ランスIF 二人の英雄   作:散々

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第137話 歯車

 

-玄武城 城内 最上階-

 

「お待たせしました、救世主様」

「うむ、ちゃんと着替えたリズナちゃんも可愛いな、がはは!」

 

 ふすまの向こうの部屋で着替えていた金髪の美女がこちらの部屋に戻ってくる。彼女の名はリズナ・ランフビット。曰く、この城にいる唯一の人間との事だ。ペコリと頭を下げるリズナをランスがジロジロと見回す。赤紫の和装に金髪というアンバランスさが妙な色気を醸し出しており、女性にしては長身。スラッとしたスタイルだが、その実胸は中々に大きい。

 

「(俺様の目算ではDカップだな。ぐふふ……)」

「リズナよ、このお方がランス殿か?」

「ん?」

 

 鼻の下を伸ばしていたランスだが、リズナの肩にプチハニーが乗っかっている事に気が付いて目を丸くする。

 

「なんだ、そのハニワは? いつ湧いた? 今すぐ始末してやろう」

「あ、待ってください。悪いハニーではありません。私の唯一のお友達、景勝です」

「景勝と申す。以後、お見知りおきを」

 

 小さな体でペコリと体ごと下げる景勝。JAPAN風の兜を被っており、白い髭を蓄えている。見た目と喋り方から判断するに、それなりの年のいったハニーのようだ。

 

「(まあ、いつでも殺せそうだし放っておくか)」

「こちらが、救世主様のランス様と、お供のシィルさんです」

「今世紀最大の英雄にしてリズナちゃんの救世主、ランス様だ。で、こいつは奴隷のシィル。お供なんて大層なものじゃないから間違えないように」

「しくしく……」

 

 ランスがふんぞり返りながら自己紹介をし、シィルが悲しそうな表情を浮かべながら頭を下げる。すると、リズナがキラキラと期待の眼差しをランスに向けながら口を開く。

 

「救世主様は、私を助けに来てくれたのですよね?」

「ん? うむ、その通りだ」

 

 全く以てそんな事はないのだが、適当に話を合わせるランス。その言葉を聞き、リズナの表情が更にパッと明るくなる。

 

「それでは、この永久保護魔法を……」

「待てぃ、リズナ!」

「えっ?」

「耳を……」

 

 何かを話そうとしていたリズナを制止し、肩に乗っていた景勝がぴょこんとリズナの左手に下りる。それを手の平で受け止めたリズナは言われるままに景勝を自身の耳に近づけていく。

 

「あの男を容易く信じるで無い。あれは悪人だ」

「でも、私を助けに来た救世主様とご自分で名乗られていましたよ」

「あんな口のでかくて悪人面した救世主などいてたまるか」

「な、なるほど……では、悪人なのですか?」

「うむ。だから容易く信じるで無い。信じた結果がどうなったかは、身を持って知っているはずだ……」

「…………」

 

 ひそひそとランスたちに聞かれてはいけない内緒話をするリズナと景勝。確かに話の内容自体は二人に聞こえていない。だが、景勝を耳の側に置いてひそひそと話すその姿は、私たちは内緒話をしていますと優に物語っているようなものだった。

 

「(うーむ、何か話しているな……流石に寝起きに胸を揉んだのがまずかったか?)」

「(ああ、これ以上ないくらいに怪しまれています……)」

 

 当然ランスとシィルもその事には気が付く。どうしたものかと考えながらリズナと景勝の出方を窺う二人。

 

「危ない、危ない……また騙されるところでした」

「うむ、このチャンスを逃すでないぞ。あの男を利用しろ」

「むかむか……おい、いつまでひそひそ話をすれば気が済むんだ? いい加減不愉快だぞ」

「あっ、すいません」

 

 ランスの苛立った言葉を受け、リズナがハッとした表情でランスたちに向き直る。先程までは自分を助けに来てくれた救世主に見えていたが、景勝の助言と今の乱暴な言葉を聞いた直後では確かに悪人に見える。

 

「(景勝の言う通り……確かに、良く見ると悪い人に見える……本当にこの人が私を助けに来てくれたのか、口から出任せを言っているのかを確かめないと……)」

 

 小さく拳を握り、真剣な表情でランスの目を見るリズナ。そのままゆっくりと口を開いていく。

 

「救世主様、一つ聞いてもよろしいでしょうか?」

「なんだ? 俺様の好みか? 俺様の好みは金髪に和装の美女で……」

「……救世主様は、どのような手段で私を助けて下さるのでしょうか?」

「むっ……」

 

