ランスIF 二人の英雄   作:散々

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第138話 砂漠の主

 

-砂漠地帯-

 

「参ったわね……フェリスが来てくれれば、私はその分楽できると思ったのに……」

「まあ、来られないものは仕方ないさ」

「何を談笑しているんだい! 死ねぇぇぇぇ!!」

 

 フェリスの呼び出しに失敗した事を残念に思うロゼ。彼女の戦闘力は十二分に知っているからだ。フェリスがギャルズタワー攻略に協力してくれれば、自分がメンバーを回復する必要も無くなるかもしれない。それくらいにフェリスの強さは頭二つ三つ抜けているのだ。そのロゼとルークに対し、鬼ババアは両拳を振り下ろしてくる。

 

「ロゼ、下がっていろ」

「言われなくても」

「真空斬!!」

 

 ルークがすぐさまその場で腰を屈め、横に立っていたロゼにそう声を掛ける。一人でなら易々躱しているところだが、今はロゼを逃がすのが最優先。振り下ろされてくる拳に向かってすぐさま真空斬を放ち、その軌道を変える。突然の攻撃に顔を歪める鬼ババア。

 

「ぬぅぅぅ……戦士のくせに遠距離なぞ小癪な真似を……」

「確かに羨ましくはあるな。私も何かしら考えるべきか……」

「なにぃっ!?」

 

 ルークの一撃で拳をかち上げられていた鬼ババアの表情が更に歪む。突如自分の真下から女の声がしたのだ。急いで見下ろすと、そこには先程までルークたちの側にいたはずの女戦士の姿があった。セシルはそのまま右手に握られている剣で鬼ババアの巨大な足を斬りつける。

 

「ふっ!!」

「ぐっ……」

「速い!!」

「やるねぇ……それじゃあ、俺も動くとするかい!」

 

 シトモネが一瞬で相手の間合いに入り込んだセシルに感嘆している横で、凱場が帽子のツバに手を掛けながらそう口にした。同時に、ルークと凱場が駆け出す。

 

「援護は?」

「とりあえずは個別にいこうや。無理そうなら頼むぜ」

「了解」

 

 そのまま左右に分かれるルークと凱場。正面にセシル、左側にルーク、右側に凱場という布陣になる。巨体の鬼ババアにはこのように三手に分かれるくらいが丁度良いのだ。

 

「ええい、小賢しい。その顔を整形して上げるよ!!」

「よっと!」

 

 鬼ババアは凱場に向かってビンタを放とうとしたが、凱場はその腕に向かって素早く鞭を振るう。腕に絡みついた鞭に引っ張られてビンタの勢いは落ちるが、流石に自分よりも遙かに小柄な凱場の力で腕を封じ込められるほど甘くはない。

 

「無駄だよ! あんたの細腕じゃあ、この私の力を抑える事は……」

「さてはお前も俺のラレラレ石を見ていねぇな? 結構な頻度で使っている技だっていうのに……はぁっ!!」

 

 勢い任せにビンタを振るった鬼ババアだったが、その一撃は空を切った。先程まで目の前にいたはずの凱場がいないのだ。決して魔法でも奇術でもない。凱場が鞭の底に付いていたスイッチを押すと、伸びきっていた鞭が一気に収縮したのだ。だが、鞭の先は鬼ババアの腕に巻き付いている。必然的に起こったのは、凱場が勢いよくその腕に向かって吹き飛んでいくという事象。

 

「勢いよく飛んだ!」

「人間ロケットってとこかしら? よーやるわ」

「(フェリスがいれば、俺も作戦Nで飛べたんだが……)」

 

 まさかの行動にシトモネが驚愕し、ロゼは周りに聖水をばらまきながら呆れた様子で凱場を見上げている。左側で戦っているルークはどことなく悔しそうな表情を浮かべていた。そのまま勢いよく飛んでいった凱場は鬼ババアの肩の上に華麗に着地する。

 

「着地も決めて初めて一流。ここに来るまで三年掛かった。おらっ!」

「ぎゃぁっ!? くっ……こんのぉぉぉ!!」

「去り際も素早く。それが冒険野郎の鉄則だ。この宝は俺のもんだとか言って引き際を誤ると、十中八九死ぬ」

「ふっ……冒険者あるあるだな……」

 

