ランスIF 二人の英雄   作:散々

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第155話 選んだ道

 

-カイズ AL教本部 祈りの間-

 

「説明して貰えるか? どうしてお前がここに……」

 

 何故ルークがここにいるのか判らない。そう真剣な表情で問いかけてくるアリオスだが、その質問は出来る事ならばこちらがしたいところだ。

 

「一体何が起こっているの……?」

 

 ロゼも同様に困惑していた。戦闘音の聞こえる部屋へと飛び込んでみれば、そこには床に崩れ落ちている魔人たちと、その魔人たちを前に悠然と立ち尽くす男の姿。状況から考えればこの男が戦闘に勝利したと考えるのが普通だが、それがいかに普通の考えではないかは論ずるに値しない。たった一人の人間が魔人二人とガーディアン二人相手に勝利を収めたというのか。

 

「ルーク……お前……どうしてここに……」

「……どういう事だ? 魔人がお前の名前を知っている?」

 

 サテラの言葉を聞いてアリオスが眉をひそめる。それに対し、ルークは視線を反らすことなく口を開いた。

 

「解放戦の時に一度戦っている相手だ」

「……リーザス解放戦を裏で手引きしていたのは魔人だという噂はあったが、そうか、それがこのサテラだったんだな」

「いや、彼女は別の魔人に騙されていただけだ。人間界を襲うつもりはなかったし、黒幕の魔人は既に死んでいる」

 

 アリオスが殺気を込めた視線をサテラに送るが、それを遮るようにルークが言葉を続けた。だが、それは嘘ではない。あの解放戦は魔人ノスが仕組んだものであり、サテラとアイゼルの二人は騙されたに過ぎないのだ。瞬間、ルークはアリオスの側に跪いていたハウゼルに視線を送る。すぐに視線に気が付いたハウゼルだったが、ルークが何も言わずにすぐに視線外してしまったため、ほんの少し困惑する。だが、すぐにその意図を察した。

 

「状況を説明してくれ、アリオス。知らない顔が多すぎる」

「そうだな。出来ればお前にも協力を仰ぎたい……!?」

「ガアアアア!!」

 

 アリオスが剣を収めようとした瞬間、目の前に倒れていたシーザーが突如咆哮しながらアリオスへと突っ込んできた。完全な奇襲だ。驚いたルークはすぐさま剣を構えるが、直後に信じられない光景を目撃する。

 

「ガアアアア!!」

「ふっ……」

 

 渾身の力で振り下ろされた右拳を、アリオスは手に持っていた輝く剣で軽く受け流す。力で抗うのではなく、流れる水のような洗練された動きだ。同時に、アリオスは一歩後ろに下がった。すると次の瞬間、強烈なリバーブローがアリオスが先程まで立っていた位置に放たれ空を切る。

 

「……!?」

 

 ルークが目を見開く。今の動きはおかしい。シーザーが次にあの攻撃を放つ事など見て取れなかった。それなのに、アリオスはまるでその攻撃が次に放たれるのが判っていたかのような動きを取ったのだ。

 

「グ……」

「一式……ハヤブサ!!」

 

 鎌鼬を纏った剣がシーザーの腹部に向かって放たれる。瞬間、シーザーの体を構成している岩のような物質の一部がはじけ飛び、パラパラとした破片が周囲に舞った。

 

「お前ぇぇぇぇ!!!」

「……!!」

 

 サテラの怒声を放ちながらアリオスへと向かっていき、見覚えのない小柄なガーディアンが高く跳び上がって上空からアリオスの頭部目がけてかかと落としを放つ。だが、その二人を前に尚もアリオスは冷静な表情のままだ。

 

「…………」

 

 スッと一歩横に動くアリオス。すると次の瞬間、先程までアリオスの立っていた床に小柄なガーディアンのかかと落としが叩きつけられた。見た目に反し、かなりの威力であるそれは床を轟音と共に砕く。しかし、アリオスは無傷。すぐに切り替えたのか、ガーディアンが高速の回し蹴りを放った。同時に、サテラも鞭を振り回してアリオスへと特攻をしかけてくる。あのジルにすら一撃を与えた、サテラ自慢の鞭捌きだ。

 

「なんだとっ……!?」

 

 声を発したのは、剣を構えながらその様子を見ていたルークであった。サテラの放つ高速の鞭をアリオスは紙一重で躱し続けているのだ。一つ体重移動を誤れば即座にダメージを負うような、そんな直撃すれすれでの回避。避けるのが上手いなどというレベルでは無い。これはまるで、魔王ジルがルークたちにやってみせた死の舞踏と同レベル。

 

「くっ……何なんだこいつ!? 途中から攻撃が全然当たらなく……」

「はっ!」

「遅いな……一式、ハヤブサ!!」

 

 今度は纏っていた鎌鼬を剣から飛ばし、サテラとガーディアンの体に直撃させる。小柄であるためかガーディアンはその一撃で吹き飛んでしまい、サテラは踏みとどまったもののその表情は苦しそうだ。鞭を持つ手も緩む中、アリオスは一気に間合いを詰める。

 

「終わりだ、魔人サテラ!!」

「……!?」

「真空斬!!」

 

 アリオスが魔人サテラ目がけて剣を振り下ろそうとした次の瞬間、二人の間を真空の刃が通り過ぎていった。剣が止まるアリオスと、これ幸いと後方に飛びずさるサテラ。アリオスが今の一撃が放たれた方向へと視線を向けると、そこに立っていたのは剣を振りきった形のルーク。

 

「ルーク……お前……」

「…………」

「どういう事かしら? 今の一撃、アリオスではなくて魔人を援護したように見えたけど……?」

 

 少女の声が祈りの間に響く。それは、ずっとアリオスの後方に佇み、不気味な笑みを浮かべていた目つきの悪い少女の発したものであった。

 

