ランスIF 二人の英雄   作:散々

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第13話 戦士三人

 

-妖体迷宮 通路-

 

「わたし……町の人たちにあんな酷いことを……ごめんなさい……ごめんなさい……」

「随分性格が変わったな。って、こらシィル、いつまで抱きついているんだ。ウザイぞ」

「だって……うぅっ……ランス様……」

 

 あの後ランスがしっかりとランの処女を奪い、指輪を外すことに成功した。するとランの性格が一変し、今までの自分の行いを悔やみ、ボロボロと涙を零し始めたのだ。ランスはランの変貌ぶりに驚きつつ、自分に抱きついて泣いているシィルを引っぺがそうとしている。

 

「元々は優しい性格だったって、マリアがさっき言っていただろ。それと、せっかくの再会なんだ。もう少しそのままにしていてあげてもいいんじゃないか?」

「ラン、落ち込まないで。みんな指輪のせいなんだから」

 

 ルークは左腕を失って倒れていたバードの止血をし、今は今日子の介抱をしていた。泣きじゃくるランの肩をマリアが抱き寄せて慰めようとするが、ランはその手を振り払う。

 

「違う! 全部私の心が弱かったせいよ! 私、信じられないようなことを……今日子さんにだって、そこの冒険者さんの左腕だって……全部、全部私が……」

「ラン……」

「優しい性格なだけに、抱え込んでしまっているな……」

「もう町の人たちに会わせる顔がない……もう町には帰れない……」

 

 そうランが口にした瞬間、ポカーンという気持ちの良い音と共にランの頭に激痛が走る。頭を抑えながら後ろを振り返ると、そこには拳を握りしめたランスが立っていた。そう、ランスが二度目の拳骨をお見舞いしたのだ。

 

「ふん、終わったことをウジウジと。町の人たちに会えないなら、新しい町にでも引っ越すんだな。そこの町の人たちはお前が何をしたのか知らんから、簡単に顔を会わせられるぞ」

「もう、ランス! 新しい町に引っ越したって何の解決にもならないでしょ! ……あれ、新しい町? それって考えようによっては……」

 

 ランスがランを見下ろしながらそう口にする。傷口に塩を塗るような行為にも見えるが、ランスの真意は別にある事が判っていたためルークは何も言わずにいた。ランスの真意を読み取れていなかったマリアが苦言を呈すが、言葉の中に出てきた新しい町という単語が引っかかったらしく、ブツブツと何かを口にしながら考え込んでしまう。すると、ランが側に落ちていた自分の剣に手を伸ばし、恐ろしい事を口にする。

 

「もう私に出来ることは……死んでお詫びすることしか……」

「むっ……」

「えっ!? ちょっと、ラン!!」

 

 パンっ、という乾いた音が辺りに響いた。ランの剣を取り上げようとしたマリアよりも早く、もう一度拳骨を飛ばそうとしたランスよりも早く、ランの左頬をルークの平手が打っていたのだ。

 

「君は今、最低な行為を口にした。それは、君をここまで助けに来たマリアに対する侮辱だ」

「……」

「マリアだけじゃない。ミリとミルの二人も君のことを心配している。町の人だってそうだ。町長が既に誤解を解いて回っている。住人全員が受け入れてくれるはずなどという無責任な事は言えないが、少なくともエレナや真知子さんは君たちの帰りを待っている。その想いを、自ら踏みにじるのか?」

「ルークさん……」

「うっ……ううっ……」

 

 ランの目に先程までとは別の涙が浮かぶ。こんな自分でも受け入れて貰えるというのか。指輪の力に溺れる前の住人との生活が思い出される。酒場の酔っぱらいを相手に苦労しているエレナとは話が合い、よく酒場で談笑していた。同い年である真知子は自分よりも大人びており、何度か相談に乗って貰った。彼女たちだけではない。ガイゼルも、チサも、トマトも、今日子も、みんな掛け替えのない大切な人たちなのだ。やり直したい。他の町では駄目だ。またこのカスタムの町の住人とやり直したい。

 

「死ぬことは償いなどではない。自害という命の投げ捨てなど尚更だ。生きて町の復興に力を尽くせ」

「そうだ、そうだ! もし自殺なんかしてみろ。お前の死体にいっぱい悪戯してやるからな!」

「うわ……台無し……」

 

 ランスの言葉にマリアが素直な感想を漏らす。今の流れで飛び出た発言とは思えない。だが、ルークは苦笑するだけでランスに何も言わず、ランの顔をしっかりと見据えていた。

 

「う……うん、ありがとうルークさん、ランスさん……」

 

 涙を拭いながら返事をするラン。その表情は先ほどまでの沈んでいたものと違い、若干ではあるが笑顔が戻っていた。と、ここでようやくマリアがランスの言葉の真意に気が付く。酷い言葉ではあったが、よくよく考えれば全てランを励ましているようにも取れる。

 

「ねえ、もしかして今のってランスなりの励ましだったの? 優しいとこあるじゃない!」

「ふん、俺様は可愛い女の子には優しいのだ。シィル、いい加減離れろ!」

「きゃん! ランス様ぁ……」

 

 未だに引っ付いていたシィルに蹴りを飛ばして無理矢理引っぺがすランス。マリアがあまりに素直に褒めたため、照れ隠しのための行動かもしれない。ルークがそんな風に考えていると、マリアがくるりと振り返ってこちらにも微笑みかけてきた。

 

「ルークさんもありがとう」

「別に礼を言われるようなことは……」

「流石、年を重ねているだけのことはありますね!」

「ぐはっ!」

 

