せめて週一で書きたいんですが……。
――海を駆ける。
正面から吹き付ける潮風に髪を靡かせ、足が水面を揺らし舞い散る飛沫を受けつつ、疾る。右へ、左へ、また左へ。駆逐艦の速力を活かし、加えて度々推力で以って海を蹴ることで、縦横無尽に海を跳ぶ。
複数発の轟音。その出所を視認する暇すら惜しみ右前方へ大きく跳躍。瞬間、一瞬前まで
「――こちら睦月型駆逐艦、菊月。そちらは?」
跳び進みながら無線機へ向けて一言。その向こう側からも、聞こえてくるのは砲弾の飛び交う爆裂音。それに混ざって、一人の女の声が聞こえてきた。
『――此方は問題ない。それよりも、其方は? お前の噂は耳にしているが、その活躍をこの目で見た訳ではない。行けるのだろうな』
「ふ……」
無線から聞こえる声に、一瞬だけ視線を背後にやる。遥か後方――というほど後ろでもなく、声こそ届かないものの十分に視認できる距離にいる彼女は、大層な艤装を構えて此方を見据えていた。
それに応えるように、
ふぅ、と一息吐く。横から、同じく作戦に参加していた秋月が微妙な表情で此方を見てきた――恐らくは、仕事を取らないでくれだとかそういう意味合いの視線を向けてきている――が、気に留めず無線機のスイッチを入れる。繋ぐ先は、先程と同じ。
「……さて、これでどうだ? 少なくとも、置物でないことは証明できただろうか」
『ああ、確かに見た。成る程、噂通りの練度だな。――それで、もう一つの噂の方はどうなんだ?』
「もう一つ……ああ。期待に添えず申し訳ないが、今日の私はお前の……お前達第一艦隊の随伴艦だ。勝手な真似をする気はない。少なくとも、向かってきた駆逐級あたりにならともかく、突出しはしないさ」
『そうか。ならば、奥の連中は私達の標的というわけだな?』
無線機の向こう側の声が不敵に笑う。
「ああ。敵本隊十二隻、お前達に任せた。代わりに、前衛艦隊二十四隻は私達が撃滅する。――全く、これだけの敵数を『数だけは多い』と言ってしまえるのは、お前がいるからだ」
『現状、私の存在でみなが奮い立っているのは理解している。無論、その重圧に負けるつもりもない。お前も刮目していろ、次は私の力を見せる番だ』
その言葉を最後に無線が切れる。
「ああ。くれぐれも活躍してくれよ、長門――いや」
『月光』ではなく単装砲と連装砲を片手に一つずつ構え。背部艤装には久方ぶりの、かつてドイツから餞別にと持ち帰った『3.7cm FlaK M42』をマウントし。
「――長門、改二」
戦闘を終え帰投し艤装を船渠へ格納しつつ、
彼奴等の捨て身の大攻勢から暫く時間が経ったものの大勢は変わらず、敵の勢いは止まらない。それでも、俺達だってずっと押し込まれ続けている訳ではない。俺達艦娘側の反撃の狼煙、その最たるものが彼女――長門改二だ。
そもそも、艦娘とはその精神状態によって戦闘能力が如実に変化する。疲弊し気が萎えていれば十全の力を発揮出来ないし、その逆に気力に満ち溢れていれば身体に
その点を鑑みれば、襲撃からこっち、艦娘がその実力を発揮出来ていた筈はないのだ。
なにせ、奇襲で仲間や姉妹を多数喪った上に各地では奪い返した海域を奪回され侵攻され。資源も足りず、減った戦力で出撃した先には初めて見るような鬼や姫級の深海棲艦。それらに対抗する旗印となるはずの大和は沈んでこそいないものの昏睡から未だ目覚めず、同等の戦力を持つ武蔵は度重なる出撃で磨り減ってゆくばかり。嫌なムードが蔓延していた。
そんな状況で、かの長門がさらなる飛躍をした。かつて『連合艦隊』の旗艦を務め、世界に名だたるビッグセブンと呼ばれ、そして何より最後まで『沈まなかった』彼女だ。
その彼女が大和型の二人と並ぶ力を手に入れた時、艦娘たちは沸きに沸いた。大和の抜けた穴を埋めるように改装された彼女はまた、その期待に恥じない働きを見せた。その活躍は艦娘を奮い立たせ、士気を上げ、性能を向上させる。それは果たして、戦局を押し戻すための鍵となり。
そうして今では、彼女と武蔵の二枚看板を筆頭として戦線が構築されている、という訳だ。
「……まあ、確かに胸のすくような活躍だったな。なるほど、大和型と同等の性能というのは嘘ではないらしい」
なにせ、空母や戦艦の混在する敵本隊十二隻のうち半数を一人で撃沈した挙句、総旗艦の戦艦棲姫まで仕留めてみせたのだ。あんな獅子奮迅の活躍を見せられれば、滾らないものはいないだろう。尤も、『菊月』も俺も長門の活躍云々よりも、それによって仲間たちの負担が軽減されることが嬉しいのだが。
「まあ、武蔵の顔も少しはマシになった。悪いことでは……む」
「ん? ――ああ、菊月。先程はご苦労だったな」
そんな事を考えていると、偶然その長門と出くわした。向こうは何やらきょろきょろと周囲を見回しており、
「まあ、あの程度ならば造作もない……。で? お前はどうしたのだ」
「ああ、いやな。まだ少し新しい艤装に慣れず、格納に手間取っていたらみな先に食堂に行ってしまったようなんだ。席を取っているから、とは聞いたが、その」
「……ああ。お前が此処に来たのは最近だったな。分かった、食堂まで案内しよう。私も、ちょうど夕食を摂りたいと思っていたところだ……」
「な、なに! 本当か、恩に着るぞ菊月!」
正に喜色満面といった様子の長門。戦闘中はあれほど凛々しい顔をしているというのに、戦場から離れると途端に親しみやすくなる。それが変でないのままた、彼女の魅力なのだろう。
「……で、そうだな。一週間前だったか、お前が着任したのは」
「ああ、そうだ。と言っても、私は所属こそ此処に移ったが各地へ出向しそこで戦うことが多いのは変わらない。あまりにころころと居場所が変わるものでな、此処の間取りもまだ把握できていないんだ」
「成る程な……しかし、もう少しは此処に居るんだろう? なら、食堂の他にも色々と教えておかねばな。この時間なら……風呂と、あとはバーだな。と言っても、バーの方は場所は食堂と同じだから時間帯だけだが。長門、酒は飲むか?」
「む――いや、その、私はだな。そういうのは、あまり」
たじろぐ長門に、笑う『菊月』と俺。ちらりと廊下の窓を見れば、水平線に沈みゆく赤い夕陽。視線を戻せば、まだ慌てている長門と、
戦火の合間に流れる、少しだけ穏やかな空気。この空間を、仲間を姉妹を守るために、明日もこの夕陽を見て、みなと笑いながら眠るために戦おうと、
それはそれとして菊月かわいい。