ランスIF 二人の英雄   作:散々

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第18話 英雄は遅れてやってくる

 

-カスタムの町近隣の森 洞窟前-

 

「私を殺すだと……? くくく、はっはっは! そんな状態で良くもまあ口に出来たものだ」

 

 ラギシスの笑い声が周囲に響く中、空からはポツポツと雨が降ってきていた。その雨を頬に受けながら、ルークはラギシスの巨体をジッと見上げている。既に体は満身創痍。立っているのもやっとな状態のはずだ。だが、ルークの目に絶望の色はない。

 

「なんだ、その目は……? まだ勝てるつもりでいるのか……?」

「負けられんさ。俺には成すべき事がある。かつて一度失いかけた命だが、少なくとも貴様のような小者にやれんな……」

「こ、小者だとぉ!? そんなに死にたいかぁぁぁ!!」

 

 ラギシスの鋭い触手がルークに迫る。今の挑発で頭に血が上ったラギシスは、倒れている四人には目もくれず、ルーク一人に攻撃を集中させる。当然、ルークの狙いはそこにあった。

 

「死ねぇぇぇ!!」

「……はぁっ!!」

 

 目前まで迫っていた触手を咆哮と共に斬り落とし、次いで右横から迫っていた触手を横薙ぎで払いながら腰を落とす。

 

「なにぃ!? そんな状態でまだ動けるのか!?」

「真空斬!!」

 

 ルークが闘気を剣から放つ。不意打ちともいえるそれはラギシスの頭部、最早どこが顔かも判らない状態ではあるが、確実に命中した。だが、そのダメージはすぐにジュクジュクという音を立てて回復する。しかし、それはラギシスを驚愕させるには十分であった。

 

「まだ、この私に攻撃を当ててくるだと……? 不愉快な……死ね、死ね、死ねぇ!!」

 

 更にルークに攻撃を集中させるラギシス。既に彼の目には他の四人は映っていない。その場から殆ど動くことなく、その攻撃を捌いていくルーク。その姿を見ながら、ミリは拳を握りしめて自身の不甲斐なさを呪う。

 

「あの馬鹿……自分だって限界だろうに、こっちの心配までしている場合か……」

「こんな形で足手まといになってしまうなんて……」

 

 ルークが必要最低限な動き以外その場から動かずに行動しているのは、後ろの四人を守っているからに他ならない。当然、ミリもランも志津香もその事には気がついている。全員が悔しそうに唇を噛みしめる中、ルークは迫る触手を斬り落とし続けていた。満身創痍のルークを突き動かしているものは二つ。恩人の仇である目の前のラギシス。そして、後ろにいる恩人の娘の志津香。戦士として、男として、ここで立たないわけにはいかなかった。

 

「志津香!」

「んっ!?」

 

 不意にルークが志津香に向かって小袋を投げる。触手の攻撃が続いているため、後ろを振り返ることなくルークは言葉を続ける。

 

「中に元気の薬が入っている。最後の一本だ。気休めにしかならんが、飲んでおいてくれ」

「あんたが……飲みなさいよ……」

「俺は大丈夫だ、まだまだ戦えるさ。それに志津香、お前の力が必要だ!」

 

 明らかに強がりである事は判っている。だが、後の言葉はハッキリと志津香の胸に響く。この状況で貴重な回復薬を無駄にするような事を、冒険者であるルークがするはずがない。まだ会って間もない相手ではあるが、何故だか志津香にはそう感じ取れた。

 

「……勝つためってことでいいのね?」

「ああ! 奴に勝つためには、志津香の力が必要不可欠だ」

「……判ったわ」

 

 志津香がゆっくりと目の前に転がっている小袋に手を伸ばす。それだけでもかなり辛いが、動かさない訳にはいかない。目の前で、自分たちを守るために必死に戦っている者がいるのだから。

 

「ミリ、ラン、すまないが……」

「回復させられる一人は、あんたの判断だろ? それを信じるさ……」

「ルークさん……必ず勝ってください……」

 

 常備していた回復薬の世色癌は、先程の黒色破壊光線の一撃で全て燃やされてしまった。元気の薬ももっと持っていたのだが、殆ど瓶ごと割れてしまっており、かろうじて残っていた最後の一本が志津香に渡したものなのだ。申し訳無さそうに言葉を発するルークだったが、ミリとランはそれを言い切る前に返事をする。その言葉が、僅かだが確かにルークの力となる。

 

「了解だ。志津香、援護はいらない。自分の撃てる最強の魔法を準備だけしておいてくれ」

 