「貴方、魔人の仲間……?」

「……頼むから状況を整理させてくれ。今の俺には、どちらに援護に入ればいいのか全く判らない」

「ルーク、それは本気で言っているのか?」

「ああ、本気だ」

 

 少しだけ怒りを含んだ表情でルークに問いかけてくるアリオス。だが、ルークも視線を外さず平然とそれに答える。少しだけ不穏な空気が流れる中、パンと手を叩いたのはロゼ。

 

「とりあえずそこの可愛いお嬢ちゃん、状況説明をお願いできるかしら? お姉さんたち、途中から入ってきたから全然状況判らなくてね」

「……ふふ、良いわ。折角だから説明してあげる。今の状況と、アリオスの事をね。貴方たちと、これから死にゆく悪しき者たちへ」

「何だと、てめぇ……」

「サテラ、今は体力を回復させて……」

 

 食って掛かろうとするサテラをハウゼルが止める。ここで一呼吸休める機会を貰えるのは、どちらかというとハウゼルたちの方がありがたいからだ。見れば健太郎も世色癌を食べている。彼もまた体力回復を図っていた。そんなこちらの思惑を嘲笑うかのように一瞥した後、少女が言葉を続けた。

 

「まずはこちらの説明から。私の名前はコーラ、勇者の従者をさせていただいております。そして、彼が現代の勇者、アリオス・テオマンです」

「勇者?」

「ああ、お間違えの無きよう。そこらの二流、三流冒険者がちょっとしたクエストを完了させて、田舎町の人間に『勇者様』と讃えられるのとは訳が違いますから。人間界に一人しか存在し得ない、本物の勇者です」

「文献で読んだ事はあるけど、本当に実在したのね……」

 

 少女のまるで演説のような声が響く中、ロゼがそう声を漏らす。

 

「あら? 勇者を知っているの?」

「人類のピンチに現れる勇者様って奴でしょ。代替わり制とかいうやつ。これまで眉唾だったけど、そこのアリオスが勇者だっていうの?」

「グッド、その通り」

 

 グッと親指を立てるコーラ。どこかその小馬鹿にした行動にロゼが苛立ちを覚えている中、コーラはルークに向き直って言葉を続ける。

 

「そちらは解放戦の英雄、ルーク・グラントでよろしかったかしら?」

「ああ、そうだ。そして、彼女は俺の仲間のAL教神官、ロゼ・カド」

「ロゼ……ああ、貴方も確か解放戦に参加していましたよね?」

「あら、覚えてたのね」

 

 アリオスはサテラたちに警戒を飛ばしたままロゼにそう声を掛ける。直接の絡みは殆ど無かったはずだが、あの大人数の中良く覚えていたものだ。

 

「これが、正義側のキャスト。そして、悪のキャストがあちらの連中」

 

 まるで舞台役者のように大げさに体を動かしながら、コーラがサテラたちを指差す。悪のキャスト。どこかその言葉がルークの胸に引っ掛かっていた。

 

「あの鞭を持っているのが魔人サテラ。ガーディアン二体は彼女のお付き。もう一体の赤い服を身に纏ったのは魔人ハウゼル」

「魔人ハウゼルだと!? 彼女も魔人なのか!?」

「ええ、彼女も魔人」

 

 ルークが驚いた演技をする。ハウゼルが魔人などという事は当然知っているが、それは隠す。見れば今の反応にサテラが呆けたような顔をしているが、軽くハウゼルに脇腹を小突かれてすぐにその表情を隠していた。これが先程の目配せの理由。今後どのような状況になるか判らない以上、ルークと魔人の関係を簡単にばらすのは双方共によろしくない。そう考えたルークはすぐに行動に移し、ハウゼルもそれを察したのだ。

 

「それと、そこにいる男は小川健太郎。彼女たちと違って、普通の人間よ」

「人間ですって? どうして普通の人間がこんなカオスな状況に紛れ込んでいるの?」

「それは、彼がこの部屋の奥にいる悪しき者の従者だから」

 

 ロゼの問いに答えたコーラだったが、その言葉に健太郎がすぐさま反応を示す。

 

「悪しき者だと!? 美樹ちゃんは悪くない!」

「美樹……?」

「そう、それがこの部屋の奥にいる者の仮初めの名前」

「仮初めですって……?」

「ええ。彼女の真の名前は……魔王、リトルプリンセス」

 

 その名が告げられた瞬間、ガラリと部屋の壁が崩れ落ちた。先程イシスが吹き飛ばされた場所だ。ルークの背中を冷たい汗が流れ、口内に溜まる唾液を飲み込みながらゆっくりと聞き返す。

 

「魔王……だと……?」

「ああ、今このAL教本部には魔王が入り込んでいる。それを殺すために俺はここにやってきた」

 

 アリオスがハッキリとそう告げる。同時に、ルークの頭の中をガンガンと何かが叩いてくる。それはまるで、警鐘のように。

 

 

 

-カイズ AL教本部 ALICEの間-

 

「ALICE様、どうしてあのような者たちの侵入を許可したのですか!?」

 

 AL教最深部、法王しか入れぬ場所にそれはいた。法王ムーララルーの話しかける先、ふよふよと空中に浮いている見目麗しき存在。黄金色の髪に、この世の材質とは思えぬ豪華絢爛な服。そして、彼女を守護するように周りに浮いている剣や盾といった武具の数々。彼女こそがAL教を裏で操る存在、女神ALICE。いつも冷静な表情を崩さない彼女だったが、今は少し違う。ゆっくりとムーララルーに視線を落とし、静かに口を開いた。

 

「……ってなさい」

「は?」

「少し黙ってなさい」

 

 瞬間、ムーララルーの体に強力な重力が掛かり、グシャリという音と共に物言わぬ肉塊へと変化した。

 

