船渠の一角、割り当てられた私のスペースに艤装を外して保管する。私に出来得る手入れは済ませたし、あとは明石さんの仕事だ。保管庫の扉を閉め、がちゃりと鍵を掛ければ自然と溜息が漏れてしまった。いけない、と口を塞いだ手からは潮の香りがして、慌てて全身に気を向けると汗と潮風でベタベタになっていることに気づく。
「……気を落としても仕方ないわよね、うん。それよりもまず、お風呂に入らなくっちゃ。このままじゃ、ご飯にも行けないわ……」
首元に張り付いた髪がちょっと気持ち悪い。振り払いつつ船渠を出れば、本棟に繋がる道を歩く。いつの間にか船渠の屋根に取り付けられていたライトのお陰で道は明るく照らされ、なんだか少しだけ不思議な気分になってくる。その道の半ばまで来た時、正面に見える本棟の扉を開けて司令官が現れた。
「あら、こんばんは司令官。……船渠にご用ですか?」
「如月か。こんばんは、明石に呼ばれてな。なんでも第一艦隊の艤装の件で話があるらしい。如月は――今、帰投したところか。ご苦労だった、報告は無線で受け取っているから、まずは身体を休めてくれ。夜道は暗いので、気をつけてな」
「はい――と言いたいところですけれど、全然暗くないですよぉ?あんな大きなライト、今朝まで無かったじゃありませんか」
「ああ、大型探照灯のことか」
どうやら私の指すライトは、大型探照灯と言うらしい。点灯しているそれは数個存在するうちの一つだけだが、この本棟へ向かう道と中庭を照らして余りあるだけの光源となっているあたり、その強力さは簡単に理解できた。
「夜間に運び込まれる資源と資材の搬入用ライトは、新しいものが欲しいと前々から言われていてな。中々用意出来なかったところに明石が自作したいと言ってきたものだから任せてみれば、こんなものが作られたと言うわけだ」
「その、確かに資材の搬入には効果的だとは思いますけれど……」
「ああ、如月の思った通りだ。夜間照明としては申し分なく、可動式だからこうして中庭の照明としても使える。来年の夏祭りなんかにも使えるだろう。――だが、如何せん明かりが強過ぎてな。外が眩しいと寮の艦娘から苦情の嵐だ」
「……この明かりじゃそうなります。だって、日焼けしそうなぐらいなんですもの」
照りつける、と形容した方が良いこの明かりは、ここまでその熱さが伝わってくるかのような『日差し』をしている。直接目を向けたら危ないんじゃないかしら、なんて思いながら手で顔を隠す。そのまま司令官へ顔を向けると、彼も眩しそうに目を細めながら口を開いた。
「とまあ、私が明石に呼ばれたついでに、これも止めるよう言おうと思ったのだ。流石に、私も執務室に直接この光が照射されては困る。――さあ、余り長々と喋っていてもお前の邪魔をするだけだろう」
「……っ、あと少しだけ良いですか、司令官?」
「どうした。――その様子だと、今日の作戦のことか?」
こくん、と頷き肯定する。
「司令官。司令官は、今日の作戦の結果についてどう思われますか?」
「結果、か。全体的に見て、満足している。……飛行場姫との戦闘までは、各艦隊がそれぞれ敵艦隊を撃滅していた。それも与えた任務の一つだからな。飛行場姫との戦闘に関しても、私が想定していた通りに囮としての役目を果たしてくれた。文句や批判は無い」
「そう、ですか……」
飛行場姫との戦闘内容を責められなかったことは、本来有難いことなのだろう。でも、私はそれでは収まりが効かない。私も、囮艦隊の皆も、少なからず司令官の期待を背負って出撃しているのだ。それが――その結果が、散々やられて飛行場姫を無傷で逃すだけなんて、あまりに不甲斐ないじゃない。
「――ふむ、如月」
「え?……きゃっ」
そんな私の心境を見透かしたのか、司令官はその白い手袋に包まれた手を私の頭にぽんと乗せる。
「如月。囮艦隊なんて作戦を提案しておいてどの口が言うかと思うだろうが、私は君達が無事に沈まず帰還してくれることが何よりも嬉しいのだ。お前は活躍できなかったことを、飛行場姫に敗北したことを気に病んでいるのだろうが、私はそうは思わん」
「司令官……。でも、如月は――」
「一度や二度の敗北が何だというのだ。次は勝てばよい。また、それでなくとも私は、この鎮守府は、君達に守られているのだ。君達が文字通りの盾となって、飛行場姫の剣から身を呈して守ってくれているのだ」
「――っ。……?」
司令官の話の中で、一瞬だけ何かが引っかかった。それを必死に探しているうちに、司令官は更に言葉を紡ぐ。
「あー、訓示や命令なら得意なのだがこういった励ましには慣れていなくてな。とにかく、その、無事に帰って来てくれと言うことだ。傷ついた『盾』は、皆で労うべきなのだから」
「…………!!」
「なんだか良く分からないが、消沈からは復帰したようだな。よし、ならばもう良いだろう。早く風呂に入って汗を流せ。余り遅いと私が覗くぞ?」
「――司令官?」
やっと掴んだ
「司令官、私も明石さんのところへついて行って良いですか?」
「ん?いや、別に構わないが。いきなりどうしたんだ?」
司令官の言葉に、自然と笑みが深くなる。これなら、みんなを守れる力になれるかも知れないという希望。それらを込めて、口を開いた。
「その、からかわないで下さいね?……『盾』が、欲しいんです」
盾。