私が菊月(偽)だ。   作:ディム

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訓練回。


菊月(偽)の猛特訓、その二

気合いと同時に向けられる砲口、横っ飛びに躱そうと足に力を込め――がちゃり、と背負ったドラム缶が音を立てる。阻害される動きになんとか足を合わせ、水面を滑り身を逸らす。顔の直ぐそばを、神通の放った砲弾が通り過ぎた。

 

「……ちいっ、皐月っ!」

 

「分ぁかってるよ、菊月っ!」

 

神通の砲撃が通り過ぎた地点を中心に、皐月と鏡合わせの方向へ散会。そのまま小刻みに身体を振りつつ、神通の側面に回り込み砲撃。一瞬遅れて放たれた皐月の砲撃、それと組み合わせることで命中を期した一撃は、

 

「――当たりませんよっ!」

 

ほんの僅か、軽くステップを踏むだけで回避される。神通を通り過ぎて此方に飛来した皐月の一撃、それを回避した俺が見たものは、全く此方を見ずに放たれた神通の砲撃だった。

 

「っ、此方も、彼方も見ずにか……!」

 

「上等さっ! これぐらいでないとねっ!」

 

驚きはしたものの、砲弾自体は余裕を持って回避する。そのまま飛びくる追撃を回避したところで、菊月()は強烈な殺気を感じた。『菊月』の命じるまま横っ飛びに回避すると、背後数メートルに着水したそれ(・・)がそのまま直進し、遠くで爆ぜる。それと同じ爆炎が神通を挟んだほの近い反対側で巻き起こり、俄かにバランスを崩しかける。

 

「雷撃だと……っ、皐月――なあっ!?」

 

皐月の身を案じ、一瞬視線を周囲から外す。その瞬間に足元に潜り込んでいたのは、神通の放っていた――否、投擲していた魚雷だった。

 

「砲撃は囮か……っぅあっ!」

 

回避行動も間に合わず、軸足である右足に直撃に炸裂する雷撃。噴き上がる爆炎の威力こそ本物には及ばないものの、巻き起こる熱と炎は本物そのもの。そして、その爆炎に視界を奪われた菊月()の耳に届いたものはいくつもの砲音だった。

 

「甘いですね。気が抜けていますよ、二人とも」

 

その言葉が聞こえるや否や、頭と胸、腹にずどんと響く衝撃。炸裂し破裂する鉄塊の威力が、菊月()の小柄な身体を吹き飛ばし海面に叩きつける。ふらつく意識をなんとか持ち直し両手足を活用、死に物狂いで海を蹴れば直前まで居たその場所に砲雷撃が突き刺さったことを視界の端に捉えることが出来た。

 

「一息をついている場合ではありませんよ!」

 

「っ、痛いなぁっ!!」

 

態勢を立て直しながら放った皐月の砲雷撃をゆるりと回避し、そのまま此方へ砲を向け発砲する神通。放たれたそれは僅かに身体から逸れた海面に着弾する……と思ったのも束の間、正確にドラム缶を撃ち抜かれバランスを崩す。そこへ二撃めを叩き込まれ、菊月()は海へ倒れこんだ。

 

「あなた達は今まで背部艤装を背負っていませんでしたが、正式に装備が決定すればその背部艤装の位置や挙動にも気を配らなければなりません。――言うよりも、実践した方が分かりやすいでしょう」

 

「ふん、お陰様でよく理解できたさ……! 皐月っ!」

 

「言われなくてもっ!!」

 

身体を海面から勢いよく起こし、同時に連装砲のトリガーを引く。一瞬のズレもなく砲口から放たれるいくつもの砲弾が神通へと殺到してゆく。反対側からは皐月の砲弾と魚雷の群れ。下腹を震わせる重低音がいくつも響き、

 

「っ、流石に数が多いと厄介ですね。しかし、対処できないほどではありません」

 

しかし、それを全て回避する。飛来する弾を躱し、あるいは両腕で弾き叩き落とす。腕を振り弾を叩き落とす過程で、右腕の艤装から放つ砲撃で迫る魚雷を迎撃する。砲弾から巻き起こる爆風と破片に擦り傷こそ作ってはいるものの、海面を舞うように流れ駆けるその姿は確かに以前のものとは別物だった。

 

「当たらんか……!」

 

「いえ、深海棲艦になら命中させられるでしょう。しかし、私に当てられないようでは効果的な打撃は与えられませんよ」

 

「そうは言ったってさぁ、雷撃はともかくボク達の砲撃なんてどう使えって言うんだよ」

 

油断なく連装砲を水平に構えながら皐月が漏らす。その言葉に、神通が応じた。此方へ注意を向けつつ、目線を皐月の方へ向け口を開く。

 

「あなた達は特にそうですが、駆逐艦の方はみな自身の砲撃を過小評価していますね。その結果としてあなた達は剣戟に走ったのでしょうけれど、それでは勿体無いでしょう」

 

「ふむ……?」

 

「あなた達駆逐艦の砲撃が、一般的に低威力だと言うのはその通りです。また、駆逐艦や軽巡ならばともかく戦艦や空母相手になれば、また棲鬼や棲姫、水鬼になれば致命打を与えることは難しいというのもその通りです」