 その質問にランスが眉をひそめる。自分を助けに来てくれたのかという問いにそうだと返してしまったランスだが、そもそも何から助けるのか、何で困っているのかを全く知らないのだ。今更あの言葉は嘘だったとも言い出しづらいため、何とかこの質問を乗り越えなければならない。困ったように後ろのシィルをチラリと見るが、シィルは首を横に振りながらリズナに聞こえない程度の声で囁く。

 

「すいません、判りません……」

「無能が……こういうとき、ルークならば上手い事言いくるめるんだがなぁ……」

 

 ランスがこの場にいない男の顔を思い浮かべながらそう呟く。自身もしょっちゅう言いくるめられているのには気が付いていないが。

 

「救世主様……?」

「うっ……」

「…………」

「(どうする……何か適当な事を……まあ、囚われの美女と言えば、ドラゴン辺りに捉えられているのが古くからの習わしか……?)」

 

 リズナの真剣な眼差しを見ながら、ランスは必死に頭を回転させる。ここで答えを誤れば、リズナからの信頼は地に落ちる。そうなっては彼女とヤる手段は強姦しか無くなってしまう。出来れば強姦ではなく和姦をしたいランスは珍しく真剣に考え抜き、結果として出た結論はこれであった。

 

「ドラゴンを倒して……君を助けに来た……かな?」

「…………」

 

 部屋を静寂が包み込む。その答えは、二人の望んでいたものでは無かった。

 

「(やはりな。事実を知らぬただの迷い人であったか……)」

「(……嘘つきだ。この人は嘘つきだ。救世主様なんかじゃない。景勝の言う通り、信じたら駄目な人だ)」

 

 二人の、特にリズナの目に失望の色が宿る。不穏な空気を察したランスはポリポリと頬を掻きながら口を開いた。

 

「違った……かな?」

「はい。ここにはドラゴンなどおりません」

「むぅ……実は俺様たちは迷ってここに辿りついただけなのだ」

「そうでしたか……最初からそう言ってくださったらよかったですのに……」

「すまん、すまん。つい勢いでな。まあ、何かに困っているのだろ? 俺様が来たからにはすぐに解決するから、任せておけ」

 

 これ以上食い下がってもマイナスにしかならないであろう事を感じ取ったランスは自身の嘘を素直に認める。だが、既に二人からの信用は地に落ちている事には気が付けていなかった。

 

「そうですか……では、詳しいお話は食事をしながらでも……」

「おお、そうか。実は腹が減っていたのだ」

「では、食堂に案内しますね」

 

 リズナがそう言って部屋から出て行き、ゆっくりと廊下を歩いて行く。それに続くランスとシィル。その二人を少しだけ肩越しに見ながら、リズナは静かに拳を握る。その頭を過ぎるのは、先の景勝の言葉。

 

『このチャンスを逃すでないぞ。あの男を利用しろ』

「(この人たちを利用して、私は……)」

 

 静かに握られたその拳には、いつの間にかじわりと汗が滲んでいた。

 

 

 

-玄武城 城内 食堂-

 

「おお、豪勢な食事でないか!」

 

 食堂に入ったランスのたちの目に飛び込んできたのは、一席一席にしっかりと配膳された状態の豪勢な食事であった。その豪勢さは少し前に行ったにぽぽ温泉の食事にも劣らない程だ。

 

「美味しそうです。これはリズナさんが?」

「いえ、私ではありません」

「ちっ、作ったのはハニワのほうか」

「いや。景勝は不器用にて、食事の手配など出来ませぬ」

「それでは、他にどなたかいらっしゃるのですか? この城にはリズナさんしか人間はいらっしゃらないと聞いていたのですが……」

 

 リズナと景勝の言葉に首を捻るシィル。一体誰がこの食事を用意したというのか。

 

「ここのお食事は自動的に用意されるんです。作る必要は無いんですよ」

「なんだと?」

「不思議な事なのですが、この城では食事などの生活必需品が自動的に用意されるんです」

「どういう事ですか? 何らかの魔法……?」

「私にも判りません」

 

 シィルの問いかけに首を横に振るリズナ。魔法と聞き、ランスが興味深げにシィルに振り返る。

 

「なんだ? 魔法でそんな事まで出来るのか?」

「強大な魔力を持っていれば可能だと思いますが、私では無理です。志津香さんやカバッハーン様ならば準備をしっかりと行えばあるいは……」

 

 かつて四魔女事件の際に過去へと渡って見せた志津香や、闘神都市で行動を共にした雷帝カバッハーンであれば、もしかしたら可能かもしれない。そうシィルが考えていると、リズナが少しだけ驚いた様な口調で言葉を発する。

 

