ランスIF 二人の英雄   作:散々

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第135話 妖怪の住む町

 

-玄武城 長屋町-

 

「うーむ、見事なまでに貧乏くさいところだな。貧民街か?」

「ランス様、JAPANではこういう家が普通のようですよ。以前本で読んだ事があります」

 

 城下町を歩くランスとシィル。周りに立ち並ぶのは、木と藁で出来た家々だ。大陸では珍しいが、これはJAPAN風の家である。その家々を見たランスは不穏な事を口走る。

 

「火をつけたら楽しそうだな……」

「えっ!? だ、駄目ですよ、ランス様。放火は大罪です……きゃっ! ランス様、やめて下さい。こんな所で……」

「ん? 何を言っているんだ?」

 

 シィルが慌ててランスを止めようとしたが、瞬間お尻を何者かに触られて小さな悲鳴を上げる。当然ランスの悪戯だと思ったシィルはそう口にするが、ランスは両手を挙げて身の潔白を証明する。では一体誰がお尻を触ったのか。ランスとシィルが同時に後ろを振り返ると、そこには少し大きいビーバーのような謎の生物が立っており、シィルのお尻をイヤらしい手つきで触っていた。

 

「ごんげー」

「きゃっ!」

「貴様、俺様の所有物に勝手に触るとは良い度胸だ。殺してやるからそこを動くな!」

「ごんげー」

 

 ランスが剣を振りかぶった瞬間、全身が毛で覆われているその生物はすたこらさっさとどこかに逃げて行ってしまった。

 

「ああ、こら、動くなと言っただろうが! このくされ動物め、ぶち殺してやるから出て来い!」

「ランス様、もう大丈夫ですのでその辺で……」

「ふんっ!」

「きゃん!」

 

 ブンブンと剣を振り回しているランスを止めるシィルだったが、突如その頭をポカリと殴られる。突然の事に頭を抑え、涙目でランスを見上げるシィル。そのランスは怒り心頭といった顔でシィルを見下ろしていた。

 

「馬鹿者! お前のその乳もケツも俺様の所有物だ! 他の奴に触らせるな!」

「ご、ごめんなさい。以後気をつけます……」

 

 ぷんすかと怒るランスに必死に謝りながらも、少しだけ嬉しくなるシィル。ランスが自分の事をそういう風に思ってくれているのがささやかだが嬉しかったのだ。すると、シィルを睨み付けていたランスの目つきが徐々にイヤらしいものに変わっていく。

 

「仕方ない。この俺様自らお尻がおかしな事になっていないかチェックしてやろう。シィル、尻を出せ!」

「えっ!? こ、ここでですか……?」

「当然だ。変な病気になっていたらマズイからな、ぐふふ……」

「ひんひん……」

 

 シィルの幸せもつかの間、すぐにいつも通りの光景が広がるのだった。

 

 

 

-砂漠地帯 ホテルおたま-

 

「くぁぁぁ……よく寝た。何か四ヶ月くらい寝ていた気がするわ!」

「いきなりどうした?」

 

 ロゼが伸びをしながらベッドから起き上がってくる。それを不思議そうな目で見るルークたち。塔攻略に向けての話し合いをしていたため、何だかんだでまだ女部屋に全員集まっていた。ロゼは面倒な話し合いはパスだと言って昼寝に入っていたのだが、突如起き出したかと思うと謎の発言をしたのだ。

 

「まだ寝始めてから一時間も経っていないぞ」

「んー……おかしいわね、十分過ぎるほど寝た気がしたんだけど」

「そう言われると、私たちも話す事が無くなるくらい長い時間会議をしている気が……」

「待て、それ以上は良くない」

 

 時計を見ながらそう口にするルークにロゼが首を捻る。一体四ヶ月という発言はどこから飛び出したものなのか。シトモネもロゼの発言に賛同しようとするが、セシルが神妙な面持ちでそれを止める。それはベテラン傭兵の勘であろうか、それ以上の発言は色々とマズイ気がしたのだ。

 

「まあ、それはいいわ。それで、今はどんな感じ?」

「主に塔に関して判っている事を纏めていたのと、使える魔法や手持ちのアイテム確認なんかだな」

「おう、寝てて良かったって思える面倒な作業ね。あ、手持ちのアイテムとか殆ど無いんで。ほれほれ」

「見りゃ判る」

 

