「そういう訳じゃないさ。何というか、放っておけないんだ」
それだけ言い残し、部屋を出て行くルーク。碌に吸えずに短くなってしまった葉巻を名残惜しそうに灰皿に押しつけながら、キースは少し昔を思い出す。
GI1013
-アイスの町 キースギルド-
「おい、聞いたぞリムリア。最近変な坊主と一緒に冒険しているんだってな。独身なのにコブ付きか。ルークが聞いたら悲しむぞ」
キースが依頼を受けにやってきた女戦士に話しかける。黒髪で整った顔立ち。右目は幼い頃に受けた傷の影響で見えておらず、金属製の盾を加工したものを眼帯代わりにしている。隻眼の女という、冒険者としては大きなハンデを背負った彼女だったが、そんなものが関係無いとばかりに難関依頼を平然とこなしていき、今では紛れもないキースギルドのエースにのし上がっていた。そんな彼女が、最近どこから拾ってきたのかも判らない坊主を連れて一緒に冒険しているという。
「ふん、こんな事で悲しむようなやわな兄貴じゃないさ。何せ、もう姿を眩ませて8年だ」
「もうそんなに経つのか。今頃どこで何をやっているんだかな」
「ま、死んじゃいないだろ。帰ってきたら、いなくなっていた年数分、全力で殴るけどな」
正直言ってしまえば、彼女の兄が生存している確率は極めてゼロに等しいだろう。8年も音沙汰が無いのだ。冒険中に命を落としたと考えるのが普通だ。だが、妹の彼女だけは兄の生存を信じていた。グッと拳を握りしめて不敵な笑みを浮かべる女戦士にキースが苦笑する。
「それにしても、どういう気まぐれだ? お前がルーク以外と一緒に冒険をするなんて」
そのキースの問いに少し考え込むような仕草を見せた後、女戦士はキースに向かってこう答えた。
「なんだか、放っておけなくてね」
LP0002
-アイスの町 キースギルド-
「放っておけない、か。兄妹ってのは似るもんなのかねぇ……」
キースが二本目の葉巻に火をつけ、フゥっと煙を吐き出した。
-アイスの町 キースギルド前-
「遅いぞ! ラークに負けたらお前とキースのせいだからな」
ルークがギルドから出てくるや否や、ランスが文句を言ってくる。どうやら先に洞窟には向かわず、ここで待っていてくれたらしい。
「すまん。だが、文句ならキースに言ってくれ」
「それじゃあ、リスの洞窟に向けて出発しましょう」
こうして一行はリスの洞窟へと旅立つことになる。リスの洞窟は町からそう遠くないため、うし車を呼ぶ程でもない。というか、今は金が無いため呼ぶことは出来ないのだが。町の門を潜り、北東へと足を進める一行。そんな中、かなみがルークに話し掛けられる。
「かなみ、さっきの質問の答えなんだが……」
「し、質問ですか!?」
先程のキースギルドでのやりとりをかなみが思い出すかなみ。質問と言われて真っ先に思い浮かんだのは、ルークの好みを聞いた事。聞き流されたと思っていたのだが、まさか聞かれていたのかと顔を赤くして焦り出す。
「ああ。俺とラーク、どっちが強いかってことだが……」
「(あっ、そっちですか……)」
落ち着きを取り戻しつつ、勘違いした自分が少し恥ずかしくなるかなみ。そのかなみの様子を不思議そうに見ながら、ルークは先程のかなみの質問に答える。
「まあ、負ける気はしないな」
実に平然と言ってのけるが、嫌味に聞こえない。その頼りがいのある姿を見ながら、偶然町の前で再会出来た奇跡に、かなみはもう一度深く感謝するのだった。
-リスの洞窟 入り口-
「ありました、ランス様。この扉にLISって書いてあります」
アイスの町を出てから十数分、それほど町から離れていない場所にその洞窟はあった。洞窟の入り口には緑色の扉が置かれており、ご丁寧に『LIS』と書いてある。ここがリスの洞窟で間違いないだろう。
「よし、リスの洞窟に入るぞ」
「主はリスって事だが、油断はするなよ。もしかしたら、恐ろしい相手が待ち構えているかもしれないからな」
「はい、ルークさん!」
ルークの言葉にかなみは素直に頷くが、ランスはそれを鼻で笑う。
「心配しすぎだ。こんな洞窟に強いモンスターなどいる訳がない」
「でも、ランス様。それだとラークさんとノアさんが先に攻略してしまいますよ」
「む。それはいかんな。ラークが勝てなくて、俺様なら楽勝な丁度良いモンスターがいればいいのだが」
「そんな都合の良いモンスターがいてたまるか。行くぞ」
