私が菊月(偽)だ。   作:ディム

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幕間です。菊月の衣食住を中心に書いてみました。
……まさか、『ご飯をきちんと食べさせようと思ったら御都合主義になりそうになる』とは思ってもみませんでした。難易度甲ってレベルじゃないですね。



幕間その一、菊月(偽)の一日in孤島

――――――菊月()の朝は早い。

基本的に野ざらし、草の上に寝そべっているのだから、水平線から朝日が昇ると時を同じくして目を覚ます。今日も顔を見せる陽の暖かい光に照らされ―――

 

「んぅう……ぅあ、この菊月ぃ……この程度では起きぬぞぉ……」

 

眩しさから目を背けるように、ごろんと寝返りを打つ。昨晩から使い始めたイ級の皮を使った寝袋の中へ潜り込むオプション付きで。……目は覚めるが、直ぐに起きるという訳でもない。何もすることが無いのだから、こうして気が済むまで横になっているのが毎朝の普通になっている。……何より、寝袋を使い始めた今日は尚更だ。少しではあるが寝心地が良くなったのは言わずもがな、そんなことより重要な事がある。

 

―――この寝袋には、俺が寝ている。そして、俺が菊月である以上寝袋には菊月も寝ていることになる。つまり、間接的に俺と菊月が同じ寝袋の中で寝ていることになるのだ。ならば、起きようなどと思える筈もない。……流石にやるべき事は忘れていないが、何時もより長く寝ているくらい許してくれるだろう。

 

 

「……いちっ、にっ、さんっ、しっ、身体を、前に、倒し……て……んんっ……」

 

陽が完全に顔を出し、東の空が鮮やかな紫色から青へ変わるその頃、俺は海岸で体操をしていた。手持ち無沙汰で始め日課になったものだが、続けているとこれがなかなか重要だ。大きく身体を動かすことで寝惚けた頭は冴えて来るし、手足の凝りも解れてくる。今となってはこの小さな身体にも慣れたが、始めた頃は菊月の身体に馴染むためにも役立った。

それに、菊月の身体で体操を……特に、柔軟運動をするのは中々楽しいのだ。地面に座って足を前に伸ばせば綺麗にぴん、と伸びる。身体を前に倒しても、『俺』とは異なりぺたんとお腹が太ももへ付き、苦にもならない。足を大きく左右へ開き前屈しても、同じく楽に身体を伸ばせる。

……何より。自然に口から漏れる菊月ボイスが、こう、俺の中の何かを刺激して止まないのだ。そして気が付けば、毎朝一時間余りの時間を費やしている。

 

「……いや、運動自体は必要なことだろう。……うむ、可笑しくは無いな」

 

さて、あと少し身体を暖めたら飯にしようか。

 

――――――――――――――――――――――――

 

「……しかし、この果実は一体なんなのだろうか……?いや、贅沢を言える立場では無いのだがな……」

 

渋みの強い何かの果実を齧りながら、ぼそりと呟く。湖の側に自生していたこれを見つけられた時は喜んだものだが、いかんせん絶対数が少ない。睦月型は燃費が良いと言っても限度がある、1日果実一つと湖水で凌ぐのは限度があるというものだ。この島に居続けるのもそろそろ限界だろうが、少なくとも行動の目処はつけてある。

 

「……うむ、あのイ級が居た海域。あの向こうへ向かうとするか……」

 

負傷したイ級があちらの海域から流れてきたことから、あの海域の向こうには『イ級に傷を負わせる何か』が存在することは明白である。……そして、この海において深海棲艦を打倒し得る存在はただ一つ。『艦娘』である。

 

「……ならば、運が良ければ遠征隊と遭遇できるかも知れぬな。深海棲艦の一団と出くわす可能性もあるが。……どちらにせよ、此処で錆び付く訳にもいくまい」

 

よし、今日の活動の目処もついた。早速動きだすべく、俺は残り果実の残りを小さな口に放り込んだ。

 

――――――――――――――――――――――――

 

「しーっろくー、しーっろくー、●ーっぶきーのよーうなー……♪」

 

気分良く鼻歌を歌いながら海上を歩く。ちなみに、『俺』はともかく『菊月』は恥ずかしらしく、歌い始めてからずっと頬が熱い。楽しげでもある声からすれば、嫌っているのでは無いようだが。

 

イ級の辿った道を追って見れば、遠征隊こそ見つからなかったものの新しい島を見つけた。単純な大きさで言えば此方の島は以前の島より更に小さいが、有難いことにこの島には瓜と苦瓜が多く自生しており命が繋がったと言える。……今度のものも味が薄い食物であることについては目を瞑る。また、島を巡ったところ、小さいが花が群生していた為それも摘んでおいた。此方は、少し使いたいことがある為だ。野花を片手に持った菊月はとても愛らしく、菊月のみならず睦月型全体の父親になりたくなったのは秘密である。

 

……ふむ、しかし瓜も苦瓜これだけあるのだ。少しばかり摘んだところで問題は無いだろう。誤魔化してはいたが空腹も感じていない訳ではない。どれ、この熟れたゴーヤでも―――

 

「―――ん゛んっ!?っ、んぅ〜〜〜っ!!こほっ、お、おぇっ……苦い……っ!!」

 

……どうやら、『俺』でなく『菊月』にゴーヤは早すぎたようだ。確かゴーヤは『子供の嫌いな野菜ランキング』常連だったな。そうして俺は、暫く涙目で咳き込み続けるのだった。

 

閑話休題。

 

夕日が水平線へ沈み切る頃、俺は最初の島の海岸に立っていた。眼前には……駆逐イ級の亡骸。半分程喪失し、残りも少し俺が頂いたがそれでも凶悪なシルエットはそのままに赤い日を浴びている。

……俺は、この駆逐イ級を供養しようと思う。

 

「……貴様に届くかは分からぬが、それ、花だ」

 

1日を費やして集めた花の束を物言わぬ船体へそっと置く。豪華な花束は作れなかったが、少しは見栄えも良くなっただろう。

 

「……貴様の抱えていた想いがどのようなものか、私には分からぬ。貴様の双眸から見えた憎悪も、怒りも何一つな。……ただ、沈んだ(ふね)が感じる寂しさならば少しは分かるのだ」

 

そう、『俺』には想像がつかなくても『菊月』が教えてくれる。この身体を突き抜ける途方も無い寂寥、海の底だろうと風に晒される砂浜だろうとそれは同じ。……だからこそ、今ぐらいはコイツを弔いたい。

 

「……済まないな、(ふね)の供養の仕方は知らぬ。だからせめて、貴様の為に祈ろう。……次は、どうか寒い海底に囚われぬよう」

 

菊月として呟いているが、これは俺たちどちらもが感じていること。その心のままに、静かにその亡骸へ手を合わせた。ニヤリと大きな口角を釣り上げたイ級の顔が浮かんだのは幻だろう、静かに目を開ければ日は既に没していた。

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

人工の灯りが無い此処では、日が落ちて少しすれば辺りは真っ暗になる。瓜を(苦瓜は諦めた)夕食用に取りに行った帰り、ふと暗い空の遠くに明かりがちらついたように見えた。あれは……

 

「……砲撃、か?いや、まさかな……」

 

それきり明かりも見えない、きっと気のせいだったのだろう。頭を振ると俺は踵を返し、初めの島へ歩を進めた。




菊月は、ゴーヤが苦手。伊58がどうかは分かりませんが。
どれだけ凛々しくてカッコよくても駆逐艦ですもの。

あ、とりあえずまた適当に活動報告書くつもりなので良ければ是非。

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