私が菊月(偽)だ。   作:ディム

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秋月さんは実に、第一章から久し振りの参戦でしたね。


彼女のいない鎮守府、その四

帰投し、報告し、艤装の点検を済ませ、二人で並んで昼時の食堂に入る。出撃している艦娘も多いとは言っても、やっぱりこの時間は人も多い。どこかに座れるところは、と探していると、隣の秋月さんが何かを見つけたようで一目散に駆けてゆく。その後ろを追うと、窓際の小さな二人掛けの机が。

明るくて良い席、やっぱり防空駆逐艦はものを探すのが得意なのかしらなんて思いながらお礼を言って席に着く。

 

「……ふぅ、ありがとう秋月さん」

 

「いえいえ、構いませんよ!それでっ、お昼は何にしますか?もう決めてますか?」

 

そわそわ、と言った表現がぴったり当てはまるかのように此方を急かす秋月さん。よっぽどお腹が減っていたのか、それとも単に食事が好きなのか。判断は付かないけれど、取り敢えず返事を返す。

 

「ううん、私はまだよ。秋月さんはもう何にするか決めているのかしら。私は……そうね、パスタみたいなものにしようかと思っているのだけれど」

 

「そうですね、私は恥ずかしながら少しお腹が空いていまして……あはは。ちょっと、丼物なんか食べたいなあって。親子丼、かな?」

 

「うふふ、良いんじゃないかしら?」

 

照れた顔で親子丼、と言った秋月さんを残して席を立つ。私が取ってくるわ、と言えば慌てて止めてくる秋月さんだけれど、席を確保しておいて欲しい旨を伝えれば渋々引き下がってくれた。くすり、と分からないように笑みを浮かべて、混雑し始めた食堂の列に並ぶ。

 

「今日の当番は、軽巡さん達なのね。神通さんには、菊月ちゃんの日頃の感謝を伝えておきたいのだけれど……うーん、でも、注文は間宮さんになるかしら」

 

どうも列の流れから言って、私の注文を取ってくれるのは間宮さんになるみたいだ。料理自体は既に間宮さんによって全て作られているから、味に変わりは無いのだけれど、それでもやっぱり間宮さんに注文を取って欲しい人もいるということを鑑みれば、贅沢かも知れないのだけれど。

 

「はい、次の方。こんにちは、如月さん」

 

「はい、こんにちは間宮さん。えーっと、親子丼と浅蜊の海鮮パスタ、お願いしますね」

 

「二人分ですか?」

 

「ええ、今日は秋月さんに席を取って貰っていて」

 

「分かりました、待っていて下さいね?」

 

「あぁっ、ごめんなさい。それと――」

 

ポケットから、綺麗に折り畳んだ間宮券を二つ取り出して注文をする。秋月さん相手には、多分これも悪戯に入ってしまうのだろうか。……多分なってしまうのよねぇ、なんて思いつつも、私は『お礼』のためのパフェを二つ注文した。

 

「うふふ、喜んでくれるかしら?」

 

待つこと数分。積み重ねられたトレイから一つ抜き取り、差し出し口に置いて待機する。油断すればお腹が鳴ってしまいそうなほど、右の列からも左の列からも良いにおいが漂ってくる。特に、左の青葉さんが受け取っているカレーなんてcritical(大変)なことになっている。

 

「おまたせしました!それで、パフェの方なんですが一緒の方が宜しいですか?」

 

「うーん、そうねぇ〜。……いいえ、後で取りにきます。置いておいてもらえます?」

 

「はい、分かりました!それでは、ごゆっくり!」

 

ありがとうございます、と礼を言ってトレイを受け取る。重くはないけれど、バランスを取るのにちょっとだけ苦労した。意識してゆっくり歩いて、秋月さんのいる机へ戻る。机の近くで歩くスピードを上げて、ごく何でもないかのように装いつつ声を掛けた。

 

「お待たせぇ〜、秋月さん?」

 

ちょっと大きめの、ライム色のプラスチックプレートに乗せた二つの昼食のうち丼の方を秋月さんの前へと置く。勿論、お箸とスプーンの両方を渡すことも忘れない。

 

「ああっ、ごめんなさい!大丈夫ですか、重くなかったですか?」

 

「うふふ、平気よぉ。艤装の方が重たいし、それに比べたら……ね?」

 

「うぅん、やはり慣れません。私は他人に何かしてもらうことに引け目を感じてしまうので、なんとも。――ともかく、ありがとうございます」

 

「構わないわよぉ、それより早く食べましょう?」

 

ちょっと強引に話を逸らし、トレイに乗せたフォークとスプーンを取る。それを両手に構え、ちょっとお皿を引き寄せて息を吸い込むとシーフードとガーリックの良い香りが――あっ。

 

「……あっ」

 

「――?どうされました、如月さん?」

 

「ああいえ、何でもないの。気にしないで?」

 

うっかり声に出てしまった。……ガーリックを抜いて貰うの、忘れてた。嫌いなわけでは無いのだけれど、においが付くのは女の子としてちょっと困る。午後の訓練の前に、ちゃんとケアしないとなぁ。意を決して、一口。

 

「――あ、おいしい」

 

ガーリックと、塩胡椒、あと少しのバジル。シーフードの味がしっかりと滲み出たそのパスタは、とても美味しかった。

 

―――――――――――――――――――――――

 

「うーん、そろそろ良い時間ね?」

 

「あ、そうですね。ちょっとだけ待って貰えますか?今から食べ切っちゃいますから!」

 

「なら、私はその間にお水でも取ってくるわね」

 

そう言って席を立つ。勿論嘘だ。ピークを過ぎて少し空いてきた食堂を突っ切り、間宮さんのところへ。受け取った二つのパフェを持ち、そろりそろりと後ろから近づき――

 

「はい、お待たせ秋月さん?」

 

「あ、ありがとうございま――え?……えーっ!?」

 

どうしたの?なんて嘯いて、さっきと同じ対面に腰掛ける。

 

「あ、あ、あの如月さん!これは――」

 

「うふふ、何時ものお礼。甘いの、嫌いじゃないわよね?」

 

「あ、はい。――じゃなくって!悪いですよ!」

 

「悪くないわよぉ、お礼なんだもの。要らないって言われても、困っちゃうわよ?もう頼んじゃったし、それに二つ食べるなんて、女の子として……ね?」

 

私達艦娘が太るかは知らない――少なくとも、太った艦娘は見たことがない――けれど、こう、女の子としてダメだと思う。だから、と理由をつけてお礼を押し付けた。

困った秋月さんを横目に、少し長めの小さなスプーンに掬った、生クリームとストロベリー味のアイスクリームをぱくりと頬張る。生クリームのせいかちょっと甘めだけれど、それでも感じるストロベリーのほのかな酸味が口に楽しい。

 

「……うう。ありがとうございます……」

 

やっぱり、暫くして、秋月さんも、このパフェを食べ始めた。




如月ちゃんマジ如月ちゃん。

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