ランスIF 二人の英雄   作:散々

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第174話 狂信者の集い

 

-女の子刑務所 三階-

 

 ハッサムの死体を前に対峙するアイスフレームとペンタゴン。張りつめた空気の中、ペンタゴン側の先頭に立つネルソンが値踏みするようにルークたちを見回した後、驚いたように言葉を発した。

 

「あの事件以来、ウルザはもう終わったと思っていたが……まだ気骨が残っていたという事か?」

 

 あの事件とは、ウルザが家族を失う事になった大規模救出任務の失敗を指しているのだろう。ウルザ自身も足と心に深い傷を残し、立ち上がる事が出来なくなってしまった。流石にその辺りの事情はペンタゴンも把握しているという事か。

 

「どういった趣旨でここに?」

「それはだな……」

「貴方がたに答える義務はありませんが?」

 

 ネルソンの問いに反射的に答えようとしたランスであったが、その言葉をカオルが遮る。見れば、まるで威圧するかのような真剣な表情。普段は冷静に物事を運ぶカオルには珍しい態度であった。

 

「ふむ、そうだな……ゼスの未来の為にという目的は共有しているが、我々は仲間ではない」

「貴方がたの目指す未来と、私達の目指す未来は違います」

「そのようだな……」

 

 ネルソンの視線がシィル、シトモネ、志津香の三人に移る。初見で魔法使いだと見抜ける三人だ。志津香は服装からも見て取れるし、戦闘中には目立たないが、三人とも一応武器としてロッドは持ち歩いている。薙刀に和服という出で立ちのリズナは魔法使いだと見抜かれなかったようだ。

 

「形振り構っていないと見える。理解は出来るが、賛同しかねるな」

「テロ活動を行うそちらに言われたくはありません」

「革命の為には多少の犠牲は必要なのだよ」

「多少……? あれだけの被害を出しながら、よく言えたものですね」

「平行線だな」

 

 魔法使いを仲間に引き入れている事を理解出来ないと肩を竦めるネルソンに対し、カオルがテロ行為を引き合いに出してペンタゴンを批判する。だが、ネルソンはこれまでの犠牲は許容すべきものと認識しており、カオルは許容できるものでないと認識している。これではネルソンの言うように、いつまで経っても平行線でしかない。

 

「なになに……ネルソン様! 対象を下の階に追い詰めたとの事です」

「ん? そうか」

 

 その時、一人のペンタゴン兵が報告にやってきた。ネルソンの後ろに控えていたオレンジ髪の小柄な女性に小声で報告をし、女性がネルソンに報告内容を伝えた。立場的に、報告に来た者はネルソンと直接会話するのが憚れるような下っ端であり、逆に小柄な女性はそれなりの立場にあるのだろう。

 

「(……ん? あの女……)」

「て、提督……」

「そうだな。いつまでもここで長話をしている時間はない」

「はい。今は皆で周囲を取り囲み、ネルソン様の到着を待っているところです。急いで……って、ひゃー!!」

 

 報告をしていた女性が突如奇声を上げる。眉をひそめるネルソン。

 

「騒がしいぞ、ポンパドール」

「だ、だ、だって! この男がスカートを!!」

「うむ、白か。グッドだ、がはは!」

 

 見れば、いつの間にやらポンパドールと呼ばれた女性に近づいていたランスがそのスカートを思いっきり捲っていた。慌てて飛びずさり、スカートを抑えながら涙目でランスを睨むポンパドール。対して、ネルソンとキングジョージは呆気に取られたような表情を浮かべていた。

 

「もーっ!」

「おい、おっさん。この娘を俺様にくれ」

「……ふふ……ははははは! ウルザも落ちたものだ。こんな連中を使っているとは!」

 

 部下への呆れた所業に怒りを通り越し、笑いがこみあげてきたネルソン。魔法使いにも頼る程形振り構っていないウルザがどれ程の強者を引き入れたのかと思えば、なんという愚かな連中。これでは今のアイスフレームの人材不足ぶりが判ろうというものだ。

 

「むーっ!」

「…………」

「……? なんですか? じろじろ見て」

 

 ランスを睨んでいたポンパドールだったが、すぐ隣から送られている視線に気が付きそちらを振り向く。それは丁度飛びずさった方向にいた男、漆黒の蝶型マスクをつけた戦士から送られているものであった。

