歓喜に沸き立つ周囲をよそに、こっそりと電探を起動する。静かに周囲の探索を始める電探を見つつ、私は自分の身体を確認していた。
「うーん、これは……」
一番目立つのは、何と言ってもこの紺色のパーカーだろう。ゆったりと海風にゆらめいているパーカーは、今まで見たこともなく持ってもいない服。なのに、まるで誂えたかのように私にしっくりと馴染んでいる。
次に気になったのは、艤装に絡みつく紫の花弁が美しい花達だ。艤装の手入れを怠ったことなんて無く、ましてや草を茂らせるほどの手抜きなんて覚えがない。ならば、やはりこれも私の変化に伴うものなのだろう。ふと手を伸ばし触った花から、一枚の花弁がひらりと舞った。
そして――なによりも変わったのは、この全身に満ちる力。今までの私をはるかに超える、明らかに私の根本を変えうる変化。私の望んだ、守るための力。……本当に、守れたのよね。その事実にふぅと息を吐けば、同時に電探が鳴動する。
「……動体反応、なし。念のためにソナーも……なし」
電探とソナーの反応を見て、小さく頷く。沈んでいった飛行場姫以外に深海棲艦の存在は無く、そして今では深海棲艦の機関が駆動する音も探知出来ない。ならば、それが示すことは一つだった。
「――ふぅ。本当に、完全に沈んだみたいね……」
「あら、そんなことを気にしていたの?榛名が沈んだって判断したのだから、ちょっとは信用してくれても良かったじゃない」
「あ、霧島さん。いえ、これは……」
すっと私の横に滑ってきた霧島さんが、眼鏡の位置を直しながら口を開く。慌てて弁解しようとすれば、当の本人は此方を見てくすくすと笑っている。……不覚だわ。いつもならこんなことに引っかからないのに。
「ふふ、冗談よ。ちょっと真面目すぎるけど、如月のやっていることは正しいわ。――まあ、あの子達に比べれば随分気を張っているわね、とは思ったけれどね?」
霧島さんが指を指す方向に居たのは、天高く拳を突き上げる比叡さんと天龍さん、それに抱きつく卯月ちゃんと皐月ちゃんの姿。よくよく見れば――いや、見るまでもなくその周りでは私の姉妹達がこれでもかと言わんばかりに騒ぎ回っているのが見えた。思わず頭を抑える。羨ましいと思う反面、ちょっと顔から火が出そうだ。
「もうっ、恥ずかしいんだから……」
「ふふ、でも良いじゃない。さっきはああ言ったけれど、素直に喜ぶことは良いことよ。それに、あなただってみんなのところに混ざりたいのでしょう?」
「それは……うぅん、霧島さんは誤魔化せないわよねぇ」
「当たり前よ。でも、今ここで騒がれてもちょっと迷惑だし――そうね、一旦全員帰還させましょう」
「そう、ですね。――あら?」
霧島さんの言葉に同意しみんなへ声を掛けようとした瞬間、私の目の前に睦月ちゃんが立ちはだかる。持っていた連装砲は誰かに預けてきたらしく、その手は両方とも空っぽだ。少し震えた様子が気になり、声を掛けようとして――
「睦月ちゃん、どうし――わぷっ!?」
「――如月ちゃんっ!!」
――思い切り、抱き着かれた。ふわりと揺れ動く睦月ちゃんの赤茶の髪が、頬をくすぐる。戦闘後だからなのか、密着する睦月ちゃんの身体は制服越しだというのにとても熱い。
「ちょ、ちょっと睦月ちゃん!」
「……ほんとは、言いたいこと一杯あるんだけど。怪我してたのに出撃したり、屋根の上に登ったりしてたこととか、もっと頼って欲しかったのにやっぱり一人でなんでもやったこととか、お姉ちゃんに心配かけないでって言ったのに結局こんなに心配かけたこととか、他にもあるんだけど」
「あ、あら。うふふ……」
睦月ちゃんの口からつらつらと連ねられる言葉に、少しデジャヴを感じ背筋を冷やす。後でもう一度川内さんに謝っておきましょう、と内心で独りごちていれば、睦月ちゃんが噤んだ口を再度開き、告げる。
「……でも。でも今、睦月はすっごく嬉しくて、飛び上がりそうなんだよ?如月ちゃんが言ってたこともそうだけど、何より……如月ちゃんが無事で、あんなに自信満々な顔を見たのが久し振りだったから。だから――おめでとう、如月ちゃんっ!」
抱き着いた身体をすっと離し、私の両肩に両手を乗せて、真っ直ぐに見つめてくる睦月ちゃん。その言葉に、柄にもなく目頭が熱くなる。誤魔化すようにこほんと咳払いをして、私は口を開いた。
「ん、ありがとう睦月ちゃん。……さあ、戻りましょう?私もみんなも疲れてるし、お風呂に入りたくて仕方が無いの」
「――うんっ、如月ちゃん!ふっふーん、今日は活躍した如月ちゃんのために、睦月が直々に髪を洗ってあげよう!」
「それは遠慮しておくわ。むしろ、私が睦月ちゃんの髪のケアをしてあげないと。前に言ったこと、ちゃんと守ってるのかのチェックも兼ねて、ね?」
「にゃ、にゃしぃ……」
睦月ちゃんと言葉を交わしつつ、未だ騒ぎ立てる姉妹達のところへと向かう。もみくちゃにされ、抱き着かれ、色んな人に髪をくしゃくしゃにされたけれど、それも不思議と不快ではない。最後に一度だけくすりと笑って、私は振り返らずに海を後にする。
―――――――――――――――――――――――
――鎮守府近海における深海棲艦の異常発生問題、解決。
――これより、鎮守府は通常業務へと復帰。
PS.更に強くなった如月を、もっとおそばに置いてくださいね、提督?
――作戦報告書より抜粋――
如月回、終了。
そして!なんと!
盾を持つ如月の姿を、海鷹さんが描いて下さいました!!
http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=52183955
遅刻する小説なんかほっといて、是非!!