ランスIF 二人の英雄   作:散々

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第150話 波紋は静かに広がっていく

 

-アイスの町 キースギルド-

 

「以上が報告になります。ルークさんはレッドの町とカスタムの町に寄られるとの事でしたので、代わりに纏めて報告しました」

「了解。お疲れさん」

 

 キースギルドのギルド長室。椅子にふんぞり返ってシトモネの報告を聞いていたキースは労いの言葉を掛け、報酬を持ってくるようハイニに合図を飛ばす。静かに頷き、部屋から出て行くハイニ。

 

「小規模とはいえ、良い経験になったんじゃねぇか?」

「はい。自分の未熟さを感じたというか……まだまだ鍛えないと戦闘関連の依頼は受けられないなぁと実感しました」

「ふむ……」

 

 肩を落としているシトモネ。今回のギャルズタワー戦において、自分だけまともに動けなかったのを未だに気にしているようだ。元々壊れた鍵の修繕など、小さな依頼を中心に受けていたシトモネ。だが、戦闘関連の依頼が無い訳では無い。将来的にはキースギルドの稼ぎ頭となって貰いたいと考えているキースにとって、今回の壁を経験したのは悪い事ではないというのが本心であった。後は今後どのようにシトモネを育てていくか。今現在キースギルドに所属している人間で考えれば、適役は一人しかいない。

 

「とりあえず、鍛え直すんだろう?」

「はい。暇な時間を見つけて、魔法の鍛錬を積みたいと思っています」

「なら、ルークにも話を通しておいてやるよ。実戦に連れて行ってくれるかもしれないし、魔法使いの知り合いも多い奴だからな」

「お願いします」

 

 葉巻に火をつけながらキースがそう口にすると、シトモネは即座に頭を下げてきた。どうやらルークの事は相当に信頼しているようだ。元々真面目な性格ではあるため、ルークとの相性は良いだろうなと予想はしていたが、まさかここまでとは。

 

「で、惚れたのか?」

「……? あっ、ち、違いますよ! 純粋に、冒険者として憧れたというか……」

「ふーん」

「からかっちゃ駄目ですよ」

 

 カラリと後方の扉が開き、報酬を持ってきたハイニが部屋に戻ってくる。キースの事を軽く注意し、報酬の入った小袋をシトモネに手渡した。

 

「はい、本当にお疲れ様」

「ありがとうございます」

「そういや、ランスとも会ったんだって? あいつはどうだった」

 

 瞬間、ピクリとシトモネの動きが止まった。ハイニから受け取った小袋を少しだけギュッと握りしめ、小さく呟く。

 

「私、あの人の事はあまり好きになれません。言葉も……行動も……」

「まあ、そうだろうな」

「(相性悪そうだものね……)」

 

 煙を吐き出しながらニヤニヤと笑うキース。こちらも予想が付いていたようだ。ハイニも困ったような笑みを浮かべている。

 

「まあ、ルークと付き合っていくんなら、今後もランスと会う機会はいくらでもあるぜ」

「それが不思議なのよね……じゃなかった、なんですよね。どうしてルークさんは、あんな人と平気で一緒にいられるんですか?」

「はっはっは」

 

 ランスにむかっ腹が立っていたのか、公私を使い分けられるシトモネが思わず素を出しかけてしまい、慌てて言い繕いながらキースに問いを投げる。対するキースはその問いに答えず、適当に笑って流してしまう。その後、しばしの談笑の後シトモネはキースギルドを後にする。ハイニも彼女を見送ると言って部屋を出て行ったため、ギルド長室にはキース一人が残される形となった。

 

「やれやれ……」

 

 小さく呟きながら、キースは再度葉巻に火をつける。立ち上る煙を見ながら、少しだけ真剣な表情に変わる。それはまるで、忘れられない思い出を振り返っているような瞳だ。

 

「ルークがランスと一緒にいる理由なんて、決まってんじゃねぇか。なあ、リムリア……」

 

 初めこそキースも不安視した。ルークに直接大丈夫なのかと尋ねた事もあった。だが、これまであの二人の関係を見てきたキースはあの時のような心配を抱いていない。あの二人は、既にかなりの信頼で結ばれている、そう感じ取っていたからだ。

 

「…………」

 

 だが、あの時とは違う一抹の不安が過ぎる。そういった信頼で結びついている二人が、もし今後何かしらの理由で仲違いをする事があったら、一体どうなってしまうのか。そしてそれは、どんな理由によるものなのか。

 

「まあ、たられば話をしてもしょうがねぇか」

 

 煙を吐き出しながら、窓の外を眺めるキース。青天のように見えるが、ハイニから聞いた話だとこの後は雨になるようだ。一転する天気。それはまるで、今後の事を示唆しているかのような、そんな不安がキースの胸に過ぎるのであった。

 

 

 

-ポルトガル-

 

「では、私はプルーペットに報告に行くからここでお別れだな」

「ほなな。道中のボディーガード、助かったわ」

 

 ポルトガルの喧騒を聞きながら、セシルとコパンドンが向かい合い言葉を交わす。ランスに選ばれなかったコパンドンは何やら考えを持っているらしく、こうしてポルトガルまでセシルと共にやってきていたのだ。そして、もう一組。

 

「なに、気にしなくて良いさ。依頼主も一緒だったしな」

 

 セシルが首を動かして示すその先には、露店のラーメンを食い漁っている金竜とそれを止めている凱場の姿があった。彼らもまた、共にポルトガルまで来ていたのだ。

 

