吹き荒ぶ冷たい風が身を切り、黒雲が空を流れて行く。陽はとっくに登っている時間だと言うのにこれほど寒さを感じるのは、この不気味な天候が原因だろう。ここが日本であれば、秋が深まったことも理由だったのだろうが。
連合艦隊は水上打撃部隊。それを率いるのは戦艦大和、どうやら聞くところによると北方方面の攻略艦隊の旗艦は武蔵だそうだ。姉妹揃って連合艦隊の旗艦とは、流石は大和型と言うべきか。
彼女に率いられた連合艦隊本隊に対し、その前衛を務めるのが
トラック泊地から増援として駆けつけた祥鳳、彼女から熊野のことは聞いた。次々と襲い来る深海棲艦から仲間を守る為に殿に立った、彼女らしい立派な最期だったらしい。
慰めにもなりませんがね、と自嘲するように零した祥鳳。そうでもない、と返してやれば彼女は意外そうな顔をした。少なくとも、今日のこの戦いに負けられない意味が出来たからな。確かそう返事をした気がする。言葉を交わしたのは海の上。満足そうに笑った祥鳳、直後に艦載機を発艦した筈だ。索敵機の捉えた範囲でも敵艦載機は膨大、その中へ俺達前衛艦隊は突っ込んで――
「――く、うっ!!」
身を捩る。顔擦れ擦れのところを、敵艦載機の雷撃が掠めていった。
そう、ここは海の上で戦場。祥鳳と話をしたのは数時間前のことだ。にも関わらずそのことを白昼夢に見た――といっても一瞬のことだったが――のは、おそらくあれが走馬灯に近しいものだったからだろう。
顔を上げる。そこに存在するのは、今朝と変わらぬ黒雲――否、その黒雲の下にもう一つ、黒く蠢く塊があった。
「……全く。雲霞のごとく、とはよく言ったものだな……!」
「馬っ鹿、無駄口叩いてる暇があったら一機でも多く落としなさいっての!」
文字通り、空を埋めつくさんとする程の敵艦載機。祥鳳、そして前線基地で待機している仲間からの通信によれば、どうやら周辺に飛行場姫――勿論
それらが容赦なく攻撃を開始する。無作為に落とされる魚雷が次々に火を噴き、海面を揺らす。遠くのものでさえ海を轟かせ、至近弾ともなれば爆風で身が削れる一撃だ。そんなものが雨あられと降り注ぐ中――しかし、頼もしき仲間達は誰も、一切の直撃を防いでいた。
島風が斬り込み、夕立が続く。そのバックアップを陽炎と吹雪が務め、
「陽炎、吹雪、島風、夕立! この程度で沈んでくれるなよっ!?」
「それ、さっき一番危なかった菊月ちゃんに言われたくないっぽい!」
「だってさ、菊月! ま、あたしは心配してないけどね。菊月も、夕立も、他の誰のことも!」
陽炎と夕立が声を張り上げる。彼女らは互いに声を掛け合い、次々に艦載機を落としてみせた。迫る雷撃を跳躍し、躱わし、着水と同時に対空砲撃。研ぎ澄まされたその一連の動きは、俺の不安を払拭するほどだ。
「さあ、あんた達も気張りなさいっ! というか、この程度でどうにかなってたら帰還したらどうなるか分かってんの!? 神通さんとの特訓よっ!?」
「私は別に構わんのだが……なっ!」
その声が遠ざかるのを聞きながら、
トリガーを引く軽い手応えと、直後に感じる重い振動。吐き出された無数の銃弾が空を覆う艦載機の群れに突き刺さる。少なくない数の炎が黒雲を照らすも、それは瞬く間に雲霞に覆われる。まるで餌に集る蟻のようだ、などと空へ巣食うものには場違いな感想を抱いた。
「く……このままでは、埒が開かんな……ッ!」
「菊月ちゃん、それじゃ速さが足りないよ! もっと前傾姿勢になって、つま先と足の外側に力を込めるイメージで――こうっ!」
島風の言葉に従い、思考を切り替える。つま先に力を込めるイメージと同時に、ぐんと加速する身体。前傾姿勢になると同時に足の外側で海面を切り、白波を立て、島風と二人で艦載機を落としながら猛進する。
「……島風っ!」
「おうっ!」
直感。
咄嗟に判断し、左手を突き出す。同じように突き出された島風の右手と接触し――反発。加速度を維持したまま旋回し……
「――大和さんっ! これ、ジリ貧ですよ! 無理にでも突っ込むべきじやないですかっ!」
『分かっています。けれど、それに必要なのはまず、貴女達に敵の
「――けど、やるしかないってんでしょ。分かってるわよ。それに、あたし達の実力知ってるでしょ? ねえ、神通さん」
「ええ。この六隻ならば、必ず血路を開いてみせます。――ですね、みなさん?」
神通の言葉に、それぞれが頷く。いや、無線越しの声に誰が頷いたなどと分からないが、それでもきっと全員が頷いたのだろうと理解出来た。
「よし、では――大和さん。我々が突撃します。必ずや、貴女達が敵の本隊を撃滅して下さい」
『分かりました、神通さん。ここを乗り切れば、敵の目論見を潰せる筈です。皆さん、くれぐれも――いえ、違いますね』
大和は無線越しにそう言って、一度言葉を切った。ノイズ混じりの通信の向こうもまた、どかんどかんと爆音と砲音が響いている。おそらく三式弾を発射したであろうその音を最後に、大和は再度、
『――大和国の艦娘の意気を見せてみなさい。必ず敵を殲滅し、意気揚々と全隻揃って凱旋するように。――さあ、突撃っ!』
背筋に熱い鉄を突き込まれたように、全身に熱が灯る。これが『大和』のカリスマか、などと思う暇はなく、
眼前の黒雲と押し寄せる敵機、吹き荒れる冷風、降り注ぐ鉄の雨、そしてその向こうに鎮座する『姫』。それら全てを見据えて、
艦アケやると海戦のイメージがよく補強されます。