私が菊月(偽)だ。   作:ディム

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今日の分。


海を越えて、その六

「で、皐月?私のコートは何処に隠してあるのだ……」

 

「へ?」

 

方針を固めた俺達は、一旦解散した。今日一日は休養に充て、改めて明日の夜、闇に紛れて出立する。その準備をしているのだが……怪我をした時に隠されたレ級コート、あれを皐月から取り返さねばならない。

 

「だから……服を作れば返すと言っていただろう、お前は」

 

「あー、あ!あのコートだね、分かったよ。って言っても、結構ボロボロなんだけど良い?」

 

「……何故だ」

 

「何故だ、って。そりゃ弥生を庇って思いっきり雷撃されたんだから。沈んでないだけ御の字だろ?」

 

古びた扉を開け、皐月がごそごそと捜索を開始する。その中で、ぽつりぽつりと話し始めた。

 

「あー、ごめん菊月。キミが怪我したあれ、ボクのせいなんだ。正確にはボクと弥生なんだけど」

 

「……ふむ」

 

「菊月が怪我した次の日って、ボクと弥生が出撃の予定だったんだよね。で、そこで『ボクか弥生のどっちかかが怪我したフリをしよう』って計画しててさ。それを理由に、菊月に残って助けて貰おうって。ホントはその予定だったんだけど――弥生、多分罪悪感を感じてたんだろうね。ぼーっとしてるなんて、普段は無いんだけど。で、油断して結果はこうってワケ」

 

皐月は、話を区切ると同時にボロボロに破れたレ級のコートを引っ張り出してくる。真ん中に一つ焼けた大きな穴が開き、全体的に軽く焦げているようだ。

 

「ほんと、ゴメン。今更だけど、謝るよ」

 

「……そうか……。まあ、弥生から聞いていた話と齟齬も無い。許すさ……」

 

「うん、ボクも反省――って、え?弥生から?」

 

「ああ。二三日後には、もう聞いていたぞ……?」

 

がくん、と大きく口を開けて呆然とする皐月。

 

「え?じゃ、じゃあずっともやもやしたのを抱えてたのはボクだけなのかっ!?」

 

「それは知らないが……弥生は、夜に泣きそうな顔で部屋を訪ねてきてな。一切をぶちまけて話してくれたとも。……お前が何を計画していたのか、そして衣服を作らせてる間に何を期待してたか、そんなところを全てな」

 

皐月の口がさらに大きく開かれる。『菊月』が内心で笑っている。

 

「うぇ〜〜っ!!?ちょ、酷いじゃんか菊月!教えてくれたって!ああもう、これじゃボクが馬鹿みたいじゃんかさぁ!」

 

「……意趣返しだ……」

 

「うぐう、そう言われると何も返せないし。はぁー、ボクこれでも結構ドキドキしてたんだからな!」

 

「……当然だ。良い薬になっただろう……?」

 

「劇薬すぎるよっ!」

 

思わず叫んだ風な皐月と目を合わせ、同時に噴き出す。ひとしきり笑えば、皐月は照れた風に頭を掻いた。

 

「うん、ゴメン!許して、菊月っ!」

 

「許すさ。まあ、一つ頼み事を聞いてくれたらな」

 

「頼み事?一体何だよ。それって――」

 

言いかけたところで、がちゃりと扉が開く。その向こうから姿を現したのは、先程まで話題に出ていた弥生だ。

 

「ごめん、菊月。遅くなった」

 

「……構わない。今ちょうど、皐月との話も終わったからな」

 

「弥生っ、この裏切り者ぉ〜っ!」

 

吠え掛かる皐月を軽くあしらい、弥生はこちらに向き直る。

 

「それで、菊月。私に手伝って欲しいことって何。それをやったら、見せてくれるんだよね?」

 

「……ああ。二人には――」

 

―――――――――――――――――――――――

 

夕食を済ませた菊月()は、一人みんなとは離れた部屋で待機している。少しだけだが、離れた部屋からがやがやと騒ぐ声が聞こえてくる。何度も経験した訳でもないが、この(・・)緊張だけは絶対に慣れることは無いだろう。海戦前とは違う、弾むような緊張。

 

「……よし」

 

少し霞んだ古い鏡で全身を確認する。服には埃一つ付いていない。いつの間にか破れていたスカートは、白い布を当てることでより華やかになった。髪には小さな飾り、手には黒いぴっちりとした手袋。そして、黒く長いマフラー。手袋とマフラーは、レ級のコートを再利用した分頑丈でもある。

 

「……行くか……!」

 

頭の中で反芻した、厳しい訓練(レッスン)の日々は今も菊月(俺達)の中で輝いている。マフラーをたなびかせ、みんなの待つ部屋のドアを開ける。そこには、簡素ながら広い舞台(ステージ)があった。

 

「……待たせたな、みんな。どうしても弥生が聴きたいというから準備したが、明日の船出の景気付けにでもなれば良いと思っている」

 

ステージの真ん前にかじりつき、無表情なその目を思い切り輝かせているのは弥生。それより少し離れ、残りの面々は笑顔で此方を見ている。

 

「鎮守府では、これでもそこそこ人気があった……筈だ。私自身、戦うこと以外にもこれ(・・)は好いているからな。だから、手を抜くつもりも、遊びでやっている訳でも決してない。……最後に言っておくが、私のライブは安くは無いぞ?代金はお前達の命だ、明日は誰も沈むな」

 

喋り終えれば、ぱちぱちと拍手が部屋に響く。大歓声には程遠いが、そんなものは関係ない。この拍手が、菊月(私/俺)を熱くさせる。

 

「……では行く、付いて来い!曲は、『恋の――』」

 

おそらくミッドウェー最後の夜。

それをみんな笑顔で過ごさせることが出来たのなら、菊月(俺達)の歌も捨てたものではないだろう。

 

夜はまだ、始まったばかりだ。




次回から多分クライマックス?

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