 腰に差していた短刀を鬼ババアの肩に思い切り突き刺す。ブシュッと勢いよく血を噴き上げ、苦痛に声を漏らしながら鬼ババアは凱場に向かって長い舌を勢いよく伸ばす。その先端は鋭く尖っており、当たれば一溜まりもない。それを察した凱場はすぐさま鞭を持って下へと飛び降りる。腕に巻き付いたままの鞭がその勢いを落とし、凱場は無事に砂の上へと着地した。降り際に呟いていた言葉はセシルの耳に届いており、少し面白かったのかクスリと笑っていた。因みにセシルは足での踏みつぶし攻撃を華麗に避け続け、着々とその足にダメージを与えている。

 

「女戦士も冒険野郎も強い……くっ、ならばまずは貴様からっ!!」

「悪手だな……」

 

 鬼ババアがセシルと凱場を見回した後、もう一人の前衛に視線を移す。先程自分の拳の軌道を変えた攻撃は大した威力ではなかった。ならば、こいつがこの三人の前衛では一番の弱者。そう考えた鬼ババアは、黒髪の剣士に向かって右拳を勢いよく振るう。だが、その鬼ババアの言葉を聞いたセシルは苦笑しながら小さく呟いた。それは悪手であると。次の瞬間、鬼ババアの右手がその先端から真っ直ぐに両断された。

 

「ひゃっ……?」

 

 すぐには理解出来ず、呆けた声を漏らす鬼ババア。だが、徐々に脳に伝わってくる激しい痛みと、二つに割れた右腕の隙間から覗く男の顔を見て意識が覚醒していく。同時に、鬼ババアは絶叫を上げた。

 

「いぎゃぁぁぁぁ!! う、腕がぁぁぁぁぁ!!!」

「お見事」

「ひゅー。両断かい、凄いこった」

「こりゃ出番は無さそうね。のんびりしてましょう」

「い、一応呪文の詠唱は続けておきます!」

「真面目ねぇ……」

 

 セシル、凱場の二人がその太刀筋を見て感嘆する。一撃。剣を強く握りしめたルークは向かってきた鬼ババアの腕に剣を振り下ろしたのだ。真空斬でも真滅斬でもない、ただの振り下ろしの一撃。だが、その威力は鬼ババアの腕を両断するには十分な威力であった。

 

「(相変わらず素晴らしい斬れ味だ……K・Dとサーナキアには感謝しないとな)」

 

 自身の持つブラックソードを見ながらそう心の中で呟くルーク。この剣の存在を教えてくれたK・Dは勿論、これだけの攻撃力を発揮するに至っている理由はサーナキアが無敵鉄人の剣を犠牲にしてくれたお陰でもある。

 

「(そういえば、K・Dは闘神都市から脱出したのか……?)」

「あんぎゃぁぁぁ……痛い、痛い、憎し、憎し……」

「落ち着けぃ、真ん中の!!」

「お主の軽率な行動の責じゃ、真ん中の!!」

「わぁっ!? さ、左右の顔が喋った……」

「なんだ、飾りじゃなかったのね」

 

 鬼ババアの顔は三つあるが、これまで喋っていたのは真ん中の顔のみ。それが突如左右の顔も言葉を発したのだ。シトモネが詠唱を続けながら驚き、ロゼは一応想定していた様子で見上げていた。

 

「こ奴等は中々に手強い。ワシらの奥義を使うのじゃ」

「左の……」

「多数相手にアレを使わず戦おうなど、思慮が足りぬ。やはり真ん中の器では無いのぅ……」

「くっ……右の……」

「何だか三つの顔の間でも不仲な関係性とかあるみたいだな。もうちょい掘り下げてみるか?」

「いらんな。興味がまるで湧かない」

「同感だ。だが、気を付けろ。何か来るぞ……」

 

 諭すような左顔と、嫌味を言う右顔。掘り下げるべきかと提案する凱場だが、セシルとルークは首を横に振る。暢気な話をしている三人だが、その実全員が身構えながら鬼ババアを見上げている。奥義という言葉は三人とも聞き逃していなかったのだ。

 

「貴様らの顔面、ぐちゃぐちゃに溶かし尽くしてやるわ! 毒乳液!!」

「避けろ!」

「ふっ!」

「よっと!」

 