 マリアの悪気のない発言に倒れ込むルーク。ミルのおじさん発言をまだ引きずっていたようだ。馬鹿にするように笑うランスと、ルークの年齢をまだ知らないため話について行けず困惑するシィル。先程までの重苦しい空気が消え、部屋を暖かい雰囲気が包み込む。それを斬り裂いたのは、一人の男の咆哮。

 

「うぉぉぉぉぉぉ!!」

「えっ!?」

「むっ?」

 

 マリアが振り返るのとほぼ同時に一人の男がその横を通り過ぎていく。それは、先程まで倒れ込んでいた戦士、バード。右手に持った剣を振り上げ、叫びながらランス目がけて振り下ろす。

 

「きゃぁぁぁ! ランス様、危ない!!」

 

 シィルの叫び声に応えるかのように、ガキィィィンという金属音が部屋に響く。いつの間にかランスは腰に差していた剣を抜いており、目前まで迫ってきていたバードの剣を冷静に防いだのだ。ランスを睨み付けながら力で押し切ろうとするバードだったが、ランに左手を斬り落とされてしまったため今は剣を片手持ちしており、どうしても力が入らない。プルプルとバードの手が震えているのを見たランスは鼻を鳴らしながら強烈な蹴りをバードの腹部にお見舞いする。

 

「ぐはぁぁっ!!」

 

 悶絶しながら後ろに吹き飛ぶバード。その頃にはマリアの発言で倒れ込んでいたルークも起き上がっており、その手に妃円の剣を握りしめてバードの一挙手一投足を見守っていた。

 

「なんだ、お前は? 新手か? いきなり俺様に斬りかかってくるとは、よほど命がいらんらしいな」

「違います、ランス様。この方はバードさんと言って、迷宮から脱出するためにここまで一緒に行動していた方です」

「バード……? ああ、エレナの言っていた冒険団の……」

「悪い人ではないんです。ここまで私を何度も助けてくださいましたし……今の行動にもきっと訳が……」

 

 ランスは殺気を隠そうともせず、今すぐにでもバードを斬り殺そうとしていたが、シィルの発言を受けてジロジロとバードを見回す。その横ではルークもバードを観察しながら、エレナの言っていたバード冒険団という名前を思い出して納得がいったように頷いている。ランスを忌々しげに睨み付けているバード。何を考えているかは判らないが、助けて貰ったにしては随分な態度である。

 

「ランス、何か心当たりは?」

「知らん。初対面だ、多分。一々男の顔なんぞ覚えていないからな」

「どうしてランスさんに……? 私なら納得がいくのですが……」

 

 ランが首を傾げる。左腕を斬り落とした自分を恨むのならば判る。だが、バードの瞳はランスしか映していない。痛む腹を抑えたいが左腕がないためそれも叶わず、よろよろと立ち上がりながらバードは右手に持った剣をランスに向けて突き出す。

 

「ランス、僕と勝負をしろ! 男と男の勝負だ!」

「勝負? ふん、雑魚以下の貴様と勝負したところで、結果は見えているな」

「なんだと!? 僕の剣の腕まで侮辱する気か!!」

 

 バードの言葉を鼻で笑うランス。その態度を受け、バードのボルテージが更に上がるが、ランスはちらりとランを見て口を開く。

 

「貴様は雑魚のランに負けたんだろう? つまり、雑魚以下だ」

「雑魚じゃありません! 器用貧乏なだけです!!」

「そうよ、ランス! ランはちょっと全部が中途半端なだけなんだから!!」

「マリア……とどめ刺しているぞ……」

「え? あれ、ラン? どうしてそんなに落ち込んでいるの!? さっきまでの元気はどこにいったの!? 元気なランに戻って!」

「お前のせいだ、お前の……」

 

 ランが両手を地面について項垂れている。その顔に先程までの笑顔はなく、また自殺でもしてしまうんでは無かろうかという表情に戻っている。その元凶であるマリアが必死にランを励ましているのが非常にシュールな光景だ。ルークはそれに呆れつつも、バードに向き直って口を挟む。

 

「バードだったな? 落ち着け。こちらはまるで状況を掴めていないんだ。まずは理由を話せ」

「理由……んっ……」

 

 バードがちらりとシィルを見て言いにくそうにしていたが、すぐに何かを決意した面持ちでランスに向き直る。

 

「ランス、貴様と男と男の話がある! 一対一で話がしたい!」

「はぁ? なんで俺様が貴様なんぞと話し合いをしなければならんのだ?」

「シィルちゃんは僕が守る!」

 

 興味なさげに耳の穴を穿っていたランスだったが、シィルちゃんという単語にピクリと反応する。

 

「シィルちゃん、だと……? 人様の奴隷に随分と馴れ馴れしい。ふん、面白い。聞かせてみろ」

「あっ、ランス様……」

 

 そう言ってバードと一緒に洞窟の奥深く潜って行ってしまうランス。シィルはすぐさまその後を追いかけようとするが、それをルークが制止する。

 

「男の話だ、聞かない方が良い」

「でも、二人きりにするのは……」

 

 シィルが懸念するのは、二人が一騎打ちを始めてしまうのではないかという事。ランスが心配なのは勿論、ここまで自分を助けてくれたバードが死ぬのも出来れば避けたい。

 

「それにしても、なんであの人あんなに興奮状態だったの?」

「……もしかしたら、催眠の影響が少し残っていたのかも。左腕を失って混乱状態だったとも取れるし……」

 

 マリアの疑問にランが答える。先程の反応を見るに、シィルへの想いから元々ランスに良い印象を持っていなかったのだろう。そこに催眠での興奮状態、左腕を失った混乱が合わさり、まともな思考が出来ないまま襲いかかってきたという可能性が高い。ルークが顎に手を当て、シィルに向き直る。

 

