私が菊月(偽)だ。   作:ディム

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最近まともに書く時間がとれないです。お待たせして申し訳ない。
失踪はしませんのでお付き合い下さいませ!

みんな菊月保存会様って知ってるかい、知ってるよね!
菊月好きなら要チェックだぞ!!

感想返しは少しお待ち下さいませ。

追記:間違いをご指摘頂きましたので一箇所訂正致しました。


風は凪ぎ波は消え、上

 ――ふ、と目を開ける。

 目覚める直前に見ていた夢は、どこかの島の入り江の奥で、錆び朽ちた彼女(・・)の船体に腰掛けながら、空を眺める夢だった。

 いつか、此処とは違うどこかの世界を夢見た時と同じように、夢の中の俺は菊月であったが錆褐色の肌をしている。朽ちた彼女と同じ色をして、朽ちてなお彼女の側に在り続ける嘗て彼女を駆った英霊たちの、声ではない声援を受ける夢。

 そこに菊月はいない。有るのはただ彼女の船体のみ。故にそこに居るのは俺と彼らだけ。

 今の彼らに声は無いが、色んな意思をぶつけられた。また気絶したのかだの、修行が足りないだの……何を格好つけている、だの。

 最後のはよく分からないが修行が足りないのは痛感した、そう返した。すると彼らは笑い、お前はお前のやりたいようにやれ――そう言って、俺の背中を押す。そして、俺はゆっくりと目覚めた。

 幾度目かも分からないこの感覚。意識が覚醒する寸前から鼻腔をくすぐっていた匂いの通り、予想通りの照明の眩さに開いた目を細める。そのまま片手で光を遮り、横たわったまま視線を端に動かせば、案の定そこに明石はいた。

 座る椅子と机は無機質な白色のもの。この部屋――医務室の調度品として過不足ないそれらは、きいきいと音を立てている。

 

「……すまない、また世話をかけたようだな」

 

 起き上がりつつ周囲を見渡す。窓も天井もカーテンも、見慣れたままの医務室だ。ただ一つ、俺の記憶と異なる点があるとすれば――記憶よりも遥かに増設されたベッドと、そのベッド全てに人影が横たえられていることだろう。

 その中には、いくつか見知った顔も存在した。霧島、比叡、青葉、川内、そして陽炎――彼女らを除いたとしても、誰も彼もみな『俺』にとっては馴染み深い者たちばかり。そんな彼女らが、青白いを通り越して真っ白な肌で、身動ぎ一つせず、一様に眠っている。

 窓の外、遠くの空から微かに砲撃音が聞こえてくる。基地内の慌ただしさを鑑みるに、おそらくは今も戦闘中なのだろう――と、『俺』と『菊月』は結論付けた。

 

「みんな……」

 

ぐ、と奥歯を噛み締める。内心に湧き上がるのは、怒りと哀しみ。怒りは俺が、哀しみは菊月が。それぞれ抱き、手に力を込める。その力のままにシーツを跳ね除けベッドから立ち上がれば、声を聞きつけた明石が向かってきた。

 

「――! お目覚めですか、菊月さん!」

「ああ。……早速で悪いが、一つ聞かせて貰う。私は、出撃した方が良いか?」

 

 俺の言葉に明石が押し黙る。数瞬を置いて、彼女は口を開いた。

 

「ええ。――病み上がりで申し訳ありませんが、お願い出来ますか」

「無論だ。……どうやら切迫した状況のようだ、時間が惜しい。準備がてら、戦況を教えてくれ」

 

 医務室から工廠へ向かいながら話を聞く。曰く、今は俺が倒れてから三日ほど経ったあたりだと言う。この襲撃はこの鎮守府だけに限ったものではなく、あらゆる鎮守府・泊地、基地が襲撃されているらしい。その規模は世界中に及び、さながら艦娘が誕生する以前、人類が追い込まれた時と似た様相を呈しているとか。

 

「――そして私たちの鎮守府を襲撃している深海棲艦の部隊に関してですが、攻略の目処は立っています。この部隊の指揮を執る『泊地水鬼』が新たに深海棲艦を生み出していることを確認していますので、その打倒が叶えば後は全力を以って押し返すだけなのです」