「おいしー! もっと持ってこいなのじゃ!」

「てめぇ、金持ってないんだろうが! 誰が払うと思ってやがんだ!」

「当然、お前なのじゃ」

「何が当然だ、この野郎!」

 

 わいわいと騒いでいる凱場と金竜。それを見ていたコパンドンの表情が、ほんの少しだけ憂いを帯びる。だが、その変化をセシルは見逃さない。

 

「失恋直後にあの光景はくるものがあるかな?」

「……別に失恋とちゃう。必ずうちに振り返らせてみせる」

「それは頼もしい。因みに、あてはあるのかな?」

「金や! 地獄の沙汰も金次第。仰山金を集めれば、ランスもうちに振り返ってくれるはずや! なんか知らんが道中金運が良かったし、今の内に稼げるだけ稼いでおくんや!」

 

 轟々とコパンドンの瞳が燃え上がる。うし車に乗ってポルトガルに来る最中、何故かキャンペーン中でうし車が無料だったり、自販機でもう一本当たりが出たりと、小さいながらも確かに金運が良かった。生まれてこの方ここまで金運が良かったことはない。これは天がくれたチャンスだと考え、一攫千金を狙う事にしたコパンドン。まだ誰も知らないが、この選択が彼女の運命を大きく変える事になる。

 

「強いな。まあ、影ながら応援しているよ」

「おおきに。因みに、セシルは好きな人いないんか?」

「……いるよ」

「へぇ。自分で聞いといてなんやけど、意外やな」

 

 握手を交わす二人。前を向いている女性は応援したくなるのが人の性というものだ。気恥ずかしそうにしながら世間話程度にコパンドンが話を振るが、意外にもセシルはその問いに頷いた。

 

「まあ、好意を告げる事すら叶っていないがな。弱い女さ。だからこそ、強い女性を応援したくなる」

「じゃあ、競争や。どっちが意中の相手を先に振り返らせられるかな」

「……参ったな」

 

 コパンドンがウインクをしながらしてきた提案に、珍しくセシルが困ったような表情で頭を掻いた。この想いはあの男に告げるつもりは無かった。胸の内にひっそりと仕舞っておくつもりだった。

 

『私はルーク殿よりも強い人間を知っている』

 

 不意に、ルークに告げた言葉が思い出される。誰よりも強く、誰よりも誇り高いと感じた、絶対正義の男。それが、セシルにルークよりも強いと言わしめた男だ。好きな相手だからといって、下駄を履かせるような真似はしていない。純粋に、強さだけを見てルークよりも上だと判断した。

 

「(さて、今度はいつ会えるかな……)」

 

 意中の相手の顔を懐かしむように思い浮かべながら、セシルは空を見上げるのだった。

 

 

 

-天満橋 橋の上-

 

「天満橋越えてやってきたー」

「ヤッテキター」

「ごんげー」

 

 ぞろぞろと連なるうし車の中から陽気な声が聞こえてくる。中にいるのは、JAPANへ渡る妖怪たちだ。見るからに人外の妖怪はコートを深く着込み、海苔子やのっぺらぼうなどの比較的まともな妖怪がうし車を手配したのだ。因みにのっぺろぼうの顔にはまだあてな2号の落書きが残っているため、一見普通の人間に見える。

 

「妖怪王って、どんな妖怪なんでしょうね?」

「メガ トクチョウテキダト キンリュウサンハ オッシャッテマシタネ」

 

 玄武城城下町にいた妖怪たちは、妖怪王の事を知らない。何せ生まれも育ちも大陸側なのだ。期待と不安に胸を膨らませながら、ガタガタと揺れるうし車に身を任せる。

 

「(ランスさん、思い出をありがとうございます。今はまだ忘れる事は出来ないけど、もし全てを過去の事として笑えるようになったら、もう一度会いたいです……)」

 

 荷台の幕をそっと開け、大陸側をその目に映す。例え嘘だったしても、自分を愛していると言ってくれた思い人。その彼との思い出を胸に、海苔子たちはJAPANへと旅立っていった。

 

 

 

-自由都市 某所-

 

「レオとの合流地点はまだか? いい加減疲れたぜ」

「もう少しだ。しかし、今の私たちが負ける相手がいるとは思わなかったな」

「良い土産話が出来た」

 

 ここは自由都市の北の方。練り歩くのは、三人の女の子モンスター。バルキリー、雷太鼓、バトルノートの三人だ。クスシと別れた彼女たちは、自分たちの主である魔物使いと合流するために約束の場所へと向かっていた。話に挙がるのは、やはり先日の戦闘。

 

「やっぱルークが最強だって。あんな移動術反則だ!」

「個人的にはロゼを推す。彼女の回復、状況判断、ブラックソードの秘密を見抜く洞察力。どれか一つでも欠けていればこちらが勝っていた。ダ・ゲイルを彼女の戦闘力と換算すれば、そちらの面でも一流と判断できる」

「アレキサンダーだな。いずれまた戦いたい」

 

 今の議題は、最も厄介だった相手は誰かというもの。とはいえ話は平行線上だ。それぞれ重要視している箇所が違うのだから、まあ無理もない。因みに一つ前の議題は、恋人にするなら誰か。満場一致でレオになってしまったため、議題もクソもなかったというオチ。

 