「ふむ……何はともあれ、さっきの行動は色々な不幸が重なったと取るのが自然か? どう思う、シィルちゃん」

「はい……あんな事をする方ではないと思います……バードさんがいなかったら、私はここに辿り着く前にやられていたと思います」

「だとすると、死ぬのも寝覚めが悪いか。三人はここにいてくれ。シィルちゃんは今日子さんの介抱を頼む」

 

 ルークがそう言い残し、ゆっくりとランスとバードの二人が消えた方向へ歩いて行く。後を追いたい気持ちで一杯のシィルだったが、この場で回復魔法を使えるのは自分だけであるため今日子を放っておく訳にはいかず、ただただその背中を見送る事しか出来なかった。

 

 

 

-妖体迷宮 通路奥-

 

「まずは先程の非礼を詫びます。頭に血が上り、いきなり襲いかかってしまいました」

「ふん。それだけで殺されても文句は言えんのだぞ。俺様の寛大な処置に感謝するがいい」

「んっ……」

 

 少し頭が冷えたのか、まずは深々と頭を下げてくるバード。確かに混乱した事を鑑みても、先程の行動は褒められたものではない。

 

「それで、男同士の話というのは?」

「……ランスさん、貴方はいつもシィルちゃんに酷いことをしているそうですね?」

「……俺様が自分の奴隷に何をしようと勝手だろう?」

「やはり本当だったのか……貴方みたいな人にシィルちゃんを任せておけない!」

 

 ランスを呼び捨てにするのを止め、痛みから来る息の荒さを必死に抑えながらランスへと質問を投げるバード。止血したとはいえ、左腕はかなりの激痛のはずだ。その苦痛に耐えてでも早急に片を付けなければならない事があったのだ。勘違いではある。先走りでもある。しかし、彼は全力で一人の少女を救い出そうとしていたのだ。その行動は、間違いではない。

 

「なんだお前、シィルに惚れているのか?」

「あぁ、そうだ! 僕はシィルちゃんを愛している。だからこそ、彼女は僕が守る!!」

 

 ランスの目を真っ直ぐと見据えながらそう宣言するバード。だが、ランスはその決意を鼻で笑う。

 

「ふん、それをシィルが望んだのか?」

「言葉にはしていない。でも、彼女の苦しみはハッキリと伝わってきた。だから……」

「馬鹿者。シィルは俺様にメロメロなんだ。何を勘違いしているんだか……」

「なんて自信過剰な人なんだ……」

 

 バードが目を瞑る。目の前の相手には話が通じない。ならば、シィルを救うにはもうこの手段しかない。右手を左腕の傷口からゆっくりと離し、腰に差していた剣を握りしめる。

 

「彼女の幸せのために貴方が立ちはだかるなら……力ずくでも……」

「思い上がるなよ、雑魚! 片腕一本で俺様に勝つつもりか?」

「例え勝ち目が薄くとも、シィルちゃんを守るために僕は……」

「さっきからシィルを守る、シィルを守るって……お前はシィルのピンチに何をしていた!?」

「うっ……それは……」

 

 バードが狼狽する。確かに先程シィルの窮地を救ったのはランスである。自分はランに左腕を斬り落とされ、みすみす催眠に陥り、シィルを傷つけそうにさえなってしまっていた。

 

「それに、助けられたときにシィルがお前ではなく俺様に抱きついてきたのを見ていなかったのか?」

「あっ……」

 

 バードが思わず声を漏らす。ランの催眠と左腕の激痛に意識がぼんやりとはしていたが、バードは確かに見ていた。ランスに嬉しそうに抱きつくシィルの顔を。自分には向けてくれなかった心からの笑顔を、忘れられる訳がない。

 

「全て……僕の勘違いだったというのか……」

「ふん、やっと気がついたか。じゃあな、勘違い男」

 

 そう言ってシィルたちのいる場所に戻ろうとするランス。唇を噛みしめながら俯いていたバードだったが、その顔を上げてランスの背中に向かって口を開く。

 

「僕はきっと……この腕を治してもう一度貴方の前に現れる! そのとき、もしシィルちゃんが不幸であったなら……僕が貴方を倒す!!」

「ふん……」

 

 その言葉にランスは鼻だけ鳴らし、返事をすること無く通路を歩いて行く。すぐ側にあった曲がり道を曲がると、そこにはルークが立っていた。

 

「……聞いていたのか? 盗み聞きなど男らしくないぞ」

「一応、斬り合いにでもなったら止めようと思っていたんだが……割と寛大な処置だな」

「ふん。失恋した哀れな男は、殺すよりもその情けない姿を見る方が楽しめるからな」

 

 そう口にするランスだったが、バードを殺さなかったのは恐らくここまでシィルを守ってくれていたからだろう。決して態度には出さないが、シィルの無事に一番安心したのはランスのはずだ。

 

「今の話、誰にもするんじゃないぞ。言ったら叩っ斬るからな。」

「誰にもする気はないさ。それより……」

 

 ルークの横を通り過ぎ、シィルたちのところに戻ろうとしていたランスに向かってルークが問いかける。

 

「俺もシィルちゃんって呼んでいるんだが、少し馴れ馴れしいか?」

「……ふん! くだらん、好きに呼べ」

「ふっ……」

 

 

 

-妖体迷宮 通路-

 

「あ、ランス様お帰りなさい。なんの話を……」

「えぇい、やかましい!」

「きゃん! ひんひん……」

「ひどっ!」

 

 戻るや否やシィルの頭をポカリと殴るランス。いきなりの行動にマリアが思わず苦言を呈すが、文句などどこ吹く風でランスが口を開く。

 