 

「……やっぱり似ているな」

「何がですか?」

「ポンパドールと言ったか? 君自身か、あるいは姉妹が郵便配達の仕事をしていないか?」

「ふぇっ!?」

 

 突然の問いに思わず声が裏返るポンパドール。すると、その男の傍に仲間たちが寄ってきた。

 

「どうしたのよ? 急に変な質問して」

「彼女、等々力亮子に似てないか? 顔も声も」

「え? 誰?」

「郵便配達員のですか?」

 

 まだ亮子にあった事のない志津香は首を傾げる中、ネイやセスナ、バーナードといった亮子を知っている面々がポンパドールの顔を見る。額から汗をだらだらと流すポンパドールをひとしきり見た後、一同はルークを振り返った。

 

「そんなに似てないと思いますけど」

「うん……別人……」

「間違いはよくある事だ……」

「そうか……似ていると思ったんだがな……」

 

 全員に否定されたからか、顎に手を当てながら少し残念そうにするルーク。対してポンパドールは何故かホッと息を吐いていた。

 

「ポンパドール、いつまでも遊んでいないで行くぞ」

「あ、はい! ネルソン様」

 

 とてとてとネルソンの方に走っていくポンパドール。ネルソン率いるペンタゴンはそのまま部屋を後にしようとするが、その背中に向かってカオルが問いを投げる。

 

「下の階に一体誰を追い詰めたというのですか?」

「そちらの言葉を借りるのならば、答える義務はない。だが、ついてくるのならば止めはしないがね」

 

 そう言い残し、ペンタゴンの者たちが部屋から出ていく。その背中を厳しい表情で見送るカオル。そんなカオルにランスが問いかける。

 

「カオル、顔が怖いぞ。あいつらが嫌いなのか?」

「はい、大嫌いです」

「あれがペンタゴン……」

「ひぃぃぃ……なんまんだぶ、なんまんだぶ」

 

 過激派のレジスタンスとは聞いていたが、そのリーダーはあのような男なのかと噛み締めるように呟くシトモネ。その横では、ロッキーが無残な状態で晒されているハッサムの死体に手を合わせていた。憎むべき相手ではあったが、このような死に様は流石に哀れだ。

 

「ぐちゃぐちゃだな」

「はい……」

「…………」

 

 ランスの言葉に頷くシィル。流石にここまでの状態になってしまっては、治癒魔法を掛けても無駄だろう。彼は既に死んでいる。そんな中、プリマは無言でハッサムの死体を見下ろしていた。仲間を殺し、憎み、だが殺せなかった相手。

 

「プリマ、大丈夫?」

「……ん」

 

 ネイの問いに静かに頷き、プリマは顔を上げた。その胸中はいかなるものか。だが、いつまでもここにいる訳にはいかない。

 

「ルークさん、牢獄の鍵を見つけました」

 

 すると、いつの間にか部屋の奥へと立っていたかなみが声を上げる。その手には、煉獄の鍵と掛かれた鍵束があった。どうやらあれが牢獄の鍵のようだ。

 

「かなみ、よくやった」

「となれば、本格的にこの場に留まる理由はありませんね。牢獄に向かいましょう」

「来た道を戻りますか?」

「いえ、奥の階段を下りた方が早いと思います」

「それって、ペンタゴンの連中が下りて行った階段じゃねーか」

 

 この部屋の奥にある階段の先には、ランスたちが二階探索時に発見したが開ける事の出来なかった大扉があると思われる。恐らく、こちら側からなら開けられる事だろう。しかし、それはペンタゴンの進んだ方向でもある。メガデスが嫌そうな声を出す。どうやら彼女もペンタゴンの連中はあまり良く思っていないようだ。

 

「まあ、あのおっさんはどうでもいいが、ポンパドールちゃんはアイスフレームに引き抜きたい。行くぞ」

「ランスさん、目的が違いますよ」

「おっと、そうだった。今は所長のエミちゃんが優先だったな」

「それも任務とは少し違いませんか?」

 

 カオルとリズナの突っ込みを受けても平然と笑うランス。相変わらずランスの行動原理には美女が付きまとう。既に忘れられているレッドアンとシャイラ。

 