 左手の親指を突き上げてランに返事をし、ルークは次々と迫ってくる触手を斬り落としていく。

 

「小賢しい……指輪よ、私に更なる力を……」

「させんさ、真空斬!」

「くっ……ちぃっ、炎の矢!」

 

 奥でラギシスが魔法を唱えようとすれば真空斬で妨害をし、詠唱に時間の掛かる中級魔法以上のものは撃たせないようにしていた。万が一先程の黒色破壊光線をもう一度撃たれれば、今度こそ命はない。放たれた炎の矢を肩に受けて顔を歪めるが、すぐに剣を握り直して触手を横薙ぎに払う。だが、今の苦悶の表情をラギシスは見逃していない。

 

「ふん。粘りはするが、徐々に動きが鈍くなってきているぞ」

「化け物になって目まで悪くなったのか? あんな下らない理由で力を欲するような小者の攻撃、まだまだ何時間でも捌けるぞ」

「貴様ぁ! まだ私を小者というのか!!」

 

 ラギシスが言うように、ルークの体には徐々に新しい傷が増えていく。元々立っているのさえやっとの状態、触手や魔法を完全に捌ききれるはずがないのだ。鋭い触手がルークの肉を抉り、魔法がその身を焼いていく。だが、それでも尚ラギシスへの挑発を続けるルーク。志津香はその姿を見ながら、今し方飲み終えた元気の薬の空き瓶を握りしめる。ルークがその性格に似合わない挑発を続けているのは、自分たちを守るために他ならないというのはとっくに気が付いている。その場から動かないのも、挑発を続けるのも、全て自分たちのためだ。だが、そんな彼に何もしてあげる事が出来ない。

 

「ちきしょう……俺の体だろうが……なんで動かねぇんだよ……」

「くっ……」

 

 ミリとランも挑発の真意に気がついているようで、悔しそうに土を握りしめている。元気の薬を飲み干した志津香であったが、やはりここまでのダメージを負ってしまってはその回復量は気休め程度でしかなかった。体はなんとか起こせるようになったものの、全身に走る痛みから集中することが出来ず、魔力を上手く溜める事が出来ない。

 

「なんでこんな時に雨なんか降るのよ……」

 

 悔しそうに呟く志津香。普段であれば気にもならないのに、今は頬に当たる雨粒一つにも集中力が乱される。それなのに、雨足は更に強まる一方だ。

 

「炎の嵐!」

「くっ……ぐあっ!」

 

 ラギシスの放った魔法をかろうじて避けるルークだったが、すぐさま横から襲いかかってきた触手に左足を貫かれる。膝の辺りを貫通し、傷口から血が噴出される。すぐにその触手を斬り落として体勢を整えたルークだったが、ジリ貧である。端から見れば十分戦えている様に見えるかもしれないが、その実、迫ってくる触手を斬るのが精一杯でしかなく、碌に本体にダメージを与えられていない。

 

「(左足は……まだかろうじて動くか。だが、このポンコツの体がいつまで持つか……)」

 

 心の中で独りごちるルーク。当に限界は超えており、全身から悲鳴が上がっているのを重々承知している。そして、このままでは敗北が近いことも。魔法詠唱を妨害する目的で放つ真空斬では威力が低すぎ、その傷はすぐに再生してしまう。それに、再生するのは本体だけではない。これまで必死になって斬り落とし続けている触手も、他の触手の相手をしている間に次々と再生しているのだ。

 

「それっ、それっ、それっ! どうした、限界か!?」

「(せめて後一人……背中を預けられるくらい頼りになる前衛がこの場にいてくれれば……)」

 

 この巨大な相手に立ち向かうには、攻め手が足りていなかったのだ。後一人、ラギシスの再生力を上回れるほどの攻撃力を持った前衛がいてくれれば、そう切に思うルーク。その傷口に、雨粒が一滴落ちていった。

 

「…………?」

 

 初めに異変に気がついたのはランであった。しかし、それは意外なことではない。ルークは交戦中、志津香は魔法詠唱に集中し、ミリはルークの戦闘を見ながらも気絶している妹が気になる様子。一番冷静に周囲の様子を窺っていたランが一番先に気がついたのは、必然であったとも言えよう。

 

「雨足が強くなっているの……私たちのいる場所だけだわ……」

 

 その雨を確かめるように右の手の平を天に向けるラン。先程まではその動きを取ることすら難しかったというのに、今は悠々と手を動かせている。その異変には、まだランも気がつけていない。

 

 

「真空斬! 真空斬!」

「ほらほら、どうした!? 小者呼ばわりした相手に追い詰められる気分はどうだ?」

 