「俺様が何を話していようとお前には関係無い。さぁ、帰るぞ。シィル、帰り木を出せ」

「あ、あの……テレポート・ウェーブでワープさせられる際に全て奪われてしまって……」

「なにぃ!?」

「あ、待って。帰り木なら私が持っているから」

 

 慌てて帰り木を出すラン。少しでも遅れれば、またシィルが殴られそうな勢いだったからだ。

 

「では帰るぞ。俺様の周りに集まれ」

「えっ、ちょっと待って。ルークさんは?」

「先に帰ってろだとよ。ふん、偉そうに俺様に命令しやがって」

 

 先程の曲がり角でそう言われていたランス。一度気にくわない様子で舌打ちをし、全員が自分の周りに集まったのを確認して帰り木を折る。瞬間、ランスたちの体が光に包まれ、迷宮の入り口へとワープするのだった。

 

「……シィル、帰ったらヤるぞ! 勝手に俺様から離れた罰だ。たっぷりとお仕置きをしてやる!」

「はい、ランス様!」

 

 どこか嬉しそうな返事をするシィルを見てマリアは静かに微笑む。端から見ればぞんざいに扱われているが、きっと二人にしか判らない絆があるのだろう。そう頷くマリアであった。

 

 

 

-妖体迷宮 通路奥-

 

「くそっ……くそっ……」

 

 バードは泣いていた。勘違いから先走ってしまった事に、降りかかる危険から愛する人一人守れない事に、左腕を無くした事に、それらを招いた自分の不甲斐なさに、ただただ泣く事しか出来なかった。情けない。今の自分の情けなさにまた涙が出てくる。そのとき、ランスの去った方向から声を掛けられる。涙を拭って顔を上げると、そこに立っていたのは先程ランスと一緒にいた男。

 

「貴方は……ランスさんたちと一緒にいた……」

「ルークだ。お前と同じ冒険者さ。あっちとは帰りづらいだろう? 帰り木、持ってきてやったぞ」

「あっ、お気遣いありがとうございます……」

 

 言われて気が付く。確かに自分は帰り木を奪われているため、一人では帰れない。かといってこれだけの醜態を晒した後にどの面下げてランスとシィルの二人と一緒に帰れというのか。ルークの気遣いに素直に感謝するバード。と、膝をついて泣いているバードの隣にルークが腰を下ろし、ゆっくりと口を開く。

 

「冒険者はまだ続けるつもりなのか?」

「はい、勿論です」

「……その左腕でか?」

「義手でもなんでも手段はあります。必ず……必ず強くなってみせます!」

 

 そう宣言するバードの顔を一瞥し、壁の方を見ながらルークが言葉を続ける。

 

「そうか……なら、強くなるまでは女を連れるのは止めておけ」

「……? それはどういった意味ですか?」

 

 思いもかけないルークの言葉に首を捻るバード。その真意が判らず、思わず反射的に聞き返してしまう。

 

「ランスが言っていただろ。守る、守るって、お前は何していたって」

「はい……」

「あれは間違っていない。守る力もないのに弱い者を巻き込むのは……罪だ」

「っ……」

 

 ルークの言葉にバードは俯いて唇を噛みしめる。此度の冒険で、バードは三人の女性を危険に晒した。ネイ、今日子、シィルの三人だ。全ては、自分に彼女たちを守りきるだけの力がなかったため。

 

「それが元々戦いの中で死ぬ覚悟のある奴ならいいさ。ネイのような生粋の冒険者だったりな。でも、今日子さんやシィルちゃんは違う。これから先、そういった覚悟のない女性と共に冒険をするつもりなら、命がけで守れ。それが出来ないなら、安請け合いするな」

「……はい」

「それと、シィルちゃんをここまで守ってくれてありがとうな。ランスに代わって礼を言わせて貰う。ああ見えて、ランスも感謝しているんだぞ。そうじゃなきゃ、喧嘩を売った時点で殺されている」

 

 ポン、とバードの肩に手を置きながらルークがそう口にすると、俯いていたバードの瞳から大粒の涙が零れ落ちる。誰一人として守れなかったと思っていた。だが、拷問戦士を打ち倒し、シィルをこの場所まで無事に連れてきたのは、バードの確かな戦果なのだ。それを褒めて貰えたことが、何よりも嬉しかった。

 

「……ありがとうございます。必ず……必ず強くなってみせます!」

「ああ。次に会うときを楽しみにしている」

 

 先程と同じ言葉だが、そこに込められている決意が明らかに違う。この男はきっと強くなる。ルークはそう確信しながら、帰り木を折って共に町へと帰還した。

 

 

 

-カスタムの町 町長の家-

 

「失礼、待たせたか?」

「遅いぞ」

 

 町長の部屋にルークが入ってくるや否や、部屋の中にいたランスが文句を言ってくる。四魔女の内の三人を倒した報告も兼ね、この場所で落ち合う事になっていたのだ。部屋の中にはマリアとランの姿は無く、ランス、シィル、ガイゼル、そして驚いたことに、行方不明だったはずのチサの姿があった。因みに、ルークもバードとは既に別れている。

 

「チサちゃん!? 無事だったのか!?」

「はい、おかげさまで」

 

 ペコリとチサが頭を下げてくる。ランスやシィルが平然としているところを見ると、先に事情は聞いているらしい。チサが頭を上げ、ルークに事情を説明すべく口を開く。

 

「ラギシス邸で倒れているところをミリさんに見つけて貰いました」

「ラギシス邸で……?」

「はい。いなくなっていた間の事は覚えていないのですが……」

「それでは、犯人も……?」

「すいません……」

 

 申し訳無さそうに口ごもるチサだったが、その空気を吹き飛ばすようにガイゼルがポンと手を叩く。

 

