「で、皐月?私のコートは何処に隠してあるのだ……」
「へ?」
方針を固めた俺達は、一旦解散した。今日一日は休養に充て、改めて明日の夜、闇に紛れて出立する。その準備をしているのだが……怪我をした時に隠されたレ級コート、あれを皐月から取り返さねばならない。
「だから……服を作れば返すと言っていただろう、お前は」
「あー、あ!あのコートだね、分かったよ。って言っても、結構ボロボロなんだけど良い?」
「……何故だ」
「何故だ、って。そりゃ弥生を庇って思いっきり雷撃されたんだから。沈んでないだけ御の字だろ?」
古びた扉を開け、皐月がごそごそと捜索を開始する。その中で、ぽつりぽつりと話し始めた。
「あー、ごめん菊月。キミが怪我したあれ、ボクのせいなんだ。正確にはボクと弥生なんだけど」
「……ふむ」
「菊月が怪我した次の日って、ボクと弥生が出撃の予定だったんだよね。で、そこで『ボクか弥生のどっちかかが怪我したフリをしよう』って計画しててさ。それを理由に、菊月に残って助けて貰おうって。ホントはその予定だったんだけど――弥生、多分罪悪感を感じてたんだろうね。ぼーっとしてるなんて、普段は無いんだけど。で、油断して結果はこうってワケ」
皐月は、話を区切ると同時にボロボロに破れたレ級のコートを引っ張り出してくる。真ん中に一つ焼けた大きな穴が開き、全体的に軽く焦げているようだ。
「ほんと、ゴメン。今更だけど、謝るよ」
「……そうか……。まあ、弥生から聞いていた話と齟齬も無い。許すさ……」
「うん、ボクも反省――って、え?弥生から?」
「ああ。二三日後には、もう聞いていたぞ……?」
がくん、と大きく口を開けて呆然とする皐月。
「え?じゃ、じゃあずっともやもやしたのを抱えてたのはボクだけなのかっ!?」
「それは知らないが……弥生は、夜に泣きそうな顔で部屋を訪ねてきてな。一切をぶちまけて話してくれたとも。……お前が何を計画していたのか、そして衣服を作らせてる間に何を期待してたか、そんなところを全てな」
皐月の口がさらに大きく開かれる。『菊月』が内心で笑っている。
「うぇ〜〜っ!!?ちょ、酷いじゃんか菊月!教えてくれたって!ああもう、これじゃボクが馬鹿みたいじゃんかさぁ!」
「……意趣返しだ……」
「うぐう、そう言われると何も返せないし。はぁー、ボクこれでも結構ドキドキしてたんだからな!」
「……当然だ。良い薬になっただろう……?」
「劇薬すぎるよっ!」
思わず叫んだ風な皐月と目を合わせ、同時に噴き出す。ひとしきり笑えば、皐月は照れた風に頭を掻いた。
「うん、ゴメン!許して、菊月っ!」
「許すさ。まあ、一つ頼み事を聞いてくれたらな」
「頼み事?一体何だよ。それって――」
言いかけたところで、がちゃりと扉が開く。その向こうから姿を現したのは、先程まで話題に出ていた弥生だ。
「ごめん、菊月。遅くなった」
「……構わない。今ちょうど、皐月との話も終わったからな」
「弥生っ、この裏切り者ぉ〜っ!」
吠え掛かる皐月を軽くあしらい、弥生はこちらに向き直る。
「それで、菊月。私に手伝って欲しいことって何。それをやったら、見せてくれるんだよね?」
「……ああ。二人には――」
―――――――――――――――――――――――
夕食を済ませた
「……よし」
少し霞んだ古い鏡で全身を確認する。服には埃一つ付いていない。いつの間にか破れていたスカートは、白い布を当てることでより華やかになった。髪には小さな飾り、手には黒いぴっちりとした手袋。そして、黒く長いマフラー。手袋とマフラーは、レ級のコートを再利用した分頑丈でもある。
「……行くか……!」
頭の中で反芻した、厳しい
「……待たせたな、みんな。どうしても弥生が聴きたいというから準備したが、明日の船出の景気付けにでもなれば良いと思っている」
ステージの真ん前にかじりつき、無表情なその目を思い切り輝かせているのは弥生。それより少し離れ、残りの面々は笑顔で此方を見ている。
「鎮守府では、これでもそこそこ人気があった……筈だ。私自身、戦うこと以外にも
喋り終えれば、ぱちぱちと拍手が部屋に響く。大歓声には程遠いが、そんなものは関係ない。この拍手が、
「……では行く、付いて来い!曲は、『恋の――』」
おそらくミッドウェー最後の夜。
それをみんな笑顔で過ごさせることが出来たのなら、
夜はまだ、始まったばかりだ。
次回から多分クライマックス?