「まあ、言える事は一つ」

「ん?」

「あの人間たちは真の強者。そしてレオも真の強者。ならば、いずれまた巡り会うさ」

「強者同士は惹かれ合う。是非そうあって欲しいものだな」

「へへ、楽しみだぜ」

 

 ニヤリと笑う三人。今回は遅れを取ったが、彼女たちはまだ全力を見せていない。いや、個人の話で言えば勿論全力を出していたが、彼女たちの本当の戦闘スタイルは違う。彼女たちの主が指示を出せば、その戦闘スタイルはガラリと変化するのだ。それこそが、彼女たちの本気。

 

「次は負けんぞ」

 

 いずれ来るかもしれない再戦を心待ちにしながら、三人組はゆっくりと約束の場所へと向かうのだった。

 

 

 

-ゼス 国境付近-

 

「んー、新しい恋を探そうと思ってここまで来たけど、何だか厳重ね」

 

 国境を前に腕組みをしているのは、元闘神都市在住のまじしゃん。既に二度も恋人と死に別れているため、三度目の恋を探すべくここまでやってきたのだ。だが、何故か警備がガチガチに厳重。空を飛んでいってもばれそうな状況であるため、これでは通る事が出来ない。

 

「何かルークちゃんから聞いた話だと、近々革命が起こるって噂だからゼスへの入国は厳しいらしいわよん」

「げっ、マジ……」

 

 同じくゼスにあるジウの町を目指しているおたま男とはここまで一緒にやってきていた。知っているなら先に言ってくれよと突っ込みたい気持ちを抑え、まじしゃんはそびえ立つ国境を見上げていた。

 

「革命ねぇ……なんで人間たちは無駄に争うのかしら。平和を謳歌すれば良いのに」

「耳が痛いわねん。まあ、暫くは国境付近の町で休んでましょう。宿代は持つから」

「あら、良いの?」

「惚れちゃ駄目よん」

「それだけは絶対にない!」

 

 とりあえず警備が緩和されるまで自由都市で過ごす事に決めた二人。それを見送るようにそびえ立つ、国境。無機質に見下ろしてくるそれは、どこか冷たい印象を覚えた。まるでこれから始める内乱を予期しているかのような、そんな印象を。

 

 

 

-洞窟内 鍾乳洞地帯-

 

「今回は疲れましたけど、色々と思い出が残りました」

 

 巨大な宝箱の前に立つのは、復讐ちゃんだ。この宝箱は先日バードが発見したもの。これは特殊な宝箱であり、この中に戻れば傷は全快。そして、次の依頼を受けるべく時が飛ばされるのだ。飛んだ先が過去か未来かは、入ってみないと判らない。そしてその依頼を成すのが、復讐ちゃんの宿命でもある。

 

「出来れば、殺す事なんてしたくない……」

 

 ボソリと呟いた復讐ちゃんという種族にあるまじき言葉は、誰の耳にも届かない。一度だけランスの顔を思い出し、もぞもぞと宝箱に入っていく。この蓋を閉めたら、再び暗殺の日々に舞い戻る。一度だけ息を吐き、復讐ちゃんはゆっくりと蓋を閉めていった。完全に締まりきり箱の中が真っ暗になると共に、復讐ちゃんは自身の傷が癒えていく事を感じた。そして、時が目まぐるしく動き出す。まるでテーマパークのコースターにでも乗っているかのような、そんな感覚。しばしの後、宝箱内を覆っていた不思議な感覚が四散する。

 

「(今度は少し時が進みました。恐らく、数年ほど……)」

 

 時が進むと共に、宝箱もどこかへワープする。今度は一体どんな場所に飛ばされたのか。そして、どんな依頼主に出会うのか。だが、成すべき事は決まっている。どうせ次の依頼主も、誰かを殺せと命じるに決まっている。すると、外から何やら話し声が聞こえてきた。

 

「……あら? 宝箱ね」

「こんな場所に? それも、随分と巨大じゃのう」

「ちょっと待ってて、今開けるから」

「それだけ巨大だと、案外人が入っていたりしてね」

「もう、止めてよ……よし、開いた」

 

 そして、ゆっくりと蓋が開いていき、光が差し込んできた。見えたのは、複数名の人影。

 

 

 

-玄武城 城門前-

 

「くっそー! どうして出られないんだ!?」

 

 玄武城にバードの声が響き渡る。あの後目覚めたバードは玄武城を脱出しようとしたが、結界に阻まれて失敗。かれこれ72回ほどチャレンジしたが、どうしても城門から外に出る事が出来ないのだ。いい加減心も折れてこようというもの。

 

「くそっ、もう一回」

「無駄ですよ。貴方はもう、この城から抜け出す事は出来ません」

「えっ?」

 

 透き通るような声に驚き振り返ると、そこに立っていたのは思わず見惚れてしまうほどの和装美人。それは、今まで玄武城で眠っていた和華であった。

 

「哀れな貴方に、今からこの城の秘密を教えて差し上げます」

「……可憐だ」

「えっ?」

 

 一瞬、バードが何と言ったのか判らなかった。何せ先程まで泣きそうな顔をしていた男が、そんな事を言うとは思わなかったからだ。和華が困惑していると、バードがスタスタと近寄ってきてその手を握ってきた。

 

「あの……お名前は……」

「わ、和華と申します……その、手を放してください……」

「あ、すいません」

 

 和華に言われてすぐさま手を放したバードだったが、和華から視線は外さない。真っ直ぐとその目を見据えてくるのを受け、和華は気恥ずかしくなって頬を赤らめる。

 