 ラギシスの触手を必死に真空斬で斬り落としながら、ルークは下品な笑い声を上げるラギシスを見上げる。瞬間、ルークの目に飛び込んできたのはあまりにも意外なもの。

 

「あれは……!?」

 

 巨大な肉塊に二つの目が付いた、もはや人間とは呼べない形状のラギシス。その後ろ上方、洞窟の入り口である岩肌の上に一人の男が立っていたのだ。ルークの待ち望んでいた、背中を預けられる戦士。その男が颯爽と岩肌から跳び、存在に気がついていないラギシスに向かって剣を振り下ろす。

 

「不意打ちランスアタァァァァック!!!」

「ぐぎゃぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 その男はランス。岩肌から飛び降りながらのランスアタックは、ラギシスの左半身を縦に真っ二つにし、更には剣が地面に付いた際に生まれた衝撃波で周りの触手も吹き飛ばす。斬られた身体の断面から緑色の液体がグジュグジュと流れ出る。いくらラギシスの再生力を持ってしても、今の一撃は再生しきるのに時間が掛かる。それ程までに強力な一撃であった。ギロリとランスを睨み付け、激昂するラギシス。

 

「ランス、貴様ぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「げ、まだ生きているのか。しぶとい奴だ」

 

 流石に手応えを感じていたランスは、ラギシスが健在である事に驚く。ランスが降り立ったその場所は、丁度ルークと共にラギシスを挟み込むような位置。そのランスに向かってルークが声を掛ける。

 

「来てくれるとはな、礼を言う。……仕事は終わったんじゃなかったのか?」

「ふん、お前らに恩を売っておくのも悪くないと思っただけだ。それに、むざむざラギシスに俺様の女たちを殺させることもないからな」

「誰があんたの女よ! 来るんだったらもっと早く来なさいよ!」

「がはは、英雄は遅れてやってくるものなのだ!」

「ふ、案外そんなもんなのかもな」

 

 志津香がランスに文句を言うが、まるで気にした様子も無くランスはがははと笑う。それを見たルークは静かに苦笑する。そう、強敵を前にしても尚この余裕。これこそがランスであり、自分の待ち望んでいた頼れる仲間なのだ。

 

「こいつが英雄って……ん、傷が……」

 

 ルークにも苦言を呈そうとした志津香だったが、自分の体の異変に気がついて声を漏らす。いつの間にかあれ程全身に走っていた痛みが治まり、傷も塞がり始めているのだ。

 

「これは……」

「体が動く。ミル、大丈夫か!」

「やっぱりこの雨……」

「みなさん、大丈夫ですか!?」

 

 森の茂みからシィルが現れるのを見て、ランは抱いていた疑念を確信へと変える。ランたちの周りだけ雨足が強まっていたのは、シィルが普通の雨の中に隠して回復の雨を唱えていたからだ。その甲斐あってランとミリも体が動く程度には回復し、ミリは気絶したままのミルに寄っていって抱き起こす。意識は無いが生きている事を確認し、ホッと息を吐くミリ。ランは側に落ちていた自分の剣、ドラゴン・スレイヤーを握るが、その刀身は折れてしまっていて最早使い物にはならない。悔しそうにランが剣を投げ捨てる中、志津香がシィルに向かって口を開く。

 

「ありがとう、シィルちゃん。でももう回復の雨はいいから、ヒーリングで私を回復して!」

「え?」

 

 思わぬ申し出に目を丸くするシィル。確かに志津香は傷ついているが、他の者も負けず劣らずの重傷である。困惑しながらランとミリに視線を向けると、二人ともその言葉に賛同していた。

 

「シィルさん、私からもお願い。剣が折れた今、私じゃあ碌に援護も出来ないわ」

「ルークは志津香を必要としていた。それに、あの二人が前衛なら俺は足手まといさ。ミルと一緒に下がっているよ」

「二人とも……ごめん、ありがとう……」

「判りました。いたいのいたいの、とんでけーっ!」

 

 シィルが志津香へと駆け寄り、より回復効果の高いヒーリングへと魔法を変更する。その治療を受けながら、志津香は呪文を唱えて両手に魔力を込め、ルークに言われた通り自分の撃てる最強の魔法の準備をする。黒色破壊光線より威力は劣るが、光属性最上級魔法に位置する攻撃魔法、白色破壊光線の準備を。

 

「ふん、くそっ、なんだこの触手は! ああ、めんどい! やはり帰ればよかった!」

「ま、今更引き返せないだろ。しっかり働いてくれ」

 