「カバッハーン様というのは、雷の魔法を得意とする中年の魔法使いですか?」

「雷というのは合っているが、中年どころかよぼよぼの爺さんだぞ」

「あっ……そうですよね、もうご老体ですよね……まだご健在なのですか?」

「えっ? あっ、はい……」

「お懐かしい……」

 

 何かを思い出しながら微笑むリズナを見てシィルは首を捻る。雷帝カバッハーンと言えば、大陸にもその名を知れ渡らせている大魔法使いだ。彼の事を知っているのに、まだご健在なのかとは随分と変わった質問である。それだけこの城には外の情報が届かないという事だろうか。

 

「ところで救世主様。先程は何をなさっていたのですか?」

「先程?」

「私の体を……その……触って……」

「ああ、あれか。リズナちゃんがうなされていたからな。心配して起こしてあげていただけだ」

「あっ、そうだったんですか……」

 

 当然、口から出任せである。だが、リズナはポカンとした様子でランスの事を見ていた。そのリズナの耳に景勝がそっと耳打ちする。

 

「リズナ、簡単に信じるな」

「でも、この人本当は良い人かも……」

「違う。痴漢だ、痴漢。お前の体をまさぐっていた」

「えっ!?」

「お前の胸を揉み揉みと……」

「……いけない、また騙されるところでした」

 

 危ないところであったと息を吐くリズナ。だが、今の言葉に一つ疑問が残る。景勝がランスたちと会ったのは自分が着替えてからでは無かったのか。

 

「景勝。胸を揉むところを見ていて、止めなかったのですか?」

「…………」

「その後で救世主様たちと初対面であるような素振りをしたのは……演技?」

「リズナ、あの者たちに一つ仕事をして貰おう。うん、して貰おう。ヒマワリ退治なんか実力を量れていいかもしれんな、うむ、決定」

「えっ? あ、はい、そうですね」

 

 何故だか焦った様子でリズナを促す景勝。だが、リズナはそれにまんまと乗せられてしまう。ここまでである程度判るように、彼女は驚くほど騙されやすい。すっかり自分の言葉を信用したリズナを見て、景勝はホッと息を吐く。

 

「(危ない、危ない。実はあの男がリズナの胸を揉んでいたかどうかなど見ていない。とにかく嘘でも何でも良いから奴を悪人に仕立て上げ、リズナが奴を利用するのに罪悪感を覚えないようにせねば……)」

 

 そう、景勝は先程のランスの蛮行を見ていない。今の発言は口から出任せであった。まあ、偶然にも的中してはいたのだが。ひそひそ話を終え、リズナが食事を取り始めていたランスとシィルに向きなおって言葉を発する。

 

「あの、一つ頼み事が……」

「ん? 美女の頼みなら何でも聞いてやるぞ、がはは!」

「城の外に生えている暗黒ヒマワリを退治していただきたいのです」

「あー、あのシャーシャーと五月蠅い奴か」

 

 ここに来る前にランスは暗黒ヒマワリを目撃していた。城下町を散策中に発見した、南の門を塞いでいるおかしなヒマワリ。それの事かとランスが問いかけると、リズナは景勝に軽く視線を送った後、ペコリと頭を下げて肯定の意を示した。

 

「あ、はい、多分そうです」

「(多分……? リズナさんは見た事ないのでしょうか……?)」

 

 景勝が頷いたのを見てリズナがそう発言したが、シィルはその言葉に少しだけ引っ掛かっていた。城下町を歩いていればイヤでも目に入りそうなものだが、城下町に行ったことが無いとでもいうのだろうか。

 

「まあ、いいだろう。美女が困っているのを助けるのは英雄にして救世主である俺様の務め」

「ありがとうございます」

「あ、そうだ。リズナさん、私たちからもお願いが……」

「お願いですか……?」

 

 リズナに関して考えを巡らせていたシィルだが、それよりももっと大事な事を思い出して口を開く。突然の事に首を捻るリズナ。すると、シィルの隣にいるランスも眉をひそめながら問いかけてきた。

 

「お願い? 何の事だ?」

「ランス様、元の世界に戻る方法を教えて貰いましょう」

「ああ、そうだったな。折角だし聞いておくか。リズナちゃん、元の世界に戻る道を教えてくれ。出来ればリーザスか自由都市だと助かるぞ」

「あっ、それでしたら……」

「リズナ、少し待ちなさい」

 

 戻る道を知っているような口ぶりでリズナが発言しようとしたが、それを即座に景勝が止める。そのままランスに向き直り、神妙な口ぶりで言葉を発した。

 

「ランス殿、すまぬがそれを先に言うことは出来ぬ。こちらはまだランス殿を完全に信用した訳ではありませぬ。脱出方法を知ったら、ヒマワリ退治をせずに行ってしまわれるかもしれんので……」