「あの……そんなに見ないでください」

「可憐だ……」

「か、可憐だなんて……」

「和華さん。もしよければ、この僕と……」

「喝っ!!!」

 

 再度和華の手を握りしめようとしたその時、バードの目の前に星が舞った。強烈な一撃を脳天に落とされたのだ。とはいえ悲しい話だが痛みには慣れたもの。頭を抑えてうずくまりながら、自分の脳天に一撃を加えた人物を見やる。それは、女の子モンスターのとっこーちゃんであった。

 

「和華様。こんな不埒な男に近づいてはいけません!」

「あっ……」

 

 きっと多くの人が忘れていたであろう、和華のお付きのとっこーちゃんである。眠り薬を二人分摂取したとっこーちゃんは、何と今の今まで眠っていたのだ。その失態を何とか水に流すべく、妙に張り切った姿勢で和華を守るように仁王立ちする。

 

「痛たたた……君たちは、一体……?」

「ええい、近寄るな! 和華様が嫌がる」

「あの……わたくしは別に嫌では……」

 

 この出会いが、そして後に起こるある出来事が、バードの、そして人類の運命を大きく変える事を、今はまだ誰も知らない。

 

 

 

-自由都市 街道-

 

「ゼスは今入れないみたいですね……」

「ふむ……仕方あるまい。しばし自由都市で過ごそうぞ。なに、すぐに検問は解除されるはずじゃ」

「そうですね」

 

 おたま男たちとは別行動を取っていたリズナと景勝だが、ゼスの国境を渡れないことを知り、同じようにしばし自由都市で過ごす事に決めていた。

 

「それにしても、本当に良かったのか? 仕える事は無理でも、身を寄せる場所を探すのに協力してくれるという申し出を断って……」

「ええ。これ以上迷惑は掛けられませんから」

 

 景勝の問いにリズナが頷く。それは、皆と別れる直前の話だ。ランスの家に転がり込む事も出来なくなったリズナに対し、ルークが暫くの間共に行く場所を探そうかと提案してきたのだ。正直そう言って貰えたのは嬉しかったし、受けてしまいたいとも思った。しかし、リズナはこれを拒否。直前までは自分を包み込んでくれる場所を探していたのだが、ランスに振られた事とそれでも諦めないコパンドンの姿を見てリズナの中にある思いが芽生えた。それは、強くならなければならないという思い。

 

「依存してしまいたいとも思いました。ですけど、コパンドンさんを見て感じたんです。強くならなきゃいけないって……だから、一人で世界を見て回りたいと思ったんです」

「……好きにすると良い。リズナよ、お前はもう自由なのだ。思うがままに生きよ」

「はい。といっても、いきなり頼ってしまうんですけどね」

 

 ガサリとリズナが手紙を取り出す。それは、別れ際にルークから手渡されたもの。ゼスにある『カールギルド』への紹介状であった。以前にロリータハウスを襲撃した際、うし車屋のジョルジュを派遣してくれたギルドだ。あの後にルークは直接礼を言うべく一度このギルドを訪れており、元々はキースの知り合いであるカールと自分も顔見知りになっておいたのだ。

 

「長い間玄武城に囚われていたリズナの当面の問題は、情報と金銭面。その両方を解決するのにうってつけの場所という事か」

「はい。専属では無くフリーとして冒険者登録をして貰えるようですし、依頼自体もカールギルド長が選別して流してくれるみたいです」

「確かに、リズナに自由に選ばせてしまったら悪い輩に簡単に騙されてしまいそうだからな。気が付いたら、盗賊団の長になっていたりとか」

「もう……流石に私でもそんな事にはなりませんよ」

「はっはっは、どうだかな」

 

 ぷくっと頬を膨らませるリズナを見て明るく笑い飛ばす景勝。そこに以前までの悲壮感はない。やっと手に入れた自由を二人は満喫していた。

 

「ルークさんの方から手紙を飛ばす際も、このギルドが窓口になってくれるようです」

「何から何まで気が回る男だな。ランスよりも先にあの者に会っていればあんな……むぐっ!」

「景勝、それ以上は駄目ですよ。ランスさんも私を助け出してくれた救世主なんですから」

「むぅ……」

 

 口元を軽く抑えられ、まるで教師が子供を優しく叱るような口調でそう口にするリズナ。若干ばつが悪くなったのか、景勝は話題を変える事にした。

 

「そういえば、別れる前にあの神官にも何かを言われていたな。何だったんだ?」

「…………」

 

 別れ際にリズナと話していたのはルークだけではない。あの淫乱シスター、ロゼもであった。思い返せば、脱出前の暗闇地帯でも二人は密談をしていたのだ。その内容を親代わりでもある景勝が心配するのも無理もない。その問いを受け、リズナはロゼから言われた言葉を思い出す。

 

『調教されて淫乱な体になったって事だけど、完治させるのは難しいけど症状を抑える薬ならあるわよ』

『本当ですか!?』

『ええ。今は持ってないから、別れる前にカスタムから持ってきて少し渡してあげる。切れそうになったら、定期的にカスタムの教会に寄るようにして』

『あ、ありがとうございます……その、それはおいくらですか?』

『出世払いで良いわよ。城から持ち出した財宝、暗闇にいる時に落としちゃったんでしょ?』

『あっ……』

 

