ランスIF 二人の英雄   作:散々

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第139話 いつか見せてくれ

 

-玄武城 寺-

 

「アンコクヒマワリ ハナヲキッテモ ムダ ホンタイノキュウコンヲ ツブスヒツヨウ アリ」

「ふむ、となると地下だな。それさえ判ればあんなヒマワリ野郎などあっという間に枯らしてくれるわ、がはは!」

「チカナラ マチハズレノ イドカラ ハイレルト オモウ」

「ごほっ、ごほっ……」

 

 ここは城下町の外れにあるのっぺらぼうの寺。暗黒ヒマワリの情報を探っていたランスは、海苔子からのっぺらぼうならば知っているかもしれないと言われ、こうして寺にやってきていたのだ。海苔子の言った通り、のっぺらぼうは暗黒ヒマワリの本体は地下にある球根であるという情報を持っていたため、ランスは地下を目指す事を決める。その後ろでは、フェリスが咳き込んでいた。心配そうに背中を擦るシィル。

 

「大丈夫ですか……?」

「ああ、悪いね」

「なんだ、演技ではなく本当に調子が悪いのだな」

「さっきからそう言っているだろう、ごほっ……」

 

 ランスをジト目で見ながら再度咳き込むフェリス。彼女は今日フセイの日であり、目に見えて体調が悪そうであった。

 

「ランス様、フェリスさんを戻してあげては……?」

「うーむ……いや、折角呼んだのに何もしないで戻すのは勿体ない。少しでも役に立ってから戻すとしよう」

「鬼畜……」

「別に今すぐ戻さねば死ぬという訳でもないだろう。体調は悪そうに見えるが、そこまで緊急性があるようにも見えんしな」

 

 ランスが口にした通り、確かにフェリスの体調は目に見えて悪そうだが、それは人間で言うところの少し熱っぽいといった症状レベルだ。今も咳き込んではいるが、問題なく会話が出来ている。

 

「無理しなけりゃこの程度で済むけど、変に動き回るとどんどん悪化していくんだよ。だから、出来るだけ早く悪魔界に戻してくれると嬉しいんだけどな……」

「まあ、考えておいてやる」

「…………」

 

 そう口にしてのっぺらぼうの寺を後にするランス。シィルとフェリスもそれに続き、のっぺらぼうの言っていた地下へと続く井戸を目指して城下町を歩く。

 

「それにしても、ランスがこういう理由で私を呼び出すのは珍しいね」

「戦力が足りなかったからな。いや、俺様一人でもハッキリ言って十分なのだが、シィルが足手纏いだからその分マイナスなのだ。あてなのポンコツも敵に洗脳されるし、全く使えん奴等だ」

「やれやれ……ルークは一緒じゃないのかい?」

「別にいつも一緒に行動している訳じゃあない」

「誘えば良かったという話は先程していたんですけどね」

「こら、余計な事を言うな」

 

 洞窟の中で志津香とルークを誘えば良かったと話していた事を思い出し、そう口にするシィル。直後、ポカリとランスに頭を叩かれる。

 

「それと、フェリス。ルークと妙に仲が良いのはいいが、アイツとヤってないだろうな?」

「そういう関係じゃないよ。迫られた事も無い」

「うむ、それなら良い。お前は俺様の女だからな。ルークとはいえそれを取られるのは癪に障る」

「(ランスの女になったつもりはないんだけどね……)」

「(かなみさん、志津香さん、トマトさん、真知子さん、キューティさん……言われてみればランス様と関係を持っていない方が殆どです。あ、ランさんは関係持っていますね……)」

 

 ルーク寄りの女性の顔を思い浮かべていたシィル。なんだかんだランスが手を出し切れていない女性が多い中、数少ない例外であるランの顔が浮かび、何故かその場で申し訳無さそうに頭を下げてしまうシィルだった。

 

「……うーむ」

「どうかされましたか?」

「いや、さっきから違和感が」

「違和感? 何かおかしなところでもあるのかい?」

「……ああ、それだ! フェリス、お前そんな口の聞き方だったか?」

「んっ……あっ!」

 

 ランスに指摘されてフェリスも思わず声を漏らす。言われてみれば、知らず知らずルークと接するような口調でランスと話してしまっていたのだ。同じ主人ではあるが、フェリスは二人への態度をしっかりと変えて対応している。基本的にはランスには下からの丁寧な対応、ルークには対等な相棒といった対応だ。

 

「今思い返して見れば、ハピネス製薬の事件の時くらいから口調が崩れていっていたな」

「そう言えばそうですね」

「(あっ、馬鹿……)」

「……なんで留守番していたお前がハピネス製薬の時の事を知っている?」

「あっ! いえ、その……」

「なんだかんだルークと行動を共にする事が多かったから、それに影響されていたんだな。すいませんでした、ランス様。今から口調を戻します」

 

 ハピネス製薬の事件を何故知っているのかと問われ、しどろもどろになっているシィルを見てため息をつくフェリス。脇が甘すぎるという思いと、そもそもまだバレていなかったという思いが半々だ。すぐさま助け船を出し、ランスの気を自分の方へと向ける。深々と頭を下げ、口調を昔のものに戻した。だが、それを聞いたランスは再度首を捻る。

 

「うーむ、その口調も今更だな……よし、決めた。フェリス、これからは普段はさっきまでの口調で、Hのときは従順な口調にするのだ。その方がギャップがあって良い」

「まぁ、それでランスが良いなら……」

「では早速ヤるとするか、がはは!」

「ちょっと待った、今日は……」

「きゃっ、暗い……ここは……? 誰か……」

 