「三時間くらいしたら蘇らせてあげるわ。それまでその姿でいなさい」

 

 やはりいつもとは違う。今の彼女は明らかに苛立っている。小さく爪を噛み、吐き捨てるように口を開いた。

 

「上司からの命令で勇者には手を出すなと言われているけど……こうも私のホームで暴れられるのは面白くないわね……」

 

 今なおこのカイズに残っているAL教団の警備員には、一つの命令が飛ばされていた。勇者アリオスとその従者はこちらの協力者であるため、絶対に手は出さず好きに動かさせる事、というものだ。これにより、二人は自由にAL教内を動けていたのだ。

 

「……あら、ここで目覚めるのね。これは少し面白くなりそう」

 

 ふと何かに気が付いた女神ALICEがそう声を漏らす。今現在勇者が暴れている女神の間、そのすぐ奥にある部屋で眠り呆けていた一人の少女が目を覚ましたのだ。

 

「出会うわね、勇者と魔王が……」

 

 

 

-カイズ AL教本部 祈りの間-

 

「魔王が……この奥に……?」

 

 ロゼが奥の扉を見ながらそう呟く。この奥に現代の魔王、リトルプリンセスがいるというのか。かつて魔王ジルによってもたらされた甚大な被害。自分はその場にいた訳ではなかったが、伝え聞く話や残された爪痕からそれがどれ程のものだったかは容易に想像がつく。そんな存在と同じ者が、この奥にいるというのか。

 

「ええ。そして、彼女たちは魔王の護衛。魔王を倒しにやってきた私たちと相対し、現状へと繋がる。これが貴方の知りたがっていた今の状況の全てよ」

「待て、何故魔人をアリオスが倒せる。魔人には無敵結界が……」

「勇者特性、その0」

「……?」

 

 ルークの質問に対し、コーラが唐突に声を発した。勇者特性という聞き慣れぬ言葉に眉をひそめるロゼ。他の者も同様で、先程まで相対していたハウゼルやサテラも困惑した表情でコーラを見ている。そんな一同の視線を感じながら、コーラは自慢げに言葉を続けた。

 

「勇者は、魔人が持つ無敵結界を無視する事が出来る」

「なんだよ、それ!? それじゃあ、まるで……」

「サテラ様、余計な事は口にしないでください」

「むぐっ……」

 

 小柄なガーディアン、ルークは気が付いていないがイシスに口を抑えられるサテラだったが、何を言おうとしていたのか興味を示したコーラが小さく問いかける。

 

「それじゃあ、まるで?」

「……魔剣カオスと同じじゃない」

「ふふ、そうね。あの伝説的な剣と同じ特性を勇者は保持しているのよ。正しく、選ばれし存在! 絶対正義!!」

 

 ハウゼルが咄嗟にフォローに入る。サテラが口に仕掛けたのは、間違いなくルークの能力。だが、ルークとこちらの関係性があまり掴ませたくない。彼ならば、こちらが不利な状況になりすぎぬよう、上手い事話を進めてくれる可能性があるからだ。だが、一度こちらとの関係性を掴まれれば話はそう簡単にいかなくなる。そう思わせる盲失的な何かが目の前の二人、特に女従者の方から感じ取れた。彼女は、あまりにも『正義』に固執しすぎている。

 

「……無敵結界を破れるからといって、魔人二人を相手にそう簡単に勝てるものじゃあない。それに、ガーディアンもいる」

 

 シーザーの強さはルークも重々承知している。何故か姿が見えないが、彼の相方であるイシスとは解放戦の際に剣を合わせている。ルークとリックという大陸でも屈指の実力者を同時に相手取り、尚も互角以上に渡り合って見せたのだ。単純な実力なら、シーザーやイシスはサテラと同格、いや、無敵結界の存在を加味しなければ彼女よりも上かもしれない。そんな存在なのだ。勿論、それだけ強いガーディアンを生み出すサテラはそれ以上に脅威なのだが。

 

「確かに、彼女たちは強かったわ。これまで戦ってきた悪しき者たちの中でも上位に……」

「一番強かった。間違いなくな」

 

 コーラの言葉を遮るようにアリオスがそう告げる。直接剣を合わせたからこそ、上位などではなく最強であったと評価したかったのだろう。

 

「……そう、間違いなく強敵だった。でも勝った! それは何故か?」

「そいつが勇者だからとでも言いたいの?」

「グッド! 良い答えよ、ロゼ・カド。彼が魔人に勝てたのは、彼が勝利を約束された存在、勇者だからよ!」

「はぁ? 理由になってないんだけど」

 

 冗談で言ったつもりの言葉にコーラが乗ってきたため、訳が判らないという表情で言葉を返すロゼ。そんな中、ルークはシィルから聞いた言葉を思い出していた。

 

『あちらの勝利が約束されているみたいな、そんな感じでした……』

 

 勝利を約束されている。確かに今、コーラという従者はそう口にした。その言葉を否定するように、ルークが声を絞る。

 

「待て……勝利が約束された人間なんていない。勝負は最後まで……」

「それは凡人の考えよ。勇者は違うわ。勇者は英雄、勇者は正義、勇者は負けないの」

「……その勇者が正義っていうのは何なの? 聞いてて正直むかつくんだけど」

「勇者様が正義なのは一般常識でしょう? 言わば、生まれ持っての正義。っと、ちょっと違うわね。13歳になったら受け継ぐ訳だから、後から与えられる絶対正義と言い換えようかしら」

 

 バッと両手を広げて誇らしげにするコーラ。どうやらそんな勇者の従者である事を誇りに思っているようだ。だが、その物言いにロゼが横やりを入れる。

 

「絶対正義ねぇ……それじゃあ、そこの勇者様が一般市民を大量虐殺しても、それは正義なのかしら?」

「正義よ」

「……即答したわね」

「その行動が勇者の決めた判断なら、それは正義よ」

 

