私が菊月(偽)だ。   作:ディム

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なんか隔日更新みたいになっててすまないさん状態。


第九章
懐かしき海


――着水。それなりに高い甲板から海面へ大きく降り立ち、衝撃で両足が軽く軋む。がちゃん、と揺れる艤装が音を立て、跳ねる水飛沫が服へ付着した。

 

「菊月、少し遅かったようですがどうしたのです?」

 

「……いや、武蔵が少し話があるとな。結局、どんな話か分からなかったが……」

 

先行する熊野に追いつき、並走しながら話しかける。話しかけながら、全身の艤装を再チェックした。手負いや少数と言えど深海棲艦に違いはなく、であれば気を抜くことなどあり得ない。ましてや菊月()は駆逐艦なのだから、手負いの獣の一撃など受けてはいられない。故に、菊月(俺達)にも熊野にも、一欠片の慢心もない。

 

「……あれだ、熊野!」

 

「存じ上げておりますわ、菊月!先行させて貰いますわよ――とぉぉおうっ!」

 

俺より一歩先に踏み出た熊野が真っ直ぐに砲を構え、気勢とともに砲弾を発射。炸薬の詰まった黒い鉄塊は真っ直ぐに空を突っ切り、発見した敵艦隊――手負いの深海棲艦の群れの真っ只中、軽巡級と思わしき深海棲艦に突き刺さり爆裂した。軽巡級の艤装が砕け、破片がまるで木屑のように空まで跳ね上がるのがありありと見て取れる。

 

「……この距離から……やるな、熊野。いつの間に身につけたのだ……?」

 

「ふふん、元からですわ――と言いたいところですが。ドイツで友誼を結んだプリンツが得意としておりまして。すこしご教授願ったんですの」

 

鼻を鳴らし胸を張り、熊野はそのままもう一度砲撃を敢行する。しかし二度目の砲撃は、此方へ敵意を向けた深海棲艦によって回避された。

 

「……外したな。ならば、次は私だ……!」

 

右手の単装砲を背部にマウントする。機関を回し、熊野の前に躍り出る。同時に両足に推力を集め――跳躍。それまでとは比べものにならない圧力と風を感じ、見る見るうちに景色が吹っ飛んでゆく。

 

「……まずは、一隻!」

 

そのまま左腰に備えた『月光』を引き抜き一閃。着水後すぐさま振り返り二閃。それだけで、最も俺たちに敵意をぶつけていた二隻目の軽巡級の首は綺麗に海に転げ落ちた。数拍遅れて、その身体もばしゃりとうつ伏せに倒れ伏す。

 

「……シズメッ!」

 

「……まだまだ……!!」

 

敵陣に突っ込んだ菊月()を蜂の巣にしようと、残る数隻の深海棲艦が一斉に砲を向けた。爆音と共に菊月()へ殺到する無数の砲弾、それを軽くバックステップすることで回避する。攻勢に転じようと『月光』を握る手に力を込めた途端、ぞわりと殺気を感じた。

 

「……っ、だがこの程度なら……!」

 

真正面、艦隊の最奥に位置する深海棲艦の放った一撃。唸りを上げて俺の身体を吹き飛ばそうとするそれを、菊月()は真っ二つに斬り裂いた。縦に分かれた砲弾が、菊月()の身体の両側へ流れそれぞれ爆散する。

 

「今だ……!」

 

そして生まれた一瞬の隙に、一番近くにいた駆逐艦に無造作に機銃を向け発砲。轟音を立てて吐き出される無数の弾が駆逐級の表皮を削り取り、その船体の内部へめり込み跳ね回る。

 

「ゴォォガァァァア!?!?」

 

「……ふん、次は……っ!」

 

暴れまわる駆逐級に引導を渡そうと向けた機銃を引っ込め、慌ててバックステップ。数瞬前まで居た場所に大口径の砲弾が突き刺さり大きな水柱を生み出した。小さく舌打ちし、砲弾の主の方を向く。

 

「……重巡ネ級。それに、駆逐級が残り一隻か……」

 

厄介な、と舌打ちをしつつ機銃を単装砲に持ち替える。此方へ照準を定める二隻へそのまま突撃しようとし、足に力を込めた瞬間ネ級の側に控える駆逐級が爆散する。その強烈な一撃の主はもちろん、熊野だ。

 

「あら、菊月。あなたらしくもない、きちんと深海棲艦は始末しなければいけませんわよ?」

 

ゆっくりと俺の側に滑り寄りつつ、先程仕留め損なった瀕死の駆逐級に照準を定め、発砲する熊野。間近で発生した轟音と衝撃、それらが象徴するかのような一撃を受けて駆逐級は跡形もなく引き千切れ、海の藻屑と消えた。

 

「……ガ、カンムス……」

 

「っ、やらせるか……!」

 

熊野の隙を狙って放たれた砲弾を、『月光』で斬り落とし迎撃する。同時に『護月』を抜き放ちつつ魚雷を発射するも、ネ級はそれを軽く滑ることで回避した。

 

「深海棲艦にしてはよくやる。……だが……!」

 

「ええ、沈めますわよ菊月!」

 

同時に叫び、同時に駆け出す。熊野が砲を構え、それより一瞬遅れてネ級もその禍々しい砲塔を熊野へと向けた。一瞬速く放たれる熊野の砲弾がネ級へと迫る。命中、仰け反ったネ級が体勢を立て直す前に――

 

「……そこだ!!」

 

――命中。ネ級へと放った四発の魚雷が、それぞれ彼奴の全身へぶつかり炸裂した。水飛沫の上に燃え上がる火柱が、次第に晴れてゆく。

 

「ガ、ガ……!」

 

「……敵艦、撃沈した……」

 

そして、菊月()は爆煙の中から『護月』を引き抜く。同時に煙が晴れ、胸の中心からどす黒い体液(オイル)を噴出させるネ級の遺骸が崩れ落ちた。

 

「お疲れ様ですわ、菊月」

 

「……この程度、どうということはないだろう……。それより、私はそろそろ早く帰りたいぞ」

 

ふた振りの刀を腰の鞘に収め、抜いた単装砲をネ級の遺骸へ向けて数発撃ちこむ。完全に沈黙したそれを背にすれば、もうすぐ沈み行こうという真っ赤な陽が目に入った。気付けば、青い海にも赤色が混じりつつある。

 

「この分ですと、もう少しでしょう。さあ、帰還しましょう?」

 

「……ああ」

 

武蔵に通信を入れつつ、船へとゆっくり歩き出す。しかし、菊月(俺達)の内心は既に鎮守府と、姉妹達のことで一杯なのだった。




次回、帰還。

ちなみにこの話の前は七月に書いたものです。
内容を忘れてたら再チェック!

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