 蛇の道は蛇。乱交大好きなロゼは、体の疼きを抑える若干違法な薬にも精通していた。受け取った薬を一度道具袋から取りだし、肩に乗っている景勝に一言返す。

 

「私の体の事、とても気遣ってくれました。あの人も、ある意味で救世主です」

「ふむ、女の救世主か……」

 

 静かに微笑みながら、リズナと景勝は自由都市へと姿を消すのだった。

 

 

 

-カスタムの町 酒場-

 

「ほーら、恒例のお土産ばらまきよ! 金を取られるんじゃないかと疑った人間には無しね」

「その条件だと、誰も貰えなくなるぞ」

「あ、美味しい。タワーモナカ」

「お茶入れてくるわね」

 

 一体いつの間に買っていたのか、ロゼがギャルズタワー土産を酒場でばらまき始める。ミリが茶々を入れながらもそれを受け取り、ミルがモグモグと口にしている。モナカにはやはりお茶だろうと考え、エレナがカウンターの方へと歩いて行った。

 

「へぇ、ルークさんと冒険してたんだ」

「どうして誘ってくれなかったんですかねー!?」

「そうです! 何とか仕事に折り合いをつけて参加したのに……」

「その方が後々面白そうだから」

「酷すぎるですかねー!!」

「やっぱり次のチャンスは5年後なの……」

 

 マリアが既に三つ目のモナカを完食しながらそう口にすると、トマトとランが涙目でロゼに食って掛かっていった。二人からしてみればルークと冒険など、金を払ってでもしたい経験である。悪びれる様子のないロゼを前にし、ランがかつてミルに言われた言葉を思い出して打ちひしがれていた。その様子を冷ややかな目で見る者がいる。志津香だ。

 

「騒ぎ過ぎよ。別に何かある訳じゃああるまいし」

「あれ? 志津香は気にならないの? ルークとロゼが冒険したんだよ」

「別に」

「無理してない?」

「ほっぺた捻り千切るわよ」

 

 ミルが首を傾げて問いを投げるが、本当に気にしていないといった様子でモナカを食べる志津香。マリアの挑発に対しても、挑発で返す余裕すらある。

 

「いやー、今回の旅で私とルークの距離がぐぐっと縮まっちゃったわー」

「はいはい」

 

 極めて冷静にロゼの話を流す志津香。そのままお茶を一口含む。

 

「一緒にラブホに泊まったし」

「ぶっ」

 

 そして極めて冷静に、お茶を噴き出した。

 

「う、う、嘘ですよね!?」

「この口は真実しか話しません」

「そんな馬鹿なですかねーーーーー!?」

 

 即座に反応したのはランとトマト。縋るような目でロゼにすり寄ってくるが、仏像のようなポーズを取りながら片言で返すロゼ。酒場にトマトの絶叫が響き渡る中、少し離れた席では真知子がクスクスと笑っていた。不思議そうに問いかけるミリ。

 

「落ち着いてるな」

「言葉遊びですよ。一緒にホテルに泊まったとは言っていますけど、同じ布団で眠ったとは言っていません。多分、部屋を別々にして休憩所代わりにしただけかと」

「なるほど……悔しいな、俺も騙されちまった」

「あ、真知子に話があったんだった」

 

 足に縋っているランとトマトの様子を楽しみながら、ロゼがクルリと振り返った。

 

「あら? 何でしょうか?」

「ルークが三日後に寄るってさ。調べて欲しい事があるみたい。多分、人捜し」

「あら、それは楽しみですね」

 

 ルークの頼み事にはロゼも見当がついている。多分、リズナの両親や親戚が生きているか調査するつもりなのだ。確かに人捜しであれば、真知子に頼むのが適任だろう。ルークがカスタムの町に寄ると聞き、真知子が静かに微笑んだ瞬間、ドゴッという音が酒場に響き渡った。

 

「そう……ルークが来るのね……」

「し、志津香さんの足下がめり込んでいるですかねー……」

「お姉ちゃん……」

「(とりあえず、ルークの足にお祈りでも捧げておいた方がよさそうね。まあ、私のせいなんだけど!)」

 

 志津香が踏み抜いた床がべっこりとへこんでいた。格闘家も真っ青な威力である。同じく喜ぼうとしていたトマトも思わず怯んでしまう迫力。ミルはミリの後ろに隠れ、マリアは無言でモナカの箱を持ち、別の席に移動していた。因みに五つ目を完食済みだ。

 

「うう……営業妨害アンド店破壊……」

「……チサさん。因みに三日後って……」

「朝から晩までみっちり仕事ですよ。会議が三つほど入っていますし」

「延期は……?」

「出来ません」

「あうぅ……」

 

 酒場にエレナとランの涙が流れる。なんとも見慣れた光景である。そう感じているのは、端の方の席に座って遠目に眺めているアレキサンダーであった。

 

「なんだか日常という感じがして落ち着きますね」

「そ、そうですか……?」

 

 前に座るのは、マリアの弟子の香澄だ。ギャルズタワーで大分無理をさせたため、今は手甲を修理して貰っているところである。油の匂いがするだの何だの理由を付け、マリアが気を利かせて席を離してくれたのだ。気恥ずかしさと感謝の入り交じった思いを香澄が感じていると、ふとアレキサンダーの表情が変わったのに気が付く。どこか憂いを帯びた表情だ。

 

「……あの、今回の旅で何かあったんですか?」

「……失礼。何か変でしたか?」

「その……悲しそうな顔をしていたので……」

「……いえ、何でもありませんよ」

 

