私が菊月(偽)だ。   作:ディム

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昨日のです。

今日も遅れるかも知れません……


第八章
遠く遠く、その一


「……出向……?」

 

「ああ、そうだ。お前に頼みたいと思っている」

 

夏の日差しも少し弱まり始めた季節、菊月()は一人遠征後に提督の執務室へと呼ばれていた。久々に入る執務室は変わったところもなく、開け放たれた部屋の窓から入る日差しとそこから見える海が光って眩しい。

 

「しかし……少し前から司令官が言っていた、頼みたいことというのはこのことなのか?」

 

今日、この部屋に呼ばれた理由は他でもない。執務室に呼ばれてから、現在の戦況や日本近海の様子、その他諸々の軍事的・対他鎮守府交流的な会話を重ねた挙句、ようやく言い渡されたことが呼び出された理由。つまり、菊月()に対する他所への出向要請である。

 

「そうだ。期日にはまだ余裕があるものの、他の艦娘との調整の際、連れて行く駆逐艦の話になった時にお前の名が複数回挙げられてな。掛け合ってみたという訳だ。個人的にも、お前の実力ならば問題ないだろうと思うがな」

 

「……なに?いや待て、他の艦娘だと?それを聞かせてくれ、でなければ考えられないぞ……」

 

菊月()の言葉に、提督は重々しく頷く。執務室の机から書類の束を取り出し、ぺらぺらとめくり出した。その手が、あるページで止まる。

 

「――武蔵、加賀、伊8、それと余所の鎮守府から重巡の熊野も同行するようだな。お前には、この艦隊の駆逐艦として参加して貰いたい。出来るか?」

 

「……ふむ。見知った面子ばかりだ、別段不安も無い。私で良いと言うのならば、構わない……」

 

返答する。提督はそれに満足したのか、大きく首肯した。そのまま、また書類をめくり出す提督の手を止め、質問をする。

 

「……提督。さすがに不親切が過ぎるぞ。後で概要は伝えてくれるのだろうが、せめて行き先と作戦目的は教えてくれないか……?」

 

「確かにそうだな。作戦目的は、現地戦力の補助と演習相手。あとは現地で頭を張ってる艦隊の練度を上げてやってくれ。行き先はドイツだ」

 

「ふむ……、ん?……はっ?」

 

さらりと告げられる事実に、思わず情け無い声が菊月()の口から漏れ出す。間の抜けた声も可愛いものだが、今はそれよりも問いたださねばならない事がある。

 

「どうした、菊月?何かおかしい所でもあったか」

 

「……提督の反応で、聞き間違えたのではないと分かった。それに、恐らくわざと行き先をぼかしていたこともな。……流石にそんな所まで、他の艦娘を遣る訳には行かぬ。私が行こう……」

 

「――済まない。此方ももう少し戦力を割ければ良いのだが、如何せん、な。だが、その分求められるのは直接戦闘ではなく教導や哨戒が主になる筈だ」

 

提督は、めくっていた書類の束から一枚抜き出して菊月()へと突き出してくる。受け取り、軽く目を通す。タイトルは安直に『戦力評価書』。

 

「……装備や規模はともかく、練度が低いようだな。書類を見る限りではドイツ方面の敵は最高でも重巡クラスまでのようだが、これでは――いや、逆なのか。この程度の敵しか出現しないから、これだけ練度が低くとも問題が無い、のか……」

 

提督が頷く。窓から風が吹き込んだ。

 

「恐らくはそうだろう。まあ、日本(ウチ)ぐらい日常的に深海棲艦とドンパチやっている所も珍しいのだがな。――話が逸れた。要するに、そんな練度が低い艦隊なのに敵が強くなったから助けてくれ、ということだ。最近ウチじゃもう常になってきたが、深海棲艦の中でも堅くなってる奴ら、あれが出てどうにもならないらしくてな」

 

「成る程……」

 

「本当なら同じ国の鎮守府や警備府にならともかく、外国にまで回したくなんて無いんだが、どうも大本営からの直々の命令じゃ逆らい辛い。他にもウチからは白露型の何人かと利根型、あと陸奥を国内の他の鎮守府に回さなければならなくてなあ。碌に応援も送れそうもない、迷惑をかける」

 

「仕方の無いことだろう、司令官を責める気は無い……。それよりも、私が留守の間は鎮守府と姉妹達を頼んだぞ?帰って来る場所が無くなっているなど、笑い話にもならぬ」

 

ふっ、と二人で笑い合う。『俺』からすれば一番気安いのが提督だという有様だが、向こうも此方に不思議な気安さを覚えているようだ。渡された紙を捲る。要項に目を入れ、覚えて行く。その中で、あるだろうと検討を付けていた項目を見つけ、静かに目を閉じ提督へと向き直る。

 

「……睦月型駆逐艦九番艦『菊月』、『ドイツ支援遠征任務』の拝領及び『ドイツ支援遠征艦隊』への異動、了解した。必ず作戦を成功させると誓おう」

 

「良し。艦娘としての本懐を遂げるべく、鋭意奮起せよ。――貴艦隊全員の、無事の帰還を待っている」

 

互いに握手し、敬礼し合う。菊月()はそのまま振り返り、執務室を後にした。

 

次の戦場は、遥か欧州ドイツの海。『俺』の記憶が、などとは言わない。何が来ようが、乗り越えるだけだ。

菊月()は、ぐっと両手を握り締めた。




昨日今日はちょっと用事が。

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