私が菊月(偽)だ。   作:ディム

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昨日のです。菊月がやっぱり艦これしてません。



逆巻く嵐、その二

全身が大きく引かれる感覚。空気の壁が圧力となり、加速する菊月()を押さえつける。小さな身体を押し戻そうとする、圧倒的な向かい風。変わらずに叩きつけられる殺気と闘志。

 

――それらを突き破り踏み越えて、菊月()は跳ぶ。圧倒的な加速に、周囲の深海棲艦が、遠くの仲間が、飛行場姫が、視界の外へと吹き飛んでゆく。『菊月』という艦娘が、本来持ち得る全てを振り絞った機動。俺は菊月()以外の全てを置き去りにし――

 

「……せぇぇぇえいっ!!」

 

一閃。完全に全てを置き去りにした一撃が、飛行場姫の横腹に煌めく。静かに走る一筋の斬線。一瞬後に、ぱくりと割れたそこから鮮血(体液)が噴き出した。

 

「ガ……!?グ、駆逐艦……!」

 

「……私は菊月だと、言ったところだ……!」

 

そのまま振り返り、もう一度斬り抜ける。幾重にも打ち重ねられた鉄の刃が再度煌めき、影すら置き去りにする菊月()の速度で――がぎん、と受け止められる。全身に力を満たしつつ目の前の相手の顔を見上げれば、苦痛に顔を歪めながらも尚笑みを浮かべる飛行場姫が居た。

 

「…………っ」

 

『月光』を受け止めている長剣に、ぐん、と力が篭る。予想されるのは、初めの一撃と同じように弾き飛ばされる未来。一瞬一瞬で高まる暴力。更に力が篭められ、それが弾ける寸前に、思い切り二刀で長剣を往なしつつ後ろへ跳躍。全身に有り余る力は、背後への跳躍すら加速して見せた。急速に広がる視界に、体勢を崩す飛行場姫が見える。

 

「……征くぞ……!」

 

抜き放った二刀に炎が移る。煌めく白刃に、深紅の気焔(オーラ)が沸き立つ。赫々と輝くそれらを引っ提げ、飛行場姫を斬り裂こうと足に力を込め、

 

「……機を逃すか……!」

 

真横に跳ぶ。その一瞬後、菊月()の居た場所が爆発し燃え盛る。装甲空母姫から放たれた艦載機が投下した魚雷が炸裂し、装甲空母姫から生まれた深海棲艦が放った砲撃が爆裂した。撃滅地帯(キルゾーン)から逃げ果せた俺をめがけて、更に迫る砲撃と艦載機。横っ跳びを繰り返しそれらを避けながら視線を仲間達へと投げる。

 

菊月()の目に映ったのは、苦戦する仲間達の姿だった。彼女達の相対する装甲空母姫は先程よりも更に被害を出し、艤装は欠け崩れ本体は体液を流している。

しかし、その先が攻め切れない。装甲空母姫が次々に生み出し続けている取り巻きがどんどんと溢れている。武蔵の砲撃がそれらを一撃で屠り、加賀や熊野がその周囲の敵を蹴散らし、そして伊8が機を伺い雷撃を放つも全て止められる。――手が、足りない。それも、菊月()一人がどうこう出来る段階でなく圧倒的に。

 

「……しかし、今は貴様を下さねばな……!」

 

「余所見ハ終ワッタカ?」

 

「……ああ。さあ、来い……!」

 

ぐるりと周囲を見回し、増えに増えた深海棲艦を眺め、両手の刀を単装砲と機銃へと持ち替え後方(・・)へと跳ぶ。同時にトリガー。閃光と共に噴出する幾多の弾丸が空を削り海を駆ける。そのまま背後の深海棲艦のうち、異形の一匹の頭上に着地し飛行場姫へと目を遣る。

 

「フ、ウウゥゥゥウウ……!!」

 

「……足りぬか、ならば……!」

 