 セシルが口にした通り、ルークたちは各々の戦力状況を互いに伝え合っていた。凱場からの情報によると、ギャルズタワーは低く見積もっても十階以上の建物であるとのこと。また、上の階に行けば行くほど強力なモンスターが待ち受けているらしく、目撃情報には上級モンスターである神風の姿もあったらしい。となれば、いくらこの面子でも気を引き締めて立ち向かう必要がある。ロゼがヒラヒラと羽織っているローブを動かすが、下着にローブを羽織っているだけという見慣れた姿にルークは全く反応を示さない。

 

「シトモネ、どう思う? こういう風に反応無い男の事」

「そこで私に振らないでくださいよ!」

 

 いきなり話を振られたシトモネが反応に困ってツッコミを入れる。だが、ほぼ初対面のこの面々に早くも打ち解けたようではある。ロゼの狙いがその辺にあったかは定かではないが。ただ単に楽しんでいるだけとも取れる。

 

「そういう間柄じゃないだろうが」

「まあそうなんだけどね。因みに、志津香がこういう格好で挑発してきたら反応すんの? その辺詳しく」

「唐突だな。それに、何故志津香?」

「細かい事は良いから」

「志津香……? ああ、カスタムの魔法使いか」

 

 眉をひそめるルークに回答を迫るロゼ。志津香の事を知らない凱場とシトモネの二人は置いてけぼりだが、セシルだけは解放戦で何度か見かけた魔法使いの顔を思い出して小さく頷いていた。ルークは顎に手を当てて少し考えた後、ゆっくりと口を開く。

 

「……多分、怒るな。ちゃんと服を着ろって」

「うわ、おっさんくさ! あんたは保護者か!」

「…………」

「ふっ、バッサリだな」

 

 まるで期待していなかった返答を聞いてロゼがバッサリと切り捨てる。絶句するルークを見て苦笑するセシル。ルークにとっては恩人の娘であり、多少なりともそういう見方をしてしまうのは無理のない事なのだが、ロゼはそんなつまらない答えは聞きたくなかったのだろう。そのまま床に拡げた資料を見ている凱場に視線を移す。

 

「で、戦力的には足りそうなの?」

「大丈夫だとは思うが、気になる事が一つある」

「気になる事?」

「砂漠の主っていう鬼ババアだ」

「ああ、おたま男さんの言っていた……」

 

 シトモネが少し前、何故か感覚的には四ヶ月くらい前の事に思えたが、時間的には少し前の事を思い出してそう口にする。砂漠の主に気を付けろとおたま男は言っていた。セシルも同様にその事を思い出し、次いでその後に言っていた事も思い出して口を開く。

 

「だが、ルークであれば心配はいらないとも口にしていたぞ」

「まあな。だが、倒すのに時間を取られてギャルズタワーが見えなくなっちまったらマズイ」

「ギャルズタワーってそんなに限られた時間しか見えないもんなの?」

「月夜にしか現れないとだけ言われていて、消える時間は定かじゃねえ。大丈夫だとは思うが、念には念を入れて少し早めにホテルを出ようと思う」

「えー」

「露骨に嫌そうな顔をするな、姐さん」

 

 凱場の言葉に判りやすい反応を見せるロゼ。苦笑している凱場に今度はルークが問いかける。

 

「別に構わないが、鬼ババアと出くわさなかったら暫く砂漠で待つ事になるぞ」

「それは大丈夫だ。鬼ババアとは絶対に出会う!」

「凄い自信だな。何か根拠でもあるのか?」

 

 セシルの問いを受け、凱場は自信を親指でビシッと示しながら自信満々に口を開いた。

 

「それは俺が冒険野郎だからだ! 誰彼には気を付けろ、何それには注意しろ、そういうフラグ的な発言は必ず回収する! これまでの冒険ではずっとそうだった!」

「妙に説得力あるわね……」

「つまり、ギャルズタワーは大崩壊するという事だな」

「だから勝手に崩壊させないで下さい!」

「するぜ。今回の冒険は『凱場マックの大冒険part27-ギャルズタワー大崩壊-』ってタイトルだからな」

「今すぐタイトル変えて下さい!!」

「(シトモネがツッコミをしてくれるから楽できて良いな……)」

 

