私が菊月(偽)だ。   作:ディム

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とりあえず昨日の分で。
今日の分と、一回溜まってしまってる分は纏めて次のプール本番回で4,000文字ぐらい書いて消化します。
纏めて投稿したかったんですが、どうやら日付変更までにプール本番回を書ききれないっぽいので先に此方だけ。


菊月(偽)と潜水艦とプール、その八

薄暗い第二船渠の片隅、一角だけ明るく照らされたプールのそのまた片隅に菊月()は立っていた。既に幾度かプールを泳いだ身体は冷たく濡れていて、うなじや指先、水着に覆われた胸や腹、そして白くほっそりとした足からは水の雫が流れ落ちている。

 

「――さて、菊月ちゃん。準備はいいでち?」

 

「無論だ……」

 

「ん、ならよろしい。ついに明日に控えた菊月ちゃんのプール、それを以って私たち潜水艦による水泳特訓も終わりとなります。まあ、正直はっちゃんは何も心配してないんだけれど――やっぱり、最後にテストは必要だからね」

 

「だから、菊月ちゃんがどこまで泳げるようになったかの確認をさせて貰うの。つい一昨日習得したクロール、本当に泳げるのか見せてもらうのね!」

 

イクの言葉に無言の首肯で答え、プールサイドに片膝を着く。スタートの体勢をとり、奥歯を軽く噛み顎を引き、号令に備える。

 

「よーい――スタート!!」

 

跳躍。一瞬だけあらゆるしがらみから解き放たれた菊月()の全身が、その数瞬後に水に包まれる。頭の片隅でごく僅かに、沈むことへの警鐘が鳴る。それを踏み越え全身の力を抜き、身体を波打たせ水を蹴る。浮上と同時に水を掻けば、ぐんと身体が前に進んだ。

 

いける。

 

ゴーヤやハチが見せてくれた見本の動きには程遠いものの、それを可能な限り思い出しながら全身を動かす。独特の形を描くように腕を掻き水を掻き、両足を動かし進む。息継ぎの瞬間に見えた照明が眩しかった。

 

もう、水は怖くない。

 

ぐっと動かした腕が、何か堅いものへぶつかる。泳ぎを止めて前を見ると、反対側のプールサイドだった。全く気づかないまま、端から端まで泳いでしまったらしい。自分自身の単純さに苦笑しつつ、プールサイドへと上がる。両手に力を入れて身体を水から引き抜けば、なだらかな曲線を描く身体から沢山の雫が流れ落ちていった。

 

「……どうだ?おかしい所は無かったか……」

 

「もうバッチリ、なのね。姿勢はまだまだ改善点があるけど、別に本格的に泳ぐ訳じゃないならこれで問題ないのね」

 

「腕の回し方もバタ足も、最初に比べたら随分良くなったでち。その分きっちりスピードにも乗れてたし、ゴーヤからも言うことはないでち!」

 

「ならば……」

 

イクとゴーヤ、並ぶ二人の奥に佇むハチに目を向ける。手に持つファイルを眺めていた彼女は、俺達の視線に気付き顔を上げた。

 

「はい、問題点として挙げていた、手と足のばらつきも解消されています。これならば、今日のようにきちんと泳ぐことが出来るでしょう。――合格です」

 

「……良し……!」

 

小さくガッツポーズ。なんとか約束の日までに仕上げることが出来た。喜びを噛み締めていると、神通に声を掛けられる。

 

「流石ですね、菊月。私も横で見ていましたが、素直に凄いと思いましたよ」

 

「……何を言う。私よりも後から始めて、私よりも早くクロールをマスターしたお前に言われたところでな……」

 

「ふふ、私は最初から腕を回す練習をしていましたから」

 

そう言うと、神通は先ほどの菊月()と同じように潜水艦に呼ばれプールサイドへ立つ。今日でプール特訓が終わる以上、神通のテストも終わらせなければならないからだ。号令と同時にプールへ飛び込む彼女の姿は、やはり美しいフォームを描いていた。

 

―――――――――――――――――――――――

 

眠りにつく姉妹達を起こさぬように、ゆっくりと扉を開く。この行動にも慣れたもので、今夜も誰も目を覚まさせずに済んだ。そのままぼふりとベッドに倒れこむ――と行きたいところだが、菊月()の寝床は三日月と長月の間だ。疲れた身体を引き動かし、音もなく二人の間に入り込む。

ふわっとベッドに広がった自分の白い髪を嗅げば、洗っても落ち切らない塩素の匂いがした。触ってみると、プール特訓を始める前と比べればだいぶ傷んだように思う。

 

「……ふふ。如月にばれれば大変だな……」

 

誰に聞かせるでもなく呟くと、真横で三日月がうーんと唸る。慌てて口を噤み彼女の方を省みるが、どうやら起こしてしまった訳ではないようだ。今度は声を出さないように注意しながら、小さく息を吐く。

 

「……寝るか……」

 

息を吐いたそのまま、目を閉じる。ゆっくりと忍び寄ってくる睡魔を感じると同時に、仰向けの菊月()の両腕に温かさを感じた。たった一瞬で開くのが辛くなった目をこじ開け左右を見ると、菊月()の左腕には三日月が抱きつき、右手には長月の左手が、いつものように触れられている。

そのことに安堵を感じなから、疲れ切った身体から力を抜く。俺は遂に、しかし容易くその意識を手放したのだった。




次はもうちょいお待ちを。

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