私が菊月(偽)だ。   作:ディム

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遅刻遅刻。


嵐の中に、その二

ぐいぐいと身体を伸ばし、ぐるぐると肩を回す。胴体に刻まれた傷は塞がり、痛みも違和感も感じない。最後に両目をゆっくりと閉じて、腰掛けていたベッドから立ち上がる。

 

「ふぅ……」

 

ゆっくりと、己の内に沈んでゆく。ごぼごぼと音を立て、深く深く。心の最奥、青い光の立ち込める深海。そこに沈んだ一隻の船に腰掛ける、白い少女のビジョンを見た。彼女と同じ俺の手が、伸ばした彼女の手と触れる。

 

「……」

 

想いは同じ。

……負けられない。ここで過ごした日々の為に、此処で過ごす仲間達の為に。俺達の為に怒り、立ち上がってくれた仲間達の為に、負ける訳にはいかない。

単純なことだ。『仲間の為に』。ただそれだけが、俺達の心を満たしていた。『菊月』の意思が『俺』の意思。流れ込んだ彼女の意思を、俺は遂行する。

 

「……よし」

 

目を開ける。全身から立ち上る深紅の気焔(オーラ)の上に、黄金の燐光(キラキラ)が輝き立つ。全身より吹き上がるそれらは、一歩一歩と歩く度に震え揺れる。医務室の扉に手をかけた。

 

「どうせ知られているのならば……見せつけてやろうではないか。この菊月の、意思の輝きを。……行くか」

 

がちゃり、と扉を開け放つ。そこから開け放った窓へ、突風が吹いた。髪が逆巻く。吹き付ける風にも揺れない気焔は、俺の歩みでのみ揺れてゆく。ふっ、と一つ笑みを漏らした。

かつ、かつと人通りの少ない隔離廊下を歩く。二つ目の、基地本棟への連絡扉へと辿り着き、躊躇うことなく開け放つ。両開きの扉の向こう側、立って話していた艦娘達が俺を見て――目を見開く。

 

「……ありがとう。ではな」

 

彼女達の真横を通り過ぎて、気焔を棚引かせたまま廊下を歩く。すれ違う艦娘が悉く振り向き見つめてくるが、その全てを受け流し歩き続ける。廊下を右へ、次いで真っ直ぐ。階段を登り、道なりに。そうして辿り着いた木製の扉を押し開ける。中には、見知った男が一人いた。

 

「それが、ビスマルクの言っていたものか。成る程、確かに凄いものだな。こうしているだけで、君の意思と――圧力を感じるよ」

 

「……睦月型駆逐艦九番艦『菊月』、事前に通しておいた通り出撃前の挨拶に来た。……作戦には変わりないか、司令官?」

 

「ああ。君の仲間も、既にドックで準備に入っている。――君達が突貫し、敵中枢に打撃を与えると同時に大多数を引きつけるのが作戦の第一段階。その後出撃させた我が艦隊が、深海棲艦を背後から撃滅するのが第二段階。そして、反転した君達と我が艦隊の挟み撃ちで敵を殲滅するのが第三段階だ」

 

提督の言葉にこくりと頷く。それを見て、しかし提督は申し訳無さそうな表情で口を開き続ける。

 

「しかし、な。これは君達だけに伝えたことだが――この作戦。敵戦力や此方の被害、そして中枢戦力の取り巻きによっては作戦終了を第二段階とすることもある」

 

「……それは」

 

「君達だけでない、全ての艦娘の命を預かる身としての判断だ。恨んでくれても構わない。第二段階で作戦を完了させた場合、君達への援護は途絶え我が艦隊が君達の背後から中枢戦力を叩くことも無くなる」

 

ふぅ、と息を吐いて提督は続ける。一段と声のトーンは下がっていた。

 

「無論、君達はこの作戦には参加しなくても良い。元々は、概算よりも敵の数が多いことが原因なのだから。どうするかね、菊月」

 

「考えるまでもない。借りも恩も、返さねばならないからな……。参加するに決まっている……」

 

「日本の艦娘は、みな馬鹿なのだと武蔵が言っていたが。その通り、か。――第二段階から第三段階への移行の、最終ラインが十五時だ。それを回ってなおビスマルク達が君達の援護に現れない場合、第三段階は放棄されたものと考えてくれ。撤退してくれても構わない」

 

「……ふん。まあ、轟沈する気は無い……。それだけか?ならば、私は行くぞ。戦友が私を待っている……」

 

踵を返し、執務室の扉に手をかける。「武運を祈る」とかけられた言葉に片手を上げることで返事をすると、俺はそのまま部屋を後にした。廊下に出る。すると、間髪入れずに声を掛けられた。

 

「待ってたわ、菊月。――本当に、燃えているのね」

 

「……マックスか。どうした?」

 

こほん、と咳払いしたマックスは此方を向く。いつも通りの、冷静な顔のまま彼女は口を開く。

 

「これから誰よりも戦う相手に、何の支援も出来ないなんて嫌だから。レーベと相談して考えて、渡そうと決めたものがあるのよ。――あなたの艤装だけど、砲が一つ脱落しているでしょう?あの単装砲よ」

 

「ああ、確かに一つ砲を失ってはいるが……む」

 

話す途中で無造作に投げられた、鈍く光る何かをキャッチする。手を開き眺める。数字の書かれた、見間違えようのない形状。

 

「私とレーベの艤装を保管してる倉庫、その中の一つの装備を開封するための鍵よ。――『3.7cm FlaK M42』と、『Wurfgerat 42』。どちらも予備艤装として保管されてるものだけれど、性能に問題は無いわよ。――あなたに、託すわ」

 

「……良いのか?」

 

「構わない。提督にも許可は取ってあるわ。――こんなところで沈まれちゃ、リベンジ出来ないもの。レーベも同じことを言ってるわ。二対一で負けた悔しさ、果たさないでいられるかとね」

 

「……こんなものまで受け取るのだ。沈む訳にはいかなくなるな……感謝するぞ……」

 

こつん、と掲げた拳同士を触れ合わせる。気焔と燐光が揺れた。

 

「……先に行っている。後から来い……」

 

「当たり前よ。――気をつけて」

 

執務室から出た時のように、踵を返し船渠へ向けて歩き去る。鍵をぎゅっと握りしめると、気焔が大きく揺れる。振り返ることは無かった。




ついに火力の上がる機銃とロケランが追加されました。

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