 キラリと目を光らせるセシルにツッコミ、それに対して爽やかに笑う凱場にまたツッコミと大忙しのシトモネ。ルークがその光景を見ながら心の中で呟くが、少し前までフェリスの胃に多大なダメージを与えていた男がどの面下げてツッコミ側の顔をしているのかという話である。

 

 

 

-玄武城 城下町-

 

「いらっしゃいませー、お店ですよー」

「むっ、どこからともなく聞こえてくる美女らしき声」

「ランス様、あそこにお店があります」

 

 引き続き城下町を練り歩いていたランスとシィルだったが、先の謎の生物以降は何者とも出会っていなかった。割と広い城下町だというのに、ここまで人の気配を感じないのは異常である。もしかしたらとっくに人が住んでいない廃城なのかもとシィルが思っていた矢先に、女性の元気な声が少し離れた場所から聞こえてきた。キョロキョロと辺りを見回すランス。この洞窟から脱出するための手段を聞くためというより、聞こえてきた声が可憐な声であったという要因の方が大きかったりする。シィルが指差す先にはちょっとした商店があり、その店先に和服のメガネ美女が立っていた。

 

「おおっ、美女ではないか! 行くぞ、シィル!」

「はい!」

 

 急いで商店へと駆けていくランス。シィルもようやく人間に出会えたことが嬉しかったのだろう、元気よくその後についていった。その二人を視界に捉え、メガネの女性が驚いた様な表情を浮かべる。

 

「わっ……いらっしゃいませー、久しぶりのお客様ですよー」

「うむ、可愛い。グッドだ」

「可愛いだなんて、もー。お世辞言っても値引きはしませんよー」

「お世辞では無いぞ。俺様はランス。君の名前は?」

「海苔子なんですー」

 

 ランスの言葉を受け、少し照れた様子で店員の女性が顔を赤らめる。名前は海苔子というらしく、受け答えも丁寧。その対応を見て安心したように息を吐くランス。

 

「良かった、アイテム屋だからてっきり頭がちょっとおかしい子なのかと」

「それはアイテム屋に対する偏見ですよー」

「がはは、知り合いのアイテム屋は変な奴が多かったからな」

「(……否定出来ないのが悲しいです。ごめんなさい、皆さん)」

 

 闘神都市でもルークと話したように、ランスたちの周りにいるアイテム屋は少し変わった者が多い。独特の喋り方をするトマト、一年中下着姿のリーザスアイテム屋パティ、謎の生物を飼っている闘神都市のアイテム屋よっちゃん、人間ですらないカンラの町アイテム屋のしゃもじ親父。シィルもランスの言葉に頷いてしまい、すぐに心の中で謝るのだった。すると、今のランスの言葉を聞いた海苔子が困ったように微笑みながら口を開く。

 

「それですと、私が一番変なアイテム屋かもしれません」

「むっ? どういう事だ?」

「私、人間じゃありません。妖怪なんです」

「えっ!?」

 

 シィルがその言葉に思わず声を漏らす。それを見た海苔子はすぐに手を軽く振って言葉を続ける。

 

「あ、大丈夫です。怖い妖怪ではありませんので。人間を襲ったりしません」

「シィル、妖怪とは何だ?」

「妖怪というのは……」

 

 妖怪。先にロゼが説明したとおり、想いや情念が形になった存在である。本で読んで妖怪のことを知っていたシィルがランスに説明するのを見ながら、海苔子が申し訳無さそうに言葉を続ける。

 

「すいません、妖怪で」

「いや、可愛いから問題ない。どうだ、一発ヤらんか? 俺様は美しい君に一目惚れだ」

「ヤる……? 一目惚れって……駄目ですよ、お戯れをー」

 

 ヤるという方にはピンと来ていないが、その後の一目惚れという言葉に照れる海苔子。非常に初々しい反応である。

 

「いや、俺様は本気だ。俺様と楽しい事をしようではないか」

「駄目ですよー。そんなに可愛い彼女さんがいるんですから」

「えっ……」

「ああ、これはただの奴隷だ」

「…………」

「奴隷さんなんですか……」

 

 海苔子にそう言われてドキリとするシィルだったが、すぐに飛び出したランスの言葉を聞いて表情を落とす。奴隷と聞いた海苔子が哀れみの視線をシィルに送っていると、城下町の向こうから何者かが歩いてくるのが目に飛び込んでくる。