「シャイラ……無事に帰ったら、一緒にランスを殴ろう」

「昔よくあったオチになるから止めた方が良いと思うぞ。何故か俺も巻き込まれる奴」

「うわぁ、懐かしいですね」

 

 ホロリと涙を流しながらランスへの復讐を誓うネイであったが、それを止めるのはかつての被害者ルーク。暢気に昔を懐かしむシィルが少しだけ恨めしいルークであった。

 

 

 

-女の子刑務所 二階-

 

「政治を私物として利用する、貴様のような者がいるからこの国は駄目なのだ」

「だ、黙れ、黙れ! 魔法も使えぬ下衆の分際で!!」

 

 ルークたちが部屋に入った時、そこでは『演説』が行われていた。部屋の隅に追いやられているのはズルキ元長官。彼は身動きが取れない状態であった。なぜならば、彼の周囲をペンタゴン兵が取り囲み、一様に剣の切っ先をズルキに向けているからだ。少しでも身動きを取れば、すぐにでもその剣がズルキを貫く。そんなズルキの目の前で、ネルソンが声高らかに持論をのたまっていた。

 

「魔法か……私から言わせれば、魔法を使える者こそ下衆の極地。生きている者として認める価値の無いクズである!」

「…………」

「(まあ、そりゃそうなるよな)」

 

 物凄い表情でネルソンを睨みつける志津香。ネルソンはこちらに背中を向けているため気が付いていないが、志津香が不機嫌になるのも当然というもの。何せ、自分は生きている価値が無いとハッキリ口にされたのだから。シィルやシトモネですらあまり良い表情をしていない。

 

「(しかし、成程。確かに人を惹きつける力はあるな)」

 

 体力の低さ、遠方からの攻撃に頼り前線に出てこない点、その弱さを特権で誤魔化している、そういった事を挙げて魔法使いを卑怯者だとのたまうネルソン。決してその内容に賛同は出来ないが、ネルソンの持つ『力』は本物だとルークは感じ取っていた。

 

「魔法使いは絶対か? 否! 魔法使いは必要か? 否!」

「…………」

 

 ネルソンの高説に部下たちは静かに聞き入っている。陶酔しているのだ。だが、目だけは熱を持っている。あれは狂信者の目だ。声の大きさ、抑揚、ため、その全てが一級品。聴衆は一時たりともネルソンから目を離せない。あの男は、それを計算してやっているのだ。聴衆は自身の部下だけではなく、アイスフレームの面々も含まれている。あわよくばペンタゴンに勧誘する腹づもりなのだろう。

 

「(リアに近いタイプか。組織のトップであるのも頷ける)」

 

 カリスマには二種類ある。計算されたカリスマと、無自覚ながらも人を惹きつけるカリスマ。リーザスの女王リアは前者。彼女はどう行動すれば国民が自分を支持するかを知っている。かつての誘拐事件や、両親からその地位を奪った事など後ろ暗い点も多いのだが、それを国民に掴ませない手腕がある。舌戦も上手い。侍女のマリスにばかり目がいきがちだが、リア自身も中々の狸だ。ネルソンはそんな彼女に近いタイプと言えよう。逆に、後者のようなタイプはゼス国王のガンジーが挙げられよう。そして、もう一人。

 

「ふーん、ほじほじ」

 

 ルークの横で退屈そうに耳を穿っているこの男もまた、計算されていないカリスマを持っている。知らず知らずの内に人を惹きつけ、率い、上に立ち、栄光を手にする。まさに英雄の所業。

 

「新しい世界秩序を作るためには我らが動かねばならぬのだ!」

「何を言うか、このテロリスト共! いずれ、お前ら一人残らず殲滅してやる!」

 

 この状況下にあってもなお命乞いをせず、毅然とした態度でテロリストであるペンタゴンと対峙するズルキ。この気概は評価に値する。これだけの態度を、他の長官連中は果たして取れるだろうか。上に立つものとしては優秀な人物であったのだろう。ただ、その価値観さえ間違えていなければ。

 

「二級市民など、一人残らず皆殺しにすべきなのだ!!」

「それが最後の言葉でよろしかったですな?」

 

