私が菊月(偽)だ。   作:ディム

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ギャグ回。

気を抜いたらシリアスに走りそうなので、勢いで誤魔化した。


菊月(偽)と那珂ちゃんとアイドル、その一

とある朝のこと、ほんの少しだけ遅れて食堂に向かうと何やら姉妹達が騒いでいた。その後ろのテーブルでは川内教官達三姉妹が何も言っていないところを見る限り、険悪なことでは無いようだ。

 

「……如月。これは一体どうしたのだ?」

 

「あら、おはよう菊月ちゃん。なんだかねぇ、皆好きな音楽を言い合ってるみたいなのよ」

 

珍しいことだと思いながら、間宮さんのところへ朝食を取りに行く。この鎮守府……と言うより、この世界か。ここでは、『俺』のいた時に聴いた曲もあれば聴かない曲も存在する。こんな話をした事など無いが、おそらく『俺』が知っていて此処には無い曲もあるだろう。ちなみに、『俺』が好きだった曲はどうやら存在しないらしい。

 

「うーちゃん、あんまり興味無いけど『吹◯』は好きぴょん!」

 

「いや、やはり海◯だろう。いくら卯月が相手だろうと、これは譲れんな」

 

「えっと、第六駆逐隊さんが歌ってましたあの歌が好きなんですけど」

 

卯月、長月、三日月が口々に言い争っている横で黙々と朝食を済ませる。いつの間にか、それぞれの後ろに同じ歌を好む艦娘が集まっているようだが、関係ないことだ。まあ、俺の好きな彼女の名前が全く挙がらないことに少し寂しさを覚えるが。

 

「……ふん」

 

「ふぅん、色々あるのねぇ。ね、菊月ちゃんはどんな歌が好きなの?」

 

不意に、如月から話を振られる。いつの間にか発展した論争に参加していない艦娘は菊月()と如月だけ、自然と集まってくる視線に少し『菊月』の身体が強張る。

 

「……言わなければいけないか?」

 

「あら、そんな言い方するってことはあるってことね。私も気になるわぁ〜」

 

如月だけでなく、他の艦娘達もちらちらと菊月()を見ている。あろうことか、神通教官と川内教官まで。『菊月』には歌の好みが無いようで、仕方なく『俺』が口を開く。

 

「……その。…………な」

 

「「「……な?」」」

 

「っ………な、那珂ちゃんの歌が、好きだ……」

 

―――いかん、顔が熱い。『俺』の好きだった歌『恋の〜』は未だ無いにしろ、こと歌に限っては彼女のものが好ましい。好ましいのだが、こうして四方八方から視線を向けられては堪らない。急いで席を立とうとした―――瞬間、思い切り両肩を掴まれた。

 

「本当っ!?ねぇ、ねぇ私の歌が好きって本当なのっ!?」

 

まごう事なき、話題に出したばかりの那珂ちゃんだった。がくがくと肩を揺さぶられて返事が出来ないが、どうにか川内教官達を見ると笑っている。それも、楽しそうな笑顔でなく嬉しそうな笑顔でだ。

 

「くぅ〜っ、那珂ちゃん感激ぃっ!ね、ね菊月ちゃん連れてくよっ!!」

 

そのまま、正面から抱き締められ抱えあげられる。あまりのことに対応出来ていないのは菊月()だけでなく周りの艦娘達も同じのようで、皆一様にポカンとしている間に俺はどんどんと、どこかに運ばれていった。

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

「……で?まだ、デザートのプリンが残っていたのだが……」

 

少し腹立ちを隠し切れない。『菊月』の身体はどうにも甘いものが好きなようで、間宮さんから朝食のプレートを受け取った時は思わずキラキラしてしまったというのに。

 

「えっへへへ、ごめんねっ!どうしてもさ、嬉しさを抑えられなくて。いやー、嬉しいなぁっ!」

 

しかし、当の那珂ちゃんは反省しているようには見えない。それどころか、ずっと嬉しがっているようだ。那珂ちゃんになら、ファンの一人や二人いるはずなのだが。

 

「……そこまで嬉しがることか?那珂ちゃんになら、私みたいなのではないちゃんとしたファンが沢山……」

 

「―――それがね、分かんないんだ」

 

唐突に表情を曇らせる那珂ちゃんに、少し戸惑ってしまう。寂しそうな表情だとはいえ、笑顔でいるところは流石アイドルだろう。

 

「そりゃ、那珂ちゃんアイドルだからさ。自分がなりたくて、アイドルをしたくてやってるんだから、どんなことでもガマン出来るって思ってる。けど、それと、面と向かって好きだって言ってくれなくても良いって言うのは別だよ。みんな、『また那珂が何かやってるな』としか見てくれてないと思ってたんだもん」

 

そう言って、那珂ちゃんは複雑そうに微笑む。

 

「特に最近、スランプ続きだからさ。歌もダンスもうまく出来なくなって、『ファンやめます』って言われてるんじゃないかって。ファンなんて居ないのかなって思ってたから―――だから、嬉しかったの」

 

「……那珂、ちゃん……」

 

「ゴメンね、菊月ちゃん!よっし、那珂ちゃん大復活!それで―――うん、決めたっ!那珂ちゃん、自分の直感信じちゃいます!菊月ちゃんに重大な任務を命じますっ!那珂ちゃんを大、大、大好きだって言ってくれた菊月ちゃんにしか任せられない任務!」

 

いや、そこまで大好きだとは言っていないのだが。水を差すわけにもいかず、神妙に黙っていれば那珂ちゃんが口を開く。

 

「菊月ちゃん!君を那珂ちゃんの特別☆ワンライブ限りのパートナー、兼新曲のアイデア出し担当に任命しまっす!」

 

「………は?」

 

「うーん、サプライズ!いつもはドッキリさせる方だから、こんなのも良いね!さ、それでは先ず最初にアイデアを、一言でいいから心の中から言ってみよーっ!」

 

那珂ちゃんが、手で作ったマイクを向けてくる。『那珂ちゃんのパートナー』?菊月が、アイドルをするのか?あまりの事態に『菊月』が全く追いつけていない。かく言う『俺』も惚けてしまっていたが、何かアイデアをと言われればこう言うしかない。

 

「……恋の―――」

 

「うん?」

 

「―――2-4-11って、何だか知ってる……?」




たまにはこんな話でも。

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