 

「あっ、のっぺらぼうさん! 珍しいですね、外を出歩くなんて」

「ナニカ オカシナ ケハイヲ カンジタカラ カクニン シニキタ」

「むっ?」

 

 ランスが後ろを振り返ると、そこには黒頭巾で顔を覆った坊主が立っていた。すぐに紹介に入る海苔子。

 

「この方はのっぺらぼうさん。私と同じ妖怪で、この先にあるお寺の住職をしています」

「お坊さんですか、言裏さんと同じですね」

「んっ? なんでお前が言裏を知っている」

「あっ、いえ、その、あわわ……」

 

 少し前にハピネス製薬の事件を共に解決したJAPANの坊主、言裏。その時シィルは家で留守番をしていたため言裏とは会っていないはずなのだが、何故だかシィルは言裏の名前を口にした。ランスに突っ込まれて慌てるシィルだったが、ランスは特に追求もせずのっぺらぼうに視線を向ける。

 

「おい、人と話をするときは黒頭巾を取って顔を見せろ。無礼な奴め」

「あっ、その、のっぺらぼうさんは……」

「ニンゲン ワタシノカオミル ヨクナイ キット コワイオモイ スル」

「ええい、ごちゃごちゃ五月蠅い! きっととんでもなく不細工なのだろう、がはは!」

 

 海苔子とのっぺらぼうの言葉に耳を貸さず、ランスが黒頭巾をはぎ取る。そこには、何のパーツもないただただ真っ白な顔があった。

 

「きゃっ……」

「なんだ、化け物か!?」

「のっぺらぼうさんはそういう妖怪なんです。その、良い妖怪なので出来れば怖がらないであげて下さい……」

「シィル、どう思う? 殺した方が良いか?」

「海苔子さんがそう仰るのでしたら、悪い妖怪ではないのかと……」

「ワタシ ミテ オドロカナイ? メズラシイ」

 

 ランスの反応を見て驚いた様に声を漏らすのっぺらぼう。妖怪の中では一際目立つその風貌から、彼はこれまで何度となく怖れられてきたのだ。

 

「バードのような三流ならまだしも、英雄の中の英雄であるこの俺様はこの程度では驚かないのだ」

「フム」

「ランス様、折角お話が聞けそうな方がお二人もいらっしゃるのですから、お話を……」

「うむ、そうだな。海苔子さんとのっぺなんとか。ここはどこなんだ?」

「えっ?」

「実は私たち……」

 

 ランスの言葉に海苔子が声を漏らす中、シィルが自分たちの現状を掻い摘んで説明した。二人を悲しそうな表情で見つめる海苔子。

 

「そうですか、大変な状況なんですね」

「ココハ ゲンブシロ マジンノシトガツクッタ イジゲンクウカンニ カクサレタシロ」

「異次元空間!? 普通の場所では無いと言うことか?」

「ハイ サラニ トキノトマッタ バショデモ アリマス トテモ サミシイ バショ」

「時の止まった……?」

「ええい、訳の判らん話はどうでもいい! リーザスか自由都市への帰り方を教えろ」

「リーザス? ジユウトシ? ワタシ シラナイ」

「何だと……?」

 

 シィルの声を遮ってランスが再度問いかけるが、のっぺらぼうは首を横に振って知らないと口にした。見れば、隣に立っている海苔子も首を横に振っている。

 

「うーむ、どうしたものか……」

「他にどなたかいらっしゃらないのですか?」

「あ、それなら城の中に……」

「おお、そういえば城にはまだ行ってなかったな。よし、行くぞシィル! 海苔子さん、後で一発ヤるから準備しておいてくれ! がはは!」

「あっ、待って下さい、ランス様!」

 

 海苔子が城と口にしたのを聞いてランスがまだ城を調べていなかった事を思い出し、シィルと共に駆けて行ってしまう。それを呆然と見送る海苔子とのっぺらぼう。

 

「行ってしまいました……玄武城の中には簡単には……」

「アラシノ ヨウナ ニンゲン」

 

 

 

-玄武城 城門前-

 

「がはは、到着!」

「大きな門です……」

 

 シィルが城門を見上げながらそう口にする。城下町に入る前の門も大きかったが、こちらも中々に立派な門だ。ランスも同様に門を見上げたかと思うと、すぐにフンと鼻を鳴らす。