 鬼ババアの垂れ下がった乳房から毒々しい色の乳液が噴き出された。ルークが即座に叫び、三人とも後方に下がってその攻撃を躱す。砂の上に落ちた乳液はジュクジュクという音と煙を上げているのが見えた。どうやらあれは溶解液のようだ。

 

「こいつぁ厄介だな。当たったらアウトか」

「広範囲攻撃でもあるし、武器で受け止めればこちらが溶かされる……ふむ、どうしたものか」

「斬り落とすのが一番早いか……」

「だな。ルーク殿、出来るか?」

「問題ない」

「これは頼もしい。では向かって右を頼む。私が左を斬り落とそう」

 

 剣を構え直すルークとセシル。その二人の背中を見て頼もしそうに口笛を吹いた後、凱場は鬼ババアを見上げて疑問を口にした。

 

「それにしても、コイツは何者だ? モンスターなのか?」

「顔が三つの妖怪がJAPANにいるっていうのは聞いた事あるけど、どうかしらね?」

「妖怪などという汚らしい生き物とワシを一緒にするでない」

「我らはモンスターじゃよ」

「私たちの強さに恐れおののくがいい!」

 

 ロゼの言葉に鬼ババアが反応を示す。妖怪と一緒にされたことが面白くなかったようだ。それを見たルークは一つの確信に至る。

 

「となると、やまんばの上位種か」

「その可能性が高そうだな。やまんばも毒母乳シャワーを使う。あの技はその発展系だろう」

「やまんば?」

「全滅危惧種女の子モンスターよ。へび女の上位種で、女の子モンスターには珍しい不細工な容姿をしている中堅モンスター」

 

 前方にいるルークとセシルの会話が耳に入り、シトモネが首を傾ける。どうやらやまんばを知らなかったようだが、駆け出し冒険者であるシトモネでは無理もない事かもしれない。やまんばは近年全滅危惧種指定されており、滅多にお目に掛かる事の出来ないモンスターだからだ。因みにルークとロゼは闘神都市で発見していたりする。

 

「お、女の子モンスター!? あれがですか!?」

「貴様、ちょっと可愛いからってワシらを侮辱する気か!!」

「あ、怒らせちゃった」

 

 女の子モンスターには可愛いものしかいないと思っていたシトモネは驚愕するが、その声は運悪く鬼ババアの耳に届いてしまう。目に見えて激昂する鬼ババア。確かに出会い頭からこちらの容姿を気にしていたところを見ると、コンプレックスを抱えているのだろう。

 

「真ん中の、まずは奴等を溶かしてやれ。後方で待機しておるところを見るに、奴等は雑魚じゃ」

「むっ……」

「はーい、雑魚でーす」

 

 雑魚という言葉に少しだけムッとするシトモネに対し、ロゼは手を上げてそれに応える。雑魚と呼ばれる事に何の苛立ちも感じていないのだ。別に強さを求めている訳ではないし、自分の限界くらいは理解している。だからこその余裕であった。

 

「我らを侮辱した罪、その身を持って償わせてやるのじゃ!」

「応とも!!」

「あーあ、私たちロックオンされたわよ。詠唱は?」

「ま、まだです。ごめんなさい……」

「ありゃ? そうか、参ったわね……」

 

 ロゼが頭を掻きながら隣にいるシトモネの詠唱状況を問うが、どうやらまだ完了していないようだ。それがロゼには少しだけ誤算であった。呪文の詠唱は一部の例外はあるものの、大魔法であればあれ程長いというのが基本だ。その詠唱時間は術者の練度によって多少前後する。ここ最近は志津香、ナギ、サイアス、ウスピラ、カバッハーン、エムサといった超一流の魔法使いとばかり行動を共にしていたため、ロゼはシトモネの詠唱速度を少しだけ見誤ったのだ。これに関してはシトモネに落ち度はない。自身の頭をコツンと小突き、ロゼは自分の失敗を少しだけ反省する。こういった小さな失敗が冒険者の間では命にも関わってくるのだ。

 

「ロゼ!」

「大丈夫。一発くらいならやり過ごすから、あんたたちは元を絶って」

「…………」

 

