私が菊月(偽)だ。   作:ディム

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きのうのぶんです、はい


菊月(偽)と夏祭り、その四

どん、どんと響く太鼓の音が、闇を打ち抜いて聞こえる夜。すっかり日が沈みきった鎮守府の中庭広場には、多くの屋台から漏れる暖かな灯りと艦娘達の熱気が充満していた。

 

「しかし、艦娘が多いな……」

 

祭りへ繰り出してから、もう随分と歩いた。浴衣の下に着ている木綿の肌着に、じっとりと薄く汗が染みているのが分かる。しかし、そんな事が気にならない程の活気が溢れているのも事実だ。その証拠に、長月と菊月()は共に幾つかの甘味を食べたし卯月は金魚すくいで所持金の半分を溶かした。三日月と如月は、主に祭りならではの物品が好みのようだ。

 

「ほら、見てくださいお姉ちゃん!駆逐イ級のお面が売ってますよっ!」

 

俺達の先頭を行く三日月が、屋台の一つを指差し歓声を上げる。その身体が大きく動く度に、纏った深い青色の浴衣がひらりと揺らめき夜に舞う。深い青にあしらわれた一つの三日月模様は、まるで水面に浮かぶ今宵の月を思わせる。

 

「……流石に、そのお面のラインナップには疑問が浮かぶがな……。誰が買うのだ、これは……」

 

「えっ?でも、卯月お姉ちゃんが――ほら」

 

屋台を指差していた三日月の手が、形はそのままに菊月()の背後へと向きを変える。振り向けば、そこには卯月――ではなく、潰れた黒いカエルのような被り物をした何かが居た。

 

「ふっふっふ、ぴょん。ここに居るのはうーちゃんではない、空母ウ級ぴょん――あいたぁっ!?」

 

「こら、卯月ちゃん。ちゃんと前を見て歩きなさいって言ったでしょう?被り物をして歩くのも危ないって。そんなのだから蹴つまずくのよ?」

 

ヲ級の被り物をした卯月の向こう側から出て来たのは如月。白地の浴衣に散りばめられた紫のアネモネが、涼やかな印象を与えさせる。それとは対照的に、卯月の浴衣は明るいピンク色。描かれているものも卯の花と兎で、卯月の性格と特徴を象徴しているかのようだ。そしてそれが、妙に彼女には似合っている。

 

「……む?おい卯月、長月はどうした……」

 

「ぴょん?ああ、長月なら――」

 

「私を呼んだか?」

 

ひょっこりと顔を表す長月。その手にはベビーカステラの大袋が握られており、そこから発せられる仄かに甘い香りが菊月()の中の『菊月』の食指をくすぐる。

 

「………………おい、長月」

 

「やらんぞ、菊月。欲しければ自分で買え」

 

「ぐ……っ。別に欲しい訳ではない!欲しい訳ではないが……。――!そうだ。その、少し行きたい屋台を思い出したのだが、構わないか?」

 

ぴんと脳裏にひらめくものに従っておずおずと切り出す。幸いにして、その申し出を否定されることはなかった。くすくすと微笑みながら、三日月が菊月()へと声をかける。

 

「お姉ちゃんが行きたい屋台、ですか?ふふ、お姉ちゃんがそんなに瞳を輝かせる屋台なんて楽しみです」

 

「……っ、瞳を輝かせてなどいない。……こほん。それはともかく、行きたいのは――」

 

『俺』はともかく『菊月』の高揚ぶりから、照れ隠しのように言い返すことしか出来ない。もっとも、キラキラしっぱなしの『菊月』には三日月の言葉も半分ぐらいしか届いていないようだが。そうして俺は、馴染みある艦娘の営む屋台の名を口に出したのだった。

 

―――――――――――――――――――――――

 

目当ての屋台は、他の屋台と比べて艦娘が多かった。櫓太鼓と小広場の近くだと言うこともあるのだろうが、それに加えても多いと見える。店番をする三人の艦娘は、額に汗を掻きながら商品を捌いていた。屋台の端に立てられたのぼりの端から中の艦娘へと目配せをした後、一気に退散する。

 

「……ううむ……」

 

「う〜ん、どうするの〜、菊月ちゃ〜ん」

 