 パチン、とネルソンが指を鳴らす。すると、剣の切っ先をズルキに向けていた部下たちが一歩ずつズルキに歩みを進めていった。ゆっくりと剣先が迫っていく。だが、逃げ場はない。そんなズルキに冷たい視線を送りながら、最期の言葉を贈るネルソン。

 

「先に地獄にお逝き下さい、ズルキ長官」

「ぎゃぁぁぁぁぁ!!!」

 

 絶叫が部屋の中にこだまする。ペンタゴン兵に次々とその体を串刺しにされ、ズルキはその身体を血に染めていった。だが、ここからが地獄であった。ペンタゴンの連中は一思いに殺してはくれない。その剣先は急所以外を貫き、気を失いかけたと同時に次の一撃が体を貫くため、痛みで意識を無理矢理起こされるのだ。

 

「がぁぁぁぁ! ぐぁぁぁぁぁ!!」

「うっ……」

 

 ショック死が先か、失血死が先か。これではまるで拷問だ。絶え間なく続く悲鳴にロッキーが吐きそうになり、女性陣も顔をゆがめている。

 

「がっ……」

 

 その時、悲鳴が鳴り止んだ。それと同時に、視線が一斉にアイスフレームの面々へと向けられる。ゴロリ、という音と共に、串刺しになっていたズルキの体から首だけが転がり落ちる。その眉間には、一本の短剣が突き刺さっていた。

 

「どういうつもりかね」

 

 ネルソンの視線の先には、タマネギとルークの姿。タマネギがプリマから預かっていた短剣を投げてズルキの額に命中させ、ルークが真空斬でその首を飛ばしたのだ。ネルソンの問いかけに答えるタマネギとルーク。

 

「拷問も調教も絶対悪ではありません。マナーと美学が存在するのです。ですが、貴方がたの拷問は三流以下ですね。嘆かわしい」

「情報を聞き出す為の手段としてならば否定する気はないが、いたぶるだけの拷問は見るに堪えなかったんでな」

「ふむ、それは失礼した」

 

 ネルソンは表情を変えていないが、その後ろに立つ部下たちはルークたちを睨み付けている。ズルキにはもっと苦しんで死んで欲しかったと思っている者、啓蒙するネルソンのやり方を否定されたと思っている者、その思いは様々だろう。

 

「しかし、見事な腕だな。先程の言葉、撤回しよう」

「貰っておこう」

「私に賛同するのであれば、いつでもアイスフレームを抜けてペンタゴンに来ると良い。私は歓迎する」

 

 視線をルークから外し、アイスフレーム全員を見回しながら勧誘の言葉を口にするネルソン。いや、全員ではない。彼の言う歓迎する中に、魔法使いは含まれていないのだろう。

 

「ウルザは優秀な戦士であったが、今はただの腑抜けだ」

「おう、人の陰口叩いてんじゃねーぞ、たこ」

「あの小娘についていても、理想は貫けんぞ」

「そんな事は無い……」

 

 メガデスとセスナが反論するが、ネルソンは意に介さず言葉を続ける。

 

「魔法使いはどんな手を使っても根絶やしにするべきなのだ。でなければ、この国に夜明けは来ない」

「はいはーい、ペンタゴン機関誌『我が闘争』最新号でーす。ほらほら、どぞどぞ」

 

 ポンパドールが笑顔で本を手渡してくる。表紙にはネルソンが映っており、中々の厚みを持った雑誌だ。受け取るのを拒否しようとした者もいたが、無理矢理押し付けられた。

 

「…………」

「(うわ、すっごい見られてる……この変態仮面、それ以上こっち見んな!)」

 

 本を受け取る際、再度確認するように顔をじろじろと見てきたルークからそそくさと離れていくポンパドール。彼女が機関誌を配っている間に、ネルソンは部下の集団の中にいた青い髪の女性に近づいていく。他の者と違い、少しだけ服が乱れているその女性は目立たぬように服を正していた。

 

「エリザベス、大丈夫だったか?」

「はい、提督。申し訳ありません……」

「お、さっきの美女じゃないか」

「(ルークさん、あの女性は確か……)」

「(ああ、ロリータハウスの一件で会った女性だ)」

 