 自分たちを守るためにこちらに駆けてこようとしているルークに対し、ロゼはそう言い放った。確かに乳房を斬り落とすのが一番早いが、既に攻撃の姿勢に入っている鬼ババアの乳液は最低でも一発は放たれてしまうだろう。ルークの隠し球である韋駄天速を使えばその順序をぶち壊して乳房を斬り落とせるかもしれないが、その代償に足に多大なダメージを受けてしまい、ギャルズタワー攻略が難しくなってしまう。ルークが考えた行動は韋駄天速で乳房を斬り落とすのと、自分が後方に下がってロゼとシトモネを守りつつ溶液を撃ち落とす二つ。だが、ロゼの言い放ったのは第三の選択肢。あの危険な溶解液を自分で何とかすると言ったのだ。

 

「ロゼ殿は攻撃魔法か結界魔法を……?」

「どちらも聞いた事が無い……だが、ロゼがああ言うならば一発は確実に耐える」

「凄い信頼だな」

「まあな」

 

 ロゼの目を見たルークはそう確信し、剣を両手で握り直して鬼ババアに向かって駆け出す。あの高さではそれなりに助走をつけなければ届かないからだ。セシルも同時に駆け出し、互いに左右の乳房を目指す。

 

「ドロドロに溶けな! 毒乳液!!」

「え、詠唱がまだ……」

「あんまり戦闘で呼ぶのはポリシーじゃないんだけどね……私が見誤ったせいだし、自分の尻は自分で拭わせて貰うわ」

 

 鬼ババアが毒乳液をシトモネとロゼに向かって放つ。少し距離があるため到達まで若干掛かるが、広範囲に広がったその攻撃を避けるのは難しい。本来ならば自分が魔法で打ち落とさねばならないが、詠唱がまだ終わらないためシトモネは焦る。だが、その横に立っているロゼは悠然とした様子で液を見ながら、自身の右拳を握って高々と掲げた。同時に、ロゼの足下が光り出す。

 

「えっ……? こ、これは魔法陣!?」

 

 シトモネが足下に魔法陣が描かれているのを見て驚愕する。一体いつの間にと考えを巡らせ、凱場が人間ロケットで飛んだときにロゼが聖水をばらまいていた事を思い出して目を見開く。あれだ。聖水で砂漠に魔法陣を描いていたのだ。という事は、あの時点で万が一の保険をロゼは掛けていたということだ。ふざけている様に見えるが、隣に立っているシスターは自分よりも遙かに戦い慣れている。

 

「いでよ、ダ・ゲイル!」

 

 瞬間、魔法陣は更に眩い光を発し、そこから全身が青い毛で覆われ、頭頂部には角、背中には羽、そして目玉が三つある異形の生物が現れる。それは、ロゼの使い魔である悪魔、ダ・ゲイル。

 

「ロゼ様、何のご用で?」

「来て早々悪いけど、あの乳液全部撃ち落として」

「ん……了解だ」

 

 ロゼに言われて前方を見ると、そこには自分たちにもう間もなく降りかかって来るであろう毒乳液があった。コクリと頷き、ダ・ゲイルが息を大きく吸う。そして、向かってきている毒乳液に向かって口から炎を吐き出した。

 

「がばぁぁぁぁぁぁ!!」

「ば、馬鹿な!? なんじゃ、そ奴は!?」

「す、凄い……」

 

 ダ・ゲイルが口から吐き出した炎の威力は凄まじく、向かってきていた毒乳液を全て蒸発させた。シトモネが驚いているが、この結果は当然の事。ロゼは戦闘であまり使いたがらないため忘れがちだが、ダ・ゲイルは第八階級の悪魔。元第六階級であり低級魔人とも対等に戦えるフェリスほどではないが、彼も人間に比べれば十分戦闘力は高いのだ。今の炎は火爆破以上、業火炎破以下といったところか。そんな炎を無詠唱で吐き出すのだから、恐ろしい存在である。

 

「ぐぬぅぅぅ……あんな隠し球が……」

「よそ見が過ぎるな」

「そしてそれは致命的な結果をもたらす」

「真ん中の、下じゃ!!」

「ぬっ!?」

 

 ダ・ゲイルを憎々しげに見ていた鬼ババアだが、左顔の絶叫にすぐさま下を見下ろす。そこには、自身の乳房に向かって跳び上がっている二人の戦士がいた。ビンタでなぎ払うのも間に合わない。そのまま二人は勢いよく剣を振り下ろした。