 一瞬の躊躇も無く、ハッキリとコーラはそう答えた。真っ直ぐと見据えるその瞳によどみはない。純粋な瞳で、コーラはとんでもない事を口にしてのけたのだ。瞬間、ロゼは自身の体を寒気が襲っているのを感じ取った。それは、目の前の少女からもたらされたもの。先程まではただの目つきの悪い少女としか思っていなかったが、今のやり取りで確信を得る。

 

「あんた、狂ってるわ……」

「こんな狂った時代なら、この程度の濁りがあった方が一番適応出来るのよ、ロゼ・カド」

「それと、一つ訂正させて貰う。俺は大量虐殺なんてしないし、もし意味も無く俺がそれを行ったなら、俺は正義じゃなく悪だ」

 

 流石にコーラの物言いに呆れたのか、アリオス本人が補足を入れる。大量虐殺をする正義など、いていいはずがない。

 

「でも、勝利を約束された存在というのはこちらも興味があるわね」

 

 そう質問を投げてきたのは、先程まで跪いていたハウゼル。ゆっくりと立ち上がり、口元についていた血を拭ってコーラへと問う。少しでも情報を引き出そうという魂胆だろう。その思惑に気が付いているのだろう、コーラはそんなハウゼルを見ながらニヤリと笑った。

 

「これから死ぬ貴女が聞いても意味はないわよ?」

「冥土の土産ってやつでいいんじゃない?」

「それは悪である貴方たちの専売特許だと思うんだけど……まあいいわ、教えてあげる」

 

 軽く嘲笑い、コーラが右の人差し指と中指をピンと立てた。

 

「主な理由は二つ。勇者の身体能力と、勇者のみが持つ事の出来る伝説の武器。この二つが揃っている勇者は無敵なのよ」

「身体能力……? それは、戦えば戦う程こちらの動きを見切ってきた事と関係があるのかしら?」

「グッド、正解よ。勇者特性、その1。勇者は一度見た攻撃パターン、及び必殺技を見切る事が出来る。勇者に同じ攻撃は通用しないわ」

「なんだそりゃあ!? 反則だろ!」

「そうだ、チートだ!」

 

 サテラと健太郎が同時に声を上げる。何故か戦闘が進めば進むほど鞭を見切られるようになったと思っていたが、そんな理由だったのか。あまりにも理不尽な能力であり、到底信じられるものではない。だが、信じざるを得ない。現に自分たちの攻撃は完全に見切られており、今や一撃すら与える事が難しくなっていた。

 

「ルーク、どう思う?」

「……それが本当なら、先程の動きにも合点がいく」

 

 シーザーの一撃を予測していたかのように躱した先程の動き。あれは、それまでの戦闘からあの攻撃パターンを見切っての行動だったのか。あの時は理解出来なかったが、今の言葉が真実であれば確かに納得のいく行動だ。

 

「(だが、それではまるで……)」

 

 ルークの脳裏に浮かんだのは最狂の宿敵、ディオ・カルミスの姿。闘神都市で戦ったあの男は、戦えば戦う程にこちらに動きに慣れてきていた。そのディオと同等の能力を、アリオスは持っているというのか。

 

「見切るだけではないわ。例えばスリープの呪文のように身体に影響を及ぼす攻撃には、一度受けると体に抗体が出来て二度と効かなくなるのよ。まあ、その技を食らい続けている間は有効だけど。一度体を痺れさせられ続けて、危うく肉奴隷になりそうな事があったわよね?」

「……あの話は止めてくれ。反省している」

「助けてあげた私への感謝も忘れないでね」

「判っている」

 

 アリオスを茶化すコーラと、少しだけ恥ずかしそうにしているアリオス。この二人もパートナーとして長い期間やってきたのだろう。それだけの阿吽の呼吸を感じる。だが、どこか歪な印象を受ける。コーラはアリオスの事を『アリオス』ではなく、『勇者』としてしか見ていないような、そんな印象だ。

 

「これが、アリオスが絶対に負けない一つ目の理由。どんな格上の攻撃でも、アリオスは一度見れば即座に対応出来るわ」

「(……いや、それだけなら十分勝ち目はあるわね。一撃必殺、覚えさせる暇もない程の一撃なら……)」

「(……なんて、単純な事を考えているんでしょうね。ふふ、実に判りやすい)」

 

 ハウゼルが必至に勝ち筋を探っているが、それを完全に見抜いているコーラは内心ほくそ笑んでいた。そんな中、ロゼが口を開く。

 

「それで、もう一つの理由っていう伝説の武器っていうのは?」

「それがこの剣、エスクードソードよ!」

 

 コーラに軽く腰を小突かれ、やれやれと一度ため息をついた後にアリオスが手に持っていた剣を高々と上げる。どこか神々しい輝きを放ち、持ち手の辺りには特徴的な秤と目盛、そして針がついていた。まるで何かの状態を表すかのような秤だ。

 

「伝説の剣だぁ? そりゃあ、カオスや日光と同等の代物って事か?」

「魔剣カオス? 聖刀日光? バッド! そんななまくらと一緒にしないで欲しいわね」

「なんだと! 日光さんはなまくらじゃあ……」

「健太郎。貴方も少し黙っていてください」

「むぐっ……」

 

 何かを言いかけた健太郎の口をイシスが塞ぐ。まるで先程のサテラとの一幕を見ているようだ。今度は興味が惹かれなかったのか、コーラは問い詰める事無く言葉を続ける。

 

「勇者のみが使うことの出来る剣、エスクードソード。その真の力は魔人、魔王だけでなく、神すらも殺す事が出来るとされているわ!」

「なんですって!? ちょっと、その剣で面倒臭い女神ALICE殺して来てよ!」

「……貴女はAL教の信者じゃないのか?」

「てへぺろ♪」

 

