止むことなく降り続いている雨は豪雨となり、分厚い雲は空を覆い月の姿を隠してしまっている。代わりに、時々轟く雷鳴と雷光が暗い海を照らしている。
「……本当に行くのか、皐月」
「あったり前だよ、菊月!何、もしかして怖気付いた?」
「……違う。お前の怪我を心配しているのだ……」
熊野、祥鳳、皐月、そして
「そうですわ、皐月。危なくなったらわたくしの後ろへ隠れなさい?この熊野、あなたへは砲弾の一つさえ通しませんわ」
「ええ、その通りです。沈んでしまっては、元も子もありませんからね?くれぐれも気をつけて下さい」
各々の武器を担いで皐月の身を案じる熊野と祥鳳。祥鳳の得物は見慣れた弓、熊野の武器は……恐らく深海棲艦の骨から作られたトゲが無数に飛び出る、身の丈ほども有る大きな金棒だった。造りの無骨さが逆に風格を醸し出しているそれは、見ていれば笑いを催すほどだ。
「ちぇっ、分かってるよー。でも、みんな気を遣ってくれてありがとね。その、菊月も。大丈夫、ヤバくなったら下がるから」
「……ならば、良い。無茶だけはするなよ……」
「だから分かってるってば!もう、菊月は。――よし、みんな良いね?じゃあ、出撃だぁ!」
皐月の号令が飛ぶ。同時に、俺達は暗い海へと足を踏み出した。
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「しかし、こう暗いと敵もよく見えないよな。ま、逆も然りだしそれが狙いでこんなことしてるんだけど」
熊野を先頭とした単縦陣を組み、一列で海を行く。こんな真夜中、豪雨の中にわざわざ偵察を開始したのは皐月の言う通りで敵からの発見を減らすためだ。
どんどんと海域に沸きつつある深海棲艦は、もはやミッドウェーを占領しようとしているかのように集結しつつある。幾らか数を減らそうと試みたこともあるが、一匹を沈めるために同時に十匹と戦闘するということが発生するほどだ。だから正確には、夜を狙って行動しているのではなく夜しか
「そうぼやかないでくださいまし、皐月。現実問題、昼戦は勝ち目が薄いのは分かっているでしょう?」
「むー、それはそうだけどさ。やっぱり、暗すぎるとボク達が奇襲を受けるかもって思っちゃってね」
「せめて、私の艦載機が少しでも残っていれば昼に掃討も出来たのですけれど。ごめんなさい、不甲斐ないです」
「……そこまでだ、三人とも。……構えろ……!」
会話しながらも警戒は続けていた三人は、即座に反応し武器を構える。真っ暗な海の上、少し先に見えるのは赤い光を発する真っ白な深海棲艦。『俺』の予想通り、『中間棲姫』がそこに立っていた。
「全艦、散開して下さいまし!」
熊野の言葉にその場を飛び退く。同時に、奴の8inch三連装砲が火を噴き、放たれた砲弾が暗い夜の闇を明るく照らし上げる。
「……く、こう照らされると余計な物まで寄って来るか……!」
「なら、私がっ!艦載機は無くてもっ!!」
矢を番えた弓をギリギリと引き絞り、狙いを付けて放つ祥鳳。そのまま命中すれば奴の胴に突き刺さる筈の矢は、海中から迫り出した朽ちかけた滑走路のような鉄塊に阻まれた。
「なんなの、アレはっ!?艤装、でもあんなの見たことがっ」
「祥鳳、下がって!ボクが沈めてやるっ!」
突出し、直接攻撃を加えようとする皐月。しかしその突撃も、次々と水面に突き出る鉄の残骸によって勢いを殺される。当の中間棲姫はその顔に酷薄な笑みを浮かべると手を振りかざし、海中から幾匹かの駆逐ハ級後期型を呼び出した。
「……皐月っ!」
思うように進めず後退する皐月の前に躍り出て、ハ級の放つ砲弾を斬り落とし援護する。同時に、祥鳳が後ろから放った矢がそのうち一匹のハ級へ突き刺さった。その一匹だけは怯むものの、残りは変わらず
「っつぅ、助かったよ菊月、祥鳳さん!でも、あいつらしつっこいなぁっ!」
「なら、アレの始末はわたくしですわね!とぉぉぉおぉうっ!!」
砲火に晒される俺達の横を駆け抜ける熊野、祥鳳の矢に隙を晒したハ級の土手っ腹へ裂帛の気合いと共に金棒を叩き込む。その威力にハ級は海上へ吹き飛ばされ空を舞い、中間棲姫へと迫る。
「ふんっ、これならどうですの!」
「……ドウモ、シナイワ……」
ばしゃあっ、という音と共に顕現する錆びた大盾。
勝ち誇る熊野へ見せ付けるように、奴はもう一度海中から滑走路を生み出しハ級の船体を弾き飛ばす。
「っ、嫌らしいですわねっ!――きゃあっ!?」
「熊野……っ!」
残るハ級の砲撃を、幾つか被弾する熊野。それを庇うように
その瞬間、背後から皐月の声が響いた。
「菊月、下がってっ!!」
「……くうっ!!」
皐月の声に限界まで身体を使い、ハ級の身体を蹴ることで大きく後ろに跳躍する。その一瞬後、
「……っ!?全艦に告ぐっ!撤退だ、退くぞ……!」
一瞬だけ炎に照らされた海に、無数の駆逐ハ級が見えた。青白い単眼に、全方位から睨まれる恐怖。ぞわり、と全身を走る怖気に堪らず声を上げれば、残る三人も踵を返し一も二もなく全力で逃げる。
「……フフ、フフフ。シズンデ、イキナサイ……」
暗くなった海に響く中間棲姫の声。それに従うように放たれる無数のハ級の砲弾は、冷静に考えれば真っ暗な今では
「……ぐ、情けない……!」
苦々しく背後を振り返れば、見える訳がないというのに中間棲姫が俺達を嘲笑っているのが分かってしまう。偵察、という任務は成功なのだろう。会敵し、交戦し、傷も少ないままに撤退出来たのだから。
……だが、この惨めな感情はそれだけでは済ませられない。屈辱を抱えたまま、俺達は転がるように基地の地下へと帰投した。
なんと、第一話の挿絵を描いて下さった方が更に挿絵を描いて下さりました。
はやい(感動)。そして美しい。
URLは下記!さあ、負けないように私も書かねば。
http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=49691685