 静かに微笑むアレキサンダー。その表情は普段の調子に戻っているため、気のせいだったのかと考え、香澄は手甲の修理に戻った。

 

「(顔に出ていたか……まだまだ精進が足りんな……)」

 

 香澄の様子を確認し、アレキサンダーが猛省する。確かに今、シィルの事を考えていた。完膚無きまでの失恋。初めて味わった経験だ。暫くは忘れられそうもない。そしてもう一つ、今回の冒険でアレキサンダーの心の中にチクリと残ったものがある。

 

『ラストバトルが達磨風情じゃあやる気が出んな』

『なら、ジルやユプシロンがいいのか?』

『ふざけるな。俺様の敵では無いとはいえ、あんな面倒臭い連中と二度と戦うか』

『…………』

 

 あの時、アレキサンダーは複雑な思いを抱いていた。今まで微かに感じたことはあったが、まさかそんなはずはないと捨て置いていた考え。

 

「(自分は、魔王ジルとの再戦を望んでいる……)」

 

 思い出されるのは、リーザス解放戦のラストバトル。圧倒的な力でこちらをねじ伏せてきたジルの前に、立ち上がれたのは五人。自分、ルーク、ランス、リック、志津香。志津香は後衛の女性であるから除外するとして、あの時立ち上がれた前衛の男は四人。そして、アレキサンダーだけが成し得なかった事がある。

 

「(自分だけがジルに一撃を与えられていない……)」

 

 それは、ずっと胸の中に残っていたしこりだ。リックは反射、ランスはランスアタック、ルークは最後のトドメ。三人が三人とも、ジルにダメージを与えている。唯一人、自分だけがダメージを与えられず倒れ伏す事になったのだ。

 

「(なんと破綻して、なんと自分勝手な願いか……あの魔王と再び戦いたいなどと……)」

 

 だが、自分の気持ちに嘘はつけない。アレキサンダーはハッキリと、ジルとの再戦を望んでしまっている。いつか機会があれば再び対峙し、今度こそ一撃を与えたいと望んでしまっているのだ。

 

「(狂人の考えだな……)」

「……アレキサンダーさん。やっぱり、何かあったんですか?」

「……香澄殿に嘘はつけませんね。ですが、お気になさらずに。自分で乗り越えねばならぬ事ですから」

「そうですか……あの、必要な事があったらいつでも言ってくださいね。協力しますから!」

「かたじけない」

 

 アレキサンダーが自身を『狂人』と評する。それはまるで、あの者たちと同じ舞台線上に立つものだと認めるように。

 

 

 

-レッドの町 教会-

 

「悪寒が……」

「ルークさん、大丈夫ですか?」

 

 ここはレッドの町の教会。セルと談笑していたルークだったが、何やら背中と足に強烈な悪寒を感じて震え上がっていた。心配そうにするセルに大丈夫だと軽く手で合図をする。

 

「スー、お前の言葉使いは変わってると思うぞ」

「元野生児に言葉使いが変だと言われたデス」

 

 じゃれ合っているスーとデス子を見ながら、ルークはセルの出してくれた紅茶を口にする。

 

「スーも大分話せるようになったな。生活感も出てきたし……」

「町の人のお陰です。皆さん、スーに優しかったので」

「一番の功労者はセルさんだよ」

「大した事はしていませんよ」

 

 セルが微笑みながら紅茶を口に含む。すると、ピョンピョンと剣が奥から飛び跳ねてきた。

 

「お、ルークじゃないか。久しぶりじゃの」

「カオスか」

「あ、もう、また勝手に封印を破って……」

 

 眉をひそめるセル。邪悪な魔剣であるカオスは、今はセルが封印している。だが、度々こうして勝手に抜け出してきてしまうのだ。間違ってスーが握ってしまったら悪の心に押し潰されてしまう危険性があるため、頭の痛い問題ではあった。

 

「……リーザスに封印を頼んだ方が良いんじゃないか?」

「酷っ! 味方だと信じていた人間に裏切られたですよ」

「マリスさんにも直接そう言われました。ですが、邪悪な魔剣を他の方に任せるのも危険ですし……」

「リーザス封印の間は、今はノスの魔血魂を封印しているんだったな。そこに一緒に封印しては」

「それは絶対に嫌じゃ。ぶっ殺したい魔人と同じ部屋で寝るなんて、ホモ数百人の部屋に全裸で放り出されるようなもんじゃぞ!」

「それは確かに嫌だな……」

 

 苦笑するルーク。正直、リーザスに守って貰っていた方が安全なのだが、セルも義務感が出ているため無理には押し通さない。現状でも、特に問題は起こっていないのだから。

 

「それに、こんな場所に魔剣があるとは誰も思いませんから」

「確かにな。そういった点では、案外良い隠れ蓑なのかもしれん。だが、取り扱いには十分注意してくれ」

「はい」

 

 コクリと頷くセル。魔剣カオスの危険性は重々に承知している。もし最悪の事態を招きかねなければ、自身の責任を持って破壊する覚悟も出来ていた。

 

「ところで、マリスに直接言われたっていうのは解放戦の後の事か?」

「いえ、つい先日です。月に一度くらい、マリスさんはこの教会に訪れるんですよ」

「ほう……」

「聞いて、聞いて。あのケバねーちゃん酷いんですよ。来る度に封印の間から儂を引っ張り出してきて、足でグリグリ、紅茶ドボドボ。パワハラですよ?」

「…………」

 