 

「がはは、邪魔な門め! 俺様が木っ端微塵にぶち壊してやろう」

「普通に開けられないのですか?」

「男は派手な方が良いのだ。くらえ、ランスアタァァァック!!」

 

 即座にランスが必殺の一撃を門に放つ。強烈な打撃音が響き、直後に起こった闘気の爆発が門を飲み込む。

 

「がはははは! さあ、行くぞ!」

「ランス様、それが……門には傷一つ付いていません……」

「なんだとぉ!?」

 

 勝ち誇ったように剣を仕舞っていたランスだったが、シィルに言われてすぐさま門を見上げる。闘気の爆発によって発生した砂埃の先にある門は未だ健在であり、シィルの言うように目立った傷は付いていない。すると、遠くの方からこちらに駆けてくる何者かの姿が目に飛び込んできた。

 

「ランス様、モンスターです! それも沢山!」

「見れば判るわ! 大方城の衛兵と言ったところだろう。ふん、蹴散らしてくれるわ!」

 

 向かってきたのは甲冑を身に纏い、刀を持った中堅モンスター、ゲンジ。見れば五体ほどこちらに駆けてきている。ランスはすぐさま仕舞ってしまった剣を抜き直し、先頭で駆けてきていたゲンジに飛び掛かる。

 

「ランススーパー単発斬り!!」

「ぐぬぅ……」

 

 別に必殺技でも何でもないただの振り下ろしの一撃だが、そこは流石のランス。一撃でゲンジを屠り、続けて二体目のゲンジに対して剣を横薙ぎに振るう。甲冑ごとゲンジの体を両断し、直後に攻撃してきた三体目のゲンジの刀を剣で受け止める。

 

「ふん、雑魚が!」

「ファイヤーレーザー!!」

 

 シィルが炎の光線を放ち、ランスに刀を受け止められていたゲンジに直撃させる。その援護を受けたランスはすぐさま残りの二体に駆けていき、空中に跳び上がって剣に闘気を溜め、それを振り下ろした。

 

「ランスアタァァァック!!」

「うがぁぁぁぁ……」

 

 闘気の爆発が二体のゲンジを飲み込み、あっという間に五体のゲンジを倒したランスは剣を高々と掲げて勝ち誇る。

 

「がはははは! 俺様大勝利! さあ、邪魔者はいなくなったし、城へ……」

「ら、ランス様……その、続々と……」

「ん?」

 

 ランスが周囲を見回すと、四方八方からこちらに駆けてくるゲンジの姿が見えた。既に見えているだけでも三十体は下らない数だ。

 

「流石に多すぎるぞ……撤退だ、シィル!」

「はい……って、駄目です、ランス様! こっちの道にも敵が……」

「げげげ……」

 

 元来た道を引き返そうとした二人だったが、既にそちらにも五体ほどゲンジがいた。ハッキリ言って相手ではないが、そいつらと戦っている間に今なお駆けてきている大群のゲンジに囲まれてしまう可能性が高い。だが、戦わずに逃げられる道はない。まさかの万事休すに焦るランスだったが、瞬間目の前にいた五体のゲンジの内、二体がグラリと前のめりに倒れた。

 

「なんだ?」

「ランス様、モンスターの頭に矢が……」

 

 シィルが指差す先には、兜を貫通して頭に突き刺さっている矢があった。

 

「矢だと? という事は……」

「わんわん、にゃーにゃー、はげちょろびーん!」

 

 ランスとシィルが倒れたゲンジの向こうに立つ者の姿を見やる。そこにはビシッとポーズを取りながら、されど全く決まらない言葉を口にしているポンコツ有能人口生命体が立っていた。

 

「忠犬あてな、参上なのれす!」

「おお、珍しくでかした!」

 

 ランスがそう言いながらそちらに駆けていき、目の前にいるゲンジを斬り伏せる。シィルもファイヤーレーザーで一体屠り、あてな2号が再度の矢攻撃で一体倒す。これで五体全員が倒れたため、逃走経路を邪魔する者はいない。

 

「ヒドイのれすよ、ご主人様。約束の場所に戻ってみたら誰もいなかったのれす」

「ええい、その話は後だ! 逃げるぞ!」

 

 涙目で訴えてくるあてな2号の言葉を無視し、ランスが逃げようとする。だが、あてな2号は不満気だ。

 