金のオーラを靡かせた飛行場姫は長剣を振るい砲弾を斬り飛ばし、あるいは身体に受けながら猛進して来る。それに正対したままギリギリまで砲を撃ち尽くし、両足に力を込めて跳躍。入れ替わるように薙ぎ払われた飛行場姫の長剣が、足元に群がる深海棲艦ごと海を割った。

 

一瞬の視線の交錯。ニヤリと笑い合うと、空中で両手の艤装を乱射。振るわれる長剣に弾かれ逸れた弾が周囲の雑魚を穿ってゆく。着水。両足の筋肉が膨張し、間髪入れずにそのまま再度跳躍。突っ込んできた飛行場姫を躱し深海棲艦を沈めさせた。

 

「遅いな……!」

 

繰り返すこと数度、取り巻きを引きつけもう一度跳び上がる。同時に放たれる取り巻きからの砲撃。菊月()へと狙いを定め、一人で突っ込んで来る飛行場姫の顔面へそれを蹴り飛ばし炸裂させれば、一瞬怯んだその隙に両手の艤装の砲撃を叩き込む。

派手に噴き上がる爆炎と衝撃が、飛行場姫の上体を仰け反らせた。

 

「……ッ、ギ……!」

 

「……まだ、終わりではないぞ……、何っ!?」

 

深海棲艦故の強靭な装甲からか、即座に体勢を立て直し長剣を振るう飛行場姫。腕を引き絞り、轟音を立てて突き入れられるそれが菊月()の胴へと迫る。形状は飛行甲板、刃の向きは横。空中で身動きは取れず、このままでは菊月()の腹は容易く突き破られるだろう。

 

「……殺ッタゾ、貴様ヲ……!」

 

「……どうかな、この程度で沈められているならば――」

 

ぐんぐんと迫る長剣の切っ先、その速度と比例するように俺の思考も加速してゆく。判断は一瞬。右手の単装砲を空高く投げ捨て、平たい長剣の腹にその手を勢いよく着く。それでも突き入れられる長剣のささくれ立った表面に、菊月()の手のひらが裂かれ破れてゆく。

 

「――ぐ、ううっ!……私は、『菊月』として有れておらぬ……!」

 

燃え上がるような熱と痛みをぐっと噛み締め、右手だけで身体を浮かせる。かろうじて回避した飛行場姫の長剣が、右の脇腹を抉る。激痛。叫び出しそうになるその痛みすら力に乗せて、身体を捻り、

 

「……せ、ぇぇぇぇぇええええいっ……!!!」

 

――『海を駆ける艦の力』を、菊月()の身体すら軽く吹き飛ばす圧倒的な推力を最大限に秘めた左足で、飛行場姫の顔面を蹴り抜いた。

 

「……ガ、グ、グゥゥウォォオッ!?キ、キクヅキィィッ!!!」

 

奴の顔面の肉を裂き、片角を圧し折る感覚。そしてそれを感じるのと同時に、俺の左足の骨も砕け散る感覚を感じた。全身から伝わる鈍い痛み。血を流しながら、片足で海面に着地する。ぐるりと周囲を見回せば、減った数を補填するように生まれ続ける深海棲艦と、傷つき苦戦する仲間の姿、そして海面に倒れ伏す飛行場姫の姿。

 

「……ぐ、っ。流石に無茶か……。だが、向かわねば……」

 

ぐるぐると回転しながら落ちてくる単装砲をキャッチし、足を引きずりながらふらふらと立ち上がる。

その時、あまりにも唐突に菊月()の眼前に砲門が現れた。

 

「……なに――」

 

駆逐ハ級。ちろちろと薄く輝く金の炎から、旗艦(flagship)であると判断出来る。冷徹に此方へ伸びた砲口が、少し斜めになりかけた日差しに鈍く光る。がしゃり、という音と共に、その砲口が光り――

 




次は武蔵視点の話を一話挟みましょう。

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