私が菊月(偽)だ。   作:ディム

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昨日のと今日の。
ビスマルクはえらい。


嵐の前の、その一

レ級やル級、ツ級達の存在が確認された海戦からおよそ一週間。基地の周辺海域では常に艦娘による哨戒が行われ、ドイツ艦隊は高練度の者から低練度の者までほぼ区別なく実力に応じた海域に出撃させられるという厳戒態勢が敷かれている。

 

「……ふむ。今日は久しぶりの面子だな……」

 

本日の艦隊編成を確認しながら独りごちる。

くるくると編成が変えられる、このように態勢が変わったのは俺達も同じだ。入渠と艤装の調整に掛かり切りの武蔵はともかく、それ以外の俺達の艦隊は皆バラバラに、同艦種のドイツ艦隊の指揮を執ることとなっている。加賀は件の空母娘達へ鬼のような指導を繰り返し、熊野は明らかに相手のレベル以上のスパルタをさらりと要求する。

かく言う菊月()も、マックスとレーベ以外の見知らぬ艦娘を何度も率いて海域に臨んだ。駆逐艦だけに求められるものは大きく、菊月()、レーベ、マックスを旗艦としたそれぞれの艦隊は他艦種以上の出撃を繰り返している。それによる疲労は確かにあるものの……まあ、この程度は何度も経験した。それに、この連続出撃は駆逐艦達にとっては運のいいことでもある。

 

――個人的には好都合、良い機会だと思っている。実力はともかく、経験の足りない艦娘を叩き上げるには、神通の訓練以外には実戦が最適だ。実際私は経験に加え実力も足りなかったが、そうやって強くなった……。なんなら、貴様らも無手で駆逐イ級とやりあってみるか?む……嫌か。そうだろうな。なら、文句を言わずに走れ――

 

もう疲れた、と零した名も知らなかった艦娘に言い放った言葉だ。自分でも容赦が無いし、神通色に染められているとは思うが同時に間違ってはいないとも思う。当たり前だ、何度か隊を組んだ艦娘も一度も組んだことの無い艦娘も、ほど近いうちにすべからく激戦に駆り出されるのだから。ただ、それ以降彼女達から『さん』付けで呼ばれているのには『俺』も『菊月』も辟易してはいる。

 

まあ、個人的な感想を言ってしまえば『どうにかなる』というところが大きいが。

ビスマルク達以外のドイツ艦隊は確かに経験値こそ足りないものの、それは対深海棲艦の経験値だ。むしろ対人・対艦娘の経験は繰り替えされる演習で良く積んでおり、基礎も応用も問題は無い。肝心の対深海棲艦の経験についても、今回の敵の攻勢が荒療治となってくれるだろう。そして、経験さえ積んでしまえば彼女達は、ル級程度が指揮する艦隊ならば打ち破れる筈だ。好都合と評したのはこの辺りも絡んでいる。

つらつらと考えを巡らせながら歩き、ふと顔を上げる。船渠の扉が眼前にあった。ゆっくりと開き中を見る。

 

「……考え事をしながらだが、着いてしまったか。私が一番乗りのようだな。……艤装でも、磨いておくか……」

 

遠征艦隊(俺達)専用に設えられた艤装保管場所から一式を取り出し床に置く。船渠の端の棚に掛けられた、艤装の手入れ用に使っている自前の雑巾を持ってきて水洗いし、絞る。固く水を切ったそれを広げ、二つ折りにし、きゅっきゅっと爆雷投射機の鉄で出来た曲面を磨く。前回出撃時には大した被弾をしなかった分、基地側によるメンテナンスも最低限。付着した潮風の残りを拭き取れば、次は魚雷発射管、そして砲の順番で手入れを重ねて行く。丁度その全てが終わった時、目当ての艦娘達がぞろぞろと入ってきた。

 

「あら、菊月。見ないと思ったら先に居たのね!ふーん、艤装のお手入れ。菊月らしくて良いじゃない!」

 