 

「ならどうするって言うのさ。牽制にならボク達は使えてる筈だよ」

 

「その通り、牽制です。――ですが、『ただ弾をばら撒くこと』とは違いますよ、皐月さん」

 

神通はそう言って、ぴんと伸ばした指で自身の目を指差した。

 

「頭や目、口。攻撃を繰り出そうとした艤装や、バランスの崩れた位置。それらを狙って命中させることで、より効果的な牽制が可能になります」

 

「そりゃ確かにそうだけどさ。そんなの、狙って出来ることじゃないでしょ神通さん」

 

「確かに難しいことです。しかし、ただ単に弾をばら撒いてまぐれ当たりを期待するよりは遥かに効率的で、効果的ですよ。分かりますね、二人とも?」

 

神通の言葉に、菊月()達はただ頷くしかない。

 

「そして、その技術の向上こそが駆逐艦としての練度の指標となる筈なのですが――」

 

「あはは、うん。ごめんなさい、神通さん」

 

「……同じく。お前に教えを受けておきながら未だ習熟出来ていないというのは、怠慢だろうな……」

 

「いえ、構いません。これからもう一度叩き直せば良いですから。――理解しましたね? では、その為にも、あなた達は今から自分に何が足りていないかを探しながら戦って貰います。ここから先はもしも望むなら、ドラム缶を外そうが砲で殴りかかって来ようが自由とします――ただし、それが私に通じるかは別ですけれど」

 

言い放つ神通に、少しもやっとした感情が湧き上がる。それを振り払うかのように、そして神通の真意を図るために、菊月()は目を見開き告げる。

 

「そうか。分かったよ神通――!」

 

言うや否や、背負ったドラム缶を神通に向けて投擲する。寸前に吹き上げた燐光(キラキラ)気焔(オーラ)の賜物か、駆逐艦の投げたものとは思えない速度でそれは神通へ肉薄した。同時に海面を蹴り、側面に回り込み両足に力を込める。そのまま跳躍し、立ち尽くす彼女の側頭部へ膝蹴りを敢行し――

 

「――甘いッ!!」

 

裂帛。

 

渾身の力を込めた膝を、神通の片手ががっちりと捉える。そのままぐるりと回転させられ、思わず伸ばした片腕を両腕で掴まれ、逆さまのままぐい、と引かれ、

 

「……ぐ、がふっ!?」

 

轟音。

 

神通にギリギリまで迫っていたドラム缶の上へ、背中から投げ飛ばされた。引き伸ばされた左腕がバキバキと音を立て、鋼鉄に叩きつけられた背中がみしみしと悲鳴を上げる。思わず肺の空気を全て吐き出した俺が目にしたのは、真っ直ぐに振りかぶられた神通の片足だった。

 

「ぐ、あ……かはっ……!」

 

強烈な痛み。容赦なく繰り出された神通のかかと落としが菊月()の腹へ突き刺さる。背中の向こうで何かがひしゃげる感覚。思わず飛びそうになる意識をどうにか保ち、次いで放たれる二撃めをドラム缶で防ぎ、咳き込みながらふらふらと距離を取る。ひん曲がったドラム缶を背負い直しながらちらと覗き見た皐月の顔は、苦笑いの表情のまま青ざめていた。

 

「私達があの深海棲艦に遅れを取った理由の一つは、近接攻撃への対応の未熟さです。言わば弱点、そんなものを私達がそのままにしている筈は無いでしょう」

 

「っ、けほっ、げほっ。……全く、酷いことをしてくれるな」

 

「また、近接攻撃への過信もあなた達の悪い癖ですね。強力には変わり無いですが、それ故にリスクも大きい。本来ならば目覚ましに、顔に拳骨でもとは思いましたが――」

 

神通はそこで言葉を切る。そして、少し逡巡した様子を見せた後に続けて口を開いた。

 

「その。いつも、『顔はやめて』と那珂も言っていますし」

 

恥ずかしげにそう言う神通に毒気を抜かれ、思わず噴き出す。顔を染めながら此方へ視線をくれる彼女に、どうにか立ち上がった菊月()は視線を合わせる。

 

「……ふ、妹と弟子想いの師匠なことだ。……っつ、今ので目が覚めた。私はまだいけるが……皐月、怯えておらぬだろうな?」

 

「ふん、上っ等。神通さんが強いのはよく分かったけど、それとこれとは話が別だよ。まいったって言わせるからなっ!」

 

「このままではあまりに情け無いのでな。……あれが私の実力だと思ってくれるなよ……!」

 

連装砲を両手で構え、膝を曲げ、腰を落とし、集中し、全身の感覚を総動員する。どれも昔、神通から教わったことばかり。そうして狙いを定め引き金を引き――それをトリガーとして俺達は動き出す。構え、撃ち、避け、走り。撃たれ、投げ飛ばされ、衝突し、びしょ濡れになり、そうして――

 

「――ここまで、ですね。あなた達が大破、私は小破。私の勝利です」

 

そうして、俺達は神通に敗北したのだった。




スーパー神通。

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