「いや、無事に戻ってきてくれて何よりだ。見たところこれといって怪我もないし、本当に安心したぞ」

「それは良かった。それで、ラギシス邸で見つかったという辺りの話を詳しく聞きたいな。何か手掛かりのようなものは?」

「ふむ……それなのだが、あまり良くない報告が一つあってな……」

 

 ルークの問いかけにガイゼルが顎に手を当てながら言いにくそうに口を開く。

 

「ラギシス邸はもう無いのだ。事の真相を知った町の若者たちが取り壊してしまってな。チサがラギシス邸で発見された事も怒りに拍車をかけたようだ」

「……そうでしたか」

「ちっ……こんな事なら、僅かに残っていた金目の物をとっとと運び出しておくべきだったな」

 

 もう一度あの館を調べようと考えていたルークにとってはあまり嬉しくない報告であったが、住人の心境も十分に判ろうというもの。

 

「それと、もう一つ大きな動きがあった。町の結界が遂に解けたのだ」

「結界が……?」

「うむ。マリアとランが言っていたのだが、恐らく四人中三人が解放されたことで、結界の維持に回す魔力が足りなくなったという事らしい。これもランスさんとルークさんのお陰です。町長として、改めて礼を言わせて貰います」

「うむうむ、俺様を崇め奉るがいい」

 

 ベッドに座りながら深々と頭を下げる町長。先程から話し方にどこか威厳のようなものを感じる。やはり、親バカという面を除けば基本的には出来た町長なのだ。

 

「町の復興にはどれくらいかかりそうなんですか?」

「うむ……軽く一年以上はかかるかと……」

「そうですか……」

「ですが、町の者みんなで協力して再建していきます。三人の娘たちも、積極的に復興に協力してくれています」

 

 シィルの問いに答えるガイゼル。町全体がこれだけボロボロになってしまったのだ。一年というのは、ガイゼルの言っているように希望的な見積もりでしかないだろう。だが、横に立っていたチサは三人の娘の話題が上がったと同時に、パッと表情を明るくして口を開く。

 

「そうなんです! 既に皆さん、町の復興のために動き出しているんです!」

「なるほど。マリアとランがいないのはそういう事だったのか」

「はい! マリアさんは町の外で新しい町開発の陣頭指揮に、ミルちゃんはお姉さんと一緒に薬屋を、ランさんは役所で外交を行っています。みんな、町のために精一杯です!」

 

 グッと小さくガッツポーズをとるチサを見て、ホッと胸をなで下ろすルーク。正直、彼女たちが町の人たちに受け入れられるかは不安であった。だが、その心配はどうやら杞憂に終わったらしい。二、三話をした後、町長の家を後にする三人。

 

「それで、どうする? 今すぐ迷宮に向かうなどという馬鹿な事は言わんだろうな」

「そうだな……一度それぞれの仕事場を見て回るとするか」

「そうですね。私、マリアさんが働いているところを見たいです!」

 

 ランスの問いかけにルークがそう答えると、シィルは嬉しそうに声を上げる。攫われている娘たちは生きているという情報をランから得て、結界も解けた今、すぐに迷宮に向かう必要性は薄れてきている。勿論、指輪の影響も考えれば最後の一人である志津香や攫われたままの娘たちを早く救い出してあげるべきなのだが、ここまで魔女たちと連戦をしてきた疲れもあるため、すぐに迷宮に向かうというのは得策では無い。町の復興作業を見て回りつつ、自分たちの体力を戻すのも悪くはないとルークは考えたのだ。

 

「では、俺様たちはマリアとミリのところに向かうぞ」

「俺はランのいる役所と真知子さんのいる情報屋だな。終わったら、酒場に集合だ」

 

 全ての場所を一緒に回っては日が暮れてしまうと考え、手分けして仕事場を見て回る事にする。ランスは付き合いの長かった二人のところへ、ルークは今日子が無事に帰っているかを確かめるための情報屋と、ランスが面倒だから行きたくないと嫌った役所へと向かうことにする。まずは町長の家から近い情報屋を目指し、ランスたちと背中合わせに歩いて行くのだった。

 

 

 

-カスタムの町 情報屋-

 

「あら、ルークさんいらっしゃい。今日子を見つけてくれたようでありがとうございます」

「ん? その今日子さんの姿が見えないが……?」

 

 情報屋にやってきたルーク。コンピュータを弄っていた真知子がすぐに頭を下げてくるが、肝心の今日子の姿が見当たらない事に疑問を抱く。と、真知子が深いため息をつく。

 

「あの子は帰ってきてすぐに旅に出てしまいました。この町にはもういられない、と言い残して……」

「何かあったのか?」

「多分、バード君に失恋したんでしょうね。あの子、バード君のこと好きだったから……」

 

 壁を見つめながらそう口にする真知子。その瞳が少しだけ寂しげであるのは、妹が出て行ってしまった事によるものであろうか。

 

「バード君も、ルークさんの少し前にウチに寄ったのよ。で、今日子がいなくなったって教えたら、僕の責任だって言って追いかけて行ってしまったわ」

「やれやれ、あの左腕で無茶をする……俺との約束はもう忘れてしまっていそうだな」

「悪い子ではないんだけどね……ちょっと自分に酔っているところがあるから……」

 

 はぁ、と今度は二人でため息をつく。なんだか次に会うときにはもう女の子を隣に侍らせている気がする。もしそうだったら、脳天にチョップでもお見舞いするかと心に誓うルークだった。

 