こうして、一行はリスの洞窟へと足を踏み入れる。ランスは鼻で笑っていたが、このルークの予想は的中していた。今現在、このリスの洞窟には恐るべき相手が待ち構えているのだった。
-リスの洞窟 三層-
「はあっ!」
「きゃああー」
ラークが女の子モンスターのパステルを倒す。その横ではノアがNEOぬぼぼを斬り伏せていた。周囲のモンスターを全滅させ一息つく。この二人が、キースギルドのエースであるラーク&ノア。ここまで来る間に出てきたモンスターをものともせず、ほぼ無傷で三層まで辿り着いていた。
「大丈夫か、ノア?」
「ええ、大丈夫よ。そろそろローラさんを見つけられると良いんだけど……」
「リスがそう洞窟の奥深くまで行けるとは思えない。そろそろ最深部のはずだ」
そう言ってラークとノアは洞窟を進んでいく。流石は歴戦の冒険者といったところか、その予想は当たっていた。もう間もなくラークたちはリスとローラがいる部屋に辿り着く。そうすれば、リスはラークの敵ではない。あっという間にリスを斬り伏せ、ルークたちよりも早くラークたちはこの依頼を達成するはずだった。そう、このリスの洞窟が普段通りの状態であったなら、だ。
「ん、誰かいるぞ」
少し開けた場所に出たラークとノアが異変に気が付く。見れば、その部屋には一人の女性が立っていた。赤い髪の美少女で、ボンデージのようなセクシーな黒い服を身に纏っている。ノアが眉をひそめる。ローラかとも思ったが、写真で見た顔と明らかに違う。では、こんな洞窟の中にいる彼女は一体何者なのか。
「ローラさん、ではないわよね?」
「ノア、何かおかしい。気を抜くな」
ラークが持っていた剣を握り直しながらそうノアに告げる。それは、一流の冒険者であるラークだからこそ気が付けた事。確かに冷静に考えれば普通の女性がこんな洞窟の奥深くにいるはずがないのだが、それ以上に感じるのは確かな悪寒。目の前の女の異質な雰囲気に、ラークは緊張を解けずにいた。
「貴女は? こんな洞窟の奥深くで一体何を?」
ノアを守るように一歩前に出てそう問いかけるラーク。そのラークの言葉を受け、女がニッと笑う。
「貴方、名前は?」
「……キースギルド所属の冒険者、ラークだ」
「聖剣と聖鎧、そして聖盾。持っているんでしょ? 寄越しなさい」
「へ? ラーク、知ってる?」
聞き覚えの無い単語にノアが目を丸くし、自分を庇うように前に立っているラークに問いかける。だが、ラークもまるで心当たりが無いようだ。緊張感を保ちながら、その女から視線を外さずに答える。
「何のことだ? そんな物は知らない」
「ふふっ、嘘を言っても無駄。サテラには判るんだから……」
「嘘なんて言ってないわ。私たちは、本当にそんなもの知らないの」
「ふーん……じゃあさ、ちょっといじわるすれば……嘘かどうか判るわよねっ!!」
「「なっ!?」」
瞬間、サテラと名乗った女の後ろに二つの巨大な石の塊が現れる。よく見れば、それは人の形をしている。ラークの額に一筋の汗が流れる。
「まさか、ガーディアンだとでもいうのか!?」
「あんなに精巧なガーディアンが存在するの……? ラーク、この人たち何かおかしいわ……」
「ノア、俺の側から離れるな!」
怯えるノアに声を掛けながらも、ラーク自身もその手に汗が滲んでいた。目の前の女と二体のガーディアン。その誰しもが、異質の雰囲気を纏っていたのだ。これは、かつて倒した魔獣カースAよりも遙かに上。だが、ラークは自身を奮い立たせて剣を水平に構える。
「来るなら来い!」
「シーザー、イシス。やって!」
-リスの洞窟 二層-
「ふん、思った通り大した敵はいないな。予想がはずれたなルーク」
「だから、油断はするなと言っているだろ。それにしてもかなみ、また腕を上げたな」
「あ、ありがとうございます!」
ルークたちもここまでほぼ無傷で進んでいた。出てくるのは雑魚モンスターばかり、その上かなみが以前よりも遙かに成長を遂げているのだ。半年近くサボっていたためランスとシィルのレベルはかなり下がっていたが、それでも苦戦するようなダンジョンではなかった。
「しかし、そうなると本格的にラークたちが苦戦するとは思えんな」
「さっきも聞きましたけど、そのお二人はそんなに強いんですか?」
「強い」
かなみの問いに即答するルーク。後ろではシィルがコクコクと頷いている。