 ランスがイヤらしい顔をしながら手をわきわきと動かしてフェリスに近づいてくる。それを制しながら何かを口にしようとしたフェリスだが、その言葉を遮るようにシィルの持っていたリュックから何者かの声が聞こえてくる。

 

「ん……? 何の声だ?」

「あっ、さっきの和華さんの絵かもしれません。今すぐ出します」

「和華……?」

 

 シィルが慌ててリュックの中を探り始めるのを見ながら、フェリスは首を捻る。聞いた事のない名前であり、新しい仲間か何かかと考えていたのだ。だが、リュックに入る仲間とは一体どんな者なのか。すると、シィルが一枚の絵をリュックから取り出した。和装に黒髪、穏やかに微笑む美人の絵だ。すると、その絵が突如喋り出した。

 

「ふぅ、暗かった……む、そこの者は初めて見る顔ですね。わたくしを助けなさい」

「こら、また回されたいのか?」

「ひっ、あのような行為はもう慎みなさい……」

「なんだ、この変なのは?」

「和華さんと言って、絵の中に閉じ込められてしまった人なんです。先程あの城の中で発見したのですが……」

 

 絵をまじまじと見ながらそう問いかけるフェリス。シィルが玄武城での出来事を軽く説明しながら和華が絵に閉じ込められた人間だという事を説明すると、フェリスは眉をひそめる。

 

「閉じ込められた人間? それはおかしいぞ……」

「へ?」

「この絵には魂が入っていない」

「えっ!?」

「なに? どういう事だ?」

「わたくしにも判る様に説明しなさい」

 

 フェリスの言葉を聞いて思わず声を漏らすシィル。ランスと和華は事態の異常さが判らず、どういう事かと問いかけてきている。すぐさまシィルは和華の絵に近づいていき、手の平に魔力を集めて絵の前にかざす。

 

「魂状態判別……本当だ……」

「一応魂を集める仕事をしているからな。そういうのはすぐに判る」

「えぇい、二人だけで盛り上がっていないでさっさと説明しろ!」

「ランス様、この絵は和華さんが閉じ込められている訳ではありません」

「えっ……?」

 

 二人だけで納得している様子を見て怒り心頭のランス。慌ててシィルはランスに向き直り、魂状態判別の魔法で得た情報をランスに説明する。それを聞いてすぐに声を漏らしたのは、和華の絵であった。その声に一瞬だけ悲しそうな表情を作りながらも、シィルは説明を続ける。

 

「多分、あの絵師の想いがこの絵に命を与えたのかと……」

「……良く判らんが、妖怪みたいなものか?」

「明確には違いますが、魂が無いという点では同じですね……」

「どういう事……そこの者、説明しなさい。わたくしに魂が無いと言うのですか?」

 

 シィルの言葉に困惑する和華。だが、無理もない。自分の存在そのものを根本から否定されているのと同じなのだ。いの一番に魂が無いと言及したフェリスにそう問いかけると、フェリスは和華の絵を見下ろしながら口を開く。

 

「ごほっ……ああ、アンタには魂が無い」

「それを証明出来るのですか?」

「私は悪魔だ。魂の有無はすぐに判る」

「悪魔……そんな……では、わたくしは……」

「…………」

 

 フェリスが悪魔だと知り、衝撃を受ける和華。悪魔である彼女が魂の有無を間違えるとは考え難い。となれば、自分には本当に魂が無いのだ。

 

「わたくしは、わたくしでは無い……その絵師の作り上げた紛い物の存在だと言うのですか……?」

「和華さん……」

「信じられない……信じたくない……」

「……記憶はあるのか?」

「記憶……? ええ、慶次郎や長尾弘次はわたくしによく仕えてくれていましたし、玄武の奴は憎々しく……」

「……最近の記憶じゃなく、昔の記憶だ。幼い頃の思い出はあるか?」

「幼い頃の……?」

 

 フェリスに言われて自身の記憶を探り始める和華。そんな中、シィルがゆっくりとフェリスに近づいていく。その表情は悲しげなものだ。

 

「フェリスさん……」

「判らせるなら、早いほうが良い」

「…………」

 

 シィルもそれは重々に承知している。だが、和華の困惑しきった様子を見ると、中々切り出せずにいた。再度和華に視線を戻すと、ポツポツと言葉を漏らしていた。

 

「無い……わたくしには、幼い頃の思い出が無い……」

「お前の記憶は、その絵師が知っている内容のものしか無いんだ……だから、幼い頃の事を思い出せない……ごほっ、ごほっ……」

「そうか……わたくしは、わたくしでは無かったのですね……」

 

 その事実が和華に重くのし掛かる。自分は自分では無く、作られた偽物の存在。では、自分は一体何のためにここにいるのか。存在意義さえも判らない。だが、泣くことも叶わない。自分は表情一つ変える事の出来ない絵なのだから。

 

「和華さん……」

「わたくしは……一体何のために……」

「魂が無くても、あんたという存在は確かにここに……」

「まあ、小難しい事はどうでもいい」

 

 フェリスが慰めの言葉を掛けようとしていたその時、ずいっとランスが会話に割り込んでくる。そのまま和華の絵を持ち上げ、自身の目の前に持ってきて言葉を続ける。

 

「お前が本物でも偽物でも、重要な情報源である事には変わりない」

「情報源……そうですか、わたくしの価値はその程度しか……」

「うるさい、これ以上うじうじしていたら破くぞ」

「ひっ……は、はい、判りました……」

「ランス、空気くらい読め……」

 

 キッと和華の絵を睨み付けるランス。自暴自棄状態ではあるが、流石に破かれるのは嫌らしく、びくついた様子でランスの言葉に従う和華。動ける体ではないので実際にびくついている訳ではないが、声が若干震えていた。フェリスはその様子を見てため息をつきつつも、案外この流れは良いかもしれないと内心考えていた。今の状況は空気を変える方が正しくはある。まあ、破くという脅しはどうなんだとも思うが。