 

「真滅斬!!」

「はぁぁぁぁ!!」

 

 左右同時に振り下ろされたその一撃は鬼ババアの乳房を容易く両断し、血を噴出しながら二つの巨大な乳房が砂の上にゴトリと落ちた。絶叫する鬼ババア。

 

「いぎゃぁぁぁぁぁぁ!!」

「馬鹿者! これで我らの奥義は使えぬではないか!」

「落ち着け、右の! 冷静になるのじゃ!」

 

 鬼ババアが焦る。砂漠の主と呼ばれた鬼ババアはこれまでこれ程の窮地に立たされた事が無かったのだ。初めて迫る命の危機に困惑こそすれ、逃げ出すという選択肢は出ない。これまで敵を前に逃げだした経験など無いからだ。

 

「ロゼさん、行けます!」

「オッケー。それじゃあ、雑魚って呼ばれた分をしっかり返してやりなさい!」

「はい!」

「(あら、珍しい。ちゃんと杖を通して魔法を使うんだ)」

 

 シトモネが自身の持っているシルフの杖を両手で握って前に突き出す。それを見たロゼは真面目だなぁと感嘆する。杖というものは基本的に身につけるだけで術者の魔力を増す効果があるため、腰に差しているだけの魔法使いが圧倒的に多い。勿論杖を通した方が魔法の威力が増すのだが、威力の高い魔法に耐えられる杖は中々無い、杖を通して魔法を放つのは手で放つよりもタイムラグがあるといったデメリットもあるため、魔法使いとしての腕が増せば増すほど杖は身につけるだけになる者が多いのだ。その点ではまだ駆け出しのシトモネは魔力が大きすぎて杖が壊れるという事も無いため、安心して杖を通して魔法を放っているのだろう。

 

「氷雪吹雪!!」

 

 シトモネの魔力がシルフの杖を通して外に放たれる。鬼ババアの周りに凍え付くような雪が舞い踊り、その体温を奪っていく。ウスピラやシィルに比べればその威力は低いが、鬼ババアは苦しそうに声を上げた。

 

「ぐぬぅぅぅ……寒い、寒いぃぃぃ!!」

「効いているな」

「砂漠のモンスターだから、寒さには弱いんだろう」

「体が凍り付いてきて動きが鈍った。ルーク殿、凱場殿、チャンスだ」

「ならば、一気に決めるぞ!」

 

 どうやら鬼ババアの弱点は冷気系の魔法だったようだ。目に見えて弱体化し、その体が所々凍り付いていく。ここが決め時だと察したルークたちは武器を握り直し、三手に分かれる。狙うは三つの顔面。だが、乳房と違って高さがありすぎる。いくらルークとセシルの跳躍でも、あそこまで届くのは難しいだろう。となれば、一番手はこの男。

 

「一番手はいただくぜ!」

 

 凱場がそう言い放って鞭をぐるんぐるんと振り回し、勢いよく鬼ババアの左顔面に向かって放った。その精度は素晴らしく、見事に鬼ババアの首に巻き付く。だが、まだゆるゆるの状態だ。

 

「ぬっ……」

「行くぜ!」

 

 先程同様、凱場は鞭の底部に取り付けられたスイッチを押し、勢いよく鬼ババアの顔面に向かって飛んでいった。収縮する鞭が勢いよく鬼ババアの首を絞め、左顔が泡を吐く。

 

「あっ……がっ……」

「俺のラレラレ石を見ていればこうはならなかっただろうな……あばよ」

 

 左顔の頭の上に着地した凱場は泡を吐いている鬼ババアを見下ろしながら、グッと鞭に力を込めて引っ張り上げる。ボキ、という首の骨が折れる音がし、左顔が絶命した。どうやら別々に命を持っているようだ。

 

「左のぉぉぉぉ!!」

「凱場殿!」

「おう!」

 

 泣き叫ぶ真ん中の顔を横目に、凱場が首から鞭を外して勢いよく下へと放つ。そこにはこちらに駆けているセシルがいた。そのまま目の前に放られた鞭をセシルは左手で掴む。すると、勢いよく鞭が収縮していき、セシルの体が宙に浮いた。

 