「むかっ……」

「景勝、そんな失礼な事を……」

「いや、重要な事じゃ。ランス殿、ここは取引としましょう。ヒマワリを退治してくださったら、脱出ルートをお教えします」

「うーむ……」

 

 景勝の言葉に少しだけイラッとしたランスだが、冷静になって取引の事を考える。景勝はああ言っているが、元々ランスはここから勝手に出て行くつもりなど更々ない。なぜならば、目の前のリズナとまだヤれていないからだ。これだけの美女に手を出さないで帰る選択肢など、ランスには無い。となれば、この取引は差してこちらにマイナスな要素はないため、ランスはこれを承諾する事にした。

 

「いいだろう。俺様がサクッとヒマワリを殺して来てやろう」

「ありがとうございます」

「ですが、どうして暗黒ヒマワリを? あれは近寄らなければ特段無害なのですが……」

「それは……」

「シィル、余計な詮索はするな。美女には人に言いにくい乙女の秘密というものがあるのだ」

「はぁ……」

 

 少し言い淀んでいたリズナを見て、ランスが余計な詮索はするなと釘を刺す。ホッと息を吐くのは、リズナの肩に乗っている景勝だ。自分たちが脱出するために邪魔になるから狩って貰うというのは、ランスたちに知られれば面倒な事になりかねないからだ。

 

「ではメシを食ったら行くとするか」

「あ、食事の最中だったのに長々とお話ししてしまってすいません」

「ほれ、シィル殿も遠慮せずに食べてくだされ。どうせ自動的に用意されるものじゃ」

「あ、はい、ありがとうございます」

 

 話はひとまず終わったため、ランスは食事に戻りガツガツと食べ始める。その横で遠慮がちにしていたシィルにも食べろと景勝が促し、しばし雑談の時間となる。

 

「しかし城のゲンジは何とかならんのか? 数が多くて面倒だったぞ」

「あ、それならばこの通行手形を持っていれば襲ってきませんよ」

「(あれを倒すか……いや、卑怯な手を使ったのかもしれん。ヒマワリ狩りで見極めねば……)」

「天ぷら美味しいです」

 

 リズナから通行手形を受け取るランス。これで以後はゲンジを気にせず自由に城を行き来できるようになった。景勝がランスを値踏みするような視線を送り、シィルが豪勢な食事に舌鼓をしていると、何やらドタドタとした足音が部屋の外から聞こえてくる。すると、食堂の扉が盛大に引き開けられた。

 

「ただいまなのれす! 頭はまだ痛いけど、あてなは元気なのれす!」

「ああ、やっぱり無事だったか」

「お知り合いですか?」

「俺様の所有物」

 

 やってきたのは、先程城の最上階から真っ逆さまに落ちていったあてな2号だ。頭に大きなたんこぶを作っているものの、元気いっぱいの様子にシィルがホッと胸を撫で下ろす。こうしてあてな2号と合流したランスたちはそのまま食事を片付け、ヒマワリ退治のために城を後にするのだった。

 

「……行きましたね」

「うむ……久方ぶりの来客、これを上手く使わない手はあるまい」

 

 ランスたちが城から出て行ったのを窓から確認し、リズナが大きく息を吐く。景勝の指示通り色々と画策したが、元々の素直な性格からそういった事柄はあまり得意ではなく、かなり緊張していたのだ。

 

「景勝……一緒に協力して脱出の方法を探すというのでは駄目なの……?」

「甘い。そうしようとして今まで何度騙されてきた? それに、あの男が人の言う事を素直に聞いてくれるような男に見えたか?」

「…………」

「今度は騙される立場ではなく、騙す立場に回るのだ」

「でも……」

 

 今更ながらにリズナが渋る。その気持ちは景勝には痛いほど判っていた。リズナは良い娘だ。単純明快な言葉ではあるが、これ程までにリズナを称するのに使いやすい言葉は無い。人を信じ、疑わず、頼み事とあれば協力を惜しまない。だからこそ、この娘は今まで幾度となく人に騙されてきた。

 

「……後何年、この城にいるつもりじゃ?」

「……!?」

 

 リズナが目を見開く。それは少し前に、いや、これまで幾度となくリズナと景勝の間で交わされてきた会話だ。だが、いつもと立場が違う。いつもは自分が質問者、景勝が回答者だ。

 

「永遠に出られなくても良いのか? これは千載一遇のチャンスなのだぞ」

「…………」

「リズナ、どうなのじゃ?」

「出たい……です……また外の世界に……」

「ならば、今から作戦を伝授する。良く聞くように」

「…………」

 