 

「情報を確認するぞ、この城は魔人の使徒である玄武が建てた、と」

「なにっ!?」

「はい、あのブ男が建てた城ですわ」

 

 ランスの言葉にフェリスが目を見開く。使徒の話は初耳であったからだ。

 

「で、和華ちゃんは無理矢理連れて来られたと」

「当然です。あのようなブ男の元に好んでくる物好きなどいません」

「ふむふむ」

「わたくしは高貴な家に……いえ、わたくしは絵ですから、高貴な家の和華とは別物ですね……」

「あぁ、面倒臭いからお前が和華でいい」

「……良いのですか?」

「うむ、俺様が認めてやる」

「……そうですわね、建設的な意見です。わたくしは和華……そう、和華です」

 

 そう当然であるように口にした和華であったが、その語気には若干の柔らかさが含まれていた。自身の存在に疑念を抱いている和華にとって、『和華』と名乗って良いと言われた事が少し嬉しかったのだろう。そんな中、フェリスが慌てた様子で話に割って入ってくる。

 

「ちょ、ちょっと待て! 使徒だって!?」

「はい。わたくしは魔人の使徒である玄武にこの城に連れて来られました」

「(使徒玄武……ルークは知っているのか……?)」

 

 眉をひそめるフェリス。ルークが魔人の情報を多く持っており、なおかつ更に多くの情報を得たいと思っているのを知っているからだ。それら全てがルークが抱く夢、人類と魔人の共存に繋がっていく。

 

「ふーん。で、その玄武にヤられたのか?」

「不埒な。わたくしはあのようなブ男に抱かれてはおりません。玄武はしきりにわたくしに求婚をしてきましたが、それらは全て拒みました」

「それで無理矢理ヤられはしなかったのか?」

「その辺りは紳士的でしたわね、ブ男でしたけど。この玄武城もわたくしの心を得ようと考えて建てたものです」

「あんな立派なお城を……凄い……」

 

 シィルが玄武城を見ながら声を漏らす。あれ程の城を建てるとなると、相当な魔力を持っているという事だ。食事が自動的に出てくる仕掛けなども玄武の魔力が成しているのだろう。以前に志津香が作り出したカスタムの迷宮よりも質は上かもしれない。何せあちらは元々あった迷宮を移動させてきたものであり、一から作り出した物ではないからだ。

 

「ですが、城一つ程度ではわたくしの心は変わりません。ブ男でしたし」

「随分と顔に拘るな」

「女として当然です。イケメンは正義」

「(和華さん……清楚なお姫様という感じですのに……)」

 

 自信満々にそう答える和華。絵なので動く事は出来ないが、もし動けるとしたら胸を張ってふんぞり返っていただろう事を思わせる断言具合だ。見た目と違う俗っぷりにシィルが絶句している中、ランスはキラリと歯を輝かせてポーズを取る。

 

「では俺様は正義だな、がはは!」

「うーん……口が大きくなければ……わたくしのタイプとは少し違いますわ」

「回す」

「ひぇぇぇぇ……止めなさい……」

 

 ぐるんぐるんと和華の絵を回すランス。そろそろ見慣れた光景であるため冷静にリュックの中を整理して担ぎ直すシィルと、少しだけ咳き込んでいるフェリス。

 

「以後、言葉には気を付けるように」

「はい……」

「(ふむ、しかしこれで繋がったな。あの和華人形は玄武の悲しい代用品、ダッチワイフという訳だ)」

「おい、それでその玄武ってのはどうなったんだ?」

 

 絵を回し終えたランスが城内で戦った和華人形の事を思い返していると、先程まで咳き込んでいたフェリスが再度話に割って入ってくる。

 

「魔人の呼び出しがあったとかで、戦いに出ましたわ。どうやらそのまま帰って来ていないようですわね。出かける際、奴は忌々しくもわたくしが城から出られないように結界を……」

「ちょっと待った、先に魔人の事を聞かせてくれ。そいつの主人は誰だったんだ?」

「主……玄武の口から何度か名前が出ていた記憶が……が……が……くぅ……」

「おい、どうした!?」

「くぅ……くぅ……」

 

 魔人の情報を得ようとしていたフェリスだが、突如和華の様子がおかしくなってしまい困惑する。絵の端を持って軽く揺さぶるが、和華は反応を示さず、くぅくぅと寝息を立てている。

 

「フェリスさん、和華さんは眠ってしまったようです」

「眠った? こんな突然……ごほっ、ごほっ……」

「さっきもそうだったな。こういうものなのか?」

「……確実にそうだとは言えませんが、この和華さんの絵は記憶も含めて多くの部分を先程の絵師さんの想いが占めています」

「つまり、その絵師って奴が和華はこういう風に突然眠るような奴だと思っていたって事か?」

「そこまででなくても、よく眠るお姫様だと思っていれば、その想いが絵に反映されてこのようになる事も十分考えられます」

「ちっ……」

 

 悔しそうにしながら和華の絵を揺さぶるのを止め、シィルに手渡すフェリス。その様子をランスは眉をひそめながら見ている。

 

「……シィル、とりあえず仕舞っておけ。喋る情報辞典程度には使えそうだ」

「はい」

「フェリス。何をまあそんなに躍起になって魔人の情報を集めようとしているのかは知らんが、お前の第一の主人は俺様だという事を忘れるなよ。ルークよりも俺様の方が先に契約を結んだんだからな」

「……ああ、判っているよ」

 

