まだ他の艦娘は出てきません。
菊月の身体になって……およそ二時間。
俺が島だと睨んだ此処は、予想の通りやはり島だった。周囲は見渡す限り水平線、島の外周は一部険しい岸壁を除けば綺麗な砂浜が続いている。内側に眼を向ければ、木々の茂る林が映る。鬱蒼としている訳でもなく、さりとて荒れ林という訳でもない。もっと中に入ったところには小さな泉を見つけられた。『ある一点』を除けば、とても良い島に生まれ落ちたのだろう。その一点こそが致命的なのだが。
「しかし……、これは、狭いな。あまり良い傾向とは言えぬ」
そう、狭いのだ。二時間とすこしで大まかな地理を掴め、あと一時間もかければ網羅出来そうな程に。……そして、網羅せずとも『資源のない島である』と断定出来る程に。
―――資源が無い、それは『艦娘』菊月になった俺にとっては大きな問題である。
艦娘とは、即ち
「……はぁ。しかし、これでは参ってしまうな。まさか、本当に何も収穫が無いとは……」
島の波打ち際で見つけられたものは、破れた何かのタイヤ一つ、錆びた鉄の棒一つ、空のドラム缶一つ。艦これ風に表すなら、『鋼材:2』といったところか。笑えない。せめて錆びたもので良いから、龍田の槍でもあれば真・菊月無双でもしてやったのだが。
「…………海に出る他は無い、か。この菊月、まさかこのような状況に陥るとは思っても見なかった。……うむ、辛い」
海に、せめて近海に足を延ばさなければ、明日はこの身が資源の仲間入りかも知れない。『俺』はともかく、この菊月ボディーをそんな目に遭わせるなんて許容できることではない。最悪、そこらの生木を燃料代わりに齧ってでも生きてやるぞ。
あ、そうそう。内面的には菊月……もっと言うと『女の子の身体』に慣れることは無いだろうと思う。けど、せめて口調だけは菊月みたいにしようと心掛けるようにした。理由?そんなもの、俺の喋り方が菊月に似合わなかったからに決まっている。俺っ娘の菊月もそれはそれでクるものは確かに存在したけれど。
閑話休題。
「さて、誂えたように一つある湖に来たのは良いが……。これは一体どうやって浮くのだ?原理も分からぬし……艤装が無ければ浮けない、というのならば困るぞ」
広さにして畳ニ十枚程度の湖に、求める答えが無いことなど分かりきっている。男は……いや、もはや女の子は度胸か。可愛い声でよし、と呟けば恐る恐る湖を覗き込み―――
……俺は、その中に天使を見た。
水鏡の中から此方へ垂れる、乳白色の艶やかな髪。
何があったのか驚きに見開いている眼は、髪と同じく少し色の薄い、しかし損なわれない綺麗な朱華色。
小さいものの魅力を宿した口はぽかんと開かれ。
そして、凛々しさの中にあどけなさを湛えたその顔は真っ直ぐに此方を見ていて。
揺れる波を鏡代わりに、現状把握のために見たのとはまるで違う、まごう事なき
……ああ、今になってやっと理解できた。俺は、俺は本当に菊月になっているのだ。
間の抜けた顔を取り繕うように眉間に皺を寄せれば、水鏡の中の菊月も同じように此方をじろりと見返して。ぐっ、と腹に力を込めてみれば凛々しい顔になり。それでも緩む口元を抑えられず微笑めば、菊月も━━━━
「む……むっ。いかんいかんっ!このままでは日が暮れてしまう。足元が見えなくなれば、水の上に立つなんて試せなくなってしまうではないか」
頭を振り、名残惜しいが水面から顔を離す。改めて湖へ相対し、恐れを我慢して右足を水面へ踏み出し―――。
「うわ、うひゃぁぁあっ!?」
……俺は、盛大に水面へ突っ込んだ。
菊月への愛を少しでも伝えられたなら幸いです。
次も続くかは菊月のみぞ知る……。