 無言で、されど真剣な表情で姿勢を正し、リズナが景勝に向き直った。それは、景勝の作戦に乗る事を決心したという事。

 

「(リズナは優しい娘じゃ。人を騙すことなど自身の望むところではないだろう。だが、この機を逃してはならぬ)」

 

 景勝の脳裏に蘇るのは、かつてのリズナの姿。壊れている、その一言で全てを表せてしまう程にボロボロであった姿だ。あの頃と比べれば、今のリズナは何と元気になった事か。もう二度とあのような姿にする訳にはいかない。この娘には幸せになる権利がある。なればこそ、自分が背中を押してやらねばならない。

 

「(この景勝が必ずやお主をここから連れ出して見せよう……例え鬼畜生と呼ばれようと、お主に嫌われようともな……)」

 

 

 

-玄武城 南の門前-

 

「到着。うーむ、見事なまでに咲き誇っているな」

「小さな太陽一杯なのれす」

 

 リズナからの依頼を達成すべく、ランスたちは真っ直ぐ南の門までやってきていた。ここはランスたちが入って来たのとは別の門。気持ちが悪くなるくらいに大量に咲き誇ったヒマワリは門一面を覆い尽くしており、門を開ける事すら不可能な状態になっていた。

 

「これを皆殺しにすれば良いのだな。ふん、簡単な仕事だ」

「ランス様、暗黒ヒマワリは再生力が高いです。これだけの数となると、全滅させるのは中々に大変かと……」

「こっちも三人いるのれすから、楽勝なのれす。シィルちゃんは心配性なのれす」

「行くぞ! 皆殺しだ!!」

 

 心配そうにしているシィルをよそに、掛け声と共にランスとあてな2号は駆けていく。慌ててそれに続くシィル。自分に向かって放たれている殺気に気が付き、門に絡まっている暗黒ヒマワリたちは一斉に奇声を上げた。

 

「ききゃぁぁぁぁ!!」

「五月蠅い! 死ねぇぇぇ!!」

 

 剣を抜いたランスは勢いよくその枝を斬り伏せていく。それに続くように、シィルは炎の矢を四方八方に放ち始めた。

 

「炎の矢! 炎の矢!」

 

 植物という事もあり、暗黒ヒマワリの弱点は炎だ。必然的にこの戦いでの主力はシィルとなる。次々と暗黒ヒマワリを灰にしていく。それをちょっとだけ嫉妬の目で見ながら、あてな2号も負けじとナイフを取り出して暗黒ヒマワリに立ち向かう。

 

「あてな芝刈り!! 効果、相手は斬られるのれす」

「ただ単にナイフで一本一本斬っているだけではないか」

「必殺技っていうのは言ったもの勝ちなのれすよ。トマトの必殺技も言ったもの勝ちだったのれす」

 

 話ながらも次々と暗黒ヒマワリを屠っていくランスたち。だが、暗黒ヒマワリの生命力はやはりとんでもなく、ランスとあてな2号が斬った枝が次々と再生し、新たなヒマワリを咲かせていく。

 

「ちっ……やはり持久戦になりそうか……植物風情の分際で生意気な。俺様が人間様の強さを判らせてやろう」

「ご主人様、かっちょいいのれす!」

「お、シィルの燃やした箇所は再生していないではないか。仕方ない、お前に見せ場を譲ってやろう。やれ、シィル、あてな2号。俺様はちょっと休憩だ」

「あ、はい……」

 

 威勢の良いことを言った矢先の休憩発言に流石のシィルも額に汗を掻く。言われたまま次々と暗黒ヒマワリを燃やしていくシィル。確かに燃やしたところの再生はなされないが、暗黒ヒマワリはポンポンと種を飛ばし、そこから新たな暗黒ヒマワリを繁殖させていった。終わりの見えないマラソンとは正にこの事。

 

「ひぃ……ひぃ……ごめんなさい、ランス様。無理です……」

「もうへたへたなのれす……こいつら減らないのれす……」

「ちっ、役立たず共め。それでも俺様の奴隷か!? シィル、もっと強力な炎魔法で一気に燃やし尽くせ。ハウゼルちゃんやサイババみたいな魔法でだ」

「既にサイアスの名前がうろ覚えなのれす」

「無理です……あのお二人のような炎魔法は……」

 

 闘神都市の戦いでその炎魔法の威力を見せつけた二人を引き合いに出すが、シィルは申し訳無さそうに首を横に振る。シィルは魔法使いの中でも比較的器用であり、それなりに多くの属性の魔法を使う事が出来るが、反面これだと言える威力の魔法は持っていない。しいて上げるのならば、氷魔法が一番得意であろうか。