「空を飛ぶとはこういう感覚か。中々に興味深い」

「怖がらねぇ女は初めてだぜ」

「傭兵稼業で生きていくと決めた時にそういう感情は捨てているからな。いや……捨てたと思っていたのだがな……」

 

 凱場の言葉を受け、少しだけ自嘲気味な表情を浮かべるセシル。豊富な経験からあまり突っ込まない方がいい事だと凱場は判断し、無言のままセシルを反対側の肩に落とす。華麗に着地したセシルはそのまま右の顔面に向かって肩の上を駆けていく。

 

「来るな、この美人が!! ふしゅるるるる!!」

「ふっ!」

 

 右顔が鋭利な舌を勢いよく伸ばしてくるが、それを軽々両断するセシル。目を見開く右顔に向かって跳び上がり、剣を振り下ろしながら極めて冷静に言い放つ。

 

「紅の天使の相手をするにはまだ早かったな……安らかに眠れ」

 

 ザクリという音と共に右顔の首が両断され、セシルと共に下へと落ちていく。華麗に着地を決めたセシルと違い、既に物言わぬ肉塊と化した右顔は轟音と共に砂の上に落ちた。

 

「右のぉぉぉぉ!! ……んっ!?」

 

 聡明で良き相方であった左顔。口は悪いがたまに見せる優しさが素敵だった右顔。その二つの顔の死に真ん中の顔が涙を流すが、直後に自分の顔が影で覆われる。何者かが自分の上から影を作ったのだ。巨体である自分の上を行く者などいるはずがない。そう考えながら上空を見上げると、そこには青い悪魔に担がれて空を飛んでいる黒髪の剣士がいた。

 

「俺は作戦Nはフェリスとしか使わん。だからこれは作戦O(鬼ババア)だ!!」

「どうでもいいけど、ダ・ゲイルの貸出料は後で貰うわよー」

「んじゃ、放すだど」

「ああ、頼む!」

 

 青い悪魔に放され、上空から黒髪の剣士が真っ直ぐ下りてくる。夕焼けを背中に浴びながら下りてくるそれは、鬼ババアの目にはどこか神々しく映っていた。それが、自分の命を刈り取る者だ。

 

「真滅斬!!」

 

 鬼ババアの真ん中顔に剣を振り下ろし、中心から真っ二つに両断する。そのまま鬼ババアの体がグラリと傾き、轟音と共に砂の上に崩れ落ちた。砂漠の主である鬼ババアは、こうしてどこからともなくやってきた冒険者パーティーに敗れたのだった。

 

「お疲れー。いやぁ、楽できていいわこの面子。マックも結構強いわね」

「冒険野郎の肩書きは伊達じゃないぜ」

「(確かに強い……だが……)」

 

 ロゼに肩を叩かれてニヤリと笑みで返す凱場。それとは別に、強いという言葉を耳にしながらセシルはルークを見ていた。その強さにケチの付けようもない。だが、セシルにはある思いがあった。

 

「(いや、結論を出すのはまだ早計か……見極めねばならん、あの男とどちらが強いか……)」

 

 しかし、セシルは軽く頭を振ってその考えを消す。たった一戦で結論を出すのはあまりにも早計であると。そんな中、シトモネとロゼがルークたちの方に歩いてくる。

 

「お疲れ様です、ルークさん……と、ダ・ゲイルさんでいいんですよね……?」

「んだ」

「すまんな、ロゼ。ダ・ゲイルを貸して貰って」

「100GOLD」

「ん」

「(ちゃんと払ってる!)」

「(後で私も貸してもらうか……)」

 

 ロゼがつきだした手に素直に金を置くルーク。どうやらルークにとって100GOLD以上の価値がある体験だったようだ。その横ではセシルも自身の財布を取り出して残金を確認する。マックの鞭で宙に飛び上がったのは中々に楽しい経験であり、ダ・ゲイルによる空中浮遊も経験してみたいらしい。

 

「それよりも、ダ・ゲイルがこんない強いなら、闘神都市の時に呼んでおいてくれても良かったんじゃないか?」

「そりゃいざという時は呼ぶつもりだったわよ。でも、飛行艇を探すパーティーって戦闘面ではそんなにピンチにならなかったし」

「ディオの時は……?」

「私が出会った時はどっちも格上のフェリスがいたし、そもそもダ・ゲイルじゃあディオに勝てないわ。それでもいざとなったら呼び出すつもりだったけど、一回目はサイアスが犠牲になったし、二回目はディオが早々に撤退したしね」