 その女性に見覚えがあったシトモネが小声でルークに話しかけてくる。そう、目の前の女性はかつてロリータハウスの一件でルークたちの前に姿を見せたペンタゴン兵であった。どうやらランスたちが言っていた捕らわれのペンタゴン兵というのは彼女の事だったらしい。あの時は名前を聞けなかったが、どうやらエリザベスという名前のようだ。

 

「気に病む事は無い。君のような優秀な人材をここで失う訳にはいかんのだ」

「提督……」

 

 どうやらペンタゴンの目的は彼女を救い出す事だったようだ。ネルソンの優しい言葉にエリザベスの目がとろんと落ちる。彼女も狂信者の一人のようだ。

 

「ネルソン様、配り終えました!」

「ご苦労、ポンパドール。見るに、このグループの中心人物は君とそこの男のようだが……」

 

 ネルソンがルークとランスを見ながらそう口にする。確かにこの二人が部隊の隊長だ。少ないやり取りの中でそれを見抜く辺り、洞察力の高さが窺える。何よりランスは先程ポンパドールのスカートを捲りあげた男。先入観からランスを下の者と見てもおかしくはないというのに、ネルソンはルークだけでなくランスも部隊の中心人物であると見抜いたのだ。

 

「どうだ、ペンタゴンに来るつもりはないかね?」

「アイスフレームより美女が多いなら考えるぞ。その可愛い娘とやれるのか?」

「性欲を満たしたいのなら娼館に行きたまえ。我々の組織はそのような下衆な事はしていない」

「じゃあいいや」

 

 ポイ、と受け取った雑誌を捨てるランス。後ろの部下たちがまたも睨み付けてくるが、ネルソンは気にした様子もなくルークに視線を移した。

 

「そちらはいかがかな?」

「ふむ……」

 

 先程エリザベスの事でルークと話をしたため、丁度ルークの真横に立っていたシトモネ。その肩をルークはポンと叩き、次いですぐ真後ろ立っていた志津香を一度見てからネルソンに向き直る。

 

「この二人は俺のパートナーなんだが、それを受け入れる寛容さはあるのか?」

「ふむ、来る気はないか……」

 

 シトモネは今回の冒険のパートナー。志津香は共に復讐を誓った以前からのパートナー。だが、どちらも魔法使いだ。この二人を放ってペンタゴンに入るつもりなど毛頭ないルークはそう返し、ネルソンも拒否の言葉であると受け取った。

 

「はっはっは!! 受け入れるって言っても来る気はねーだろ、お前さんは」

 

 すると、豪快な笑い声を響かせながら一人の巨漢が部下の間を割って歩いてきた。手には大きな錨を持ち、眼帯で片目を隠した中年の男。あの男もルークとシトモネは知っている。そして、後ろに控えるセスナとネイも。

 

「フット……」

「おー、久しぶりだな、ネイ、セスナ。ん? シャイラはどうした?」

 

 フット・ロット。ペンタゴン時代にセスナたち三人娘の面倒を見てくれた男であり、ロリータハウスの一件でルークたちと対峙した男。あの時フットが柔軟な対応をしてくれていなければ、アルフラやあおいはすんなりとキムチの下に受け入れて貰えなかっただろう。過激派のペンタゴンに所属しながら、良識派であると思われる男。だからこそ、ルークはアイスフレームに彼の姿が無かったのが不思議でならなかった。

 

「フット、彼を知っているのか?」

「提督。ありゃルーク・グラント。『解放戦の英雄』だ」

「なっ……!?」

 

 初めて表情を崩すネルソン。後ろに控える部下たちも一様に絶句している。数年前に起こったリーザス解放戦において獅子奮迅の活躍を見せ、人類最強と呼ばれたトーマ将軍を打ち取った『解放戦の英雄』がアイスフレームに入ったというのか。

 

「俺だけじゃなく、嬢ちゃんも知っていますよ。なあ?」

「……はい、提督。間違いありません。あれは『解放戦の英雄』です」

 

 フットに促され、コクリと頷くエリザベス。そのままフットはルークへと視線を戻し、話を続ける。

 

「まさかお前さんがレジスタンスに入るとはな。ビルフェルムの奴が生きていた時に来てくれりゃあ、あいつも喜んだだろうに」

「まあ、色々とあってな」

 