 志津香が魔法の準備をする中、ルークとランスは言い合いながらも確実に触手を蹴散らしていた。次々と触手の攻撃を続けるラギシスだったが、先程までの余裕は消えている。ランスの登場により、戦況は一気に変化していた。触手の再生よりも、ルークとランスによって斬り落とされるペースの方が上回り始めたのだ。

 

「馬鹿な、馬鹿な、馬鹿な……手数で押されているというのか……? ならば魔法で一気に……」

 

 ラギシスが呪文の詠唱をしようとしたのと同時に、辺りに爆音が響く。一瞬何が起こったのか理解出来ていないラギシスであったが、自身の頭の一部が燃えている事に気がついて絶叫する。

 

「ぐっ……ぎゃぁぁぁぁ!! なんだ、何が起こった!?」

 

 巨大な目玉で周囲を見回すと、森の茂みの中からマリアが姿を現す。その手に握られているのは、ラギシスがいくら言っても研究する事を止めなかったチューリップ1号。その砲身から、モクモクと煙が上がっている。間違いない、この攻撃はあのチューリップ1号から放たれたものだ。

 

「くぅぅぅぅ! マリア、育ての親でもある私に歯向かうかぁっ!!」

「今更親面しないで。もうあんたには怨みしかないんだから! いっけー、チューリップ!!」

 

 叫びながら再度チューリップによる砲撃をするマリア。その一撃はラギシスの体にまたも命中し、肉の破片と緑色の血を辺りに飛び散らせる。

 

「マリア!? どうしてここに!?」

「マレスケが使えないんだったら、直接このチューリップを叩き込むしかないでしょ。駄目とは言わせないわよ。ラギシスへの恨みは、私だって相当なものなんだから!」

「馬鹿ね……」

「格好付けているが、さっきまでピーピー泣いていたんだぞ」

「ちょっ!? バラさないでよ!!」

 

 森の中に座り込み、一人泣いていたマリア。そこにランスとシィルが現れ、三人でこの場所へと駆けつけたのだ。志津香に格好付けた直後に泣いていたことをバラされ、顔を真っ赤にして怒るマリア。と、何かを思い出したような顔をしたと思うと、ルークに向かって瓶を投げてくる。

 

「ルークさん、飲んでください」

「これは……元気の薬?」

「エレナさんから貰った一本です! カスタムの人たちの思いが沢山詰まっていますから、効果はバッチシなはずです!」

「格好付けた後は臭い台詞か……もうマリアは駄目だな」

「一々茶々入れないでよ!」

 

 それは、以前にエレナからマリアが貰っていた一本。マリアがまだ無実だという話を聞いていないというのに、マリアの事を信じてエレナがくれたものだ。その現場に立ち会っていたルークは、ランスの言葉に苦笑しながらも小さく頷く。マリアの言うように、これにはカスタムの住人の思いが詰まっているだろう。蓋を開け、一気に飲み干すルーク。僅かにだが確かに体力が戻るのを感じる。

 

「効いたな……助かったぞ、マリア!」

「はい! よーし、いっけー、チューリップ!」

 

 触手が届かない程度に離れた位置からチューリップの砲撃を放ち、前で戦うルークとランスを絶妙にアシストする。その援護を受けながら、ルークとランスも触手を次々と斬り落としていく。

 

「どりゃぁぁぁ!」

「ふっ!」

「いっけぇぇぇぇ!!」

「ぐぬぅぅぅぅ……」

 

 最早優勢なのはラギシスではない。マリアに吹き飛ばされた本体の再生を優先している為、ますます触手の再生が間に合わなくなってきているのだ。このままでは、程なくして全ての触手が斬り落とされる。優勢な状況からの一転に焦るラギシス。となれば、頼るのは一度奴等を吹き飛ばしたあの魔法。

 

「無限の魔力を持つこの私が貴様ら如きに敗れはせん! こうなれば、もう一度黒色破壊光線で吹き飛ばしてくれる!!」

「ぐおっ、一斉に触手が集まってきやがった!」

 

 残る触手で一斉にランスとルークに襲いかかり、自身は呪文の詠唱を始める。黒色破壊光線という言葉にルークはすぐさま腰を落とし、周りの触手はランスに任せて闘気を溜め、それをラギシスに向かって放つ。

 

「させるか、真空斬!!」

「いっけー、チューリップ!!」

 