「えー、普通こういう風に颯爽と援軍が登場したら、その後はそのキャラ大活躍で敵を全滅させるものじゃないのれすか? あてなの見せ場なのれす」

「因みに、こちらに向かってきているゲンジは何体ほどいる」

「ピー、カシャカシャ、78体、あ、また1体増えたから今は79体なのれす」

「戦ってられるか!」

「仕方ないのれす。トリモチ弾と煙幕弾、発射なのれす!」

 

 あてな2号が向かってくるゲンジに対して粘着性の弾と煙幕が発生する弾を放つ。地面にベチャリとついた粘着物に阻まれてゲンジが上手く進めなくなり、次いで発生した大量の煙がランスたちの姿を隠した。

 

「なんだ? こんな機能もあったのか?」

「真知子さん渾身の武装なのれす。トリモチ弾は志津香の粘着地面、煙幕弾はかなみの煙球を参考にしているのれす」

「うーむ、ポンコツなのに有能、有能なのにポンコツか……」

「(そうなったのはランス様のせいですが……)」

 

 ランスの精液が混じったせいで今のポンコツあてながあるのだが、それを口には出来ないシィルが心の中でだけボソリと呟く。もし完全な状態であれば、一体どれだけ有能だったのだろうか。

 

「とにかく逃げるぞ!」

「はい」

「すたこらさっさーなのれす!」

 

 こうして無事にゲンジの大群から逃げおおせたランスたち。しかし、あてな2号のお陰と認めるのは何だか癪に障るランスであった。

 

 

 

-玄武城 城下町-

 

「ランスアタァァァック!!」

「きゃぁぁぁぁ! い、いきなり何を……」

 

 海苔子の店まで引き返して来たランスは、すぐさま店の前に立っていたのっぺらぼうを一刀両断するのだった。まさかの蛮行に悲鳴を上げる海苔子。

 

「城には大量のモンスターがいて入れなかったぞ、この嘘つきが!」

「し、城の事を口にしたのは私なんですが……」

「いや、海苔子さんは悪くない。悪いのは全部こののっぺい汁の野郎だ。だから一発ヤろう」

「ノッペラボウデス」

 

 むくりと立ち上がるのっぺらぼう。見れば、今し方受けた傷が既に完治している。その事に驚くシィル。

 

「だ、大丈夫なんですか?」

「ヨウカイ タマシイノナイソンザイ コノテイドデハ シナナイ イナ シネナイ」

「ちっ……」

「ランスさん、いきなり殺そうとするなんて……」

 

 海苔子が軽蔑の眼差しで見ているのを敏感に感じ取ったランス。このままでは海苔子さんの好感度がマズイと考え、すぐさま笑顔で口を開く。

 

「がはは、当然冗談だ。妖怪がこのくらいでは死なない事を知っていたからこそのジョークだ」

「ほっ、そうだったんですか……でも、痛みはちゃんとあるんですから駄目ですよー」

「うむ」

「顔が真っ白で、さあ描いてくれと言わんばかりなのれす。顔を描き描き……」

 

 当然口から出任せであるが、素直な海苔子はその言葉を信じてしまう。あてながのっぺらぼうの顔に落書きをしている中、何とか難を乗りきったランスは海苔子に向き直り、問いを投げる。

 

「城の中に入ろうとしたら大量のモンスターに襲われたぞ。あれは何だ?」

「あれは城の警備を担当しているゲンジです。城に無断で入ろうとする者を追い返しています」

「ならば、どうすれば中に入れるんだ?」

「そうですね……通行手形があればいいのですが……」

「ゲンジ ジョウカマチノ ケイビモ シテイル ジョウカマチデ ジケン オキレバ シロノケイビガ テウスニナル」

「ふむ……」

 

 あてなに顔を描かれながらも普通に会話するのっぺらぼう。中々に剛胆な性格である。そののっぺらぼうの言葉を聞いてランスは少し思案する。つまり、城下町で何かしらの事件が起きれば、邪魔なゲンジはいなくなるようだ。

 

「で、あの城の中には何があるんだ?」

「誰かがいるはずです。名前は知りませんが、天守閣から悲しげに城下町を見下ろしている姿を見たことがあります」

「海苔子さん、メガネなのに良くあんなに遠くが見えますね」

「それは首を伸ばし……じゃなかった、えっと、たまたまです」

 