 既に正体はばれているため、それとなくマスクを外すルーク。すると、ネルソンの横に控えていたポンパドールの背中に電流が走り、その顔から笑みが消えた。

 

「(な、なんですって!? こいつ、アイスフレームの拠点で会った男!? そうだ、確か名前はルーク。さっきの名前と一致する。へ、変身の達人であるこのわたしですら見抜けない程の変装をするとは……)」

 

 謎の衝撃を受けているポンパドールを尻目に、フットは会話を続けた。

 

「お前さんはうちには来ねーよ。気持ちの良い甘ちゃんのウルザとは違うが、お前さんもこっち側の人間じゃねー。おっと、二人とも褒めてるんだぜ」

「俺は、あんたはこっち側の人間だと思っていたがな」

「ま、色々あんだよ。あんだけ短時間の顔合わせじゃ、人となりなんて判らねーだろ。おっと、そりゃ俺も同じか。ははは!」

 

 口に咥えたパイプを揺らしながら気持ちの良い笑い声を上げるフット。すると、ランスが突如会話に割り込んできた。グッと自身を親指で指し、ふんぞり返りながら口を開く。

 

「おい、解放戦の英雄はルークだけじゃないぞ。この俺様もだ」

「ん? お前さん、名前は?」

「稀代の大英雄、ランス様だ」

「わりぃ、知らねーわ。はっはっは!」

「どうせ大口叩いているだけだろ」

「なんだとぉ!?」

「(本当なんだがな。まあ、ランスの情報はリアが完全に隠匿しているから、知らないのも無理はない)」

 

 フットやその後ろに控えているおかっぱ頭の男の反応を見て怒り心頭のランス。だが、この二人の反応は仕方のない事。愛するランスを有名にしたくないリアの手によって、解放戦の英雄はルーク一人に仕立て上げられているのだから。解放戦で活躍したとされている漆黒の剣はルークの持つブラックソードでなく、ランスが使っていた魔剣カオスなのだが、それを知る者は少ない。

 

「提督。こいつの勧誘は無理ですぜ」

「……ふむ、それは残念だ」

「それで、いい加減さっきの質問に答えて貰えるか? シャイラはどうした?」

「シャイラは、その……」

 

 チラリとカオルを見るネイ。先程カオルがここに来た理由をネルソンに言わなかった事から、こちらの内情を話すのに遠慮があるのだろう。だが、カオルが特に反応を示さなかったため、ネイはそのまま言葉を続けた。

 

「この場所に捕まっているの。私たちはシャイラを助けに来たの」

「なんだ、生きてんのか! もしかしたら死んじまったんじゃねーかと思って、ちょっと聞き難かったんだぜ」

「そうは見えなかった……」

「ははは! シャイラ救ったら、ばーかマヌケって伝えておいてくれ」

「何よ、水臭いわね。手伝ってくれないの?」

「おいおい、いつまでもよちよち歩きのガキじゃねーんだ。自分たちで救いな」

 

 セスナも会話に加わる。どことなく、二人の口調が柔らかい。セスナからの手紙にも恩人としてフットの名前は書いてあった。成程、確かにこの男は気持ちがいい。顔は強面で口も悪いが、セスナやネイが懐いていたのもよく判る。

 

「フット。いつまでも話してないで撤退するよ。マヌケが恨めしそうに睨んでいるし」

「ん? おっと、すまねえ。嬢ちゃんの事を言ったんじゃねーんだぜ」

「……嬢ちゃんと呼ぶなと何度言ったら判る。ロドネーも一言多い!」

「やれやれ。飛び火させないで欲しいね」

 

 ロドネーと呼ばれたおかっぱ頭の男がそう口にすると、慌ててエリザベスにフォローを入れるフット。だが、時すでに遅し。完全に機嫌を悪くしたエリザベスがふん、と鼻を鳴らしてフットとロドネーから視線を外し、そのままネルソンを見る。

 

「提督」

「うむ。ここでの我々の目的は果たされた。速やかに撤退する」

 

 ネルソンの号令が出るや否や、素早く部屋から出ていくペンタゴン兵たち。背中を向けたフットが最後にヒラヒラと手を振り、あっという間にペンタゴンの連中はその姿を消したのだった。

 