「力と素早さの両方を兼ね備えた前衛であるラークと、前衛と治療の両方をこなすノア。バランスの取れた二人組で、その息も完璧にあっている。特にラークは文句なしの一流だ」
「正直、ラークさんとノアさんがこの依頼を失敗するとは思えませんよね」
「えぇい、シィル! 貴様は誰の味方だ!」
「ひんひん……痛いです、ランス様……」
「きゃぁぁぁぁぁ!!」
不届き千万とばかりにシィルの頭をぐりぐりと拳で挟んでお仕置きするランス。あんまりな仕打ちにかなみが止めに入ろうとしたそのとき、下の階から女性の悲鳴が聞こえてきた。大きく反応したのは、かなみ以外の三人。
「この声は!?」
「ランス様、ノアさんの声です!」
「急ぐぞ! ラークの奴はどうでもいいが、ノアさんのピンチには俺様が颯爽と駆けつけねば!」
すぐに駆け出すルークとランス。シィルとかなみもそれに続き、一行は三層へと下りていった。ラークたちが通ったばかりだったのだろうか、それとも何かに怯えているのだろうか、理由は判らないが何故かモンスターが出現せず、一直線にルークたちは通路を駆けていく。すると、少し開けた場所に出る。
「ぐ……あぁ……」
「きゃはははは! 弱い、弱い、弱すぎ!」
目に飛び込んできたのは、ボロボロの姿で地に倒れ伏しているラークと、そのラークを足蹴にする女。それと、二体のガーディアンとノアの姿。巨体のガーディアンは女の側に控えており、もう一体はスラッとした体型のガーディアンはノアを拘束している。ノアはぐったりとした様子であり、ラーク同様かなりの傷を負っている。
「まさか、ラークとノアがやられたのか!?」
「イシス。まだ正直に言わないから、ちょっとその女をいじめてあげて」
ルークが驚愕する。まさか本当にラーク&ノアが敗れるような相手がいるとは思わなかったのだ。一体奴等は何者なのか。どうやら部屋の入り口にいるこちらにはまだ気が付いていないようであり、ラークを足蹴にしていた女はノアを拘束しているガーディアンに指示を出す。どうやらそちらのガーディアンはイシスという名前らしい。イシスはその命令にゆっくりと頷き、素早くノアの服を引きちぎった。
「いや……ラーク、助けて……」
「やめろ! ノアを離してくれ、頼む!!」
「あははは、どうして人間なんかと交渉しないといけないんだ? さっさと喋っちゃえばいいのに」
「本当に知らないんだ……頼む、俺はどうなってもいい。だが、彼女だけは助けてやってくれ……」
ラークが必死に懇願する。圧倒的な力の前に敗れ、先程から聖装備の在処を聞かれていた。だが、二人は本当に何も知らない。何度もそれを口にしたが、この女は聞く耳を持ってくれない。ならばせめてノアだけでも思いそう懇願したが、女はニヤリと笑ってガーディアンに向き直る。
「イシス、やって!」
それは、あまりにも残酷な命令。拘束していたノアを持ち上げ、己の巨大な一物をノアの中に挿入しようとするイシス。
「いやぁぁぁぁ!」
「や、止めろ、止めてくれぇぇぇ!!」
「きゃはははは……ん?」
その瞬間、何者かがイシスに跳びかかってきた。それは、ルーク。渾身の力で振り下ろされたその剣をイシスは悠々と腕で受ける。ルークの力を持っても斬り落とす事が出来なかったが、その拍子に拘束していたノアを離してしまう。それを見たルークはすぐさまノアを抱きかかえ、素早く後方へと跳んでガーディアンから距離を置く。
「誰?」
「る、ルークさん!?」
「大丈夫か、ノア?」
サテラが不愉快そうに侵入してきた男に視線を向ける中、ノアは自分を助けてくれたのがルークである事に気が付いて驚愕する。床に倒れていたラークも驚いていると、部屋の入り口からまた別の男の声が響いた。
「ルークだけじゃない! 英雄の俺様もいるぞ!!」
「ランスも一緒か!? すまない、気を付けろ。こいつら普通じゃない!」
「ルークさん、彼女をこちらへ。シィルさんがヒーリングを掛けます」
「ああ、頼んだ」
危ういところを救って貰ったラークはホッと息を吐くが、それでも安堵する訳にはいかない。ルークとランスの実力は重々承知しているが、それでも目の前の敵の強さは嫌という程実感している。それは、ルークとランスでも厳しいのではと思わせるに十分な相手。同じように不安そうにしているノアをかなみが素早くルークから受け取り、後ろに控えていたシィルがヒーリングを掛ける。