 

「ちっ、役立たずめ。もう少し火力があれば……」

「あ、あてなに火炎放射機能も付いているのれすよ。それを使えば一網打尽なのれす。褒めて、褒めて」

「馬鹿者。そういう事はさっさと言え。そしてさっさと使え」

「はいなのれす」

「あ、私も引き続き援護しますね」

 

 ランスの指示を受け、アテンが持っていたナイフを仕舞い、代わりに小型のボンベのようなものを取りだして右手にカチャリと付ける。シィルも炎の矢で暗黒ヒマワリを燃やし続ける中、準備の終わったあてな2号は高々と右手を掲げた。

 

「あてなハイパー小型火炎放射器なのれす。汚物は消毒なのれす!」

「いいからさっさと燃やせ」

「駄目ーー! ヒマワリを燃やしちゃ駄目ーー!!」

「ん?」

 

 突如聞こえてきた声に全員が振り返ると、そこには頭にヒマワリの刺さった一体のハニーがいた。

 

「ヒマワリさん、良い人。虐める奴、最低!」

「なんだ、このハニーは?」

「変態、口でか、強姦魔!」

「大体当たっているのれす」

「お前、一ヶ月エッチ禁止」

「がががーーん!!」

 

 何故だか執拗に暗黒ヒマワリを守ろうとするハニーを見て眉をひそめるランス。邪魔をするのであれば容赦をする必要も無い。とりあえずあてな2号に罰を言い渡した後、剣を抜いてハニーに近寄っていく。

 

「生意気な瀬戸物め。俺様の剣で粉々に砕いてやろう」

「ちょっと待って、ちょっと待って。暴力反対。とりあえずこのヒマワリを頭に刺して落ち着こう」

「アホか、こんなもんで落ち着くか」

 

 壊されると聞いて流石に焦ったのか、ハニーは震えながら自身が刺しているのとは別のヒマワリをランスに手渡してくる。それをポイと捨てるが、後ろに立っていたあてな2号はランスが捨てたそのヒマワリを目ざとくキャッチする。

 

「勿体ないのれす。あてな2号が頭に刺すのれす」

「あてなちゃん、駄目。どう考えても怪し……」

「ぶすっ、なのれす!」

「あっ……」

 

 そう考えても怪しすぎるそれを疑いもせず頭に刺してしまうあてな2号。瞬間、その手がヒマワリを持ったまま止まり、俯いたまま動かなくなる。

 

「あてなちゃん……?」

「……ヒマワリ様、万歳なのれす」

「…………」

「…………」

 

 その言葉に、シィルは心配そうな、ランスはかつて無いほど呆れた表情を作ってあてな2号を見る。

 

「ヒマワリ皆兄弟。銀河系人気植物ヒマワリ。万歳、万歳なのれす」

「かつてここまで情けない洗脳のされ方をした奴がいただろうか……? 駄目だな、このポンコツ。見捨てるか」

「それは流石に……」

 

 とんでもない事を口にしたランスだが、その気持ちも少しは判ろうというもの。驚くほどの自爆である。あてな2号はそのまま同じように頭にヒマワリの刺さっているハニーと手を取り合い、小躍りを始める。

 

「これからはヒマワリ様の時代なのれす」

「流石のヒマワリにはメガネっ娘でも勝てない」

「るんたった」

「るんたった」

「うーむ、今からクーリングオフ出来ないものか……」

 

 そのあてな2号を見て渋い顔をするランス。因みに、真知子に申し出たところで受け取り拒否される。あてな2号がこの性格になった原因はランスなのだから。

 

「これは城下町のみんなにもヒマワリ様の素晴らしさを広めないといけないのれす」

「協力するよ、あてなちゃん」

「あっ、待って!」

 

 シィルが慌てて引き留めようとするが、もう遅い。あてな2号はハニーと一緒に仲良く城下町の方へと駆けて行ってしまった。

 

「ちっ……」

「どうしますか、ランス様?」

「放っておけ。どうせまたすぐ俺様たちの前に現れる。その時に頭のヒマワリを引っこ抜いてやれば多分戻るだろ」

 

 シィルが心配した様子で問いかけてくるが、ランスは即座に答える。城下町と口にしていたし、洗脳しているのが暗黒ヒマワリとなれば、あまり南の門からは離れられないはず。変に追い回して体力を消耗するよりも、暫く放っておいて後々出くわした際に戻してやればいい。

 

「ですが、流石に二人では人手不足かと……」

 