「ふむ、それもそうか……」

 

 当然、ロゼもいざとなればダ・ゲイルを呼び出すつもりではあった。しかし、呼び出すタイミングがあまり無かったのは事実。闘神都市での出来事を思い出し、確かに言う通りであると頷くルーク。すると、ダ・ゲイルがきょろきょろと辺りを見回して口を開いた。

 

「あんれ? フェリスは一緒じゃないだか?」

「フェリス?」

「オラが呼び出されるほんのちょっと前にフェリスも呼び出されたから、てっきりルークさのところにいったもんだとばっかり……」

「ああ、丁度フェリスの様子を陰から伺っているところだったのね。いつもご苦労様」

「(おはようからおやすみまで陰から見守るダ・ゲイル……ちょっと怖いです……)」

 

 以前にロゼから言い渡された通り、今回も陰からフェリスの様子を伺っていたようだ。嫌な想像をしてしまい口元に手を当てているシトモネを横目に、ルークは顎に手を当てる。

 

「直前……という事は、案外タッチの差だったかもしれないな」

「そうね。ホテルで呼び出していれば、こっちが先だったんじゃないの?」

「でも、フェリスは今日調子が悪いから、多分すぐに悪魔界に戻されるだ」

「ん? 何かあったのか?」

 

 ダ・ゲイルの言葉に反応するルーク。フェリスの体に何かあったのだろうかと心配しているのだ。

 

「フェリスは今日フセイだど」

「ああ、そりゃ大変ね」

「フセイ?」

「悪魔の調子が落ちる日っていうか……まあ、判りやすく言うと生理ね」

「ロゼさん、もうちょっとオブラートに包むとか……」

「シトモネ、気にしすぎだ。女冒険者にとって重要な事だし、重くて戦闘に差し支えるのであれば事前に仲間には申告しておく必要がある」

 

 フセイと聞いてすぐに納得したロゼと違い、他の者はフセイの事を知らないためロゼから説明を受ける。ストレートな物言いにシトモネは少しだけ頬を赤らめていたが、セシルがそれを窘める。女冒険者にとって生理は切っても切り離せないものであり、戦闘に影響が出るほど重いのであれば仲間には知っておいて貰わなければならない。

 

「因みに、私はそれなりに重いから解放戦の時にはルークに告げているぞ。今回は短期の仕事だから告げていないがな」

「そうなんですか!?」

「私は軽めだからいつも告げてないわ」

「あまり大きな声で言うことではないからみんなわざわざ言葉にしないが、長期の旅の時はパーティーのリーダー格に伝えにはくるぞ」

「それを考慮してリーダーはパーティーの布陣を決めるし、本来なら前にいるべき女性が後ろに下がっていたら周りもそれを察して特に口にはしない。まぁ、暗黙の了解だな」

「冒険者の常識だ、覚えておくといい」

「は、はい……」

 

 セシルの言葉に驚くシトモネだったが、次いでロゼ、ルーク、凱場と次々に捕捉を入れていき、勉強になったと小さく頷く。裏ではこういったやり取りも行われているのだという一例だ。

 

「となれば、ランスも無茶はしないだろう」

「だと良いけどね。でも、こっちも今日はフェリスを呼び出せないわね」

「その代わりはいるじゃないか」

 

 ポン、とダ・ゲイルの肩に手を乗せるセシル。突然の事にダ・ゲイルは目を丸くする。

 

「オラか?」

「えー、戦闘でダ・ゲイルはあんまり使いたくないんだけど」

「あの炎を見せられた後では難しい相談だな」

「へっへっへ。悪魔と手を組む作品なんて初めてだぜ。こりゃ、シリーズ最高の売り上げを達成しちまうかもしれねぇな」

 

 セシルがニヤリと笑い、凱場も面白そうに微笑む。とはいえ既にこの展開は予想していたのだろう。ロゼは実にあっさりと折れる。

 

「しょうがないわね。ダ・ゲイル、もうちょいいてくれる」

「了解だ。ロゼ様にオラはベッドの上以外でも活躍出来るって事を見せてやるだ」

 