 魔法詠唱を阻止すべく、ルークとマリアが同時にラギシスの頭部を狙う。その攻撃はどちらもラギシスに直撃するが、ラギシスは呪文詠唱を止めない。多少の妨害で集中力を欠いていた先程までと違い、ここへ来てラギシスも必死になっていた。ルークはそれを敏感に感じ取る。今の奴は、全力でこちらを殺しに掛かっている。これでは多少の攻撃で詠唱を止めるのは難しい。ランスも不穏な空気を感じたらしく、触手を叩き伏せながらラギシスを見上げる。

 

「ちっ、まずいぞ!」

「ランス、俺が行く。マリア、援護を頼む!」

「あ、はい! 了解です!」

 

 二人にそう言い残し、ルークが触手の中を縫って全速力でラギシスに向かっていく。全ての攻撃を捌いている暇はない。ラギシスまでの道を阻むもののみを斬って捨て、細かい触手からのダメージに構うことなくルークは進んでいく。鋭い触手により至る所から血が流れるが、後先を考えている場合ではない。黒色破壊光線を放たれれば、間違いなく詰みだ。

 

「うぉぉぉぉ!!」

 

 咆哮しながら駆けていくルーク。ランスではなくルークがラギシスに向かったのにも理由がある。一撃の威力の差だ。周囲に影響を及ぼすランスアタックと違い攻撃範囲は狭いが、闘気を外に放出しない分、直撃時の威力はランスアタックよりも真滅斬の方が上である。呪文詠唱を止めるために、今は少しでも威力の高い攻撃を奴に撃ち込みたいのだ。

 

「えぇい、私に近寄るな!!」

 

 ラギシスの目前まで迫ったルークの前に一層巨大な触手が立ちはだかる。だが、ルークがそれに斬りかかるよりも早くその触手が燃え上がる。チューリップ1号の砲撃が直撃したのだ。

 

「いい援護射撃だ、マリア! お前の言うように、チューリップは戦闘の歴史を変えるかもしれないな!」

「あったりまえでしょ! 私のチューリップは世界に羽ばたくんだから! いっけー、ルークさん!」

 

 砲撃によって崩れ落ちていく巨大な触手を足場にし、ルークはラギシスの頭部目がけて駆け上がっていく。

 

「く、来るなぁぁぁぁ!!」

「篤胤さんとアスマーゼさんの仇だ! はぁっ!!」

 

 ラギシスの頭上目がけて跳び上がるルーク。だが、何故だかマリアの背筋に悪寒が走る。跳び上がったルークの姿を見て、それまで焦っていたラギシスが目を綻ばせたのだ。

 

「馬鹿め、掛かったな! 私を小者と馬鹿にした報いだ!!」

 

 ラギシスがそう叫んだ瞬間、ルークとラギシスの間に魔法陣が浮かび上がる。

 

「あれは、物理攻撃を遮断する結界です! 逃げてください、ルークさん!!」

 

 ランが叫ぶ。以前にラギシスが自分たちの前で見せてくれた魔法の一つ。物理攻撃を弾くシールド魔法だ。てっきり黒色破壊光線の詠唱を続けているのかと思っていたが、ラギシスはこのシールド魔法の詠唱をしていたようだ。たっぷりと魔力のこめられたあの結界を一撃で破るのはどんな強者でも難しい。これでもう、ラギシスにはルークの剣は届かない。

 

「くくく……はっはっは!!」

 

 笑いながら魔力を溜めるラギシス。ルークの一撃が結界に止められ、無防備になったその体目がけて魔法を放つつもりなのだ。勝利を確信するラギシスと、焦るマリアたち。だが、ランスだけは冷静な様子でルークを見上げていた。

 

「ふん、馬鹿が……」

 

 これが他の戦士であったなら、ラギシスの作戦は成功していただろう。だが、目の前に対峙した男が悪かった。この男の保有する、世界にただ一つの技能。対結界。

 

「真滅斬!!」

 

 ルークが振り下ろした剣は結界を打ち破り、ラギシスの頭部右側を真っ二つに斬り裂いた。

 

「ぐぎゃぁぁぁぁぁ!! なぜだ、なぜ結界が……!?」

「運が悪かったな! 良い手だったが、俺にだけは悪手だ!!」

「ルーク、いけるわ! 離れて!!」

 

 後ろから志津香が叫ぶ。遂に魔法の準備が整ったのだ。残っていた触手を斬り落としていたランスがその声を聞いてその場から離れる。真滅斬を打ち下ろして地面へと降り立ったルークはすぐさま横に跳び、ラギシスと志津香の直線上を空けようとする。瞬間、ラギシスが咆哮する。

 

「逃がさんぞ、ルーク!!」

 