 シィルが暗黒ヒマワリに向き直りながらそう口にする。見れば、いつの間にかランスたちがここに辿りついた際とほぼ変わらない数の本数に再生を遂げていた。恐るべき繁殖力だ。あてな2号がいなくなった今、二人でこれを全滅させるのは至難の業。だが、ランスはそのシィルの問いかけにニヤリと笑う。

 

「なぁに、俺様に良い考えがある」

 

 

 

-砂漠地帯 ホテルおたま-

 

「行ってらっしゃーい。出来れば帰りもよってねーん」

 

 ブンブンと手をふるおたま男から遠ざかりながら、ホテルを出発したルークたちは砂漠を歩いて行く。ここから1キロほど行った場所に目的地であるギャルズタワーがあるのだ。といっても、塔は夜にしか現れないため、この時間ではまだ現れていないだろうが。

 

「シトモネ、大丈夫か?」

「大丈夫よ、問題ないわ!」

「お前には聞いていない」

「大丈夫です。ご迷惑をお掛けしました……」

 

 ルークが後ろを振り返りながらシトモネにそう尋ねる。先程まで酒でダウンしていたからだ。それにサムズアップで答えたロゼは適当に流しつつ、シトモネからの返事を聞いて小さく頷く。

 

「まあ、無理はするな」

「先の一件は私にも責任があるからな。その分は私がフォローするさ」

「ああ、今更ながらに酒に酔ってきた……これは私のサポートも必要ね……チラッ!」

「ダ・ゲイル呼べ」

「むぅ……志津香やかなみに対しての優しさを半分くらい私に分けてもバチは当たらないと思う件」

 

 セシルの言葉を聞いたロゼは即座にルークをチラ見するが、ルークの返事はたった一言。それを見てシトモネがひそひそとセシルに耳打ちする。

 

「ルークさん、怒っているんでしょうか?」

「あれが怒っているように見えるなら、まだまだ青いな」

「えっ?」

「じゃれ合っているだけだ。本当に仲の良いコンビで……」

 

 自分たちへの態度とロゼへの態度が明らかに違うため、先の一件でロゼに対して怒っているのかと不安になるシトモネ。だが、セシルの見方は違った。ルークは誰に対しても割と丁寧な対応、言い方を変えれば大人な対応をする。そのルークがあのような態度を取る相手はかなり限られている。セシルは知らないが、サイアスやフェリスなどがそれに当たる。それ程ルークの信頼をロゼは勝ち取っているのだ。

 

「で、本当に鬼ババアには出会うんでしょうね? いや、出会わないに越した事は無いけど」

「出会うぜ、間違いなくな。フラグ的な事を言えば多分今すぐにでも出てくる」

 

 地図を持ちながら先頭を歩いていた凱場にロゼがそう問いかけると、ニヤリと笑みを浮かべながら凱場がこちらを振り返ってそう答える。随分と自信満々な様子だ。

 

「フラグ……?」

「まあ、こういうやつだ。なんとか塔までは無事に辿り着けそうだな!」

「急に大声で!?」

「楽勝だったわね! この砂漠は無事に越えられそうよ!」

「ロゼさんが続いた!?」

 

 砂漠の中で急に大声を上げる凱場。シトモネが驚いているのを横目に、ロゼがそれに続く。その口から発せられたのは、凱場の言うところのフラグ的な言葉。

 

「ほら、あんたたちも続いて」

「そう言われましても……」

「この仕事が終わったら、久しく会っていない友人に会いに行くか!」

「剣の腕を見せる前に終わっちまったな。それだけが心残りだ!」

「意外にも二人がノリノリ!?」

 

 ロゼに促されてポリポリと恥ずかしそうに頬を掻いていたシトモネだったが、セシルとルークがノリノリで大声を上げるというまさかの事態に最早突っ込みが追いつかない。その時、遠くの方から地響きがする。ドスン、ドスンという振動は徐々にこちらに近づいてくる。

 

「おっ? お出ましだな。だから言ったろ、絶対に出会うってな」

「やったか、と言ったらやってない。終わりだ、と言ったら終わってない。まあ、冒険者の常識だな」

「あの……フラグを回収したというより、ただ単に大声を上げたからあちらに気が付かれただけなのでは……?」

 

 シトモネのその言葉を受け、ルーク、凱場、セシルの三人が目を見開いてシトモネを見てくる。

 

「なん……だと……?」

「斬新な発想だ……」

「それは……冒険者の常識には無い……」

「一般常識です!!」

 

 因みに、ロゼだけは口元を手で覆って笑いを堪えていた。当然大声が原因である事は気が付いていたのだろう。遠くから近寄ってきていた振動が止まる。その主が立ち止まったからだ。

 

「ひゃっひゃっ……むむっ、人間かい?」

 