「あなた以外とは、偶然廊下で一緒になったのよ。どうせなら呼びに行こうと部屋まで訪ねたのだけれど、不在だったから来たのよ」

 

扉を開け放ち入ってきた、ビスマルクと加賀が口々にそう言う。その後ろに控えるのはプリンツ・オイゲン、ハチ、U-511、そしてレーベ。混成艦隊での出撃がないにも関わらず、何故かいるU-511を除いてはみな既に準備は充分といった様子だ。加賀と目を合わせ、こくりと頷く。広げてぽいと投げた雑巾はその重さのまま宙を舞い、元あった場所にべしゃりと引っかかった。

 

「上手ね、菊月」

 

「……まあな、あれぐらいの目算が無ければ駆逐艦はやっていられぬ……」

 

「あはは、凄いわね。レーベ、あなたは出来るの?」

 

「ええっ!?プリンツ、いきなりは止めてくださいよ。でもまあ、僕にも出来ないことは無いですよ――それっ」

 

レーベが抜き打ちに放った帽子が、くるくると回転しながら飛んで行く。その行く先は菊月()が投げた雑巾の真横、棚の上にすぽりと収まった。おお、とプリンツが唸り、わお、とビスマルクが漏らす。我らが加賀はむっつりとその口を閉ざしたまま。

 

「それで、全員作戦目標は分かってるよね?増えてきた敵先遣艦隊と見られる深海棲艦の一段の偵察、および遭遇次第壊滅。おそらく存在していると見られる敵旗艦艦隊を沈めることが最終目標。これが確実な内容で、予想されることが敵艦隊の待ち伏せの可能性だっけ。確認いらなかったよね」

 

「いいえ、ありがとうハチ。作戦の復唱は必要だって武蔵も言ってたわ。そうね、それに付け加えるなら『敵艦隊は基本的に量以外はドイツに元からいるものと同じで、旗艦艦隊だけそれ以外が含まれると予想される』も欲しかったわね。あとは――私の勘なのだけれど『霧のあるところには待ち伏せ艦隊が予想される』なんてどうかしら 」

 

ハチの言葉に対し、返すように放たれたビスマルクの言葉に空気がしんと静まり返る。レーベやプリンツは顔を大きく驚愕の表情へと変化させ、加賀すら軽く目を見開いている。恐らくは、菊月()も似た表情になっていることだろう。

そんな俺達を眺め回し、得意げな表情を見せていたビスマルクはその喜色を薄れさせてゆく。代わりに浮かび上がるのは憮然としたものだ。ぷんすかと言う擬音が見えるようである。

 

「ちょっと。ちょっと酷くない!?そんな反応されると嫌よ!私だって勉強してるんだから!」

 

「……済まなかった、ビスマルク。それで、勉強……?」

 

「そうよ。個人的に何回戦いを挑んでも武蔵に勝てないから、直接聞いたのよ。なんで勝てないのかって。そうしたら、『お前は実力は十分だが、物事を見る目が真っ直ぐ過ぎる。知識を蓄え、その後心は真っ直ぐなままで目の前のことを俯瞰する視点を持ってみろ』なんて言われるものだから。そのことをまるっと提督に伝えて、戦略とか戦術とかの勉強をしてるのよ!」

 

「……戦略と戦術の勉強?」

 

「ええ!あとはドイツ近海の海とか島とか、地理の勉強もしてるわね。あと気候。そんなことを全部勉強したら、確かに深海棲艦の動き方もよく見えてくるわ。さっきの霧の中の待ち伏せというのもそこからね!」

 

「……そうか、それは私たちが悪かった。済まないビスマルク、許してくれ」

 

「ふふん、構わないわよ!今から出撃なのに、軋轢を残してちゃいけないわ」

 

素直に謝ると気を良くしたのか、笑って許してくれるビスマルク。菊月()に続いて謝罪をする残りの面子のことも水に流すあたり、知識は増えようと心根までは変わっていないように思えた。