「なんだ、こいつらは……」
目の前の女とガーディアンを見て眉をひそめるルーク。砂漠のガーディアンと呼ばれた塔で戦った鎧兵たちとはまた違う。あちらは強大な魔力の果てに出来た大量生産物であったが、こちらは魔力という類ではなく、もっと別の何かで造られた様な存在。その異様な完成度のガーディアンに不穏な空気を感じつつも臨戦態勢を崩さないルークだったが、ランスは目の前の女に堂々と近づいていき、高らかに宣言した。
「がはは、誰だと言ったな? そんなに知りたいのなら教えてやろう。この俺様こそ、愛と正義のヒーロー、ランス様だ!!」
「……ランス?」
「こんな酷い行いを見過ごすわけにはいかん。この俺様の正義の熱棒ことハイパー兵器で更正させてやる。がはははは!!」
グッと自身の股間をアピールするランス。そのランスを蔑んだような目で見る女。
「……馬鹿?」
「なんだとぉぉぉ!!」
「ふん、お前みたいな馬鹿に構っている暇は無い。その男、本当に持っていないみたいだからもういいわ。シーザー、イシス、帰るわよ。サテラ、馬鹿は嫌いなの。馬鹿が移る前に帰らなきゃ」
「なっ!?」
「俺様が馬鹿だと!? ええい、待て! 俺様が更正させてやる!!」
「そうです、ランス様は馬鹿じゃないです!」
この場から撤退しようとする女に対し、ランスとシィルが抗議をする。その二人とは別の反応を見せるのは、ルーク。女が自分の名前を口にした瞬間、ルークは目を見開いていた。
「サテラ、だと……」
「今日は沢山遊んだから疲れたわ。よっと!」
そう言ってシーザーの肩に飛び乗ると、シーザーは強烈な拳で壁に穴を開ける。その先には、ルークたちが降りてきたのとは別の階段があった。そのまま離脱しようとしているサテラに向かってランスが叫ぶ。
「待て、逃げるのか! 卑怯者め!!」
「きゃはははは! どうして魔人であるこのサテラが、人間如きを相手に逃げなきゃならないんだ? 見逃してあげるんだから感謝するんだな」
そう言い残し、サテラとガーディアンの姿が壁の穴の向こうに消えてしまう。ランスが悔しそうにしながら壁を睨み付けて文句を言い、かなみとシィルはサテラたちがいなくなって気が抜けたのか、若干安堵した様子で気を失ったラークとノアの介抱をしていた。そんな中、ルークが小さな声で呟く。
「馬鹿な、サテラだと……なぜだ……」
それは、普通であれば知り得るはずの無い情報。人の身が辿り着く事の無い領域。
「どうして、ホーネット派の魔人がここにいるんだ……」
ルークのその呟きは、誰の耳にも届く事はなかった。
[人物]
リムリア・グラント (半オリ)
LV 32/70 (生前)
技能 剣戦闘LV2 冒険LV1
ルークの双子の妹であり、キースギルド所属の冒険者。GI1014年、冒険中にその命を落とす。亡くなる数年前からは、冒険先で拾ってきた悪ガキの性根を叩き直すため、その悪ガキを冒険に連れ歩くようになっていた。悪ガキはリムリアに冒険のいろはを教わり、師匠と弟子のような関係になる。その悪ガキが今使っている必殺技も、自分で考えたとは言っているが実際はリムリアが使っていた技に影響を受けている。そして、そのリムリアが使っていた技も元々は兄が使っていた技の影響を強く受けている。そのため、兄と悪ガキが使う技もよく似ている。
キース・ゴールド (3)
アイスの町にあるキースギルドの主。ルークとランスの過去を知る数少ない人物であり、その動向を見守っている。秘書のハイニとは恋人関係にある。
ハイニ
キースギルドの優秀な美人秘書。きりりとしたメガネとスーツが決まっている出来る女。ハイニ・ゴールドという名前になる日も近いのでは、と噂されている。
[モンスター]
魔獣カースA
かつてゼスの2級市民を恐怖のどんぞこに陥れた恐るべきモンスター。ラーク&ノアとルークが協力して打ち倒す。身体中つぎはぎだらけで、まるで何者かが人工的に造ったかのような出で立ちであった。
ぬぼぼ
生まれたときから実体を持たない霊体系モンスター。下級モンスターのため、霊体ではあるが武器でも簡単に倒すことが出来る。NEOぬぼぼという上位種もいるが、こちらもあまり強くない。
パステル
全滅危惧種女の子モンスター。鎧や盾で武装した金髪の戦士。昔は各地に生息したが、最近はめっぽう見なくなり全滅危惧種入り。