 呆れたような表情でロゼを見やるアリオス。まさか自分のところの神を殺してくれと言い出す神官がいるとは思わなかったのだろう。だが、そんな奇行に慣れているルークはロゼを気にすることなく言葉を続けた。

 

「確かに凄い剣だとは思うが、それ程の剣には見えないがな……」

「ええ、今はエスクードソードの真の力は解放出来ていないわ」

「真の力?」

「この剣はね、人類や魂を持つ者の死滅率に合わせて、その力を解放していくの」

「ナンダト!?」

 

 シーザーが驚きの声を上げる。自身の体を破壊した剣がまだ全力で無い事にも驚いたが、何よりも驚いたのはその剣の力の発揮方法。人類の英雄である勇者は、人類が死ねば死ぬほど力を増すというのか。

 

「矛盾した存在ね……」

「あら? 英雄っぽくて素敵だと思うけど。人類が窮地に陥ったときに勇者は現れるものよ」

 

 ハウゼルが他の者の気持ちを代弁するようにそう口にするが、コーラはうっとりとした目で掲げられているエスクードソードを見ている。よほどこの剣がお気に入りのようだ。

 

「はあ、美しい輝き。エスクードソードはね、人類の死滅率が10パーセントを上回らないとただの錆びた剣なのよ。錆が取れて解禁されたのは、つい先日」

「10パーセント? ちょっと待って、それはおかしいわ」

 

 コーラの言葉を聞いてロゼが何かに引っ掛かる。今の言葉を信じるのならば、人類の死滅率は現在10パーセントを上回っている事になる。それはおかしい。

 

「おかしい?」

「人類は10パーセントも死んでないわ。現在の人類総人口は約3億。自由人がいるから多生前後はするでしょうけど、微々たるものでしょうからこの際おいておくわ」

「……? リーザスとヘルマンの戦いの時に結構死んでるだろ? なら、10パーセントくらい……」

 

 10パーセントくらい死んでいるんじゃないかと突っ込みを入れてくるサテラ。確かにリーザス解放戦や12月革命など、多くの人間が死ぬ出来事がここ最近あったのは事実。だが、ロゼは首を横に振る。

 

「人類の繁殖率舐めないでよね。生命力はゴキブリ並よ。人口3億の10パーセントは3000万。これ、ゼスで暮らしている人間の数と同じよ」

「ゼスってそんなに人間がいたの?」

 

 これにはハウゼルも驚いた様だ。人間の総人口など考えた事もなかったのだろう。

 

「リーザス解放戦での死者は300万……いえ、100万も確かいってないわ。ちょっと戦争が続いたくらいじゃあ、人類の死滅率は1パーセント程度しか動かないわよ」

「ふふ……ふふふ……」

 

 すると、それまで黙ってロゼの話を聞いていたコーラがクスクスと怪しく笑い始めた。不機嫌そうな顔でコーラを睨むロゼ。

 

「何がおかしいの?」

「実に傲慢な考えね。人類の死滅率の基準、100パーセントの状態が3億だって誰が決めたの?」

「……!?」

「貴女の口にした『自由人』、一体どれだけの数がいるか知っているの?」

「……約9000万」

「グッド! 知識のある人間は嫌いじゃないわ」

 

 自由人。様々な理由から国に属していない人間たちだ。その最も多い理由は税金を払えないというものであり、貧民層の人間が多い。言い換えれば、『死にやすい人間』たちだ。そんな存在が、全人口の約3割を占めているのだ。

 

「彼らの存在は大きいわ。放っておけば勝手に減っていく存在だからね。それに、100パーセントの基準は今の総人口じゃあないわ。そんな事したら、『いつ』を基準にしていいか判らないじゃない」

「……確かにね」

 

 『今』を基準にしたら、それはいつまで経っても100パーセントのままだ。何せ、人が減ってもそれが新たな基準にされてしまうからだ。

 

「基準値は210年毎に変わるようになっているわ。実を言うとね、もうすぐ新基準値になってしまうの」

「210年? 随分と中途半端な数字ですね」

「7の倍数の方が数えやすいのよ。まあ、システムを考えた神の話だから気にしなくて良いわ」

 

 イシスがキリの悪い数字を気持ち悪く思ったのか、そう問いかける。確かに210年刻みというのはおかしいが、コーラにはその理由の一端が判っているようだ。

 

「新基準値になったら死滅率は0パーセントにリセットされる。だからこそ、貴女は急いで魔王を殺す事にした……」

「ご名答。前の基準値は約3億3千万。この210年の間に人間の数はゆっくりと減っていったわ。アリオスが勇者になった時点で10パーセントまで後少しの段階だった」

「210年で3000万人も……?」

「……三種のダーク」

 

 ハウゼルにはその死滅スピードが理解出来なかったようだが、ロゼはある事に思い至る。もうすぐ新基準という事は、前の基準値は今から約210年前。そこから数えた時に、人類には三つの闇が降りかかっていた。

 

「今から約200年前、ケイブリスダークとメディウサダークが、それから暫くしてレッドアイダークが起きているわ」

「あいつらのせいかよ!!」

 

 サテラが怒声を上げる。ケイブリス、メディウサ、レッドアイ。三人の魔人によって引き起こされた人類虐殺の期間。あれでゼスの人口は確実に減少しているはず。

 

「(いえ、魔人のせいだけじゃあないわ。メディウサダーク直後にはゼスとヘルマンの大規模な戦争が起きているし、リーザスとヘルマンの戦争も息が長い。JAPANの内乱期間も相当なものだわ。言わば、私たち人類の戦争の歴史がこの現状を招いた)」

 

