私が菊月(偽)だ。   作:ディム

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提督編終わりかな。
次回からまた菊月と地獄に付き合って貰います。


割と深刻な提督の事情、その三

 艦娘の長所は、深海棲艦と比較して個体の強度や戦闘能力が非常に高い傾向にあることだ。ならば、深海棲艦と比較しての短所は何処に存在するのだろうか。

 答えは簡単。『数』である。

 艦娘が深海棲艦の軍勢を突き破る一騎当千の猛者たちならば、深海棲艦どもは正しくその対存在、容易く消えて無くなるその身の脆さを圧倒的な数でカバーする存在だ。そして、彼奴らが利点とする数こそが艦娘に、ひいては人類にとっての致命打となっている。

 数、と一概に言ったところで、それがどの程度のものであるのか。百、千? あるいは万? 艦娘一人が倒し得る数の何倍以下、あるいは以上? その答えは()()だ。

 深海棲艦は無数に存在する。それは『数え切れないほど存在する』という意味ではなく、『倒した側から戦力が補充される』という意味だ。例えば、我が鎮守府の正面の海域。流石にこの海域にまで深海棲艦が多数進出していることは無いが、それでも数隻は存在する。そう、『数隻存在する』のだ。どれだけ駆逐しようと、戦艦が海上を焼き払い潜水艦が海面下を穿とうと、いつの間にか『数隻』がそこに存在している。故に無数。

 では、何故それが人類にとっての致命打となり得るのか。それは、艦娘の数に限りがあるからだ。現在日本国が保有している艦娘は、百は居るだろう。二百も超える筈だ。では、その数は三百、四百に届くか? 残念ながら、現在『おそらく存在するであろう』とされている艦娘を含めても四百には届かないだろう。四百に対して、敵は無数。必然的に、敵の侵攻を食い止めることなど不可能だと解るだろう。

艦娘に出来ることは、その性能を活かして、最高でも六隻一隊を単位として世界各地で深海棲艦を遊撃することと、大規模侵攻が発生した際にそれを打ち砕くこと。

 そして、そんな戦い方しか許されないが為に、艦娘の『轟沈』は重大な意味を持つのだ。

 

「――ああ、これは駄目だな。考え方が悪い方向へ向かっている、修正しないと」

 

 敢えてそれを口に出して、無理やり思考を切り替えた。俺の考えがそっちへ転がったのは単純で、今から向かう先がその『艦娘の数の少なさ』に対するケアの為に存在する施設だからだ。どの鎮守府、どの基地にも存在するその施設は、俗に言うトレーニングルーム。大破し、長時間戦線から離れた艦娘が肉体を調整し、戦場へ復帰する為の施設だ。

 彼女ら艦娘は数が少ない。故に、負傷しようと大破しようとお払い箱となることは無い。どうにか修理し、再び戦線へ立って貰わなければならない。鎮守府に敷設されてあるトレーニングルームはその為の施設だ。

 彼女らをこんな風に酷使することには、もしも彼女らが人間であったならば非難が噴出していたに違いない。彼女らの誰一人としてそこに不満を抱かないのは、彼女らがそういう生命体だからだ。俺も、そのことはパイロットから提督に鞍替えする際に教えられた。『艦娘は人のようでありながら人でない人形。人に近しい思考機能をしただけの、深海棲艦を滅ぼす為の艦の化身だ』と。

 正直、これに関しては正しいと思っていた。艦娘は全て、長い間絆を育み、ケッコンまでした金剛ならともかく――いや、金剛でさえも最初のうちはどこか虚ろだったのだ。機械的、非生命的と言うべきだろうか、『そのような場合はそういう動きをし、そういう感情を持つ』とでも構成されていたような、造られているような虚ろさ。俺もそれが艦娘の在り方なのだと思っていた――『アレ』が確認されるまでは。

 それは、艦娘であるにも変わらず『感情豊か』な異常個体。

 

「全く、感情豊かであればこそ不満を言うべきそれが、戦闘マシーンである艦娘の為の施設でトレーニングだなんてどんなジョークだよ」

 

 触れる艦娘(もの)全てに感情の発芽を促すそれは、トレーニングルームの端、マシンの上に横たわっていた。

 

