こう、一人でも菊月を使う人が増えればと書き始めた身としてはこう、来るものがあります。
……で、ちなみに私は。『E-3-X』マス(E-1ボスマスと同じ場所=菊月没地点)に『飛行場姫』が出てくることに戦慄してます。
……こ、これを予期して書いたんですよ!!
フォークを突き刺し、くるくるくると三回転させる。
「おいしいですか、菊月?」
無言で首肯。『菊月』が、返事よりも食べ続けることを優先しろとそれとなく言ってくる。故に『俺』はそれに従う。断じて、このミートソースパスタが美味いからではない。
「ふふ、それは良かったです」
対して、向かいに座る神通はすでに食事を終えており冷たいコーヒーをこくこくと飲んでいる。
「……むぐ、済まない神通。遅くなって……」
「構いませんよ菊月、ゆっくりと落ち着いて食べてください」
しかし、そう言われても迷惑を掛けていることには変わり無い。ペースを上げて一気に掻き込み、水を飲み干し食事を終える。最後に口の周りを吹けば神通へ向き直り、
「……よし。待たせたな、神通。さあ行こう……」
「急がなくてもいいと言ったのですけれどね。……それに、口の周りがまだ汚れています。ほら、ちょっとこっちを向いてください」
「……む」
神通の方へ顔を向けると、朝と同じように口元を拭かれる。外でこうされるのは少しばかり気恥ずかしい上に周囲からの目線も気になるが、『俺』としては菊月の可愛い一面を強調出来て満足である。
「行きましょう、菊月。忘れ物はありませんか?」
「流石に私を侮りすぎだ、神通。そこまで子供ではない……!」
「だと言うのならば、もう少し落ち着きを持ちなさい。――うーん、そうですね。落ち着きを持たせる為にはまず服から、でしょうか。今のあなたの服は少し活発に過ぎますから」
会計を済ませて店を出た神通が、顎に手を当てながらそんなことをのたまう。
「そう、ですね。もう買うものは買いましたし、残りの時間であなたを大人しく改装しましょう。幸いここは百貨店ですし、それなりに品の良い服も置いているでしょう」
「な……っ!?おい、待て神通……!」
「待ちません。そもそも菊月、あなたは少し上等な、何かの際に着ていける服を持っているのですか?未だあなたは幼いとはいえ一人前の艦娘です、そんな服も必要ですよ」
「だからと言って、今日買う必要は無いだろう……!」
「善は急げと言います。兵は神速を貴ぶ、とも。後は、思い立ったが吉日ですね」
神通に手をがしりと捕まれ、ずるずると引き摺られながらエスカレーターに乗せられる。そのまま階をいくつか移動し、辿り着いたのは女性服売り場のフロア。右も左も高級そうなブランドの店が立ち並ぶそこに、
「――さあ、先ずは端からです。右から順に、海域を制圧して行きましょう?」
笑いながらそう言う神通に、
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ベンチに腰掛け、溜息を吐く。がこんという音が二回聞こえた後、申し訳なさそうな顔をした神通がジュースを持ってきた。
「……酷い目にあったぞ、神通。まさかお前も、如月と同じ趣味を持っていたとはな……」
「その、申し訳ありません菊月。最近は那珂ちゃんを着せ替えることもなく、ついはしゃいでしまって……」
眉尻を下げて両手を胸の前で抱え、本気でおろおろとする神通に既視感を覚える。確か改二になる前はあんなポーズと顔だった、なんてどうでも良いことを思いつつ、些か逃避していた現実へと
――ふわふわとした生地で出来た、首元に大きく柔らかい襟の装飾が施された真っ白なブラウス。しっとりと落ち着いた配色の、少し濃いめのベージュのロングスカート。大きめの、淡い緑のカーディガン。此処に来た時とは真逆の服装。これが、今の
「で、でも似合っていますよ?その、店員さんからもお嬢様姉妹みたいだと褒めて頂きましたし」
「そこを問題視している訳では無いのだがな……」
言いつつ、ちらちらと周囲に目を配る。というのも、この服装は『俺』にとってとても精神に悪いのだ。ズボンタイプの女性服は勿論平気だったしゴスロリやワンピースまでは精々コスプレのような感覚で乗り切れていたが、このような『普通の女性服』を着ているのは実は初めてなのだ。『俺』に引き摺られて『菊月』まで恥ずかしがっている。
加えてその姿を鏡で見る度にそこに映る菊月の麗しさ、ちょっと背伸びをしたような可愛さを何度も目にし、轟沈寸前であることも理由だが。
「まあ、休憩は出来た。……うむ、もう平気だ。これを飲み終われば帰ると……」
「――?どうしましたか菊月?あれは……ああ、パンダの乗り物ですか。今は誰も乗っていないようですね」
神通の言葉に無言で頷く。ジュースを飲むために顔を逸らそうとする――が、首が動かない。『菊月』が、あれに強く反応している。逆らえない。
「…………」
「――菊月、もしかして」
「……!いや、いや違うぞ……!」
「ならば此方を向いてください?そして、帰りましょう」
ぐっ、と黙り込む。手に持ったジュースの缶をぎゅっと握り締め――しかし、目だけは
「……神通、これは」
百円玉。陽に照らされて銀色に輝くそれを見紛う筈もない。神通はそれを差し出しつつ、苦笑して口を開けた。
「本当に、変わったのですから。一回だけですよ?」
「……済まない、恩に着る……!」
「――駆逐艦菊月、『夕月号』、
『菊月』に振り回されるまま、コイン投入口に百円玉を差し入れる。チープな音楽とともに、ガタンとパンダは走り出す。全身から、
「……ふふ、また強くなってしまった……!」
定められたスペースの中をぐるりと一周。ハンドルを回せば進行方向が変わる、それを大変満喫する『菊月』。浮かれる菊月を眺める『俺』にとっても、まあ楽しくはあるけれど。
「菊月、そろそろでしょう?」
「――うむ、そのようだ……。名残惜しいが、ここで……あ」
「あー、あらあら、あら。――どうも、神通さん、菊月さん。恐縮です!」
「な、あ、青葉……っ!」
「いやはや、たまたま寄っただけのデパートでこんなスクープが見られるとは。私も運が良いものですねぇ?その上、珍しい格好だと来ました」
「待て、これは……っ」
「――なんて、流石に私もそんな品の無いことは致しません。それでなくても、菊月さんは色々と……その、仲間なんですからね」
青葉の言葉に少しだけ驚き、次いで気を取り直す。ありがとう、と感謝の言葉を述べようと口を開く前に、神通が既に青葉と話し出している。動きの止まったパンダ型の乗り物からひらりと降りると、
「おや、菊月さん。もう満足なので?」
「……言うな、青葉。神通、済まなかったな。もう良いぞ……」
「そうですか。私も楽しそうなあなたが見れて満足ですよ。それでは、行きましょうか」
「はい。恐縮ですがこの青葉もご同道させて頂きますね。――あ、菊月さん。今日のことは黙ってますが、貸し一つですからね」
「……うむ、心得ている」
他愛無い会話を繰り広げながら、
――しかし、この日の借りが原因でもう一つ恥ずかしい思いをすることになったのはまた別の話。今日の
青葉に何をさせられたのかはまだ未定です。