 勇者の武器解禁など人類にとって喜ぶべき事だが、今は話が別だ。何せ、この男はハウゼルたちを殺そうとしているのだ。

 

「新基準になったらエスクードソードの解禁は遙かに遠ざかる。流石に今から3000万人減らせというのは無茶だからね。だから、これは千載一遇のチャンスだった。アリオスが勇者になった時点で、目盛は9パーセントを越えていた。後少し、後少しでエスクードソードは解禁する! そして、その日は来たの! 私がこの手でたぐり寄せたの!!」

 

 天を仰ぐようにするコーラだったが、今の発言にルークとロゼは違和感を覚えていた。確かにそんな状況であればリーザス解放戦や12月革命の上乗せ分で10パーセントに至ってしまった可能性は考えられる。だが、彼女は今確かに『自らの手でたぐり寄せた』と口にした。

 

「(こいつ……)」

「(何かしたわね……)」

 

 彼女が何をしたのかは判らない。だが、彼女はおぞましい何かにその手を染めている。そう二人は感じ取ったのだ。

 

「私とアリオスの時代でこの混乱の世は終わるのよ! 私たちが終わらせるの! 魔王を殺してね!!」

「何で美樹ちゃんを殺そうとするんだ! 美樹ちゃんは何も悪い事はしてないんだぞ!!」

「魔王や魔人は存在するだけで悪なのよ」

「なんだと!?」

 

 その言葉に一番に反応したのは、ハウゼルでもサテラでもなくルークであった。射殺すような視線でコーラを睨み付けながら静かに問う。

 

「あら? 私はおかしい事を言ったつもりはないけど」

「彼女たちは存在するだけで悪だというのか?」

「ええ。魔王がただそこにいるだけで、いたいけな民衆は夜も眠れない。魔人がただそこにいるだけで、力を持たない民衆は外も出歩けない。絶対悪、それが魔王や魔人よ」

「訂正しろ! 彼女たちは、決して悪ではない!」

「(ルーク……)」

「…………」

 

 ルークの脳裏を過ぎるのは、かつてのホーネットとの生活。サテラ、アイゼルとの共闘。ハウゼル、メガラスとの共闘。そして、ジルの過去。彼女たちは決して、絶対悪などではない。

 

「貴方、まさか魔人に肩入れするつもり?」

「…………」

「ルーク、頼む。手を貸してくれ。お前と俺の力を合わせれば、ここで確実に魔王を殺す事が出来る」

「私とアリオスだけでも十分だけど、貴方たちも英雄のおこぼれに預かってもいいのよ。人類の為に、一緒に魔王を殺しましょう? 絶対正義の名の下に!!」

 

 アリオスが真剣な表情で手を差し出してくる。それは、正義の者からの誘い。確かに一般人100人に聞けば、100人共がアリオスを正義と言い、ハウゼルたちを悪と言うだろう。絶対正義と絶対悪。言い得て妙だが、的を射ている。魔王や魔人がただそこに存在するだけで、人々は彼らを畏怖する。

 

「(だが……それでも俺は……)」

 

『貴様らの為ではない。ノスに騙され、ジルを復活させたまま……おめおめと帰ったのでは、ホーネット様に会わせる顔がない!』

『サ、サテラは関係ないからな! 一緒についてきただけなんだからな!』

 

 敵同士であったにも関わらず、戦場へ駆けつけてくれた魔人がいた。口では嫌と言いながらも、共についてきてくれた魔人がいた。

 

『あいつだけは……野放しにする訳にはいかないから……』

『いずれまた戦場で……その時もまた、共に肩を並べられる事を願っているぞ……』

 

 自らの意志で共闘してくれた魔人がいた。窮地に駆けつけ、こちらの強さを認めた上でまた会おうと言ってくれた魔人がいた。

 

『後は判るな? 貴様は私の動きに多少なりともついてきたんだ、出来んとは言わさんぞ。己の肉体の限界を超えろ』

 

 ルークがこれまで最も死を間近に感じた死闘。そんな中、手を差し伸べてくれた魔王がいた。

 

『待っています、ルーク!』

 

 そして、今も自分を待ち続けてくれている魔人がいる。彼女たちは決して、『絶対悪』ではない。

 

「ねぇ、健太郎くん。何かあったの?」

 

 その時、奥の部屋から顔を覗かせる人物がいた。ピンク色の長髪が特徴的な、あどけない美少女だ。だが、その姿を見た瞬間ハウゼルたちが青ざめる。それと同時に、コーラが邪悪な笑みを浮かべた。

 

「逃げろ! リトルプリンセス!!」

「お願い、逃げてください!!」

「えっ?」

「あっちから来てくれたわ!! アリオス、絶対に逃がさないで!!」

 

 そう言われた時には、既にアリオスは弾かれる様に飛び出していた。その視線の先にいるのは、現れた少女。

 

「彼女がリトルプリンセスだと……」

「知っているの?」

 

 ルークが呆けたように声を出す。知っている、ルークはあの少女を知っている。本来なら一度会っただけの少女をルークも覚えてはいない。だが、彼女は違う。かつてリーザス城で彼女と出会った際、ルークは尋常じゃない程のプレッシャーを感じ取っていた。だからこそ、彼女が魔王と言われてすんなりと受け入れる事が出来た。あの時の言いしれぬ恐怖を理解する事が出来た。なるほど、確かに夜も眠れぬ存在だ。だが、彼女は悪ではない。

 

「リトルプリンセスには……」

「指一本……」

「触レサセンゾ!!」

「ここで朽ちろ、勇者!」

「てやぁぁぁぁ!!」

 

 ハウゼルが、サテラが、シーザーが、イシスが、健太郎が一斉に跳びかかる。それは完全にリトルプリンセスを守るための行動だ。それを判っていても尚、アリオスの歩みは止まらない。リトルプリンセスを庇うために出てきた五人の行動も、アリオスの目には悪の行動としか映っていない。

