私が菊月(偽)だ。   作:ディム

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そろそろ帰りましょうか。


凱旋帰還

大きく汽笛の音を鳴らす輸送船を背後に、菊月()達五人は搭乗桟橋に横一列に並んでいた。左から順に武蔵、加賀、熊野、菊月()、そして伊8。俺達遠征艦隊が、初めてこのドイツに着任した際と同じ並び方。……今日は、此処から去るために並んでいる。

 

「――そして、君達の助力が――」

 

先程から続いている提督の話も、もう半分を過ぎたころだろうか?話を聞くのは最低限の礼儀、内容をちゃんと頭に入れつつ提督の背後に控えた艦娘達を見遣る。初めて見た時は一部を除いて誰も知らない存在だった筈が、こうして見ると名前を知らない艦娘などいないと言えてしまうのだから驚きだ。

 

――しかし、二ヶ月か。短かったようで、それなりには長居したものだ。ここに来たころはまだ暖かかった気候も、今では相応に冷たく寒くなりかけている。

 

今更しみじみと、此処での生活を振り返り懐かしさに駆られた。思い返してみれば、こと艦娘同士の演習に限って言えば日本に居た頃よりも充実していたようにも感じる。レーベとマックス、そして『俺』の知らなかった艦娘達、彼女達も菊月()との訓練や厳しい出撃で相応の実力を身に付けた。

まあ、一度だって負けてやったことは無いのだが。

 

――そう言えば、良いものを貰ってしまったな。装甲空母姫率いる深海棲艦の殲滅、それについての追加報酬としてならば割りにあったものなのだろうが。帰投次第、明石に投げてみなければな。

 

レーベとマックス、彼女達を思い返せば自然と思考がそちらへ向く。3.7cm FlaK M42(対空機銃)Wurfgerat 42(ロケットランチャー)、どちらも日本には無かった装備だ。そのうち機銃の方などは、菊月()が求めていた通りの火力と利便性を兼ね備えたものとなっている。

 

「――そう、我々は君達に――」

 

提督の話もそろそろ終わりを迎えようとしている。正面を見れば視界に入る艦娘達も、ちらりと目だけを左右に動かすことで把握できる仲間達も、程度はあれどみな寂しそうな顔をしている。恐らく、菊月()もそうだろう。一瞬だけ、もう少し残っていたいという感情が生まれた。『菊月』と『俺』の両方から同時に生まれたそれに、内心で二人苦笑し合う。笑って、互いの感情をぶつけ合わせればそれは容易く掻き消えた。寂しい。しかし、菊月()には帰る場所があるのだ。

 

さあ、帰ろう。

 

「――長々と話してしまったが、以上を私からの挨拶に代えさせて頂く。君達の、無事の航海を我々一同が願っているよ」

 

提督の話が終わり、会場に拍手が満ちる。それが少しずつ消えて行き、一瞬だけ静まる。しん、と固まる会場、そこへ我らが旗艦が声を張り上げた。

 

「よぉし!これより我ら遠征艦隊は鎮守府へ帰還する!最後になるが、この二月を貴官らと肩を並べ戦えたことに誇りと感謝を覚える!――遠征艦隊、総員!敬礼っ!」

 

反射的に動く身体が、求められた態勢を作る。五人の敬礼、それに合わせるように眼前のドイツ艦隊も此方へ敬礼を返してきた。暫しの沈黙、それを破ったのもまた武蔵だった。

 

「遠征艦隊、止め!全艦、輸送艇へ乗り込め!!」

 

何故か漏れてしまった笑みを最後に、くるりと反転し輸送艇との連絡橋を進む。そんな俺達の背中へ向けて、どっと湧き出した数多の声が投げ掛けられた。

 

「私とレーベ、二人掛かりで倒してあげます。勿論、一対一でも負けるつもりなんてありませんけれど。覚悟しておきなさい、菊月!」

 

「二人掛かりか。僕は遠慮したいところだけど――ドイツ艦娘の誇りにかけて、次に会う時は絶対に負けないからね。あー、それより僕は加賀!僕はまた、加賀の『エンカ』が聴きたいよ!」

 

一人は菊月()に、一人は加賀に。駆逐艦二人からの声は確かに俺達に届き、そして響く。同時に、酒に酔い気分良く演歌なんかを熱唱していた加賀はその言葉に何か思うところがあったのか、耳まで真っ赤にしているのが見て取れた。

 

「熊野ぉー!あなたが言ってた『キモノ』、いつか日本まで買いに行くわっ!!その時は、ちゃんと案内してよね!約束よー!!――あと!考え方とか、戦い方とか!面倒見てくれてありがとー!」

 

伊8(ハチ)さーん!あの、ハチさんが言ってた『ミズギ』とか、口癖のこととか、あとは『デッチー』のこととか!今度また、教えてもらいに行こうかなって!!」

 

日本に来る、と息巻いているのは、重巡洋艦と潜水艦。どちらも、俺達の仲間に強い影響を受けているようだ。しかし、個人的に気になるのはU-511の台詞か。恐らく、これで日本に来てしまったら呂号潜水艦にでもなってしまうのでは、と一人危惧する。

 

「――武蔵。日本の大戦艦の意地と誇り、見せて貰ったわ。そして、何よりその強さも。いずれ、追いついて見せるわ。というか、このビスマルクが負けっぱなしで終わるのは癪に触るというかなんだかイヤなのよ!」

 

結局はいつも通りのテンションに戻って、最後を締め括るビスマルク。だが、それで良いのだろう。その言葉を受けた武蔵は、現に口元にだけ楽しそうな笑みを湛えているのだから。

 

「……さらばだ、仲間達……」

 

全員が輸送艇へ乗り込むとの同時にタラップが外され、扉が閉まりゆっくりと動き出す。ゆらり、ゆらりと揺れる船の甲板へと急いで駆け上がれば、此方へ手を振る皆へ手を振り返す。

一つの大きな汽笛を最後に、彼女達が見えなくなるまで、俺達はずっと手を振り続けていたのだった。




次回で日本に着くかなーって。

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