 そこでルークの名前が出てくる辺り、フェリスがどうして魔人の情報を得ようとしているかはランスにも判っていた。どのような事情かは知らないが、ルークが魔人と関係を持ちたがっているのはランスも知っている。だが、フェリスがそれに躍起になっている姿が少し、ほんの少しだけカチンときたのだ。

 

「行くぞ。目指すは町外れの井戸だ」

「はい、ランス様」

「ごほっ……ごほっ……」

 

 そもそも先程呼び出した際、フェリスはあからさまに嫌そうな顔を見せた。『ランスなの? 勘弁してよ……』と、フェリスはそう言ったのだ。これはフェリスの失言。フセイの日で体調が悪かったため、つい本音が出てしまったのだ。これにもランスはカチンときていた。フェリスがルークと仲が良い事は知っている。闘神都市ではまるで旧来からのパートナーであるように動いていたのも見ている。それは許容していた。ルークだから。これまで何度も冒険を共にしてきたあの男だから。だが、あのようにあからさまな態度を見せられては流石にイライラとはする。

 

「(フェリスは俺様が先に契約を結んだ使い魔だぞ……全く……)」

 

 それは、ほんの少しの所有感。自分の物であるフェリスが、自分よりも優先している者がいる事に対しての苛立ち。

 

 

 

-ギャルズタワー 1階-

 

「あそんで、あそんで」

「あそんで、あそんで」

 

 目の前にいる大量のきゃんきゃんを見ながらポリポリとロゼが頭を掻く。

 

「基本ね。最初はきゃんきゃん」

「ロゼ様。良く見るとやぎさんもいるだ」

「ふむ……放っておくとドラゴンナイトを呼び出す厄介な敵だ。優先して倒す必要があるな」

「でも、これだけの数がいると流石に厄介ですね……」

 

 セシルがきゃんきゃんの群れの中にいる数体のやぎさんを見ながらそう口にする横で、シトモネが杖を握る。軽く数えただけでも三十体以上はいる。これを一体一体倒すのは面倒なため、氷雪吹雪で一気に片を付けようと考えたのだ。だが、それをスッと手を差し出して止める凱場。

 

「先は長い。魔力とか体力を使う技は控えておきな」

「ですが、これを一体一体倒すのもそれはそれで体力が……」

「ダ・ゲイル。さっきの火炎放射は体力を使うのか?」

「まあ、一応使うだ。カラオケで二曲程熱唱するくらいの体力だ」

「ほう、悪魔界にもカラオケがあるのか? 興味深い」

「(カラオケをノリノリで歌うダ・ゲイルさん……駄目だ、想像出来ない……というか、したくない……)」

 

 ルークの問いにダ・ゲイルがそう答えると、セシルは興味深そうに頷き、対照的にシトモネは少し気分が悪そうに俯く。どうやらまだダ・ゲイルの容姿に慣れないようだ。

 

「まあ、こういう時は俺の出番だ」

 

 そう口にしながら一歩前に出た凱場は鞭を握り、勢いよくそれを振るった。一気に五体のきゃんきゃんに攻撃を当て、返す手で再度鞭を振るい、今度は六体のきゃんきゃんと二体のやぎさんに鞭が当たる。

 

「いじめるー!」

「うわぁぁぁん、あほるしゃん君ー!」

 

 バタバタと泣きながら逃げ出していくきゃんきゃんとやぎさん。凱場はそのまま鞭を振るい続け、部屋の中のモンスターを一掃してしまう。全てが終わった後に鞭を腰に差し直し、奥の階段を見ながら口を開く。

 

「よし、行くぜ」

「見事な手際だな」

「武器としての人気は剣や槍に遠く及ばないが、鞭も結構やるんだぜ」

「確かにな。グループ攻撃を出来る貴重な武器だ。今のような雑魚集団を体力を温存して追い払えるのはありがたい」

「どうして流行らないんですか?」

「格好悪いから。それに、鞭って臭そうだし」

「バッサリだな、おい……」

 

 セシルの評価を聞いてシトモネがどうして鞭は人気がないのかと問いかけるが、それをバッサリと切り捨てるロゼ。あんまりな発言に凱場が肩を落としている中、ルークがフォローを入れる。

 

「正確な理由は、扱いが武器の中でも特に難しいという事だな。初心者でも一応使う事の出来る剣や槍と違い、鞭は初心者だと敵に当てるのも一苦労だからな」

「なるほど……」

「剣や槍を簡単に使えると思われるのも面白くはないがな」

「まあな」

 

 セシルが苦笑し、ルークもそれに肩を竦めながら答える。どちらも剣一本でこの道を生き抜いてきた冒険者であるため、あまり剣が簡単な武器だと思われるのは些か面白くないのだ。

 

「でも、格好悪いとか臭そうってイメージが一つの要因だっていうのも0じゃあないでしょ?」

「……まあ、申し訳無いが少しはあるな」

「そうなんですか!?」

 

 凱場が目の前にいるのにまだその話を続けるのかと苦笑しつつ、ルークはゆっくりと頷く。驚くシトモネに対し、凱場も苦笑しながら口を開く。

 

「やっぱりイメージってのは大事なんだよ。特に、武器を初めて手に取る奴ってのは即ち素人だ。格好良い武器、流行の武器、あるいはその時の英雄が使っている武器なんかはどうしても流行る」

「古い話だが、ヘルマンのフレッチャー・モーデルが大陸中にその名を轟かしていた時は、格闘家が一気に増えたらしい。手甲や爪が飛ぶように売れたんだと」

「最近だとリーザスの赤い死神……まあ、ルーク殿やロゼ殿にはお馴染みの名前だが、リック・アディスンが表舞台に出てきた際にフルフェイスのメットと長剣が流行った。まあ、大衆とはそういうものだ」