 

「ふん!」

「がっ……」

 

 上段斬りを仕掛けてきた健太郎に対し、強烈な峰打ちを腹部にお見舞いするアリオス。悶絶する健太郎の背後から、彼が一番に倒れるのを想定していたとばかりにイシスが飛び掛かってくる。その腕には、鋭い刃。

 

「はあっ!」

 

 殺す気で首筋に斬り掛かったイシスだが、アリオスは首だけを小さく動かしてその一撃を紙一重で躱す。やはり読まれている。そう苦虫を噛みつぶしたイシスの腕をアリオスはガシリと掴み、勢いよく引っ張った。本来ならばこんな事で引っ張られるガーディアンではないが、今のイシスは未完成の小柄な状態。抗いようもなく引っ張られた彼女の体目がけて、強力な炎のレーザーが飛んできた。直撃を受け、声を漏らすイシス。

 

「あっ……」

「イシス!」

「こいつ、イシスを盾にしやがった!」

 

 飛んできたのは、ハウゼルの放ったファイヤーレーザー。その一撃をアリオスは避けるのではなく、イシスを盾にして防いだのだ。ダメージで倒れ込むイシスの後ろから顔を出したアリオスは冷酷な瞳であった。まるで、悪に手段は選ばないと言っているような表情だ。

 

「くっ……」

「遅い! 一式、ハヤブサ!!」

 

 イシスを攻撃してしまったことで一瞬動揺してしまうハウゼル。その隙、見逃さない.強烈な鎌鼬をハウゼルに直撃させ、すぐさま横っ跳びするアリオス。すると、先程まで立っていたその場所にサテラの鞭が降りかかった。

 

「避けんじゃねぇ!」

「無茶を言う」

 

 崩れ落ちるハウゼルを確認しながら、アリオスはサテラとシーザーの二人を相手取る。だが、二人の猛攻は当たらない。サテラの高速の鞭も、シーザーの強力な拳も一撃たりとも当たっていない。

 

「見切りなんてレベルじゃないでしょ、あれ……」

 

 目の前で繰り広げられる、圧倒的な力による蹂躙。ロゼはあの場にいなかったから連想できなかったが、もしジルとの戦いに参加した者がいれば間違いなくあれを思い出していた事だろう。

 

「ふん!」

「ガッ……グガアアア!」

 

 サテラの鞭を躱し続けながら、アリオスがシーザーの腹部を横薙ぎで斬る。エスクードソードによって放たれた強烈な一撃は、斬るというよりも破壊するといった様子でシーザーの体を破壊する。だが、シーザーは止まらない。一歩も引くことなく、アリオス目がけて拳を振り下ろした。

 

「はあっ!」

 

 だが、アリオスはその一撃を難なく躱す。これまで何度も見てきた攻撃だ。殴る直前、シーザーの右肩と左腰が微かに動き、視線が3センチほど左に動いた。それだけで、アリオスにはシーザーの動きが手に取るように判る。振り下ろされた拳を躱しながら、先程と同じ場所に続けて攻撃を加える。

 

「グッ……」

「どりゃあああ!!」

 

 三連撃。全く同じ場所への三連撃は、シーザーに膝をつかせるのに十分な攻撃であった。あのシーザーがこうも簡単に膝をついたのだ。その威力は、エスクードソードによるもの。そしてそれを無駄なく使えているのは、アリオスの見切りという勇者特性によるもの。

 

「シーザー! お前ぇぇぇぇ」

 

 鞭が放たれる。瞬間、アリオスの目にはサテラの筋肉の動きが見えていた。右手首が大きく動き、同時に右肩の筋肉が収縮する。そしてその耳には、大気が震える音が確かに聞こえていた。右斜め42度から聞こえる大気の震え。導き出される鞭の攻撃箇所は、一つ。

 

「…………」

 

 アリオスがその場で一瞬立ち止まる。すると、アリオスの目の前に鞭の軌道が走った。あのまま進んでいれば直撃を受けていた。そう、サテラはアリオスの行動を読んで進行方向の先を攻撃していたのだ。だが、そんな小細工アリオスには通用しない。

 

「っ!?」

「二式、ショウキ!!!」

 

 強力な闘気を纏った一撃がサテラの腹部に直撃する。直後、体が爆発したかのような痛みがサテラの全身を駆け巡った。鎌鼬を剣に纏わせ剣の威力を上げるだけでなく、遠距離攻撃なども可能になる使い勝手の良い技、一式ハヤブサ。そして今のが、ただ単純に闘気剣の威力で敵を粉砕する技、二式ショウキ。一撃の威力だけなら、アリオスの技の中でも最強の部類に入る一撃だ。

 

「ちくしょう……逃げろ、リトルプリンセス……」

 

 サテラがその場に膝をつく。悔しそうにしているが、動く事が出来ない。そのまま縋るような声でリトルプリンセスへと声を掛けるが、悲しい事に魔王リトルプリンセス、来水美樹はその場から動けなくなっていた。

 

「え……? 嘘……? ドッキリ……?」

 

 信じられない。自分の護衛でありいつも冷静で頼りになるハウゼルが、最近ではすっかり仲良くなったとんでもなく強いサテラとそのガーディアンが、そして、自分の恋人である健太郎が、あっという間に目の前の男に敗れてしまったのだ。湧き上がってくる悲しみ、恐怖、そして怒り。このまま怒れば、魔王の血を覚醒させて目の前の男を屠れるかもしれない。だが、そんな暇をアリオスは与えない。

 

「リトルプリンセスだな……」

「……おじさん、怖い」

 

 アリオスが冷酷な瞳で見下ろしてくる。その瞳に、美樹は言いしれぬ恐怖を感じ取った。目の前の男は、自分を一人の人間として見ていない。これはそう、自分を殺しに来るケイブリス派と同じ目だ。