「……逆を言えばそれが可能でない現状では、ひたすらに消耗を抑えながら救援を待つ他は無いと言うわけだな」

「はい。しかし、正直なところ救援は来ないだろうと提督は予想しています。こんな状況ですし、未帰還の味方艦隊も殆どが連絡が取れないまま。今も大和さん頼りで前線を維持している状態です」

 

 聞けば、大和は菊月()が気絶してから三日三晩、不眠不休かつほぼ未補給で戦い抜いているとか。今はその大和を戦力的、そして精神的中核として残存艦娘を繰り返しローテーション出撃させることでどうにか凌いでいるらしい。

 

「提督は、この猶予である作戦の決行を決めました。被害を度外視した、玉砕覚悟で泊地水鬼を沈める作戦です。菊月さん、あなたはその作戦の特攻役となる艦隊の護衛を――」

「――明石」

 

 機先を制し、言葉を遮る。理由は勿論、気に食わなかったからだ。

 特攻作戦と言うものを俺が気に食わなかったというのは確かだ。しかし、それだけが理由なのではない。

 『菊月』が、それを拒んだからだ。仲間を見捨て傷つけるような作戦を、菊月が良しとしなかったからだ。仲間を守りたい、その為に再び艦娘として立った彼女にとって、それは許されないことだったからだ。

 『俺』の全ては菊月の為にある。だからこそ、俺は菊月の為ならば、どんな無茶も通してみせよう。――尤も、それは『俺』と『菊月』の何方もが抱いている思いではあるが。

 艤装を背負い、砲を持ち、腰に『月光』を差して全身をほぐす。寝て起きたばかりだが、気分的にはついさっきまで戦っていたのと同じだ。ならば是非も無い。

 

「……提督に伝えておいてくれ。そんな作戦を実施する必要はない、それよりもこの部隊を撃退した後にどうやって鎮守府を維持するか考えておけ、とな」

「えっ? 菊月さん、それは」

 

 言い終わるや否や、俺は海へと飛び出した。先程から砲音の鳴り響く方へ目をやれば、俄かにその辺りの空が濁っているのが見える。恐らくは、群れている艦載機だろう。

 両脚に力を込め、推力を全て跳躍力へ。一気に飛び出し、その勢いを維持したまま海を滑る。滑りつつ空へ向けて空砲を放てば、敵味方幾らかの注意は引けたようだ。

 

「これも戦争だ、味方だけ沈まぬなどと甘い考えを持っていた訳ではない」

 

 一つ二つ、三つ。すれ違いざまに二体の人型深海棲艦の首を落とし、そこで一旦急ブレーキ。同様の加速を左右に繰り出し敵の照準を撹乱したところで踏み込み、抜き打ちに三太刀。噴き出す体液(オイル)をそのままに、俺は今も艦隊最前で戦い続ける彼女のもとへ。

 

「――あら、菊月。遅かったですね?」

「……ああ、すまない。遅れてしまった」

 

 彼女は、正に満身創痍と言うべき有様だった。

 背後に背負う艤装は折れ砕け、残っている砲門は僅一つ。全身から血を流し、一つ纏めにした髪も解け、持っていた傘は何処ぞへ消え失せた。

 今すぐ倒れてもおかしくない――そんな状態でありながらも、彼女は……大和はしっかりと海を踏み締め、前を見据えていた。

 

「……大和」

「はい、なんですか菊月」

「お前と肩を真横に並べるのは初めてだったが……光栄に思う。お前が戦艦大和だから、というのもあるが、何より――こうしてたった一人で、仲間を守り通した偉大な艦娘と肩を並べられることを、な」

 

 言えば、大和は俄かに纏っていた燐光(キラキラ)を増大させた。増大させ、片手に握っていた何かの骨――恐らくは深海棲艦駆逐級の背骨(竜骨)か――を握り直す。

 

「それは此方の台詞ですよ、菊月」

「何を。……まあ、それは後だ。これ以上お前に負担をかけられまい。――飛ばして行くぞ、大和」

「ええ――ついて行きましょう、菊月」

 

 海を蹴る。俺達は同時に、敵へ向かって駆け出した。




菊月かわいい。

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