 シィルの言葉に何故か言い淀む海苔子。首を捻りながらも、追求して欲しくない事かと考えたシィルは別の質問をする。

 

「魔人の使徒が作ったと仰られていましたが、その使徒はまだ城の中に……?」

「シトゲンブ モウイナイ アノシロハ ゲンブガ ワカヒメノタメニ ツクッタシロ」

「ワカヒメ……姫がいるのか?」

「ワカヒメ モウイナイ トックニ シロカラ ニゲダシタ」

「ちっ、つまらん」

 

 姫と聞いて一瞬やる気の膨れあがったランスだったが、いないと聞いてすぐにやる気を失う。判りやすい反応である。

 

「とにかく、方針は決まったな」

「えっ、今の会話のどこで……?」

「英雄である俺様は城に入る方法を今の会話だけで思いついたのだ。がはは」

「あ、出発なのれすか? こっちも丁度描き終わったのれす」

「……無駄に上手いな」

「コレガワタシ……?」

 

 あてなが描き終えたのっぺらぼうの顔は中々に良い顔立ちをしていた。妙にリアルな絵であり、これならばもう怖れられる事もないだろう。ちょっとだけ感動した風ののっぺらぼう。

 

「うーん、ちょっとアクセントが欲しいのれす。スペアのメガネを持ってないれすか?」

「あ、ありますよー」

「じゃあこれをこういう風に言ってのっぺらに渡して欲しいのれす」

 

 ごにょごにょと海苔子に耳打ちをするあてな。意味が判らなかったのか海苔子が一度首を傾げた後、一応促されるままにのっぺらぼうの前に立ってスペアメガネを差し出す。

 

「まぁまぁメガネどうぞ」

「これが巷で流行のメガネの渡し方なのれす!」

「なんのこっちゃ」

 

 その後、ランスたちを見送った海苔子とのっぺらぼう。結局城に入るための手段というのは判らなかったが、その十数分後に事件は起きる。

 

「ケムリガ アガッテイル」

「わ、長屋町の方で火事です」

 

 見れば、海苔子の店からは少し離れた長屋が建ち並んでいる方で煙が上がっている。海苔子がとある手段で遠くをしっかりと見ると、火事である事が判った。瞬間、二人の前を大群のゲンジが駆けていく。火事を消火しに向かうところだ。

 

「マサカ……」

「え? どうしたんです?」

 

 ある事に気が付いたのっぺらぼうは小さく声を漏らすのだった。

 

 

 

-玄武城 長屋町-

 

 長屋町では大群のゲンジたちが規則正しく並んでおり、バケツリレーで必死に消火活動を行っていた。木と藁で出来ているJAPAN風の家は大変燃えやすく、既にかなりの規模の火事になってしまっている。これでは完全に消化しきるまでに時間が掛かりそうだ。その様子を影から見守っていた人物がニヤリと笑う。

 

「がはは、上手くいったぞ! さあ、城門に向かうぞ」

「流石はご主人様、手段を選ばないのれす。そこに痺れる憧れる」

「(ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……)」

 

 当然、この火事はランスたちが起こしたものだ。実行犯はファイヤーレーザーで家を燃やしたシィルであるため、いつも以上に申し訳無さそうにしていた。ともあれ、これで城の中に入る事が出来る。ランスたちは意気揚々と城門に向かうのだった。

 

 




[人物]
あてな2号 (5D)
LV 1/1
技能 弓戦闘LV1 ラーニングLV1
 フロストバインと真知子が協力して生み出した人工生命体。長らく迷子になっていたが、ようやく合流。何だか四ヶ月くらい迷宮を彷徨っていた気がするのは気のせいだと思いたい。

のっぺらぼう
 玄武城城下町の寺に住み着いている妖怪。あてなが描いてくれた顔は案外気に入っていたりする。

かわうそ
 玄武城城下町に神出鬼没で現れる妖怪。生前はもてない男であり、その未練からペットのかわうそに転移、妖怪化。未練となった想いが可愛い子のお尻を触りたいというものなのだから哀れである。


[モンスター]
ゲンジ
 甲冑と刀がトレードマークの人型モンスター。かつてリーザス解放戦で戦った将軍の下位互換であり、数さえ多くなければランスの敵では無い。

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