「そんなものですか……」

「という訳で、鞭が人気の武器になるためにも俺は冒険を頑張らなきゃならねぇ。俺のラレラレ石がもっと飛ぶように売れれば、鞭ももっと人気になるはずだからな!」

 

 グッと鞭を握りしめながら階段を上っていく凱場。その目には轟々と燃える炎がある。

 

「そういえば、ルーク殿はどうして剣にしたんだ?」

「ん?」

 

 セシルが不意にそんな問いを飛ばしてくる。階段を上っていたルークは一度振り返り、昔の事を思い返す。今でも覚えている、あの背中。自分と妹を逃がしてくれた、隻腕の戦士。

 

「憧れた人物が剣を使っていたから手に取った。たまたまそれが合っていただけさ」

「へぇ……憧れの人物なんていたんだ」

「まあな」

 

 そう静かに微笑むルーク。あの戦士は今どこで何をしているのだろうか。そもそも、まだ健在なのだろうか。そんな事を考えていると、2階の部屋に辿りつく。目の前に見えてきたのは、おかし女の大群。呆れた様子で肩を竦めるロゼ。

 

「回復役モンスターの大群とか苦戦のしようがないわね」

「まあ、序盤はゆっくり行くとするかね」

「ロゼ様、オラ一度帰った方がいいだか? あまり長くいすぎると……」

「うーん……いや、この場所は結界に覆われた塔の中だから多分大丈夫……」

「(長くいすぎると何か不都合が……いや、そういえばフェリスが以前に闘神都市で呼び出した際に言っていたな。天使が攻めてくるとかなんとか……)」

「ルーク殿、凱場殿にばかり戦わせるのもあれだ。私たちも少しは片付けよう」

「ん……ああ、そうだな」

 

 ロゼとダ・ゲイルが後ろでボソボソと会話しているが耳に入ってきたルークは闘神都市でのフェリスの発言を思い出していたが、すぐにセシルに促されておかし女討伐に走る事になったため、それ以上考えるのを止めてしまうのだった。

 

 

 

-玄武城 天守閣前-

 

「がはは、ダッチワイフ風情が俺様に勝てる訳がないだろう!」

「…………」

「きゅー……」

 

 和華人形を軽く蹴飛ばすランス。井戸を目指していたランスだったが、いざ井戸に辿りつくと鎖で厳重に封じられており、中に入れなかったのだ。鎖には何か不思議な力が纏われており、ランスの攻撃でもシィルの魔法でも封を解く事が出来なかった。仕方なくリズナに何か知らないか尋ねるために玄武城へとやってきたランスたち。受け取っていた通行手形のお陰でゲンジは向かってこなかったが、和華人形ととっこーちゃんがまたしてもランスたちの目の前に立ちはだかったのだ。だが、先程と違い今度は瞬殺。ランスが酔っていないというのもあるが、それ以上に大きいのはフェリスの参戦である。

 

「ごほっ、ごほっ……」

 

 目を回して倒れているとっこーちゃんの前に立っていたフェリスはまたしても咳き込んでいる。今の戦闘で少しだけ症状が悪化したようだ。それを心配そうに見ているシィル。

 

「ランス様、フェリスさんをそろそろ……」

「……いや、まだ早い。あてなも戻っていないしな」

 

 シィルがそう進言するが、ランスは耳を穿りながら即答する。先程までの苛つきからもっと扱き使ってやれという思いが少しだけランスの中にはあった。

 

「さて、リズナちゃんに会いにいくぞ!」

 

 ドタドタと駆けていくランス。シィルがそれに続こうとしながらも、一度だけフェリスに振り返る。

 

「あの、フェリスさん、ごめんなさい……大丈夫ですか……?」

「ごほっ、ごほっ、げほっ……ああ、大丈夫。まだ別に問題ないさ」

「(でも、顔色が先程よりも……)」

「シィィルゥゥゥ! 何をぼさぼさしている!」

「ほら、行くよ……げほっ、げほっ……」

 

 ランスの呼び声が聞こえ、フェリスがシィルの背中を一度軽く叩きながら駆け出していく。だが、その姿を見てシィルは違和感を覚える。

 

「(フェリスさん、普段は飛んで移動するのに……)」

 

 大丈夫だと振る舞っているフェリスだが、その体は着実に弱まってきていた。

 

 

 

-玄武城 城内 最上階-

 

「はぁ、はぁ、階段が多すぎる。何度も上るものではないな……」

「そうですね……」

「げほっ、げほっ……」

 

 最上階まで上ってきたランスたちだが、このでかい城を何度も往復するのは流石に骨が折れる。特に顕著に体力を奪われているのは、フセイの日であるフェリスであった。ふすまに背を預けて息を整えていると、奥からリズナがやってくる。

 

「ランス様、どうかされましたか?」

「うむ、実は地下に暗黒ヒマワリの本体が……ん? ハニワがいない」

「景勝なら席を外していますが」

「なにっ?」

 

 その言葉を聞いたランスがピクリと反応する。邪魔なハニワがいないという事は、今ならリズナに手を出せるという事だ。ランスの鼻の下が伸びるのを不思議そうに見ながら、リズナは台所の方を気にしだす。

 

「あの、今はカレーを作っている最中でしたので、お話がないのなら席を外してもよろしいでしょうか?」

「いや、話ならあるぞ。暗黒ヒマワリを退治するための大事な話だ」

「えっ? それは重要な事ですね」

「うむ。今話しておかなければ永遠にこの城から脱出する事が出来ない。それくらい重要な話だ」

「……!?」

 

 瞬間、リズナの目が見開かれる。脳裏に過ぎるのは、先程の景勝との会話。

 