 

「やりなさい、アリオス! 魔王は硬いわ、一撃で殺す事は無理かもしれない。でも貴方とエスクードソードならば、徐々に、でも確実に弱らせる事が出来るわ! そしてその時、私が全てに決着をつける!!」

 

 コーラが纏っていたコートを大きく翻す。するとその下には、四本の金属柱が隠されていた。

 

「あれは!!」

「魔封印結界……」

 

 サテラが叫び、イシスが怨嗟の声を漏らす。忘れようはずもない。かつてリーザス解放戦でセルが使用し、サテラを後一歩まで追い込んだ大魔法だ。あの時はイシスのお陰で難を逃れたが、代償としてイシスはその躰の大半を消滅させた。その忌々しい魔法を、コーラは使うつもりなのだ。

 

「覚醒前の魔王ならばこの技には抗えないわ! そして魔王は死ぬ事も出来ず、次の者に魔王を継承する事も無く異空間で生きていくのよ! 長きに渡る魔王の恐怖は、ここで終わる! 私たちが終わらせるのよ!!」

 

 魔王は殺してもまた次の魔王が生まれる。ならば、殺さずに封印すればいいのではないか。それがコーラの至った答えであった。覚醒した魔王では魔封印結界など効かないが、何故か覚醒していない今のリトルプリンセスならば、アリオスが弱らせれば魔封印結界が効くはず。暗黒の時代は、今終わるのだ。

 

「おじさん……私を殺すの……?」

「ああ、世界の為に死んでくれ」

 

 そう言って、アリオスは剣を振り下ろした。瞬間、目を瞑る美樹。死にたくない、まだ大好きな健太郎くんと結ばれていない。何故自分ばかりこんなに不幸なのか。普通の生活を送っていただけなのに、突如異世界へと連れてこられ、いつの間にやら魔王になっていた。それを拒否したら、命を狙われる逃亡生活に身を追いやられていた。もうこんな生活嫌だ、普通の女の子に戻りたい。そんな事を考えている美樹だったが、いつまで経っても剣が降りてこない。そういえば、少し前に激しい金属音がなった気がした。恐る恐る目を開けてみると、目の前には見知らぬ男が立っていてアリオスの剣を受け止めている。

 

「おじさん……?」

 

 いや、見知らぬ顔ではない。たった一度しか会っていないが、良く覚えている。リーザス城内で出会った、とても嫌な感じのするおじさんだ。その人が何故か自分を助けてくれている。

 

「ルーク……それがお前の答えか……? それがお前の正義なんだな……?」

「ああ。リトルプリンセスは殺させない!」

 

 ルークが勢いよく剣をかち上げると、アリオスはすぐさま後方へと跳びずさった。体勢を立て直したのだ。

 

「有り得ない……悪の側につくっていうの?」

「例えお前らがいくら悪と言おうと……多くの人間が彼女たちを悪と言おうと……俺は彼女たちを守る!」

「ルーク……」

「あいつ……」

 

 コーラの問いにルークがハッキリと答える。例え相手が絶対正義であろうと、こちら側が絶対悪の存在であろうと、自分の信じる道を進む。魔人との共存という道を目指したときにそう決めたのだ。何も迷う必要など無かった。ハウゼルたちを殺させたくない、そう考えた時にはルークの正義は決まっていたのだ。

 

「貴方、死ぬわよ」

「残念だ、ルーク。お前を殺さなくてはいけない事がな」

「驕るなよ、アリオス、コーラ」

 

 ルークが腰を落としながら剣を構え、左腕を高々と掲げて大きく声を発した。それは、ルークが真剣勝負をするときの行動。最も頼りになる相棒を呼び出す時の動作だ。

 

「来い、フェリス!!」

 

 死闘の火蓋が今、切って落とされた。

 

 




[人物]
コーラ (5.5)
 アリオスの従者。勇者の信奉者にして絶対的な正義に囚われた少女。勇者のためならば屍の山もやむなしと考える危険思想の持ち主であり、何やらアリオスに隠れて何かを行っていた様子である。魔封印結界を使える程度には能力もある。

ラ・ハウゼル (5.5)
LV 89/130
技能 魔法LV2
 ホーネット派に属するエンジェルナイトの魔人。ケイブリス派によるリトルプリンセスへの攻撃が激化していたため、サテラと共に護衛としてついて回っていた。サテラ含め割と頭の緩い面子であったため、チームの良きストッパーとして働いていた。

サテラ (5.5)
LV 100/105
技能 魔法LV2 ガーディアンLV2
 ホーネット派に属する人間の魔人。ケイブリス派によるリトルプリンセスへの攻撃が激化していたため、ハウゼルと共に護衛としてついて回っていた。美樹や健太郎とはすっかり親交を深めていたりする。

シーザー (5.5)
LV 0/0
技能 剣戦闘LV1
 サテラに作られたガーディアン。サテラいるところにシーザーあり。無敵結界を考慮しなければ、サテラと同格の力を持つ。

イシス (5.5)
LV 0/0
技能 剣戦闘LV1
 サテラに作られたガーディアン。遂に復活を遂げたが未完成な小柄状態であり、未だにルークに気が付かれていない。未完成の状態でもシーザーやサテラを上回る素早さを持つ。しかし、総合的な実力ではやはり未完成であるためシーザーに大きく劣る。


[技]
二式ショウキ (半オリ)
使用者:アリオス・テオマン
 闘気を剣に纏って一気に振り切るアリオスの必殺技。ランスアタック、真滅斬と同じ系統の技であるが、アリオスのは振り下ろしの一撃ではなく横薙ぎに振り切るタイプ。威力は非常に高く、アリオスの持つ百八の技の中でもトップクラス。

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