私が菊月(偽)だ。   作:ディム

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くまのん。


遠く遠く、その十――【挿絵有り】

戦艦ル級。ここドイツの海には殆ど現れたことのないそれが、ビスマルク達を襲撃しているという。急襲され、不意を打たれたとしてもそこはかのビスマルク率いる第一艦隊、一人も轟沈を出すことなく耐え続けているようだが――どうやらそろそろ、不味いようだ。

 

「くっ、待っててみんなっ」

 

焦るプリンツを先頭に、俺達は持てる全力で海を駆けている。その気持ちは痛いほどに分かるのだが、気持ちだけが逸りすぎだ。菊月()や熊野、加賀はともかく武蔵とハチが遅れがちである。

 

「……急げ、と言っても無理は通せぬか……!」

 

「すまんな!戦闘を行おうと考えるならば、私にはこれが限界だっ!」

 

艦隊の最後尾、必死に海を行く武蔵とハチに目をやる。彼女達の速度に合わせていてもおそらく間に合いはするだろう。しかし、それは損害が拡大しないということではない。加えて……プリンツの我慢も限界だろう。流石に一人で飛び出しはしないだろうが、気持ちがブレては肝心の戦闘に関わる。――潮時か、武蔵に接近し口を開く。

 

「……武蔵。お前達は後から来い……」

 

「先行するつもりか?お前と熊野、加賀にプリンツ・オイゲン。実力には問題が無いとはいえ、敵はビスマルク率いる艦隊を追い詰めるほどだ」

 

「いや、加賀は此方へ残す。艦載機だけを我々の直衛として発艦させ、その加賀をお前とハチで護衛しながら追いついてくれ。……どうだ?」

 

「――分かった。確かに私も無理をしていた戦闘前にバテぬよう心がけるならば、こればかりはな。だが、行くからには私達を待たずに殲滅してみろ。指揮は熊野、斬り込みはお前だ。任せたぞ」

 

「了解した……!」

 

武蔵に礼を言えば、艦隊の皆を抜き去りプリンツよりも前に出る。前を向いたまま口を開き、後ろへ続く仲間へと声を張り上げた。

 

「熊野、プリンツっ!私とお前達は、友軍艦隊救出のために先行する!指揮は熊野だ、異論は無いかっ……!?」

 

背後から聞こえる声は皆無。菊月()の言葉だけをただ受け止めたという意思が伝わってくる。振り向かないまま一つ頷くと、速度を上げて菊月()の横に並んだプリンツを省みる。彼女は、首を一度だけ縦に振った。

 

「よし……!突撃するぞ……!」

 

ぐんと速度を伸ばし、武蔵とハチ、そして加賀をみるみる引き離す。ちらりと後ろを振り返るのと、加賀の艦載機が俺達の頭上へ着くのがほぼ同時に行われる。彼女達が水平線の向こうに消えて暫く駆け、そしてようやく空へ立ち上るいくつもの黒煙を見つけたのだった。

 

「……あれかっ!」

 

真横を見る。プリンツの目に浮かんでいるのは焦燥。唇を真横に引き結び、額から汗を流している。危ない、そうプリンツへ声をかけようとしたその時、

 

「ちょっと!しっかりなさいませ!とぉぉおうっ!」

 

ごつん。熊野の拳骨が、プリンツの頭へ炸裂した。

 

「!?は、あ――いった、痛いっ!ちょっと、何を――」

 

「多くは言いませんわ、不恰好ですもの。でも、一つ、いえ二つだけ。落ち着きなさい、そして自らのなすべき事をなさいなさい」

 

熊野の真剣な瞳に、プリンツの表情が縫い付けられる。はっと黙り込んだあと、彼女はゆっくりと口を開いた。

 

「ごめんなさい。大丈夫――とは言わないけれど、もう戦えるわ。ありがとうね、熊野」

 

『残念だけど、お喋りはここまでよ。艦載機が敵を見つけたわ。ビスマルク以下、あなたの仲間は全艦無事のようだけれど』

 

艦載機のうち一つから響く、無線越しの加賀の声。それを聞いて、プリンツがもう一度礼を言う。それを聞き終わらないうちに、熊野が大きく頷き口を開いた。

 

「同じ重巡の好です、構いませんわプリンツ・オイゲン。それに、わたくしの言ったやるべきことと言うのは単に戦うだけではなくてよ?」

 

疑問符を頭から飛ばすプリンツに、熊野は茶目っ気たっぷりに笑いかける。その笑みは確かに美しいものなのだが、本当に美しいのは彼女の精神の方だろう。彼女が為すであろうことを察し、武蔵には悪いが露払いに徹することを決める。

 

「……全艦前を向け!敵だ、空母は居ないが……戦艦ル級が一匹いるぞ!奴が敵艦隊の旗艦だろうっ!」

 

「あら、好都合ですわ。それでは、見ておきなさいプリンツ・オイゲン。わたくしの、いえ重巡の誇り。戦艦でもなく、軽巡でもない。重巡であるわたくしにしか出来ないこと――」

 

此方へせまり来るル級の砲撃。真っ直ぐに熊野へと伸びるそれを、俺が斬り落とす。その隙を突いて突貫する熊野。ぐんぐんとル級へ接敵し、砲撃も雷撃も出来ない極至近距離まで近づいて行き、

 

「くらいなさい、なあっ!!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

――振りかぶった右拳を、ル級の顔面へと振り抜いた。戦艦には及ばないものの、溢れる重巡のパワーを乗せた一撃。加速し唸りを上げるその拳は、ル級の顎を捉え一撃で海面へ引き倒す。深海棲艦に戦慄が走る。倒れ伏すル級を見下し主砲を向けながら、彼女はさも当然のように口を開いた。

 

「戦艦よりも先に突っ込み、駆逐艦や軽巡よりも耐えて耐えて戦い続ける。端的に言えば囮、お洒落でもなんでも無いですわ。でも――失いたくないものがいるのでしょう?ならばこれが、重巡の、遣り方ですわっ!」

 

「っ!!わ、分かったわ熊野!私も――!」

 

そうして熊野は引き金を引く。ル級の頭はひしゃげ砕け散り、敵艦隊に走った戦慄を逃さないままに、菊月()の砲雷撃と加賀の艦載機が彼奴等に襲いかかる。傷つく深海棲艦、そのど真ん中に砲を構え突撃する熊野とプリンツ・オイゲン。

 

結局。重巡二人が徹底的に敵の目を引きつけたことでビスマルク達は撤退に成功。一人の轟沈もなく、俺達は勝利を収めたのだった。




というわけで、砲雷撃戦17の会場内よりリアルタイム更新でお送りしました。

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