菊月()の浴衣の帯をぎゅっと掴んでいる文月(・・)からの声に、首を振って答える。迷子になっていたのを如月が保護したのだが、見知った顔という事で菊月()にべったりとくっついて来ているのだ。文月を放置したまま、残る姉妹達へ向き直る。

 

「……混んでいるな、済まない。少し話がしたいから、何か飲み物でも買ってそこの広場で時間を潰しても良いか?暇ならば、私を置いていってくれても構わない……」

 

「あ、飲み物ならうーちゃんが良いものを持ってるぴょん!ぷっぷくぷぅ〜、長門印のラムネだぴょん!」

 

手に提げたビニール袋から、卯月が涼しげなラムネを取り出す。一体いつ買ったのか見当もつかないが、受け取ったそれが未だ冷たいところを見るに恐らくここへ来るまでの間に買っていたのだろう。

 

「……ありがとう、卯月。そうだな、喉も渇いていたところだ」

 

力を込めてビー玉を押すと、ころんと小気味好い音を立てて栓が抜ける。少し大きめの瓶を両手でしっかりと持ち、ラムネを口に流し込むと爽やかな甘さと炭酸が喉を潤す。

 

「……しかし、まあ。如月の言っていたことは本当だったな。見たこともない艦娘が、輪になって盆踊りをしている光景を見ることが出来るとは……」

 

「あら、菊月ちゃんは盆踊りに混ざってこないの?」

 

「馬鹿を言え……」

 

俺と如月の視線の先には、輪になって踊る艦娘達の姿がある。誰もみんな、笑顔で楽しそうだ。此処から見えるだけでも、知らない顔なら陽炎に吹雪に瑞鶴、そして彼女らの姉妹艦。知っている顔なら、赤城に加賀、そしてその姉妹艦と錚々たる面子がいることが見て取れる。暫くその豪華な盆踊り(観艦式)を眺めていると、不意に背後から声が掛けられる。目当ての艦娘のものだ。

 

「やあやあ、ごめんね待たせちゃって!」

 

「構わんさ、川内。それより、もう店の方は良いのか?」

 

「うん、流石にこれ以上待たせる訳には行かないからね。ちょっとの間だけ抜けてきたわ。ほい、これが川内型特製の二水戦飴!ちゃんと姉妹全員分用意してあるから、分けて食べるんだよ!」

 

「……感謝……。ああ、それと。キリの良いところで那珂ちゃんは解放してやってくれ。これを言いに来たのだ……」

 

「ん?ああ、また何かやるんだね。それじゃ、出来る限りそれまでに全部捌けちゃって観に行くよ!」

 

「ああ……」

 

「あ、そうそう!他の鎮守府から来てる日向がまた面白いことやってるから、良かったら覗いてみたら良いんじゃない?豪華景品も用意してるらしいし!」

 

それじゃまたねー、と浴衣の裾をはためかせ走り去る川内。その後ろ姿を見送った後、姉妹達へりんご飴を配ってゆく。律儀に文月の分までくれるあたり、ああ見えて気配りの出来ることが透けて見えるようだ。

何故か物欲しげな顔をする長月を尻目に姉妹達へりんご飴を配り終える。流石に彼女も我慢しかねたようで、不満そうな顔で――

 

「――――おい、菊月」

 

「……ん?なんだ、長月……」

 

「お前、私にだけりんご飴を配らないのは何故だ!ずるいぞ!」

 

「……何を言っている。お前にはもう、食べるものがあるだろう?そのベビーカステラだ。それだけのカステラを一人で食べたなら、きっとお腹いっぱいになるだろう……」

 

勝ち誇った顔で長月へと言い放つ。暫くして観念したように項垂れる長月を見て、『菊月』がぐっとガッツポーズをしたイメージが頭に浮かんだ。

 

「ぐ、分かった!分かった、ほら。菊月も食べろ」

 

「……流石は長月だな。ほら、りんご飴だ……」

 

りんご飴を引き渡し、代わりにカステラの袋から二つ掴み取り口へ放り込む。これで『菊月』も満足してくれたようだ。

 

「……ん?おい、長月……」

 

「なんだ、菊月。私は――」

 

「みんなは、どこだ……?」

 

ふと見ると、周りにいた筈の姉妹達の姿が忽然と消えている。長月との応酬に気を取られすぎて見失ってしまったようだ。菊月()は長月としばし顔を見合わせると、急いで走り出した。




さあ続きを書くぞ。

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