「バカよね……この世に男性も女性も一人ではないというのに。もっと魅力的な男性が、沢山いるかもしれないのにね」

「まあ……な。だが、それだけ一人を好きになれるというのも、素晴らしい事なのかもしれないがな」

「あら? ルークさんにもそういう相手がいたのかしら?」

「まさか。寂しい独り身さ」

「ふふふ、ルークさんの魅力に気がつかないなんて、周りの女性はよっぽど見る目がないのね」

「リップサービスでも嬉しいよ」

 

 くすくす、と笑う真知子にルークも静かに笑みを浮かべる。バードが心配で単身迷宮にまで乗り込んできた今日子。褒められた行動ではないが、それだけ好きな人に尽くせるのは眩しくもある。と、真知子が机の引き出しを開けて書類を取り出し、ルークの前に差し出してくる。それに視線を落とすと、そこにはラギシスの名前が書かれていた。

 

「頼まれていた件なのですけど……」

「もう調べ終わったのか!?」

「時間が足りず中途半端な調査にはなってしまいましたが、一応のご報告を、と……」

 

 ルークが感嘆する。まさかここまで優秀な情報屋だとは思ってもみなかったのだ。これはリーザスの由真にも負けず劣らずの実力だ。ルークが調査書に手を伸ばし、ザッと目を通す。これだけの短時間で調べたにしては十分な内容だ。そして、そこに書かれているのは町の人たちの評判とは違うもの。

 

「ゼスの魔法使い……雷帝から師事を仰いでいたが、度々意見が衝突していた……」

「最後には破門を言い渡されてゼスを飛び出したそうです。町の人の素性を調べるのはどうかと思ったのでこれまで知りませんでしたが、まさかラギシスさんがこのような方だったとは……」

「その後カスタムに流れ着き、数年前に魔法塾を開く、か。これでマリアの話に疑いの余地は無くなったな」

「ふふ、とっくに信用していたのでしょう?」

「まあな。だが、確かな証拠も欲しいものではある」

「お役に立てたようで何よりです」

 

 短い間だが一緒に冒険をし、マリアの人となりは確認出来ている。彼女が話した事件の真相もとっくに信用していた。そこにこの情報だ。最早疑いの余地はない。事件の元凶は、このラギシスだったのだ。指輪の魔力に目が眩み、四魔女に返り討ちにあった。それが事件の真相だろう。

 

「フィールの指輪の出所までは調べがつきませんでしたが……」

「十分だ。代金の方は……」

「いりませんよ。今日子やマリアさんたちを救い出してくれたのが、何よりの報酬です」

「そうか……それじゃあ、俺はそろそろ行くよ」

 

 ルークが手に持っていた書類を机の上に置き、椅子から立ち上がって扉に手をかける。

 

「真知子さん、お元気で」

「ルークさんもお元気で。と言っても、志津香さんの件もあるから、まだ町にはいるのでしょう?」

「ああ、まだいるよ」

「それじゃあ、町を出て行く前に顔くらい見せてくださいね。それと、志津香さんをお願いします」

「ああ、必ず寄らせて貰うよ。それと、志津香の事も了解した」

 

 そう言って店を出て行くルークの背中を見つめる真知子。その頭に、先程の会話が蘇る。

 

『ふふふ、ルークさんの魅力に気がつかないなんて、周りの女性はよっぽど見る目がないのね』

『リップサービスでも嬉しいよ』

 

 くすりと自嘲気味に笑い、誰の耳にも届かないような小さな声で呟く。

 

「リップサービスではないのですけどね……ふふふ、私も今日子の事を言えないわね……一人の男性に、執着しそうになってしまっているんですもの……」

 

 

 

-カスタムの町 役所-

 

 地下都市の一角に置かれている臨時の役所。復興のためにはどうしても必要らしく、早急にでっちあげた施設らしい。施設の中に入ってみると、人がせわしなく動いている。他の場所と比べてもかなり忙しいようだ。ルークがザッと周囲を見回すと、奥の方の席にランが座っているのが見えたためそちらへと近づいていく。

 

「しっかりと復興のために働いているみたいだな、ラン」

「あ、ルークさん。はい、これが私の償いですから」

 

 ルークを見上げながらそう答えるラン。忙しそうではあるが、どこか生き生きと働いている。町のために働けるのが嬉しいようだ。

 

「志津香のこと、よろしくお願いします。もう、あまり時間はないと思いますから……」

「……どういうことだ?」

「結界が解けたのが理由です。下手に不安を抱かせるのは悪いと思って町長には詳しく言いませんでしたが、あれは私たち三人が解放されたから解けたんじゃありません。元々、結界は志津香が一人で張っているようなものだったんです。私たちがいなくなったところで、結界を維持できなくなる訳がないんです」

「なるほど……結界は解けたのではなく、自分から解いたということか」

 

 ルークのその言葉にランが真剣な面持ちで頷く。

 

「となると……何かしらの計画の準備が終わった、ということか?」

「誘拐された少女たちの安否も心配です。一体彼女たちを使って何を……」

 

 ランが不安そうに口にする。攫ってきた娘たちの命に別状が無い事を知っているランであったが、実際に何を目的として彼女たちを攫っていたのかまでは聞いていないのだ。

 

「ま、俺とランスに任せておけ。必ずみんな助け出してみせるよ。志津香もな」

 

 そう言いながら、ポン、とランの頭の上に手を置くルーク。四魔女の中でも最年長であり、他の娘のお姉さん役であることも多かったためか、あまり年上の男にこういったことをされるのには慣れていないらしく、ランの頬が赤く染まっていく。

 

「あぅ……」

「あら? ランさん、ひょっとして彼氏さんですか?」

 

 その様子をみた役所の職員、長柄亮子がランをからかいにくる。真面目なランの珍しい姿に興味を引かれたのだろう。

 