『……後何年、この城にいるつもりじゃ? 永遠に出られなくても良いのか? これは千載一遇のチャンスなのだぞ』

 

 図らずも永遠という単語がリズナにその事を思い出させる。キュッと服の裾を握りしめ、リズナは真剣な表情でランスに向き直る。

 

「はい。私に出来る事ならば、協力します」

「うむ、物分かりが良くて助かる。実は地下に暗黒ヒマワリの本体がいるようなのだ」

「地下に……ですか……?」

「という訳で、地下に行く方法を教えて欲しい。城の中に地下に行く階段みたいなのはないのか? こういった城にはエロい拷問部屋のようなものがあるものだ」

「……!?」

 

 それを聞いたリズナは表情を強ばらせる。思い出されるのは、かつてなされた調教の日々。

 

「(チドセセーの部屋は埋めたから、もうこの城には拷問部屋は無い……)」

「ないのか? 地下への階段とか拷問部屋は」

「……ありません。どちらもこの城には存在しません」

「ちっ、つまらん」

「ランス、論点が拷問部屋になっているぞ、げほっ、げほっ……」

 

 地下への階段よりも拷問部屋が無かった事に明らかに不満を抱いているランスにフェリスが苦言を呈す。そのフェリスを見ながら、リズナは目を丸くする。

 

「あの、あちらの方は……?」

「ああ、俺様の下僕である使い魔だ。まあ、気にしなくて良い」

「悪魔さん……」

 

 使い魔と言われて再度フェリスを見るリズナ。大分顔色が悪いが、確かに羽が生えている。悪魔を使役しているランスへの疑念を少しだけ深めていると、シィルが話に入ってくる。

 

「あの、リズナさん。城下町にある井戸からなら地下に行けるかもしれないのですが、鎖で厳重に封鎖されていたんです。何か知りませんか?」

「井戸……ああ、それでしたら……」

 

 リズナがとてとてと部屋の隅に歩いて行き、ごそごそとつづらの中を探し始める。そして、一本の鍵を中から取りだした。

 

「あの、これが多分井戸の鍵です。この城から出られないので試した事はありませんが……」

「出られない?」

「あ、いえ、なんでもないです。ほら、ここ、井戸の鍵と書いてあります」

 

 ランスの突っ込みに慌てた様子を見せながら、リズナは鍵をランスの目の前に差し出して側面を指差す。確かに井戸の鍵と小さく掘ってある。これがあの鎖の鍵なのだろう。

 

「うむ、確かに。ではいただいておこう」

「よろしくお願いします」

「シィル、フェリスと一緒に先に部屋から出ていろ」

「えっ?」

 

 リズナがランスに井戸の鍵を手渡し、ランスがそれをシィルに手渡しながらそう口にする。リズナは首を捻っているが、その言葉の先にある意味をシィルとフェリスは重々理解している。

 

「ランス様、まさか……」

「おい、ランス。今はそれどころじゃ……げほっ、げほっ……」

「いいから出ていろ! さっさと出ないとこのまま三日くらい連れ歩くぞ!」

「それは……フェリスさん、その、出ましょう……」

「げほっ、げほっ、げほっ……」

 

 ランスの言葉に反応を示したのは、フェリスよりもシィルであった。この体調のフェリスを三日も連れ歩く事は流石にしないと思うが、それでもランスの機嫌を損ねるわけにはいかない。リズナに悪いとは思いながらも、フェリスの手を取って部屋から出て行くのだった。それを見送ったランスはイヤらしい顔でリズナに振り返る。

 

「リズナちゃん。我慢は体に悪いよなぁ?」

「……? はい、我慢は体に毒です」

「うむ、うむ、その通り!」

「でも、時には我慢しなければならない時も……」

「今の俺様はそうでなはい! がはは、ではいただきまぁす!!」

「きゃっ!?」

 

 

 

-玄武城 城内 最上階 廊下-

 

「げほっ、げほっ、げほっ……」

「フェリスさん、大丈夫ですか……? いたいのいたいの、とんでけー」

「……すまないね。でも、それじゃあ別に体調は良くならないんだ。フセイの日っていうのはそういう日でね……げほっ……」

 

 廊下に出たシィルは今も咳き込み続けているフェリスにヒーリングを施していた。だが、効果はない。辛そうに微笑みながらシィルに礼を言ってくるフェリス。

 

「フセイの日というのは……?」

「まあ、人間界で言うところの月のモノの酷い版だな」

「本当にすいません……」

「シィルが謝る事じゃあないだろう? まあ、ランスの性格にも慣れているし、この展開も呼び出された時から予想はしていたさ……げほっ……」

「(ランス様、フェリスさんは本当にお辛そうです……)」

 

 ランスのいる部屋の方向をチラリと見ながらそう心の中で呟くシィル。こんな時、ルークならばランスを上手い事言いくるめてフェリスを悪魔界に戻してやった事だろう。だが、自分では出来ない。自分はランスの奴隷なのだから。

 

「ん、お主たち来ておったのか? いや、一人違うな」

「えっ……? あっ、景勝さん!」

 

 後ろを振り返ると、そこにはプチハニーの景勝が立っていた。小さな体で何やら白い袋を引きずっている。中に入っているのはこかとりすの肉と芋のようだ。

 

「そういや、さっきカレーがどうとか言っていたな……」

「シィル殿、こちらは? ランス殿はどうした?」

「こちらはフェリスさんと言って、頼りになるお仲間です。それで、ランス様は……」

『止めて下さい! 話が違います!!』

「なっ!?」

 

 奥の部屋から聞こえてきた声に景勝が絶句する。それはリズナの声。奥の部屋で何かがなされている。この場にいないランスと、悲しげな表情をしているシィルを見れば、奥で成されている行為は容易に想像出来ようというもの。