「ここにいたか、菊月」

「……む、提督か。どうした、この菊月に何か用か……?」

 

 菊月。睦月型駆逐艦の九番艦。性能自体は他の睦月型駆逐艦と遜色無く、改二改装も経てはいない。にも関わらず、彼女はその身の丈から考えれば目を疑いたくなるような戦果を残していた。

 

「トレーニングか。お前たち艦娘にとってはほぼ無意味だろうに、精が出るな」

「……意味ならあるさ。私達は今まで温泉旅行に行っていただろう? 戦場から離れていた分、身体が鈍っている筈だ。それは、他の艦種ならばともかく、我々駆逐艦に大問題だ。故に、私はこうしてトレーニングしているのだ……」

 

 今回俺が彼女のもとを訪れたのは、彼女の残して来た戦果を成す為の要因となったある異常について。『気焔』、まるで深海棲艦のように全身から噴きあげる真紅、もしくは黄金のそれについてのことだ。

 

「流石の勤勉さだな。さて、菊月。まどろっこしい話は抜きだ、率直に聞かせて貰う。明石の所へは行ったそうだが、お前の持つ『気焔』、その中でも黄金の方の運用についてはどうなりそうだ」

「……明石が言うには、気焔が黄金色になった原因は『菊月』の深海棲艦との接触の折に何か――おそらくはその魂を得たことらしい。そして、黄金の気焔を観測するに、それは得た魂を燃料に燃え盛っていると。気焔を収めた直後に気絶するのは、魂を燃焼させる関係で一時的にこの身体の中の魂が薄くなっているから……だそうだ。正直、私にもよく分からんが」

「魂、か。お前達艦娘と触れ合って長いが、臆面も無くそんな話をされたのは二回目だ。普通に考えれば与太話も良いところなんだが、な。だがまあ、信じるよりあるまい――というか、疑う為の理由を持っていないと言うべきか。何にせよ、それは了承した。話を聞く限りでは気焔の使用に関する問題については解決していないと言うことで構わないな?」

 

 俺の問いかけに、彼女は鷹揚に頷く。その仕草からも感情が読み取れ、動作の一つ一つが彼女の異質さを際立たせている。

 

「……うむ、その通りだ。私のことで迷惑をかけるな、すまない提督」

 

 そう言う彼女は、言葉通りに謝って見せながらもどっしりと落ち着いている。さながら、問題はあるが心配は無いのだとでも言うように。その態度から、此方もまた心配無いという感情を喚起させられる。

 彼女――菊月の異質さは、その点にある。見るもの聞くものを信じさせ、安心させるような何か。それは艦隊の旗艦に相応しい資質というよりは、もっと大きなもの。

 そう、例えば『提督』――艦娘を纏め、信頼させ、指揮下に置く提督という役目こそが当て嵌まるような、そんな資質。訓練でどうにかなる物ではない、生まれながらのある種の異能。それこそが、彼女が関わった艦娘全てに、大なり小なりの差はあれど、感情を芽生えさせる原因となったのではないか、と俺は推測している。

 確証はない。けれど、彼女の内から艦娘を纏める者としての資質を感じるのは確かだった。

 そして、それと同じ位の話し易さ――まるで、どこか別の提督相手に話しているかのような気易さを感じるのもまた、確かだった。

 

「そうか、ならばこれまで通り気焔の使用はくれぐれも気をつけて行うように。では、私は行くとする」

「おや、もう行くのか提督。提督も良い身体を持っているのだ、少し身体を動かして行けば良いものを」

「そうしたいのは山々だがな、あいにく俺には先約がある。明石と少し、な」

「……浮気か?」

「違うわッ! 趣味の話だよ、お互いのな」

 

 そう言って、俺は部屋を出た。友人と話をするのは楽しいが、約束をすっぽかす訳にもいかない。特に今日は明石と二人で、俺の私物である零戦――の見た目をしたかつての乗機の整備をするのだ。これは外せない。

 そのまま俺はうきうきと廊下を行く。明石と趣味に盛り上がり、時間を忘れて没頭し、ボロボロの状態で引き取ったそれをなんとか修理し――そして、もう一つの約束である大淀との作戦会議を忘れ。二人して彼女に大目玉を食らったのだった。




菊月かわいい。

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