 それが立ち止まったのは、ルークたちの目の前。10メートル近い長身からこちらを見下ろしてくる、顔が三つある化け物。声や形状から女性と思われる。間違いない、彼女がこの砂漠の主の鬼ババアだ。

 

「ほう、中々に手応えのありそうな相手じゃないか」

「こいつが塔に行く前に出会う中ボスって時点で、今回の山はやっぱでけえな。塔の崩壊は確実だ」

「だから崩壊させないでください!」

 

 セシルがニヤリと笑いながら鬼ババアを見上げ、凱場も怖れることなく鬼ババアを観察する。一流の冒険野郎はこの程度のピンチを幾度も乗り越えてきたのだろう。すると、こちらを見下ろしていた鬼ババアが突如怒り狂った。

 

「な、なんて凛々しい女……」

「ふむ……」

 

 セシルを指差し。満更でも無い顔をするセシル。

 

「な、なんて初々しい女……」

「褒められているん……ですよね……?」

 

 シトモネを指差し。素直に受け取って良いものか首を捻るシトモネ。

 

「な、なんていけてる女……」

「イくのは得意よ!」

 

 ロゼを指差し。サムズアップでナチュラルに下ネタをぶち込む辺りは流石である。

 

「な、なんてセクシーな男……」

「セクシーか……大冒険Part18で村娘に言われて以来だな」

 

 凱場を指差し。少し昔を思い出しながら感傷に耽る凱場。

 

「な、なんてダンディな男……」

「ほう……」

「ダンディ。若い男には使わない言葉。主におじさんに用いられる」

「よし、殺そう」

 

 ルークを指差し。少しだけ気分を良くしていたルークだが、ロゼの呟きを聞いて鬼ババアに向けて剣を抜く。

 

「ぐぬぬ、不愉快、不愉快だぁぁぁ! 美男美女がイチャコラと……その顔面をぐちゃぐちゃに潰してやろうじゃないか、ひゃっひゃっひゃっ!!」

「おおう、もてない女のひがみは怖いわね」

 

 地面をバンバンと叩き、そう宣う鬼ババア。長身から繰り出されるそれは、地響きとなってルークたちの体を揺らす。その後、自身の中で結論の出た鬼ババアはけひゃけひゃと笑い出した。どうやらルークたちの顔面を潰す事に決めたらしい。

 

「さて、これは戦闘を避けられそうに無いな」

「みんな、本番はギャルズタワーだ。怪我すんじゃねぇぞ」

「強そう……緊張するな……」

 

 セシルが剣を抜き、凱場が鞭を構え、シトモネも震えながら杖を手に持つ。全員が臨戦態勢に入る中、ロゼがルークの肩をチョンチョンと突く。

 

「ちょっと、フェリス……」

「ああ、そうだったな」

 

 先程ホテルで話した通り、悪魔界で居心地の悪いフェリスを呼び出そうという話をロゼが口にする。元々今回の依頼ではフェリスを呼ぶ気は無かったが、ロゼの言う事が事実であるならばむしろ呼んで上げた方がフェリスにとっても良いのかもしれない。そう考え、ルークは右拳を握って前に突き出した。

 

 

 

-玄武城 南の門前-

 

「良い考え?」

「うむ。あてな2号のいない戦力不足をあっという間に解消できる俺様の切り札だ」

 

 シィルの問いにランスが自信満々に答える。そして、パチンと指を鳴らしながら口を開いた。

 

 そして、同時に紡がれる二つの言葉。

 

「かもーーん、フェリス!!」

「来い、フェリス!!」

 

 それは、一人の悪魔の運命を変える事になる出来事。

 

 

 

-砂漠地帯-

 

「……ん?」

「誰も来ないですね……フェリスさんが来るはずだったんですよね?」

「ルーク、どういう事?」

 

 ルークの言葉が砂漠にこだましたが、普段であれば即座に現れるフェリスが全く姿を見せない。シトモネが首を捻り、ロゼが眉をひそめながら問いかけてくる。

 

「……多分、ランスが呼び出しているな」

「あちゃあ。ついてないわ」

「仕方ねぇ。来ない援軍は来ないものと割り切って、目の前のババアをさっさと片付けるか」

 

 ロゼの発した『ついてない』というのは、一体誰に向けての言葉であったのか。

 

 

 

-玄武城 南の門前-

 

「……ちょっと、ランスなの? 勘弁してよ……ごほっ、ごほっ……」

「呼び出すや否や文句を言うな、このヘタレ悪魔」

 

 これまで奇跡的に噛み合っていた歯車が、ガチャリと不穏な音を響かせた。

 

 


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