 

「貴様ら、謀りおったな!!」

「景勝さん、これは……」

「げほっ、げほっ……」

「むっ……」

 

 咳き込んでいたフェリスが一歩前に出ると、シィルの体にもたれかかるようにして壁際に追いやる。そのまま視線だけを景勝に向け、奥の部屋に首を動かす。行け、と言っているように景勝の目には映った。

 

「どういうつもりかは知らぬが、この場限りは恩に着る!」

「げほっ、げほっ……なら、一つだけ。脅しで済ませてくれ。それで大丈夫なはずだ」

「……承知!」

 

 フェリスとシィルの横を通り抜け、景勝は奥の部屋へと全力で駆けていった。それを見送った後、シィルは申し訳無さそうに口を開いた。

 

「フェリスさん、その、すいません……」

「なに、あいつを通した言い訳は考えてあるから大丈夫だ。シィルも、内心では今のプチハニーに妨害させたいと思っていただろ?」

「それは……」

「今更隠すなよ。ランスの事、好きなんだろ……?」

「…………」

 

 フェリスがこんな事を尋ねたのは、フセイの日の影響で弱っていたからかもしれない。その問いに、シィルは無言ながらもゆっくりと頷いた。

 

「やっぱりな……なら、こっちも謝っておかないとな。何度もランスに抱かれて、悪かったね……げほっ、げほっ……」

「フェリスさんの謝る事では……むしろこちらが……」

「まあ、アイツはああいう性格だ。これからも沢山の女を抱くと思うし、そのせいでシィルが悲しむ事もあると思う」

「…………」

「でもな、私はランスに一番お似合いなのはシィルだと思っているよ」

 

 くしゃりとシィルのもこもこヘアーに手を乗せるフェリス。その温かみを感じながらも、シィルは不安そうに呟く。

 

「そうでしょうか……? リアさんは女王様ですし、マリアさんも凄い発明を次々と生み出します。私なんかよりもランス様のお役に……」

「ルークから聞いたぞ。危険を顧みないでジルの作った異次元行きの穴に飛び込んだんだって?」

「それは……」

「他にも聞いているぞ。げほっ……リーザス誘拐事件の時はランスの窮地に颯爽と駆けつけ、まだ敵だったかなみ相手にマジックミサイルを叩き込んだんだろ?」

「……そうですね。そんな事もありました」

 

 少し昔を思い出すシィル。ルークやかなみ、リアやマリスとの出会いとなったリーザス誘拐事件。今思い返せば何と懐かしい事か。少しだけかなみに申し訳無い気持ちになりながらも、あの時のマジックミサイルは会心の一撃だったと思い返す。

 

「四魔女事件の時には離ればなれになってもしっかりと敵の迷宮の中で生き抜いて、最後には貴重な回復要因としてメンバーをアシスト。あれが無ければ志津香は白色破壊光線を撃てなくて、ラギシスに勝てなかったかもってルークは言っていたぞ」

「そ、そんな事ないですよ……ランス様やルークさん、志津香さんの方がよっぽど……」

「これはルークも伝え聞いた話らしいから又聞きだけど、ノスと戦ったときは死に掛けていたランスを必死に治療したんだろ? げほっ……それがなければルーク到着前にパーティーは全滅していたって……」

「でも、それはそもそも私を庇っての怪我でしたし……」

「闘神都市ではレベル1のランスを支え続けたし、最後には自分の命も省みないで魔力を暴発させてユプシロンから脱出した。あ、でもあの一件は褒められたものじゃないな。あの後みんなに怒られていたもんな」

「はい……珍しくルークさんやロゼさんが怖かったです……」

 

 ころころと表情が変わるシィル。いつの間にか先程までの不安が和らいでいる。それを優しい瞳で見ながら、フェリスは何かを思い出して軽く苦笑する。

 

「それと……ピンク仮面」

「……!?」

「バレバレだ。まあ、ランスもルークも気が付いていないみたいだったけどな」

「フェリスさん、そ、その事はどうか内密に……」

「げほっ……ふふ……どうしようかな……」

「ふぇ、フェリスさぁん……」

 

 まさかの事に慌てだし、泣きそうな顔になるシィル。それを見ながらフェリスは口元を緩め、シィルに向かって軽くデコピンをする。コツン、という音と、目を丸くするシィルをその目に映しながら、フェリスは笑いながら口を開く。

 

「冗談だよ」

「あ……」

 

 からかわれた事に気が付いて少しだけ頬を赤らめるシィル。恥ずかしそうにしながら、今の会話の中で抱いた疑問をフェリスにぶつける。

 

「それにしても、随分とルークさんからお話を聞いているんですね」

「あんたらの……特にランスの事ばかりだよ。ルークの奴、ランスの事は嬉しそうに自分から話すからね。やれあの時の戦法は見事だっただの、まるで保護者だ。ランス以外だと志津香が多いね」

「そうなんですか……?」

「(ふぅん、シィルたちにはそういう話はしないのか……まあ、年が離れているしな……)」

 

 ロリータハウス事件後の祝勝会など、フェリスはこれまで何度かルークからそういった話を聞いた事があった。かなみやトマトの成長を嬉しく語ってもいたが、中でもランスと志津香に対しての嬉しそうな語りぶりはハッキリと記憶に残っている。あの二人には何か特別な感情があることが見え見えであった。友情や愛情とはまた違う何かが。

 

「それと、これは誰からも聞いていないと思うから話しておく。ユプシロンの中からあんたが脱出した後、魔人パイアールはあんたの事を侮辱したんだ。そうしたらな、全員が驚くくらいの殺気でランスがぶちギレたんだよ。カオスも持っていないのに、防御もかなぐり捨ててパイアールに向かっていった」