 

「さて、出撃ね。期せずして私の実力を見せるいい機会になったわ!旗艦は私、その次は加賀!準備は良いわね!?」

 

こくり、と全員が頷く。それを後ろで聞いていたU-511が、手に持ったラッパをすっと構えた。それに呼応するように、プリンツまでもが小さなラッパを咥える。

 

「よし、全艦抜錨!」

 

高く跳躍し、船渠の水路へ跳び込むビスマルクに続き俺達も水面へと降り立つ。背後と前方の二方向から聞こえてくる出撃音楽(マーチ)は、以前聴いた時よりも完成度を増していた。

 

―――――――――――――――――――――――

 

海を切り裂いて十数時間。日の出より少し遅れて出撃した菊月()達だが、今はもう日が沈もうとしている。だが、久々の晴れ間に真っ赤に染まった海に沈もうとしているのは太陽だけではない。

 

「ビスマルク、プリンツ、行ったぞ……!」

 

「わかってるわ!っ、Feuerーっ!!」

 

「ビスマルク姉さまに続かなきゃ!行くわよぉっ!」

 

既に満身創痍の戦艦ル級へ、ビスマルクとプリンツ・オイゲンの砲撃が叩き込まれる。空からは加賀の、海中からは伊8の攻撃。その全てが命中し、ほぼ跡形もなく消し飛ぶル級。最期の一撃とばかりに放たれたのであろう、爆炎の中からプリンツへ向けて放たれた砲弾を俺が前に出て斬り落とす。

真っ二つに斬れた砲弾と砲弾を斬った際の重さ、そしてそれによる手の痺れる感触を最後に、今日の任務がほぼ終了したことを実感した。周囲を警戒するように見回すと、ビスマルク以外の皆は周辺の哨戒に出たようだ。中心で無線機を耳に当てつつ指示を出すビスマルクに近づく。

 

「……作戦完了――いや、まだだったな。今の海域の状態では、帰投するまで気を抜くことが出来ぬか。しかし――」

 

「ん?どうしたの、菊月」

 

「いや、お前の予想通りだと思ってな。霧の中からの援軍と伏兵か、的中したではないか……」

 

指摘してやると、ビスマルクは胸を張って頬を緩める。明らかに嬉しそうだ。近寄って脇腹をつついてやると、身体を捩らせ笑いながらも解説してくれた。

 

「ふふーん。霧の方はね、ちょうど提督と作戦の相談をしていたからなの。こう、霧に隠れて深海棲艦を倒していけたら楽よねって。それで、私たちが出来るんなら敵も出来るんじゃないか、って考えたのよ」

 

そう言ってビスマルクはぐるりと周囲を見渡す。少し前まで掛かっていた霧はとうに消え去り、澄んだ空気はほぼ沈みかけた夕焼けの光を大きく拡散している。その茜色の最後の光に頬を染めたビスマルクは、こちらをまっすぐに見つめて口を開く。

 

「私が勉強してるのは、みんなのためよ。今は武蔵が駄目でしょ?だから、ピンチの時は存分に私を頼りなさい!あなた達がピンチの時には、私が――いえ、そうね。私の率いる艦隊が、絶対に助けにいくわ!」

 

「……ふふ、それは楽しみだな。だがまあ安心しろ、私達が危機に陥ることなど無いさ……」

 

ふっ、と同時に笑みを漏らすと、同時にビスマルクの無線機が音を立てる。索敵に出た者からだろうかと思っていれば、無線機を耳に当てるビスマルクの顔が急速に暗くなってゆく。耳を澄ましても雑音しか聞こえない。最後にぶつりと音を立てて切れた無線機を腰に仕舞いながら、彼女はこちらを向いて口を開いた。

 

「提督からよ。――出たんだって、『姫』。それも、恐らく、二体」

 

どぷりと、日が落ちた。




菊月可愛いよ菊月。

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