「ご機嫌よう。わたくしが、本日の付き添いの熊野ですわ」
ドアを勢いよく開けるなり、彼女は
コートを隠された翌日、出歩くどころか迂闊に布団を払いのける事もし難くなり暇を持て余していた俺の前に姿を現したのは皐月ではなく熊野だった。何でも皐月は今日は海へ出ているらしく、またどちらにせよ俺を監視する役目は日ごとに変わっていくらしい。
「そんな訳で、本日はわたくしがお話し相手を務めますわ。お裁縫も得意です、お手伝いは充分に出来ますわよ?何せ、わたくしはお洒落な重巡ですから!」
「おぉ……。よく分からんが期待できそうだな。済まないが、助力を頼む……」
「任せてくださいまし!」
ふふん、と胸を張る熊野に若干間の抜けた返事を返してしまう。しかし、裁縫などした事のない俺に俺達には心強い援軍だと言えるだろう。
「うむ、私はそういう……その、可愛らしいことが苦手でな。鎮守府に居た頃も、三日月に――姉妹に、手伝って貰っていたのだ」
「あら、姉妹さんの話ですの?三日月さん、此処にいる睦月型の皆さんの中でなら何方が一番近しいのでしょう」
「……そうだな。物腰が柔らかいところや優しいところは文月に似ているかも知れぬ。まあ、三日月は文月より余程しっかりしているがな……」
遠い鎮守府の姉妹を思い出し、自然と口角が上がる。三日月はよく
「ふふ、本当に良い姉妹ですのね。顔がとっても嬉しそうですわ。姉――いえ、妹ですの?」
「……ああ、妹だ。
『菊月』から伝わってくる幸福をそのまま口に出せば、熊野も応えて話し始める。
「そう、ですのね。わたくしは末っ子ですから。最上、三隈、鈴谷。どれも素晴らしい姉ですわ。鎮守府に居たのは鈴谷だけでしたけれど、とても仲の良い
「……人のことを言えたものではないな。熊野さんの顔も嬉しそうだぞ?」
「当たり前ですわ。だって、嬉しいのですから」
此方を向いて笑う熊野の顔には曇りがなく、本当に鈴谷を大切に思っていたであろうことが分かる。それ故に、熊野に言わなければならないことが頭に浮かんだ。
「……なあ、熊野さん。……改めて、筋違いだろうが礼を言う。此処にいる姉妹達を、守ってくれてありがとう……」
「いやに唐突ですわね。まあ、わたくしとあなたは共に姉妹を残してきた者同士。大方、『姉妹を放り出させてまで自分の姉妹の面倒を見させて申し訳ない』なんて思ってらっしゃるのでしょう?分かりますわよ」
「……その通りだ」
「でしょう。であれば、気遣いは無用ですわ。鈴谷は姉ではありますけれど、どちらかと言うと姉妹と言うより戦友のようですし、わたくしが居ないからと言って沈んでしまうようなヤワな人じゃありませんもの。それは、あなたも同じではなくて?」
言われてみればその通りだろう。姉妹達を守りたいという『菊月』の気持ちは揺らがないが、だからと言って姉妹達は『菊月』が守らなければ沈んでしまうような弱い存在ではない。熊野の言葉に、こくんと首を縦に振る。
「あとは――そうですわね。わたくしは妹でもありますから。妹が姉を案ずるのではなく、姉が妹を心配する方が普通ではなくって?鈴谷も軽い性格なようで結構心配性なのですから、少しぐらい、心配させておけば良いのですわ」
「ふ、確かにな……。だが、私は妹である三日月にも心配を掛けているのだが……」
「あら、それはいけない姉ですわね。心配されるだけではなく、きちんと妹のことは見てあげて下さいまし?わたくしの姉である鈴谷もよく甘えて来ましたが、甘えるだけではいけませんわよ」
「……心得た……」
「ならば結構ですわ、鎮守府へ戻ったのならきちんと気にかけてあげて下さいな。――と、難しい話はこのあたりにしておきませんこと?わたくしは、それよりあなたの姉妹の話が聞きたいのですわ」
熊野の提案で、話の内容は
「本日は楽しかったですわよ。時間を取らせたお詫びも兼ねて、服はわたくしも全面的に手伝うことに致しますわ。御機嫌よう、菊月」
「……ああ、有難い。私も、今日は楽しかった……」
姉妹達のことを話し、思い出し、そして熊野とも親交を深められた。こんな一日も悪くはない、と
一人一人攻略していくスタイル。