 ラギシスの最後の意地か、そのルークの体を触手が掴む。右腕に纏わり付いた触手がルークの体をぐいと宙に引き上げ、ラギシスの半分吹き飛んだ顔面の前へと持ち上げる。

 

「ぐっ……」

「あ、馬鹿! 何捕まっているんだ!!」

「ふはははは、このまま黒色破壊光線で吹き飛ばしてやろう!!」

 

 ラギシスの顔面目の前で捕らえられたルーク。左手は自由に動かせるが、剣を持つ右手が触手に捕まっているため、触手を斬って逃げることが出来ない。左手で腰に差しているもう一本の剣、幻獣の剣を取ろうとするが、その剣は既に触手に覆われて取れなくなってしまっていた。

 

「くっ……」

 

 志津香が声を漏らす。このままではルークを巻き込んでしまうため、白色破壊光線を撃てないのだ。ルーク諸共ラギシスを吹き飛すという手段も頭に浮かぶが、その考えを振り払う志津香。共に両親の仇を取ると誓った。自分たちを守るべくボロボロの体を押して戦い続けた。その男をどうして見殺しに出来ようか。

 

「さあ、指輪よ、私に力を!」

 

 一方、ラギシスは黒色破壊光線の詠唱に入る。最早ルークに逃げる手段はない。志津香もルークを巻き込んで白色破壊光線を撃つ気配が無い。今度こそ勝利を確信したラギシスは、最後に負け犬の姿を確認すべくその巨大な目でルークの顔を見ようとする。瞬間、その巨大な目玉に鋭利な刃物が突き刺さった。

 

「ぎゃぁぁぁ! ど、何処に武器を隠し持っていた!!」

 

 ルークが左手に持っていたのは、かなみから受け取ったくない。懐に隠し持っていたそれを素早く取りだし、でラギシスの目を潰したのだ。思わぬ攻撃に触手を緩めてしまうラギシス。すぐさまルークは触手を振り払い、横へと跳びながら志津香に向かって叫ぶ。

 

「撃て、志津香! 決着はお前の手で付けろ!!」

「白色破壊光線!!!」

 

 志津香の両手から強力な光の光線が放たれる。凄まじいほどの魔力を帯びたその光線は、一直線にラギシスへと向かっていく。

 

「くそがぁぁぁぁ! その程度の魔力、私の黒色破壊光線で……!?」

 

 先程まで詠唱を続けていた黒色破壊光線でそれを迎撃しようとしたラギシスだったが、魔力を込めようとした瞬間、その体が崩れ始める。

 

「ば、馬鹿な! 魔力の暴走だと!?」

 

 自身の体内で魔力が暴走しているのを感じ取るラギシス。だが、話が違う。フィールの指輪は、無限の魔力と生命力を得るはずの代物だ。魔力の暴走など、あるはずがないのだ。そう、ラガールから聞いていた話が、全て真実であるのならば、だ。

 

「まさか……ラガールめ、この私を謀ったな!! おのれぇぇぇぇっ!!!」

 

 そう、フィールの指輪は欠陥品であった。四つ身につければ強大な魔力を手に入れるが、その魔力が一定のキャパシティを越えたときに暴走してしまう。だからこそ、ラガールはこれ程の一品を簡単に手放したのだ。加えて、ラギシスは知らなかったが、志津香が填めていた指輪だけ魔力の装填が足りていないのだ。外すときの呪いを回避していたため、平常時に吸い出す微量の魔力しか溜まっていなかった。これでは到底40人分に届いていない。欠陥品の指輪に未完成の儀式。その二つの影響で、ラギシスの体が崩壊を始めたのだ。再生力を維持できなくなり、ボロボロと崩れ落ちるラギシス。それに追い打ちを掛けるように、志津香の白色破壊光線がラギシスの体を飲み込んでいく。

 

「こ、こんなはずでは……弟子に二度も殺されるというのか……お、おのれぇぇぇ! 私は小者などではない! 私が、私こそが最強のまほ……」

 

 ラギシスは最後の言葉すら言い切れないまま、白色破壊光線と指輪の暴走によって塵となって消えていった。白色破壊光線によって生まれた煙が晴れ、ラギシスの体が跡形もなく消し飛んでいるのを確認すると同時に雨が止み、晴れ間が差し込んでくる。始めに声を上げたのは、マリアだ。

 

「勝ったのよね……? やった! ラギシスを倒したわ!!」

「がはははは! 俺様の敵ではなかったな!」

「やりましたね、ランス様!」

「ランスさん、ルークさん、シィルさん、協力してくれて本当にありがとう……」

「……あれ? おねえちゃん、ラギシスは?」

「ミル、良かった、目を覚ましたか。安心しな、全部終わったよ! 俺たちの勝ちだ!」

 