「なんだか気持ちの悪い連中だったな」

「ランス様、これはどうしましょう」

「捨てろ」

「あ、はい。えっと、ゴミ箱は……」

「シィルちゃん。一緒に燃やしとくから、こっちに渡して」

「火丼の術!」

「これが忍術だすか。凄いだす」

「やんややんや」

 

 その背中を見送ったランスが疲れたような声を漏らす。ああいった息の詰まる連中はランスの苦手なものの一つだ。シィルが困ったように雑誌を見せると、ランスは一言でその処遇を決めた。見れば、部屋の隅で志津香とかなみが雑誌を燃やしている。大陸では珍しい忍術を目にし、ロッキーとメガデスが手を叩いていた。ちょっとだけ得意気にするかなみが微笑ましい。

 

「カオルさんは……」

「偉そうな事を言っても自分の事しか考えていない人の本なら、私はとっくに捨てました」

「(相当嫌いなんだなー。無理もないけど……)」

「第一に、私の考える国とは民なくして……」

「リズナ、すぐに捨てろ」

「あ、はい。捨てます……ぽい」

 

 カオルは当然すぐに廃棄したようだ。その後ろで黙々と雑誌を読んでいるのはリズナ。騙されやすい彼女の事だ。当然こんなものを読むのは望ましくない。ルークに促され、ぽいと床に雑誌を放るリズナ。他の者たちも次々と本を捨てていった。

 

「ランス隊長、ペンタゴンが暴れた事もあり、すぐにまた警備の者たちがやって来ると思われます。急ぎましょう」

「おお、そうだったな! じゃあ急いでエミちゃんを……」

「違いますよ。目的地は独房です」

「鍵を調べる際に確認したが、西の独房塔が重犯罪者、東の独房塔が軽犯罪者用になっているみたいだ」

「鍵束も二種類に分かれていますね」

 

 かなみが懐から鍵束を取り出す。確かに東用と西用に分かれていた。

 

「シャイラはレジスタンスだから西にいるはずだ。ブラック隊はそっちに向かう」

「レッドアンさんは脱税の冤罪ですから、恐らく東ですね。グリーン隊はそちらに向かいます」

 

 カオルがかなみから東用の鍵を受け取り、ランスに向き直る。鍵を手に入れた今、何も一緒に行動する理由はない。二手に分かれ、速やかに任務を終わらせる。

 

「ルーク、こっちが終わったらこれを鳴らす。お前らはこれが鳴ってから脱出しろ」

「それはマッハぴよ笛!? いつの間に……」

 

 ランスが手に持つアイテムを見てカオルが驚く。それはゼスの上流階級の者しか持つ事の出来ないマッハぴよ笛であった。イタリアの一件でサーベルナイトが使っていたものだ。

 

「さっきそこのおっさんの死体から拾った」

「うぅ……」

「シィルちゃんに拾わせた、でしょ」

「相変わらず目ざといな」

 

 後ろで悲しそうにしているシィルを見てため息をつく志津香。死体から金目のものを探るのはシィルの仕事。今回もそれを命じたところ、財布と共にマッハぴよ笛をシィルが発見したのだ。だが、これは中々に使えるアイテムだ。元々は治安隊を呼ぶためのアイテムであるため、その音はかなり遠くまで響く。こういった二手に分かれる任務において、何かしらの合図を送る手段はあるに越した事は無い。

 

「ふん。まあ、俺様達がのろまのお前らよりも遅いなど有り得んのだがな。万が一お前らの方が早かったら、適当に暴れて時間稼ぎしておけ」

「あ、プリマさん。私も先程これを回収しまして。勝手に使ってしまい、失礼しました」

「あ、ご丁寧にどうも……もう私には必要ないものなんで、気にしないで」

 

 ズルキの死体から短剣を回収したタマネギがプリマに頭を下げている中、横からひょいと笛を覗き込むトマト。

 

「ふむふむ。これはいい仕事してますですかねー」

「あれ? そういやトマトもいたんだっけか」

「最初からいましたですかねー!!」

「パーティーの人数多いと、まあこういう事はあるな……」

「どういう事よ……」

 

 トマトがなんだか初めて喋ったような気がして驚くランスと、その反応に涙目のトマト。それを見て、どこか達観した表情のルーク。こういう事はよくある。よくある事なのだ。そんなルークに一度ため息をついてから、志津香はマッハぴよ笛に視線を向ける。