「ひゃい!? そ、そんなことないですよ!!」

「やれやれ、振られてしまったな」

「残念でしたね、私なんてどうです?」

「はは、名前も知らない女性といきなりは付き合えないさ」

「きゃん。私も振られちゃいましたね」

 

 笑い合う二人をよそに、まだ頬の赤いランは二人の会話が耳に入ってきていないようだった。天井を見上げながら軽くショートしているランに対し、ルークが問いかける。

 

「で、ランは今どういった仕事を任されているんだ?」

「えっ!? い、今は町の再建費用を隣の王国から借り入れする交渉をしています。あちらの王女様が中々曲者で……こちらが必要な額を完全に把握していて、カスタムが支配都市になるよう色々条件を突きつけてきて……」

「隣の王国……というと、ゼスではなくリーザスかな? 確かに、あの王女と侍女は曲者だな」

 

 ルークの頭に誘拐王女と甘やかし侍女の顔が浮かぶ。なんとなく懐かしい顔だ。会いたいような、会いたくないような複雑な心境である。そんなルークの顔を呆けたような顔で見ていたランと亮子だったが、すぐにその目を見開く。

 

「リーザスの王女様をご存じなんですか!?」

「以前に仕事で顔を会わせたことがある程度さ。俺だけじゃなく、ランスも知っているぞ」

「それでも凄いですよ!」

「うはー……思ったよりも凄い人だった……」

 

 大国リーザスの王女様など、田舎町のカスタムからしてみれば雲の上の存在である。そんな人物と面識があるとは、ルークとランスは思ったよりも凄い冒険者なのかと亮子が呆気に取られている。それを横目に、ルークは顎に手を当てて何やら思案していた。

 

「そうか……リーザスからの資金援助か……」

「なんにしても、町のために頑張ります! それが私の成すべき事ですから!」

「もう……張り切りすぎて体調を崩さないよう、気を付けてくださいよ」

 

 張り切るランを見ながらやれやれとため息をつく亮子だったが、その表情には笑みが浮かんでいる。彼女もまた、四魔女であるランを受け入れてくれた人物なのだろう。いや、彼女だけではない。役所のどこからも、ランに対しての嫌な雰囲気というものを感じないのだ。町長の言ったように、町の住人はとっくに彼女たちを許しているのだろう。

 

「それじゃあ、あまり邪魔しても悪いからそろそろ行くよ。いい町になるよう、頑張ってくれ」

「はい! 本当にありがとうございました。それと、お気を付けて……」

 

 町は復興へと突き進んでいるが、大団円にはまだ早い。四魔女最後の一人である志津香を救い出して初めて大団円なのだ。去りゆくルークの背中をジッと見送るラン。どうか志津香を無事に救い出して欲しい。そう心から願いながら。

 

 

 

-カスタムの町 酒場前-

 

「お、今回はタイミングがピッタシだったな」

「いや、お前は俺様よりも早く来て俺様を待っていなければならん。よって、お前の遅刻だ」

「ルークさん、お疲れ様です」

 

 酒場の前まで来たルークは、丁度反対側から歩いてきたランスたちと店の前で合流する。あちらでの出来事を聞いたところ、ミリとミルは姉妹仲良く薬屋を営み、町の人からも頼られているとのこと。マリアは設計の才能があったらしく、新しい町作りのため工事現場を張り切って仕切っているらしい。そして、そのどちらからも志津香を頼むと言われたということだ。ルークも真知子とランの二人からそれを言われた事を口にし、互いに気合いを入れ直す。

 

「ま、これだけ女の子に頼られたら、男として助けない訳にはいかんな」

「がはは、当たり前だ。志津香の処女も頂いて四魔女コンプリートだ!」

「そこかよ……」

 

 そんな事を口にしながら酒場へと入っていく一行。すると、すぐに元気な声がこちらに聞こえてくる。酒場の看板娘、エレナだ。

 

「いらっしゃい! ランスさん、二階のお部屋にお客様が尋ねてきていますよ」

「なに? 勿論美人なのだろうな?」

「男が尋ねてくるという発想はないのか……」

 

 キラリとランスの目が光り、エレナに来訪者の容姿を尋ねる。ランスの頭の中では、来訪者の三人は全て女性であるのが当然の事項のようであった。

 

「そりゃもう、とびっきりの美人さんが三人ですよ。ランスさん、本当にモテるんですね」

「三人も美女が!? ぐふふ、これは素晴らしい……」

「一体どなたでしょうか……?」

「三人か……二人だったら、ラークとノアが加勢に来てくれたのかもとも思ったんだけどな」

「なんだか高貴な方たちでしたよ」

 

 エレナのその言葉を受け、ルークの頭には先程話題に上がったある人物の顔が浮かぶ。だが、そんなはずはない。おいそれと外出できるような身分ではないはずだ。

 

「それではすぐに二階に上がるぞ! がはははは!」

「あっ、待ってください、ランス様!」

「一番奥の部屋ですよー」

 

 階段を駆け上がっていくランスに向かってエレナは客人の待つ部屋を教える。ルークもそれに続こうと階段の一段目に足をかけたところで、エレナが思い出したように口を開く。

 

「それと、三人の内の一人はどちらかというとルークさんに会いに来たみたいですよ。ルークさんもモテますねー」

「俺に……?」

 

 

 

-カスタムの町 酒場二階-

 

「カスタムに来てからは冒険者、魔女、悪魔、冒険者、魔女、魔女と濃いめの味付けが続いたからな。ここいらでさっぱりとしたものも食べたいと思っていたところだ」

「そ、そんなに……」

「高貴な美女か。きっと清楚で可憐な美女に違いない!」

 