 その場にいた者全員が歓喜に打ち震える。そんな中、座り込んで下を向いている志津香にルークは近寄っていく。

 

「お父様……お母様……やったよ……」

「……お疲れ様」

 

 両親の仇の一人であったラギシスを自らの手で殺した志津香。噛みしめるように達成感を味わっているその肩に、ルークがポンと手を乗せる。志津香もそれを振り払うことなく、ルークを見上げながら口を開く。

 

「そっちもお疲れ。正直、アンタがいなかったらラギシスには勝てなかったわ」

「それはお互い様さ。一撃でラギシスを吹き飛ばすような攻撃、俺には出来ん」

「……ありがとうね」

「必要ないさ。この復讐は一蓮托生だろう?」

「……そうね。それに、まだ終わっていない」

 

 志津香が目つきを鋭くする。その瞳の奥に浮かぶのは、真の仇。

 

「ああ、ラギシスは所詮協力者。本命が……ラガールが残っている」

「ええ。ラガールを殺すまで、私たちの復讐は終わらないわ」

「だが……」

「だが、なに?」

「今日くらいは素直に喜ぼうじゃないか」

 

 そう言って、ルークは全員でわいわいと喜び合うランスたちの方を指さす。それを見た志津香は目つきを戻し、素直に微笑む。

 

「……そうね、賛成だわ」

「ん……」

 

 その笑顔を、ルークは正面からジッと見つめる。流石にそんな堂々と見られて気が付かない程抜けてはいない。訝しげにしながらルークに問いかける志津香。

 

「……何よ?」

「いや、昨日笑っているのを見たときも思ったが、笑顔だと一層アスマーゼさんと似ていると思ってな」

「そう……」

 

 亡き母に似ていると言われ、少し嬉しくなる志津香。だが、ふと疑問を抱く。昨日見たときも思ったというのは、一体どういう事だろうか。ルークの前で素直に笑った記憶などない。必死に考えを巡らせる志津香。

 

「……あっ」

 

 その思考の果てに辿り着いたのは、昨晩酔っ払って爆笑していたという失態であった。キッと目つきを鋭くし、全力でルークの足を踏みつける志津香。

 

「ぐぁっ……け、怪我人になんてことを……」

「忘れないと死ぬって言ったでしょ?」

 

 その時、消滅したラギシスが立っていた場所から煙が立ち上る。まさかまだラギシスが生きていたというのか。全員が緊張を走らせながらそちらに向き直ると、そこにいたのは全裸の女の子たちだった。ランスがジュルリと涎を垂らす。

 

「おお、美女がいっぱいではないか!」

「ランス様、涎が……」

「というか、なんで裸なんですか!? 何か着てください!」

 

 マリアが服を着るよう促すが、女の子たちは気にする様子も無く笑顔でこちらを見てくる。ルークが警戒を残したまま一歩前に出る。

 

「君たちは何者だ?」

「私たちはフィールの指輪に閉じ込められていた40人の女の子たちの魔力です。今はこうして、元の持ち主の姿で実体化しています。解放していただき、本当にありがとうございました」

「「「ありがとうございました!!」」」

 

 一斉に頭を下げてくる少女たち。チラリと志津香に視線を向けると、コクリと頷いてくる。どうやら魔力体というのは本当のようだ。ミリが顎に手を当て、少女たちの裸を堪能しながら口を開く。

 

「なるほど。魔力に服も何もあったもんじゃないってことか。絶景、絶景」

「彼女たちは元の持ち主の体に戻るのか?」

「いいえ、一度離れた魔力が戻ることはないわ。それに、もう戻るべき宿主が死んでいる子もいるでしょうしね」

「はい。私たちはもこのまま消える運命です」

「残念……まあ、無くなったものはしょうがないわね。チューリップの研究を頑張ろっと!」

 

 ルークの疑問に志津香が答える。魔力を殆ど失ってしまったマリアが残念そうにしているが、割と前向きな考えのようだ。少女たちも志津香の言葉に頷き、その上でこちらに提案をしてくる。

 

「なので、私たちが消え去る前に何か一つだけ、あなたたちの願いを叶えたいと思うのですが」

「なんだと?」

「40人分の魔力です。かなりのことが叶えられますよ。自分だけの国? 世界の王? 最強の体? 巨万の富? はたまた不老不死? そんな望みでも、今の私たちなら叶える事が出来ます。ただ、残った魔力を全て使うため、皆様併せてお一つしか叶えられませんが」