 カオスの言葉に思わず絶句してしまうルーク。チラリとセルを見ると、難しそうな表情で目を閉じてしまっていた。これは、無言の肯定。再度絶句していると、セルがようやく絞り出すように声を出す。

 

「……その、マリスさんも色々と溜まっていますから」

「ストレス解消か……」

「いつもツヤツヤした顔で帰って行くからのぅ、あのケバねーちゃん」

「その呼び方が原因だと思うがな……しかし、この情報をどう処理すべきか……」

「聞かなかった事にしておくのが無難かと……」

「だな……」

 

 パンドラの箱を開けてしまったような気分になりながら、ルークは戯れているスーとデス子に視線を戻した。今聞いてしまった事が浄化されるような微笑ましい光景である。

 

「ふむ。スーとも仲よさそうだし、デス子は置いていくか。生活費はこちらで持つ」

「あら? こちらは別にいいですけど、ルークさんのモンスターじゃないんですか?」

「勝手についてきただけさ。一応ボディーガードくらいにはなるだろうから、扱き使ってやってくれ。割と剛胆な性格だしな」

「デス?」

 

 思わぬ形でセルの教会の居候が一人増える事になった。

 

 

 

-ゼス 上空-

 

 国境の警備すらも気が付かない程上空、視認できない程の高い位置にその者はいた。ノスの使徒、アミィだ。

 

「内乱か……まあ、関係なさそうだね」

 

 地上の出来事を確認しながら、最強魔女は箒の上に寝そべる。思い出されるのは、遙か昔の出来事。

 

 

 

GL600

-魔王城-

 

「来たな。入れ」

 

 この日、アミィは主であるノスに呼び出されていた。場所は、魔王城最深部。ジルの間だ。緊張した面持ちでやってきたアミィを待っていたのは、魔人ノスと魔王ジル。自分は何かをしてしまったのだろうか。そんな冷や汗を掻きながらアミィが歩みを進めると、この部屋に結界が張られるのを感じ取った。これは、外からの干渉を受けない魔法それ程までの密談だと言う事か。

 

「アミィ。お前にやって貰いたい事がある。いや、むしろこれを行わせるためにお前を使徒にしたと言った方が正解か……」

「やる事……?」

 

 アミィがそう口にした瞬間、ジルがパチンと指を鳴らす。すると、目の前に四つの黄金像が姿を現した。

 

「これは……?」

 

 猿、ひょうたん、ひまわり、盆栽。共通点の無い四つの黄金像。これは一体何を意味するのか。

 

「レプリカだ、本物ではない」

 

 そうジルが口にした次の瞬間、黄金像は粉々に砕け散った。この世に残して置いてはいけない物、そう告げるかのような行動だ。次いで、ノスがアミィに命令を下す。

 

「アミィよ。お前の任務は人間界に行き、今の黄金像の所在を把握しておく事だ」

「奪取せよという事ですか?」

「違う。あくまでも所在を把握しておくだけだ」

 

 四つの像を手に入れろという事なのかと思ったが、ジルに即座に否定される。それでは一体どういう事なのか。

 

「手に入れるだけならば、以前に私が一度行っている。だが、手放した」

「何故……」

「危険だからだ。奴等に必要以上に目を付けられたくはない」

「奴等……」

「それ以上知る必要は無い。この事は魔人の中でも私とジル様しか知らぬ事だ」

 

 あまりにも情報が少なすぎるため何とか少しでも情報を得ようとするが、それは主であるノスに止められる。だが、魔人の中でもジルとノスしか知らない事という事実だけでも、この任務がとんでもない内容だという事が判る。

 

「恐らく数百年、数千年規模で掛かる山だ。覚悟しておけ」

「数千……いえ、了解しました」

「そんな事は有り得ぬと思うが、例え私やノスが滅びようともお前はこの任務を第一に考えろ。私が必要だと考えれば、魔力を飛ばしてお前に合図を出す。それがない限り、何があっても魔人界には戻るな」

「いいな。くれぐれも黄金像を手に入れるな。常に所在を把握しておけば良いのだ」

「はっ!」

 

 魔王ジルからの直々の任務だ。緊張は勿論あるが、光栄だという気持ちの方が強い。納得いったようにジルが一度頷いた後、もう一つだけ補足を入れる。それが、ジルとアミィの最後の会話。

 

「いずれ時が来る。その時、お前は黄金像をかき集めて魔王城に戻れ」

「時とは……」

「天使が空を覆い尽くした時だ」

 

 

 

LP0002

-ゼス 上空-

 

「(もうかなり昔だっていうのに、あの日の事は昨日の事のように思い出せるんだよねぇ……)」

 

 懐かしき我が主。懐かしき我が王。魔王がガイに移ったと聞いた時、命令に背いてでも魔王城に戻りたかった。ルークには平然と返したが、ノスが滅んだと知ったときは血の涙を流した。それでも尚、自分はこの任務を続けている。それが、あの二人の望みだから。

 

「(天使か……)」

 

 その時は、まだ来ない。

 

 

 

-アイスの町 ランス宅-

 

「念願の乱交を実行できたれす。奪われないように気を付けるのれす」

「何を訳の判らん事を言ってるんだ?」

 

 ベッドの上でまどろむ三人。帰宅後、さも当然の如く乱交を行ったのだ。正に平常運転。これぞランスと言った行動だ。

 