 グッと両拳を合わせてニヤリと笑うダ・ゲイル。先程の炎を見るに、十分に戦力にはなりそうだ。

 

「頼もしいな。因みに、第八階級の悪魔っていうのはどれくらいの強さなんだ?」

「大体50レベルくらいの戦士だと思ってくれでいいど」

「強っ!!」

「闘神都市で呼べよ……」

「てへぺろ!」

 

 シトモネが絶句し、ルークはロゼに冷たい視線を送る。それだけ強いのならばいざという時の切り札ではなく、ずっと呼び出していて欲しかった程だ。わざとらしく舌を出しておどけるロゼ。

 

「でも、こんなに強い悪魔を使役しているなんて、ロゼさんって凄いんですね。それに、先を見越して地面に魔法陣を描いておくなんて……」

「魔法陣? ロゼ、またそんな無駄な事をしていたのか?」

「なによ。その方が雰囲気出るじゃない」

「えっ?」

 

 少しだけ尊敬の眼差しをロゼに向けていたシトモネだったが、ルークの言葉に首を捻る。無駄な事とは一体どういう意味なのか。

 

「シトモネ。悪魔を呼び出すのに魔法陣は必要無い」

「えぇっ!? じゃあ、ロゼさんはどうして魔法陣を……?」

「ノリ」

「…………」

「シトモネ、いい加減慣れろ。これがロゼ殿だ」

 

 最早言葉もないシトモネの肩にポンと手が置かれる。セシルだ。解放戦時に会っている事もあり、セシルはロゼの行動に一々驚かない。その横にいる凱場も既にロゼの行動に慣れているようだ。一流の冒険者は順応も早くて一流という事なのだろう。

 

「さて……おっ、丁度良いみたいだぜ!」

「ん?」

「ほう……」

「あっ……」

 

 凱場が指差す方向を全員が見る。そこには、先程まで何もなかったはずの場所にうっすらとその姿を現していく塔の姿があった。周囲は既に夕方。考えようによっては夜と取れなくもない。

 

「へへ、遂にお出ましだな。みんな、気を引き締めてくれ。こっからが本番だ」

「鬼ババア以上の強敵が存在するかどうか……」

「いるぜ、必ずな!」

「冒険野郎の勘か……まあ、それなりに信憑性は高いな」

「それよりも、塔の中で夜が明けたらどうなるの?」

「別に問題ないぜ。外から見えないだけであって、ギャルズタワーはそこに存在はしている」

「なるほど」

 

 凱場が気合を入れ直し、先頭に立ってギャルズタワーに向かって歩いて行く。全員がそれに続く中、ルークは一度だけ後ろを振り返る。そこには誰もいない。脳裏を過ぎるのは、先程の言葉。

 

『フェリスは今日フセイだど』

『となれば、ランスも無茶はしないだろう』

『だと良いけどね』

 

 そのとき、一陣の風が吹く。砂漠の砂を巻き上げながら舞うその風は、まるであの時と同じような風であった。ルークがロゼに自身の夢を告げた、あの時と。歴史の転換となり得るあの時とよく似た風。それは一体何を意味していたのだろうか。

 

「ルーク、行くわよ!」

「……ああ」

 

 だが、ルークに出来る事は何も無い。ランスが今どこにいるかも判らないし、連絡を取る手段もない。だが、ランスは闘神都市以降フェリスを呼び出す回数は減っていたらしいし、何よりもフェリスはこれまで何度も共に戦っている仲間だ。なればこそ、ぞんざいに扱うような事はしないはずだ。そう自身を納得させながら、ルークはロゼの呼びかけに応えて歩みを進めるのだった。

 

 




[人物]
ダ・ゲイル (5D)
 ロゼの使い魔である第八階級悪魔。ロゼはあまり戦闘で呼び出さないため、フェリスと違って出世のペースは遅い。その実力は高く、レベル50で戦闘系技能レベル1持ちの戦士と同じくらい。


[モンスター]
鬼ババア
 全滅危惧種女の子モンスター。やまんばの上位種。その戦闘力は高く、上級女の子モンスターの中でも上位に位置する。でも可愛くない。女の子モンスター研究家には鬼ババアを女の子モンスターでは無いと主張する一派もおり、学会でもこのモンスターの扱いには二転三転していたりする。

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