「おいおい、マジかよ……」

「おねえひゃん、つねるなら自分のほっぺたにして!」

 

 信じられないといった様子でミルの頬をつねるミリ。他の者たちも、あまりにスケールの大きい話にざわついている。ただし、叶えられる願いはたった一つ。

 

「私、チューリップの……」

「却下だ!」

「ちょっと! せめて最後まで聞いてよ!」

「ランスが振り向くくらいバインボインにして貰えないかな……」

「んー、いきなり言われると浮かばないもんだな。ま、それだけ俺は充実しているって事かもしれないけどな」

「カスタムの町の復興資金をいただけないかしら……いや、それよりも復興自体をして貰った方が……」

「あの……ランス様とずっと一緒に……いえ、なんでもないです……」

「ラガールの居場所を……いえ、もう一度時空転移魔法を……」

「こら、それは駄目だって言っただろ」

 

 口々に自分の願いを呟く一行。とてもじゃないが簡単には話が纏まりそうにない空気の中、マリアに突っ込んだ以外は特に喋っていなかったランスが唐突に口を開く。

 

「がーはっはっは! そんなもん聞くまでもなかろう! これだけの美女がよりどりみどり! ならば、俺様の願いは……」

「あ、馬鹿!」

「ランス、抜け駆けは……」

「ハーレムだぁぁ! 41Pだぁぁぁ!!」

 

 そう言って素早く全裸になったランスは少女たちに飛びかかり、行為を始めてしまう。慌てて近くにいた少女に話しかけるマリア。

 

「ちょっ……ま、待って。今のナシ!」

「申し訳ありません。既に行為に及んでしまっているので、願いは確定してしまいました」

「ら、ランスの馬鹿ぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 絶叫と共にその場に膝をつくマリア。まさかこんなくだらない願いを言うとは思ってもいなかったのだ。

 

「あーん、ランス。私も混ぜてー!」

「やれやれ。ま、あいつらしいな。どれ、せっかくだし俺も混ざってくるか」

「ランスさん……流石にその願いはどうかと……」

「ランス様……」

 

 ミルとミリが少女たちと戯れるランスに近づいていき、ランは呆気に取られた様子で立ち尽くしている。シィルはどこか寂しそうな表情であった。志津香が深いため息をつく。

 

「あいつ、やっぱり殺した方が世のためなんじゃない?」

「人の身には過ぎたものだ。あんまりでかい願いを頼んだらバチが当たるってもんさ」

「それでもこの願いはないでしょうが!」

 

 ルークの言いたい事も判るが、それでもこの願いを理解する事は出来ないし、理解したくもないと口にする志津香。その様子に苦笑しつつも、ルークはある事に気がつく。

 

「そういえば、40人分の魔力が実体化したとか言っていたな……」

「ん? ああ、そうね……確かに言っていたわね……」

 

 何気なく辺りを見回すと、確かにマリアとラン、そして成長時のミルの姿をした全裸の魔力体がいる。どうやら先程の話は本当らしい。そしてその奥、吸われたのは微量の魔力であったが、一応40人目とみなされたらしく、全裸の志津香の魔力体がそこに立っていた。

 

「あ、いた」

「なっ!? 見てんじゃないわよ!!」

 

 志津香の目つぶしがルークに炸裂する。ルークのうめき声と、ランスの笑い声がしばらくの間森に響くのだった。

 

 




[人物]
フィールの指輪の少女たち
 フィールの指輪に閉じ込められていた魔力体が実体化したもの。正確には人間ではない。リーダー格の少女の名前はセシル。ランスと乱交をした後、消滅する。


[技]
回復の雨
 光の雨を降らせて傷を癒す中級神魔法。神魔法の中ではヒーリングと並んで重宝される魔法。

白色破壊光線
 白い光球から光の束が光線となって敵を飲み込む最上級魔法。黒色破壊光線には一歩及ばないが、一握りの天才にしか使うことの出来ない最強クラスの魔法である。


[装備品]
ドラゴン・スレイヤー
 ランが装備していた剣。ドラゴン族に大ダメージを与えられるとされているが、そもそもドラゴン族と戦う機会なんてほぼないため、効果は役に立たない。それ以外は普通の剣である。


[アイテム]
元気の薬
 ナカナカ製薬から販売されている回復薬。効果は世色癌より上だが、小型の瓶に入った液体のため道具袋の場所を取り、世色癌ほど気軽には持ち歩けない。かつては薬業界のトップシェアだったが、近年は世色癌に取って代わられたため、販売規模を縮小している。

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