あれは嘘だ。
いや、書いてたら無双シーンが伸びに伸びたというかそんな感じでして。今回は出撃前で、次回無双シーンになる筈です。
あ、それと。菊月保存会、皆さんもチェック、ゴー。
深海棲艦の猛攻を潜り抜ける。
砲撃を躱し、雷撃から逃れ、空爆の合間を縫って走る。黒い壁のように行く手を阻む深海棲艦どもを押し飛ばし、多少の被弾など気にせず前へ。傷口から流れ出す血液もそのままに、ノイズの合間に少しずつ言葉が見え隠れし始めた海域を往く。
そうして辿り着いた我等が鎮守府は、
「……ッ、これは」
「なんてこと、こんな――」
あまりに酷い有様だった。
未だ遠景を微かに捉えられる程度の距離だが、それでもはっきりと分かってしまう。海際の工廠や倉庫群は遠距離からの砲弾に灼かれ、艦娘宿舎は半壊し、その残骸にすら執拗に攻撃が加えられている。出撃港は無数の雷撃を撃ち込まれ、無残に抉れ吹き飛び炎が燃え盛っている。敵艦載機群はそれらを俯瞰してなお、絶えず地を焼き空を泳いでいる。出撃港だったところから艦載機を飛ばしている誰かが敵の砲雷撃を食い止めてはいるものの、多勢に無勢と言わざるを得ない。
その間を潜り抜け、私達は鎮守府のそばへと帰還する。ろくに狙いもつけずに残った砲弾を撃ち出しながら、仲間の眠る救命ボートを接岸。
『――そこの――こちら――大本――淀――』
その時、無線が声をあげた。拾った電波を手繰り寄せれば、そこから流れて来たのは鎮守府に残っていた大淀の声。彼女は、いかにも必死という声で此方に呼び掛けを寄越していた。
『そこの何方か! 此方は軽巡大淀、反応を!』
「――こちら、戦艦大和、そして駆逐艦菊月! 敵の攻撃を避け帰還した!」
『――っ、大和さんに菊月さん! 助かりました!』
「ひどい、あまりに酷い状況です。大淀さん、余裕があるのならば状況を教えて下さい」
私の問いに大淀が返す。返ってきた答えは概ね予想通りではあり、そして的中して欲しくないものだった。
大淀によれば、鎮守府に攻撃を加えている深海棲艦の出現は私達が潜水艦に奇襲を受けたのとほぼ同時刻。向こうからすれば襲撃と同時に各地の艦隊と連絡がつかなくなったのだ、最悪の想定――つまり出撃艦隊の全滅、艦娘の全轟沈――のもとで戦っていたようだ。
侵攻は、現在は主に三方面から。最初に現れた鎮守府正面艦隊を連合防衛艦隊でほぼ殲滅したのち、その連合艦隊を彼奴らの襲い来る北と南に分割し、今はそこで敵を留めている状況らしい。とは言っても、この光景。物量で押され、穴の空いた戦線から次々に戦力を送り込まれている状況に近いのだろう。
『現在戦闘中の艦隊ですが、北側が圧され気味です。物量もさることながら、其方には視認できるだけで陸上型の深海棲艦が五隻布陣していることが最大の原因かと』
「――分かりました。ありがとうございます、大淀さん」
『そんな! この窮地、お礼を言うべきは此方です。さあ、お二人も一刻も早く鎮守府へ帰還して下さい。その近い距離に居るのに沈んでしまえば笑い話にもなりませんよ』
「戦局は、戦線は保つのですか」
『厳しくはあります。ですので、あなた方が帰還し次第私も前線へ出撃します』
大淀はこうして、私達に帰還しろと言う。その言葉に間違いは無いだろう。現に私達は少なくない被弾をし、疲労し、弾薬も少ない。
ちら、と横目で菊月を見る。小さな彼女は青い顔で脂汗を流し、肩で息をしながらも周囲を警戒している。その鋭い視線に、知れず胸が高鳴る。
なんて愛おしい二人であることか、『菊月』は。これだけ疲労し、追い込まれようと、絶望することがない。ただの
「そうですね、ここは一度退くべきです――菊月、あなたは」
「……何だと?」
「気を失っている仲間達を連れ、鎮守府へ帰投しなさい。その際の航路は私が拓きます」
「……その言い方だと、お前は帰投しないように聞こえるが?」
「ええ、その通り。私はこのまま北へ向かい、仲間の援護に回ります」
言った瞬間、菊月の瞳が私を射抜く。その紅い目に映る無茶だ、無謀だと言った感情は、彼らが私を心配するが故か。だが、彼女が口を開く前に会話に割り込んで来る者がいる。
『それは認められない、戦艦大和』
「――提督」
『不服だと言うのならば明確に命令しよう。戦艦大和、直ちに一切の航行活動を中止し岸に上がり、船渠にて修復に入れ』
「それをして、私の修復までにかかる時間はどの程度です。どれほど時間が必要で、その間に何人の仲間が沈み、この鎮守府のどれだけが損壊するのです」
『…………』
提督は口を噤む。無言から、仄かな驚きを感じた。
『だが、お前が前線へ出向いたところで何が変わる』
「変わります。士気は確実に向上するでしょうし、手の空いた人員を此方へ回すことで鎮守府の防衛も叶うでしょう。防衛が確実になれば、傷ついた仲間を癒すことも出来るようになります」
『確かにそうだ。だが、それで余計な被害を受けるのはお前だ。戦艦大和、お前の戦術的価値は並ではない。理解できるな』
「はい、理解できます。しかし、私には同型艦の武蔵もいます。この状況下で必要なものは、修理の必要な私一人を温存することではなく、助かるか助からないかの境目にある多数の仲間の救援であると思います。提督、現在北で戦闘中の艦娘は何隻居るんです」
『……三艦隊、十八隻だ。それを救い切るのは、お前でも難しいだろう。それでも行くのか』
「はい、それが私の役目ですから」
提督は溜息を吐く。その息から、諦念を感じた。
『分かった。では――戦艦大和に命じる。鎮守府北戦線へ向かえ。そこで戦い、沈んで来い』
「――嫌ですけれど?」
『えっ』
くすくす、と笑いが漏れた。駄目だ、私に提督をからかう趣味なんて無かった筈なのに。精神が疲れているからか、高揚しているからか、あるいは――彼女、菊月がみなに与えた影響に、艦娘を戦闘機械から意思持つ戦士に変えるその在り方に充てられたからか。あの自信満々な妹の気持ちも分かると言うもの。
なんにせよ――まあ、悪くない。
「提督? 私はその、『沈んで来い』という命令を拒否させて頂きます。そもそも何故、わざわざ
『大和、お前』
「――私は大和、戦艦大和。この国の名を冠した
「……わぷっ!?」
屈み込み、菊月を抱き締める。その矮躯に見合わぬ熱の渦巻く身体から、勇気と力を分けて貰うために。
救うべきは、まず十八人の仲間たち。それが終われば、南方の仲間だ。他にも各地で戦う仲間、取り残された仲間。彼女らのために、私は戦おう。
「この、小さな勇者に懸けて。さあ――」
確か菊月は、両脚に推力を込めると言っていた。それに倣い、大和型の馬力全てを足裏に集中させる。
同時に、全身の疲労が抜けて行く感覚がする。見れば、私の身体から目映く輝く
ちら、と菊月を見遣る。遂に崩折れかけた彼女は、しかし目だけは此方を向いて、任せたと訴えかけてくる。
「――戦艦大和、推して参ります」
頷き、駆ける。海が大きく爆ぜた。
最近更新が滞り気味で申し訳ない。