 左からネイ、マリア、名も知らぬ悪魔、ミリ、ミル、ランだ。一体いつの間にミリとやっていたというのか、相変わらずの手の速さである。その半数との情事しか知らなかったシィルはちょっとだけショックを受けているが、ランスはそれを気にした様子も無く廊下を駆けていき、客人が来ているという二階最奥の部屋の前まで到着した。そして、勢いよく扉を開ける。

 

「さあ、俺様への客というのは誰かな!?」

「きゃあ、ダーリン!! リアです!!」

 

 パタン、とすぐに扉を閉めるランス。女好きのランスにしては非常に珍しい反応である。

 

「幻覚……? 俺様ともあろうものが疲れて幻覚を……?」

「って、ダーリンったら酷い! いきなり閉めるなんて! それに、リアは幻覚じゃなくて本物だもん!!」

「うおっ、やっぱりリアか!」

 

 扉の前でぶつぶつと呟いていたランスだったが、内側から勢いよく扉を開けてリアが飛び出してきたため、現実に引き戻される。

 

「高貴な方って……リア王女様だったんですね……」

「もしかしたらとは思ったが、まさか本当に来ているとはな……」

 

 二人から少し遅れて部屋の前まで到着したルークが声を漏らす。目の前にはランスに引っ付いているリア王女と、それを引っぺがそうとするランスの姿。少し前まで少女の誘拐&拷問を行っていた犯人にはとても見えない姿だ。勿論、一国の王女にもとても見えないが。

 

「結婚はしないと言っただろうが! 俺様の事をダーリンって呼ぶな!」

「そんな……私のことが嫌いなんですか……?」

「うっ……」

「ごめんなさい、ダーリン……でも困らせる気はないの……妻と認めて貰える日までずっと待ち続ける覚悟はあります!」

「ええい、そんな日は来んわ!」

 

 結婚する気はないとはいえ、美人の涙には弱いランス。そもそも積極的な相手に慣れていないのか、リアのアプローチにたじたじとなっている。シィルもリアの勢いに呆然となっている。その三人を横目に、ルークはリアに続いて部屋から出てきた一人の女性に声を掛ける。

 

「久しぶりだな、マリス。息災で何より」

「お久しぶりです、ルーク様。そちら様もお変わりないようで」

 

 現れたのは、リア王女の侍女、マリス・アマリリス。リアが来ているという事は、間違いなく彼女も来ているだろうと思っていたが、どうやら予想は当たっていたらしい。

 

「リア様、お気持ちは察しますが、お話は中で」

「はーい。ダーリン、さっ、中に入りましょう」

「えぇい、引っ張るな!」

 

 ランスの腕を引っ張りながら部屋の中へと入っていくリア。シィルもそれに続き、残ったルークとマリスが互いに向き合う。

 

「それで、リア王女の悪癖は収まったのか?」

「お陰様で。ランス様からもきつく言われたようで、今ではあのような事は一切しておりません」

「それは何より」

 

 軽く話をしながらルークとマリスも部屋へと入り、扉を閉める。その瞬間、ヌッとリアが二人の間に割り込んできた。

 

「ね、マリス。ダーリンを困らせないように妻と認めて貰える日まで待ち続けようとする私って健気よね?」

「はい。その控えめな態度が、きっといつかランス様に通じることでしょう」

「えへへ、待っているからね、ダーリン!」

「待たんでいい!」

 

 パッと表情を明るくしてランスに向き直るリア。そのやりとりを見ていたルークは苦笑しながら口を開く。

 

「……相変わらず、甘やかしてはいるみたいだな」

「あら? この程度では甘やかしている内に入りませんよ」

 

 静かな笑みを浮かべながらそれに答えるマリス。ツッコミを入れるのも野暮かと考えたルークは深く追求するのは止め、騒ぎ続けるランスとリアを尻目に、部屋の隅に控えていたもう一人の来客者に声を掛ける。忍装束を身に纏った一人の少女に。

 

「……久しぶりだな。息災で何よりだ、かなみ」

「お久しぶりです、ルークさん」

 

 こうして、ルークたちはリーザスの三人と再会を果たす事となった。彼女たちがカスタムを訪れた理由とは一体何なのか。それを聞くにはもう少し時間が掛かりそうだと、目の前で今なお騒ぎ続けるランスとリアを見ながらルークは思うのだった

 

 

 

-カスタムの町 酒場一階-

 

「今日はなんだか上が騒がしいな……」

「営業妨害だよ……くすん……」

 

 下の階では、ドタバタと騒々しい二階に酒場の客が首を傾げているところであった。その元凶は町を救ってくれた人物であるため注意に行く事も出来ず、エレナはさめざめと泣くことしか出来なかった。

 




[人物]
リア・パラパラ・リーザス (2)
LV 3/20
技能 政治LV2
 リーザス国王女。かつては少女を誘拐し、自分の愉悦のためだけに拷問をしていた恐ろしい王女だったが、ランスにお仕置きをされて今ではすっかり改心。ランスに会うためだけに無理矢理時間を作り、カスタムへとやってきた。健気と言えば健気。

マリス・アマリリス (2)
LV 26/67
技能 神魔法LV2 剣戦闘LV1
 リーザス国筆頭侍女。リアの我が儘を聞いて無理矢理時間を作り、持ち出し禁止のとある物まで持ってきてしまった。相変わらずの甘やかしである。

見当かなみ (2)
LV 18/40
技能 忍者LV1
 リーザス王女リア直属の忍者。ルークの忠告を受け、忠臣目指し目下修行中。その頑張りは城の兵士たちも目の当たりにしており、将軍たちの間でも評価が上方修正されている。

長柄亮子
 カスタムの役所で働く女の子。役所の女の子の中では最もランと仲が良い。

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