 

「でも、よく無事だったわね。あれだけ刺されておいて」

「胸のあたりに入れておいたから無事だったみたいです。急所を避けて刺していましたし」

「という事は、ルークさんとタマネギさんが割って入らなければ壊れていたかもしれないのね」

「多分、壊れてたと思います。上の階のハッサムさんの笛は壊れていましたし……」

「あのぐちゃぐちゃのも探らされたの……?」

「…………」

 

 かなみの言うように、もしルークとタマネギが割って入らなければ笛は壊れていただろう。それに同意するシィルであったが、ハッサムの死体を思い出したシィルは少し涙目であった。

 

「(なんかおら、魔法使いとか関係なくシィル様のこと尊敬してきただす……)」

 

 これが奴隷としての年季の違いなのか。悲しいかなロッキーに尊敬のまなざしを向けられるシィル。

 

「で、その死体から拾った笛は誰が吹くの?」

「こいつに決まってるだろ」

「がーん!」

 

 だが、ロッキーにもシィルから憐れみのまなざしが送られているのであった。

 

 

 

-女の子刑務所 所長室-

 

「死んだ……ズルキ親子が……?」

 

 所長室に届いた報告に絶句するエミ。薬物人間を放ってから初めての報告であったため、当然賊を仕留めたというものだと思い込んでいたからだ。だが、届けられた報告はズルキ親子の死。

 

「残念ですが、間違いありません」

「一体どこの誰がやったというの!?」

「恐らく、レジスタンスのどちらかが……」

「どちらか? どういう事?」

「どうやら潜入しているレジスタンスは二組いたようです。一つはペンタゴン、もう一つはまだ情報を掴めていません。口論している様子を見た職員がいたため、どうやら協力関係にはないようで……」

「そんな事はどうでもいいわ! 今、その連中は!?」

 

 苛立った様子で声を荒げるエミ。びくりと肩を震わせながら、職員は報告を続けた。

 

「ペンタゴンは撤退したようです。残るもう一つの組織は、二手に分かれて独房へ向かったと……」

「囚人の救出が目当てね……わたくし自ら向かうわ。ドルハン!」

「はっ……」

「エミ様、それは駄目です! ここは私たちに任せてください!」

 

 ドルハンを引き連れて所長室から出て行こうとするエミの前に立ちふさがったのは、警備隊長のキューティ。だが、そんな彼女に手を振ってどけと合図するエミ。

 

「レジスタンスにこれ以上の勝手を許しては所長としての名折れですわ。どきなさい」

「どきません! エミ様、ここは私たちに……」

「くどいですわ! それ以上邪魔をするのであれば、今この場で警備の任を解きますわよ。今回貴女がここの警備を協力できているのは、あくまでわたくしの好意によるもの。それをお忘れなきよう」

「うっ……」

 

 治安隊とはいえ、その手の届く範囲は限られている。許可なくどこでも戦えるという訳ではないのだ。この刑務所内もその一つ。所長であるエミの許可なく警備すれば、それは越権行為として罰せられる。

 

「(潜入したレジスタンスが本当にルークさんたちなのであれば、その目的はシャイラさんのはず……となれば、重犯罪者のいる西側に向かっている可能性が高い。東はあくまで陽動、あるいは目的があってもその重要度は低い……)」

「さあ、おどきなさい!」

「……判りました。ですが、一つだけお願いがあります。二手に分かれた賊をエミ様たちだけで両方追うのは不可能です。ですから、西側に向かった賊は私たちにお任せください!」

 

 深々と頭を下げるキューティ。本命は西であり、東には大した戦力は割かれていないと予想したキューティは、危険の少ない東側をエミに任せるつもりなのだ。確かに二手に分かれた両方を追うのが難しいのは事実。眉をひそめていたエミであったが、ここらが落としどころかと静かに頷く。

 

「……仕方ありませんわね。判りましたわ。ドルハン、東の独房へ向かうわ」

「はっ、エミ様!」

「ミスリー、急いで下で待機している皆を呼んできて」

「はい!」

 

 帽子の位置を正し、マントをなびかせるキューティ。決戦の時は近い。

 


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