「えっ……? そんな事が……」

「ランスはそれだけあんたを大事にしているって事だ。大丈夫。女王じゃなくたって、発明が出来なくたって、ランスのベストパートナーはシィル、あんただよ」

「フェリスさん……その、ありがとうございます……」

「なぁに、これでもずっと年上なんだ。何かあったら頼ってくれて良いよ……げほっ、げほっ……」

 

 シィルが深々と頭を下げる。その頭をもう一度くしゃりと撫でていると、奥の部屋から声が聞こえてくる。

 

『おい、待て! 冷静になれ!』

『リズナよ、こんな嘘つきに陵辱されるくらいならば、この景勝と共に自爆しようぞ!』

『……はい、景勝』

『待て、判った! 止める! えぇい、なんて危険なハニーだ!』

『次は無いぞ!』

「……終わったな。もうすぐ出てくる」

 

 フェリスが壁に背を預けながらそう口にする。それを聞いたシィルは先程フェリスの言っていた言い訳というのに思い至った。

 

「なるほど、プチハニーの自爆を……」

「ああ、天守閣ごと吹き飛ばしそうな状態だったから、やむなく通したって言えば大丈夫だろ」

「でも、本当に自爆される危険性もあったのでは……?」

「だから、通す際に脅しで済ませてくれって言っただろ? げほっ、げほっ……」

「あっ……!」

 

 景勝が通り過ぎていった時のやり取りを思い出し、シィルが声を漏らす。あの一瞬でフェリスと景勝はそこまで先に展開を読み切っていたのだ。すると、奥の部屋の扉がガラリと開けられる。

 

「馬鹿者! どうしてあのハニワを通した!」

「同じ理由さ。天守閣ごと爆発されそうだったからね……げほっ、げほっ……」

「お前なら爆発前に仕留められるだろう!?」

「体調が万全ならな……今は無理だ……げほっ、げほっ……」

「ぐぬぬ……えぇい、井戸に向かうぞ!」

「あ、はい、ランス様」

 

 フェリスの言い分に穴はない。景勝が来てから咳き込んだなら仮病になるが、フェリスは呼び出した時から体調が悪いと言い続けていた。ランスは悔しそうに唇を噛みしめるしか無く、ふんと鼻を鳴らしてシィルとフェリスの間を横切り、下の階へと下りていった。慌ててそれを追おうとするシィルの首にそっと腕を回し、フェリスが耳元で囁く。

 

「ランスのベストパートナーはあんただ。だから、いつか……」

「……!? ふぇ、フェリスさん!」

「はは、楽しみにしているよ」

 

 カッと完熟トマトのように真っ赤になるシィル。ここまで赤くなったのは初めてかもしれない。フェリスが笑いながら前を駆けていき、シィルはランスに顔の赤さを悟られないようにパタパタと手で仰ぎながらフェリスの言葉を思い返していた。

 

『いつか、ランスとシィルの子供を見せてくれよ』

 

 その言葉は、シィルの頭の中で何度も反芻されていた。この出来事の残酷さを二人が知るのは、もう少し先の事である。

 

 

 

-ギャルズタワー 3階-

 

「あ、人間なのー」

「やっつけるのー」

 

 ルークたちの目の前には、十数体のざしきわらし。それを見たルークは一歩後ろに下がる。

 

「任せた。最近ざしきわらしとは戦いづらくてな……」

「ロリコン乙」

「違うわ!」

 

 ロゼの突っ込みに即座に反応するルークだったが、その理由を語る事は無かった。

 

 

 

-アイスの町 ルーク宅-

 

「もぐもぐ……私を置いていくなんて酷いの……」

 

 ルークの家では一体のざしきわらしがコタツに入って煎餅をかじりながら魔法ビジョンから映し出されるバラエティ番組を堪能していた。文句を口にしているが、端から見れば随分とくつろいだ様子である。その時、家の呼び鈴がなった。コタツから抜け出してとことこと扉まで歩いて行くざしきわらし。

 

「はいなのー」

 

 ガチャリと扉を開けるざしきわらし。そこに立っていたのはキースギルドの秘書、ハイニ。小柄なざしきわらしを見るとその目尻が下がる。

 

「ざっちゃん。回覧板持ってきたわよー。ちゃんとお留守番出来ていて偉いわねー」

「当然なの。これでも一人前のレディなの」

「偉い、偉い」

「えへへ……」

 

 頭を撫でられて嬉しそうにするざしきわらし。否、ざっちゃん。いつの間にか名前までつけられている居候であった。

 

 




[人物]
フェリス (5D)
LV -/-
技能 悪魔LV1
 ルークとランスの二人と契約を結んだ悪魔。本来はルークやランスよりも高い実力を持つが、今はフセイの日の最中であるため体調を崩している。この先、自身の運命を変える出来事が待ち受けているのを、彼女はまだ知らない。

ハイニ (5D)
 キースギルドの優秀な美人秘書。ざっちゃんの事は実の娘のように猫可愛がり。本当の子供も欲しいなと内心思っているとか。

ざっちゃん
 ルーク家に住み着いているざしきわらし。ルークからはなんやかんや大事に扱われ、ハイニからは猫可愛がられ中。名前はアリスソフト作品の同人誌をいくつも手がけた「くろがねぎん」氏の商業漫画「ざっちゃん」より。この方がコミケに参加されている間は私も行き続け、引退されたら私も行かなくなると決意しているくらいに大好きな作家さんです。


[技]
魂状態判別
 対象の魂の有無や状態を探る初級魔法。あまり使い道はないため、面倒臭がって覚えない魔法使いも多い。その点シィルは真面目である。

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