「今回も大変でしたね」

「まあ、俺様に掛かったら大した事件じゃ無かったけどな。それよりも、飯だ。腹が減った」

「あ、はい。今すぐ作りますね」

 

 スッとベッドから立ち上がったシィル。日常に戻れたことに幸せを噛みしめているところだったが、不意にある事が頭を過ぎる。

 

「……そういえば、フェリスさんは本当に大丈夫なんですよね?」

「むっ。当然だろう。いい加減限界だったから、悪魔界に戻した」

「そうですか……」

「何だ? 疑ってるのか?」

「あ、いえ、そういう訳じゃあありません。それじゃあ、すぐにご飯の仕度をしますね」

 

 これ以上はマズイと察し、シィルは話を切り上げて台所へと足早に駆けていった。その背中を見送りながら、ランスはあの日の事を思い出す。体調の悪いフェリスを無理矢理犯した、あの日の事を。

 

「(うーむ……まあ、大丈夫だろ)」

 

 一応多少の責任を感じているのか、暫くはHのために呼び出さないでおこうと決めるランス。だが、これが結果として逆効果になるとは思ってもいなかった。

 

 

 

少し前

-悪魔界-

 

「フェリス、安静にしてる? 桃缶持ってきたよ……って、何があったの!?」

 

 それは、ランスがフェリスを悪魔界に戻したすぐ後の事。フェリスの住み処を訪れたのは、友人のセルジィ。だが、中に入るや否や手に持っていた袋を地面に落としてしまう。ゴロリと桃缶が転がるが、そんなものを気にしている状況では無い。フセイの日だからベッドで安静にしていると思っていたフェリスが、息も絶え絶え床に倒れているのだ。慌てて駆け寄り、抱き起こす。小さい。体型を維持出来ないのは、相当に弱っている証拠だ。

 

「何してんのよ、アンタ! まさか、前から言ってた酷い方の主人に呼び出されていたの!?」

「はぁ……はぁ……」

「ちょっと待って。今ベッドに運ぶ……か……ら……」

 

 言いかけた言葉が止まる。鼻をつく嫌な匂い。ドロリとフェリスの下腹部から垂れた白い液体。それが意味するところは一つ。瞬間、セルジィの顔が青ざめる。信じたくない。信じる訳にはいかない。なぜなら、フセイの日に人間と性交をするのは、悪魔にとってある事を意味するから。

 

「フェリス……嘘でしょ……?」

「ごめん……」

 

 重く、悲しく響き渡る謝罪の言葉。フセイの日に人間と性交を行った悪魔。それの意味するところは、懐妊である。そして、人間との間に子を成した悪魔は……

 

 波紋はゆっくりと、されど確実に広がっていた。

 

 




[人物]
キース・ゴールド (5D)
 キースギルドの長。ランスとルークの良好な仲に安堵しながらも、心のどこかで一抹の不安を抱いている。

ハイニ (5D)
 キースギルドの美人秘書。なんだかんだランスにも理解がある。

マリア・カスタード (5D)
LV 24/45
技能 新兵器匠LV2 魔法LV1
 カスタム四魔女の一人。滑り込み出番奪取。

魔想志津香 (5D)
LV 37/66
技能 魔法LV2
 カスタム四魔女の一人。今は近寄らない方が良い。

ミリ・ヨークス (5D)
LV 23/28
技能 剣戦闘LV1
 カスタムで薬屋を営む女戦士。病気は完治。

ミル・ヨークス (5D)
LV 16/34
技能 幻獣召喚LV1
 カスタム四魔女の一人。姉のミリとまったり生活満喫中。

エレノア・ラン (5D)
LV 19/30
技能 剣戦闘LV1 魔法LV1
 カスタム四魔女の一人。三日後は残念ながら不参加確定。

トマト・ピューレ (5D)
LV 28/47
技能 剣戦闘LV0 幸運LV1
 カスタムの町のアイテム屋。何だか久しぶりの登場。何か書いてると落ち着く。

芳川真知子 (5D)
LV 4/15
技能 戦術LV1
 カスタムの町の情報屋。事前に調査しておいてルークからポイントゲット計画発動中。既にランフビット夫妻が亡くなっている事まで調べがついた。

香澄 (5D)
LV 10/34
技能 新兵器匠LV1
 マリアの助手。アレキサンダーとちょっと進展したような、そうでもないような。

エレナ・エルアール (5D)
 カスタム酒場の看板娘。2章以降、皆勤賞継続中。最早準レギュラー。

チサ・ゴード (5D)
 カスタムの町の現町長。こちらは久しぶりの登場。出番があったよ。

セル・カーチゴルフ (5D)
LV 21/44
技能 神魔法LV1
 レッドの町の神官。マリスの蛮行には見て見ぬ振りをしている。怖いので。

スー
 セルと共に暮らす元野生児。片言だったのも今や昔、そこそこ流暢に話せるようになった。

ジル (5D)
LV -/-
技能 魔王LV2
 第5代魔王。遙か先を見通し、アミィに任務を出す。その真意を皆が知るのは、まだまだ先の話。

ノス (5D)
LV 205/210 (当時)
技能 格闘LV2 魔法LV2
 ジルに仕える地竜の魔人。実は相当なレベルの事を知っていた。

セルジィ (5D)
LV -/-
技能 悪魔LV1
 フェリスの同僚の悪魔。フェリス懐妊を一番に知る。

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